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幼い人形

 幼い人形

「あ。みーつ、くーん!」
「?」

 ミツが図書館にいると、この場所に不似合いな人物が声をかけてきました。 

「トキコ……さん?」
「ねー、学校にはもう慣れたー?」
「えぇ、まぁ……」

 以前二組に顔を出して以来、何かと彼女はミツの世話を焼いてくれています。しかし、トキコさんは、博士の事が嫌いだった筈。それなのに、実質博士の部下であるミツの面倒を見てくれる。一体なぜなのでしょう。

「……あの、トキコさん」
「んー? なーに?」
「トキコさんは、なぜミツに良くしてくれるのでしょうか」
「えー? だってみつくん、社会人初心者でしょー? 初心者を助けるのは、先輩として当然の事でしょー」
ジングウの部下でも……ですか?」

 「ジングウ」。その言葉が出ただけで、ピクリと彼女が過敏に反応したのが分かった。どうやら、名前を聞くだけでNGのようです。

「みつくん? ……その名前、今度口にしたらひどいよ?」

 それは私がですか? それとも、私が貴方に酷い目にあわされるのでしょうか……怖くてそこまでは聞けませんでした。

「すいません……」
「……まぁ、ね。あの人は嫌いだけど、だからと言ってそれに関係のある人まで嫌いってわけじゃないから」
「はぁ……」

 ミツの主観で言えば、そうやって割り切るのはなかなか難しい気がするのですが……なかなかどうして、トキコさんの精神は成熟しているのかもしれない。

「ところでみつくん、さっきから何やってたの?」
「……見ての通りですが」

 どう答えようか一瞬考えた後、ミツはそう答えました。

「ふーん……」

 トキコさんはミツの方を笑いながら見つめると、ミツが読んでいた本を覗き込みました。

「読書しながら――スイネちゃんの事見てたんだ?」
「…………」

 ミツの座っている場所から窓を覗き込むと、そこから運動場で遊んでいるスイネさん達の姿が見える。目ざとい……いや、大した観察力です。

 ここは図書室の窓際。トキコさんはおそらく、ミツの様子を図書室の扉から見ていたのでしょう。しかしそれでも普通に見ていれば、ミツは本を読んでいるようにしか見えなかった筈――でも、彼女はミツが本ではなく、スイネさんを見ていた事に気付いた。

(……疑われている)





昨日の今日です。スイネさんが襲われたあの事件以降、彼女のガードは固くなっている。アースセイバーは元より、ホウオウグループ側も彼女に対して興味を抱いてしまっている。そんな状況下で、ミツがスイネさんを観察していた――博士と繋がっている事も考えれば、ミツが怪しまれても当然です。

「……ええ、そうですよ」
「ふーん……何、興味あるの?」

 そう言うトキコさんの表情は、さっきよりも楽しげな笑みになっている……彼女は楽しんでいるのだろうか。けれども、一体何を?

「興味ですか。ありますよ」
「ふーん……みつくんって、しょーじきなんだね?」

 自分が試されているのか、それともこれはただの世間話なのか……どちらなのか、分からなくなってくる。下手すると混乱しそうです。

「正直、ですか……あまり、言われないです」
「あ、そう? だけど、正直者は得するよ? 正直者は長生きするんだから」
「はぁ……トキコさん、もしかして嘘吐き嫌いですか?」

 ピタ、とトキコさんの動きが不自然に止まった。表情は笑顔なのに、なんだか正体不明の威圧感を感じる……こ、これは一体……

「嘘吐きはね――大っ嫌い」
「……やっぱりですか」
「だって、嘘をつくって事は、その相手を騙す事なんだよ? そんな事、許せるわけないじゃん」

 ……それには、ミツも賛成ですがね。でも、だからと言って嘘をつく=騙しの行いとするのは、少々極端すぎるような……

「嘘には許せない嘘もあるけど、優しい嘘だってありますよ」
「カンケー無いよ。酷い嘘だって、優しい嘘だって、どっちも嘘に変わりは無いもの」

 ……こう言う時、「何となく」という言葉を使うのだろうか。ミツはその時、「何となく」トキコさんはどんな嘘でも許せない性格なのだと言う風に感じた。

「……相手を傷付けたくないから嘘をつく。それは確かに優しいかもしれないけど、でも――それが嘘だと分かった時、やっぱり相手は傷付くんだよ」
「…………」

 そう言ったトキコさんの表情は――なんだか、少し悲しげに見えました。

「そう……ですね」

 そう口にするものの、ミツはまだ誰かに嘘をつかれた事が無い。組織で「狸」だなんだと比喩されている博士ですら、「言わなかったり」「ごまかしたり」するだけで、聞けばちゃんと答えてくれる。ミツに嘘をついた事はありません。

 だからミツはまだ、嘘をつかれる、その悲しみが理解出来ない。想像は出来ても、そのすべては分からない。

 ……改めて、自分が「不完全」である事を感じる。トキコさんが当たり前に知っている「痛み」ですら、ミツは知らない。様々な経験を経て学習する筈のものなのに、ミツからはその学習を得る期間が抜け落ちてしまっている。

 合成人間としてミツが「不良品」でない事を証明したけれども、「人間」としてミツはまだ「不完全」だという事を思い知らされる。ミツはまだ、知らない事が多過ぎる。

「ま、そんな話はもう無し無し! なんで私が聞きたかったのに、みつくんが私の事聞いてるの!」
「それは話の流れかと……」

 それで怒られても、ミツは困るんですが……

「……話し戻すけど、みつくんはスイネちゃんの何に興味があるの?」
「……他人の気がしない、って事ですかね」

 トキコさんは嘘が嫌い。そう聞いた直後です。迂闊な事を言っても、彼女は気付いてしまう。下手をすれば、「裏」の任務まで感付かれてしまう。そういう懸念が完全に無かったかと言えば、おそらく嘘になる。

 けれどもその時ミツはなぜか、そう答えるのが一番適当であるかのように、ごく自然にトキコさんに対して答えていた。





「他人の気はしない?」
「ええ……不思議な話なんですけど」

 嘘ではない、でまかせではない。任務に不必要な考えは排除しようと無視していたが、それは確かな事だった。ミツはスイネさんに対して、初めて会ったとは思えない感情を抱いていた。

 スイネさんの親にあたる人工神は、博士が創造した。そしてミツもまた、基礎設計に関しては博士が関わっている。ミツとスイネさんのルーツは博士(ジングウ)にある。だから、他人とは思えないのかもしれない。しかしミツは、それだけじゃない、何かしらの「親和性」を、スイネさんに感じていたのです。

「ふぅん……言われてみれば、みつくんとスイネちゃんって何か似てるかも。なんか作り物めいているところがあって――もしかしたら、スイネちゃんもみつくんみたいな人造人間だったりして?」
「そ、それは流石に無いと思います」

 余計な事をしたか。一瞬、ドキリとした。

 スイネは人造人間。それは答えとして、ある意味で遠くて近い。反射的にミツがその可能性を否定すると、トキコさんは「そぉ?」と首を傾げた。どうやら、本気で口にしたわけじゃなさそうです。

「んー……ねぇ、それだけ?」
「え?」
「スイネちゃんに興味があるの……それだけ?」

 笑みを絶やさず、トキコさんは聞いてくる。

 彼女は笑っているだけだ。それも、ひまわりが華が咲いているかのような明るい笑み。けれどもミツはその笑顔に見つめられて、鼓動が高鳴っていく。

 彼女の笑顔が魅力的だったとか、恥ずかしくて高潮しているとか、これはそういうものではない――ミツはその時、内心で戦慄していた。

 スイネさんに対して、他人とは思えないような感情を感じる。本音ではないが、嘘ではない事実を告げる事で、彼女の追及を乗り切ったのだとミツは思った。しかしトキコさんは尚も話しかけてきた――ミツはその時、彼女にミツが隠している事を感付かれてしまったのだと、そう思ったのです。

「…………」

 顔に緊張が出てしまうのを堪え、ポーカーフェイスを努める。生唾を飲み込みたくなるのも堪える。

 どうする? どうすればいい? 嘘をつく事は出来ない。どうしたらいいか迷い、ミツはただ黙秘を続ける事しか出来ない。

 笑顔のトキコさんと、無表情のミツ。そんな二人のおかしな睨めっこが続く。

 しかしやがて、

「ふふっ、やっぱり言うのは恥ずかしい?」
「え? な、何を――」
「言いたくないなら言わなくてもいいよ。これ以上聞くのは野暮ってものだし」

 そう言って、なぜかトキコさんは追及の手を止めてしまった。一体なぜなのか、ミツにはさっぱり分からない。

「……あー、そうそう。一つちゅーこくしておこうかな?」
「?」
「スイネちゃん狙っているなら、そーとー努力しないと駄目だよ? スイネちゃんはタカさんの事がだーいすきだから」

 それだけ言い残し、トキコさんは去っていった。一人残されたミツは、ただ呆然としている。

(狙っている、って……まさか……)

 彼女は、ミツの目的に気付いている? いや、それにしてはトキコさんは、ミツに対して好意を持って接してくれていた……

 分からない。彼女が一体何を考えているのか、ミツにはさっぱり分からない。

(これは、気を抜けない状況になってきたかもしれない……)



 ――後にミツはその事をジングウに報告するのだが、彼に大笑いされてますます首を傾げた。

「どうやらトキコさんは、貴方がスイネさんに気があるものだと勘違いなさったようですねぇ」
「気がある? 博士、気があるとは一体どう言う意味ですか?」
「私が言わなくても、その内分かりますよ」

 「気がある」。ミツがこの言葉の意味を理解するのは、かなり後の事であった。

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最終更新:2011年03月17日 14:54