決断と勘違い
「秋山春美がアースセイバーかもしれない?」
リオトの意外そうな声に、クランケはうなずいた。
「どこからそんな情報を?」
「俺は怪盗。ちょっとしたものなら簡単に盗みだせる。」
「そんな派手な服でか?」
「目立つのが怪盗の美学だと教わったんでな。」
ホウオウのアジト内でも人通りの多いメインフロア。
クランケはわざとここを選び、情報を公開した。
…といっても、それは単なる出まかせだ。
あんな小さな女の子が、アースセイバーなはずがない。
そもそもアースセイバーから情報を盗むなんて命がいくつあっても足りない。
「だからあのまま置いておくのもこちらの不利になるんじゃないのか?」
「…確かにな。分かった。上への説明は俺がつけておく。」
リオトは踵を返した。
「地下牢に秋山春美はいる。お前が連れ出し、適当なところに捨ててこい。」
人間を「捨てる」なんて言い方、ホウオウ位にしかできないだろう。
言い訳つけてなんとか穏便に春美を逃がすことにしたはいいが、ばれた後どうするか一切考える余裕がなかった。
やけに冷える暗い廊下を、探るようにあるいていく。
「…あれ、人こない?」
少し遠いところから声が聞こえた。か細い、女の子の声だ。
つまり、あそこに秋山春美がいる。
はやる気持ちを抑え、とはいいつつすこし足早に、そちらへ向かった。
一つの牢の前にとまり、灯りを向ける。
隅の方にうずくまる女の子。
間違いない。彼女が、秋山春美だ。
春美はおびえたような目で、こちらを見上げた。
「…秋山春美、だな?」
「…はい。」
「お前を外に出せという命令が下りた。」
鍵を開け、中に入る。
冷酷な演技を保ちながらも、幼い少女の腕を引くのは少々力を加減してしまう。
そのまま裏口の階段を上がり、屋上に向かう。
誰もいないところから外に出、無事に寺まで送り届けるつもりだった。
…が。
「クランケ?なにしてるの?」
声にふりむき、血の気が引いた。
下級幹部一兵卒・ロゼだ。
肩書きは本人の希望で、実力はもっと上をいっていることは重々承知だ。
そして彼女の能力『アイコンタクト』。
眼が合うことでテレパシーのように自分の意志を飛ばすと同時に情報を奪う。
そして振り向いた際に一瞬だが眼が…!
「っ!;」
のがれるように逃げた…はいい。
すぐさま飛び降りたのも、想像の範疇。
ただ、春美のことを忘れていた。
真っすぐ地面に向かっていくのを、彼女は驚きと恐怖の混じった眼でみていたのだ。
「大丈夫だ。まってろ。」
懐に手を伸ばし、スイッチを探って入れた。
マントに鉄芯が滑り込み、組み合わさっていく。
マントがぴんと張られ、即席のグライダーに変化した。
そのまま落ちる直前に風に乗り上昇。ギリギリだったがまぁ、問題はない。
「…へぇ、嘘ついたの。リオトに…。」
飛んでいく白いグライダーを見ながら、ロゼは呟いた。
「この期に及んで、しかもこの時期に裏切るつもりなのかしら。」
彼女の口元は自然に上がっていた。
「まぁいいわ。リオトに報告に行ってこよう。」
まるで、これからの出来事を楽しむかのように。
「…やられた;まさかロゼがいるとは…;」
春美を抱えながらも、クランケは落胆した。
おまけに仮面をつけ忘れていたことに今更気がつく。
幸い人通りの少ない場所を飛んでいるので顔が知られることはなかった。
春美が不安そうにこちらを見てくる。
忘れていた。何も言わずにつれ出して、落ちて、今飛んでいる。
なんて説明しようか、ええと…;
「いやはや、驚いたでありマス。まさか貴方が、ホウオウでありマシたとは…。」
真横から聞き覚えのある声。確か…。
「切り裂き魔…いや、キリ君、だっけか。」
「おや、ご存じでありマシたか。」
切り裂き魔…キリ。月光曰く「妖怪」だそうだが、成程道具なしで飛んでいるその姿はただものではあるまい。
「キリ君…知ってるの?」
春美が小さな声でいった。
「勿論。小生は彼に助けを求めたのでありマスから。」
「だからこうやって、君を送り届けてるんだよ。」
「悪い人じゃ…ないの?」
…まぁ、悪い人に相違ないが;
「交換条件を持ち込まれたんだ。はっきりいって苦しいものではあったけど。」
「それでもやってくれると思った次第でありマス。」
「…もしかして、最初から分かってた?」
「知らないのでありマス、仮面の端に彫られたホウオウのマークなんて。」
やっぱり、とクランケはため息を吐いた。
「…あの先。あそこにお寺があるの。」
やっと安心したのだろう。春美が遠くを指さした。
陰陽師の寺院ではあるが、規模はやや小さめ。それでも白い外壁と赤い瓦は、薄暗い中には目立って見えた。
このまま真っすぐ飛べばすぐだ。しかし。
「!…ストラウル跡地が…;」
3年前に壊滅し、ゴーストタウン状態になっているストラウル跡地。
人がいない分戦場に幾度もなった。
そして、建物が多いここは、身を隠すのにうってつけだ。
――ロゼに思考がよまれていたとしたら――
「…!」
前方から何かが飛んできた。しかも一つではない。
春美を庇う様に抱き込むと、それはマントを何箇所も突き破った。
バランスを失ったクランケは、そのまま跡地へ落ちて行った…!
「ってぇ…;」
春美を庇ったまま背中から転落した。
鉄芯も助けてダメージは減らせたが、それでも衝撃はとてつもないものだった。
なんとか起き上がるも、ふっと油断するとふらついてしまう。
「大丈夫?」
春美が心配そうに見上げる。クランケは笑顔を作ると、
「大丈夫だよ。」
と頭をなでた。
「見つけたぞ、クランケ。」
顔を上げる。そこにいたのは、
クロウとリオト。
「ロゼから聞いた。アースセイバーとは、口からの出まかせ…だと。」
「…;」
銀色の眼を睨みつけ、リオトが一歩前に出た。
「春美を逃がして、何をするつもりだ。」
「…頼まれたんだよ、この子を助けてやれと。」
演技口調で話すが、手は春美の頭をなでていた。
「ホウオウの命令に反して、ただで済むと思っているのか?」
「ホウオウ…いや、違うね。」
気がつけば、笑顔を浮かべていた自分は、宣言していた。
「僕の長は
ギルティー・キングだけだ!その長を奪ったお前らは、僕の仲間でもなんでもない!!」
激しく音を立てて崩れるビル。
その土煙からクランケは、春美を抱えて飛び上がった。
リオトとクロウを見下ろしながら、今更自分の言動に後悔した。
しかし、どこかふっきれた感覚もあった。
自分の長は紛れもない、ギルティーキング。
「有罪王」を名乗りながら、弱い者を助け、強い者を挫いてきた。
孤児だった自分を見染め、居場所を与えてくれた長。
その長を消したのは、間接的ながらもホウオウグループだった。
一度口にして初めて分かったのだ。
自分の居るべき場所は、ホウオウではなかったと。
少し遠くの、比較的丈夫そうなビルに入り、春美をそこに下ろした。
「しばらくここで待ってて。絶対外に出てはいけないから。」
それだけ言い、自分はビルの外に出た。
クロウとリオトは、待ち構えたかのように目の前にいた。
「…分かってるんだろうな。相手が誰だろうと容赦はしない。」
「ああ。這いずってでも、彼女を送り届ける。」
みなまで言わなくとも、それで十分だった。
手首を切ったリオトの血が、細いナイフへと形を変えて襲い掛かる。
誘導するように横にかわすと、追尾するように追いかけてきた。
「ち…。」
懐からメスを取り出し、時折弾きながら逃げる。
しかし、血のナイフは一向に減らない。
間は開くばかりで、クランケにとっては不利な状況に追い込まれていた。
一度止まって向き直る。
血を弾く手を一層速めながら、ゆっくりと近づこうと試みる。
「…今だ!」
一瞬の隙をとらえ、メスを2本飛ばした。
ダーツの腕にはかなりの自信がある。この2本は確実に、二人にあたるはずだった。
だが、あいてが悪かった。
放たれたメスが、空中で止まったのだ。
「!?」
「俺がいることを忘れていたわけじゃないよな?」
クロウの口が笑った。
メスの軌道が変わる。真っすぐこちらに向かってくる。
血を弾くことに精一杯になっていたクランケに、次のメスを取り出す余裕はなかった。
「しまっ――…!!」
眼の前を何かが通った。
足元に血のナイフとメスが落ち、攻撃がやんだ。
顔を上げると、リオトが地面に押さえつけられていた。
クランケは、押さえつけている彼の名を呼んだ。
「キリ!」
「間にあったのでありマス。」
切った側の手首を足で押さえ、片腕でリオトの首を押さえている。
骨と皮だけかと言わんばかりに細い腕は、予想に反してものすごい力らしい。
「っ…この!」
手首の血が細く鋭く変形し、キリの足を狙う。
それに反応したキリはリオトを離し、後ろに飛びのいた。
「キリ、大丈夫か?」
「ええ。貴方のほうは?」
「背中を強く打ったが問題ない。」
「さようですか。」
前髪の奥で、彼が微笑んだような気がした。
「小生が片方受け持ちましょう。」
「えっ…いいのか?」
「勿論。貴方は主の恩人でありマスから。」
キリは背中に手を伸ばし、いびつな形をした大きな鋏を取り出した。
「それに、貴方の『答え』、しかと聞き入れたのでありマス。」
――ホウオウは仲間でない。
口をついて出たその声が、答えだというのなら。
「…僕はどっちを相手すればいい?」
「能力として厄介なのはそちらの血の色の髪の方でありましょう。そちらは小生がうけもちます。」
「分かった。じゃあ僕はリオトだ。」
クランケは再びメスを構えた。
「…ごめんね、僕のミスでこんなことになってしまって。」
「いいえ。寧ろ小生は、貴方自身の決断がうれしいのでありマス。」
それだけかわし、真っすぐ突っ込んだ。
軌道を曲げる、クロウの能力。
それは妖怪とて例外ではないらしい。
キリのふるう鋏を、軌道を操ることでよけることなくかわしていく。
「…やるでありマスな。」
「やる?俺はなにもやってないな。」
「それはまた。ずいぶんと役に立つ能力でありマスね。」
鋏の死角で爪を立て、隙をついて前に突き出す。
しかしクロウが反応し、その手を受け止めた。
「なっ!」
「死ね。」
拳銃を抜き、眼の前に向けた。
「…簡単には死ねないのでありマス。」
鋏を握っていたはずの手が、クロウの手をとらえ、拳銃ごと持ち上げた。
そのまま地面に抑え込み、「口にくわえた」鋏を開き、首を挟む形ですれすれに突き刺した。
勝利を確証したほんの一瞬の油断のうちに、形成は逆転されたのだ。
「…!?」
「やはり人間というのは、下等なものでありマス。」
鳩尾に突きを一発。
気絶したのを確認し、キリは鋏を抜いた。
赤と銀が火花を散らす。
接近戦へともつれこんだクランケとリオトは、一進一退を繰り返しながらも接戦を繰り返していた。
「ホウオウ様はお前の長じゃない?どの口がそう言っているんだ?」
「僕ははっきりいってるね。僕はホウオウを選んだんじゃない。ギルティー・キングを選んだんだ。」
「そのキングはホウオウを選んだんじゃないのか?」
「そうかもしれない。でも!」
刃先を下に押さえつける。
「「あの時」…確かに長は泣いていた。本心から望んだことじゃなかったんだ!」
片手はメスを離し、思い切り殴りかかった。
バランスを崩したリオトにたたみかけるようにメスを振り上げる。
負けじとリオトも血のナイフを首に突き付けた。
無言のせめぎ合いがおこる。
お互い少しも動かなかった。
「…本当は、こんなことしたくないんだよ。」
「は…?」
「でも、何度言っても、ホウオウは分かってくれないだろう?穏便にことが進めば、僕はホウオウから抜けようとも思わなかった。」
気がつくと、クランケの頬が濡れていた。
「殺したくないんだよ。もう、誰も…!」
銀の眼を赤く腫らし、クランケは叫んでいた。
「僕は、ホウオウと違う方法で、世界の合理化を目指す!誰も泣かない、死なない、笑顔になれるような世界を、作ってやるんだ!!」
懐から取り出したのは、注射器。
その針はリオトの切られていない手首に突き刺さった。
リオトは足から崩れ落ち、倒れ込んだ。
クランケはメスをなおし注射器を引き抜くと、切られていた手首の傷に、持ち合わせていた絆創膏を貼り付けた。
「…このへんに寝かせておけば、ホウオウの誰かがひろってくれるよね。」
広間に二人を寝かせ、クランケは呟いた。
敵味方関係なく傷の処置は既に彼がやっており、応急的なものだが命に別条はないという。
…正直な話、キリにまで現代医学が通用するかどうかは疑問だったが。
「…よし、春美さん、いこうか。」
「はい。」
春美の手を引き、クランケは歩き出す。
勿論後ろからキリもついていく。
「はぁ。これからどうしよう。住むとこなくなっちゃったわけだし;」
「おじいちゃんに頼んで、泊めてもらおうか?」
「いや、いいよ。友人に相談してみる。…しかし、アースセイバーに入ったなんて出まかせ口にしてなきゃ…?」
「え?私、入ってるよ?」
「…は?」
「入ってるよ。妖怪絡みだったり、必要なときは出動してるから。」
「えええええええ!!;」
口からの出まかせは間違いではなかった。
つまり向こうは自分の言葉を勝手に嘘だと解釈し、襲ったのだ。
そう考えると、全身から力が抜けた気がした。
「なんてこった…。余計なこと言ったんだ、僕は…orz」
「まぁ、いいでありましょう。自分の目指してるものを、改めて認識できたのでありマスから。」
気楽そうにキリは言う。
「キリ、これ人間にとっちゃ大問題だからね;」
「…お兄さん、ありがとう。」
ぽつりと春美は言った。
「私ね、ずっと暗い世界に閉じ込められて、大人のいいなりになるのが怖かったの。でも、それをお兄さんは助けてくれた。」
「それは…キリに頼まれたから…。」
「それでもいいの。」
「今度、お礼がしたいの。もし気が向いたら、寺院に来てほしいな。」
春美は笑いながら言った。
その表情のとてもうれしそうなこと。
クランケも微笑み、もう一度、春美の頭をなでた。
「…こちらこそ、ありがとう。」
追記
「…ていう経緯だからって、何も私らの事務所に居候すんな!ただでさえ二人で精一杯なんだよ!!」
「星殿、落ちつくぜよ…;」
「やむを得ないんだ;許してくれ、星…;」
最終更新:2011年03月27日 00:44