孤人葛藤
「…畜生、まだ血が抜けねぇってのか…。」
朝、ふらふらと家に戻った幹久朗は、小さなデスクの椅子の上で頭を抱えていた。
やけに頭が痛むのは、「記憶はないが」また一晩中起きていたせいだろう。
「主がいなかった間、誰も人間を襲えてない」
春美に言ったときは、本当に軽い気持ちだった。
しかし、その時は忘れていたのだ。
自分自身も妖怪としての力を封印されていた者の一人。
力を解放されれば、逢魔ヶ刻や丑三つ時に妖怪の血が、再び騒ぎだす。
「…正しいよ。「俺」の言ってることは。でも、だからって…。」
震える右手を眺め、抑えきれなくなった万感を吐きだした。
「「自然の命」も「人間の命」も、消えちゃいけない大切な存在だろうが…!!」
本当に本当の話だよ
人にも命があるように
動物にも命があるように
植物にだって命はある
その妖怪はね
元々「キジムナー」って言われる種族の
森の精だったんだ
自然とともに暮らし
子供たちといっぱい遊んでいたの
とある理由で一時期森を離れたキジムナー
生まれた土地に戻って来た時
彼の住む場所は
消えてなくなっていたの
大きな開発のために
山は切り崩され
森は伐採された
彼は故郷を失ったことを嘆き
故郷を奪った人間を恨んだんだって
そして
彼は決めた
「自然の命を守るためなら」
「人間なんて」
「滅ぼしてやる」と
閑散としている都会の跡地を見るたび、自然と悲しくなってくる。
悪い人間が無益な開発をしているのを見るたび、自然と強い憤りを覚える。
今でこそ大分落ちついているものの、昔はそうはいかなかった。
だからこそ自分は、
この「力」で人間を襲っていたのだ。
春美に出会い、命の平等さを諭され、人間を襲うことはやめたはずだった。
本当の人間のように明るくふるまい、接し、仲良くしていこうと心の内に決め、店を開いて生活していたはずだった。
しかし、長年使われていなかった妖怪の血が、今になって暴走気味らしい。
「力を使うことそのもの」を、体が欲しているようなのだ。
自分に向けて使う分には構わない。しかしそれを、他人になど決して使いたくなかった。
昨晩、己の意識が戻った時にいた場所は、「
アカノミ」のいる平原近くの森。
人の手が加わることもなく、踏み入れるには勇気と覚悟がいる場所。
人もほとんど踏み入れず、月明かりさえも射しこむのが難しい暗い森で、彼は見たのだ。
幾本もの木…否、「幾人もの人間」を。
視界に入る木という木が、みな人の形をしている。
その表情は、苦しい以外の何物でもなかった。
彼は悟ったのだ。妖怪の血が暴れ出していることを。
「妖怪としての自分」が、人間への復讐をまだ行っていることを。
「…今日、主に相談にいったほうがいいのかな…。」
何もとらえない虚ろな目で、彼は呟いた。
でも、ああ、そうだった。突然店を休むわけにはいかない。それに…。
「由衣ちゃんに、早く強くなってもらわないとだな。」
誰にも相談できない。
例え相談しても、妖怪の悩みなんて誰も聞いちゃくれない。
それに、ただでさえ傷つく人間が一気に増えたこの時期に、そんなこと言えるわけがない。
和解できればいいのだが、「俺」と「俺」が一つになるのはきっと、あっても遠い話なわけで。
「俺」の意志でもう一度、力を使わないといけないことはなんとなく分かっていた。
そうしなければ「俺」は納得しない。
でも、やはり他人に力を使うことを「俺」は恐れている。
誰か、「俺」の声を聞いてくれないか。
そして、「俺」に教えてくれないか。
切実に、その時を「俺」は待ってるから。
だから、きっと――。
最終更新:2011年04月01日 15:47