――――結局、僕には何が出来たのだろう。
「………」
登校した僕は、一旦教室に向かいかけて、しかしその足で屋上に出て風に吹かれていた。今日はやけに風が強い。自慢の赤い髪が、スカートが、上着が風に揺らされるけど、どうでもよかった。
頭の中を支配するのは、昨夜の出来事。
「………」
由衣を引っ張ってウスワイヤに急行する途中、突然マナから飛び込んで来た連絡。すなわち、
『白波家に異能殺し帰還。至急集合』
スイネは心配だったけど、僕にとってはそれ以上に優先すべき事態だった。由衣をその場に残し、とんぼ返りでランカの家に向かった。
そこで待っていたのは、ゲンブ、退院したランカ、連絡して来たマナ、同級生のエイト、
そして、探し続けた「異能殺し」の男。
口をついて出たのは怒りの叫びだった。ランカを置き去りにしたこと、連絡一つ入れなかったこと、今頃になって戻って来たこと………。
だけど、異能殺しの男は反論も言い訳もせず、ただ沈痛な面持ちで、僕の叫びを受けていた。ランカが止めてくれなかったら、あのまま殴りかかっていたかも知れない。
ゲンブが僕を落ちつかせ、異能殺しの男―――シドウさんは全てを語った。
その「異能殺し」の力が後天性のものであること。
ヴァイスと名乗る能力者の愉快犯によって強制的に能力者にされ、それが原因でアカネさん―――ランカの母親が亡くなってしまったこと。
ランカや僕達に危険が及ぶ可能性を危惧して、あえて何も言わず去った事。
エイトを使って情報を集め、行動していたこと。
そして、トキコに関する今回の事件のことを知り、僕達を守るため帰還を決意した事。
全てを語った後、シドウさんはただ、頭を下げた。
『……すまなかった』
僕は、何も言えなかった。
ランカはただ喜んでいたし、ゲンブは不承不承ながらも納得した様子。エイトは元々行動を共にしていたし、マナに至っては無表情のまま。
ランカは、父親が返ってきたことをただ喜んでいる。それなら、僕が言う事は何もない。けど、何も言えなかったのはそれが理由じゃない。
その時、僕の心を支配していたのは、諦念にも似た虚脱感。
何も知らないままに怒り、憎み、異能殺しを追い続けた。「身勝手な父親」である男を。
だけど、彼が姿を消したのは娘のためであり、僕達のためだった。大切な人たちを守るため、あえて離れたのだった。
―――それなら、僕がして来たことは何だったんだろう。
アースセイバーに協力していたのも、大本は「異能殺し」の情報を探るため。
ホウオウグループと戦ったのも、関連を見つけようとしたため。
それら全てが徒労だったとしたら、
(僕のしたことに、何か意味はあったんだろうか)
シドウさんが戻って来たのは自分の意志。そこに僕の行動は全く関わっていない。
僕は、ランカのために何をしてやれただろう。行方の知れない父親を探すより、もっと他に出来ることがあったんじゃないのか。
「………」
何とも言えない、空っぽの感覚に身を任せ、空を仰ぐ。頭に浮かぶのは、昨夜の大騒動の中心。
「……スイネ、大丈夫かな」
彼女の治療が成功したのかどうか、あれから聞いていない。でも、
シスイやみんながいたんだから、きっと大丈夫だ。そう信じたい。
「………」
また、心を虚無が支配する。親友のために、家族のために、僕は何をしてあげればよかったんだろう。
今でも、答えは出ない。
「……こんなだから、恋もうまく行かないのかな」
さっき、ちらりとトキコの姿を見かけた。やたらに明るかったけど、何があったんだろう。僕が最後に見たのはスイネの部屋で、酷く傷ついていた。今もそう変わらないけど、あの時感じた、どこか所在なげな雰囲気とはまるで違う。いつもと同じ―――というより、あれは、そう、「狂信者」のトキコに近かった。
(………僕は……)
約束は忘れていない。トキコへの気持ちも変わっていない。
―――ああ、だけど。それなら、どうして。
彼女を見ても、いつものように胸が高鳴らないんだろう。
何だか、風景を見ているような気分だ。こんなに大好きなあの子のことが、今は風景にしか見えない。
いや、待て、それは違う。今のトキコは、何か「違う」。
かつての「強い」だけの僕だったら、彼女に合わせてどこまでも壊れていっただろう。だけど今は、「綾音」としての自分を受け入れた僕は、良くも悪くも「僕」でしかない。トキコのように、変われない。
多分、僕はそこに温度差を感じているんだ。それに、僕が今の今まで失念していた事実がひとつある。
それは、
(トキコは、僕のことをどう思ってるんだろう)
これが問題だった。今のままじゃ片思いに過ぎない。トキコの方の気持ちを聞いてなかった。けれど、今は聞くのがあまりに怖い。フラれるかも、という次元じゃない。
トキコが本当に「もう、どうしようもない」という事実に直面してしまうかもしれない。それを思うと、震えが止まらなくなる。
(僕は……)
さっきの、リオトとの会話も、遠かったけど聞こえていた。
あのあっさりした反応が、僕に対するある種の信頼とすれば、まだ安心できる。だけど、本当に「他より仲が良いだけ」と考えられていたとすれば……ダメだ、どうしてもネガティブな思考になってしまう。
いつものようにパッと立ち直れない。
おかしいのはトキコか? リオトか? それとも僕自身か? あるいは全てか?
答えの出ないまま、疑問だけが積み重なっていく。フェンスによりかかっていた姿勢から、ごろりと転がり、大の字になって空を仰ぐ。雲一つない快晴だけど、その雄大さも僕の心の空白を埋めてはくれない。
(あぁ)
―――空が、遠いなぁ……。
視界が滲む。いつもなら元気をくれるはずの大空が、今は、果てしなく遠くに見えた。
彷徨える朱雀
(想いの行方に)
(在るべき道に)
(朱雀は迷い、惑う)
最終更新:2011年04月01日 22:57