凪っちと冬也くん、その二人と診療所を出た私の目の前に現れたのは、
見慣れた制服に身を包んだ女の人であった。堅苦しい雰囲気とは裏腹に、
柔らかな笑みを浮かべたとても優しそうな女性。
いきなりの
来訪者に戸惑っている姉弟をよそに、
女は私に近付いてこう言った。
「あら、トキコちゃん。探したのよ?どこに行ってたの?」
「・・・・・・・・・」
彼女はしゃがんで、両肩に手を乗せて私に言い聞かせる。
その様はさながら母親を思わせるけれど、私がスイネちゃんに抱いた、
あの温かさは欠片もない、むしろ父親を目の前にしたあの時の感情と同じだ。
全身から血の気が引いて、喉がカラカラになる。
「・・・あの、どちら様ですか?僕ら急いでいるんですけど・・・」
冬也くんが女に問い掛けると、彼女は彼の方に顔を向けてにっこり笑った。
「・・・貴方達は、トキコちゃんのお友達かしら?」
「はい。」
「初めまして、トキコちゃんのお父さんのお友達の、メアリーって言います。
・・・この子のお父さんに言われて迎えに来たの。」
「迎えに?」
凪っちが訝しげに女・・・メアリーを見つめる。
けどメアリーは表情を変えず、そう、と言葉を続けた。
「トキコちゃん、凄い大怪我をしたのに無理してお友達を追ってきたんでしょう?
お父さん、心配してたわよ?怪我が悪化したら大変だ、って。
・・・だから迎えに来たのよ。」
「・・・っ・・・!」
なんで、知ってるの・・・!?
冬也くんが一瞬きょとんとしたけど、私を見るとその表情を一変させた。
「・・・!ホントだ、トキコ先輩、凄い怪我してるじゃないですか!」
「い、いいの・・・これ、平気だから・・・!」
「そんなこと言って、トキコちゃんいつも無理してるじゃない。
ほら、怪我が悪化する前に帰りましょう?」
「い、嫌・・・っそんなことより、ス、っあの子が気になるの・・・!」
私はスイネちゃんの名前を言いかけたけど、引っ込めた。
メアリーの言う『お友達』がスイネちゃんを指しているのか分からない。
けど、私の周りの友達が・・・ただでさえ、今鳥さんがあいつらに
目をつけられてるっていうのに、これ以上巻き込みたくない。
それは今この場にいる、凪っちと冬也くんも同じだ。
駄々こねる私を見て、メアリーはため息をつく。
「だーめ!そんなこと言ったって、結局いつも悪化して帰ってきてるでしょ?
それにもうこんな時間帯だし・・・ね?いい子だから一緒に帰りましょう?」
そう言ってメアリーは、困ったように笑った。
冬也くんが近くでどうしたいいのか分からない表情を浮かべている。
それはそうだ、メアリーの言っている事は偽りであれ、こっちの家庭事情だ。
言っていることも正論かもしれないし、容易に口出し出来ない。
それに人の良い彼なら、無理にでも連れて行こうなんて出来ないだろうから。
不意に、凪っちが口を開いた。
「あの、トキコの友達が重症なんです。・・・彼女の安否だけでも
確認させてあげられないでしょうか?」
「・・・・・・・・・」
メアリーが、凪っちを見つめる。
そしてまた、困ったように笑ってこう言った。
「気持ちは分かるけれど、これ以上トキコちゃんを無理させたくないの。
・・・代わりに見に行ってあげて貰えないかしら?」
「・・・・・・その気持ちも分かりますが、でも」
「ところで、」
凪っちが言葉を続けようとしたが、メアリーがそれを遮った。
私を一瞥してから、ニコリと笑って言う。
「そのお友達の名前はなんていうのかしら?」
「え?・・・ス、」
「!!」
私は反射的に凪っちの目の前に飛び出して、その口を手で塞いだ。
もちろん彼女も冬也くんも驚いた、メアリーは・・・笑ってた。
そして捲くし立てるように私は凪っちに言う。
「っごめん、私の代わりに・・・あの子のこと、看てきて。」
「でも、トキコ、」
「行って!!」
「・・・」
「トキコ先輩!一体どうしたんですか!?」
「いい、冬也。・・・行こう。」
凪っちは私の言う事を聞いてくれて、冬也くんを連れてその場から立ち去った。
残されたのは、私とメアリー。
「・・・ふふ、あの子冬也くんって言うのね?」
「手を出さないで。」
「ください、でしょう?」
「・・・手を出さないで、ください。」
「よく出来ました。」
メアリーは満足そうに嗤う。
彼女には今の私の行動の意味は、分かっていたようだ。
「大丈夫よ、あなたが余計な真似さえしなければ、
地の果てまであの子を追っかけるようなことはしない。」
「・・・・・・・・・」
「一般人を追いかける看守なんて、ただの犯罪者でしょう?」
「・・・迎えに来たんでしょ?早く連れて行きなさいよ。」
「あらあら、お父さん同様、貴方も可愛げがないわねぇ。」
「・・・・・・・・・」
私がメアリーを睨めば彼女は肩を竦め、目の前に停まっている車に私を乗せた。
黒の車に乗せられた私は何も考えず、ただぼんやりと外を眺めていた。
頭の片隅で、スイネちゃんが無事な事を祈りながら。
朱鷺と女
(そして私は)
(そして、わたしは・・・)
(己の過ちに、気付くのだった)
最終更新:2011年04月03日 16:38