「やれやれ、ワタシとしたことが先走り過ぎましたかね。能力への覚醒を確認する前に連れ去られるとは……存外手が早いですね」
とあるビルの屋上で、黒を纏った男がため息をついた。
「赤ん坊を能力に目覚めさせればどうなるかと思ったのですが……情報を流すのが少々早かったですか。仕方ない、別を当たりましょう。確か……」
ちらり、と目線を転じる。
「あの家に、女の子がいましたね」
「おい、あいつはどうした!」
「後で確認する! それより、今はこいつらを『施設』に移送するのが先だ!」
黒ずくめの男たちは、二人の赤ん坊を抱えて夜の道をひた走っていた。彼らの所属する『施設』―――『UHラボ』。
ホウオウグループに属する……いや、正確には「属していた」者たちが独自に立ち上げた、究極の生体兵器の開発研究を行う場所。その道のエキスパートであった
ジングウが一枚噛んでいたとの情報もあるが、真偽のほどは定かではない。
そして彼ら、施設の職員達は、どこからか齎された情報をもとに「素体」の回収を行い、引き揚げる途中だった。彼らにとっては、いつものこと。
ただ一つ不運だったのは、走っている道に「その少女」がいたこと。
「………」
「!? なん―――」
その姿を認め、声を発しようとしたその瞬間には、男の首は宙に飛んでいた。傍らに抱えていた赤ん坊は、滑り込んで来た少女が受け止め、そのまま後ろに距離を取る。
一拍遅れて残った体から鮮血が噴水の如く吹き出し、
「う、うわあああっ!?」
「な、なんだこいつは!」
残された面々はパニックに陥り、ばらばらに逃げ出した。少女は一拍置いて、
「―――目標1、確保」
抑揚のない、無機質な声音で呟き、
「目標2、ロスト……了解、追跡を開始します」
小脇に赤ん坊を抱えたまま、男達の一人を追った。都合のいい考えに浸る「離反者」達の企図を挫き、あわよくば利用するために。
しかし結局、少女は「目標2」を捕捉できず、そのまま引き上げることとなった。
3年程後。
「……ほう、その情報は確かか?」
「以前と同じソースからです。信憑性は不明ですが、可能性は高いかと」
「いいだろう。では、『回収』に向かうぞ」
その場所は、固く秘匿されていた。「施設」にて新たな「素体」の情報を得た「彼ら」は、その「回収」に向かった。
その先は……。
「~♪」
「ほら綾音、ボールはちゃんと投げて使え。汚れてしまうぞ」
「あら、いいじゃないですか、綾斗さん。子供の遊びに常識は関係ないですよ」
「いや、まあ、それはそうなんだが」
とある家の庭先で、家族の光景が広がっていた。
狭くはない庭先でボールを持ってはしゃぎまわっている長女、火波 綾音。
家の中で母親に抱かれて寝息を立てる次女、火波 綾歌。
娘を抱きかかえて揺り椅子に座る母親、
火波 琴音。
庭で長女を見守っている父親、火波 綾斗。
山吹色と桜色、特徴的な髪の両親を持つ姉妹は、やはり特徴的な髪の色を持っていた。
長女・綾音は、炎のような赤を。
次女・綾歌は、雪のような白を。
正反対ながらも、その顔だちはよく似ている。しかし、性格は真反対。綾音が非常に活発で物怖じしないのに対し、綾歌はおとなしく、素直な性質だった。
そんな彼女達は、今日も両親に見守られて平穏に過ごしていた。
「ほらっ、行くぞ」
「ん~ぅ、えいっ」
父親を相手に、ボール遊びを全身で楽しむ綾音。転んだりつんのめったりしながらも、その表情には陰りの一欠片もない。
「やーっ」
「ぶっ!? こ、こら、顔を狙うんじゃない!」
「あはは~っ」
「綾音、あんまりお父さんを困らせちゃだめよ」
嗜める琴音も、その表情は楽しげに笑んでいる。やれやれ、と肩を落とす綾斗も、また。
「まったく……ノーコンの俺とは違うな」
「のーこん?」
「綾斗さん、綾音に変な言葉教えないの」
「ねぇねぇ、のーこんってなーに?」
綾斗の足にしがみつく綾音。その姿を見て、思わず笑いが零れた。
「ねー、なーに、なーに?」
一人、琴音の腕に抱かれる綾歌だけは、すぅすぅと寝息を立てていた。
「それはさておき……そらっ、行くぞ綾音っ」
「はーい。ん、あ、あーっ?」
気を取り直して、と綾斗が投げたボールは、勢い余って庭の外の道路へ飛んで行ってしまった。
「ありゃ、失敗失敗」
「とってくるーっ」
両親が止める間もなく、綾音はボールを取りに外へと駆けだしてしまった。
「あ、一人でいくのか!?」
「車には気をつけるのよーっ」
庭の前は見通しのいい道路だ。二人とも、さほどの心配はしていなかった。
―――後に、ついていかなかったことを最後まで悔やむ事になるとは知らず。
「ぼーる、ぼーるっ」
火波家の前を走る道路に出るには、一度家の前に回らなければならない。ちょうど、庭とは真反対に位置するため、ボールを取りに行くにはそこから大周りして行く必要がある。とはいえ、3歳にしては足の速い綾音なら、取りに行くのにさほどの時間はかからない。
その、はずだった。
「――――え、っ?」
家の前に出た綾音が見たのは、頭髪を片方だけ伸ばした白衣の男。そして、
「っ!?」
何を思う間もなく、手を引かれ、口を布で塞がれ、後ろから抱えられ、瞬く間に意識を失った。
「よし、戻るぞ。よい成果を出せば、グループも我々を再び迎え入れてくれるに違いない」
男は指示を下し、綾音を抱えたまま待機していたワンボックスに乗り込む。
車が走り去った後、そこには誰の姿もなかった。
「……綾音はどうしたんだ?」
「遅いですね……」
一方、庭で待っていた綾斗と琴音は、10分経っても帰って来ない長女に不安を覚えていた。
元気そのもののようなあの子が、ただボールを取りに行くだけでここまでかかるとは思えない。
「まさか、何かあったんじゃ……」
「在り得る……今から見て来る!」
言うや、綾斗は家の前へ走る。そこには、さっきまで遊んでいた愛娘の姿はない。ただ、
「!!」
綾音が好んで履いていた、鳥の絵柄が入った赤い靴が片方、転がっていた。
「あ、綾音!? どこだ、どこに行ったんだ、綾音ーっ!!」
綾斗の叫びは、誰にも届く事はなく、虚空へ消えて行った。
―――それから、6年。
父親が事故で亡くなった事も、母親が最期まで娘を案じながら逝ったことも、妹が孤児院で育っていることも、何も知らず、綾音の時は過ぎていった。兵器として強化され、素体として身体改造され、かつての思い出すら消えて行く、そんな日々に終止符が打たれたのは、ある寒い日のことだった。
「ここがそうか……」
その少年は、眼鏡の奥の目を細め、鼻を鳴らした。
「ふん。連中、この程度で俺達を誤魔化せると思っていたとはな」
実際に今まで見つけられなかったわけだが、そこはそれ。
「施設を確認した。これから作戦に移る」
『わかった。レインはどうした?』
「回りの警戒に当たらせてある。制圧と破壊は俺がやる。……確認するが、完全に破壊して構わないんだな」
その言葉に、通信機の向こうの人物はそうだ、と答える。
『その施設は、我々にとっては無用。何より、行われている事はあまりにも非合理的だ。貴重な能力者を使い捨てにしているのだからな』
「了解。では、これより任務を遂行する。終了は1時間後を予定」
『滞りなく進めろ、
クロウ』
ああ、と一言答えて通信を切り、少年――――クロウは、目標に向けて足を踏み出した。
「どんな成果を出そうと、どんな技術を確立しようと……グループに、お前たちの居場所はない」
――――1時間の後、UHラボは完全に崩壊、多くの被検体が死亡・行方不明となった。しかし、関係者の一部は未だ生き延び、いずこかで研究を続けているとも言われている。
そして、生き延びた被検体3人が、己を得て顔を合わせるのは―――これより、7年後のことである。
未来を奪われた日
(双子は新たな道を歩み)
(朱雀は己の闇に墜ち往く)
(全ては、運命の導くままに)
最終更新:2011年04月04日 15:37