廃墟。
真新しい死体の群。
壁にこびりついた赤。
嗅ぎ慣れた腐臭。
そこで私ははっ、と気が付いた。
「・・・?」
どうしてここにいるのか、などと考えるより先に感じたのは、
私の手に宿る生温かい温度。
何を触ったんだろうか。
なんで、私の手は真っ赤に染まってるのだろうか。
考えて考えて行き着いた先の答えに、私は絶望した。
「わ、私また・・・!!」
嗚呼、私はあの時と同じ『衝動』でまた関係ない人を殺してしまったのか!
鳥さんが言ってたじゃないか、場所を選べって。
それに今度同じ事をしかけたら僕に言え、って言ってたのに・・・!
私はまた、また同じ事を繰り返して・・・!
『違う違う、それは違うなぁ。』
「・・・?」
不意に、聞き慣れた少女の声が私の耳に入った。
見れば、廃墟の入り口に立っているのは朱色の髪をした女の子。
「わ、たし・・・?」
『ぴんぽーん!大正解!なんつって。』
キャハハ、と楽しそうに嗤う自称『私』。
ドッペルゲンガー、とも呼ぶべきなのか。
いかせのごれならばどんな怪奇が現れてもおかしくはないだろうけど。
・・・それよりも、こんなものが見えてしまうだなんて私も随分気が狂ってしまったのだな。
目の前にいる『私』はお父さんが来る前の私のよう。
何の悩みも持たず、無知の子供のように振る舞う
朱鷺子、・・・幻覚であるのに。
そんなことを考えていたら、『私』はさもおかしそうに笑って言った。
『あれあれ?幻覚はそっちでしょ?』
「・・・は?」
『私は幻じゃない、貴方が幻でしょ?』
「何言ってんの・・・?」
『私』はおかしそうに首を傾げ私を見据える。
幻覚は、現実からは無い刺激をあるような感覚で体験してしまう症状。
その要因は主に体験者の精神状態によるもの、例えば、痴呆、統合失調症、PTSDなど、
いずれも精神に関わる疾患により発症するのだ。
どうせ私のことだから、スイネちゃんの失踪、お父さんの虐待、私自身の無理強い、
それらからくるストレスでこんなものを見てしまうのだろう。
こんな現実に無い、『私』を。
酷く冷静に相手を分析する私を見て、『私』は凄く嫌そうな顔を浮かべた。
『気持ち悪い、何それ?なんのふり?』
「黙れ、幻覚が。」
『そっちこそ、そんな怖い眼で私を見ないで。
自分が自分に見られる、って正直気持ち悪いよ?』
「黙れって言ってるでしょ!?」
『やだね、そっちが止めないなら私もやーめない!あはは!』
『私』は、私とのやり取りをむしろ楽しむかのように喋り続ける。
どうしてやめないの、幻覚だって私の意識で起こしたものなら夢と同じ、
自覚したら消えるんじゃないの?
当然のようにそこに存在する『私』は、おかしいじゃないか。
もう何度目の感覚だろう、全身から血の気が失せて、嫌な汗ばかりが流れるこの感覚。
『私』が、足元の死体に眼を向けた。
さっき私が殺した、誰とも分からない死体。
『ねぇ、これは誰?』
「・・・知らない、人。」
『ぶっぶー!違いまーす。』
『私』は手を交差してバッテンを私に見せる。
そして、いきなり私の首を掴むと地面へと叩き付けた。
「っうぐ!?」
頬に血、鼻には腐臭。
視界には死体の苦痛な表情が広がる。
『よく見てよ、貴方は誰を殺したの?』
何を喋ってるんだ、この幻覚は!
知り合いとでも言うのか、こんな見た事のない・・・
「・・・?」
ふと、血溜まりの中に沈んだ毛髪が目に付いた。
血より鮮やかな、見覚えのある赤色の髪。
みおぼえの、ある?
「・・・・・・え・・・」
少しずつ、少しずつ髪の毛から辿っていく。
赤色の髪、血の気が失せた青紫の唇、瞳孔が開き切った眼。
どうして、鳥さんが死んでるの?
『どうしたの?今更になって驚いてんの?』
「な、なんで、なんでなんでなんで・・・!?」
声が震え、頭が回らない。
目の前の幻覚がもっと酷くなった気がする。
吐きたい、逃げたい、眼を閉じたい、もう何も受け入れたくない!!
けれど、私の上で馬乗りしている『私』はクスクス笑い、耳元で囁く。
『タカコが私をおぶってくれた時も、
ジングウが戻ってきた時だってこうしたじゃない?
ほら、横を見てみなよ?』
「っ・・・!!」
横で転がっているバラバラの死体、腕と足の間に、
尻尾のように黒い一本結びをした頭部が転がっている。
あれは、一角君。
突き出したパイプで胸を突き刺され、ぶらりと揺れている男の死体。
中途半端に開かれた口から血が流れ落ちる。
あれは、
ハヤト君。
それだけじゃない、スイネちゃんや由衣ちゃんなど、私達の周りにある死体は
全部私が知っている人達ばかりだった。
「う、嘘だよね・・・こんなの・・・」
壁にもたれて死んでいるケイくんは何も言わずに、ずるり、と横に倒れた。
『発散出来ない苛々はいつも他人にぶつけてきた、学校にある玩具達と見立てて。』
「ち、違う、そんなの・・・!」
『特に鳥さんはお気に入りだったからなぁ・・・何回壊したっけ?三回?』
「違う違う違う!!」
『ああ、ごめんごめん!これは昔の話だったよねぇ~・・・今は普通に友達、
ううん、それ以上だったっけ?それでも壊したい気持ちに変わりないけど。』
「違う、違う・・・」
弱々しい声で否定するけど、全部を拒絶出来るわけじゃない。
確かに、私は前までこの学校にいる人達を皆玩具として扱っていた。
ここにいる人達は皆多種多様で、それぞれ違った反応を見せてくれて、
それが凄く楽しい。
大部分は、私が好戦的な性格故に能力者と戦ってみたいというのもあるけど。
・・・だから、鳥さんには尚更惹かれてたのかもしれない。
鳥さんは初め、他の人と違ってすぐに仲良くはなってくれなかった。
きっと自分が
ホウオウグループであるからだと思うけど、学校上ではお互いただの学生。
私はそれを利用して、わざとちょっかいを出してはその固い表情を崩して、
地を露にさせることを楽しんでた。
戦いには強いし、様々な顔を見せてくれるお気に入りの玩具。
あの時結んだ『約束』は、その玩具を独占出来る最高の瞬間であった。
意識が変わり始めたのは、鳥さんが連れて行ってくれた旅行。
“――――好きになった人を殺すなんてことは、今の『私』には出来ない。”
その時初めて火波スザクという存在が『お気に入りの玩具』から『友達』へと変わり、
『友達』から『友達では済まされない何か』へと変化した。
いや、その自覚はもっと前からあったのかもしれない。でも確信したのはその時だった。
だから、私はあの時衝動的に鳥さんへ、全てが欲しい、と言ったんだ。
一角君にもケイくんにも、もしかしたらランカちゃんにも渡したくなかったかもしれない。
鳥さんの全てが欲しい、ただ欲しかった。
『だからホウオウ様から与えられたお仕事すっぽかしちゃって、
学生生活をエンジョイしてたと。ひっどーい、ホウオウ様を忘れるだなんて。』
「!違う!ホウオウ様のことはこれっぽっちも・・・!」
『まぁ、確かにホウオウ様は私に自由を与えてくださったし、
無理強いはしてこないもんね。それに私の中では、絶対に言う事を聞くのは
ホウオウ様の命令だけって決まってたし。』
キヒヒッ、と『私』は少女らしかぬ笑い声をあげ、でもさ、と言葉を続けた。
『やっぱりホウオウ様をないがしろにするのは駄目だと思うんだよねぇ、
なんていうの?恩知らずっていうのかなー・・・ホウオウ様に対する私の願いをさ、
忘れられるのってすんごい困るの、私。』
「・・・ホウオウ様に対する私の、願い?」
『・・・・・・あーあ、』
『私』は残念そうに呟いた。
そして、その眼に殺意が宿る。
『それ忘れちゃ駄目って、何回言った?』
ぐしゃ、と鈍い音、そして衝撃。
「え・・・?」
私は、___『私』を貫いていた。
腕まで入り込んだ手を一気に引き抜けば、赤い噴水は勢いよく吹き出て、
『私』は何が起こったのか分からない顔をし、そしてそのまま崩れ落ちた。
「・・・そう、思い出した?私・・・」
目の前で死んでいる『私』か、はたまた自分に言い聞かせるように私は呟く。
「私がこうして精神的に病んでしまった時、何度も何度も何度も何度も何度も何度も
何度も何度も何度も何度も私を殺してたじゃない・・・『弱い私』を、何度も、ねぇ?」
事切れた『私』はぴくりとも動かない。
ホント・・・弱いなぁ、『私』。
「弱い『私』は怒りや哀しみに囚われちゃって私じゃなくなる、人を殺したくない、
でもどうすればいいか分からない、そうやって悩む自分に酔い痴れて・・・どんどん弱くなっちゃう。」
私は『私』の頭を踏みつけて、左右に揺らした。
頭が左右に揺らされてる様を見て、次はどうやって殺そうかと考えながら、喋り続ける。
バラバラも、串刺しももうやっちゃったしね。
「弱くなった自分は自分の事しか考えなくなっちゃって、本当の願いを忘れる。
ねぇ、もうこれで何回目?タカコの時もジングウの時も忘れてさ、馬鹿なの?」
足に力が入る。
「あんな男に何度殴られようが、任務をすっぽかしてしまおうが、
誤って誰かを殺してしまおうが、これだけは忘れちゃいけないって、
私何回も言ったよね?」
何かが僅かに軋む音がする。
「でも『私』は何回も忘れちゃうから、こうして殺してきたんだよ・・・ね!」
そして私は『私』の顔面を蹴り飛ばし、鉄パイプが刺さっている『私』の
死体へとぶつける。思ってた以上に蹴りの強さがあった為、盛大な音を立てて壁が崩れ、
二人の『私』を瓦礫の下へと追いやった。
「・・・・・・決めるのは私?何言ってんの、もうとっくの昔に決まってるじゃない。」
悩む度に殺し、悩む度に殺し、気が付けば『私』を、『弱い私』を殺した数は
数え切れないほどになっていた。
でも弱さなんていらない、あの人を幸せにする為には弱い私なんて、いらない。
それが私だ。
「・・・しかしまぁ、あの男に良い様にさせるのもそろそろ限界かも。」
だから、今回だけ『弱い私』の意見を聞いたげるよ、『私』。
そう言って床に転がる『私』の頭を撫でると、
たくさんの『私』の死体が転がるその場を後にしたのであった。
*
「片や弱さも強さも受け入れた鳥、片や弱さを殺し強さを手に入れる鳥。」
「ああ、それにしても幻覚とはげに恐ろしきもの。」
「彼女の眼には彼女の世界しか映らないのだから。」
そう呟いて、猫はその空間から消え去った。
___後に残されたのは、指示を素直に聞き入れたのに見るも無残な死体と成り果てた、
名も無き囚人達のみ。
朱鷺の幻視
(こうして強い私が出来ていく)
(他人も)
(自分も犠牲にして)
最終更新:2011年04月23日 03:22