「え? ……了解。まあ、いつまでもこのまま、というわけにも行かんからな……一応言っとくが」
『わーった、わーった。……まあ、俺は別件で用事があるんでそっちにゃ関われん、心配するな』
「どうだか。あんたは知らない能力者と見ると、端から敵視する悪癖があるからな」
『……それについちゃ理由がある。昔、嫌なものを見たんでな』
「は?」
『別の機会に話してやるよ。それより急ぎな、おっさんああみえて意外と気が短ぇぞ』
「了解……」
それを最後に通話を終え、携帯を閉じる啓介。
後ろで洗濯物を畳んでいた真衣が、その背中に声をかける。
「啓兄ちゃん、誰から?」
「ん……聖さんから」
聖の名が出た途端、真衣の表情がこわばる。彼女にとって聖は、あくまで自分の命を狙った警戒すべき人物でしかないのだ。
無論啓介もその辺りの事はわかっているので、
「心配するな。お前に危害を加えるような奴は俺が排除してやる。……誰であろうと」
「う、うん……それで、用事は?」
「それだ。……実は獏也教官からの伝言らしいんだが」
「近い内にウスワイヤに来てくれ、と。お前の能力について話があるそうだ」
「……そういえば、大さん?」
「な、何だ……?」
火波姉妹が念のために帰宅し、マナがいつの間にか消えたあと、ボロボロになっていたゲンブにランカが声をかけた。振り返ると、そこにはいつになく真剣な顔をしたランカの姿があった。
「どうした?」
「綾ちゃんからこの間聞いたんだけど……旅行で呑み過ぎて潰れたってホント?」
「ぐ!?」
どうやらスザクは全部話してしまったらしい。ランカの目が完全に据わっている。
「引率で行ったんでしょ? 何で監督せずに放置するの? そのせいでみんな二日酔いになったらしいけど」
「む、それは」
「それは、何? 責任放りだしちゃダメだよ、覗きはもっとダメ。そりゃ綾ちゃんだって怒るよ」
―――全部筒抜けだったようだ。
「ぐ……」
「大さんだって男だから、わかんなくはないけど……今度やったら、凪さんに言いつけるからねっ」
「わ、わかった」
入院生活が長かったランカには、友人と呼べる人は少ない。暇を見ては会いに来ていたスザクとマナ、あとは何かと顔を出しに来てくれていた凪くらいだ。なぜかはわからないが、ランカは彼女をスザクと同じくらい慕い、頼りにしている。最近はあまり会っていないようだが、信頼は少しも欠けていないのが見て取れる。
「ならいいけど。大さんも子供じゃないんだから、綾ちゃんやみんなを困らせたらダメだよ?」
「ど、努力しよう」
「努力じゃダメ、絶対そうして。でないと信用なくすよ?」
「む、それは」
「後が続かないなら思わせぶりな事は言わない! ……はぁ、そんなだからドン亀って言われるんだよ」
一番言われたくないあだ名を言われ、一瞬にして不機嫌になるゲンブ。しかし、ランカの据わり切った目線を浴びて一気に崩れる。
(う……)
「とにかく、自分の行動には責任持って、人に迷惑かけないこと! ホントだったら子供の時に教わることだよ」
「……あいにくと、俺の子供時代は散々な思い出しかなくてな」
「施設」時代のことを思い返し、呟く。が、ランカはまったく怯まず、
「知ってるよ。私が言いたいのはね、ウスワイヤっていう『組織』にいるんだからそれくらいは学習して、ってこと。誰も教えてくれなかったわけじゃないでしょうに」
「………」
「次は、気をつけてね」
仏頂面のまま頷き、ゲンブはその場を後にした。
「もぉ……大さんってば、いつもああなんだから」
若干膨れつつゲンブを見送ったランカだが、しばらくそうしていて部屋に戻ろうとした時、玄関のチャイムがなった。
「? はーい」
返事をしつつ玄関に向かい、ドアを開ける。と、
「ああ、こんにちは」
「? こんにちは」
そこに立っていたのは、全身を黒で装った、長身の男だった。一見して怪しいとわかる外見だったが、敵意がないためランカは彼を警戒しなかった。
「あの、お父さんに御用ですか? お父さんでしたらちょっと出てますけど」
「いえいえ、そういうわけでは。………」
「………?」
突然沈黙し、ランカを見つめる男。ランカには、それが何を意味するのかさっぱりわからず、ただ首を傾げるだけ。
「……効かない? いや、そうか……」
「? 何か?」
「ああ、こちらの話です。いや、ちょっと勘違いをしたようで。では、これで」
「は、はあ……」
困惑しきりのランカを残し、男は愛想笑いを残してその場を去った。
「ふぅむ……能力無効とは予想外でしたね。これはワタシでもどうしようもありませんか」
男……
ヴァイスは、白波家を後にしつつそう呟いた。シギという男に関しては、予想外にガードが固かったために様子見に徹しているのだが……正直暇だ。何か暇つぶしにでもなれば、とシドウの娘を引っ張りこもうとしたのだが、結果はこの通り。「マニピュレイト」が通じなくては始まらない。
「他に、何かないですかねぇ……ん?」
屋根から屋根へ跳び移りつつ移動していたヴァイスは、その途中で一組の男女を見つけ、足を止めた。
黒と見紛うばかりの緑の髪をした少女と、ヘアピンをつけた紺色の髪の少年。
どこかに出かけるのだろうか、少年の方がやけに弾んだ表情をしている。
(ほほう……)
ヴァイスが興味を引かれたのは、どちらかというと少女の方だった。少年の様子に、苦笑しつつも楽しそうな表情を浮かべている。満更でもない、と言った感じか。
(……あの少女、壊してみたら面白そうですね)
そして、そのための手段は、酷く簡単なものに思えた。そのすぐ近くにあるではないか、今。
(すぐにかかるか……時間を置くか。さて、どうしますかね)
赤い髪の少女―――あれはどちらかというと「壊れかけ」だったが―――もある。彼女自身を壊した所で面白みはないが、彼女に想いを寄せる
火波 スザクを壊すには役立つだろう。
とはいえ、二兎を追う者一兎をも得ず。過去の失敗で、ヴァイスはそのことを痛感していた。
(ま、早めにかかりますか……)
思いつつ、ヴァイスは姿を消した。不意に駆け抜けた風から、逃れるように。
歩み出す少女、蠢く悪意
(日常はただ続いて行く)
(一人の少女の勇気と)
(一つの想いの危機と共に)
最終更新:2011年04月12日 23:37