「……驚きましたね。ウィンドマイスターが関わって来るとは」
どこともつかぬ場所で、
ヴァイスは呟いた。他でもない、凪とか言う少女の様子を見に行く途中、明らかに自分のことに気が付いていた男のことだ。
風真……風を操る先天性の能力者であり、その実力は折り紙つきの強者。噂だけは聞いていたが、まさかこんな街にいるとは予想外だった。調査不足か。
(趣味はともあれ、人格者でもある……意外と厄介なのが敵にいましたね)
オタク趣味と言う欠点(?)はあるものの、面倒見が良いため意外に仲間は多い。本人も感知力が高く、しかも攻撃範囲が広い。ヴァイスにとっては相性最悪とも言うべき男だった。
(
白波 シドウはあしらいやすかったのですが、これはそうも行きませんか)
凪を狙うならば、どうしても彼が邪魔になる。出て来られたら御破算だ。最悪、シギも諦めて逃走せねばならない。
(それでは本末転倒ですねぇ……)
とはいえ、彼を恐れてあんな「逸材」をみすみす逃すのはさすがに惜しい。あれほど強くまっすぐな者は、なかなかに得がたい存在だ。ならば、どうアプローチをかけるか? そもそもどうやって壊しにかかるか?
(ふむ……)
ヴァイス自身は実のところ、壊した後には興味がない。壊すこと自体でもない、壊れる「瞬間」を求めているのである。それは例えば、子供達が冬の道路に張った氷を踏んで割って遊ぶのに似ている。
もちろん「歪む」のを見るのも楽しいが、「壊れる」時を見届けるのもなかなかに面白い。
そして、今回の相手は歪みそうにはない。壊してしまうのがいいだろう。では、どうやって?
(……どんなに強い人間にも、アキレス腱になる部分がある。そこを突ければ、あるいは……)
歪める、壊す対象に対して、知識を得ることは惜しまない。少なくともそういう意味では、ヴァイスは人間を誰よりも理解していた。凪のアキレス腱は何だ?
(って、考えるまでもありませんか)
一緒にいた少年に間違いないだろう。彼をどう使うか……。
しばらく考えて出した結論は、
「……古典的な方法(
テンプレート)で行きますか。あの手の性格なら、これが一番効果的だ」
そして、
「ついでですから、あの機械兵も使ってみますか……ク、クククッ」
翌日放課後。僕は出際に鉢合わせた凪と話しつつ、家路についていた。
トキコも見たけど、話をしようにも質問攻めにあってしまって不可能だった。泣く泣く明日に回したのはここだけの話。
心身ともに調子は最高……だったんだけど、午前中がまるまる無断欠席扱いになっていたため、評定が落ちてしまっていた。あと、携帯を確認した所アルトからの着信があったため、「心配なく、みんな元気なので」とだけメールを返しておいてある。個人的には信用できるが、周りの人間を考えるとそれが限界だろう。
「とほほ、世の中上手く行かないなぁ」
「そりゃしょーがないって。アオイちゃんが血相変えて走ってたの見たぞ」
「ああ、聞いた。心配かけちゃったな、実際」
(んー、全部話したいところだけど……)
僕の知る限り、凪は能力者ではない。僕自身はウスワイヤにもアースセイバーにも属していないが、一般人を不用意に巻き込むのは倫理に反する。だからこそ、全てを話すことは出来ない。
幸い、能力関連の話を抜かしても筋の通る経緯だったので、特に怪しまれてはいないようだ。
「それにしても、噂のドジもそこまでいくと神がかりだな。いきなり倒れるとは」
「これはドジとは関係なーい! ていうか僕はドジじゃ……うわっと!?」
「……コケた。言ってる傍から」
な、なんでこうなるんだ……何にもないところなのに。
「やっぱりドジだ、お前」
「だーかーら、違うって言ってるだろーっ」
と言いつつ、最近では自覚せざるを得ない状況が続いていたりする。うぅ、何でこんなことに。
「ぷっ、はははっ……?」
「凪ーっ、笑うなよーっ! ……ん?」
起き上がって文句を言おうとしたその時、誰かが凪に何かを渡しているのが目に入った。
見たことのない男で、渡したのは手紙か何かのようだ。
何なんだ、とぶつぶつ言いながら、凪が中身を開いて目を通す。と、
「―――!!」
一瞬で顔色が変わった。な、何だ?
「凪? 何て書いてあっ―――」
「な、何でもない! 何でもないから!」
「ちょ、凪!?」
尋ねた途端、凪は首を振って一目散に駆け出して行ってしまった。明らかに様子がおかしかった……どうしたんだ?
「………何か、起こったのか」
「……ぅ……」
冬也が気付いた時、そこはどこか知らないビルの中だった。中を見回すと、調度品や家具、備品に類するものは全くなく、どころか壁紙の一枚もない、明らかな廃墟だった。
「ど、どうしてこんな……うっ!?」
思わず身じろぎをしようとして、身体の違和感に気付いた。―――手が動かない!?
「やっと目が覚めましたか」
「!?」
突然声をかけられた。肩を跳ねあげて視線を向けると、そこに立っていたのは、黒い帽子に黒いコート、黒い服に黒い靴、手袋まで黒で染め上げた怪人。唯一、帽子から覗く長髪だけが、色あせたように白い。
「な、なんだあんた……一体何が!?」
「おやおや、思い出しませんか? 最後に何が起こったか」
「!? ……」
慌てて記憶を探る冬也。謎の手紙を受けて学校を飛び出し、着いた先で突然意識が消え……。
「そう、ワタシが操ったのですよ」
「!?」
「ワタシの能力は、他者の意識を操る事と、他者に能力を目覚めさせること。そして目的は、他者の壊れる瞬間を見ることです」
「な………」
狂っているとしか思えないその言動に、アースセイバーの一員として以前に、個人として冬也は絶句する。
そんな彼には構わず、怪人は言う。
「さて、こうしてアナタを御招待したのには理由が在るのですが……説明しましょう」
「……」
「ワタシはついこの間、とある少女を見かけました。芯の強く、真っ直ぐそうな感じがしましたね」
いきなりの暴露に、冬也の背筋を冷たいものが伝う。
(まさか……!!)
そして、それは的中する。
「なので、ワタシは彼女を『壊す』ための第一段階として、アナタをここに連れて来たわけですね」
「そ、それは……その人は、まさか……」
「凪、とか言いましたかね」
「!!!」
最悪の、形で。
「あ、あんた!! 凪姉をどうする気だよ!!」
「おや、たった今説明したはずですがね。壊すのですよ、もちろん」
「や、やめろ! そんなことさせてたまるか!」
必死で身を揺するも、背後の鉄柱に手錠で縛りつけられた体はその場を動いてくれない。
「大人しくしていてくれませんかね。ま、そのままでもいいですよ。どっちみち、彼女はとっくのとうに呼び出しましたから」
「なっ!!」
「さぁて、手筈通りに行くとしますか……ククク、早く来ないとワタシの方から出向いてしまいますよ? クク、ククククク……!」
もはや冬也には一瞥すらくれず、怪人は含み笑いを響かせながらその場を後にした。
「ま、待て……く、そぉっ……」
後には、ただ無力な少年だけが残されていた。
「さて、そろそろですかね」
外に出たヴァイスは、その場所……跡地に立っていた。何が起きてもおかしくないこの場所だ、自分がいても別にいいだろう。
無論待つは、呼び出しをかけた一人の少女。
「っと」
帽子の下から片方だけの視線が見つめる先に、目的の人影が姿を現した。
限りなく黒い緑の髪を持った、少女。
「言われたとおりに一人で来たぞ! 冬也はどこだ!」
「唐突ですね。まあいいでしょう、神は拙速を尊ぶ……と言いますし」
「どこだと聞いてるんだよ!」
「怒鳴らなくともお教えしますよ。ワタシの背後のビル、その4階の階段から数えて6番目の部屋です。もっとも、簡単には通しませんが」
言い、黒い薄手の手袋をはめた指を一鳴らし。瞬間、彼と少女……凪を阻むように、大群が現れた。
それは、無数の目と銃器を持った、命なき機械の兵士ども。
「その部屋に往くのなら、この『
パニッシャー』を突破することです」
「……上等だ。相手になってやる」
言う凪の目が水色に変色し、右手に氷のサーベルが現出する。それを見て、ヴァイスは一歩下がる。
「おっと、ワタシは失礼しますよ。まだやることがあるのでね」
言い残すと、殺戮機械と戦い始める氷の剣士を横目に、人間離れした跳躍でその場を去った。
これで第一段階は終わった。パニッシャーの本体……端末である兵器部分を統括するAI部分、それを偶然発見したのはまさに僥倖だった。擬似的なものであろうと、判断する力があるなら「マニピュレイト」で操れる。
これほど融通の効く手駒はそうはあるまい。
「さぁ、て……次の段階へ入りますか」
閉じることのない機械の右目を光らせ、足音高く笑う道化師。
いつの間にか、空には月が昇っていた。
月光を跳ね返し、透徹の刃が舞う。
「っああっ!」
一閃する氷の剣に断ち切られ、一機が煙を吹いて沈黙する。「パニッシャー」とか言う機械は、狙いこそ正確だったが動きがバラバラだった。撃って来るタイミングが滅茶苦茶なせいで、同士討ちさえ何度か起こっている。
動きの遅い奴から順番に狙って行けば、剣を使う凪でも十分に戦えた。
とはいえ、
「ちっ、数が多い……」
これが唯一の問題だった。倒しても倒しても減らない。統制はないも同然だったので脅威ではないが、邪魔だ。
(時間がかかり過ぎる……冬也は!?)
見上げるビルに囚われている弟分が心配だった。あの黒ずくめの男、冬也をどうするという宣言や、自分に対する要求はしなかった。せいぜいが夕方渡された、「相方の少年を預かりました。地図の場所へ一人で来るように」という手紙くらいだった。だが、それが返って不気味だ。何の要求もないということは、何をするかわからないということでもある。その形のない不安が、凪の判断力を摩耗させる。
―――だからと言って、それが致命的になるような状況でもなかったが。
「どけぇぇっ!」
焦りがさらなる力を呼ぶ。右手に持っていたのと同じ形状の剣が、振り切られた左手にも現れる。
まるでそれが自然な姿でもあるかのように、縦横無尽に、しかし淀みなく二振りの刃が閃く。
放たれる銃撃はしかし、正確ゆえに当たらない。狙って撃った時、既にそこに凪はいない。
その場にいた機械兵が全て沈黙するまでに、10分はいらなかった。
「全滅ですか。まあ、予定通りですがね」
配置した機械兵は倒されることが前提だ。「準備」の時間を稼ぐのと、凪の判断力・思考力を摩耗させるのが目的だ。ああいう手合いに効果的な「壊し」方はいくつかあるが、ヴァイスが今回選択したのは、その中でも最高にタチの悪いものだった。
「さて……そろそろ出番ですよ。クククク……」
笑う道化師の前に、少年は為す術を持たない。
「はぁっ、はぁっ……」
パニッシャーを全て撃破した時、凪の手に剣はなかった。最後の一機を止める際に折れ飛んでしまったのだ。
上がり切った息を何とか整え、冬也の所へ向かうべく走る。戦っている内に距離が離れてしまったらしく、目標のビルは存外遠くに。
脳裏に浮かぶのは、いつか自分が言った言葉。
『私がお前のナイトになってやる!』
だったら、今、自分が行かないでどうするのか。
「待ってろ、冬也……―――!」
ビルの入口が目視できる距離まで来た所で、凪の足が止まった。入口から中を遮る闇から抜け出るように、拍手をしながら黒ずくめの男が出て来たからだ。
「いや、素晴らしい。さすがの力ですね」
「嬉しくもない賞賛どーも。……私の弟分返してもらおうか」
「おや? ワタシは『倒せたら返す』などとは一言も言っていませんが」
「何!!」
反射的に声を荒げると、男は大袈裟な身振りでわざとらしく、
「おお、怖い怖い。怒鳴らないでくれますかね、ワタシはこれでも臆病なので」
などと言ってのけた。心底楽しそうに。
(コ、コイツ……)
「冗談はさておき、探し人ならこちらですよ」
男がすっ、と身を引くと、入れ替わるようにしてふらふらと歩いて来る人影があった。
暗くて見えづらいが間違いない、冬也だった。
「冬也!」
呼びかけて走る。一方の冬也の方は、疲労しているのか答えず、動きもどこか危なっかしい。
その肩を掴み、凪は呼びかける。
「冬也、怪我とかしてないか? 私が来たからもう安心だぞ」
「………」
「? 冬――――」
銃声。
「!? な……」
一瞬何が起こったのかわからなかった。一瞬先に不穏な空気を感じ、横に飛び退ったのが幸いした。が、代償に左手が霜に覆われ、凍てついていた。押さえつつ、無意識に後ずさる。
「冬、也、何を……!?」
「………」
答えない冬也。その手に握られるは……白を基調に青いラインが走る、拳銃のような武器。
それが何なのかは、いつの間にか入口の屋根に飛び上がっていた男から解説が来た。
「『アイスブラスター』という武器ですよ。能力犯罪者の鎮圧用に開発されたのですが、いかんせんアースセイバーだと使いようがないとのことでしてね。ちなみにそれは、あなたの家から頂いてきたのですよ」
「!?」
「おや、知らないのですか? ま、知らないならそれでいいでしょう」
それ以上男は口を開くことはなく、入れ替わりに冬也が攻撃を再開した。
のろのろとした動きで「アイスブラスター」を構え、凪をポイントして放つ。
「ッ!」
感覚のない左手を抱えつつ、かわす。動きが動きなので当たらない自信はあったが、それだけだ。
さっきまでとは全くわけが違う。守ると約束した弟分を傷つけるなど、考えた事もない。確かに、何回か因幡の白ウサギだの何だの言った事はあるが、本気でそうしようと思ったことはない。
そして、凪をもう一つ驚かせたのは、冬也の射撃能力だ。
(なん、だ、この正確さ!?)
瞳は虚ろながら、その銃撃は正確に手足を狙って来る。動きが遅いせいで避けるのは容易いが、いつまでもは持たない。
「どうす……なっ!?」
息つく間もなく次の衝撃が襲う。十数発目の銃撃をかわしたところで、突然冬也が自分のこめかみに銃口を向けたのだ。
「っ、何やってんだっ!!」
まさに電光石火。一瞬で走りこんだ凪の右手は、銃口を弾いて空に向けていた。一瞬遅れて青いマズルフラッシュが閃く。
「一体……」
「知りたいですか?」
屋根の上から声。男は、信じ難い事実を語る。それはそれは、楽しげに。
「彼にはあなたをその銃で攻撃する事と、もう一つ、いつまでもあなたが手を出さない場合、自分の頭を撃つよう暗示をかけてあります。いくら鎮圧用とはいえ、ゼロ距離で頭に撃ち込めば……わかりますね?」
「!! こ、の、外道……ッ!!」
「ああ、それです、その顔です。いいですねぇ、それが見たかったのですよ。手間をかけた甲斐があるというものです」
凪の怒りなどどこ吹く風と言った調子で、男は楽しそうに嗤う。
「ですが、まだ足りません。ああそうそう、暗示を解く方法はワタシが解くか、彼を殺すかのどちらかですので、よろしく。ついでに言えば、ワタシは言わない事はあっても、嘘をつくことは基本ないですから」
「――!!」
「では、さようなら。ワタシは遠くで観戦しますので、お気遣いなく殺し合って下さい」
言うが早いか、男は漫画のような跳躍力で屋根を蹴り、夜に紛れて姿を消した。
「待て、こ……くっ!」
追おうとした凪の前に、冬也の放った銃弾が着弾する。さっきまでの挙動を見るに、どうやら男の言った事は本当らしい。このままやられるわけにも行かない、だからと言って冬也を傷つけるのも論外。が、攻撃しなければ冬也は自殺してしまう。
まさに、八方塞がりだった。しかも懸念はさらに発生する。
もしここで凪が倒されれば、攻撃がなくなって冬也の自殺のトリガーが引かれてしまう。つまり、このままではどの道冬也は助からない。
「………」
「冬也、しっかりしろ! 私がわからないのか……!?」
答えは返らず、来るのは銃弾。
やむを得ずかわすと、今度は銃口が冬也自身に向く。
「っ!」
断腸の思いで蹴りかかると、銃口がゆっくりと凪に向けられる。が、
「!」
銃撃が放たれる前に、冬也の体は後ろになぎ倒されていた。
それでも表情一つ変えず、起き上がって凪に銃口を向ける。
「なんで……なんでだよ、冬也……何でこんなことに……!!」
状況は悪くなる一方。切り拓く術を持たないまま、刻一刻と破滅へのカウントダウンは進んでいく。
「…………」
一人佇み、瞑目し、能力を最大解放する。
(溶けて、合わせて、広がれ、『私』)
その姿が、夜に紛れるように薄れ、消える。
どこまでも、どこまでも、自分が広がっていく、そんな感覚。
流れる視界の中に、「その人」を捉える。
「――――『見つけた』」
「!?」
「その声」が凪の耳に届いたのは、右手に再び剣を握ろうとした、その瞬間だった。動きがないために銃口を自分に向けようとしていた冬也の腕が、何かに押されるように後ろに流れ、それに引っ張られるようにしてたたらを踏む。
「落ちついて。方法はある」
「お前は……」
突然横に現れた少女に、凪は見覚えがあった。以前、「みんなを助けて」と泣きながら訴えて来た、あの女の子だった。
「あなたは、スザクを、みんなを助けてくれた。だから、私があなたを助ける、今度は」
「スザク……?」
「そう。でもそれは後。まず、冬也を止める」
言って、その少女はすっ、と指を差す。
「暗示を解く方法は、『三つ』ある」
「三つ?」
「一つは術者が解除すること。もう一つは対象者を殺害すること。三つ目は意識を失わせること」
一見矛盾しているようなその論理にも、少女は説明を加える。冬也に対して、機械兵の残骸を蹴りつけながら。
「暗示のレベルが低い場合、三つ目の方法が使えるのは。見る限り、あれは意識をなくした所にかけられている。夢遊病に近い状態。だから、気絶させれば目を覚ました時に解ける。パソコンを再起動するのと理屈は同じ」
「叩き起こせ、ってことか」
「……まあ、間違ってはないけど」
少々呆れたような口調で少女は呟き、すぐさま表情を元に戻す。
「方法は、あの銃を奪い取ることから」
「アイスブラスター、とか言ってたけど……」
「暗示の内容によるけど、あれを奪い取れば指示が実行できなくなって混乱するはず。そこを狙えば行ける」
「……わかった、やってみよう」
頷き、凪は今度こそ自らの意志で、冬也に向けて地を蹴った。
冬也の手から銃を奪う。それは、言うは易し、行うは難しを地で行く作業だった。凪からすれば、冬也を無用に傷つけるのは絶対に受け入れられない。つまり、アイスブラスターをピンポイントで狙わなければならないのだが、実戦経験の少ない彼女にそれは困難に過ぎた。
「く!」
押さえこめば簡単なのだが、どういうわけか普段とは段違いの膂力を発揮する冬也にそれは不可能だった。
マナと名乗った少女によれば、暗示の副作用で肉体のリミッターが緩んでいるためらしい。つまり、長引かせるのはどちらにも危険。凪のすべきことは、より迅速に、より正確に、銃だけを奪い取ると言う神業だった。
しかし、それでもやる。やらなければならない、ではない、やる。
約束したのだ、守ってやると。だから、
「絶対に……助けてやるからな、冬也っ!!」
気合と共に一閃した左手―――凍りついたことによる感覚喪失を強引に引き戻したそれは、至近距離で向けられた青い銃を見事にかすめ取っていた。
「! ? !?! ?」
瞬間、冬也の動きが明らかに鈍る。誤作動を起こした機械のように、意味のない挙動を続ける。そしてそれこそ、二人の意図した変化だった。
「ごめんっ!」
言って一瞬、首筋に鋭く手刀を打ち込む。命令系統が混乱を起こした冬也の体は、糸が切れたマリオネットのように崩れ落ち、その動きを止めた。
「冬也!」
「……大丈夫、解けた。目が覚めたらもとに戻ってる」
マナの言葉に、凪は泣きたくなるような安堵を覚えた。視界がくしゃり、と霞む。
「そうか……よかった……」
「……ただ、この記憶はおぼろげながら残ってるはず。多分、目を覚ましたらその事を聞いて来ると思う」
「え……」
だから、とマナはまっすぐに凪の目を見つめ。
「隠し事はしないで、話してあげて。悪い方には、変わらない。それは、絶対に、絶対」
「………」
しばらくの逡巡。そして、
「……わかった」
軽く頷いて、凪はそう答えた。そんな彼女に、マナは言う。
「その銃はあなたが持っているといい」
「え、でも」
「氷の力を持つあなたが、一番上手く使える。普段はこうして」
凪の足下に転がる銃を拾い上げ、グリップを銃身に収納して銃口を引っ込める。
「携帯式のライトとして使えばいい。ロックをかけておけば暴発の心配もない」
「……まあ、考えとくよ」
別のビルの屋上で一連の流れを見届けたヴァイスは、あからさまな落胆のため息をついた。
「またしても失敗ですか……しかも」
その表情が、ここ数年なかったものへと変わる。
「彼女が介入して来るとは……忌々しい。あの場所に引きこもっていればいいものを」
それは、紛れもない、怒り。
「何度も……何度も、ワタシの邪魔をする。そんなに惜しいですか、『これ』が……」
とは言いつつ、ヴァイスの手には何もない。
「そう簡単には―――」
『―――「見つけた」』
「!」
声が響いたと思ったその瞬間、目の前から溶け出すように、一人の少女が現れていた。
名は、
夜波 マナ。波動を操り、自らをも波動と化し、いかせのごれに浸透させることで情報を集め、どこでも自在に行き来を可能とする、ヴァイスの天敵。
「やはりアナタでしたか……」
「当然。シドウさんから話を聞いた時、まさかと思ったけど……やっぱりあなただったのね」
見つめ返すマナの瞳に宿るのは、怒りと、少しの憎悪。口調も、いつものどこか無機質なものではなく、感情を乗せた人の言葉。
「どこまで追おうと無駄なことですよ。ワタシは、ワタシのやりたいようにやらせていただきます」
「止めて見せる、必ず。そして、返してもらう」
「言うだけならタダですがね。これ以上話をする気はありません、これにて」
言うや、ヴァイスはその場から一跳びに消えた。残されたマナは、それを追うでもなく、ただ呟く。
「……私は、あなたを許さない。絶対に」
「運が悪ければ、また会いましょう」
騎士の選択、少女の目的
(騎士は道を選択し)
(少女は敵を捉えた)
(道は少しずつ、交錯し始める)
最終更新:2011年04月16日 16:17