アットウィキロゴ

逆の逆

逆の逆

いつもより早くに電灯が消えた部屋。
月明かりだけを頼りに、キリは自らの鋏の手入れをしていた。
いつもなら春美も起きている時間なのだが、今日は非常に疲れており、早めに床に就いた。

当然と言えば当然だろう。
「精神体」も女性に導かれるようにウスワイヤに立ち寄り、生死の境を彷徨う少女の「姉妹」に体を貸したのだ。
それだけでもかなり体力を使うのだが、基本的に能力を使わないので慣れない体では限界だったのだろうと思う。

『…キリ。』
突然、頭の中に声が響いた。
聞き覚えのあるその声に少しうんざりしながら、声を出さずに返答する。
(何でありマスか、このタイミングで。主なら寝ているのでありマスよ。)
『ああ、それなら丁度いい。お前に用があったんだ。』

声の主は一言いった。
『寅の刻。アカノミの所まで来てもらえないか。』


午前四時。朝日も上らないこの時間にキリは当人を待っていた。
昼も夜も彼には関係ない。東の平原の巨木に寄りかかりながら。
そして、時間どおりに当人はやって来た。

「…ごめん。待った?」
「時間どおり。問題ないのでありマス。」
キリが顔を上げる。視線の先にいたのは、幹久朗だった。

「どうしてまたこのタイミングで?」
「風のうわさで主が体を貸したとを知ってね。結構体力使うから直ぐ寝ることは知ってたんだ。念には念を入れたけど。大丈夫。今アカノミは寝てるから事実俺たちだけだ。」
「…そこまで考えて小生を呼び出すということは、何かあったのでありマスね、幹久朗?」
「…ごめん、今だけは『キムナ』って呼んで。」

幹久朗…いや、キムナの言葉にキリは反応した。
「お前、その名前はとうに捨てたはずでありましょう!?どうして…。」
「…捨て切れてなかったんだ、「俺」をな。」
嘲笑するキムナ。しかしその表情は悲しげに見えた。

「主が帰ってきて3日後くらいからか。逢魔ヶ刻から翌朝までの記憶が消えるようになった。」
アカノミによりかかり、キムナは言う。
「そしてついこの間。その時間帯に「俺」が暴走していることに気がついたんだ。」
「それって、まさかまた人間を…。」
「ああ。「木に変えてしまっていた」。しかも一人二人のレベルじゃない。」

「今は丑三つ時を過ぎればなんとか自我が働いて戻れるんだ。でも、いつまでもつかわからない。」
「…それで、万一暴走した時は止めてくれと、そういうことでありマスか。」
納得がいかない、というようにキリは言っていた。キムナはそれに気付きながらもうなづく。
「悪いな。お前は頼まれるどころか、俺と面あわせんのも嫌だったろうけど。」





「どうして主に相談しないのでありマスか。」
感情を抑えながらキリはきいた。
「いや、主に話せば心配するからというのは分かっているのでありマス。なら何故他の妖怪にあたらないのでありマスか。」
「…。」
「お前のことを小生以上に知っている者は何人もいるはずでありマス。それを抑えてでもというのが、やはり気になるのでありマスよ、こちらとしては。」
「…。」

「小生とお前は元々仲が悪い。単純な理由でなくあらゆる面において。それでもそういった重要な役を小生に任せるのは、甚だ納得がいかないのでありマス。」
横目に見ながら、キリは言った。
「生半可であるようなら、引き受けないのでありマス。分かってるでありましょう、自分がどれほど重要なことを言っているのか。」
キムナは黙って、彼の言葉を聞いていた。
「どうしても小生なら、何故小生なのかはっきりさせるのでありマス!そうでなければ…。」

「…こんなこと言うのもあれなんだけどさ。」
キリの言葉を遮りキムナは姿勢をただすと、キリを見た。

「どう曲がり間違っても、最後に頼れるのはお前なんだよ。」
「!!」

「なんか無性にムカついて、喧嘩ばっかりしてるけど、やっぱり最後はお前なんだよ。」
「小生が…?」
「だから頼む!今回の相談にはのってくれ!」
キムナは思い切り頭を下げた。
「これ以上、俺は人間を傷つけたくないんだよ…!!」

キリは暫くその姿を見ていたが、やがてキムナの頭を軽くたたいた。
キムナが顔を上げると、キリは彼の横を通って背を見せた。
「頭を下げないでほしいのでありマス。調子が狂う。」
「キリ…。」

「そのくらいの覚悟があるならば、ムカつく相手でも、全力でそうするでありマスよ。もし主に話しても同じことを答えるはずでありマス。」
振り返りながら、彼は笑いかけた。
「守るのは当たり前でありましょう?」
キムナも、その顔に安堵し、笑い返した。

朝日が昇ってくる。
光に照らされたキムナの眼が、血の色から金緑色に戻っていく。
「…この約束、守る日が来ないように俺も頑張るから。」
「なにも起こらないのが一番でありマス。」
二人は向きあうと、その手を固く握ったという。


「非常に気に入らない者の話をしよう。」
「非常に気に入らない者の話をしよう。」

「自然に魅入られたそいつは」
「文明に魅入られたそいつは」

「人間を憎み」
「人間を殺し」

「隔離されて生きてきた。」
「恐れられて生きてきた。」

「非常に気に入らない者と出会い」
「非常に気に入らない者と出会い」

「張りあっていくうちに」
「張りあっていくうちに」

「気がつけば周りにいるのは」
「気がつけば周りにいるのは」

「隔離してきた人間だった。」
「恐れつづけた人間だった。」

「自然を好むそいつは文明を嫌う。」
「文明を好むそいつは自然を嫌う。」

「自分はそいつが非常に嫌いで、非常に信頼できた。」
「自分はそいつが非常に嫌いで、非常に信頼できた。」

「だから、何故嫌いかと問われれば、敬意をこめてこういうだろう。」
「だから、何故嫌いかと問われれば、敬意をこめてこういうだろう。」

「「スカした顔が気に入らない、と。」」

タグ:

+ タグ編集
  • タグ:
最終更新:2011年04月23日 00:45