影さん・・・夜波マナとマンションの前で別れてから階段を上がり家に入ると、
出迎えたのは台所でコーヒーを淹れるアルトさんと、
半壊したソファで煙草を吸っているお父さんだった。
玄関で立ち尽くす私を見つけたアルトさんは、気まずそうな表情を浮かべて、
なんて声をかけようか迷っているようだった。
けど、そんなことはどうでも良くて、私はそのままアルトさんの横を通り過ぎて、
お父さんの近くまで歩いていった。
「・・・」
初めて見たお父さんの横顔。
今まで獰猛な獣にしか見えなかった男。
私にとって『恐怖』の存在でしかなかったのに、今は不思議と怖くなかった。
影さんから、魔法をかけられたからかな。
「・・・私、さっき
ヴァイスって人に捕まってたんだ。」
「!ヴァイス!?それって、」
「アルト、少し黙れ。」
ヴァイスの名前を聞いて声を荒げたアルトさんを、お父さんが制す。
それで、と私は言葉を続けた。
「鳥さんが助けに来てくれたんだけど、ヴァイスが私だけじゃなくて、
鳥さんのお友達の影さんも捕まえてて、両方の部屋に爆弾を仕掛けて、で、
どっちかしか助けられないようにしたんだって。」
「あの時の轟音は、お前等のだったのか。」
「うん。」
「で?」
「・・・それで、影さんが、能力者で、・・・どんなのかは分からないんだけど、
上手く部屋を脱出したみたいで、鳥さんと一緒に助けに来てくれたの。
間一髪、みたいな。」
「・・・」
「三人とも無事に脱出出来た、けど、
ヴァイスがどこに行ったかは・・・分からなかった。」
・・・お父さんは、まだ振り向いてくれない。
思えば、私がお父さんにこうやって立ち向かったことは
一度もなかったかもしれない。いつも立ち向かう前に、
心が折れて、自分を責めていたからかな。それとも、
彼をお父さんだと認めてなかったからかな。
「で、ね・・・その後、鳥さんがね、私の事、好きって言ってくれたんだ。」
一瞬アルトさんが目を見開いた。なんでだろ?
お父さんは、へぇ、と声を漏らし、こう言ってきた。
「死に掛けた後に告白なんざ、ムードがねぇな。」
「でも、私は嬉しかったよ。」
「・・・」
「・・・でも、でもね、私にとって、一番は
ホウオウ様で、
鳥さんは、でも、一番じゃなくて二番で良いって、言って・・・」
だんだん、目頭が熱くなってきて視界が歪んでいく。
声も震えてくるし、逃げ出したくなる。
けど、駄目。逃げたらまた、私は『私』を殺しに行く。
そうやって他の人を傷付けて、自分を裏切って、歪んできた。
その行為を何度も繰り返して、繰り返して、繰り返して・・・
もう、いい加減ケリをつけなきゃいけない。
「・・・」
お父さんの煙草の煙が、すぅ、と口から吐かれて、空気に溶けて霧散した。
“どちらかを選べないのなら、どちらも選んでしまえばいい。”
影さんから言われた、言葉の数々を思い出した。
その言葉は今までの私を否定し、けれども導く為のアドバイスであった。
“僕は…………トキコの、ことが、好きだよ。”
そして鳥さんは、こんな私に真正面から告白してくれた。
なら、私も誠意をもってその答えを返さなきゃいけない。
だから、言おう。
「・・・お父さんは、言ってたよね。『ホウオウ』か『友達』、どちらか選べって。」
「ああ。」
「私はあの時、『ホウオウ様』を選んだ。それが一番の答えだって、思ってた。
・・・けど、やっぱり、どっちも選べないよ。」
「・・・」
「それは別にホウオウ様を裏切るってわけじゃないし、
一番だっていうことは変わらない。
・・・ずっとそうだったし、これからもそうだと思っていた。
思えば、今まで私が誰かの領域に踏み込むことはたくさんあった。
逆に、私の中に入ってくる人は、誰もいなかった。
それで良かったって、思ってた。
知られて、嫌われるぐらいなら、ずっと独りでいいって思ってた。
・・・けど、ひとりぼっちの私に手を差し伸べてくれた白馬の王子様がいた。
初めてそんな人が現れたんだ。
私は、その人に応えてあげたい。
だから、私にはどちらかを捨てろなんて、出来ない。
・・・それが、私の答え。だから、お父さんには応えられない。」
「・・・・・・そうか。」
お父さんがもう一度煙を吐いてから、そう呟いた。
そして立ち上がると、ようやく私の方を見てくれた。
身体が緊張で強張り、お腹が痛くなってくる。
これから殴られようが、蹴られようが、私は後悔しない。
これが私自身の答えだから。
不意に手が上がり、私は眼を瞑った。
けれども次に来たのは衝撃ではなく、頭に乗せられた掌の柔らかな感触。
(・・・あ)
あたまを、なでられた。・・・はじめて。
その途端、目に涙がいっぱい溢れてきて、押え切れずに床へと零した。
そうだ、そうだった。
私はお父さんが殺したいほど大っ嫌いだった。
けど、それ以上にお父さんに私を見て欲しかったんだ。
だって・・・お父さん、だから。
「帰るぞ、アルト。」
「えっ?あ、ああ!」
お父さんが私の横を通り過ぎて、アルトさんを連れて家を出ようとした。
「っお父さん!!」
私はその背中を、涙で震えた声で呼び止めた。
お父さんがドアノブに手をかけたまま、立ち止まってくれている。
言わなきゃ、お父さんに。
「・・・あ、・・・」
「・・・」
「・・・」
「・・・っアホ鳥!!」
「「「・・・・・・・・・」」」
「・・・れが・・・」
「・・・シ、シギ・・・?」
「誰がアホ鳥だクソガキィィィイ!!!」
少女と父親
(早朝のとあるマンションにて)
(玄関前で喧嘩する親子と抑えようとする男)
(けれども少女の顔は)
(とても嬉しそうだったそうな)
最終更新:2011年05月01日 12:43