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とある軍人のお話 中編

 某国、とあるジャングルの密林地帯にて。


「ウェッ、It's astringent・・・日本人は、いっつもこんなん飲んでるのか?」


 鉄製のマグカップに注がれた緑茶を一口呑み、青年は苦そうな表情を浮かべて呟いた。
その呟きを聞いたベレー帽を被った青年は、緑茶が入っているポットを傍らに置くと彼に問い掛けた。


「飲んでるのか、って・・・君も一度は飲んだことあるだろう?」
「Ah?ないない、ぜーったいない。んな強烈な味、一回でも飲んだら覚えてるっつの。」


 Ha!と青年が肩を竦めれば、彼はため息をつきこう告げた。


「君がただ単に物覚え悪いだけだと思うけど。」
「What!?てめ、今なんつったシズ!?」
「なんでもないよー。」


 シズ、と呼ばれた青年は掴みかかってくる彼をひらりと交わし、
代わりに彼の持つマグカップへ緑茶を注いだのであった。

この青年こそ、後のタマキシズルである。
彼は幼い頃、とある犯罪者に殺され能力に目覚めたのだが、その時の事件の影響か、人間不信に陥ってしまい、
学生時代はとても荒んだ生活を送っていた。
その時、ちょっとした傷害事件を起こし、それに見るに見かねた両親がこれ以上何か問題を起こす前に、
そして彼に何かしらの変化が訪れるように、と狭い日本から遠い異国へと送り出したのであった。
その際、異国の地にてタマキが出会ったのが、目の前で緑茶を苦そうな顔をして飲むこの男である。


「でも、君は昔日本に住んでいたんじゃなかったっけ?ソウジ。」
「Exactly!だが、日本にいたのは物心つかないちっせぇ時だったからなぁ・・・」
「へぇー・・・」


 ソウジ、と呼ばれた青年は再び緑茶に口をつけたが、やはり苦い顔を浮かべた。

タマキの同僚にして、親友であるこの男の名はソウジ。
本名はレイス=争司(ソウジ)=アルフォート。タマキと同じ隊に所属する陸軍兵士である。
彼はアメリカ人と日本人とのハーフで、その付き合いはタマキがサマーキャンプに参加していた頃から
今に至るまでの長い付き合いである。タマキが特例中の特例でサマーキャンプから本格的に軍隊へ採用をされた時に、
たどたどしい英語を人並みに扱えるようにと、また、こちらでしばらく生活するにあたり色々と世話をしたのも彼だ。
気性は明るく活発で、隊の中では率先してムードメーカー役を務めている。
タマキ自身は出会った当初、「消えろ」「Fuck」などの罵詈雑言を彼にぶつけていたのだが、今ではこうしてお互いを
讃えながらお茶を飲みあう仲になるなんて、縁とはかくも不思議なものだ、と彼を見ながらぼんやりとそう思った。
あんまり見つめすぎていてソウジから、「やめろ俺にそっちの気はない」とぼやかれ、ソウジはタマキから熱湯緑茶の洗礼を
受けたのは、ここだけの話である。


「・・・ところで、ソウジ。」
「Ah?」





 ポットから緑茶を自分のカップに注ぎながら、タマキはソウジに尋ねた。


「どうして僕らはここにいるんだろう。」
「・・・Oh、シズちゃん。連日の大移動に子供たちのお相手で、ついに脳に障害が・・・」
「撃つよ。」
「Calm down!冗談だジョーダン!!It's a joke!!」


 ソウジは慌てて訂正するが、タマキは笑いながらハンドガンを抜いて彼に迫る。
銃口を額に押し付け、さあ後は撃つだけだ、というその時、


「『我々の目標は、現地集落の再興、及び支援である。』・・・じゃなかったかな?」


凛とした、高い声が彼らにかけられた。


「「あ、ロゼ。」」


 そこにいたのは彼らと同じように迷彩服に身を包んだ軍人であった。
同僚のロゼである。外見だけでは一見少年のような印象を受けるが、ロゼは歴とした女性だ。
ただし彼らとは違い、彼女は表舞台には出ない通信部隊に属しており、こうして現地に出てくることは
滅多にない。しかし、実力は彼らより劣ってはおらず、特にロゼは関節技に長けており、
その腕は高度なハッキング技術と共に上層部から一目置かれている。
所属の違うタマキ達とは任務が違えばあまり交流する機会はないのだが、
今回は特例でタマキ達の部隊に参加しているのだ。
タマキの隣に座るロゼを見て、ソウジは恭しく頭を下げてこう言った。


『これはこれはロゼお嬢様、今日も麗しゅう御座います。』
「お疲れシズル、はいこれチョコレート。」
「ありがとう、ロゼ。」
「無視かよ!」


 声を荒げたソウジに対し、ハッ、と吐き捨てるようにロゼは言った。


「ご機嫌取りとか、やめてくれない?女だからって舐めないで欲しいんだけど。」
「Ah~・・・Sorry,だけど女は舐めるよりもどちらかといえば舐めて欲」


 ソウジが言い終わる前に、ロゼはカップの中に入っていた熱々の紅茶を彼の頭に注いだ。
「ぎゃあああ!?」と叫び転げまわる彼を他所に、彼女はタマキの隣に座り、
深いため息をついたのでこう言った。


「実力だけを評価すればいいのに・・・ったく、今の地位についたのも、上層部に色目を使っただの、
股を開いただの勝手に理由をつけてさ・・・あー!思い出しても腹立つ!!」
「仕方ないよ、女性の軍人なんて中々いないし・・・でも、僕やソウジは、
ロゼにはちゃんと力があってここにいるってこと、知ってるから。大丈夫、気にしなくていいよ。」
「そーだぜロゼ!周りが言う事なんざ、ばじとーふーすればいいさ!」


 ソウジ、絶対お茶飲んだことあるよね、とタマキは心の中で密かに突っ込んだ。
頼もしい二人に対し、ロゼは感謝の気持ちでいっぱいになり、微笑んだ。


「ありがとう、・・・シズル。」
「Hey!また無視かよ!?」
「ソウジはさっきのがあるからノーカンで。」
「てめ、殴るぞ!?」
「Ha!やってごらんなさいよ!返り討ちにしてやんよ!!」
「おーおー!?言ったな!?言ったなてめぇ!?」
「通信部隊だからって舐めてると痛い目にあうんだからね!!」
「もー、ふたりともやめなよ。」


 2人は掴みかかり、今にも殴り合いにでも発展しそうな雰囲気であったが、タマキにとって日常茶飯事のことで、
むしろこの光景が微笑ましくて仕方が無かったのであった。
一度死んでしまってからは他人に対して心を許すことなく、半ば人間不信に陥り暴力的な人格が出来上がってしまった。
他人に気を許し死なない為の防衛本能ではあったかもしれないが、それが災いして環境が変わっても尚敵を作り続けていた。
だから二人と出会った事は、彼の中に大きな変化をもたらした。
こんないつ死ぬかも分からない殺伐とした状況の中で、昔と同じように笑うことが出来る。
それが目に見える証拠なのだ。
これが終わったら、二人を日本に連れて行こう。
関節技を決めるロゼとそれに苦しむソウジを身ながら、タマキは心の中でこっそりと誓ったのであった。


 ***






「ぐんじん、さん!」


 軍営キャンプから程遠く離れた集落。
そこでタマキ達が民家の建て直しを行っていると、拙い日本語で彼らを呼ぶ少女の声を聞いた。
タマキが振り向くと、自分達を物珍しそうに眺める子供達の中から他の子と同じく褐色の肌をした、
ひときわ小さな女の子が駆けてくる。


「モナ!」


 モナ、と呼ばれた少女は嬉しそうにタマキへと飛び付いた。
彼女はタマキ達が初日にこの村を訪れた際、村の中を案内してくれた女の子だ。
初めは村の子供たちと同様、軍人である彼らに怯えていたのだが、ある時、動物好きのタマキが
彼女のペットであるオウムをお世話をしてあげ、それをきっかけに、モナにとってタマキは
『優しい軍人さん』という存在になり、彼に心を許すようになったのであった。
今ではモナの後に続くように、村の子供たちは彼らに積極的に関わろうとし、遊んで遊んでと
せがむ毎日だ。


『ぐんじんさん、あそぼう!』
『あそぼうよ!』
『あそんでぇー!』
「え、えぇ!?あー・・・『まだ作業中だから後で、ね?』


『『『いーやーだー!!』』』


「うう・・・」
「シズル、遊んであげたら?」
「え、でも・・・」
「子供相手はお前に任せた!ほいっ」
「あっ、金槌・・・うぶっ!?」
『くらえー!』


 ソウジがタマキから金槌を取り上げれば、子供の一人がそれを狙っていたと言わんばかりに
タマキの顔面に飛びついてきた。それに続くように子供たちがどんどんタマキの身体に飛びついていく。
その様子はさながら、お菓子に群がる蟻のよう。


「タマキ、お前のことは忘れないぜ・・・」
「何勝手に殺してんのよ、あんたは作業する!」
「Ouch!!・・・へいへーい・・・」


 南無、とタマキに向けて両手を合わせるソウジに、ロゼは金槌でツッコミを入れた。


『あーあ・・・黙ってりゃ可愛い女なのによぉ・・・』
「聞こえていないと思ったら大間違いだからね・・・?」


 睨みをきかせてロゼが呟けば、ソウジは顔を真っ青にして手を動かしたのであった。
しばらくお互い黙りながら作業をしていると、不意にソウジが呟いた。


『で、実際のところどうなんだ。ただの慈善活動じゃないんだろ?』
「・・・・・・・・・」


 ロゼは顔を向けず、ややあってから喋った。


『この村に、お抱え医師がいるのは知ってる?』
『あぁ、アルバートっつーヨーロッパからきたお医者様だろ?』
『そう。』
『シズに懐いてるモナが言うには、どんな病気も治す凄いお医者様だってな。
村の大人達が狩りで怪我しても、老人が風邪で体調をこじらせても、そいつの手にかかりゃすぐ治るって。』
『じゃあ、もう一個質問。最近、この近辺で不審死があったっていう話、知ってる?』
『・・・不審死?』


 ロゼが記憶しているその事件の詳細は、次の通りである。

ここ数日間、連続して近辺の住民が惨殺されている。
時間帯は主に夜間で、殺人はその時間に行われ、翌朝死体が発見されるといった流れだ。
被害者は皆一様に殺され方がバラバラで、例えば、一人は頭部から綺麗になくなっており、
次の一人は全身が食い千切られており、その次の一人は押し潰されて息絶えていた。
共通点のない、しかしまるで見せ付けるかのような、惨たらしい殺され方をする。
タマキ達の部隊がここについたその日から、不思議な事にその事件は、はたと途絶えている。


『・・・変な事件だな、そりゃ。けどよ、ここ辺りなら動物がいるし、おかしくないだろ?
それは事故死じゃねぇのか?』
『でも、それが一日一回置きなのよ?それに一度見せて貰ったでしょ?彼らの狩り。
彼らが無抵抗に殺されると思う?』


 そう言われ、ソウジは表情を曇らせる。






『・・・確かに、辻褄が合わねぇな。野生の動物が一日一回必ず人を殺す、それも違う種類の動物が。』


 ソウジが、ふと手を止め、怪訝な表情を浮かべながらロゼに問い掛けた。


『上はあの医者が関与してるって睨んでるのか?』


 その問いに、ロゼは無言で肯定した。


『・・・初めは早計だ、っていう意見もあったわ。けど彼の経歴を調べていく内に、
段々疑惑が浮上してきたの。彼はヨーロッパにいた時、彼の所属していた学会で
『人間と動物を組み合わせた新たなる人類』をテーマにした論文を発表したんですって。』
「Oh・・・It’s a crazy.」
『もちろん、学会ではかなりの非難を浴びたわ。彼の主張する意見はあまりにも非人道的であったから。
・・・けれど、彼は本気だった。今にお前らは後悔するぞ、そんな捨て台詞を残して学会を追放されたとか。』
『で、その後慈善活動に着手して、少しずつその地位を確定していった・・・というわけか?』
『その通り。』


 一人の男に宿る疑惑と狂気、それは嫌でも『ある最悪な結論』へと行き着いてしまう。
2人はしばらく黙り込み、そしてタマキの方を見た。
嬉しそうに走り回る子供たちを一人だけで追いかけながらも、彼の顔には笑顔が浮かんでいた。


『・・・タマキには言わないのか?』
『言わないわよ。』


 ロゼの配慮は最もである。
例え確信のない疑惑とはいえ、幼い頃から家族同様にありとあらゆる動物と接してきた彼に、
このようなことを告げてしまえば再び彼の人間不信が発症してもおかしくはない。
この事は彼の為にも打ち明けないほうが良いであろう。
・・・とも思うのだが、


「A-Hun?『愛しい男の悲しむ顔は見たくないって?』
「っー!!」


 図星を受けたかのように、ロゼは金槌で自分の指を叩いしまった。
金槌で叩かれた指からジンジンと痛みが走り、うっすらと彼女の目に涙が浮かぶ。
その様子を見て、ソウジがケラケラと笑った。


『シズルくんは私を変な目で見ないし、優しくしてくれる。
だから彼を悲しませるなんてしたくないわっ!』
「黙らないとその脳天かち割るわよ・・・?」
「What!?ちょ、ロゼ顔マジ怖ぇ!それジャパニーズデビ・・・ぎゃあああ!!!」



「・・・ん?今叫び声が聞こえたような・・・」
『ぐんじんさん、どうしたの?』
『んーん、なんでもない。』


 タマキは走り疲れ、大きな木の下に座り、モナと一緒に休んでいた。
彼らの視線の先には、未だに楽しそうに走り回る子供たちの姿がある。


『モナは、一緒に遊ばなくていいのかい?』
『うん、ぐんじんさんとおはなしするのが好きだからいいの。』
『はは、嬉しいな。』


 そう言って、タマキはモナの頭を優しく撫でてあげたのであった。
少女の髪は、日々家族の為に働いているので十分な手入れはされていない。
その為、髪はパサパサで撫で心地はあまりよくない上、お世辞にも女の子らしいとも言えない。
生活環境によるものであるとは分かっていながらも、タマキは心を痛めた。
ふと、自分のポケットにあるものが入っていたことに気が付き、それを取り出した。


『ぐんじんさん?』
『・・・あ、あったあった。』





 タマキがポケットから取り出したのは、先に桃色の花がついた髪留めのピン。
本国にいた際、露店で売られているのを発見し、何故かそれが気になってしまい購入したのだ。
部屋でソウジにそれを見られた時に茶化され、銃を乱射してしまったのが今となっては良い思い出である。
モナは眼を輝かせ、ピンを見つめながらやや興奮した様子で言った。


『なぁにそれ!?』
『これは、髪を留めるためのピンなんだ。』
『ピン?』
『そう、こうやって使うんだ。』


 そう言ってタマキは、モナの前髪を掻きあげて、それをピンで留めた。
前髪をあげられたモナの顔は、先程よりも明るくなり、あどけない少女らしさが一際引き立つ。


『ほら、可愛くなった。』


 タマキがそう言えば、モナは顔を紅くして、恥ずかしそうに俯いた。


『それ、モナにあげるよ。』
『えっ、いいの?』
『うん、ここにきてからモナには凄くお世話になったからね。』
『そ、そんなことないよ!これすっごく高いんでしょ?返すよ・・・』


 モナは慌てて外そうとしたが、タマキがそれを制した。


『いいよ、ちょっとデザインが気に入っただけで、やっぱり女の子がつけているのが1番良いから、
モナにあげる。返さなくてもいいから、代わりに大切に使ってね?』
『・・・うん、ありがとう!ぐんじんさん!』


 モナが笑うと、タマキもつられて笑った。
それからモナとタマキは作業が終わるまで色々な話をした。
タマキ自身の事、ペットのオウムの事、村のお医者様のお話・・・
時間がある限り、タマキはモナと会話を楽しんだ。
その時、幸せである、確かに彼はそう感じ取ったのであった。


 後の未来のことなど、一つも気にかけずに。

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最終更新:2011年05月18日 21:08