「・・・!ル、・・・!!」
___妙に騒がしいな・・・?
「シズ、・・・!ル・・・!」
___この声は・・・
「おい、シズル!!Get up early!!」
「・・・ソウジ?どうしたんだ、まだ夜中じゃないか・・・」
「寝ぼけてんじゃねぇ!!一大事だ!!とにかく着替えて、武器持ったらすぐ村に来い!!いいな!?」
「え?うん・・・」
ソウジはタマキを叩き起こすや否や、ただならぬ様子で外へと飛び出した。
周りを見れば他の兵士はもうすでに出払っており、平和ボケしてしまったせいか、
どうやら自分だけ出遅れたようだ。
とにかく彼に言われた通り、すぐに着替え、横にかけていたライフルを手に取り、
村まで急いで向かった。
タマキは走りながら、やけに明るい村の様子に妙な胸騒ぎを覚えたのであった。
「・・・ソウ、ッ!?」
友人の名を呼ぶ前に、タマキの眼に村の惨状が入った。
昼間は陽気で明るかった住民達が、今は物言わぬ肉塊となって倒れている。
それも一人だけではなく、死体はあちこちに転がっており、どれも殺され方には統一性はないが、
もう死んでいるとは嫌でも理解できた。
「う、ぇ・・・」
死体を見るのが久しぶりか、吐き気がタマキを襲い、そのまま嘔吐しかけたが、
ロゼが彼に駆け寄ると背中を擦り、心配そうにたずねたのであった。
「シズル、大丈夫?」
「・・・あんまり・・・」
「そう、だよね・・・こんなもの見て、私も平気ってあんまり言えないかも・・・」
そう言って彼女は、不気味に静まり返る村へと目を向けた。
どうしてこんなことになってしまったのだろう、とタマキがぼんやりと考えていると、
民家の中からソウジが出てきた。
「・・・Humm・・・駄目だ、全員死んでやがる。」
「…ソウジ、隊長は?」
消沈した声で、タマキはソウジに尋ねた。
タマキ達がキャンプへ戻る際、村の警備として何人かの隊員が配置されるのだが、
今日は何故か彼らの隊長が自ら警備をすると言って、数人の隊員と共に村へと残ったのだ。
タマキ達の隊長はその名に劣らず、腕の立つ男である。だから、今この場に隊長がいないのはおかしい。
タマキが返答を待っていると、代わりにロゼが答えた。
「隊長は、……死んだ。」
「!?死んだって・・・」
「無線が入ってから数十分後…応援にきたら、もう既に…」
「そんな…」
「俺とロゼ、そしてシズはもしもの時の為に待機してろ、って隊長から命令が出てたんだが…
事の次第は知らせてなかったんだ…クソッ!!」
ソウジが悔しそうに、そう言った。
その瞬間、タマキはふと気が付いた。
そういえば、村には自分達以外誰もいない、あるのは村人の死体と、
壊された家々のみで、肝心の生きている人間の声がひとつも聞こえてこない。
それはつまり、自分たちの所属している部隊はロゼとソウジ、タマキを残して全滅してしまったということ。
タマキは、血の気が失せていくような感覚に囚われた。
「…とりあえず、応援を呼ばないと。このままここで待機していても不味いわ。」
「つってもどうすんだよ。こうなってしまった以上、十中八九、あいつはクロだろうが。
村の中探し回っても、あいつの死体はなかったぞ。」
「そんなこと言ったって、今の状況でどうにか出来るだなんて無理でしょ。ここは、
一度体制を立て直して…」
「一度本国に戻って体勢を立て直す?その間に奴は遠くへ逃げて好き勝手やり始めるだろうが!!」
「だからって今どうにか出来るだなんて無理だって言ってるじゃない!!冷静になりなさいよ!!」
「こんなの見て冷静なれっか!!奴は俺たちの仲間を殺したんだぞ!!」
「敵討ちなんて無謀なだけ!!こんな少数であいつに立ち向かったって・・・ただ犬死するだけじゃない!!」
ロゼとソウジが、お互いの主張を譲らずにぶつかり合う。
冷静になれないのは、同じだ。
「ーーー!!」
「・・・!!・・・!!」
二人の言い争う声がどこか、違う世界のように思える。
そんなことをぼんやりとタマキは考えながら、彼らの言い争いを聞いていた。
アルバート、村の医者である事はモナから聞いていたが、二人の口ぶりからすると、
まるでこの惨劇は彼が起こしたかのような、そんな風に聞こえてきた。
この時の彼にとってはそれに怒りも悲しみも抱くことは出来なかったが。
「・・・モナ・・・」
タマキの脳裏にふと、幼いあの少女の顔が浮かんだ。
冷静になって周りを見れば、転がっているのは成人男性や女性の死体のみで、
肝心の子供の姿が見当たらない。モナは、あの子はどこにいったのだろうか。
タマキの視線が向いた先、それは村の奥へと続く道で、その薄暗い地面には赤い血の線が入っており、
闇の中へと続いていた。今この場において、唯一の手がかりである。
彼はふらふらと立ち上がり、そしてこう呟いた。
「…モナを、探しに行こう。」
「「!?」」
ようやく口を開いたタマキの発した言葉に、二人は争いを止め、驚愕した。
「子供たちは、もしかしたら無事なのかもしれない…」
「けど、シズル…」
「報告するなら戻ってもいい。けど、村の子供たちが生きていて、もし危険な場所にいたとしたら…
助けなきゃいけない。」
「………」
「僕は行くよ、ここでジッとしていられない。」
タマキは、気を持ち直し、モナを探す為に血の跡を辿り始めた。
後に残されたのは、ロゼとソウジ。
『・・・どうすんのよ?』
『シズをほっとくわけにもいかねぇだろ、行くぜ俺は。』
『ちょ、ちょっと・・・!』
タマキの後を追うようにソウジは走り出し、ロゼもそれについていくのであった。
***
三人が血の跡を辿り続けていると、少し開けた場所に辿り着いた。
そこにあったのは、一軒のみずぼらしい民家。
「ここは確か、アルバート医師の診療所だったはず…」
「中に入ってみよう。」
タマキが草の扉をかき分けて中に入る。
そこにあったのは簡易ベットと机、薬の入った棚のみで、血は忽然と途絶えていた。
三人はそれぞれ辺りを調べたが、何ひとつ見つからなかった。
やがてソウジが進展しない状況に苛立ち始め、声を荒げ、強く床を踏んだ。
「ったく…奴は一体どこ、に!?」
「「ソウジ!?」」
ガコン、と何かが外れた音がしたかと思えば、ソウジはそのまま下へ落ちてしまった。
タマキとロゼが、慌てて声をかける。
「ソウジ!?ソウジ!?」
「…っあー、いってぇ…!!」
落ちた先でソウジが痛そうに腰をさすっていたが、どうやら無事なようだ。
ソウジが落ちたそこは、先ほどとは打って変わった、白く、無機質な壁と床に囲まれた廊下であった。
病院と研究所の中間のような印象を抱かせるが、やけに静かで清潔すぎる。
何かを隠しているかのようだ、そうタマキは思いながら、階段をゆっくりと降り、
転げ落ちたソウジの元へ駆け寄った。
「診療所の下に、こんなものがあったなんて・・・」
「あんな入り口、部屋全部ひっくりかえさねぇと出てこないだろうが・・・いよいよ怪しくなってきたな。」
奥行きの見えない長い廊下を見つめながらソウジが呟くのを聞いて、
タマキは得体の知れない悪寒に駆られる。
一刻も早くあの子達の元気な姿を見たい、ただそれだけを願って、彼と、
そして彼の友人達はまた歩き出した。
***
歩き出して数十分、三人が見つけたのは数字のみが描かれた扉が左右に並ぶ廊下だった。
「・・・なんだ?これ?」
「『789』『456』『369』・・・統一のない数字ばっかりね。」
銀色の扉に三桁の数字が描かれたプレートだけしかなく、
中がどのようになっているかはここからではまったく見えない。
しばらく数字の羅列のみの扉が続いていたが、突き当たりまで来ると様相の違った扉がそこにあった。
プレートには『MELP-room』と表記されており、それをタマキが見つめていると
肩越しからソウジの声が飛ぶ。
「『MELP』・・・?『HELP』のスペルミスじゃねぇのか、これ。」
「何かの略称かもしれないけど・・・もしかしたら、ここに___」
___キェェェェェェ!!!!!
___ぎゃああああああ・・・
「「「!!!」」」
つんざくような、鳥の鳴き声。それに続く、男の悲鳴。
「開けるぞ!」
「うん!!」
ソウジが扉を蹴破り、その後に二人は続く。
三人が突入した部屋の中は真っ暗だったが、その中央にはスポットライトが当てられており、
身体のあちこちをむしられた軍人がひとり横たわっていた。服装から、同じ部隊の者であると把握出来た。
彼はうめき声をあげながら顔をタマキへ向けると、救いの神を見たかのように、手を伸ばして叫んだ。
『た、助けてくれ!!頼む!!』
『・・・おい、何があったんだ!?』
『頼むよ!!なんでもするから!!だから、俺を助けてくれ!!』
『落ち着いて!・・・今からそっちに行くから、そのまま待って、』
ロゼが銃を携えながら、怪我をしている男へと近付いた。
その時、タマキの横を何かが掠める。
「!?」
『ギャアアァァアアァア!!!!』
それは男の顔に飛びつくと、仕切りに羽ばたきながら何度も何度も頭を上下に振って、
男の顔面を傷つける。肉を千切るような、そんな音も聞こえてきた。
やがて獲物であった男が事切れると、今度は口を開き、その死体を食い始める。
「・・・Unbelievable、こんなの嘘だろ・・・!?」
タマキ達の目の前で男の死体を貪るそれは、鋭い爪と煌びやかな羽を持った鳥。
だが、頭部で揺れる毛髪は明らかに人間のものだ。そして、喜々して肉を貪り喰うその顔は
まだあどけない少女の顔。人面鳥、と呼ぶに相応しいその化け物は、ぐるり、と首を回して
タマキ達を見ると、奇声を上げて羽ばたいた。
動物を愛していたタマキにとって、その生物は異形で、醜くて、残酷なまでに、美しかった。
「シズ、っきゃぁ!!」
飛び上がった獣は急降下すると、ロゼの肩を掻き切ってまた飛び上がった。
ソウジがライフルで応戦するものの、動きが素早く、まったく追いつくことが出来ない。
「シズ!ボサっとしてんな!!」
「!」
ソウジの怒鳴り声にタマキは我に帰ると、ライフルを構え、飛び回る敵へと応戦した。
あれが何故、どうして、どうやって、など考えるより目の前の敵を殲滅しろ。
かつて本国にいた時の鬼教官の教えに縋り、あれを倒すことに集中した。
そうしなければ、この正気を保っていられないような気がしたからだ。
「Fuck!!教習でもこんな早い的は出さねぇぞ!!」
下降してくる獣を避けると、その背後からライフルを撃つ。幸いにも弾は羽根に当たり、
獣は揺れながら、上空を飛ぶ。少女の顔が悔しさで歪めば、旋回し、鋭い爪を前に突き出しながら、
ソウジへ掴みかかった。
「っげ」
「させないよ!」
爪がソウジを掴む前に、ロゼの投げたナイフが彼女の足を切り裂く。
続けて二つ、胸を狙い放つが、その前に飛び上がってしまい、ナイフは虚空を切り壁に突き刺さる。
尻餅をついたソウジはロゼに手を引かれて立ち上がり、不満げに言った。
「Hey、ロゼ。投げ位置が悪かったら俺に当たってたよな?」
「それは運が悪かったってことでひとつ。」
「納得できるか!!」
二人を制するように、少女は啼き叫ぶ。
あきらかに怒りをあらわにした、獣の咆哮。
「二人とも気をつけて!!」
「ああ、分かってるさ。」
「でも、ただ突っ込んでくるだけの芸しかなきゃ、勝てない敵じゃないわね!」
警戒は解けないが、僅かに勝利が見えてきて、士気が上げっていく。
少女が、自分を見据える三人を忌々しげに見つめ、再び襲い掛かった。
戦い自体は一進一退の攻防戦であった。
地につかず飛び回り続ける敵に三人は苦戦したものの、それでもアドバンテージは渡さなかった。
タマキとソウジがライフルで応戦し、知らずの内に低空飛行になったところをロゼが切りかかる。
少女も三人相手に力の限りを尽くして応戦した。
致命傷を負わせるほどのダメージを与えることは出来ないが、しかし着実に三人の体力を削り取っていく。
「っぜぇ、いい加減、倒れろっつーの・・・!」
「はぁ、っはぁ・・・」
ソウジもロゼも、片膝をついて未だ飛び回り続ける少女を睨む。
だが、これ以上戦いが長引いてしまっては、おそらく死ぬのは自分達だ。
ここで決めなければ・・・!
ただならぬタマキの気配を察したのか、少女は止まって彼を見下ろした。
彼の友人もまた、その変化に気付いた。
「・・・シズ?」
「っ来い、この化け物・・・!!」
「おい、っシズ!!」
タマキがライフルを構え、少女に向けて撃つ。
少女は旋回しながらそれを避けていくと、タマキの真正面に降り立ち、
そのまま彼へと向かってくる。
タマキはそれを迎い討つ気なのだ、その身を犠牲にして。
「キシャァァァァア!!!」
「あああぁあぁぁああ!!!」
タマキの手に握られているのはライフルではなく、サバイバルナイフ。
ただ一撃、勢いよく向かってくるあの化け物の心臓にこれを突き刺せば良い。
ただし、自分の身の安全は保障出来ない。
それでも良い、自分の身を犠牲にして戦況を変える事が出来るならこの上ない名誉である。
あの胸に、一撃・・・!
「・・・!」
しかしその想いを裏切って、彼の膝ががく、と地へとついた。
先程から蓄積されていたダメージが、今になってタマキにかかってきたのだ。
「し」
タマキの眼に映ったのは、笑いながら自分に襲い掛かる少女の顔をした獣。
鋭い爪が目前まで迫ってくるが、反応し切れない。
タマキは呆然と眺めるだけしか、出来なかった。
少女が、嬉しそうに笑い、爪を振り落とす___
その瞬間、タマキは突き飛ばされた。
「え・・・?」
視界に移ったのは、傾いた世界で驚愕しているロゼと、少女に胸を貫かれる親友。
「・・・ソ・・・」
嫌な音と共に獣の足が抜かれると大量の血で溢れ返り、その血溜りの中へとソウジは倒れた。
「ソウジィィィイイイ!!!!!」
血はどんどん広がり、少女がその上に降り立つとケタケタと笑った。
そして、その肉を貪り喰おうと牙を見せた。
「やめろぉぉおお!!!!」
タマキは力の限り、上に乗る少女を突き飛ばす。
壁にぶつけられた獣は、奇声をあげてタマキを威嚇するが、
彼はそんなこと耳にも入れずに、ソウジの元へ走った。
「ソウジ、ッソウジ・・・!」
目の前の絶望的な状態を見ても、まだ助かるかもしれない、
そんな淡い希望を抱きながら親友の名を何度も呼んだが、答えることは一度もなかった。
即死だった。
「ソウ、ジ・・・・・・・・・」
「シズル、っしっかりして!シズ、」
ヒュン、と空気を切る音と共にロゼの背中に、鈍い衝撃が走る。
その箇所が、じわりと熱い。
「え・・・」
振り向けば、壁に叩きつけられたはずの少女が何かを咥えながら楽しそうに笑っている。
それは、先ほど自分が投げたサバイバルナイフだった。
ゆっくり、ゆっくりとロゼの身体も崩れていく。
「ロゼ!!」
「シズ、ル・・・」
そう言ってロゼは、苦しそうに息を吐きながら倒れた。
残されたのは、少女の顔をした獣と、タマキだけであった。
「・・・・・・・・・」
獣が飛び上がり、襲い掛かる。『タマキ』は、何もしなかった。
その身体に、深々と爪が突き刺さるまで後数センチ。
鳥の、耳障りな鳴き声。
それなのに、『シズル』は酷く冷静であった。
「!!!」
シズルは自分に爪が届く直前に顔面を掴み、そのまま地面へと叩きつけた。
驚愕している少女をよそに、その口にライフルの銃口を入れる。
足で暴れる身体を踏み潰しながら、引き金に指を入れる。
『・・・死ね。』
そして、引き金を、引いた。
一発では死ななかった、だからシズルは何度も何度も引いた。
パン!パン!パン!
撃たれる度に、少女の頭が跳ね、やがて動かなくなった。
シズルはそれを引き抜くと、地面へと座り込み、口を押えた。
「っはぁ、はぁ・・・!うぇっ」
目の前には物言わぬ獣と戦友の骸。
自分が殺してしまったのだ、自分が。
その事実と罪の意識によって、タマキは再び激しい嘔吐感に襲われ、たまらず吐いた。
「うぇ、っうぅ・・・」
鼻に付く、嘔吐物より酷い血の匂い。
これは夢だ、あの時と同じ悪夢なんだ。
そんなことを何度も考えたが、五感全てに入ってくる情報はすべて現実のものであった。
「・・・・・・・・・」
今更逃げるか、しかしまだ子供たちを見つけていない。
こんな危険な場所に彼らを置くわけにも・・・モナを置いていくわけにもいかない。
しかし、このような敵にまた遭遇してしまったら今度こそ・・・
嫌な考えばかりがタマキの頭を巡り、また吐きそうになったがなんとか持ちこたえた。
まだ、心が折れるわけにはいかない。
「・・・?」
ふと、先ほど自分が殺した獣の死体の中から、何かが輝いた。
光の元は少女の頭部から発せられており、タマキは手を伸ばして髪の中をまさぐった。
掻きき分けたその中に、花のついたヘアピンがあった。
「・・・え?」
それは、タマキがモナにあげたヘアピンとそっくりであった。
いや、そのものであった。
タマキの頭の中で、今日話していた会話が蘇る。
“そういえば、今日の夜にね、よぼーせっしゅがあるんだ。”
“予防接種?”
“そう!さいきん、びょうきが隣村ではやってるから、お医者様がびょうきにならないよう、
ちゅうしゃしてくれるんだって。”
“へぇー”
“ほんとうはすっごくおかねがかかるんだけど、とくべつにタダにしてくれるんだって!”
“そうなんだ、よかったねモナ。”
“うん!”
「・・・・・・まさか・・・」
タマキの手が震える、視界も歪む。
今しがた自分が殺した死体をもう一度眺める。
少女の下半身は鳥であるが、その羽根はとても色鮮やかなものだ。
いつか見た、モナのペットのあのオウムと似ている。
「あ、・・・ぁあ・・・!!」
不意に、死体であるはずの少女が口を動かした。
最後の気力を振り絞り、助けを呼んだのだ。
その瞬間を、タマキは見てしまった。
グ ン ジ ン サ ン
「うわぁぁぁああああぁぁぁぁあああぁぁああ!!!!!!」
タマキの叫びが、部屋中に響き渡った。
***
その頃、アルバート=シュタインはこの上なく上機嫌であった。
何故ならば、自分の予想した通り、事が順調に進んでいるからである。
ひとつは生体実験。「人間の持つ知性と動物の持つ生存能力を併せ持った新たなる人類」を
作り出す為の実験は、滞りなく進み、もうすぐ完成体へと近付こうとしている。
この実験が完全に作り上げられた際には、是非ともホウオウグループへ進言しよう。
そうすればグループの活性、共に私の名声が上がることは間違いない、
そう彼は思っているのだ。
もうひとつは軍隊。この村で医者という役を演じ、地位を確立して容易に
手を出させないようにしていたのだが、最近になって奴等も慈善活動という名の元、
こちらを探ろうとしていたのだ。
実験材料達にとってプラスとなる行動をされていては、村を追い出すことは不可能。
どうしようかと考えかねていたのだが、アルバートはある秘策を思いつき、
それを試しに行ってみたところ思いの他、効果的であった。
もう彼を邪魔するものなど、誰もいない。
『・・・さぁ、名残惜しいがそろそろこの村とも別れ・・・!?』
アルバートが振り向いたその扉の前には、迷彩服を纏った男が立っていた。
アルバートは咄嗟に、机の上にあったハンドガンを手に取り、男へ突きつけた。
しかし、それに対して男は何も反応しなかった。
余裕の出来たアルバートが、不適に笑う。
『っふふ・・・生き残りですが、運の強い方ですね。
まぁその命運も今ここで尽きることとなりますが。』
『・・・・・・・・・』
ふと、アルバートがよくよく男の手元を見てみると、男は鳥の体をした少女を抱えていた。
あの少女は確か、村の子供のひとりだった。
そんなどうでもいいことをアルバートは思い出し、笑った。
『おやおや、その実験体をお気に召しましたかな?これは・・・』
『これは、お前がやったのか?』
話の途中を遮られ、アルバートは多少顔をゆがめたものの、頷いた。
『えぇ、そうですよ。ウイルスと動物の細胞を交えた特殊な薬を、彼女に与えたのです。
彼女だけではありません、未来ある若い子供たちに、未来のないお年寄り、
病気を持った可哀想な成人、そのような方々に希望を与えてあげたのですよ。』
『・・・何故そんなことを?』
『何故、ですか?』
さもおかしそうに、アルバートは彼を嘲笑して言った。
『私の夢は、いずれ人類が必要とする能力への特化です。生物の中で最も賢いと言われる人間の知性、
そして強靭なパワーを持つ動物の能力、これらを併せ持ったヒトはまさに究極の生物ですよ!
どんな天変地異が起きても、知力と能力で軽く越えることが出来る・・・素晴らしいではありませんか!
だからそれを実現する為に、ここの人達には犠牲になって頂きました。人間の発展には、
犠牲が常に付きまとうものですからねぇ。』
『・・・・・・・・・』
男は生気のない眼で見つめてきた。
まるで自分を、救いようのない者を見るかのような視線で。
アルバートは呆れてため息をつくと、トリガーに指を添えた。
『さて、冥土の土産を渡したことですし、貴方には死んで貰いましょうか。』
『・・・・・・・・・』
アルバートは物言わぬ軍人を撃とうと、___した。
『・・・は?』
ハンドガンは、ぼたり、と手の平ごと床へと落ちてしまった。
残ったのは、手首から先のない腕。
『っがああぁぁあああ!!?』
遅れてきた激痛がアルバートを襲い、手を押えながら床で転がった。
その時、人肌ではない何かへとぶつかった。
『!?っひぃ・・・!?』
見上げると、そこには実験材料の一つである虎が唸り声をあげながらアルバートを睨んでいた。
虎だけではない、周りを見てみれば彼が実験に使おうとした動物たちが、
皆一様にしてアルバートを見ている。
『い、一体何が・・・!?』
「・・・あぁ、よかった。俺が憎む敵がこんな糞野郎で。」
男が何かを喋っていたが、アルバートの知らない言語だった為理解は出来なかった。
「てめぇの主張はよーく分かった・・・てめぇが日々どんな思いであいつらを治療していたか、
あいつらと話をしていたかも理解した・・・。要するに、生きるに値しない糞人間ってことだよな?」
『な、何を喋ってるんだお前は!?』
『生きるに値しない糞野郎つったんだ。』
『!?』
男が顔を上げた。・・・その眼の色は、百獣の王であるライオンを思わせる、黄金色の眼。
「本当なら、人間で生まれてきたことを後悔させるような方法で殺してやろうと思ったんだがな・・・
生憎、そんな気分じゃねぇんだ・・・だから、」
彼と同じ瞳の色をした動物たちが、舌なめずりをしながらアルバートに近付く。
『獣に喰われて、死ね。』
『ぎゃぁぁあああぁぁあ!!!!』
そして一斉に、アルバートへと襲い掛かったのであった。
『あいつを欠片も残さず食べてしまえ。』
その命令に従って。
***
すべてを彼女に話し終わって、ふと外を見れば、やはり予想通り放課後になっていた。
夕焼けが保健室内にも差し込み、あたりは段々暗闇へ包まれていく。
話の初めに入れたお茶は結局一度も飲むことなく、冷めたままテーブルの上に残っていた。
ののかさんへと視線を向けてみると、こちらも予想通り、俯いていた。
・・・この話は、純粋な彼女にとって酷だったかな。
そんなことを考えていると、不意にののかさんが呟いた。
「・・・その後は、どうなったの?」
「・・・その後は、あまり覚えていません。ただ、気が付けば本国に戻っていて、
自分はベットの上で目覚めたことぐらいですかね。」
「・・・・・・・・・」
そう、奴を殺した後のことは実の所、あまり覚えていない。
夢かもしれないという願いに未だに縋っていたけれど、生き残りは僕一人だけだと上官から告げられた時は、
現実だと認めざるを得なかった。続けて上官から聞かされたのは、あの村は遺体ごと焼き払われ、
実質存在がなくなったことにされたそうだ。それから僕は軍を退役し、日本に戻ってきて養護教諭、
そしてセラピストの勉強をし始めた。ウスワイヤに戻ったのも、この時だったかもしれない。
人を助ける仕事をしようと思ったのはきっと、彼らを殺したことへの責任、もしくは逃げかもしれない。
「・・・っう・・・」
「ののかさん?」
呻き声のようなものを上げたののかさんの顔を覗くと、彼女は大粒の涙を流して泣いていた。
女子であるのに鼻水まで垂らして、でもそんな恥を捨てて、泣いていた。
「うわぁぁぁぁん!!!」
「え、ちょ、ののかさ、」
「うわぁぁああぁぁあ!!!」
鼓膜が破れそうなほど、ののかさんは声を張り上げて泣いた。
流石にこれ以上泣かせると保健医まさかの女子高生に暴力か!?なんて騒動になりかねないので、
僕は泣き止ませることにした。
「の、ののかさん、落ち着いて・・・」
「だぁ、だって、だってぇ!!うわぁぁん!!!」
「初めに言ったじゃないですか!これは同情を誘う話じゃないって・・・」
「だって、だってたまちゃんなんで泣かないの!?」
「え・・・?」
「大切な人が死んだんだよ!?大切な人が死んだのに、どうしてそんな他人事のように喋れるの!?」
泣いて訴えるののかさんに、ただ僕は目を丸くして驚くばかりであった。
過去でもう過ぎ去った事なのだから、もうすでに自分の中で割り切っていたはずだ。
けれども、話したがっていた自分が、そんなに淡々と喋っていたのだろうか。
・・・ああ、でも、言われてみればそうだったかもしれない。
「ったまちゃ、たまちゃん!っえふ、うぅ・・・!!」
「・・・ののかさんは、優しい子ですね。」
そう言って僕は泣き続けるののかさんを、母親があやすように抱きしめた。
ののかさんはきっと、自分が毛嫌いしている「同情」をしてるのだ。
けど、それはただ純粋に自分が可哀想だからであって、不思議と悪い気はしなかった。
「・・・ののかさん、ありがとうございます。」
だから俺は、自分の代わりに泣くののかに感謝をしたのであった。
最終更新:2011年05月24日 03:27