守れぬ笑顔
しかしながら、と彼は空を見る。
その前に言葉があったわけではない。ただなんとなく、その言葉から始めたかったのだ。
一人
アカノミの元へと向かう彼の足は、獣道に均等に跡をつけていく。
「刷り込まれた」機械的な歩き方を彼は不満に思いながらも、訂正することなく歩を進めていた。
しかしながら、と彼はもう一度その言葉を頭に流した。
生前、自分の運命がこんな方向に転がろうとは誰が予想できただろうか。
輪廻転生から外され「存在」となり、偶然が重なって再び姿を成した。
奇跡ともいえるその路は、恐らくその時審判を務めていた
ゴクオーにも予想がつかなかったことだろう。
しかし、妖怪としての血を手に入れた彼も、最初は自らの力に戸惑った。
それどころか、逢魔ヶ刻にあたる午後5時55分には力に押し任され、人間を襲っていた時期もあった。
はっきりいえばあの時、完全に主に従えていたわけではなかったのだ。
それでも今、こうしていられるのは主の「妖怪の主」たる力故か。
「…妖怪の主たる力…。」
師範から一度きいたことがある。
一重に「妖怪」といえども、いくつかの種類に分けられると。
既にいる生物が特殊な進化を遂げた者と、語られることで鬼門の奥に作り出される者の主に2種類。
鬼門の方は更に分類が可能なのではないか、と彼は思っていた。
そう。「主に召喚された妖怪」は別に考えるというものだ。
「百物語」で語られた妖怪は100。そのうち姿を成しているのは99。
血の色の眼と辛い過去を持った99人だ。
彼らはその能力により力を制限され、人を襲うことをやめ、平和を守るための役割に徹している。
人を襲うのを止めるよう言いつけたのは勿論主だ。
しかし、全てがすんなりといいつけをきいたわけではない。
そこまで考え、彼はふと顔を上げた。
そうだ。「どうして主に従っているか」を忘れている妖怪がいるのではなかろうか。
彼の頭には、先日のキムナの一件がよみがえっていた。
主とはいえ幼い女の子。力で簡単に抑え込める。そう思ったのだろう。
しかしながら、と彼はまた復唱した。
常に共にいる彼にとって、また、その力を身をもって知った彼にとって、主を恐れないことがどれほど恐ろしいことかは重々承知できていた。
勿論、陰陽師としての素質もある。というより、妖怪達を従えたのはその影響が強いだろう。
だがそれ以上に、彼は恐ろしいものを見ていたのだ。
『私、これを最後に語る「百物語」にする。』
思いつめたような顔で彼女が言ったのは、記憶に新しい。
ホウオウにとらえられ、能力を強要されたのが影響していたのだろう。
彼は黙って、彼女の意志に従うことしかできなかった。
『「百物語」で語られるのは、現代の恐怖を「纏った」100の恐怖。100の妖怪。』
その100を背負うには、彼女にはあまりにも荷が重すぎる気がした。
『もう、決めてるの。運命の鍵を握る「100番目の怪談」。』
ゆっくりと語りだした主の姿は残酷なまでに美しく、喚起するほどに哀れなものであった。
語られた「百物語」が、姿を成すことはなかった。
代わりに生まれたのは、主にのしかかる「苦痛」。
息を乱す彼女に寄り添えば、彼女は片手をあげて制し、こう言った。
『――これで、私も「皆」と同じだよ…。』
どうして止められなかったのか。
その問いかけは自分をさらに追い詰めた。
生前も転生後も、自分は誰ひとりとして守れていないことに、笑顔を生み出せていないことに気付いたのだ。
「…たく。これでは血を抑えてもらっても意味がないようなものでありマス。」
彼は僅かに背をそらし、木の葉で見えない空を見上げた。
背負った鋏が、キィと音を立てる。
この手で、この鋏で、一体何人の「存在」を消してしまったのだろうか。
今も自らの世界を彷徨い続ける「存在」を、外に出すことなど彼にもできはしない。
できることは、罪を償うこと。そこまで分かっているというのに。
何もできない無力な自分が、腹立たしくて仕方がなかった。
「…と、そんなこと考えている場合ではなかったでありマスね。」
彼は軽く頭を振り、眼の前の道に集中することにした。
今できることと言えば、主のために動くことだけ。
それ以上も、それ以下も、彼は決して求めないことを旨とした。
求めれば失うだけ。そう思っているのだから…。
最終更新:2011年05月26日 01:29