いかせのごれの町はずれ、そこにひっそりとたたずむ工場がある
そこは一般人にとってはなんの変哲もない製鉄系の工場のように思える
しかしそこは、知る人ぞ知る
武器工場
常識から外れた従業員と、噂を聞きつけた契約者達が出入りしている
そんなこの場所に、今日も
来訪者がまたひとり
「工場長!面会希望のお客さんですよー」
女性の声が作業室に響く
呼ばれた男、
タクミは工場長と呼ばれるにはまだ若いが、白髪と糸目のせいで老けて見えた
そんな彼は今机に向かい、機械のパーツに夢中になっている
「ちょっと待ってね、今いい所だから」
こちらに見向きもしないその返事に、彼女はため息を吐いた
彼は一度作業に入ると、ひたすら熱中してしまう
それゆえに、彼の言う「ちょっと」は下手をすれば2,3時間にまで及ぶことも珍しくないのだ
「もう、
出雲寺組の参謀さんを待たせるなんて」
「え?」
彼女の呟きに、作業の手が止まった
「構いませんよ、何せ唐突にお邪魔してしまったものですから」
タクミが振り向けば、彼女の横には緑色の髪の好青年が恭しく微笑んでいるところが見えた
それは、彼も良く知っている人だ
「ヨシヒトさん!」
「こんにちは、タクミさん」
タクミが笑顔で歓迎すると、ヨシヒトと呼ばれた青年も笑顔で返す
ヨシヒトは極道一家である出雲寺組の参謀で、武器工場の契約者でもある
武器の扱いに長け、手入れが趣味ということもあり、タクミからはかなり気に入られている
作業に区切りを付けると、タクミは駆け足で2人の元に駆け寄った
「よく来たね、元気してた?」
「ええ、あなたも相変わらずなようで何よりです」
「元気じゃないと工場長は務まらないからね」
「仰る通りで」
「まあ立ち話もなんだし、お茶でも出すよ」
「ありがとうございます」
「というわけで
ヒトミさん、応接室使うから用意お願いしていい?」
「はーい」
彼女が給湯室へと駆けていったであろう所を見送ってから、彼らも別室に向かった
彼女が入れたお茶を一口飲んで一息つくと、タクミはいやあ、と言葉を発した
「それにしても久しぶりだね、いつ以来だっけ」
「確か、あの日の後処理が最後だったかと」
「となると、ずいぶんと長くなるなあ」
しみじみと、呑気に思いだす素振りをする
「アキトを定期的に向かわせていますが、迷惑はかけていませんでしたか?」
「迷惑だなんてとんでもない!彼には学ぶことが多くて嬉しい限りだよ」
「それはよかった。彼もあなたに会うのを楽しみにしている節がありますので」
「出雲寺組さんならいつでも大歓迎だよ」
「恐れ入ります」
「それで、今日はどうしてここに?参謀さんが来ると言う事は雑談しに来たわけでもなさそうだけど」
「実は、とある情報を仕入れましてね」
「ということは、商談か何かかな?」
「いえ、情報量は要りません。あなたに伝えなければならないと判断しましたので」
「へえ?」
「単刀直入に申し上げます」
「先日『白き闇』に動きがあったようです」
「!!」
その言葉に思わず目を見開き身を乗り出すタクミ
ヨシヒトは冷静にその反応を見ている
「あいつ、今回は何を」
「いかせのごれ高校の生徒が数人、狙われたようです。しかし全員無事でした」
「つまり誰も壊れていないって事?」
「はい、詳しい事はわかっていませんけどね」
「…そうか」
そう言うとタクミは俯いた
冷静を装っているものの、明らかに怒りの色が見てとれる
「報復、したいのでしょう?」
「したいさ。でもね、それじゃあ何も守れない。あの日と同じだよ」
「本当にいいんですか?」
「工場長としての責任もあるし、よっぽどのことがない限りは大丈夫」
「そうですか」
「でもね、僕の他に誰かがあいつを倒してくれるなら協力は惜しまないからさ」
「それなら、情報が入り次第また伺いますよ」
「ありがとう」
タクミは頭を上げて、笑顔を見せた
「それと白き闇が動いているということは、ここもまた危険にさらされる可能性があります」
「あいつはもうこの場所に興味が無いみたいだから、大丈夫だよ」
「しかし、万が一があります。何かあれば連絡して下さい、今度こそ守り切りますから」
「わかった。でもいざとなれば優秀な用心棒もいるからさ」
「用心棒、ですか」
“用心棒”というキーワードに、あからさまに苦虫を噛み潰したような顔をする
「ヨシヒトさん
バレッタの事好きじゃないんだもんね」
「はい、アレだけはどうしても生理的に受け付けないんですよね」
ヨシヒトは犬が大の苦手らしい
そして、バレッタはワーウルフ、同一視しているのだろうけど
「オオカミと犬は別物だって聞いてるけど、それでもダメなの?」
「タクミさん、どちらも犬科なんですよ?生物学的に同じようなものです」
「どっちでもいいんだけど、やっぱり仲良くできないものなのかな」
「アレと仲良く?はは、出来る訳もないししたくもない」
笑顔を見せてはいるのだが、それはひきつっていて眉間にはしわも寄っている
いつも落ち着いていて大人なヨシヒトが、バレッタの話題になるといつもこうだ
「バレッタもヨシヒトさんの事好きじゃないし、どうしようもないなあ」
「ええ、タクミさんが飼い主じゃなければ、半殺しにもでしてやりたいですよ」
「あー、それ彼が聞いたらどうなることやら…」
不意に、部屋のドアがガチャリと音を立てた
入ってきたのは、ふさふさとした人狼で
「タクミ、お茶新しいのもってき…あ」
「あ」
「…あーあ」
そう、噂のバレッタだった
なんてタイミングだと、タクミは盛大にため息を漏らした
ヨシヒトとバレッタはお互いの存在に気づくと、そのまま睨み合っている
バレッタは手にもっていたお盆を机に置いて、ヨシヒトに近づいていった
「おいスーツ男、なんでてめえがここにいるんだ?」
「それはこっちの台詞ですよ、部屋に入る時はノックしてから。お母さんに習いませんでした?」
「屁理屈ばっかり言いやがって、大体その優男顔が気に入らねえんだよ!」
「気に入らない?人間様に嫉妬でもしてるのですか犬人間」
「だから犬じゃねえ!ワーウルフだと何回言えば気が済むんだ!」
「どっちも同じですよ犬野郎」
「あんなのと一緒にすんな!!」
お互い今にも殴りかかりそうな勢いで、口論はエスカレートしていく
取り残された工場長は、ただ傍観を決め込んだ
そうしていると、ヒトミがこっそりと開け放しのドアから部屋に入り、彼の傍らに来た
「ごめんなさい、バレッタさんに来訪者がヨシヒトさんだってこと伝え忘れてて、それで」
「もはや日常茶飯事でしょ、お茶でも飲もうよ」
ヒトミはタクミの隣に座ると、バレッタの持ってきたお茶を手に持つ
それにしても、と声を投げた
「2人とも、顔合わせたらいつもケンカ初めちゃうんですものね」
「よく飽きないよねえ、そこだけは尊敬するよ」
「尊敬と言うか、呆れると言うか…」
タクミは、目の前の光景を眺めながら思いを辿った
己の無力さにただただ後悔したあの日
しかし今この工場は平和そのもので、あの日がまるで悪夢のように感じられるほどだ
こうやって日常が続くのなら、報復はまだ必要ない
どこか遠くでそう考えながら、彼女が煎れたであろうお茶をすすった
―――ああ、今日もお茶は美味しいな
白き爪痕と平和なひととき
「ああもう!だからてめえは気に食わねえんだよ!なあ、タクミもそう思うだろ?」
「全く、救いようがないですね。タクミさんからも何か言ってやってくださいよ」
「いやいや、いきなり話振られても答えようないって」
「まだ続くのかな、これ…」
最終更新:2011年05月31日 21:07