「…店長、ちょっといいか?」
夜遅くに由衣が階下の
レストランに降りてきた。
カウンターについている店長は、そっとコーヒーをすすっていた。
「…ああ、由衣ね。どうした?」
「いえ、特に用事はないんですが。」
先日店長が突然店を休んではらはらしていたが、一日もたてば直ぐに戻り、今日もいつも通り仕事をしていた。
「体の調子は大丈夫なんですか?」
「ええ。やっぱり働き過ぎだったのかな。」
はは、と店長は小さく笑った。
「…店長、まだ調子悪いんじゃないんですか?」
「ん?どうして?」
「いつもの元気な顔じゃないです。」
「!」
由衣は店長…いや、亜音の向かい側に座った。
「何かあったんじゃないんですか?」
「…たく、あんたに隠し事はできないね。」
ふっと息を吐き、亜音は言った。
「昔のことを思い出して、ちょっと落ち込んでるだけさ。」
彼女は由衣に心を開き、自らの過去を語って聞かせた。
その間由衣は、驚きの表情を隠せずにいた。
「嘘だろ、そんなことがあったなんて…。」
「全部本当のことさ。幸せな家族が一瞬にして破壊された。その瞬間が忘れられなくてね。」
「情けない話だろ?たかだか20年以上も前の記憶だけで、他人を信じられなくなってしまってるんだ。」
亜音は自嘲する。その眼は深い悲しみに染まっていた。
「もしかしたら私は、あんたたちや…乃亜と乃流のことも信用できないんだろうね。」
「…情けない話なんかじゃないです。」
由衣は思わず呟いていた。亜音が顔を上げる。
「私も、過去引きずってるせいで悩みます。そんな経験したなら、人を信じられなくなって当然です。」
「由衣…。」
「それだけじゃない。過去の行いが今に影響していることだってあります。」
彼女は、すれ違う人が皆冷たい目でこちらを見ることを思い出していた。
「本人がよくなっても、はたから見れば変わらないまま。過去がどれだけ恐ろしいか、普段から身にしみて覚えてます。」
「でも、亜音さんは違う。亜音さんを見る人の眼は、皆温かいです。」
「!」
由衣は亜音を真っすぐ見た。
「皆、亜音さんを見守ってくれてるんです。だから信用できなくとも、笑顔を返すことはできると思うんです。」
「由衣…。」
「…私、知ってますよ。亜音さんがどうして紅に髪を染めたか。」
由衣は微笑んで見せた。
「私と同じです。過去を捨て、新しい自分になるため、ですよね。」
「…そう。そうだったわ。」
亜音も顔を上げた。
「それに、かつていなくなったとしても、今はノアも
ノルンもいる。私たちだって家族のつもりです。だから、もう悩まないでください。」
由衣はそっと手を伸ばした。
「亜音さんが私の悩みを聞いてくれたように、今度はこっちが、悩みを聞く番ですから。」
亜音は少し俯き、嗚咽のを漏らした。
決してそれは、悲しみの声ではない。
いつの間にか大きくなっていた、由衣の優しさへの、喜びだった。
「…ありがとう。」
亜音は、差しだされた手を握った。
「きっと、私たちって
似た者同士なんだろうね。」
「違いますよ。似てるんじゃない。『同じ』なんです。」
炎の記憶を持つ黒髪
血の記憶を持つ黒髪
過去を払拭するため
「色」という新たな自分を持ち
青と紅は前に進みだす
最終更新:2011年05月31日 21:24