(共に名前は公式ちびキャラトークから)
前半の投下分は長い上にエロありません。
「……納得いかん」
「私に言われても困るのですが」
憮然とした表情で吐き捨てられた言葉に、青年は困ったように笑った。
カザン市街、とあるギルドが拠点として使う大型の屋敷の一室で、二人の男女がボードゲームに興じていた。
男の方はルシェの青年。褐色肌の顔に、温和を絵に描いたような柔らかい表情を浮かべている。対比のように白い長髪を後ろで束ねており、一見でのイメージは「紳士的な若者」といったところか。
女の方は、淡い緑色の美しい髪の持ち主だった。今は不機嫌そうに顔をしかめているものの、長い睫や肉感的な唇、すっきりとした顔の造形は、遠目にも美人と分かる。
そして二人は共通して「落ち着いた雰囲気」の持ち主であり、物静かに盤上の駒を見やるその様は絵画の一種のようですらあった。
だが、実際は緑髪の女性――ケイトが放つピリピリとしたオーラによって、二人しかいない屋敷の空気は非常に物々しい。
盤上どころか実際に戦でもしているかのような剣呑さである。
そしてケイトの不機嫌な理由は実に単純なものであった。
「確かにハントマンと言えど休息は必要だ、今日まる一日をそのまま休日としたお前の提案は非常に嬉しいし感謝もしている」
「はぁ、恐縮です……」
「そしてモモメノ様が街を見て歩きたいと仰った事に不平がある訳でもない」
元々から欲の少ない御方だ、少しわがままを言って下さるくらいが丁度いいんだ」
「はい」
「そして私とは別に行動なさっている事も、認めたくはないがお察しできる。私とて自分が行楽の付き合いに向いてない事は分かっている」
「まぁ、人には向き不向きがありますから」
「だが、だがな……」
「だが、どうしました……?」
言葉を切り、俯いて肩を震わせ始めたケイトに対し、ルシェの青年――ジェリコは恐る恐る問うた。
そして訪れる、爆発の時。
「なぜモモメノ様は、よりによってあの大たわけ者を付き添いに選ばれるのだーーー!!!」
屋敷中に響き渡った大声に、屋根にとまって憩う鳥達は驚き、一斉に飛び去っていった。
ケイトは元々ハントマンではなく、小さな国の王女モモメノに仕える護衛騎士兼お目付け役だった。
竜の脅威に晒される世界の中で、我関せずと保守的で排他的な国王に反発し、城を飛び出したモモメノを追って、このカザンに辿り着いたのである。
国へ帰ろうと促しても、「ハントマンになる」と首を横に振って譲らないモモメノ。
しかし「誰かを救いたい」と願うモモメノは、そのための具体的な方法を全く知らなかった。
そして騎士としての生き方しか知らないケイトも勿論、自国の権威が及ばないカザンではなす術もなく……。
二人が途方に暮れていた時に手を差し伸べたのが、他ならぬジェリコと、その相棒である黒衣のローグ、ヤック(ケイト曰く「大たわけ者」)であった。
ハントマンのギルドを立ち上げたばかりだと言う二人の厚意に甘える形で、ケイトとモモメノはそのギルドに籍を置く事となったのだ。
とりあえずモモメノの衣食住の心配が無くなったケイトは、不本意ながらも自国に定期的に書状を送り、今のハントマン生活を続けていた。
「不本意ながらも」とはいえ、ケイトはむしろ今の生活に「慣れ」以上の好意的な感覚を見出していた。
ジェリコはヒーラーという職に違わぬ物腰柔らかな男で、必要以上の詮索をせずケイトとモモメノを受け入れ、気を使ってくれている。
ヤックは、ジェリコが「親友ですよ」と言うのが信じられないほど粗野な男ではあったが、その言動には一本芯が通っており、決して悪人ではなかった。
自国ではケイト以外家族にすら心を許さなかったモモメノも、下心なく良くしてくれるジェリコとヤックには次第に心を開いていった。
――ここまではいい。
ケイトにとっての問題は、モモメノがヤックに対して「明らかに仲間意識や友情以上の何か」を抱き始めてしまった事だ。
もちろんケイトは生真面目で実直な性格ではあったが、他人そういう色恋沙汰に関して口出しをするほど無粋でもない――と、ケイト自身は思っていた。
だが、本音と建前には天地ほどの差があった。
騎士としての義務感だけではなくモモメノを妹のように大切にしているケイトには、将来モモメノが寄り添うであろう殿方の理想像というものがあったのだ。
(理知的だが勤勉で、それを気取らない優しさと快活さを備え、武力と財力を併せ持った……)
ほとんど娘の幸せを願う親のような心境だが、もちろん、ヤックはケイトが抱く「モモメノの伴侶理想像」には程遠い。
妙な危機感を覚えるケイトをよそに、モモメノは順調にヤックに懐いており、それがケイトを余計に苛立たせていた。
そしてケイトが何より気に入らないのは――当のヤックも「まんざらでもねー」ってオーラを出している事だった。
ケイトとて聖人君子ではない。自分の中の「薄汚い手でモモメノ様に触んな指数」がぶっちぎりに高い事も自覚している。
自分によく懐いてくれていたモモメノが他の誰かと仲良くなる事に少なくからず嫉妬を抱いていたのかもしれない。
そしてジェリコの提案によって休日となった今日を利用し、モモメノはヤックに街の案内を頼む形で散策に出掛けてしまった。
もちろん、出発直前までケイトは渋ったが、モモメノの「大丈夫……」→ヤックの「心配すんなっての」→ジェリコの「主のご希望じゃないですか」の3連コンボによって渋々折れたのだった。
当然、折れたからといって納得したわけではなく、自分と同じく屋敷に取り残されたジェリコを気晴らしのボードゲームに付き合わせ、これ幸いと愚痴を吐き出して今に至るのであった。
「心配でならんのだ……あいつがモモメノ様をいかがわしい賭場などに連れ出したりしていないかと」
何度目かもしれぬ溜息をつくケイトに、ジェリコはやんわりと笑って答えた。
「大丈夫ですよ。ヤックは悪ぶってはいますが、本当に純粋で子供のような男です。『いかがわしい場所』なんて、むしろ私の方が詳しいくらいですよ」
「む、お前がそう言うのであれば……私がこれ以上悪く言うわけにもいかんのだが」
「えぇ、ぜひ大目に見てやって下さい。それと……」
「うん?」
何事か、と顔を上げれば、そこにはいつも通りのジェリコの笑顔があった。そしてジェリコはその表情を崩さず、
「チェックメイトです」
「んな!?」
ケイト頓狂な声を上げつつ盤上に視線を落とす。
愚痴を言いつつもしっかりと戦略立ててゲームを進めていたつもりだったが、ジェリコがいつの間にやら巧みな運びで勝利を決定的にしていた。
今からどの駒を動かしたとて敗北は免れないだろう。
「むぅ、私の負けか……ジェリコ、もう一回だ!」
「はい、そうしましょう」
嫌味を感じさせない笑顔と口調で、ジェリコはてきぱきと駒の配置を変え始めた。
そして、生来の負けず嫌いから何とか勝利をもぎ取ろうとゲームだけに集中し始めたケイトの奮戦むなしく、ジェリコは涼しげに全勝したのであった。
◆ ◆
「……むぅ、参ったな」
きょろきょろと辺りを見回しながら、ケイトは今日何度目かの――しかし、今までとは全く意味合いの違う溜息を吐いた。
幾度も幾度もジェリコにゲームを挑み、ありとあらゆる戦術で勝ちを得ようとしたものの、ジェリコは事も無げにその全てを打ち破ってしまった。
ふと我に返り、ボードゲーム程度で熱くなりすぎたと恥じるケイトに、ジェリコはこれまたいつも通りに微笑みで「いえいえ」とだけ返した。
妙に気恥ずかしくなり、「散歩に行ってくる」とジェリコに言い残したケイトは、そのまま街へと逃げるように出掛けていったのだ。
だが、カザンという国はケイトが思っている以上に広く複雑な場所だった。
多少の滞在で慣れたと思っていたケイトだったが、気恥ずかしさで闇雲に歩き回っていたおかげで、全く見知らぬ界隈にまで来てしまっていたようだ。
「人気の多い場所からも外れてしまったようだし、どうすればいいんだ」
辺りは窓の少ない無骨な建物が連なる薄暗い通り。
人の気配もなく、国の中にありながら物騒な空気を漂わせるその場所に、ケイトはぶるる、と身を震わせた。
早くこんな場所からは離れたい――そう思い、ケイトが来た道を戻ろうとしたところで、人の気配すらなかった路地に声が響いた。
「もし……そこのご婦人」
聞き慣れない声だった。
ケイトが振り返ると、今しがたまで誰の気配もなかった通りの真ん中に、フードを目深に被った壮年と思しき男の姿があった。
フードに遮られ、目は隠れているが、それが逆にケイトに薄ら寒いものを感じさせる。
努めて冷静を装い、ケイトは男に答えた。
「何か?」
「道に迷ってしまったようでして、大きな道までで構いませんので案内をお願いできれば、と……」
「む、申し訳ない……恥ずかしながら私も道に迷っているのだ」
「左様でしたか、それは失礼を……」
言いながら、男が顔を持ち上げた。
ケイトは何とはなくそれを見やり……、
――男のフードの内から覗く、妖しい光を放つ赤い瞳と視線がかち合った。
「……っ!?」
その瞬間、ケイトの目に映る風景がぐにゃりと曲がった。次第に視界が明滅していき、意識が遠くなっていく。
薄れゆく意識の中、ケイトが最後に見たものは――フードの男の口元が、下卑た笑みを浮かべている事だった。
(この男、魔法の心得が………)
不覚を取った悔しさに打ちひしがれながら、ケイトは意識を手放した。
◆ ◆
次にケイトが目を覚ましたのは、オンボロな小屋の中だった。
木造で、柱や床のあちこちが朽ちている、今となっては打ち捨てられたらしい古めかしい小さな小屋。
(やはり、縛られているか……)
身動きが取れない――両腕は後ろ手に拘束され、両脚も丈夫なロープで縛られており、寝転がる体制のままで起き上がることも難しい。
苦戦しながらも視線を巡らせると、小さな窓の外は夕日に染まる朱色。
自分はどれだけの間、意識を失っていたのだろうか――そう思っていると、意識を失う直前に聞いた声が、ケイトの耳朶に触れた。
「お目覚めか?」
先ほどとは全く雰囲気の違う声に、肩越しに背後を見やったケイトは思わず息を呑んだ。
くたびれた椅子に腰掛けるフードの男……そしてその周囲には、一目見ただけで「そういう人種」と分かる、だらしない身なりの男達がニヤニヤと笑いながらケイトを見下ろしていた。
「貴様、何者だ!」
ケイトは男達を睨みつけ、怒鳴りつけた。
どういう人種かなど、ほとんど分かりきってはいたが、それでも気丈に振舞っていなければ、戦いとはまた違う恐怖に呑まれてしまいそうだった。
フードの男は、そんなケイトの心中を知ってか知らずか、面白そうに答えてみせる。
「商人さ。上玉の女を飾り立てて金持ちに売り払う、ちょいと特殊な商いだがね」
――やはりか。
世界中を覆い尽くす滅びの花フロワロ。
その影響で物資の流通が滞り、経済的にも混乱が起こっている昨今、そういった手軽に大金を得られる「商い」に手を染める者が少なからずいる。
(まさかカザンで、しかも自分が被害に遭うなど思ってもみなかったが)
そこらの軟弱な男よりは力量があるつもりだったが、自分を戒める拘束は思いの外強靭で、力ずくでの脱出が不可能のようだ。
どうしたものか、とケイトが思案を巡らせていると、それを打ち切るかのようにフードの男が告げた。
「だが、飾って提供すればいいってものでもないんだ。お客様に失礼がないよう、愛玩動物の躾をしないとな」
男にとっては何気なく放たれた一言だったが、ケイトはその言葉に全身の血が引くのを感じた。
騎士として生きてきたケイトも女を捨てたわけではなく、もちろん「そういう事」に関しての知識はあった。
そしてその知識があったが故に――ケイトは今すぐにでも悲鳴をあげてしまいたい衝動に駆られる。
「お前さんがどれくらい勉強熱心かにもよるが……まぁ、男を見ればすぐに股を開くぐらいにはしておこうか」
そこでケイトはようやく気が付いた。
フードの男の周囲にいる有象無象は、ただ何の目的もなく集まっている訳ではないのだと。
モモメノの為ならば命を捧げることも恐くない――そう思ってきたケイトは今、まったく別の恐怖に屈しようとしていた。
誇り高き騎士の仮面が剥がれ、明らかな怯えの色を宿し始めたケイトを見やったフードの男は、満足そうに笑って、片手を掲げた。
「犯っちまいな」
『いやっほぉー!』
それと同時に、周囲にたむろしていた男達が喜色満面でケイトに迫っていく。
「いっ、いや……!」
何とか逃れようと身をよじるケイトだが、完全に動きを拘束されている今の状態では、這うことすらままならない。
いよいよ目に涙を浮かべ始めたケイトに、集団の中の一人が服を剥ぐために手を伸ばす。
逃れるように目を硬く閉じたケイトを見やった男が下品に笑いながらケイトの衣服に手を掛けた瞬間、小屋の中に悲鳴が響き渡った。
「ぎぁああああああああああ!!??」
「えっ……?」
――ただし、男の。
状況が飲み込めないケイトは閉じていた目を開き、そこで目にした光景でますます状況に混乱する事になる。
ケイトに触れようとした男が弾かれたように床へ倒れこみ、ケイトに触れた手を押さえながら苦痛の表情でのたうち回っていた。
「熱ぃよ、痛ぇよぉ……!!」
のた打ち回る男の掌が、まるで劇薬に触れたかのように焼け爛れている。
異常に気付いたフードの男が、声を荒げて立ち上がった。
「女ぁ! 貴様何をしやがった!」
(こっちが訊きたいくらいだ…!)
ケイトは、恐怖とはまた別に意味合いで泣きたくなる。なぜ自分はこうまで災難に巻き込まれるのか。
混乱でざわつく小屋――次の瞬間、またもや状況が一変する。
頑丈なドアが乱暴に蹴り開けられ、それに巻き込まれた男が一人、間抜けな声を上げながら床に倒れた。
小屋の中にいる者達の視線が集中するなか、長身の男がゆっくりと部屋に踏み込んできた。
絶句する男達を前に、実にゆったりと部屋に踏み込んだ男は、そのまま歩を進めてケイトの傍らにしゃがみ込んだ。
「ギリギリでご無事みたいですね、ケイトさん」
その男の正体を認めた瞬間、ケイトは激しい安堵と共にその男の名を呼んだ。
「ジェリコ……!」
「はい、ジェリコですとも」
拠点でくつろぐ時と変わりのない、温和を絵に描いたような柔らかい笑顔。
ケイトはそこで気が付いた――自分に触れようとした男の掌は、ジェリコが自分に毒素の鎧を纏わせることで遠ざけられたのだと。
仮にも犯罪集団である自分達の前で、あまりにも堂々と居座るジェリコに、我に返ったフードの男が唾を散らしながら怒鳴りつけた。
「な、な、何だ貴様は!」
ジェリコは焦ることなく悠然と振り返ると、にっこり笑って頭を垂れた。
「あぁ、ノックも無しに失礼。こちらに知り合いがお邪魔していると小耳に挟んだもので」
そういう事を訊いてるんじゃねぇ――と言いかけたフードの男は、一礼して持ち上がったジェリコの顔を見て硬直する。
この時、ジェリコがケイトに背を向けていたのは幸いだったのだろう。
そのジェリコの表情を見なかったおかげで――ケイトはジェリコの笑顔にも「種類」があることを知らずに済んだのだから。
「――失礼」
短く告げたジェリコが、ケイトの顔にばさりと自分の上着を被せた。
「わっぷ!? なんだこれは、おい、ジェリコ!」
ジェリコの意図が分からないケイトは必死で身をよじってみるが、すっぽりと顔を覆ってしまった上着は、手を使わないと外れそうになかった。
一人悪戦苦闘するケイトを他所に、ジェリコの身体が滑るように動き、手にしていた棍が振るわれる。
ぼきゅ、と生物的に嫌な音がした時には、その棍はフードの男の喉を潰していた。
「げ、ぎゅ……!」
魔法の詠唱すらままならず、フードの男は喉を抑えて床に崩れ伏す。命に別状はないだろうが、しばらくは呼吸も難しいだろう。
少なくとも直接的な戦闘とは縁遠そうな男が見せた動きに、いよいよ人さらい達が狼狽し始める。
「こんなにも沢山の方々で知人のもてなしを……これはもう是非御礼をしないと」
笑顔は変わらずとも、身の回りの空気を徐々に剣呑にさせていくジェリコ。
――鈍い打撃音が、一対多数の変則マッチにとって代わる。
◆ ◆
ケイトが拘束を解かれ、視界を元通りにされたのは、小屋の外に運び出されてからだった。
気が抜けたのか、ケイトはそのまま腰を抜かしてしまい、今はジェリコにおぶさりながら帰路についている。
腰を抜かした時もそうだったが、ケイトはジェリコにおぶさってからは一層顔を真っ赤にして俯いていた。
「本当に、すまない。助かった……」
これで何度目かも分からないケイトの言葉に、ジェリコはいつも通り、温和を絵に描いたような柔らかい表情で「いえいえ」とだけ返した。
「なかなか帰ってこないので心配してたんですよ。街の人に聞いたらあなたが曰くありの道に入っていったって言うもんですから」
「うぅ、言い訳のしようもない」
騎士としてこんな情けない姿を見られたくない、というケイトの意思を汲み、ほとんど人が通らない道を選んで歩くジェリコ。
女とはいえ人一人を背負っても全く歩調が乱れないジェリコの背中で、ケイトはその肩幅が広い事に今更のように気が付いた。
「ありがとう……」
「いえいえ、どういたしまして」
ジェリコの表情は見えなかったが、おそらくはいつもと変わらず柔らかく微笑んでいるのだろう。
礼を言っても一方的に肩透かしをくらっているような気分になったケイトは、どうにか自分の感謝の念を分かってもらおうと、静かな決意と共に言葉を紡いだ。
「なぁ、ジェリコ」
「はい、なんです?」
「礼がしたいんだ」
「あはは、お礼なら何度もお聞きしましたよ、それで十分です」
「いや、どうにも気が済まんのだ」
――そうとも、騎士も働きによって主君が御褒美を下さるものだ。
生真面目で不器用な女騎士は、自分の感謝の気持ちを何かの品物で形として贈ろうと考えたのだった。
「私をあのような不貞の輩から救ってくれた事に、本当に感謝しているんだ。欲しい物あらば何でも言ってほしい。私にできる範囲ならばどのような金品でも構わない」
「はぁ……」
「普段は無欲だが、お前にだって欲しいものはあるだろう。是非私に用意させてほしいんだ」
背負われているにも関わらず、どんと胸を張るケイト。
その意気込みを背中にびしびしと叩きつけられるジェリコは、苦笑しつつ「欲しい物、ですか……」と呟いた。
「では、一つお願いしましょうか」
「おお、お前にも欲しいものがあるんだな! 是非聞かせてほしい!」
ずい、と肩越しに身を乗り出してジェリコの顔を疑うケイト。
ジェリコはいつもと表情を変えることなく、静かに告げた。
「あなた」
――この間、たっぷり数十秒。
ケイトは、わくわくと期待に満ちていた笑顔のまま硬直していた表情を徐々に崩れさせる。
「え……………………???」
人さらいに囲まれた時など比較にもならないパニックを起こしているケイトに向かって、ジェリコは困ったように笑いながら続けた。
「欲しいもの、と言われましても……あなた以外には特に思いつきませんので」
「わ、わ、わ、わわ私が…って、どういう……」
わたわたとうろたえ始めたケイトに、ジェリコは「あぁ、予想通りの反応だなぁ」などと思いつつ答える。
「どういうって、まぁそのままの意味ですが――あぁ、無理にとはいいません、忘れて下さって結構」
やんわり笑い返して、そのまま前を向いてしまうジェリコ。
ケイトは顔に差す夕日でもごまかしきれないくらいに顔を赤く染め上げ、先ほどの姿勢の良さもどこへやら、再びジェリコの背に顔を埋めてしまった。
そのまま、奇妙な沈黙が続くこと数分。
ジェリコが肩越しに振り返り、ケイトを真っ直ぐに見つめて一言。
「………いけませんか?」
いつの間にか笑顔ではなく、真摯な表情へと変貌していたジェリコ――その視線を真っ直ぐに受けたケイトは、
ジェリコの肩に頭を預け、小さく「不埒者だ、お前は……」とだけ呟いた。
すっかり赤くなってしまった耳と、肩にしがみ付いた手が僅かに強くなった事が、何よりも分かりやすい答えだった。
窓から差し込む夕日で鮮やかな朱色に染まる拠点は、それ以外いつも通りだった。
ジェリコ、ヤック、ケイト、モモメノ――4人がそれぞれ決めたテリトリーに、自分の探索用の道具や私物、嗜好品を、個性がよく分かるレイアウトで配置している。
――ジェリコのテリトリーは出入り口の最も近く。
彼の本分を示す薬学や医学、魔法書の類がジャンルごとに整頓され、配置されている。
薬物の調合などで少々雑然としているスペースの存在が、ジェリコらしいといえばらしかった。
――ヤックのテリトリーはキッチン台に隣接した食器棚の手前。
探索に使う道具や武具と、趣味で収集しているボトルシップが一緒くたに散らばっている。
食事で食器を出すのに邪魔だから整頓しろ、と何度も声を荒げた経験がある事を、ケイトは思い出していた。
「あの、ジェリコ……」
寝台が4つ連なる就寝部屋からは、女性のテリトリー。
――道具保存用の空き宝箱付近がケイトの空間。
ジェリコ以上にすっきりと整頓された空間には、鎧や剣、盾など必要最低限の品しか置いていない。
密かな愛読書である恋愛小説のシリーズが探索用バッグの奥深くに隠されているのは、ケイトにとって最大の秘密だ。
――窓や入り口からは見えることのない安全な一画こそが、(ケイトが定めた)モモメノのテリトリーだった。
「王家の者にとって最低限の身嗜みを」と、ケイトが自国から持ち出してきた衣服の影響か、保有スペースは4人の中でも一番大きかった。
それにも関わらず整頓されているのは、こまめに折を見てケイトが整えているからだろう。
竜を狩り――ぶちまけられる臓物や気色の悪い血液に塗れ、怨嗟の言葉を浴びせられ、心身共に疲弊してカザンに帰還した時、この屋敷の変わらぬ部屋の景観こそが、平穏への到達を最初に教えてくれた。
戦闘でモモメノに被害が及ばぬよう、ジェリコやヤック以上に神経をすり減らすケイトにとって、この拠点に入る安心感は、誰よりも顕著にあったのかもしれない。
だが、今のケイトには、そんな安心感を覚える余裕すら許されなかった――背中に柔らかな衝撃を感じた瞬間から。
「ジェリコ、その……」
ケイトは戸惑いながら、旅仲間である青年の名を呼んだ。
腕は動かせない――それら全てを包み込むように、ジェリコが自分を抱き竦めている。
苦しさは感じないが、払い除けようとしてもその拘束は思いの外強く、またジェリコが動く気配もなかった。
「もう、か……?」
艶やかな髪に顔を埋めるジェリコに問いかける。
うなじのあたりに生温かい息がかかったような気がした。そして返ってくる短い答え。
「えぇ、我慢できません」
それを聞いたケイトに軽い衝撃がはしった。
――ケイトが知るジェリコという男は、礼節を弁えたどこまでも紳士的な人物だ。
モモメノはもとより、ケイトはこの拠点でドアノブに触れた経験がない。それは誰あろうジェリコが、出入りを目敏く見つけて先回りし、ドアを開いて待っているからだ。
ケイトが、自分には婦人への気遣いの類は不要だ、と何度言っても、ジェリコは困ったように笑うだけで、次にはまたドアに先回りしているのである。
同じように、食卓に着くときも女性陣の椅子を引いたり――モモメノとケイトがそのタイミングを同じくした時にはモモメノを優先するものの、それと同時に申し訳なさそうな顔をしている事も知っている。
そんな、王宮の執事に召抱えても問題なさそうな男が、「我慢できない」と言い切ったのだ。その衝撃たるや、魔物の攻撃で混乱したモモメノに鞭でシバかれるくらいのものがある。
その言葉の意味を裏付けるように、回された腕の力が強くなったような気がした。
「普段のお前からは、考えられない……」
力なく呟いたケイトの背後で、ジェリコは薄く笑った。
「普段の私、ですか」
可笑しそうに揺れる声が聞こえると、ケイトを抱き締める力が消え去り、代わりに彼女の身体はふわりと浮いていた。
花嫁を抱き上げるようにケイトを易々と抱え上げたジェリコは、そのままつかつかと食卓を横切り、寝室へと入っていく。
その足が向かうのは自分の寝台――自分の匂いが染み付いたその空間に、ジェリコはケイトを横たえた。
「せめて風呂に――」
「普段通りって仰いますけどね」
心の準備のための時間稼ぎを――遠まわしな小賢しいセリフを言おうとしたところで、ジェリコがそれを切って捨てる。
顔は相変わらず笑顔のままだったが、そこに抗い難い圧力が含まれている事に、ケイトは初めて気が付いた。
ジェリコは笑顔ひとつでケイトの自由を封じ込めて、続ける。
「ご存知ですか? 私は普段の態度で自分の本性を隠してるんですよ?」
身を起こそうとするケイトに覆い被さりながらも、ジェリコの独白は続く。
「本当の私は衝動的で、独占欲が強くて、目的の為には手段を選ばない、性根の腐りきった男です」
ケイトの頬に、男らしく大きな掌が添えられる。
熱い――すくなくともケイトにはそう感じられた。その掌に同調するように、ジェリコの言葉にも熱が入り始める。
「この肌に私以外の誰かが触れるなんて、考えたくもない。あなたに牙を向ける竜どもを、何度くびり殺してやろうと思ったことか」
「ジェ……」
何かを言おうとしたが、それはジェリコに唇を塞がれ、言葉になりきらなかった。
問答無用に女を黙らせる、荒々しい口付け。
最初は強くついばむだけだったそれも、ケイトが大人しくなると共に、深く重なりあい、やがて口内にその食指を伸ばし始めた。
じゅるじゅるとわざとらしい音をたてて唾液を啜り、また逆に自分の唾液を相手へ送り込む。舌先で歯列のひとつひとつを丹念に愛撫し、お預けをくらう舌には、時折思い出したかのように絡み付いて、からかうように焦らす。
息継ぎもそこそこに、彼女の口を貪る。一方的で容赦も加減もないその口付けは――ジェリコ自身が言う通りの、彼の本性を如実に表しているかのようだ。
時折、重なる唇の隙間から唾液が溢れ、ケイトの口まわりをずるずるに汚していくが、彼女はそんな事を気にしている余裕などなかった。
満足に息ができず、また苛烈な攻めもあって濁りだすケイトの意識。
普段はひとつの隙もない光を宿すケイトの瞳が徐々に蕩けだすのを見計らい、ジェリコは彼女の平服である白いセーターの裾に手をかけ、肌着のシャツごと一気にたくし上げてしまった。
まるで菓子の包み紙を剥ぐかのようにあっさりとした動き、その包装の下には――男にとっては菓子よりも甘美な代物が眠っていた。
――ぶるん、と……
擬音をつけるならそれ以上に適切なものはない。
そもそも何かで表現しようとすること自体が無粋に思えてくるような、極上の柔らかさを持つ肉の果実が、勢いあまってふるふると揺れる。
騎士として厳しく鍛えても決して女性らしさを失うことのない豊かな乳房が、ケイトの清廉さを表すかのような純白のブラに窮屈そうに収まっていた。
ちぅ……、と可愛らしい音で締めくくって互いの唇が離れる。
「あ、ジェリコ……」
唾液の橋がぷつりと切れるのを見るともなしに見ながら、ケイトは数分前からは考えられないほど甘ったるい声をあげた。
とろりと垂れ下がってしまった目と同様に、意識まで蕩けさせられてしまったのか、下着を晒す自分の痴態を気にかける余裕すら見受けられない。
「すご、すごかったぁ……キス、が…あんなに、いやらしいなんて」
そもそもケイトはキス自体が初めての経験だった。
恋に恋する、というほどではないが、誰にも明かしていない趣味の恋愛小説を読みふけって、そこに遠まわしな表現で書かれた「やらしい行為」を夢想するのが関の山だ。
キスは激しいものでも舌を触れ合わせるくらいで、愛しい異性と交わすそれはとても甘いもの――それが今までのケイトの認識だった。
一番甘いのはケイト自身の認識に他ならなかった。
激しさは頭がくらくらするほどの酸欠じみた気分にさせられ、『甘い』という点は事実だったのかもしれないが、そのレベルは段違い。
ケイトが身を以って体験したその甘さは、砂糖や果実のような甘さ、という表現が子供っぽく思えるような――例えるならばドロドロに煮詰めたシロップが近い。
要するに匂いをかいだだけでむせ返ってしまいそうな、ドロッドロでグッチャグチャの甘さだったのである。
丹念に丹念に、それこそ実際に十数分ほど費やして、ケイトの少女めいた幻想を打ち砕いたジェリコは、自分の唇をちろりと舐め回し、そして抜け抜けと普段通りの笑顔をケイトに向けた。
(意識がはっきりしない内に「剥いで」おきますかね……)
微妙に邪悪に笑ったジェリコは寝台の上に座りなおすと、投げ出した両脚の間に、ケイトの身体を捕らえるように抱き起こした。
「ジェリコぉ……」
切なげに睫を震わせるケイトの唇を、笑顔で再び塞ぎにかかる。
余韻を刺激するかのように、小鳥がついばむようなキスを繰り返しながら、ジェリコはケイトの背に回した手で、彼女の裸体を守る最後の砦を実にあっさりと崩落させた。
未練がましく纏わりつく紐を、腕を通して完全に取り剥がす。
「綺麗、ですね……」
素直な感想が口を割った。
普段は無骨な鎧に隠れ、日の光に晒されることのない、白い肌。ミルクを溶かし込んだかのようなそれは陶器にも例えられるほど美しい。
その瑞々しく豊かな丸みに反して、頂にある桃色の吸い口は、ぽつんと控えめに存在していた。
普段、厚手のセーターを押し上げるほど自己主張が強い乳房は、女性らしく魅力的な丸みと重量感を備えていたが、決して過度ないやらしさを感じさせなかった。
それは形云々の問題もあったが、一重にケイト自身の凛とした雰囲気が強くはたらいているからなのだろう。
だが、その魅力が健康的なものであったにせよ色香に溢れるものだったにせよ、ジェリコには全く関係のないことだった。
ジェリコが欲したのはケイト自身――たとえこれが魔乳だろうが貧乳だろうが適乳だろうが、彼自身の欲望には何の影響も与えなかったに違いない。
期待に身を震わせながら顔を下げたジェリコは、その豊かなふくらみを下から一気に、べろりと舐め上げた。
「ひぁ、ん……!」
舌に重たい抵抗感を感じつつ、持ち上げるようにして舐め上げる。
舌が撫ぜる位置が徐々に上がっていき、それが桃色の先端に触れるかどうかといった瞬間、ジェリコは素早く顔を引いた。
支えを失った彼女の乳房が、ゆさりと重たげに揺れる。
「あう、ぅ……」
熱いぬめりが乳房を這い回り――しかし、敏感な頂には触れずに引っ込められる。
経験は無いにせよ、その先の感覚に対する期待があった――ケイトが切なげに鳴いて視線を下ろすと、自身の乳房に顔を埋めてにこやかにこちらを見やるジェリコがいた。
「……!!」
あまりの気恥ずかしさに、できる限りの力を込めてジェリコを睨みつけるが、その顔の手前に自分の乳房が重たげに揺れていては、非難めいた視線も、滑稽にさえなってしまう。
「失礼、あまりにも可愛らしいので悪戯してしまいました」
ジェリコは顔がにやけそうになるのを堪えながら嘯き、みたびケイトの身体を抱え上げた。
ケイトが自分に背をもたれるような体勢にし、ついでのように味気ないズボンを彼女の脚からひっこ抜く。
ジェリコは、下に一枚を纏っただけの状態になったケイトを満足そうに抱き締め直した。
「あ、恥ずかし、い……」
また元の調子に戻って赤くなってしまった顔を両手で覆い、ケイトはいやいやと身をよじる。
「お前だって、嫌、だろう? こんな、ごつごつした、熊…みたいな、身体……」
「熊、ですか……」
腕の中で悲壮さを漂わせたセリフを反芻しながら、ジェリコは改めてケイトの裸体を眺め直した。
ごつごつした、熊のような身体――どう謙遜すればそんな表現が出てくるのか、疑問である。
剣術の鍛錬や度重なる行軍で引き締められたケイトの身体は、その影響での小さな青アザや擦過傷などはあったものの、むしろそれが無ければ存在自体が冗談であるかのように完璧だった。
無駄な肉など一切なく引き締まった、熊というよりは豹に近い、しなやかな体躯。
それを維持しながら、胸や尻はあらゆる女性が羨むほど、豊かながら整った肉付きをしており、黙っていれば彫像と言われても信じてしまいそうな造形美が完成していた。
だがジェリコは、「豹のようだ」と自分が抱いた感想とは少しばかり違った意向を口にした。
「熊はいけませんね、私が……兎に変えてさしあげます」
「うさ、ぎ……?」
自嘲気味に自分を罵ったケイトの頭上で疑問符がチークダンスを踊る。
兎とはまた――愛らしくはあるが、そんなイメージが自分にないのは、他ならぬケイト自身が一番自覚していた。
「わたしを、うさぎに……変える、のか………?」
訝りながらこちらを見つめ返すケイトに、ジェリコはサディスティックな笑顔をちらつかせながら答えた。
「えぇ、兎さん……季節構わず情欲を持て余して発情しっぱなしの可愛いケダモノに、ね……」
爽やかな笑顔から飛び出したエグいセリフに、ケイトはますます赤らめた顔を俯ける。
そのいじらしい仕草を見やったジェリコは満足げに微笑んで、彼女のへの侵略を再開した。
ケイトが祖国で所属していた王国近衛騎士団は、やはり国の規模に比例したささやかなものだ。
ただでさえ男がほとんどのむさ苦しい騎士団にあって、ケイトの存在は際立ったものだと言えた。
その清廉な美貌もさることながら、内気なモモメノが自ら父に願い出て護衛騎士に召抱えるなど、やはり人を強く惹きつける何かを持っていた。
騎士の鑑と言える立ち居振る舞いや、弱きを助け強きを挫く正義感、そしてそれを振りかざすに足る力量を備えたケイトは、事実上、騎士団の要となる存在だった。
ケイトが騎士として頭角を現すにつれて民間人からの騎士団入隊希望者が増え、また在籍する女性騎士達はケイトを目標として、おろそかになりがちだった鍛錬にも真面目に取り組むようになった。
そんな、ケイトに憧れる国の人々は――今の彼女の姿など想像したこともなく、これから先にすることもないに違いない。
カザン共和国のとある屋敷の中、寝室で鎮座したベッドの上で、ケイトは秘所を覆う薄布一枚という刺激的な格好で、ひとりの男の腕の中に納まっていた。
恋する乙女のように顔を赤らめ目を蕩けさせ、しかし乙女というにはいささか悩ましく、ケイトは――
「ジェリコ、っ……ん、ふ……ぅ……」
色香の過ぎた香りを漂わせながら身体をよじらせていた。
そして、ケイトを弄ぶように愛するのは、彼女の旅仲間であるルシェ族の青年――ジェリコ。
ジェリコはケイトの背に密着し、艶やかな髪に幾度も口付けを降らせながら、彼女の胸元に寄せた掌を――触れることなく、ゆらゆらと宙空に彷徨わせていた。
「ん……んぅ……」
ケイトが先ほどから漏らす吐息が声になりきらないのも、この奇妙な「寸止め」が原因だった。
触れるか触れないか、空気の薄膜一枚を隔てた微妙な位置で、ジェリコの掌が蠢く。
まるでその悩ましいフォルムをなぞるような、触れそうで触れない遠まわしな愛撫。
その拷問まがいの薄い快感に耐えかねたのか、ケイトがじわりと涙目になりながら言葉を震わせた。
「ジェリコ、こんなの…やだぁ……」
「いやだ? どう嫌なんです?」
返ってくるのは、楽しげな問いかけのみ。目の前の治療士は「こういった状況」ではここまで変貌するのか、と軽いショックを受けながら、ケイトは泣く泣く自分の望みを吐露する。
「ちゃんと、ちゃんと……触って」
半泣きになりながら、ジェリコの掌に自分の手を重ねて、自分の乳房へと押さえつける――否、押さえつけようとした。
だが、腕に力を込めて踏ん張るジェリコの大きな掌はぴくりとも動かすことができなかった。
自分ではだめなのだ、ジェリコでないと――この大きくて温かい掌でないと、気持ち良くなんてなれない。
まるで幼子のように必死なケイトを見やるジェリコは、薄く笑いながら彼女の耳に口を寄せた。
「どこを触ってほしいんです?」
吐息交じりに耳元で囁かれ、ケイトは羞恥に打ちひしがれながら口を開く。
「わたしの、わたしのぉ……む――」
「胸っていうのはナシですよ。そんなムードもない言い方じゃ冷めちゃいます」
なけなしの勇気を振り絞った言葉さえ途中で切り捨てられ、ケイトの退路がなくなった。
胸じゃなければ――言葉自体に心当たりはあるが……それを言えというのか、幼稚だが直接的な、あの言葉を。
だが、言わなければジェリコは何時間でも、この拷問のような「寸止め」を続けるだろう。
この拷問から抜け出すため――という建前の下、快感を求める欲望に屈したケイトは、今にも泣き出しそうな震える声で、告げた。
「おっ、ぱい……」
してやったり――ジェリコは満足げに笑いながら、次の工程へと移る。
もう少し、もう少しで――苦労して積み上げた砂の城を自らの足で踏み崩すような、あの例えようもない快感が得られるのだ。
ジェリコは気持ちの昂ぶりを必死で抑えて、再びケイトの耳元で囁いた。
「おっぱい、おっぱいですか……」
わざと羞恥心を煽るように、いたぶるような楽しげな声色で――ケイトの耳朶をくすぐる、トドメの言葉。
「ケイトさんの――えっち」
「……っ!」
――ぽろり、と
ついに、ケイトの目尻から大粒の涙がこぼれ落ちた。それは頬を伝って、ジェリコの手にぽつりと落ち着く。
一度限界を超えてしまえば、涙は続けざまにぽろぽろとこぼれる続けた。
それに伴うかのように、ケイトが今まで羞恥で押さえ込んでいた感情が――ついに爆発した。
「いい……えっちで、いいから……はしたない女って思ってもいい、からぁ……」
しゃくり声で途切れ途切れに、しかし止めどなく、ケイトは自分の望みをぼろぼろと零す。
「もう、イジワルしないで、ちゃんと……気持ち良くして、ジェリコぉ……」
(あぁ、これで心置きなく――)
ジェリコは自分の身体が震えるような高揚感を、確かに感じ取っていた。
これでいい――理性だの建前だの、そんなものを全て取り払った丸裸のケイトこそが、ジェリコの欲したもの。
ケイトの震える肩を掴み、自分の方へ向き直させたジェリコは、普段のそれよりもいっそう温かく――春の日差しのように微笑んで、ケイトに情熱的なキスを降らせた。
◆ ◆
「あぁ……ジェリコ、すごいの、すごいの……」
宵闇が支配し始めた空の下、灯りも点っていない屋敷の暗闇に、ケイトの甘い泣き声が響き渡る。
その合間にはピチャピチャと淫猥な水音が添えられており、屋敷に充満する性の香りを強めていた。
ジェリコは、その引き締まった左腕をベッドとケイトの背の間に差し入れて細い腰を抱き、その豊かな双丘を思うさま愛していた。
唇と同様にジェリコのキスを待ちわびた桃色の突起に、さんざん待たせた償いをするかのような熱烈な口付けを施していくと、その度にケイトは肩をわななかせて、切なく鳴く。
「あん…やぁ……っ!」
唾液でべっとりと濡らし、それを拭うように舌先でこね回し、痺れるほど強く噛んだかと思えば、ちぅ…と優しく吸い上げて――
ケイトもすっかり身体の固さがなくなり、素直に快感を受け止めていた。花の蕾のような唇を割って響く声も、蜜のように甘く蕩けている。
――だが、
「ひぁ、あ……あぁ、ん……っ!」
彼女の声に含まれる艶は、いくら期待に染まっていたとはいえ、あまりにも濃さが過ぎた。
何故か――それは、ジェリコが彼女も気付かないほどあっさりと、かつ自然に、空いた右手で未開の花園を開拓し始めていたからからだった。
文字通り「最後の砦」となった白い薄布も既に取り払われ、今やケイトは完全に生まれたままの姿となっていた。
誰にも晒されることのなかったデリケートな場所に手をあてがい、陰核をぐりぐりと押しつぶしながら、残りの指で秘唇をなぞる。
まだ、どの男も受け入れた事のないその場所は、しかしすぐ後に踏み入るであろう男の熱を想い、とろとろと愛液を吐き出しながら薄く開いていた。
(……(たぶん)処女なのにコレですか、随分と想像力が豊かなようだ)
軽くこじ開けるように、指を少しだけ侵入させてみると、うねってその指にしゃぶりつき、熱烈な歓迎を見せるケイトの「オンナ」。
しかし同時に、抗いがたい緊張があるのか、肩も硬直させてしまっている。
不用意に時間をかけるのは逆効果と踏んだジェリコは、ねぶり回していた乳首を一際強く吸い上げ、引っ張り上げるように口を離した。
「ぁあ……!」
ちゅぽん、と気の抜けた音がして、ケイトの豊かな乳肉がタプタプと弾んだ。
ジェリコの愛撫にいちいち可愛らしい反応を見せるケイト――その姿がまたジェリコの加虐心をゆさぶる。
だが、ジェリコはそれを辛うじて抑え込んで彼女の両脚に割って入ると、腰にまわるベルトの留め金に手をかけた――出番を待ち望んだものが、解放される。
臍につかんばかりに反り返った、長大で荒々しい肉の幹が、肌着ごと引きずり下ろされたズボンの内から現れた。
それをもろに直視したケイトは言葉を失いながら息を――そして、僅かに湧き出した唾を飲み込んだ。
窮屈な拘束から放たれた赤黒いそれは、熱く蕩けた女の柔肉を欲し、びくびくと猛り狂っている。
「す、ご……ぃ……」
遠い記憶――無邪気に外を飛び回っていた幼い頃、父と一緒に風呂に入った時に見た父のそれは、幼心にも強烈なインパクトを残していた。
だが……、とケイトは身を震わせる。今、目の前で張り詰めるそれは、そんな幼いころに定着した潜在意識下のインパクトさえ容易に粉砕する、凶悪な代物だ。
その肉の凶器の切っ先をケイトの割れ目に押し付け、ジェリコは彼女の顔を真っ直ぐに見つめた。
その表情は笑みではなく、この屋敷までの道中で彼女を欲した時の、真摯に引き締まったもの。
「いきますよ」
よく通る声で告げられた、確認の言葉――それで我に返ったケイトは焦るように、咄嗟に言葉を返す。
「あ、あの……ジェリコ――!」
「なんです?」
真顔で返事をされ、ケイトは言葉に窮してしまった。
きまりの悪そうに視線を泳がせる顔は羞恥と快楽によってほんのりと赤くそまっており、その口が紡ぐべき言葉はなかなか出てこない。
少しばかりの間、脚をもじもじ手をもじもじ肩をクネクネと一人ダンスを披露していたケイトだったが、意を決し――た、と思ったらまた視線を外す。
律儀に待つジェリコが少々ジト目になってきたところで、ケイトはようやく何かを決心したかのように、ガチガチに緊張していた身体の力を抜いた。
胸の前で手をもじもじと合わせ、顔をこれ以上ないくらい真っ赤に染めて、上目遣いで――
「初めてだから、その――優しく、な………?」
――ガッシャーン、っとな。
そんな音が立ったかどうかは分からないが、少なくとも表面上は表情を変えることなく頷いたジェリコの理性は、大きな打撃を受けて木っ端微塵に砕け散っていた。
己のポーカーフェイスの才能を全力で褒め称えながらも、内なるジェリコはボタボタと赤い液体を垂れ流す鼻を押さえながら悶えていた。
普段は一点の隙もない高潔な女騎士が、純愛系エロ小説のテンプレートじみた言動を素でやらかしたのだ。これを見て揺らがない男はゲ●かイ●ポくらいのものだろう。
(ああああぁぁぁ、そんなギャップを見せられたら我慢できるわけがくぁwせdrftgyふじこlp;)
今すぐにも叫びだしたい衝動を抑え、ジェリコは(表面上だけは)優しく微笑み、ケイトに応えた。
「もちろんです。でも――最初だけは加減しません。最初の痛みは、私があなたを女にする大事な証なんですから、忘れさせませんよ」
一息に言い終えたジェリコは、これまで抑えこんできた自分の欲望を全て解き放ち――ケイトの処女を奪った。
「あ、あああああああああーーーーーっ!」
いくつもの感情が混ざり合った、大きな心のうねりを伴う悲痛な声が、屋敷の薄暗闇に満ちていく。
身体的には完成していても、刺激される事がなかったゆえにきつく閉じたままだったケイトの膣は、侵入してきた熱い肉塊を強く締め付ける。
それは拒絶によるものではなく――自分自身を強くジェリコのものに擦りつけて奥へ奥へと煽動するような動き。
長らく待ちわび、ようやく会えた愛する者への抱擁に似た、熱烈な歓迎だった。
だが、文字通り身を裂かれるような痛みに塗れるケイトに、それを感じ取る余裕はない。
一気に奥まで突き入れられたジェリコのペニスはあまりにも大きく、痛くて苦しくて、それでも、その痛みを待ちわびていた自分もいる。
苦しい、愛おしい、狂おしい――色々な感情がぐるぐると混ざり合って、それは大粒の涙になってぽろぽろと零れ落ちた。
「いたいよ、いたいよぉ……っ!」
ケイトは目をきつく閉じて痛みに耐え、助けを求めて腕を宙に彷徨わせる。
その様を見やり、ジェリコはクッションに沈んでいた彼女の上半身を抱き起こし、背から回した手で彼女の後頭部を押さえるようにして強く抱き締めた。
「ケイトさん、あなたの純潔を奪って、その痛みを与えたのは私です、この私ですよ」
ジェリコは一言一言を区切って、ケイトに聞こえるようはっきりと告げる。
その肩に頭を預け、ケイトは泣きじゃくりながら何度も何度も頷いた。
「分かりましたね? 忘れませんね?」
「うん、うん……!」
必死に返事をしながらジェリコにしがみ付くケイトは、腹を圧迫するような苦しさに耐えかねたかのように仰け反り、彼の背中に爪を食い込ませた。
ジェリコは背中にピリピリとした痛みを感じながら、それを呑み込まんばかりの快楽を下腹に感じ取っていた。
――情けないが、あまり保ちそうにない。自分の理性がなくなる前に……
ケイトの艶やかな髪を慈しむように撫でていた手を下ろし、ジェリコは静かに片手で印を切った。
「それなら――もう、辛くて痛い時間は…終わりです」
あやすように囁いたジェリコは、規律正しい印で大気中のマナを集めたその手で、ケイトの腹――臍の下あたりを、優しく撫でた。
「あ、ぅ……?」
痛みに溺れていたケイトは、自分に触れるジェリコの掌からにじみ出る温かな感覚に気が付いた。それはじわりと体内に染み込んでいき、膣の中の痛みを徐々に取り払っていく。
ジェリコの手に収束した治癒のマナが、ケイトの体内に染み込んで細胞を賦活させ、痛みを取り除いているのだ。勿論、所有の証となるのだから、処女膜の再生などの無粋はない。
じくじくとした痛みが、母の腕の中のような優しい温かさに包まれて消え去ると、頑なに強張っていたケイトの身体の力が抜けていく。
「もう、痛くありませんか?」
頬を伝った涙の跡を拭い去りながら尋ねるジェリコに、ケイトはようやく、笑顔で頷くことができた。
「よかった……。それでは、もう我慢しませんよ」
言いながら、ジェリコはケイトのしなやかな身体を抱き直すと、一度だけ、激しく彼女を突き上げた。
「ぁあんっ!」
ケイトの唇から漏れ出した声は、彼女が見知らぬ誰かのもののように甘く蕩けきっていた。体内に打ち込まれた鈍い感覚に、ケイトは白い喉を晒して仰け反った。
「これでようやく――」
ジェリコの、喉から絞り上げるような声が響き――そこでようやく、ケイトはジェリコにも理性を保つ余裕がないのだと理解した。
「もう、手順も儀式もいらない………あなたを悦ばせて、めちゃくちゃにしたい」
迷いもなく自分の全てを欲するジェリコを目の前にして、ケイトの胸を得体の知れぬ燻りが焼いた。それは、海の潮が満ちるようにじわりじわりと全身に広がっていく。
ケイトは衝動のままに、ジェリコの唇にむしゃぶりついた。
自らの意思で舌を差し込み、ただ求めるがままにジェリコの口内を舐めまわし、粘膜を啜る。
ひとしきり堪能した後に離れたケイトの顔は、ひどく淫靡になっていた。口のまわりは唾液にまみれ、瞳は媚薬でも飲まされたかのように蕩け、呼吸が荒い。
ジェリコの欲望の炎が、じりじりとちっぽけな理性を燃やし尽くそうとする中で、ケイトは一言だけ告げた。
「………きて」
――それが、トドメ。
一匹の獣となり果てたジェリコは無造作にケイトを押し倒し、がむしゃらに腰を叩きつけはじめた。
屋敷に再び、ケイトの大きな声が響き渡る――ただし、先ほどのものと同じ人物とは思えない、艶と幸福感を孕んだ声で。
それから後の二人は、まさにつがいの獣だった。
手も足も指まで絡め合い、互いの口を貪りながら腰を振りたくる。
「あぁ、は、ぁんっ……じぇりこ……! そこぉ、そこ、すごいよぉ……!」
普段の理知的な姿など見る影もないジェリコの荒々しい攻めを受けながら、ケイトはうっとりと顔をゆるめて鳴き続ける。
すらりとした長い脚は彼の腰に絡みつき、もっと奥へと誘うように抱き締めており――ジェリコもそれに応じるように、攻めを苛烈にしていく。
「ケイト、ケイト……!」
ジェリコもまた、普段から身に纏う理知的な紳士という仮面を脱ぎ捨て、本能が促すままにケイトを求め、ケイトに自分を与える。
幾度も幾度も彼女の膣をえぐり、子宮口を小突いて、マーキングをするように膣内に射精し――それでもまだ足りない、とばかりに腰をふり、舌を絡めあう。
向かい合っての交わりを堪能すれば、今度は獣のように交わり犯し合った。
四つん這いになったケイトの背にのしかかり、思うさま腰を叩きつける。
獣のような体勢で犯されるケイトは、その背徳感や羞恥も手伝い、さらに身体を仰け反らせ、存分に乱れた。
重たげに揺れる乳房をこねるように揉みしだき、ケイトの耳に、首筋に、肩に、跡をつけるように口付けていく。
「じぇりこ、すき、だいすきぃっ! もっと、してぇ……ぁ、はぁっ……いっぱい、いっぱいぃ……っ!」
身体を支える両腕が力を失い、突っ伏したような体勢になっても、ケイトはジェリコを求め、ジェリコもそれに応えた。
完全に理性を失ったジェリコは、射精している途中も休まず腰を振りつづけて、ケイトを限界以上の絶頂に押し上げる。
「ぁ……ふぁっ、いくぅ……いくいく、いっくぅぅぅぅぅう!」
僅かな時間にオンナとしての性の悦びを覚えたケイトは、何度もそれを味わい、はしたなく貪り尽くして、幾度も身を震わせ絶頂に達した。
「しゅごい、おなかぁ……ちゃぷちゃぷって、あ、ぁんっ……またっ、いぐぅぅぅっ!」
――時計が八つ鳴る頃には、ケイトは汗と精液と愛液に塗れ、身体に力を入れることができなくなっていた。
それでも膣はジェリコを求め、己の膣内を抉り続ける肉棒に絡みつき、優しく愛撫する。
「……しゅき、じぇりこ……しゅき……だいしゅきぃ……」
――時計が九つ鳴る頃には、ケイトはとりとめの無い求愛の言葉を垂れ流し続けながら、それでもジェリコを求めていた。
ジェリコもまた荒い息をつくのみで、言葉を発することもなく、それでも腰の動きを止めることはなかった。
「んぉううぅっ! あひっ、ん、んお゛っォォ……あぁあ゛あ゛あ゛あぁぁ……!」
――時計が十鳴る頃には、ケイトは既に言葉を発する理性を失い、白目を剥いて舌を突き出し、獣のように喘いでいた。
無駄な肉など一切存在しない腹は、内側に放たれたジェリコの精液のみでぽっこりと膨らんでいる。
「ケイ、ト……あい、して……いるん、だ……」
朦朧とした意識の中で、ジェリコは呟く。
最後の方はほとんど記憶がない。疲れ果てた身体は、のろのろと前後運動を繰り返すのみ。
「か、は……っ」
びくりと身体を震わせ、ジェリコはケイトの中へ精を放った。
「……っ!」
喘ぐ声も枯れ果てたケイトだったが、それでも身体に注ぎ込まれる熱を感じ取り、ぴくりぴくりと身体を震わせる。
ジェリコが何度目とも知れぬ射精をし、同時にケイトが何度目とも知れぬ絶頂を迎える――それを皮切りに、ついに二人は同時に意識を手放し、柔らかなベッドに沈み込んだ。
汗と涙と唾液と精液と愛液と――あらゆるものに塗れながら、疲れ果てた二人はそれを拭うこともできず、深い眠りに落ちていく。
寝息で僅かに上下する二人の身体――その場には、むせ返りそうなほど濃い性臭が渦巻くのみ。
二人の熱だけで上昇しきった屋敷の室温が冷めるには、かなりの時間がかかりそうだった。
――そして、
夢の世界へ旅立った二人が当然気付くことはなかったのだが――二人が眠る屋敷のドアは薄く半開きになっており、その隙間から室内の様子を見やる二つの瞳。
「な、なぁ……モモメノ………………(ごくっ)」
「ん、なに………ヤック………(ぽっ)」
大人達のスんゲェ見本を何時間にも渡って見せ付けられた少年少女が、今まさに危険極まりないゴールインをしようとしていた。
最終更新:2013年04月28日 21:38