カザン共和国。
ハントマンが建国した、まだ生まれて間もない国。
そして、侵攻を続ける竜と戦う者が集う国でもある。
そこに一人の少女が足を踏み入れた。
「うわ…人がいっぱい…」
少女の髪は白く、ピョコンと立った獣のような可愛らしい耳がついていた。
耳は本物らしく、少女はその耳をピコピコ動かしていた。
「こんなに人がいるなんて…あの人、見つかるかな…」
少女はある男にお礼を言おうとここまでやってきた。
その男は大きな斧を持ち、カザンに行くと言っていたからだ。
しかし、これだけ人が多いとその男を見つけるのは大変かもしれない。
(…ううん、見つけないと。ちゃんとお礼言うって決めたんだから)
少女は顔を上げて、街を行き交う人の群れに向かって歩き出した。
(これだけ人がいるんだもん。あの人を見た人が一人くらいいるはず)
「あの、すみません」
少女に声をかけられ、体格のいい男が少女の方を向く。
「ん、どうした?お嬢さん」
「お、大きな斧を持った男の人を見ませんでしたか?」
「あ~、どこだ?ギルドオフィスって…」
男はそう言って頭をボリボリとかいた。
男は赤いシャツの上に防具を身に付けており、足元には男の物と思われる大きな斧と丸い盾が置いてあった。
男は街に入ってすぐにギルドオフィスと言う場所を探していた。
そこに名を登録する事によりハントマンとして正式に認められる、と言うような事を聞いたからである。
しかし、男はその肝心のギルドオフィスを見つけられずに、街を彷徨っていた。
「…ギルドオフィスを探す。これが俺の最初の冒険と言うことか…」
男は真剣な顔でそんな事を言うが、傍から見ればどこか情けない話である。
すると男のシャツが何者かに引っ張られた。
「あの…すいません」
「んぁ?」
男が振り返ると、そこには獣のような耳を持った白髪の少女が立っていた。
男はその少女に見覚えがあった。
カザンに来る途中でフロワロに沈んだ街に入ろうとしていた少女だった。
「あれ、君は確か…えっと、あの時はごめんな…何か怒らせちまって…」
男はそう言って頭を下げたが、少女は困ったような表情を浮かべた。
「そ、そんな事ないです!わ、私の方こそごめんなさい…酷い事言って…」
そう言って今度は少女が頭を下げた。
男にとってそれは予想外らしく、今度は男が困った表情を見せる。
「いいって別に。気にしてねぇしさ。だから顔上げてくれよ」
男にそう言われ、少女はゆっくりと顔を上げた。
男は少女が顔を上げたのを確認すると、口を開いた。
「ま、これからは気をつけた方がいいぞ。フロワロが咲いてる所はさ…」
「知ってる。竜に侵略され、人が住めなくなった場所…」
少女はそう言って、どこか悲しそうに顔を伏せた。
その様子を見て声をかけにくくなったのか、男は黙ってしまう。
気まずい空気が流れる中、少女が再び顔を上げた。
「あの、あなたはハントマンなの?」
「え?ああ、まぁ…うん、そうだな…」
突然の質問に少し慌てた様子で男は答えた。
「ん?あなた『は』?君はハントマンじゃないのか?」
男に聞かれると少女は首を縦に振った。
「え?じゃあ何でカザンに来たんだ?」
「それは…」
あなたにお礼を言うため、と答えようとしたがどこか恥ずかしくて少女は黙ってしまった。
「ま、言いたくないなら別にいいけどな」
「え?あ…あの…あなたはカザンがハントマンを集めてるからここに来たの?」
少女は気まずさから咄嗟に新たな質問を男にぶつけた。
少女に聞かれると、今度ははっきりと男は答えた。
「もちろん!ハントマンならここに来ないとな!」
男は斧を右手に持つと、それを肩に担いだ。
「それにさ、出来るなら助けたいんだ」
「え…助け…る?」
男はああ、と答えると空を見上げた。
「カザンはさ、竜に立ち向かうハントマンを集めてるんだ。俺にどこまで出来るのかは分からない。
もしかしたら誰かを助けたいなんて自惚れかも知れない。でも出来る事はしたいんだ。
君も見ただろ?フロワロに沈んだ街…あの街がどんな街か俺には分からないけどさ、それでも何か悲しくってさ…。
俺さ、あんな光景見るのは嫌なんだ。綺麗かもしれないけど嫌なんだ。それに…」
そこまで言うと男は少女の顔をじっと見た。
「君みたいな人も出したくないしな」
「え?」
「君さ、もしかしてあの街に大切な何かがあったんじゃないか?」
少女は辛そうに目を伏せた。
男の言うとおり、あの街には少女の兄が住んでいた。
「ま、色々クサい事言ったけどさ、結局俺は出来るだけ多くの人に笑ってもらいたんだ
俺ぷ、Sじゃないから人の辛そうな顔は見たくないし。ってこれもクサいか。俺、クサすぎるな。んぷん臭うな」
「私も…」
「え?」
「私もハントマンになれるかな?」
少女がそう言うと男は驚き、目を見開いた。
「ええっ!?君が?う~ん…」
男は左手をあごに当てると、難しい顔で少女を見る。
「戦闘なら大丈夫よ。私はメイジだから」
「え?チョコレートとか売ってるの?」
男が至って真面目な顔でそう言うと、少女はガクッと姿勢を崩した。
「違うわよ!魔法!魔法を使って戦うの!チョコレートって何!?」
「え?チョコレートってのはさ、お菓子の一つで、こう、茶色くて甘い…」
「知ってるわよ!私が聞いてるのは何でメイジと聞いてチョコ売りになるの!?」
「だってメイジだろ?」
「はぁ…メイジと言うのは簡単に言えば魔法使い。まぁ、魔法と言っても一応理論はあるけど…」
男がなるほど、と言って頷くのを見ると、少女は大きなため息をついた。
男はしばらく考えると肩に担いでいた斧を置き、少女の方に顔を向けた。
「なぁ、君、ハントマンになるなら俺と組まない?」
「へ?」
「いいや、実は一人で心細くてさ。仲間を集めようと思ってたんだ。魔法を使うってんなら心強し…ダメかな?」
メイジの少女は少し顔を赤くして黙っていたが、やがてコクリと頷いた。
「おお、本当に?ありがとう!」
男は心底嬉しそうに言うと、満面の笑顔になる。
実は少女は最初からこの男についていくつもりだった。
さっき言っていた男の決意に共感したと言う事もある。
しかし、あの時酷い事を言った自分をちゃんと止めてくれた彼の力になりたいと言う気持ちが一番だった。
「あ、そうだ、肝心な事言うのと聞くのを忘れてたな」
男はそう言って少女に右手を差し出す。
「俺の名前はファンタって言うんだ。よろしく」
「何かシュワシュワしてそうな名前ね」
「よく言われる」
少女も右手を差し出し、ファンタと名乗った男の右手を握った。
「私はイクラクン」
「何か、美味そうな名前だな」
「よく言われるわ」
イクラクンがそう言うと、二人はお互い手を離した。
「よし、じゃあ行くかイクラクンちゃん!」
「あの…呼び捨てでお願い」
「呼び捨て?ああ、まぁ、そうだな確かに。君付けとかすると『イクラクンくん』になって何か匂い嗅いでるみたいでいやらしいし…」
「だ、誰がいやらしいよ!」
「冗談だって、そう怒りなさんな」
そう言ってファンタはイクラクンの頭を撫でながら、顎の下をくすぐってみた。
するとイクラクンは気持ちよさそうに目を細め、口を半開きにした。
「おお…可愛い…」
その言葉で我に返ったのかイクラクンは慌ててファンタの手を払う。
「な、ななな何するの!」
「いや、実に気持ちよさそうでしたな。眼福でした」
「うぅ~…」
イクラクンは涙目になってファンタをにらみつける。
その様子を見て、ファンタは少し笑った。
(元気なさそうだったが、もう大丈夫そうだな)
「あ~、ごめん、悪かった、許してください、お嬢様」
「べ、別にいいわよ。お、怒ってないから」
イクラクンはそう言いながら恥ずかしそうにそっぽを向いた。
その様子を見た後、ファンタは置いてあった斧と盾を手に持った。
「イクラクンお嬢様も許してくれたことだし、行きますか!」
「行くって、どこに?」
「ギルドオフィス。そこで正式にハントマンとして登録できるらしいからな」
「ギルドオフィス…」
「そう、そこを見つけるのが俺達の最初の冒険」
イクラクンはそれを聞くとクスッと笑った。
「何か、小さい冒険ね」
「まぁな、でも、大事な一歩だぜ?」
「そうね」
ファンタが歩き出すとイクラクンもそれについていくように歩き始めた。
(そう言えば、まだお礼言ってなかったな…)
「ファンタさん」
「ん、どした?」
「ありがとう」
「……よく分からんが、どういたしまして」
こうして二人は最初の冒険を始めた。
小さいけど大きな何かを成し遂げる為の冒険を。
最終更新:2013年04月22日 20:23