Chapter4 [現実 Reality]
結局あれから昼ごろまでダラダラしていた俺たちは、案の定、途中で爆酔し
てしまったようで、気がつくと日が暮れていた。腹が減ったので、二人を連れ
て近所にあった高そうなレストランに向かう。お医者様御用達か。個室もある
ということなので、個室に案内してもらった。帽子を被ったままコース料理を
食うわけにもいくまい。
幸い、金はしばらく不自由しないくらい貰っているので、遠慮なく一番高い
コースを注文し、酒も適当に見繕ってもらう。ギャルソンは帽子を脱いだ二人
の頭に乗っかった耳を見ても、微塵として動揺しなかった――プロってやつだ。
俺は面倒な説明は全部省いたが、二人が誕生日だということだけは告げておい
たら、デザートにローソク付きのケーキを用意してくれた。連中は大喜び。
料理はさすがに合成食料が大半だったが、料理人の腕は確かだった。同じ合
成たんぱく質を使った肉なのに、焼き加減ひとつでここまで味が変わるとはね。
俺は料理を堪能し、娘どもはケーキを前に記念写真まで撮ってもらっていた。
それから二日経った深夜、カガリが集中治療室から解放された。俺たちは雁
首揃えて病院に出迎えに行く。
夜の病院には、警察軍や政府の偉いさんとおぼしき連中も顔を出していた。
この病院の特別オペ室は、物理的にも電子的にもこの国で最もセキュリティの
高い場所だ。ギリギリの機密が要求される会議には最適という仕掛け。
ロビーでは、カガリが看護士から花束を受け取っていた。彼女は感慨深げに
花束を眺めていたが、裏口経由でロビーにたどり着いた俺たちに気がついたよ
うで、軽く手を振った。俺はなんとなくバツの悪い思いを噛みしめつつ、手を
振り返す。
俺は「退院おめでとう」とかなんとか言いながら、握手の手を差し出そうと
する。そこに、戦闘速度で猛然と平手打ちが飛んできた。避ける余裕もなく、
思わず1歩よろめく。一発くらいは確実に殴られるだろうと思っていたが、い
きなりここでか。
「話は聞いてるわよ。部下に手を出すとか、サイテー」
ぽかんとしていたお偉さんがたの間から、軽く笑いが漏れる。
「すまん。いや、いろいろ、事情が」
「どんな避けられない情事があったのかは知らないけど、それ以上言い訳する
ならもう一発よ」
「……すまん」
「わかればよろしい。お見苦しいところをお目にかけまして、失礼いたしまし
た。この手の馬鹿は、その場その場でシメておかないと、何かと調子にのりま
すので……」
いかにも政治家という雰囲気の女性がニコニコしながら頷き、若手の警察軍
官僚があらぬ方向に目をそらした。緊張をはらんでいた空気が、少しほぐれる。
くっそ、ダシにしやがって。
そうこうするうち、がっちりとした体格のSPたちが数人、会議場の準備がで
きたことを告げにきた。俺はため息をついて、彼らのあとについて歩く。ふと、
カガリが俺の手を握っていることに気がついた。俺も彼女の手を握り返す。
『あの子たち、名前はなんていうの』
生体通信の秘話回線でカガリが俺に囁きかける。
『グレイスとヴィオレッタ。シュヴァルツがグレイスだ。双子。おとついが誕
生日で、19になったばかりだとさ。近所のレストランでケーキを食わせといた』
『あなたにしちゃあ気が利いてるわね。乗り換える?』
『勘弁してくれ』
『冗談よ。シュヴァルツ、随分綺麗になったじゃない』
『そんなものかな』
『ヤったらそれで満足するんだから、男ってのは、もう』
『いや、その』
『まあいいけど。後でそのレストランとやらにあたしも連れてきなさいよ』
『へいへい、喜んでエスコートさせていただきますよ』
馬鹿話をしているうちに、会議室に着いた。殺風景で狭苦しいが、やむをえ
ない。もっとも、会議の出席者の中にスパイが紛れ込んでいたら、こんなセキ
ュリティなんて何の意味もないが。
全員が着席すると、議長席に座った男が発言した。
「ようこそ、防衛戦線の方々。ここに集まったのは、我が国の、いわばタカ派
です。我々の内部では、あなた方を最大限にサポートし、この国から竜の支配
を排除する方向性で方針はまとまっています」
「ご協力、ありがとうございます」
「それで、今日は是非とも防衛戦線側の作戦を伺いたいのです。手助けをする
と言っても、すぐにできることもあれば、すぐにはできないこともあります。
また、我々のほうでも準備すべきことが出てくるでしょう。そのあたりの摺り
あわせをしたいのです」
「俺たちの作戦は、簡単なものです。少人数での潜入工作による、短期決戦、
これ以外にありません」
「しかし潜入と言っても」
「こちらからお願いしたいのは、ひとつだけです。そちらの空軍がお持ちの大
型輸送機を一機、お譲り頂きたい。俺たちはそれを使って最初の防衛システム
を突破します」
「随分と派手な潜入作戦ですね」
「機体を突入させる頃には、俺たちは内部への潜入を終わらせています。増援
を絶ち、かつ防御側の指揮系統を混乱させるには、最も手軽かつ最低のリスク
で実行できると考えています。悲しいかな、歴史的にも有効性は実証されてい
ますしね」
「なるほど」
「突入が明らかになったところで、ヘイズはこの国の竜に対して攻撃命令を発
するでしょう。その対処はあなた方にお任せするしかありません」
「防衛戦線の支援は期待してよろしいのですか」
「もちろん。のちほど通信コードをお伝えします。ただし、およそ36時間はあ
なた方だけで戦っていただくことになる計算にはなりますが」
「その程度の戦いに耐えられないなら、これから先の戦いにも耐えられんでし
ょう。了解しました」
「俺がこんなことを言うのは筋違いも甚だしいのは承知で申し上げますが、本
当によいのですね? 戦いが始まれば、数万人が犠牲になるでしょう。どんな
に試算しても、これを防ぐ方法はない。ただ、人類の気高さを保つという愚行
の代償として、この犠牲を払う覚悟があると理解してよろしいのですね?」
「覚悟の上です。我が国は、竜の統治による平和を享受だの、竜との共存によ
る繁栄だのを謳ってはいますが、国家としては確実に衰えていっています。こ
のままでは、彼らの搾取の前に、10年持たずに崩壊を余儀なくされるでしょう。
たとえその先に悲惨な死が待ち構えていたとしても、武装闘争以外に状況を打
破する道はありません」
場に沈黙が落ちた。カガリがぼそりと口を挟む。
「20世紀に起こったとある革命では、革命を夢見た闘士82名のうち、最初の一
日を生き延びたのは12名に過ぎませんでした。損耗率は実に85%です。その覚
悟だということですね?」
「お言葉ですが、その革命は成功したではありませんか。座して緩慢な死を待
つのか、それとも自由を手にするのか。我々が与えられた選択肢も、それほど
豪華ではないのですよ」
「ハト派の動きは? それから、DKグループは大丈夫なのですか? この国に
おける最大の政治勢力は『よく分からない』であることを、私はよく知ってい
ます――数年前までは、私もその一員でしたから。短期決戦であるとしても、
歴史上の失敗を繰り返すのは御免です。幸い私たちのリーダーは喘息ではあり
ませんが」
「アングラなネット世論は、竜を討つべしという論調が支配的です。国営放送
を含めて、マスコミが宥和路線なのはご容赦いただきたい」
「仮想現実世界で偉そうにしてみせるだけの子供たちが、戦力になると?」
「彼らが蜂起を完全に拒むのであれば――我々は無残に死ぬでしょう。だが、
今のお言葉で言うならば、36時間であれば戦力になると信じています」
「そうやってまたしても若者ばかりが死に、老人が権力の座に居座る、そうい
う仕掛けですか」
「カガリ、やめろ。どうでもいい部分で熱くなるなよ」
「どうでもいいって!」
「どうでもいいだろ。落ち着けよ。何をどうやっても、人は死ぬ。俺たちがそ
の死に方に手を出そうだなんて、おこがましいにもほどがある。この国の若者
が犬死するのがイヤだってなら、俺たちが1分でも早くカタをつければいい、
それだけのことだ。それが役割分担だろ? お前は、お前の望みを現実にでき
る力を持ってるんだ。ここで咆えるのは、お前の仕事じゃない」
「――わかった。重大な失言があったこと、深く陳謝して撤回します」
「いいえ。お気になさらず」
「それよりも、可及的速やかに輸送機の運用コードを教えていただきたく思い
ます。それから、なんにしても仕掛けるときは奇襲ですので、当面は輸送機の
運用は止められたほうがよろしいかと」
「攻撃が始まるタイミングの通達はあると考えていいのですか?」
「可能であれば。体制の強化は早い段階で開始してください。口実が必要でし
ょうから、防衛戦線には何か適当な『強い言葉による勧告』でも出させます。
まあ、いつものことと言えば、いつものことですが」
「予定表を書いて、タイムスケジュールどおりに、という話にはできませんか
らな――了解しました」
「少なくともあと数日は、休養と補給が必要です。それ以降は、言い方は悪い
ですが、勝手に動かさせてもらいます。最悪、計画の頓挫が明らかになったら、
我々をスケープゴートにされるといい。次につなげるのも、大事な任務です」
「そうならないことを祈ります」
会議は、1時間もしないうちに終わった。彼らは彼らなりに反攻計画を練っ
ているようで、彼らの視点から言うと俺たちは都合のよい花火というわけだ。
口には出さなかったが、カガリの指摘はおそらく正しい。今回の件は、この
国にとってみると、要するにタカ派によるクーデターだ。大義もなければ、理
想もない、ただの政争の一環に過ぎない。馬鹿馬鹿しい。もっとも俺にしても、
司令部とは通信が途絶しっぱなしだなんてことはおくびにもださずに交渉して
るんだから、同じ穴の狢といったところか。
なんともやりきれない空気のまま、俺たちは新しくあてがわれた宿舎(今度
はまっとうなビジネスホテルだ)に移動する。会議以降、カガリの不機嫌っぷ
りはとどまるところを知らない。ヴァイスとシュヴァルツは微妙におどおどし
ていた。俺が堂々としすぎなのかもしれないが。
宿舎についたところで、全員で部屋に集まって作戦会議にする。ダブルの部
屋に4人はちょいと狭いが、贅沢は言っていられない。体操するわけじゃない
んだしな。
ヴァイスとシュヴァルツに、盗聴器とカメラのチェックをさせる。とりあえ
ず設置はされていないらしい。だが用心するには越したことがない。俺は接触
式の生体通信を開始するジェスチャーをして、丸テーブルの上に手を置いた。
順に、3人が手を重ねる。
『ヴァイス、シュヴァルツ、音声レベルで適当な会話を流してくれ。あんまり
アホなことを喋るなよ』
『え? 情熱の一夜のことを実況してくれるんじゃないの?』
『カガリ、頼む、そろそろ許してくれ、マジで。俺もう泣きそう』
『まだまだチクチクやらせてもらうから』
『きっついなあ。とりあえず、なんでもいいや。始めてくれ』
ヴァイスとシュヴァルツがバースデーケーキのことを音声会話し始める。
『こんな話題でどうでしょう』
『オーケー。さて、本題だ。輸送機の件だが、運用コードは手に入ったか』
『先ほど車内で受領しました。ですがシンラ、航空機での防衛ライン突破は』
『上出来だ。ヴァイス、その機体のトイレを製造しているメーカーの管理ナン
バーを引き抜け。シュヴァルツはサポート』
『アイ・サー……確保しました。東洋衛生、です』
『いいぞ。警察軍経由で東洋衛生のメインコンピューターをハックしろ。気を
つけろ、東洋衛生の防壁はたぶんこの国で一番過激だぞ。警察軍相手のチャン
ネルが唯一の窓口だ』
『アイ・サー。アクセス……シンラ、この会社! すごい』
『事前情報が正しければ、宇宙開発局にアクセスできるコードを持っているは
ずだから、確保しろ。ISSに便器を納品してた会社だからな。最新の人工衛星に
も部品を提供してる』
『宇宙開発局へのアクセス権を確保しました』
『よし。そこはまだアクセスするなよ。今日は水曜だから……あと10日はその
パスが生きてる。
次、いくぞ。H国海軍へのアクセスコードも東洋衛生にはあったろ』
『はい。正規空母“鶉”の衛生環境を提供しています』
『鶉の火気管制システムは見えるか』
『それはさすがに』
『突破は?』
『防壁の強度はさほどではありません。推定4時間』
『タイム・ボムを仕掛けろ』
『露見の確率が高すぎます』
『便座の温度を管理するプログラムの中に仕込め。そこはチェックされないし、
温度設定が外部から可能になってる』
『アイ・サー。ええっ、何これ……本当です、こんなのが正規空母のセキュリ
ティだなんて』
『東洋衛生ってのは、最初に会ったろ、あのジジイの会社だ』
『理解しました。でもそれだったら何も輸送機のトイレから入らなくても』
『ジジイにこれ以上貸しを作りたくはない。俺たちはあくまで、自力で玄関に
までたどり着いた。相手は、俺たちを迎え入れてくれた。そういうこと。
仕込んだら、撤退だ。くれぐれも足跡には気をつけろよ』
『アイ・サー。ログオフ完了しました』
『さて、これでどうよ。もう任務成功率0.4%とは言わせねえぞ』
『概算ですが……最低でも10%は越えたと思います。最大で30%弱』
『5割いかなかったか』
『でもさ、孤立状態なのに、帝竜クラスを相手に10%越えって、ちょっと普通
じゃないよ』
『仕込みはこれで一杯一杯だけどな。孤立状態だからこういう仕込みもできる、
って考え方もある。エメルが変な知恵をつけなきゃいいが』
『無支援・孤立状態に置いたほうが任務達成率が上昇する、とか?』
『それは違うぞ。あいつはもうちょっと論理的だ』
『じゃあ何がどう変な知恵なのよ』
『4人が自殺的特攻を試みたら任務達成率が跳ね上がった。じゃあ1千人が特
攻すればもっと成功率は上がるはずだ』
『勘弁。ありえそうなだけに、本気でそれは勘弁』
『だからまあ、俺らは頑張って生還して、エメルに今回のが偶然なんだってこ
とを説明しないとな』
『アイ・サー』
「それで、だ。話の途中だが、そろそろメシにしようぜ」
「ルームサービスでも取るの?」
「レストランに行きたいって言ったろ」
「ああ……。そんな、真に受けなくていいのに。こんな夜遅くなのに、お店あ
いてるの?」
「食い物の恨みは色恋の恨みより恐ろしいってのが家訓でな。無理いって予約
しといた。お前らも来いよ。帰りは別の車に乗ってもらうが」
俺はカガリの手を握ると、立ち上がった。最後の晩餐なのは、全員が分かっ
てることだ。ヴァイスとシュヴァルツも、厳しい表情のまま立ち上がる。けれ
ど、それでも二人は明るい笑顔を作ると、「着替えてきます」と言って自分た
ちの部屋に戻っていった。健気な奴らだ。
「お前は着替えなくていいのか」
「着替えなんて、野戦服しか持ってないから」
「そうか、そいつはマズった」
「気にしないわ。ちゃんとしたディナーが食べられるってだけで、あり得ない
もの」
「合成食料だけどな」
「食べる前に食欲を削ぐようなこと言わないで」
レストランにはタクシーに乗って向かった。1台で4人はちと狭苦しいが、
女性陣はみな痩せ型なのでそれほどでもなさそうだ。助手席の俺は涙目。
レストランには「貸切」の看板が下がっていた。俺はカガリの手を取って入
店する。例のギャルソンが丁寧に俺たちを出迎え――そして驚いたような声を
あげた。
「失礼ながら、ヒイラギ様、ですか……?」
カガリがはっとしたような表情になる。
「まさか、カノウさん? ええええええ!?」
「やはりヒイラギお嬢様でしたか。本日は当店をお選びくださいまして、まこ
とに光栄です。どうぞ、お席の準備はできております」
「やめてよ、カノウさん。あたしはもう、ほら、さ。でもありがと。じゃあ、
シェフはやっぱりいつもの彼?」
「はい。ジャンが務めております。その、申し上げにくいのですが、ご用意で
きるお食事とお酒の幅に些か限りがございますことを、先にご了承いただきた
ければと。本来でしたら、本日はお引取りいただかねばならないような有様な
のですが……」
「何言ってるのよ、あなたたちのお店にまた来れたなんて! それだけでもう
大満足よ。ささ、なにポカンとしてんの、ちゃんとエスコートしなさいよ、シ
ンラ。あなたたちも、店の玄関をくぐったら帽子くらいちゃっちゃと脱ぎなさ
い――まったくもう、恥をかかせないでよ」
言いながらカガリは一人でテーブルに向かい、とっとと席についてしまった。
俺はギャルソンにコートを預けるついでに、ぼそりと聞いてみる。
「カガリとは、知り合いってこと、だよな?」
「ええ。ヒイラギ様には、随分とご贔屓いただいております」
「ヒイラギ様か。参ったな」
なんとなく居心地の悪さを感じつつ、俺たちは案内された丸テーブルに座る。
ややあって、フルートグラスに淡い紅色の酒が注がれた。
「こちらは私からのサービスです」
「変わらないわね。あたしの好きなの、とっておいてくれたんだ」
「1本だけですが、なんとか救い出しました」
「乾杯しましょう、あなたもグラスを。私が持つわ」
「では、お言葉に甘えさせていただきます」
ギャルソンも僅かに酒が注がれたグラスを持った。
「さ、シンラ、乾杯の音頭を」
「俺かよ。あー、そうだな、なにやら偶然っぽい再会と、この場に居合わせた
全員の無事を祝って」
「乾杯」
料理は以前にもまして素晴らしいものだった。カガリはメニューも見ずに一
切をシェフに任せ、シェフはその期待に応えている。
「ジャンは、フランス料理の国際コンテストで入賞経験がある腕利き。カノウ
はこの国で一番格式が高かったホテルの最上階にあったレストランで、フロア
のチーフだった人。二人とも腕はいいんだけど、妥協って言葉を知らなすぎる
から、あちこっちで喧嘩して、今に至るって感じかな。
それにしても、あなたたちラッキーよ。あたしだって誕生日を彼らに祝って
もらったことなんて、指折り数えるほどしかないわ」
「指折り数えられるお前のほうに驚きだよ」
「あ、あの、カノウさんに記念写真まで撮ってもらっちゃったんですけど、こ
れってもしかして物凄く」
「ありえないわね。あたしなら恥ずかしくて首をつっちゃうレベル」
「ひ、ひええ」
「――スープをお持ちしました」
目を白黒させている俺たち(女王様を除く)の前に、小さな硝子の切子グラ
スに入った黄色いスープが置かれた。
「これって、まさか」
「とうもろこしの冷製スープでございます。季節外れではございますが、シェ
フがどうしても、と駄々をこねまして」
カガリは優雅にスプーンを手に取ると、グラスに盛られたスープをひとくち、
口に含んだ。
「ちょっと、これ、天然のトウモロコシじゃない! どうやって手に入れたの、
こんなもの」
「……あの大災厄がございましてから、政府は燃料用に備蓄していたトウモロ
コシを、定期的に無料で放出しております。それを冷凍保存いたしました。風
味に欠けますところは、平にご容赦いただければと」
俺もスプーンを取って、スープを試してみた。口の中に、甘いコーンの味わ
いと、真夏の木陰を思わせる爽やかな香りが立ち上り、心が浮き立つような楽
しさを感じる。
そうだ、これは……これは、ガキの頃、夏が来るたびに感じていた、意味も
なくワクワクする気持ち。俺は思わず自分の記憶回路に異変が生じたのかと思
ったが、機能はまったく正常そのものだ。
これが、料理の力というものか。
いや――違う。これが、人間の力なのだ。
俺たちは無言でスープを飲んだ。何かを喋れるはずがない。いやはや、たか
が食事とか思っていた自分が恥ずかしい。その「たかが」に命を懸けてきた連
中は、この領域にまで到達するのだ。崩壊しかかった世界で、完璧な技術を持
ったシェフとギャルソンが演出してみせた、奇跡。
「このスープはね」。カガリがぽつりと呟く。「あたしが彼らに初めてサーブ
してもらったときに、無理を言って頼んだメニューなの。
あたしはまだ6歳くらいで、それでも両親はあたしに大人の味を覚えさせた
くって。ちっちゃかったあたしにとってみれば、出てくる料理はどれもこれも
辛いか苦いか臭いかばっかりだったわ。それで、ほとんどのお皿に手がつけら
れなくて、でもお父様とお母様があたしのために最高の食事を手配してくれた
のはわかったから、食べなくちゃって。
でも、そんなあたしの様子を見て、カノウさんがあたしに聞いてくれたのよ。
『お嬢様、何か別のお料理をお持ちしましょうか』って。あたしは思わず『コ
ーンスープが飲みたい』って言ったわ。子供の味覚よね。それで、出てきたの
がこれ。
あのときから、彼らのいる店を探しては、大切な日の食事はできるだけそこ
で食べるようにしたの。彼ら、失業してることも多かったから、そう簡単じゃ
なかったけどね。でも、このスープを頼んだのは、あれっきりだった――あれ
っきりだったのに……」
カガリはスプーンを置くと、直接グラスを手にとってスープを飲んだ。マナ
ーとしてはなっちゃいないんだろうが、俺もそれが正しいような気がして、グ
ラスから直接スープを飲む。なんとなく、悪戯をしている子供のような気分に
なる。シェフとギャルソンがあっちこっちで喧嘩をしては店を飛び出てきたと
いうのも、これを食うとなんとなく分かる。
その後も、ゆるやかに食事は続いた。天然の魚のソテー、レモンのグラニテ、
合成肉の煮込み。どれも最高だった。俺たちは全身の隅々まで満たされ、すっ
かりリラックスしていた。ただ単に高いメシを食ったというだけでは、こうは
ならない。
食事は大体終わって、娘たちはシェフお手製のアイスクリームとエスプレッ
ソコーヒーに夢中、カガリと俺はシガーを楽しんでいた。基地が全面禁煙にな
ってからというもの俺たちは肩身の狭い思いをしてきたが、ここではそんなこ
とはなさそうだ。
「ねえ、ひとつお願いしていい?」
テーブルが片付いたところで、カガリが切り出した。
「何でしょう、お嬢様。ってかそれでそろそろ負債は全部返納でいいかな」
「そういうことにしてあげる。この後、行きたい場所があってね」
「どうぞどうぞ、お二人で行ってきてください。わたしたちは先に宿舎に帰っ
ていますから」
「馬鹿、そんなんじゃないわよ。本当はね……本当は、一人で行きたいんだけ
ど、でも一応、封鎖地区だから、護衛がいたほうがいいかな、って」
「封鎖地区か。まあ、安全ではない、な。構わんよ。つきあう。ヴァイスとシ
ュヴァルツは先に帰って寝てろ。金は十分に持ってるよな? まあ、その金を
握ってどこかに遊びに出るぶんには止めないが、朝には帰って来いよ」
「サー・イエス・サー」
「さて……じゃあ、そろそろ出るか。チェックを」
「ヒイラギ様からお金はいただけませんよ」
「またまた。いつもどおり、経営苦しいんでしょ。取っておいて。どうせあた
しのお金じゃないんだし。それより、次もまたどこかで会えたら嬉しいわね。
できればここだと楽なんだけど」
「では、失礼ながらお言葉に甘えさせていただきます。皆様、本日はどうもあ
りがとうございました」
「ジャンにもよろしく伝えて。今日こそは完璧だったって」
「はい。本来ならばこの場にお連れするのですが」
「対面恐怖症の料理人って面倒よね」
「では、またのお越しをお待ちしております」
「ありがとう、ごちそうさま」
「ごちそうさま。月並みな言葉で申し訳ないが、素晴らしかったよ」
「ありがとうございました、本当に美味しかったです!」
娘たちは歩いて帰ると言い張ったので、好きにさせることにした。夜遊びコ
ースというところか。それもいいだろう。俺はタクシーを止めて、湾岸の封鎖
地域近くまで運んでもらうことにする。空を飛んでもいいが、さすがにね。
封鎖地区というのは、この国が最初に竜の襲撃を受けたときに、徹底した破
壊を受けた地域だ。竜との表向きの宥和が進んだ今でも、一種の見せしめとし
て廃墟のまま残されている。タクシーの運ちゃんは行き先を聞いて顔をしかめ
たが、3倍払うと言うと黙って車を出した。
1時間ほど走ると、封鎖地区が見えるあたりまで来たので、車を止めさせる。
運ちゃんもさすがにこれ以上あそこに近づきたくはないらしく、安心したよう
に金を受け取った。
俺とカガリは、手をつないで廃墟のなかを歩いた。そして溶け落ちた鉄製の
フェンス以外はすべてが燃え尽きている区画にたどり着いたところで、カガリ
が足を止め、くるりと振り返って俺の顔を見る。
「あたしの家に、ようこそ」
俺はでくの坊のように突っ立っていることしかできない。レストランの一件
で、というかそれ以前から、カガリは随分とお嬢様育ちなんじゃないかとは思
っていたが、ここまでとはね。H国首都のベイエリアといえば、世界有数の金
持ちじゃないと一軒屋なんて持てない地域だ。
カガリはふわりと歩を進める。俺はなんとなくコートを脱いで、その後に続
いた。
「ここが玄関。壁にはカンディンスキーのリソグラフがあったわ。お母様の趣
味。お母様は、ゲストに頂いた花を別にすれば、カンディンスキー以外は玄関
に飾ろうとしなかった。小さい頃は、なんだか落書きみたいって思ったけど」
近くに落ちていた焼け焦げた木の棒を手にとって、カガリは地面に線を引き
ながら歩く。
「こっちの扉が、客間。北欧のビンテージ家具でまとめてた。最初はお父様が
好きなアール・ヌーヴォー一色だったんだけど、あたしが無理いってデザイン
を変えてもらったの。カンディンスキーを見て入ってきたお客に、アール・ヌ
ーヴォーはないだろう、って。反抗期だったのね」
「こっちに行くと、リビング兼ダイニング。客間から動かした調度は、結局こ
こに定住したわ。ここがお父様のお城だったのかな。イタリア製のオーディオ
が置いてあって、あのスピーカーは小さかったけど本当にいい音がしてた。100
年もののワインの樽で作ったスピーカーなんだって、お父様は子供みたいに説
明してくれたわ」
「――お嬢様だったんだな、やっぱり」
「まあね。あたし自身は、そんなに贅沢な家だとは思ってなかったし、実際も
っとすごい贅沢をしてる家はいくらでもあったけど……世間の標準から見れば、
やっぱりお嬢様よね。でも、あたしのお父様の口癖は、『カガリ、うちはブル
ジョワじゃないんだから、大学は国立にしてくれ』だったわ」
「大学、行ってたのか」
「うん。この国では、一応、一番良い大学ってことになってるところ」
その大学の名前は、無学な俺でも知っていた。エリート中のエリートだ。
「頭いいんだな」
「あなたよりはね。でも、天才ってわけじゃあ、ない。あの大学に行ってみて
思い知ったけど、天才ってのは、あたしなんかとは全然違う。それを知っただ
けでもいい経験だったかな。あの人たちが、まだ生きてるといいんだけど。そ
れで、これから先も、うまく乗り切ってくれるといいんだけど」
「さっきのギャルソンに、教えなくてよかったのか。せめて、逃げろとか、危
ないとか」
「それは第一級の機密漏洩よ。あたしは軍人だもん。それに、あの人たちは、
戦争なんかじゃ自分たちの仕事をやめたりはしないし、諦めもしないわ。あた
したちがどんな場所でも殺し合いをやめないように、あの人たちはどんな場所
だって最高の料理とサービスを追及するわよ」
「だな……まったくだ。久しぶりに、本物のプロを見たよ」
「不器用な生き方しかできない人たちだけどね」
「類友ってやつだ。大学で、何を勉強してたんだ」
「法社会学。あと趣味で、ビザンティンにおける恩貸地制のゼミとか」
「なんだそれ」
「いまから120分ほど講義していい?」
「勘弁」
「医学も興味はあったけど……数学がね。才能の壁で撃沈。18歳がピークの学
問って、ひどいよね。高校生のうちに見切りつけざるを得なかった」
「よくわからん」
「はいはい、失礼しました。それで、こっちがメイン・ダイニングで、その奥
がキッチン。料理はお父様の分担だった。お父様は、学生時代にイタリア料理
屋でアルバイトしてたんだって。お父様が作る料理は、本当に美味しかった。
もちろんプロにはかなわないけどね。どっちにしてもお父様もお母様も、お手
伝いさんを雇うことを潔しとする人じゃなかった」
「それから、こっちの階段を登ると、客用の寝室。滅多に使わなかったなあ…
…。子供の頃は、よく遊び場所にしたものよ。お人形の家とか並べてさ。その
たびに、お母様に片付けなさいって怒られた」
「片付けられないのは、その頃からの癖か」
「悪うござんしたね。突っ立ってないで、こっちに来なさいよ」
俺は首を振りつつ、カガリの後を追う。カガリは瓦礫のなかに木炭の線を引
き続けている。
「学生時代もこんなだったのか」
「客観的に言えば――女王様だったかな。いつでも彼氏は2、3人いたし、彼
氏未満はもっとたくさんいた。まったく、あなたのことを悪く言えないこと夥
しいわね」
「青春を謳歌してたんだな」
「そうかもしれない。馬鹿丸出しでね。無茶もたくさんしたわ――さすがに、
3人以上といっぺんに寝たのは4回くらいしかないけど」
「無茶しすぎだ」
「学園祭のときは、誰もいない教室でセックスしたこともあるわよ。とてもス
リリングだった。へべれけになってトイレに吐きに行った男を介抱してたら、
なりゆきでそのままエッチしたこともある。『君が好きで好きでたまらないん
だ』とか、若さよね」
カガリがくるっと振り返る。
「ここがあたしの部屋。鍵を開けるわ」
彼女は扉を開けるしぐさをする。
「どうぞお入りください、シンラ」
「ありがたく」
俺は肩をすくめて彼女の後ろに続く。
「この壁面が全部本棚で、こっちが机。ここに窓があったんだけど、本棚で潰
しちゃった。ここに、お父様にもらったオーディオ機材。安物だって言ってた
けど、あたしには十分だったなあ」
そういいながら、カガリは瓦礫の山の上に立つ。
「ここが、ベッド。誤解しないで、ここに男を上げたことはないから」
「そうか」
俺は廃墟を見回して、つとカガリに一歩近づく。
「安心した?」
「俺が最初の一人になるのでいいのかな、と思ってさ」
カガリがまじまじと俺の目を見る。
「……いいわよ」
もう一歩、カガリに近寄った。距離がゼロになる。俺は彼女の細い身体を抱
きしめ、深々とキスをした。左手に引っ掛けていたコートが、ばさりと地面に
落ちる。
キスをしたまま、若干身体をずらして、ワンピースの上からカガリの乳房を
愛撫する。女性の魅力を目一杯詰め込んだかのようなその身体は、幾多の男の
興味を集めてきた。学生時代に奔放な性生活を送っていたというのも、あなが
ち嘘ではあるまい。彼女のルックスと身体、そして何よりもこの閃くようなウ
ィットと毒舌があれば、男に不自由することはなかっただろう。俺自身、何の
かんので彼女にベタ惚れしている自分を認めざるを得ない。
彼女は目を閉じて、愛撫に身を任せていた。俺はカガリを強く抱きしめたま
ま、彼女の耳朶を、首筋を、頬を、喉を、唇で撫で回す。ワンピース越しに感
じる彼女の暖かさが心地よい。
俺はじわりと背後に身体を動かすと、彼女の豊かな胸を楽しんでいる右手は
そのままに、もう片手をそっと腹部へと滑らせる。綺麗に引き締まった、無駄
のない筋肉の感触。カガリもまた俺の脇腹のあたりに手をまわして、俺の身体
を柔らかくまさぐる。
左手を、すらりとした足へと伸ばす。太ももの感触をしばらく味わってから、
また腰へと手を這わせていく。彼女の手もまた、俺の足に降り、また脇腹へと
戻ってを繰り返す。
俺は自分が高まってきたのを感じ、彼女の臀部に腰を押しつける。カガリは
軽く腰を動かし、尻の狭間でズボンの中に収まったままの俺自身を撫でた。俺
は自身の興奮を感じつつ、それでも冷静を保つふりをしながら、彼女の首筋に
舌を這わせる。
カガリはしばらく俺にリードされていたが、やがて俺の抱擁を解いて正面か
ら抱き合うと、もう一度情熱的なキスを交わした。互いの手が、互いの背中の
靭さを確かめ合う。服越しに、お互いの心臓が高鳴っているのを感じる。カガ
リは足を俺の足に絡めると、ズボンの上から俺自身をさすった。不肖の息子は、
もう痛いくらいに膨張している。
「あたしと、セックスしたい?」
悪戯っぽくカガリが囁く。
「ああ」
「どれくらい、したい?」
「こんなに」
俺は自分の下腹部を指差してみる。
「どれどれ、容態を見てみましょうか」
彼女は地面に膝をつくと、ズボンのジッパーを下ろし、トランクスの中から
いきりたってイチモツを取り出した。
「ずいぶん腫れてるわね、シンラ」
「ここにきてお医者さんごっこか」
「悪い? 外科医と付き合ったこともあるけど、本当に器用だったわよ」
そう言いながら、彼女は俺の息子を口に含む。ねっとりとした口技に、十分
に膨張していると思っていたソレが、一段と硬さを増す。彼女はうっとりとし
た表情のまま亀頭を舐め、浮き上がった血管や筋に舌を這わせ、根元近くまで
頬張ると、強く吸った。思わず彼女の口の中で爆発しそうになる自分を、懸命
に抑える。
彼女は責め手を止めなかった。始めはゆったりと、やがて勢いよく、唇と舌
を総動員して俺自身をしゃぶっていく。俺は何度も深呼吸して自制を取り戻そ
うとしたが、そのたびにちろちろと亀頭を舌で突かれて、ひたすら決壊を堪え
続けねばならなかった。
だが、我慢にも限界はある。もうこれ以上は無理だと悟った俺は、カガリの
頭を掴み、彼女の口の中を激しく犯す。負け惜しみに近い。彼女は嬉々として
ピストンを受け入れ、前後動にあわせて息子を締め上げ、根元に近いあたりの
筋をやわやわと指でマッサージする。
この最後の攻撃を前に俺の我慢は崩れ去り、彼女の口の中で大量の精液をぶ
ちまけた。カガリは嬉しそうに喉を鳴らして体液を飲み干していく。俺は目を
閉じて、荒い息をついていた。まったく、どっちがどっちを犯してるんだかわ
かりゃしない。
やがて、彼女は俺の体液をすべて飲み干した。若干しなびた感じの俺の息子
を口から出すと、ハンカチを取り出して口元を拭く。俺はちょっと息があがる
のを感じて、倒れていた柱の上に座りなおした。カガリも隣に座る。
「ずいぶん溜まってたじゃない。あの子たち、ちゃんと満足させてあげたの?」
「多分」
「あたしが入院してるあいだ、ずっとハーレムだったんじゃないの?」
「んなわけあるか。一晩だけさ」
「意外ね」
「信用ないな」
「でもさ、文句なしに可愛い子たちじゃない。据え膳食わぬは男の恥って言う
んでしょ?」
「俺は、お前のほうがいい」
「嬉しいこと言ってくれるわね」
俺は小悪魔のような笑みを浮かべているカガリの唇を奪うと、もう一度全身
のあちこちを愛撫する。
が、今度は途中で止めたりはしない。
太ももを撫で回しながら、じわり、じわりとワンピースのスカートをずりあ
げる。やがて、すらりと伸びたカガリの足があらわになった。俺はストッキン
グの上から、直接彼女の足を触る。彼女は、自覚はないかもしれないが、太も
もの愛撫に弱い。
さほど時間をかけるまでもなく、カガリが甘い声を漏らし始めた。
「シンラ……ねえ、シンラ……」
「なんだよ」
俺は執拗に足を責め続ける。
「少しは……嫉妬してくれた? あたしの学生時代の話」
思わず、苦笑が漏れる。
「何よ。笑うところじゃないでしょ」
「悪い。そうだな、まあ、嫉妬したかな」
「どれくらい?」
俺は彼女の手を取って、自分のイチモツに触らせる。息子はもう十二分に回
復していた。
「これくらい」
カガリがクスリと笑う。
「そればっかり。いいわ、もっと……もっと、嫉妬して……」
俺は黙って愛撫を続けながら、徐々に彼女の秘所に手を寄せていく。そして
さんざん焦らしてから、彼女自身の上に指を乗せた。指先に熱い火照りを感じ
る。
「ストッキング、破いちゃっていいわよ」
カガリを焦らしながら、いい加減自分自身も焦れてきていた俺は、彼女のス
トッキングに両手をかけると力任せに引き裂いた。黒いレースのショーツがあ
らわになる。
ショーツの上から、裂け目のあたりをつつっと指で追ってみる。指先に、湿
り気を感じる。
「昔から、こんなに濡れやすかったのか」
「そうね……最初の一回はとても痛かったけど、すぐに馴染んだわ。敏感な、
いい身体をしてるって褒められた」
「敏感なのは知ってるよ」
俺はショーツの中に手を滑り込ませ、たっぷりと潤っている割れ目の中に指
を差し込んでいった。カガリは鼻をならしながら、うっとりとした表情になる。
時間をかけて、彼女の中を指でかき回していく。柔らかな襞を愛撫し、陰核
を刺激し、花びらを揉みしだく。彼女の唇がわななき、呼吸がやや速くなって
きた。
「すまん、カガリ」
俺はカガリの耳元で呟く。
「ん?」
「もうちょいじっくりと行きたいんだが……限界だ」
俺はショーツを乱暴にひき下ろすと、カガリの両膝の後ろに手を回し、一息
に彼女を抱え上げた。口でスカートの裾を咥え、完全に勃起したイチモツの上
に彼女を降ろしていく。カガリは俺の息子を指先で捕らえ、自分の内部に導い
た。
暖かな柔肉が俺の分身を包み込む。身体の深いところを突き上げられたカガ
リが、少し呻いた。
「もう、せっかち、さん、なんだか、ら……」
俺はゆるやかに腰をグラインドさせる。十分に熟れたカガリの秘所は、ずぷ
り、ずぷりと淫らな音を立てながら、俺の男性自身を絡めとるように咀嚼する。
あまりの快楽に、思わず俺も低くうめき声を出してしまう。やはりなんのかん
の言って、小娘どもではこうはいかない。
「お前が欲しくて欲しくて、たまらないんだよ」
「馬鹿」
両手をカガリの胸に回し、上下動にあわせて強く揉む。カガリは口を半開き
にして、下腹部からこみ上げてくる快楽に酔った。俺もカガリの動きにあわせ
て、ゆるゆると腰を動かす。
カガリの白い肌が紅潮する。俺は真っ赤に染まった彼女のうなじに舌を這わ
せ、乳首と太ももを服の上から責めながら、腰を揺らし続けた。カガリは自分
の秘所に手を伸ばすと、クリトリスを刺激し始める。膣がぎゅっと締まって、
俺はまたしてもうめき声を出してしまう。
「シンラ……ああ、シンラ……」
「カガリ、好きだ。お前が、好きだ」
「シンラ……」
まるですべての人間が死に絶えてしまったかのような廃墟の中で、俺たちは
愛し合い続けた。遠くの対岸では不夜城たる街の明かりが煌いているが、その
虚ろな輝きは、まるで巨大な墓石のように海の中に立ち並ぶ橋脚の群れを、微
かな灰色に染めることしかできなかった。
カガリは、俺に貫かれながら、静かに言葉を紡ぐ。
「シンラ、忘れないで――この風景を、忘れないで。あなたの、そしてあたし
たちの誇りが生むのは、この風景でしかない――あなたと、あたしたちの気高
さがもたらすのは、死人の山だけ。お願い、それだけは、忘れないで」
俺はただ、頷くことしかできない。それ以外、俺に何ができるというのだろ
う。彼女の幸福と希望が灰になって眠る、この場所で。
やがてカガリが高まり始めた。太ももを愛撫する俺の手に、彼女の体の細か
な痙攣が伝わり始める。
「ああ、シンラ……、あたし、ああ、もう、ダメ、シンラ」
「いいのか、カガリ、もう」
俺は歯を食いしばりながら、ゆっくりとした腰の動きを保つ。今にも息子が
破裂しそうで、額には汗が滴り始めた。
「うん、きて、シンラ、きて、お願い」
その声につられるように、俺はぐいと強く腰を突き上げる。カガリが「ああ
っ」と一声叫んだ。カガリもまた、激しく腰を上下させる。ワンピースに包ま
れた引き締まった体が、じっとりと汗ばんでいるのがわかる。
カガリの秘所がぎゅっと強く締まった。カガリは下唇を噛み、天を仰いでい
る。腹筋が激しく収縮し、震える足からハイヒールが落ちた。俺は奥歯に力を
入れつつ、ぐいぐいと彼女を突き上げる。
「ああ、シンラ、すごい……あ、また、またイク、ああ、まだ」
一度緩んだ彼女の秘所が、ふたたび緊張をはらんだ。
「あ、ちょ、ちょっと、足、足つっちゃいそう、あ、ああっ」
俺はよくわからない訴えを無視して、激しくカガリを下から突き上げる。ボ
スッボスッという破裂音が混じった。一撃ごとに彼女は「イク」を繰り返し、
次第にその声は脈絡のないうめき声に溶けていく。締め付けは物凄いものがあ
るが、それでも俺は必死で射精感をやり過ごし続けた。まだまだ、まだまだだ。
「ひいっ、あ、あああ、あぅ、あ、ああっ、あああっ」
カガリはもう自分で腰を動かすこともできないようで、半ばぐったりと俺に
身体を預けながら、押し寄せる快楽に浸っている。俺は彼女の顔をつかむと、
ぐいと背後を向かせて、わななく小さな唇に唇を押し当てた。ほとんど本能的
に彼女は俺の口の中に舌を割り入れてくる。俺はカガリの舌に舌をからめつつ、
最後の抽送を始めた。
「ん、んぅー、んんんっ、んんっ、ん、んんんんんぅっ!」
カガリの全身が硬直し、俺の男性自身を強烈に締め上げる。俺は全力を振り
絞って彼女の体のなかに怒張をガツンと沈めると、そこで溜まりに溜まった劣
情をどっと吐き出した。怒張がぴくぴくと震え、その痙攣に彼女はまたしても
高みへと到達する。
……が、コトが終わって放心したような表情のカガリを見ているうちに、す
べてを吐き出したはずの俺の息子が勢いを取り戻した。カガリが驚いたような、
それでいてうっとりとした目で俺を見るが、むしろ俺のほうがびっくり。美味
いものたらふくを食ったせいかな。
「カガリ――好きだ。愛してる」
俺はそう囁くと、彼女を貫いたまま、ぐるりとその身体の前後を回転させた。
胎内に走った異様な感覚に、朦朧としていたカガリが「はぅ」とか間の抜けた
声を出す。
「さ、ヒイラギお嬢様、もうひといきお家をご案内いただけませんか」
そう言いながら、俺はカガリを抱えて立ち上がる。いわゆる駅弁スタイルと
いうやつだ。
いまや全身が性感帯のようになっている彼女は、俺にしがみつく力もほとん
ど残っていない。けれど、重力に身を任せると、自然と俺のイチモツが彼女の
身体の奥深くを突き上げる。その深すぎる快感から逃れようとして俺の身体を
少し這い上がって、でも力尽きてまた重力に負ける。彼女は俺に抱きかかえら
れたまま、無尽蔵な快楽の淵をさ迷い続けた。
そうするうち、カガリの全身から力が抜ける。ほとんど失神しかかっている
のだろう。俺は軽く笑うと、一歩を踏み出した。とたんにカガリの身体の中に
猛然とした刺激が走り回って、彼女はびくりと俺にしがみつき――また快楽の
無限ループに戻る。
「好きだ。愛してる、カガリ」
俺は呪文のようにそう繰り返しながら、廃墟の中をゆるゆると歩き回った。
カガリは半分眠るように、半分快楽の海に溺れるように、俺の肩に頭を乗せた
まま呻いている。
「お前以外にいない。好きなんだ、愛してるんだ、カガリ」
小さく、彼女の口から、「あたしもよ、愛してる、シンラ」という声が聞こ
えた。
……畜生。
やっと。
……やっと、言いやがった。
俺は彼女の部屋だった場所に戻ると、床に落としたままになっていたコート
の上に彼女を横たえた。間髪いれず、一気にその身体を刺し貫く。
「あ、ああっ、イイっ、あ、あああっ」
「愛してる、カガリ」
「あ、ああ、あい、して、る、シンラッ! あいして、るっ!」
「カガリ、愛してる、カガリ」
「シンラ、シンラ、ああ、ああああっ」
彼女の身体を揺するたびに、その口からは堰を切ったかのように愛らしい言
葉が漏れた。俺は時に荒々しく、時にゆるやかに彼女を揺さぶる。微かに聞こ
える波の音に、すすり泣くような悦楽の声が混じり続けた。
――俺は、自分が目を覚ましたのに気がつく。少し、眠っていたようだ。カ
ガリは俺の肩に頭を乗せて、すやすやと寝息を立てている。このままもう一眠
りしてもいいが、さすがに身体に良いとはいえない。風邪をひくような身体構
造はしていないとはいえ、少しは考えたほうがいい。
俺はカガリをそっと揺り起こす。彼女はいつもどおり、不機嫌そうな顔で目
を覚ましたが、俺の顔を見て表情を緩めた。
「……あーあ。愛してるって言葉だけは、お父様とお母様以外の誰にも言わな
いまま死ぬつもりだったのに……。負けたわ」
「光栄の至りだ」
「後悔はしてないけどね。でも、こうなるんだったら、もっと早めに言ってお
けばよかった」
「まったく同感だね。てこずらせやがって」
「言葉って凄いわよね。あたし的は、今までで最高のセックスだった」
「俺もだ」
カガリがゆっくりと上体を起こした。
「ねえ、シンラ。あたし、病院であなたに平手打ちしたでしょ」
「ん、あ、ああ」
「なぜだか分かってる?」
「なぜって、お前、それを俺に説明させるとか」
「分かってないのね。
シンラ、よく聞いて。あなたはあのとき、あたしに握手の手を差し出そうと
したのよね」
「当たり前だろ」
「あなたの手は、あのまま出されてたら、あたしの足のあたりに伸びる予定だ
った」
「……そうか」
「あなたが思っているより、あなたの精神汚染はずっと進んでる。手の位置が
低く出たっていうことは、あなたが無意識のうちに自分の身長を読み間違えて
いるのよ。あなたは、あなたのなかに棲んでいる竜の身長を、自分の身長のよ
うに意識してるってこと」
「巨大化妄想だな」
「ええ。最初期に現れる症状だけど、こんなに早く出てくるとは思わなかった。
CMIの支援がないっていうのは、想像よりもずっと危険なのよ」
「それで、平手打ち、か。確かに、あの場で俺が精神的に不安定な証拠を見せ
ていたら、まとまる話もまとまらなかっただろうからな。ナイス・フォローに
感謝するよ」
「それでも、やる?」
「ああ。だが、そうだな、銃は諦めるさ。正直言って、現状でも照準に自信が
持てなくなってきてる」
「わかった。気になったことがあったら、どんな小さな違和感であっても、必
ずあたしに教えて」
「イエス・メム」
「冗談じゃないのよ」
「わかってる」
「ならいいけど」
1時間ちょっと歩くと、ようやく車がまともに走っている界隈に出た。何台
かのタクシーに乗車拒否をされつつ、なんとか一台捕まえる。俺はホテルの名
前を告げて、あとは運転手に任せることにした。多少はぼったくられるだろう
が、金なんてもうどうでもいい問題だ。ただ今は、一刻も早く風呂に入って、
ベッドで眠りたかった。
タクシーに乗るや否や、カガリは俺にもたれて眠ってしまった。俺も必死で
起きていようと努力したが、適度に効いた空調とゆるやかな振動、そしてカガ
リの暖かな身体がそこに追いうちをかけてくるとあっては堪えきれず、眠りに
落ちた。
目が覚めると、タクシーはホテルの前に止まっていた。さぞかし素敵な料金
を要求されるだろうと思ったが、妥当な額しか請求されない――というか、タ
クシーに書いてあるキロ単価から言うと、ほぼ最適ルートでここまで来たとい
うことになる。俺はちょっと気まずくなって、チップ込みで運転手に支払いを
したが、運転手は律儀につり銭を俺につき返した。
戸惑う俺に、目を覚ましたカガリが「この国では、これが普通なの」と囁く。
俺はなんだかとても恥ずかしくなって、頭をかきつつ釣り銭を受け取った。
ホテルの部屋に戻って、二人でシャワーを浴びる。不思議なことに、さて二
回戦という気分にはならなかった。ガウンを羽織って、転げるようにベッドに
倒れ、抱き合ったとたんに熟睡。朝になってヴァイスとシュヴァルツに覚醒パ
ルスで叩き起こされるまで、夢も見ずに眠った。
明け方の街は、何かに怯えるような静けさを保っていた。俺たちは装備を確
認し、簡単なブリーフィングをしてから、ホテルを出る。ここから先は、この
街は戦場だ。俺たちにとっての本当の現実が、ようやく姿を現そうとしている。
よし。
心の中で、気合を入れなおす。
俺たちが、何を求め
何を見て、
何を聞き、
何を思い、
何をするのか。
――さあ、征こう。
(Chapter5に続く)
最終更新:2013年04月28日 23:02