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一人の勝者の影には一人の敗者が、
一人の名将の影には幾百の部下が、
一人の英雄の影には幾千の名も無き勇者達がいる。
ここにとある小さなギルド、誰もが知る英雄の影でマイペースに活動するひとつのギルドがあった。
後にそのギルドに所属することとなる一人のローグの物語である。


「う……」
目が覚めると同時に、あたしは腹から響く鈍痛に呻かされる羽目になった。
顔をしかめながら目を開ければ、そこは薄暗い、どこか建物の一室と思しき部屋だった。
ここはどこ?私はだ……いやいや、自分が誰かくらいは分かってる。
あたしはここらでその日暮らしを営む……
……ここらって、『ここ』は本当に『ここら』なんだろうか。
寝てる間に誰かに運ばれたなんてことは……誰かって、誰?
……ここはどこ?
「目が覚めたみたいだね」
声をかけられて初めて自分ではない誰かの存在に気付く。
それは一見柔和そうな、物腰の柔らかそうな若い男だった。
だけどあたしの勘が、その笑顔の影に非情な判断を下せる冷徹さがあると告げている。
いや、そいつだけじゃない。やっと戻ってきた感覚で辺りを探れば、その部屋には複数の人影があたしを取り囲んでいた。
その中の二人に、あたしは見覚えがあった。
気を失う前の記憶が戻ってくる――

あたしが町で見つけた男。
そして次の日、突然あたしを呼び止めて連れて行こうとした女。
必死で振り払おうとするあたし。
食い込む拳、背骨のきしむ音――

「――――っ!」
いっぺんに状況を理解して青ざめるあたしに、男が声をかける。
「早速事情を理解してくれたみたいで助かるよ。確認するけど、そこの彼の顔に見覚えはあるね?」
……嘘をついても逆に自分の首を絞めるだけだ。
そう判断したあたしは正直に答えることにする。
「あたしが……財布を盗ったお兄さん……」
「ほう、あっちは『お兄さん』か」
それまで黙っていた女が口を開いた。
一発で沈められた記憶が甦り、知らず身体が縮こまる。
「お前、昨日私になんて言ったか覚えているか?私はこれでもあの『お兄さん』と同い年なんだがな」
面白がるような口調とは裏腹に目は笑ってない……気がする。
……昨日?昨日、何か言ったっけ。逃げるのに必死でよく覚えてないけど……あ。
「え、えっと……確か、とし「ちなみにもう一回言ったら殺す」
マジだ。本気と書いてマジだ。目がマジだ。
もう一度言ったら確実にあたしはエデンに別れを告げることになる。

恐怖におののくあたしを見て、若干呆れたように男が口をはさんだ。
「ほらほら、怖がらせないの。
 ……さて、僕らの懐事情はそう芳しく無くてね。君が彼からスり取った僅かな金額でも無いと困るんだ。
 君が盗んだお金を返してくれるなら僕達は少なくともこれ以上君を責めるようなマネはしないんだが……」
――それは温情処置のようでいて、その実最悪の展開だった。
盗んだお金を返せば不問にすると言っているのは、でなければどんな手段もいとわないと言っているのと同じだ。
そして前にも言ったとおりあたしはその日暮らしだ。盗ったお金なんて残っている訳が無い。
考えろ。どうやってこの場を切り抜ける?どうすれば、どう言えば見逃してもらえる?
あたしの頭脳がフル回転する。このときの必死さは間違いなくあたしの人生史上最高だろう。
そして出た結論は…………不可能、だった。あたしの頭でそんな名案が出るはずもない。
だらだらと冷や汗が落ちる。
「……どうしたのかな?」
黙り込んでいるあたしに痺れを切らしたか男が問いかけてきた。
その声の優しさが逆に恐ろしい。
「すっ……すいませ……食べるのに……使っちゃいました……」
あたしの返事を聞いた男は、しかし怒りも逆上もしなかった。
やっぱりね、と言うように首を振り、そして、
「……そう。じゃあ、身体で払ってもらうしかないな」

あたしは目の前が真っ暗になった。

――――――――――――――――――――――――――――――

――二日前、午後0時05分、カザン共和国、弁当屋『旅人食堂』裏にて
「しかし……出遅れたよなあ」
「出遅れましたねえ」
行きかう人並みを眺めながらぼやくハントマンの男女がそこにいた。
一人は頑強なファイターの若者、一人は前髪をヘアピンで留めたナイトの女性だった。
「この辺りのドラゴンは例の英雄御一行が一掃した後か」
「噂ではその英雄さんたちは執政官の命を受けてすでにアイゼンに向かったそうですよ」
「ドラゴン退治の役は完全に奪われたか……復興で仕事に困らないのはいいが……どうするかな……?」
考えをめぐらせながら一歩踏み出した若者は、その瞬間に走ってきた人影とぶつかった。
「わっ!?」
「ああ、すまない!」
「ううん、こっちこそごめんね!!」
そう言い残して走り去っていく少女を見送って、ファイターはまた口を開く。
「人通りの多いところでよそ見するもんじゃないな」
「ゆっくりできる拠点があればいいんですけど、今の私達には夢のような話ですし」
「そうだな……とはいえ宿代も馬鹿にならないし、メイジに仕事採りのついでに拠点探しも頼むか」
「安くていい物件があるといいですけど」

そこで会話が途切れ、しばらくの間町の賑わいを聞きながら二人は空を眺めた。
時間の流れるのを忘れそうな感覚にひたるファイターだが、ふとかけられた声が彼を現実に連れ戻す。
「……この辺りで黄色い髪をした、肌の浅黒い娘を見なかったか?」
どこからとも無く現れたその男は、それだけ言って返事を待つ。
「……少し前にここでぶつかったが」
「そうか、それでどちらの方向へ?」
「すまないがそこまでは」
「……分かった。協力に感謝する」
男ははそう言い残して人ごみに消えていく。
あとに残された二人は顔を見合わせ、
「なんか胡散臭い感じがしたが……教えない方がよかったかな」
「さあ……」
と呟いた。

更にしばらくして、痺れを切らしたファイターが口を開く。
「…………遅いな。今日は混んでるのかな?」
「そうだと思いますよ、お昼時ですから」
「かな。ちょっと見てく……っと!」
弁当を買いに行った仲間を見に行こうと立ち上がったファイターはまたしても走ってきた人影とぶつかった。
激突されて踏みとどまるファイターの目の前で、見覚えのある黄色い髪がヒョコヒョコと揺れる。
「ととっ……」
「ん、あれ?」
「ああ、さっきのお兄さん!ほんとにごめんね!!」
「いいよ、お互い様だ」
先程と同じように少女は走り去ってゆく。
「あ、さっきここで……っていっちまった」
ファイターが先程声をかけてきた男の事を思い出したときには、少女は声が届かないところまで離れていた。
その後姿を見送るファイターに、別の方から声がかかる。
「待たせたな」
いったん少女の事を頭から振り払い、右手の路地に目を向ければ、
光の反射で濃い紫にも見える黒髪の女サムライが弁当の袋を提げてやってくる。
その隣には無口そうなプリンセスの少女が連れ添って歩いていた。
「ギルドの財布は持っているか?清算を頼みたいんだが」
「あ、ああ」
そういって領収書を差し出してくるサムライにファイターは財布を取り出し……そして、首をひねった。
「……こんなに少なかったか?」


「……見た?」
「見事な手つきだったな」
広場を見渡せる宿屋の一室に、彼らはいた。
先程のメンバーにメイジの青年を加えた五人は窓際に固まって一人の少女を見ている。
そう、彼らが見たのは二度ファイターにぶつかったあの少女が鮮やかな手つきで財布をスり取る瞬間だった。
「そうか……取られたのか」
ファイターが複雑な顔でしゃがみこむ。そんな彼を見て、メイジがやれやれと言った表情で声をかけた。
「このくらいで落ち込まない。それより見ててごらん、たぶんもう一回ぶつかるよ」
そう指差した先で、確かにあの少女がもう一度ターゲットに近付いていく。
ナイトが首をひねってメイジに尋ねた。
「本当……どういうことですか?」
「一回目で財布を盗んで、何割かを抜いた後二回目で戻してるんだよ。
 余計な危険を冒してでも全部を奪わない辺りまだ良心はあると見ていいかな」
「……!じゃあ、まだ更生の余地は」
少女にいっぺんの希望を見出し顔を明るくするナイトにメイジが水をさした。
「今は、ね」
「ああいうことを続けているとな、しだいに罪悪感が薄れていくものだ。繰り返し繰り返し
 盗みを重ねるうち次第に抜き取る割合が多くなっていき、終いには」
「させません!」
「……うわっ!?」
台詞をぶったぎって突然声を上げるナイトにサムライが後ずさる。
「まだ更生の余地はあるんでしょう?だったら放っておいては駄目です!
 未来ある若い子が悪の道に堕ちるのを、黙って見てる訳には行きません!!
 ………ギルマス、私達で何とかできませんか?」
訴えるような視線を受けてメイジが若干引き気味にしながら頭をかく。
「まさしくナイトの鑑だね……ま、お金を盗まれて知らん振りってワケにも行かないし、
 どっちにしろあの子を放っておきはしないよ。
 ……それに、君たちにあの子の行方を聞いたって男も気になる。接触は早い方がいいな」
口元に手を当てながらそれだけ言い、メイジはごそごそと何かの準備を始める。

そして翌日、同じ部屋に、今度はメイジだけの姿があった。
時計を見ていた彼は、ふと妙な物体を取り出して町の地図を広げたテーブルに向かう。
それは一言で言うなら底に魔石のようなものをつけた紙コップだった。
席に着いた彼は、その紙コップに向かって口を開く。
「コードネーム『シャルル』より各員、状況を報告せよ」
耳に当てて反応を待つと、おずおずとした声が返ってくる。
「コードネーム『ブーン』より……なあこれ本当にやらなくちゃ駄目か?コードネームとか意味あるのか?」
「ある。こういうのはノリが大事なの」
「無いんじゃねーか!あー、こちら『ブーン』、見当たらない、以上」
「『ケイト』です。こちらも見当たりません」
「『ラン』だ。この辺りにはいないようだ」
開き直ったファイターを皮切りに、仲間達が状況を報告していく。
「ふむ……西、東、南にはいないと。『モモメノ』、そっちは?」
「………」
反応の無さにメイジの動きが止まった。
「『モモメノ』?『モモメノ』ー。……軍オタごっこがつまらなかったなら謝るから機嫌直してー」
「………」
「ごめん本当に「……いた」え?」
「『モモメノ』から『シャルル』、広場からクエストオフィス方向に『ハッチ』を見つけたよ」
一瞬、全員の間に沈黙が落ちる。
「……でかした!ええと、その位置なら……」
「私が近い、押さえに行く!ファイターとナイトは路地を押さえろ!」
「ちょっ!押さえって、基本的に言葉での説得だからね!?」
「分かってる!」
「こっちに来たら任せてください、真心で説得して見せます!」
「ああそれはいいんだけど……何だか嫌な予感がする、気をつけて!」
慌しく情報の交換を終えればメイジにできることは無い。
意味も無くテーブルの回りをうろうろするメイジの耳に、少しして再びプリンセスの声が飛び込んできた。
「あっ」
「どうした?」
「予想外の事態になった」
「……っ、詳しく!それで!?」










「『ラン』が『ハッチ』をのした」

散々引っ張っておいてこのオチだ。
あたしの目の前では、後ろから出てきた女の人に盾でぶん殴られた男が頭を抑えて呻いている。
「いっ………たいなあ、いきなり何するのさ?」
「何じゃありませんよ!身体で払うとか!誤解を招くでしょう!間違ってはいませんけど言い方ってものが……」
「分かった分かった、僕が悪かったよ。いっぺん言ってみたかっただけだ……
 おほん。あー、そういえば自己紹介がまだだったね。
 僕達は最近オフィスに登録した新規参入ギルドでね、冒険屋兼ハントマン……の予定だ」
「冒険……屋?」
「出稼ぎと旅行者と開拓民と何でも屋を足して割ったようなものかな、新天地と仕事を探してここに来たんだ」
「ああはい……それで?」
出稼ぎと旅行者と開拓民と何でも屋。いや、イメージは出来ないこともないけど……
「あわよくばしばらくここを拠点にドラゴン退治をして仕事と冒険の両方にありつけないかなー、と
 思ってたんだけど考えが甘かったみたいでね。政府直属の少数精鋭ギルドが……これは君には
 どうでもいい話か。ごめん、本題に入ろう。僕達は人手が欲しい。できれば健康で、よく働いて、
 戦うことが出来て、今僕達に欠けているタイプで、なおかつタダ働きさせられる人材が」
「……それって、まさか」
「そのとおり、君のことだ」
「いやあのちょっと待ってよ!……じゃなくて待って下さい!
 そ、そんな化け物退治なんかとてもじゃないけど無理ですって!」
「心配ない、彼女が稽古をつける」
そういって彼が指差したのは…………
「わ、私か!?」
ひいいいいいいいいい。
昨日あたしを一発でのしたサムライのおば……お姉さんじゃありませんか。
「そうだなー、一週間でこの子を一人前のローグに出来る?ついでに最低限の社交マナーも」
「ちょちょちょちょっと待て!引き受けるなんて言ってないぞ!?」
「君以外に適任なんていないじゃないか、ファイターとナイト君は稼ぎ頭だし
 僕は剣なんて使えないしそもそも僕がいなけりゃ仕事そのものが受けられないし
 それとも何か、プリ君に見てもらう?」
つられてサムライのお姉さんが部屋の隅っこにいるプリンセスに顔を向ける。
……まあ、むしろ教えを受ける側だよね。この子。
「……はぁ。仕方ない、引き受けよう」
「あのー、あたしの意思は?」
「……空気を読め、選択肢はお前に有って無きが如しだ」
「……はい」
いや、うん、確かにこの空気じゃいいえなんて言えないよね。
「よし、じゃあ契約成立だ。よろしくね。僕は一応ギルマスやってるから困ったことがあったら言って」

そのお兄さん……ギルマスがそういって笑うと、後ろのファイターのお兄さんとナイトのお姉さんが出てくる。
「まあ、なんだ、よろしくな」
「よろしくおねがいします。これからは真面目にしなくちゃだめですよ」
「あ、はい……よろしく」
なにしろ財布をスった相手なので顔を合わせ辛いが一応返事はしておこう。
……と思ったらいきなり怖いお姉さまから指導が飛んできた。
「よろしくではなくよろしくお願いします!あと相手の目を見てはっきりと」
「はいよろしくお願いします!」
「さて、そういうわけでこれから当分お前の面倒は私が見ることになる。何か質問は?」
「なんとお呼びすればよろしゅうございますかお姉さま」
「こいつは……とりあえずお姉さまはやめろ」
「じゃあ師匠」
「私はそんなにできてない」
「じゃあ先生」
「もっと他にないのか」
「じゃあウバ桜の保護者さん」
「……」
「……」
「……」
「……」
「…………せっかく入った新人だが仕方ない。……居合スイッチ」
「わあああ嘘です、嘘です!言ってみただけですごめんなさいほんのジョークですって!!
 ストップ、タンマ首落はやばい!!すいませんチョーシこきました謝りますだから刀しまってーーー!!!」
「……ふん。いいか、私は24だ、二度と忘れるな。……それとお前」
「はい、なんでしょう姐御」
「あね……まあいい。お前の名前は?それと歳は」
「あ、17です。で名前は……」

こうしてあたしはこのギルドに所属することになった。
しかしまあよく数日前まで赤の他人だったあたしをあっさりギルドに入れてくれたものだ、
このギルドには危機管理という言葉が無いのだろうか。
ギルマスに聞いてみたことはあるが、返ってきたのはこんな言葉だった。
「うーん、まあ、君が悪い子に見えないからかな。うん、皆直感的に君を信頼できると思ってるんだよ」
直感で善人か悪人か分かるんだったら世話無いだろう。
実際あたしは出来るものなら逃げ出したいとすら思ったことがある。
いやまあそりゃ三食食べさせてもらえるし暖かい寝床で眠れるし基本的に好意的に接してくれるしで
言うことはないんだけど、………いかんせん姐御が怖すぎる。
朝から晩まで刃物の使い方をみっちりレクチャーされるのはいいがスパルタなのだ。この前なんか
ショートソード一本持たされて草原に放り出されて死ぬかと思いましたよええ。
その上ちょっとでも弱音をはくと容赦なく鉄拳と激しい言葉責めが飛んでくるんだから
一日しごかれてふらふらの頭でふと逃げ出したいと思っても仕方ないんじゃないかと思う。
……まあ、さっきも言ったとおり基本的にこのギルドの人たちはいい人ばっかだし、
恩を仇で返すのもポリシーに反するというかぶっちゃけ良心が痛む。
仕方ない。少なくともこんなあたしにかけてくれる信頼だけは裏切らないようにしよう。

――――――――――――――――――――――――――

「思いっきり裏切っちゃったよおい……」
あたしはその、エビフライが3尾だけ残った紙袋を手に青ざめていた。
どうしてこんなことになったのかというと、このエビフライが美味しすぎたのがいけないのだ。
宿屋の地下にある酒場『六花亭』のエビフライはとにかく大人気で、あたしはお使いで
予約してあるそれを取りに行った。で、無事に受け取ったまではいいんだけど
その帰り道で、………美味しそうな匂いに我慢できなくなった。
や、もちろん1尾だけのつもりだったんだよ?たくさんあるし、お使いの駄賃として1尾くらい
つまみ食いしても罰は当たらないかなー、と一口。
……すっごい美味しかった。自慢じゃないけどあたしは生まれてこの方たいした物を食べてこなかった。
そんなあたしにとってこのエビフライはどれだけの誘惑を発していたか分かってもらえるだろうか。
袋の中を確認する。うん、もう1尾くらいは大丈夫。もう1尾くらいは……
で、このザマだ。
「どうしよう、こんなのがばれたら……」
考えただけで鬱になりそうだ。
他の人ならまだいい、だがあの人に知られた日には……
「ん、どうしたこんなところにしゃがみこんで?」
「……ひぎゃあああああぁぁぁぁぁっっ!!?」
情けない話だがあたしは反射的に逃げ出した。
走り出した数秒後、あたしは自分の行動が結果的に正しかったことを認識する。
あたしに声をかけたのはそう、よりによって一番知られたくない人物、姐御その人だったのだ。
「おい、いったい何なんだ!?人の顔を見るなり逃げ出して!」
後ろから姐御が追ってくる。しかし追いつかれるわけには行かない、そんな勇気はあたしには無いのだ。
逃げ足と裏路地での土地勘は完全にあたしのほうが勝ってる。
そのアドバンテージを活かし、あたしは一気に姐御との距離を引き離した。
「ちょ……こら…………待っ…………」
姐御の声が遠くなっていき、そして、聞こえなくなる。
……撒いたかな?この先に隠れて様子を見ることにしよう。
あたしは路地のさらに奥のほうへとなるべく静かに滑り込んでいく。
それにしても、よく考えたら逃げたって根本的な解決にはなってないんだよね。
信頼を裏切ったことに変わりは無いんだし、どうしよう。
目の前の困難が去ったと思ったらまた別の困難が立ちふさがってあたしを悩ませる。
……そんなことを考えていたあたしだったから、足を引っ掛けられても受身を取ることすらできなかった。

「ーーーーっ!!」
一瞬宙を飛び、身体の前面から着地して三回転半しやっと止まった。
うう……痛い。思いっきり打った。
今足を掛けたのは誰?あれは絶対に走ってくる獲物を転ばせるための……
「久しぶりだな」
そして聞こえてきたのは、このエデンでも姐御よりずっと上、トップクラスに聞きたくない声だった。
「ここ数日、ずいぶんと探し回ったぞ」
……こいつがどういう奴なのか説明するのは難しい。
しいて言うならこの辺りの裏家業に手を染める不良共のまとめ役といったところだ。
「おい、聞いてるか?まあいい。連れて行け」
「!?」
辺りを見回せばどこにいたのか、いかにもゴロツキですといった風情の男達がにじり寄ってくる。
冗談じゃない。あたしは速攻で逃げ出すが、包囲をすり抜けようとしたところで腕を掴まれてしまった。
「このっ……!離せ……!」
必死で抵抗はしてみたがいかんせん力で劣り多勢に無勢じゃ逃げるのには無理があった。
完全に押さえつけられたあたしはそのままずるずると路地の奥のほうへと引きずられていく。
ああ……これなら姐御に捕まったほうがよかった……
「さて、用事は分かっているな?」
「なんのことですかねー……!」
押さえつけられたあたしを上から見てくるあいつに精一杯のガンを飛ばしてやる。
するとあいつは手に負えないというように顔を背けた。
「……ここなら助けを呼んでも人は来ない、適当に好きなようにしろ」
――っ!!その言葉を合図に何人かの男達があたしの衣服に手を掛ける。それが示すことは一つだ。
「なっ、こっ、ばっ!ちょっと……!まさかこんなとこで、何しようっての!?」
「お前にも分かっているはずだ。お前が上に従わないのなら、上はお前に罰を下すしかない」
「何であんな奴に従わなくちゃいけないのよ!あんなのあたしたちとは関係ない……接点無いじゃない!!」
あたしが必死で抗議している間にも男達はあたしの衣服をはぎとっていく。
ええい、空気を読め。それともそういう空気だとでも言うの?
「堅気には堅気の、裏家業には裏家業のルールがある。それがなければ人間は人間として生きられないからだ。
 そして俺達のルールは義理と面子がなければ成り立たないんだ。上を立てるとはそういうことだ。
 その面子を省みなかったお前は、例えどんなに理不尽だろうと、必要なかろうと、見せしめにならなければいけない。
 ……殺せとは言われていない。これに懲りたら、……お前は足を洗った方がいい」
それだけ言うと、あいつは背を向けて去っていく。
行かせる物かと伸ばした手は当然届くはずもなく、身体ごと押さえつけられて地に落ちた。
……畜生。
それでも首を捻り頬を汚しながら見上げるあたしの視界であいつが小さくなっていく。
……上半身が地面に押さえつけられ、腰を掴まれて持ち上げられた。
……畜生。
畜生。
畜生。
畜生。
………ちく………しょ……










「シッ!」
「っぎっ!?」
……風を切る飛来音と悲鳴。
何が起こったのか、この体勢では視認できない。
もう一度、無理やり首を捻る。その先には、ここ数日で見慣れたその人がいた。

「……姐御?」
間違いない。姐御だ。……もしかして、助けが来たんだろうか。
いや、でも、姐御は武器を持っていない!!いつも持ち歩いているカタナはどこに!?
答えは簡単だった。力が緩んだ隙を突いて抜け出せば、横っ面に赤く痕をつけた男が姐御の刀を握っている。
……サムライの魂をぶん投げたのか、この人は。
「っ……てめえ……」
だけどその代償はあまりにも大きすぎる、なにしろ武器を相手に渡してしまったのだ。
男がカタナを通りの向こうに放り投げる。そして戦う手段が無くなった姐御に……
……
訂正、姐御はカタナが無くなったくらいで止まる人じゃなかった。
男がカタナをぶん投げてその視線を姐御に戻すより早く、瞬間移動かと思うような速さで接近した姐御が拳を放つ。
打ち下ろされた拳は的確に男の横っ面を捉え、その身体を敷石に叩きつけた。
そういやサムライはその両手もまた魂として戦えるとか姐御が言ってたっけ。
一瞬で叩きのめされた仲間を見て周りのゴロツキたちが後ずさる。
あっけに取られるあたしに、辺りに注意を配りながら姐御が呆れた顔を向けてきた。
「散々探し回ってやっと見つけたと思ったらこれか。お前はこんなことのために私から逃げたのか?」
「……そんな風に見えますか」
「見えん。見えんから助けに来た」
助けに来た。
その言葉を聞いたとたん、なぜだか泣きそうになってきた。
さっきまでの方がずっとひどい状況だったのに、どうして?
「……なんなんだこれは」
声がするほうに顔を向ければあいつが何ともいえない顔をして立っていた。
おそらく様子がおかしいことに気付いて戻ってきたのだろう。
「すまんがそれはこっちのセリフだ。大の男がよってたかって何なんだ?」
「説明しても分かってはもらえない、だがこれは俺達の問題だ。
 こちらの世界に生きる者達にとっては譲れないことでな、お引取り願おう」
「断るといったら?」
「悪いがもう一度言わせてもらおう、これは俺達の問題だ。あんたがこちらの人間で無い以上
 あんたに口を挟む権利は………っておい!」
……わあ、セリフの途中で乱闘を開始するヒーローって初めて見た。
ちなみに男達が痺れを切らして襲い掛かってきたわけじゃない、姐御が自分からいったのだ。
あたし達を取り囲む五人のうち、左方向にいる男をいきなり強襲して正拳突きを叩き込み、それから構えを取る。
またもや一瞬あっけに取られた男達だったが、今度は黙っていなかった。
憎まれ口を叩くことも無く、短剣を手に無言で突っ込んでいく。
「危ない!」
思わず叫んでしまった。
だけどそれは若干遅かったようで、受け流しながらのカウンターを叩き込まれて次々と男達が
地面とお友達にされていく。
ほんの数秒後には、軽く構えを取り直す姐御だけがそこに立っていた。
「……あんた、話して解決しようって気はないのか」
一部始終を見ていたあいつが呆れたような顔で聞いてきた。うん、あいつのことは大っ嫌いだがそこだけは同感。
「どうやら話が平行線にしかならないようだったんでな。どうせ戦うなら済ませてしまおうと思っただけだ。
 ……いいか、前はどうだったのか知らんが今こいつは私達の仲間だ。お前達にはお前達の道理が
 あるんだろうが、それが大切な妹分を守らなければならないという道理より勝るとでもいうのか」
あ、また泣きそうになった。
たぶんこれはあれだ、名前だけは知ってるけど実際には経験したことの無いあれだ。
「……仲間?……なんだ、そうか。それじゃ確かに話はつかないわけだ……」

あいつは頭を押さえて何事か考え込みながら地面に突っ伏す男達を見回す。
そして小さくひとつため息をつくとこちらに視線を戻し、
「それはつまり、もう完全にこちらの世界から足を洗ってそっちで生きていくととっていいんだろうな」
それを受けた姐御はこちらに視線をよこす。自分で答えろ、ということだろうか。
あたしは目一杯縦に首を振った。
「戻ってくることは許されないぞ。どんな些細なことだろうと、どこの町だろうとだ」
それにもひたすら首を縦に振る。
「……ふん。今のを絶対に忘れるなよ………報告は多少『手心を加えて』やろう」
それだけ言うと、あいつは倒れてるゴロツキたちを呼んで帰っていった。
後にはあたしたちだけが残される。
「……で、今のはなんだ、昔の仲間か」
「別に……少し前ちょっと貫禄のあるヤクザの顔を立てなかったってんで落とし前をつけにきたチンピラですよ」
「その割には少し物分りがよかったがな」
助けてもらっておいてなんだがあたしは何だか醒めていた。
話半分に姐御の言葉を聞き流しつつ周りを見回して何かを探す。
……目の端に、泥だらけになった紙袋が映った。
無言で近寄り、くしゃくしゃのそれを拾い上げる。
あ、ラッキー。中に入っていたエビフライは皆飛び出てしまって、その上踏まれてグシャグシャだった。
これならもとの数なんてわかりゃしないし、全体的な分量が減っていても誤魔化せる。
良かった、割とひどい目にはあったけどこれで怒られないで済むや。
…………なのになぜ、あたしはそのエビフライの残骸を拾い集めているのだろう。
「なんだ?……うわっ、ひどいなそれは。さすがにそれは拾わなくてもいいんだぞ?何してるんだ?」
姐御が近寄ってきた。
あたしは土のついた尻尾をそろえ、なんとかエビフライ3尾の形を作って姐御に見せる。
「……ごめんなさい、おいしくてついつまみ食いしてこれだけにしちゃいました」
あのときほど呆気に取られた姐御の顔をあたしは見たことが無い。
……しばらくしてやっとあたしの言ったことを理解してくれたらしい姐御はバツの悪そうな顔で
そっぽを向き、頭をかきながらあーとかうーとか言い出した。
「まあ……、別にいいさ、お前の歓迎パーティーのメインディッシュが無くなるだけだからな」
「……え?」
今この人はなんと言っただろうか、歓迎パーティー?損害賠償でタダ働きすることになったあたしに?
「あの……」
「あっ!?そういえば本人には知らせ……ちょっと待て、いまのはなしだ、忘れろ!」
……ああ、もう駄目だ。温度感覚がおかしい、胸が熱い、今にも涙がこぼれ落ちそうだ。
やっぱり間違いない、もう疑う余地なんてない、この感覚は。
嬉し泣きだ。
「………っ、うぅ……。ぅえ………」
「ちょっ……おい、何だ?いきなりどうした?やっぱりなんかされたのか?おい……」
姐御が見たことが無いほどオロオロしながら聞いてきたが、当分まともな受け答えは出来そうにない。
しばらくの間、あたしは何も言えずただしゃくりあげ続けた。

そんなわけであたしは正式にこのギルドの仲間になった。
あのあとの歓迎パーティーではなぜかメインディッシュに山盛りのエビフライがでた。
たぶんかなり無理をして譲り受けてきたんじゃないだろうか。
そんなことを考えたらまた泣きそうになったのでビールを一気飲みして誤魔化したら、
姐御に乾杯が先だと殴られた。
そろそろ書くこともなくなってきたが、あたしは今でもこのギルドで元気にやっている。
相変わらず馬鹿をやって笑いあってたまに姐御に殴られる日々だ。
そうそう、この前姐御にふと思いついて
「姐御、一生ついてくね」
と言ってみた。そしたら姐御はそっぽを向いて、
「……馬鹿。早く独り立ちしろ」
といって、頭をくしゃくしゃと撫でてくれた。




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最終更新:2013年04月28日 23:09