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 笙の音が境内の隅々に広がっていく。続いて篳篥が、胡弓が、そして鼓が、重なるように音を出し、今日のよき日に花を添える。奏楽がひとつにまとまったときには、観客達の私語はほとんど消えうせていた。
 鳥居の下を潜って衣冠姿の鸚哥が入場し、境内中央に設えられた今日だけの特別な祭壇を目指して、ゆっくりと進んでくる。時おり聞こえる小さな黄色い歓声にも、今日ばかりは笑顔で答えるわけにも行かず、心の中で申し訳ないと、彼は頭を下げた。
 次いで鳥居の下に姿を現したのはみぽりんであった。ほぼ同時に巻き起こる、野郎達の野太い大歓声。それも仕方のない事かもしれない。彼女を知る人物は後にこう語る、別人が代役をしていると思った、と。十二単に化粧をほどこしたみぽりんは、姫巫女様にさえ並ぶほどの美人へと変貌を遂げていた。
 儀式通りなのか、着物が重いのか、亀には勝てる程度の速度で祭壇へとその身を進める。
 二人が祭壇の中央に並ぶと、奏楽が止まり宮司が本殿より現れる。祭壇の上で、鸚哥、みぽりんの前に立つと、祭壇の脇に控えていた巫女が声高らかに式の始まりを宣言した。

 後は任せても大丈夫だろう……。
 境内の一角にて、信乃は固くなった体を一度大きく伸ばして、輿に乗って退出していく鸚哥とみぽりんを見送った。褌一丁の男達が威勢の良い掛け声を張り上げながら輿を担ぎ、観客達は拍手喝采で彼らを見送る。
式は滞りなく進み、後は酒や食事、演舞や雅楽の余興を残すのみ。これらの一切は神主達の仕事であり、信乃の仕事は今日できることはもう何もなく、明日以降に本日の記録を書類にまとめて提出するのみである。
「しかし、貴女もご苦労なことでしょうね」
 信乃は本殿の方を拝みながら、小さく笑った。
宝厳須磨神社に祀られているのは、蜑乙女と言い、弁財天にして天照大神の同一存在。想い人との仲を引き裂かれたことにより祀られているのだが、神社に祀っただけではその怨霊を静める事はできず度々災厄を振りまいてきた。こうして六十年に一度、想い人である。朱砂の王と婚姻の儀式を結ぶという祭が行われるようになった。織姫と彦星は一年に一度しか会えなくて可哀相などというが、何のこちらは一環に一度である。
 朱砂の王と蜑乙女の役は厳正なる占術の結果で決まり、今回は朱砂の王に七比良鸚哥、蜑乙女にみぽりん、と決まった。毎年やっていれば、良い結婚ができるだの、幸せになれるだの、と何らかの言い伝えでもできそうなものだが、さすがに六十年に一度ともなると、面倒ごとを押し付けられた感の方が強いようで、みぽりんは最後の最後まで抵抗を重ね作業を難航させてくれた。

「僕達はいつ会えるのかな」
 大太刀の柄を撫でながら、語るように信乃は呟いた。
「やあ、信乃さん。せっかくのお祭に何をそんなしんみりとなさっているのです!」
 ふと声の方見ると、ボロマールが爽快な声をかけてきた、……褌一丁で。
「ボッ、ボロマールさん? その格好は一体?」
「ああ、これですか。こいつぁ漢のせぃ……、いや、げふんげふん、楽しそうだったのでつい仲間に入れてもらったのですよ、ははは!」
 豪快かつ上機嫌に語るボロマールだが、周囲の視線は意外と冷たい。普通、神輿を担いでいないときの担ぎ手は法被を着るものであるが、彼は他藩国の人間であるためそれを知らないのかもしれない。
「あの、何か羽織るものをお持ちしましょうか?」
「いやいやぁ、そんな手間をおかけするには及びません。このままで十分ですよ~! そんなことより、鸚哥さんとみぽりんさんをひやかしに行こうじゃありませんか!」
 そっちは十分でも一緒にいるこっちが恥ずかしいのだが……。いや、今日くらいいいじゃないか、と信乃は思い直し軽く頭を振る。今日は祭なのだから。

「では、行きましょうか。のんびりと向かえば、お二方ともが着替え終わる頃に着けるでしょうからね」

<了>    作・信乃