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神武倭(かむやまと)は旅へ出た 二千の子を連れ東へ向かった
高御坐(たかみくら)の地に辿り着いた時、そこで彼は出会った、一人の少女に
獣に襲われていた彼女を助け、神武倭は彼女に問うた
一人で出歩いては危ない 私と共に来ないか、と
すると少女は首を振って答えた
いいえ、共にくるのは貴方です
私は玉巳前(たまのみさき)貴方を導くためにやってきたもの

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知っているはずの場所にいたのにいつの間にか知らない場所にいること
だって他人事だと思うと見ていて面白いもの

ある藩王の趣味より

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 摂政の執務室、文机の上には幾重にもなる書類の山。山はけして比喩ではない。文机の前に座れば対面に座った者の顔は見えなくなるほど詰まれている。
 神聖巫連盟の摂政は怠け者ではない。誰よりも働くし、どんなことだって引き受ける。
 つまりは、ただお人好しなだけなのだ。
「さて、急いでやらないと今日は徹夜になってしまうな」
 そう呟いて気合いを入れるように頬を二度三度とはたく。カカオの香りが、鼻の奥をほんのりとくすぐった。
「摂政さまぁ、大変ですっ!」
 鸚哥が一枚目の書類に手を伸ばそうとした矢先、執務室の扉が勢いよく開かれた。そこには顔を真っ青にした姫巫女付きのメイドが両手をわたわたと振って立っていた。
「どうかしたのですか?」
「姫巫女さまがっ、ゆっ、ゆ、行方不明です!!」
「また、ですか……」
 そう、またである。姫巫女という立場にありながら、藻女はたまに一人で街へと遊びに出る。本人はお面を被っているのでばれていないと思っているようだが、ほとんどの者がそれを知っている。街中で狐面、それはあまりにも目立ちすぎる格好だ。
「それが……、いつもとは状況が違うのです」メイドは息も継がず捲し立てる。「お面は姫さまの部屋に残されたままで、街の方でも心当たりは全て探したのですが、誰もお見かけしてないとのことなんです」
「まさか! それは、本当なんですね?」
「はい、今もメイド達が街中を捜索しておりますが、誰もお姿を見ておられないようで」
 ほんのわずか、鸚哥の頭に不吉なことがよぎる。
 最近アラダの動きが活発になっているが、こんな小国にかまうはずがない、と考えていたのは甘かったかもしれない。いや、アラダだけではない。戦争のせいによって難民が増え、その一部が盗賊に身をやつしていることだってある。一人で出歩く藻女を誘拐することは簡単なことだ。
「すぐに人を集めてください。捜索隊を結成します」
 鸚哥は苦々しい顔をしながらメイドに言いつけた。ところが、である。
「それが、誰も手のあいている方がおられないのです……」
 申し訳無さそうに話すメイド。
 彼女が言うには、柊久音は週が開けるまで外遊、さちひこは青森救出作戦に出征中、雹は奉行所建築資材調達のため出張中、あすふぃこは国境警備にて長期不在、みぽりんは体調不良で休養中、有馬信乃は蜑乙女の大祭のため宝厳須磨神社に蘢り中。巫連盟の主立った面々は皆出払っていた。
「わかりました……仕方ない、私が行きます。すぐにメイドに招集を」

 空は国旗のように赤く染まっていた。普段何気なく奇麗だと思う夕暮れの景色も、今日のような日には血が連想されてしまう。鸚哥はごくりと唾を飲み込んだ。
 街はもちろんのこと、廃墟にも、洞窟にも、森にさえも藻女の姿は見られなかった。あと残っているのは北方に広がる山地の捜索だけである。鸚哥率いる捜索隊は武官の大多数を動員しているものの、それでも広大な山地を隅から隅まで探すとなると一日二日では終わらない。鸚哥は捜索隊を何班かに分け、捜索を開始するよう指示を出した。
 鸚哥自身も松明を掲げて先頭に立ち、鬱蒼と茂る木々によってほとんど光の届かない山の奥へ、数人のメイドを率いて進んでいった。山中の道は整備がされておらず、ほとんどが獣道になっている。松明を持っている鸚哥でさえ何度か躓きそうになったほど道は荒れている。
 おや……?
 どれほど奥まで進んだことだろうか、そこで鸚哥は奇妙な感覚に襲われた。ついさっきまで足下をしっかりと見て歩かないといけないような獣道だったのが、いつの間にか歩きやすくなっていることに気が付いた。見た目は確かに獣道なのだが、足下にあるはずの大きな石や朽ちた木の枝などはほとんど排除されてあるようで、まるで人が通りやすいように邪魔なものが排除されているかのごとくである。少なくとも自然にできた獣の通り道というわけでは無さそうだ。それを鸚哥は不審に思い、足下の整えられている道を選びながら先へ進んだ。
 しばらく進むと、きゃー、という女の悲鳴が鸚哥の耳に入った。どこかで聞いたことのあるような声、もしやと思い鸚哥は走り出す。その後についていたメイドも鸚哥を追って駆け出した。

「へっへっへ、別にとって食おうってわけじゃねぇんだからよ。大人しくしてくんないかね、嬢ちゃん」
「い、いやです。離してください!」
 鸚哥が十メートルほど走ると視界は開け、そこにはぼろぼろになった寺のような廃墟があり、境内に数人の人影が目に入った。顔までははっきりとは見えないが、数人の男と一人だけ巫女装束の女がいるようだ。
「お前達、何をしている!」
 鸚哥が叫ぶと、境内にいた彼らの影が一斉にこちらへと向けられた。
「なんだぁ、てめえらは。邪魔すんじゃねえよ」
「たくさんの巫女さん連れてんなぁ。うちらのアジトでも掃除してくれるってか」
 おそらく山賊かなにかであろう、男達が鸚哥に向かって好き放題に言って腹を抱えて笑っていた。
 無性に殴ってやりたい気分に駆られた鸚哥であったが、一つ大きく息を吸って呼吸を整え、後に控えていたメイドの一人から箒を取り上げ柄の先を男達に向ける。次の瞬間、爆竹を鳴らしたような乾いた音が静かな山にこだました。男達の動きが急にぴたりと止まる。
「お前達こそ大人しくしていろ。次は威嚇じゃ済まさんぞ」
 苛立ちを含んだ、けれど冷静な声を男達に向かって投げた。
 鸚哥の後に付いていたメイド達が、箒型銃を構えたまま男達に近づいていく。男達を縛るようにメイドに命じて、鸚哥は巫女装束の女へと近寄った。
「摂政様っ!」
 恐怖から介抱された巫女装束の女は、鸚哥の顔が見えるや否や、駆け寄って鸚哥の足下にひれ伏した。彼女は最初に藻女の行方不明を鸚哥のもとへ告げにきた女だった。
「貴女はたしか……、どうしてこんな所へ? 街の方を捜索していたのではなかったのですか?」
「摂政さまにご報告がありまして山まで追いかけてきたのです」
「そうでしたか。だが、こんな山の中へ一人で来るのは危険だ。注意してください」鸚哥は優しく微笑んで言った。「それで、報告というのは?」
「はい。じつは、先ほど姫巫女様が寮の方へお戻りになられました」
「なんと、見つかったのですか。それはよかった。それで、ご無事なんですか?」
「ええ、ご無事でした。温泉に行っておられてようでして……。これを摂政様にお届けするようにと預かって参りました」
 彼女は懐から一通の手紙を取り出して鸚哥に渡した。
 鸚哥は松明を渡してから手紙を開き目を通す。

 摂政へ
今日新しい温泉を見つけました。地図は下を参照。
急で申し訳ないけど、皆で遊びに行きたいから整備しておいてください。

 それはとても短く、そして判りやすい文章だった。
 こうして今日も鸚哥の眠れぬ夜が始まる……。

<了>
                                                  作・信乃