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Shooting Bullet(前編) - (2008/10/08 (水) 15:10:13) の1つ前との変更点
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*Shooting Bullet(前編)◆9L.gxDzakI
「着いたようだな」
静かに、呟きながら。
漆黒のマントをはためかせるルルーシュが、眼前にそびえる建物を見つめる。彼の一歩先に立つのはディエチの姿。
1つ先刻までと違う部分があるとすれば、それは彼らの装束の見え方だ。
少し前には闇に溶け込むような黒だったルルーシュの服が、今は周囲からはっきりと浮かび上がる黒へと変貌している。
そう。空が青いのだ。
漆黒の宵闇は色を薄め、今となっては、逆に僅かな陽光が東から差してきていた。
時はまさに黎明。全ての命に等しく恵みを与える太陽が、地平線の彼方から顔を出す時刻。
「思ったよりも時間かかったね」
「ああ。だがこれくらいなら、人が集まってきてもいい頃だろう」
2人の視線の先にある建造物を見ながら、言った。
白一色に塗られた、コンクリート造りの巨大な施設。
その中で一点、一際目を引くエンブレムがある。すなわち、真紅の十字模様。
遂にルルーシュとディエチの2人は、目的地たる病院へとたどり着いていたのだ。
しかも、その規模も申し分ない。階層合計は4階建てにも及ぶ、絵に描いたような大病院。
ここならば薬品も十分に手に入るだろうし、食材を確保するためのコンビニスペースもあるだろう。
そしてこれだけ巨大な施設ならば、人が大勢入ることも十分に可能だ。
すなわち、この設備を丸々爆破して倒壊させ、中に集まった人間を皆殺しにするのにも都合がいいということ。
明かりはついていなかった。それも当然だ。それは周囲に自分の存在をアピールすることになる。
それを実行するのはよほどの馬鹿か、あるいはルルーシュのように参加者を誘き寄せる目的を持った者のどちらかだ。
そして微妙に残った病院内の暗がりは、今のところはルルーシュ達に味方することになる。
最初にすべきことは物資確保。他の参加者から隠れて行う作業だ。こちらの姿は見えづらいに越したことはない。
「では行くか」
「ん」
短いやりとりの後、2人は道を歩き出す。
正面から見える窓全てに気を配り、最大限の警戒を続けながら。
この作戦の成功は、自分達の行動がばれていないということが第一前提だ。
内部からこちらの存在を察知されては、誰が相手だった場合でも話にならない。
殺し合いに乗った人間は、迷わず自分達を排除しに襲い掛かるだろう。
殺し合いを止めたい人間は、仲間を得ようと接触を図ってくるだろう。
殺し合いから逃げたい人間は、病院の中から逃げ出してしまうだろう。
そしたら全てが失敗だ。他の人間がまた病院に来るのを待つしかない。
もちろん、そんな悠長にしている暇はない。実際こうしている間にも、スバル達に何が起こるか分かったものではないからだ。
――ぱっ、と。
「?」
ディエチの視線の先で、僅かに光る窓があった。
「どうした」
「今……あの窓から、一瞬光が漏れたんだけど」
4階の窓を指差しながら、ディエチが言う。
まさに一瞬の閃光。カメラのフラッシュのような刹那の光。何のためのものかはまるで分かったものではない。
しかし、それでも、それはルルーシュ達にとっては有益な情報となった。
にぃ、と。
暗黒のマントを纏いし、魔王の口元が不敵に歪む。スカリエッティの狂喜にも似た凄絶な笑み。
「これで決まりだな。既にここには誰かが来ている。多かれ少なかれ、始末するべき対象がな」
この照明も機能していない病院の中で、自然に何かが発光するという現象はありえない。
ディエチが見たのは、確実に人為的に引き起こされた光だ。
それが戦闘によるものだったにせよ、それ以外が原因だったにせよ、間違いなくこの病院には誰かがいる。
他の参加者がいて、何らかの手段で何かを光らせている。
後は簡単だ。ばれないようにして欲しい物をかき集め、その後に葬り去ればいい。
ディエチにインカムの使い方を簡単に説明し、それから有事のために小タル爆弾を1つ渡す。
全ての準備を整えると、ルルーシュは自動扉をくぐって院内へと入った。
出迎えたのは、待合室と思しき広間。病院全体丸々カーテンの閉じられた院内は、予想通り薄暗かった。
ちょうど内部地図があったので、ディエチと共にそれを閲覧する。
――かつ、かつ、かつ。
その時、聴力強化のなされた戦闘機人の耳に入ってきたのは、そんな微かな靴音だった。
「!」
反射的にルルーシュのマントの裾を掴み、その場から早足で離れる。
一瞬、少年は驚いたような表情を浮かべたが、すぐに意図を察してその瞳を細めた。
それなりに戦闘は経験しているつもりだ。こういう場合にも慌てることなく、落ち着いて対処することができる。
ディエチは階段の陰に当たる部分へと、素早くフィットスーツの肢体をくぐらせた。
後から続くルルーシュもまた、その隣へと腰を下ろす。
「誰かいたんだな」
「奥の方に」
極力声のトーンを落とし、短く状況を確認した。
人間であるルルーシュには、全く聞き取ることもできなかった微かな音だ。これくらいの声なら、そこまで届くこともないだろう。
迂闊だった。内心で舌打ちする。
ディエチの言っていた発光現象にだけ気を取られ、こういうことが起こる可能性に全く気付けなかった。
他の参加者がいたのは、4階だけではなかった。1階にも既に、何者かが潜んでいたのだ。
かつ、かつ、かつ。
やがて靴音はルルーシュにも聞き取れるほどの音量となり、そのままこちらへと近づいてくる。
否、正確には彼らの元にではなく、彼らの隠れている階段に向かってであろう。
ディエチが聞いた時に比べてやや早足になった靴音は、そのまま階段を上がり、2階へと上がり、そのまま聞こえなくなった。
再び訪れた無音の世界。
1秒、2秒、3秒。10秒ほどそのままの態勢でいた後に、ようやくルルーシュが立ち上がる。
「助かった」
そして、同じく身を起こそうとするディエチへと声をかけた。
「どういたしまして」
クールに返しながら、戦闘機人の少女が直立する。
彼女が靴音を聞いていなければ、早々に参加者に見つかっていたところだった。
ここは戦場だ。いかにゲームと銘打っていたとしても、状況は普段の戦闘と変わりない。油断は禁物だった。
「さて……」
呟きながら、ルルーシュは一考する。
これからどう行動をすべきか。
もし他の参加者が4階にいる分だけだったならば、片方が階段の傍で見張りをし、もう片方が物資をあさればよかった。
しかし、今の1階の参加者の動きが気がかりだ。そいつがいかなる立場の人間かによって、今後の動向が左右される。
仮に4階の参加者をA、1階の参加者をBとしよう。
もしもBがAの味方だったならば、そのまま合流して、病院から外に出てしまう可能性がある。
BがAの敵だったならば、その場で戦闘が起こり、しばらくはそこに留まることになるはずだ。
A・B間の関係如何によって、どのタイミングで行動を起こすべきかが大きく変わってくる。
階段傍に立つどころではなく、そのままついて行って動向を探るための見張りが必要だ。
「――ディエチ。このまま気付かれないようにして後をつけ、連中の動向を知らせてくれ」
それがルルーシュの選択だった。
「俺はこのまま1階に残り、必要な物資をかき集める。
爆薬の調合方法が分かる俺の方がこちらは都合がいいだろうし、目や耳の効くお前の方が尾行もやりやすいだろう。
そうだな……3階の階段近くに立って、足音のタイミングを知らせてくれるだけでいい。後は俺が判断する」
「分かった」
涼しい顔で、ディエチは即断した。
確かにルルーシュの言葉は理にかなっている。反論する理由はない。
物資確保側は作戦の最終段階における、柱への爆弾設置も兼任するのだ。爆薬の作り方を知らないディエチでは実行不可能。
それに、ルルーシュにも見張りは無理だろう。標準以下の彼の体力では、1階まで降りて素早く合流することは難しい。
危険は多いが、何も戦闘をしろと言っているわけではない。それくらいなら十分に遂行可能。
割り当てられた役目を実行すべく、ディエチは階段に向けて身を翻した。
「ああ、ちょっと待て」
と、そこで不意に、背後からルルーシュに呼び止められる。
微かに怪訝そうな表情を浮かべて、ディエチが肩越しに顔だけを振り向かせた。
「気休め程度にしかならないだろうが……そのリボンは、暗い中では目立つ。外しておくといい」
ディエチの後頭部へと視線を飛ばしながら、ルルーシュが忠告した。
リボン、というのは、彼女の茶色い長髪を縛って纏めておくためのものだ。
なるほど確かに、言われるまで気付かなかったが、黄色いリボンというものは目に付きやすい。
明るいタイプの色は、こうした暗がりの中では発見されやすくなるだろう。
そんな些細なものが原因で、相手に自分の存在に気付かれては話にならない。
やはりそこは女の子だ。髪型を変えるようなことには抵抗があったが、それでもここで死ぬよりはマシだと自身を説得する。
そして意を決すると己が後頭部へと手を伸ばし、黄色いリボンを一気にほどいた。
ふわり、と。
解放された栗色の長髪が、リボンの勢いに従って軽やかに広がる。
さらさらとした女の髪。
決して派手な色ではなかったものの、男性のそれには決してない繊細さを内包した髪は、それだけで一種の美しさを孕んでいた。
「なかなか綺麗じゃないか」
場を和ませるつもりだったのか、ルルーシュが正直な感想を漏らす。
だが一方のディエチはというと、そのまま一瞬固まってしまった。僅かに頬を赤く染めながら。
「……と、とにかく……あたしは、上行くから」
ややあって、軽く憤慨したようにして不躾に言い放つと、ディエチは真っ直ぐに階段を上がっていった。
最初はほんのりと紅潮していただけだった顔が、みるみるうちに赤くなっていく。
まったく、頭は切れるのにどうにも気障な奴だ。
顔をしかめながら、ディエチは内心でルルーシュをそう評した。実際、間違った評価ではない。
さっきだってそうだ。変な冗談で人をどぎまぎさせて。
男女間の付き合いに免疫のない彼女は、そうした話にはまだまだ慣れていない。
まして、男性に面と向かって「綺麗だ」などと言われたのは、これが初めてだったのだ。
必要以上に意識してしまうのも、無理はなかった。
一方のルルーシュはというと、何をそんなに怒ることがあるのか、といった様子で首を傾げていたのだが。
◆
しばらくの後。
1階に取り残されたルルーシュは、柱の傍に立って作業をしていた。
先ほど売店から拝借したガムテープを、先ほど医務室から拝借した長鋏で切り取る。
そして何やら液体の詰まった試験管を、ガムテープを用いて柱に貼り付けていた。試験管の口からは紐が伸びている。
取り付けられているのはそれだけではない。他にも数本の試験管が、同様に接着されていた。
そう、これはいわゆる火炎瓶。
導火線に火をつけることで、一定時間の後に爆発する代物だ。
既に物資の調達と火炎瓶の作成を終えたルルーシュは、こうして最後の仕掛けの設置に取り掛かっていた。
肩に提げているデイパックがなかなか便利なもので、明らかに外見以上の収納力を有している。
救急箱、医薬品一式、メス、医療用の鋏、ガムテープ、紐、ライター、非常食としてのおにぎり、ペットボトルの水、火炎瓶。
まだ木刀に加えて、小タル爆弾が2つも入っているというのに、これだけの膨大な物資を容易に入れることができた。
これで今確保しておくべき物は、十分に揃ったと言えるだろう。後はディエチと合流し、この病院を吹き飛ばすだけだ。
自分達以外の人間の医療品供給を断つために。そしてこの場にいる人間を一掃するために。
『――ルルーシュ、目標が動き始めた』
緊迫したディエチの声が耳元から聞こえてきたのは、ちょうどこの瞬間だった。
「何?」
予想以上に早い。こちらはまだ仕掛けを全て設置し終えてはいないのに。
微かに苦々しげな響きと共に、ルルーシュはインカムからの通信に応じる。
『足音は1つ。さっきのとはリズムが違う。1人しか出てきてない辺り……』
「先ほどの靴音の主は殺されたか」
そこまで言い終えたところで、白い通信機がついていない方の耳へと、靴音が入ってきた。
かつかつかつかつ。階段を下りるその音は、参加者Bのものと同じく早足だ。
程なくして、2階から降りてくるディエチの姿が見えた。
先ほどの階段とは違う。ルルーシュの現在地に近い、奥の階段だ。
中央の大きな階段よりは、この階段の方が光った病室に近い。恐らくこれを選んだのはそれが理由だろう。
そしてだからこそディエチは、この病院に存在したもう1人の参加者――キースレッドと遭遇せずに済んだ。
殺せたかもしれない相手を見逃したのはナンセンスだが、見つけたら見つけたで更に状況が混乱することになっただろう。
ルルーシュが不要になったインカムのスイッチを切る。機械は内蔵電池が切れたら使えなくなるのだ。節約が必要だった。
「どうする?」
ルルーシュの目前まで歩み寄ってきたディエチが問いかける。
行動を起こした人間は1人。病院全部を吹き飛ばしてまで殺すのはもったいない。
この場においては、どう対処するのが最善の策か。
しばしルルーシュは顎に手を当て、沈黙と共に対策を講じる。
そしてそれから、次の行動を起こすまでには、さして時間はかからなかった。
「……もう一仕事してもらうぞ」
言いながら、先ほど売店で手に入れた百円ライターを、ディエチへと投げて手渡した。
◆
かつり、かつり、かつり。
ゆっくりと靴音を鳴らしながら、中央の階段を下りる影がある。
短い金髪を持った長身の男。ライダースーツのような服装を身に纏い、右腕は壊死してボロボロになっている。
ミリオンズ・ナイブスだ。
参加者B――高町なのはを葬った参加者Aは、悠然とした足取りで、1階へと姿を現していた。
デイパックから伸びた、異様に長い布包みをしまうと、その口を閉じる。
(大した物は見つからなかったか)
少々がっかりしたように、内心でこぼした。
今の今までナイブズは、デイパックの中身をあさりながら歩を進めていた。
これまで一切手をつけていなかった支給品を、ここにきてようやく確認するに至ったのだ。
このデスゲームにおいて、一切の油断は許されない。
最強の妖怪・殺生丸相手に喫した敗北が、その現実を彼に痛いほど叩き込んでいた。
だからこそ、それまで不要と思っていた支給品へと目をつけた。
武器が目当てではない。制限下とはいえ、エンジェル・アームの切れ味は絶大だ。
それを上回る破壊力のものが存在するとは思えなかったし、同等のものがあっても、使い慣れた自身の力の方が信頼できる。
そこで、武器以外に有益なものを探してみたつもりだったが、結局は不発に終わっていた。
1つは今の布包み。1つは奇妙なカブト虫型の機械。そして1つは自分にはろくに使えぬ武器。
エンジェル・アームの威力を考慮すれば無難なところかもしれなかったが、それでも胸中の不満は取り除かれない。
(……、うん?)
と、その時、何やら鼓膜を打つ音に気付いた。
流水の音。水道を出しっぱなしにでもしているのだろうか。ちょうど左手の方から聞こえてくる。
要するに、そこに人がいる可能性があるということだ。まさか自分以外にまだ誰かがいたとは。
迷うことなくそちらへと歩を進める。
慢心はない。だが、相手がいかなる人間だろうと、エンジェル・アームがあればそう簡単にやられることはない。客観的事実。
故に、水道の音の響く女子トイレの扉を開き、
「む――」
爆音を耳にした。
◆
「ックククククク……」
さながら悪魔の哄笑か。
病院の外に出たルルーシュが、抑えた笑いを上げていた。
その矛先は女子トイレのある場所。猛烈な爆発音と共に、空調用の小窓からもうもうと煙が立ち昇るのが見て取れる。
「こうも簡単に引っかかるとはな」
あの時、ルルーシュがディエチに指示した内容はこうだ。
まず自分が正面玄関の傍で隠れて待機し、ディエチは待合室のすぐ近くにあったトイレまで移動する。
そしてそこに、ここに入った時に渡した小タル爆弾を設置。水道をひねり、対象をおびき出すための水音を鳴らす。
後は点火し、ディエチが適当なところに隠れれば、仕込みは完了。
上手くいけば、まんまと誘い込まれた対象は、狭いトイレの中で爆発をもろに食らって死亡。
爆発のタイミングが早かったり、水音を警戒して避けた場合は、対象はそのまま病院から退出するだろう。
そして、そこには絶対遵守の力を持ったルルーシュがいる。
どの道どちらの行動を取られようと、相手を確実に仕留めることができるわけだ。
「何にせよ、無駄にギアスを使う必要がなかったのは幸いだったな……」
微かに安堵したような響きと共に、ルルーシュが呟いた。
この作戦のみならず、現在進行中のデスゲーム全体に言えることだが、実は彼は、まだあまりギアスを使いたくはなかった。
オン・オフの自由が利かなくなったところまで成長していたギアスが、1つ前の段階まで力を抑えられていたのだ。
あのプレシアという主催者による、何らかの細工が施されていたと考えても不自然ではない。
実行できる命令の種類を限定されたか。命令の持続時間を設けられたか。発動回数が限られるようになったか。
想定しうる制限内容はいくらでもある。
そして厄介なことに、ルルーシュにはそれを確かめる術がなかった。
最初に合流した人間は、ギアスの効かない戦闘機人・ディエチだったのだから。
だからこそ、まだまだこの力は下手に使うことはできない。
これまで最も頼りにしていた無敵の力も、この場においてはトランプのジョーカーの範疇を出ない。
使うタイミングを誤っては、後々に損をすることにもなりかねないのだ。
ともあれ、この場においては無駄に使うことにならずに済んだようだ。
対象が未だに行動を起こしていない以上、あの爆発で吹き飛んだに――
――斬。
「!?」
その時、ルルーシュは瞠目した。
何かが視界の中で瞬くのを感じた。
刹那の間に、病院の壁を駆け抜けたものは。
ず、と。純白の壁の一部が微かに歪む。
歪みは広く、広く波及していく。ぱらぱらとコンクリート片の零れる音。
やがて城壁は決壊する。
何かによって切り裂かれた壁はばらばらに崩れ落ち、そこから灰色の爆煙が一挙に立ち込めた。
もうもうと広がる煙は、霧のように壁を包む。何も見えない。一体あそこで何があった。
「――何だこれは」
灰色の闇の中より、囁きかける声があった。低く、太い。威厳に満ちた男の声だ。
爆煙が裂けていく。さながら十戒の神話の海のごとく、煙がその者の進む道を形作っていく。
顔を出したのは、短い金髪と潰された右手。刃と化した左手に杖を携えし、孤高の王者。
ミリオンズ・ナイブズ。
絶対者のごとき風格を纏った男には、驚愕も動揺も何もない。ただ何もない、虚無の表情。何物をもってしても揺るがせぬ尊厳。
否。不意に、ナイブズの眉がつり上がった。
眉間に皺が寄る。歯が食いしばられる。眼光が鋭くなる。
「何だと言うんだ! あ!?」
そして、遂に王者は激昂した。
眼前で驚愕も露わに、無様に瞳を見開いたまま立ち尽くす魔王へと。
「この期に及んでこれか……お前は、この程度のものしか見せられないのか!」
こんなもの、食らったところでどうということはない。
否、こんなものは攻撃とすら呼ばない。こんな子供だましはただのままごとだ。闘争と見なす気すら起こらない。
こんな爆発よりも、あの殺生丸の刃の方が遥かに強かった。
こんな不意討ちよりも、あのキース・レッドの奇襲の方が遥かに驚かされた。
それが今度はどうだ。目の前の策略家気取りの餓鬼の抵抗とは、こんなちっぽけなものでしかないのか。とんだ興ざめだ。
「馬鹿な……どうやって、あの爆発から……」
驚愕にうち震える身体を必死に抑えながら、ルルーシュはどうにかそれだけを問う。
タイミングからして、あの爆撃は成功したはずだ。人間がもろに食らって生きているはずがない。
ただの人間ならば。
ルルーシュは知らなかった。この男もまた、あのスバル・ナカジマと同じ、奇跡の体現者であることを。
いかにしてナイブズは、あの爆発を凌ぎきったのか。その疑問の答えは、彼の握った杖にあった。
氷結の杖・デュランダル。時空管理局の技術の粋を結集して生み出された、最新最強のストレージデバイス。
ナイブズがその手に携えた白銀のロッドは、あの支給品の中にあったデバイスだったのだ。
未だはやて達と関わって日の浅い彼は、魔法に関する技術をほとんど有していない。何とか飛行魔法だけを身につけた程度だ。
そんなナイブズが持つとあっては、せっかくのデュランダルも宝の持ち腐れ。
使う者が使えば強力な力を発揮するのだろうが、素人が使っても持て余してしまう。
故に当初は、彼もこれを使う気は毛頭なかった。
しかし、あの爆弾を垣間見た瞬間、即座にナイブズは思考する。
思い返すのは、守護騎士達や敵の魔導師が使った防御魔法だ。
このデバイスとやらを使えば、素人の自分でも、せめてあれくらいはできるのではないか、と。
瞬間、デュランダルを起動。どうにか防壁を形成。左腕の刃と共に盾とし、難を逃れたというわけだ。
この場においては、これで役目も終わりだろう。待機形態へと戻すと、ナイブズはそれを適当なポケットに突っ込んだ。
「……まぁいい……」
ようやく平静を取り戻したルルーシュが呟く。
「今ので息の根を止められないとあれば仕方がない……お前には、我が奴隷となってもらう」
顕現。
紫の水晶に浮かび上がる、不死鳥のエンブレム。
血濡れのごとき真紅に染まりし烙印。絶対遵守の力を具現化せし呪いの紋。
ルルーシュの左の瞳に、赤きギアスの紋章が現れた。
ひとたび視線を合わせたならば、いかなる人間にも命令を下すことが可能となる王の力。
あらゆる者の意志を犯し、蹂躙し、屈服させる魔王の囁き。
この状況でナイブズを倒す方法はただ一つ。ギアスによって支配下に置くことのみだ。
ディエチに指示を出す余裕はない。自分の武器は木刀のみ。ややリスクはあるが、ここはギアスを使うしかない。
「お前は、“我が軍門に下――」
――どん。
鈍い音が響いた。
魔王の言葉は中断される。つ、と、頬を伝う嫌な汗。
「今、俺に命令しようとしたな」
ナイブズの左腕から伸びた刃が、ルルーシュのすぐ足元の道路を貫いていた。
「俺を従えようとしたな」
何が起こった。ルルーシュは必死に思考する。
今の攻撃は一体何だ。一切の予備動作もなく、一瞬にして襲い掛かってきた切っ先は。
否、そもそも何故腕から刃が生えていた時点で疑問に思わなかった。
エンジェル・アームの剣呑な刃は、強固なアスファルトをも粉々に砕いている。生身の人間には過ぎた破壊力。
何より、そのスピード。こんな攻撃速度は有り得ない。
あの宿敵枢木スザクの操る白銀の騎士・ランスロットといえど、予備動作もなしに攻撃するなどということは出来はしない。
早撃ち(クイック・ドロウ)。
少なくともその一点において、目の前の男は、ルルーシュの生涯最強の敵を凌駕していた。
「……くっ!」
身じろぎしたのは何が原因か。
エンジェル・アームの絶大な破壊力故か。それともナイブズの放つ圧倒的な威圧感故か。
それでも、まだここから逃げ出すわけにはいかない。病院にはまだディエチがいるはずなのだ。
故にルルーシュは、その目のギアスを再び輝かせる。
「“俺に従――」
「俺に催眠術か何かでもかけようという魂胆か」
ざくり。
少年の顔が苦悶に歪む。
神速の刃は左腕をかすめ、黒装束の袖ごと、その肉と皮膚を切り裂いた。
ほとんど最後まで言いかけた命令は、再び実行されることなく終わる。
そして、その様子を無表情で見つめるナイブズの脳裏に浮かぶのは、かつて集めたナイフ達の存在だ。
今は亡きGUNG-HO-GUNSの3、ドミニク・ザ・サイクロプス。
人類掃討を任務とする異能集団の紅一点。殺しの手口は催眠術(ヒュプノシス)。
眼帯によって隠された右目の信号により、対象の知覚を操作。一瞬強制的に意識を断絶させ、その隙に対象を始末する。
相手を操るという概念においては、ルルーシュの手口もそれと同じはずだ。部下の存在が、ナイブズに敵の手札を見抜かせていた。
一方、ルルーシュの様相を彩るのは恐慌だ。
冗談じゃない。このままでは死ぬ。確実に殺される。
この男は、今までに相対したどの男とも違う。スザクをも凌ぐ戦闘能力に、憎きブリタニア皇帝にも並ぶ威圧感。
及ばない。策謀と姦計で塗り固めた仮面で魔王を演じる自分とは、明らかに格が違う。
あらゆる策を弄しても、それら全てをことごとく薙ぎ払う絶対的な力。それもまた、王の資質。
追い詰められたルルーシュが選んだ命令は、最も愚かな言葉だった。
「“死――」
「俺がそんなものを、許すとでも思ったか」
何だ。
何かがおかしい。
この身体に伝わる違和感は何だ。
何かが違う。いつもの自分の身体じゃない。あるべき何かが抜け落ちたような感覚。
そういえば、今何かが後方へと飛んでいったはずだ。
あれは一体何だったのだ。
あれはどこから現れたというのだ。
否。
自分はそれを知っている。
あれは自分の今の居場所から、とても近いところから飛んでいったのだ。
ああ、そうか。
ようやく理解した。
飛んでいったものとは。
身体の違和感の正体は。
俺の――右腕だ。
「……っがああああああぁぁぁぁぁぁぁぁァァァァァ―――ッ!!!」
悲痛な叫びが上がった。焼けるような痛みが襲った。
意識は激痛に幾度となく吹き飛ばされかけ、その度に同じ激痛によって揺り起こされる。
失神と覚醒の絶え間なき連続。
今や完全に両膝をついたルルーシュは、失われた右腕の跡を押さえ、みっともなく喚き続けていた。
「惨めだな」
王者は魔王を見下ろす。
無慈悲に。無感動に。無表情で。
ただの虫けらにも等しき人間がどれだけ足掻こうと、何の同情も覚えない。
ただの虫けらにも等しき人間に苦しみを与えようと、何の快楽も覚えない。
あまりにも超然とし、あまりにも平静として。
故に、ルルーシュは吠える。
それがただの人間にできる、唯一の抵抗の意志だから。
「……“お前は一体何なんだ”っ!」
左目にギアスを顕現させたまま、その問いかけを放っていたことに気付いたのは、既に発動させた後になってからだった。
絶対遵守の真紅の光が、ナイブズの視界を染めていく。
発動するは王の力。常識の軛を超えた、あらゆる人間を従える言霊。
「ッ!?」
途端、ルルーシュを襲ったのは更なる激痛。
左目が痛む。内側からじりじりと炙られたかのような痛み。行政特区日本式典の時の暴走を思わせる苦痛。
痛みは人間の体力を奪い、思考力を奪い、戦闘力を奪う要素だ。
たった一発の銃弾を食らっただけで、人間はどうしようもなく弱体化する。
成る程、ギアスにかけられた制限とはこういうことか。限界ギリギリの身体を苛む苦痛と脱力感に、ようやくルルーシュは得心する。
それでも瞳を閉じることはしない。無様に沈黙することはしない。それが魔王の最後の矜持。
しかし、その眼前に突きつけられた現実は。
ギアスの支配下へ落ちたはずのナイブズは。
「………」
沈黙。
全くの沈黙。
絶対遵守の呪縛とともにかけられたはずの誰何にも、ナイブズは一切の反応を見せなかったのだ。
ギアスが通用しない。あらゆる人間を従えることができるギアスが。
すなわち目の前の男は、戦闘機人のスバルや、不死身の身体を持ったC.C.と同じく。
「……人間じゃ、ない……!?」
「当たり前だ! あんな不完全な連中と一緒にするな!!」
王者は一喝した。
無感動な眼差しに再び憤怒の色を宿し、獅子の雄たけびのごとき叫びを上げる。
真実の力を携えた孤高の王者。
偽りで塗り固めた仮面の魔王。
悲しいほどに、両者の間に絶対の格差が生まれた瞬間だった。
何が魔王だ。何が悪魔だ。それらは所詮、演出によって生み出された虚構に過ぎない。
ひとたび本物の人外と相対せば、たちまち地金を晒すような脆弱なペルソナ。
今この瞬間、魔王を演じたルルーシュは、ちっぽけなただの人間へとその立場を貶められた。
「その光る左目が、お前のからくりのようだな」
かつ、かつ、かつ。
ゆっくりと、しかし着実に。
悠然とした風格を纏いながら。伝説の宝具のごとく左腕を輝かせながら。
ナイブズはルルーシュへとどめを刺すべく、その距離を詰めていく。
「せめて一思いに」
剣呑なる凶刃が、その左目へと伸びる。
その瞬間だった。
――轟。
撃発。
王者と魔王の戦場へと飛び込む、一発の銃弾。
白銀色に輝く魔弾が、後方から猛烈な速度で発射される。発砲音は通常よりも遥かに重く、大きい。
全長39cm、重量4kg。.454カスール カスタムオートマチック。
その銃口が放つ魔弾は、しかしナイブズ本人に向けられたものではない。
「!」
引きちぎれたのは――肩のベルト。
化け物殺しの弾丸が狙ったのは、ナイブズが抱えたデイパックの肩紐だったのだ。
病院から駆け出すは一陣の風。
あの殺生丸ほど速くはなく。しかし並の人間よりは遥かに速く。
女子トイレの大穴から飛び出した影が、地面に落ちたデイパックをその手に掴んでいた。
影は王者の眼前へと立ちふさがる。
迷うことなくデイパックへと手を突っ込み、巨大な布包みを抜き出しながら。
身の丈さえも凌駕するそれの戒めを、慣れた手つきで解き放つ。
顕現するは鋼の銃身。巨大な砲塔が、陽光をその身にうけて黒く光っていた。
ふわり、と。
ルルーシュの眼前に広がったのは、砲身を包んでいた布と――絹糸のごとき、栗色の長髪。
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*Shooting Bullet(前編)◆9L.gxDzakI
「着いたようだな」
静かに、呟きながら。
漆黒のマントをはためかせるルルーシュが、眼前にそびえる建物を見つめる。彼の一歩先に立つのはディエチの姿。
1つ先刻までと違う部分があるとすれば、それは彼らの装束の見え方だ。
少し前には闇に溶け込むような黒だったルルーシュの服が、今は周囲からはっきりと浮かび上がる黒へと変貌している。
そう。空が青いのだ。
漆黒の宵闇は色を薄め、今となっては、逆に僅かな陽光が東から差してきていた。
時はまさに黎明。全ての命に等しく恵みを与える太陽が、地平線の彼方から顔を出す時刻。
「思ったよりも時間かかったね」
「ああ。だがこれくらいなら、人が集まってきてもいい頃だろう」
2人の視線の先にある建造物を見ながら、言った。
白一色に塗られた、コンクリート造りの巨大な施設。
その中で一点、一際目を引くエンブレムがある。すなわち、真紅の十字模様。
遂にルルーシュとディエチの2人は、目的地たる病院へとたどり着いていたのだ。
しかも、その規模も申し分ない。階層合計は4階建てにも及ぶ、絵に描いたような大病院。
ここならば薬品も十分に手に入るだろうし、食材を確保するためのコンビニスペースもあるだろう。
そしてこれだけ巨大な施設ならば、人が大勢入ることも十分に可能だ。
すなわち、この設備を丸々爆破して倒壊させ、中に集まった人間を皆殺しにするのにも都合がいいということ。
明かりはついていなかった。それも当然だ。それは周囲に自分の存在をアピールすることになる。
それを実行するのはよほどの馬鹿か、あるいはルルーシュのように参加者を誘き寄せる目的を持った者のどちらかだ。
そして微妙に残った病院内の暗がりは、今のところはルルーシュ達に味方することになる。
最初にすべきことは物資確保。他の参加者から隠れて行う作業だ。こちらの姿は見えづらいに越したことはない。
「では行くか」
「ん」
短いやりとりの後、2人は道を歩き出す。
正面から見える窓全てに気を配り、最大限の警戒を続けながら。
この作戦の成功は、自分達の行動がばれていないということが第一前提だ。
内部からこちらの存在を察知されては、誰が相手だった場合でも話にならない。
殺し合いに乗った人間は、迷わず自分達を排除しに襲い掛かるだろう。
殺し合いを止めたい人間は、仲間を得ようと接触を図ってくるだろう。
殺し合いから逃げたい人間は、病院の中から逃げ出してしまうだろう。
そしたら全てが失敗だ。他の人間がまた病院に来るのを待つしかない。
もちろん、そんな悠長にしている暇はない。実際こうしている間にも、スバル達に何が起こるか分かったものではないからだ。
――ぱっ、と。
「?」
ディエチの視線の先で、僅かに光る窓があった。
「どうした」
「今……あの窓から、一瞬光が漏れたんだけど」
4階の窓を指差しながら、ディエチが言う。
まさに一瞬の閃光。カメラのフラッシュのような刹那の光。何のためのものかはまるで分かったものではない。
しかし、それでも、それはルルーシュ達にとっては有益な情報となった。
にぃ、と。
暗黒のマントを纏いし、魔王の口元が不敵に歪む。スカリエッティの狂喜にも似た凄絶な笑み。
「これで決まりだな。既にここには誰かが来ている。多かれ少なかれ、始末するべき対象がな」
この照明も機能していない病院の中で、自然に何かが発光するという現象はありえない。
ディエチが見たのは、確実に人為的に引き起こされた光だ。
それが戦闘によるものだったにせよ、それ以外が原因だったにせよ、間違いなくこの病院には誰かがいる。
他の参加者がいて、何らかの手段で何かを光らせている。
後は簡単だ。ばれないようにして欲しい物をかき集め、その後に葬り去ればいい。
ディエチにインカムの使い方を簡単に説明し、それから有事のために小タル爆弾を1つ渡す。
全ての準備を整えると、ルルーシュは自動扉をくぐって院内へと入った。
出迎えたのは、待合室と思しき広間。病院全体丸々カーテンの閉じられた院内は、予想通り薄暗かった。
ちょうど内部地図があったので、ディエチと共にそれを閲覧する。
――かつ、かつ、かつ。
その時、聴力強化のなされた戦闘機人の耳に入ってきたのは、そんな微かな靴音だった。
「!」
反射的にルルーシュのマントの裾を掴み、その場から早足で離れる。
一瞬、少年は驚いたような表情を浮かべたが、すぐに意図を察してその瞳を細めた。
それなりに戦闘は経験しているつもりだ。こういう場合にも慌てることなく、落ち着いて対処することができる。
ディエチは階段の陰に当たる部分へと、素早くフィットスーツの肢体をくぐらせた。
後から続くルルーシュもまた、その隣へと腰を下ろす。
「誰かいたんだな」
「奥の方に」
極力声のトーンを落とし、短く状況を確認した。
人間であるルルーシュには、全く聞き取ることもできなかった微かな音だ。これくらいの声なら、そこまで届くこともないだろう。
迂闊だった。内心で舌打ちする。
ディエチの言っていた発光現象にだけ気を取られ、こういうことが起こる可能性に全く気付けなかった。
他の参加者がいたのは、4階だけではなかった。1階にも既に、何者かが潜んでいたのだ。
かつ、かつ、かつ。
やがて靴音はルルーシュにも聞き取れるほどの音量となり、そのままこちらへと近づいてくる。
否、正確には彼らの元にではなく、彼らの隠れている階段に向かってであろう。
ディエチが聞いた時に比べてやや早足になった靴音は、そのまま階段を上がり、2階へと上がり、そのまま聞こえなくなった。
再び訪れた無音の世界。
1秒、2秒、3秒。10秒ほどそのままの態勢でいた後に、ようやくルルーシュが立ち上がる。
「助かった」
そして、同じく身を起こそうとするディエチへと声をかけた。
「どういたしまして」
クールに返しながら、戦闘機人の少女が直立する。
彼女が靴音を聞いていなければ、早々に参加者に見つかっていたところだった。
ここは戦場だ。いかにゲームと銘打っていたとしても、状況は普段の戦闘と変わりない。油断は禁物だった。
「さて……」
呟きながら、ルルーシュは一考する。
これからどう行動をすべきか。
もし他の参加者が4階にいる分だけだったならば、片方が階段の傍で見張りをし、もう片方が物資をあさればよかった。
しかし、今の1階の参加者の動きが気がかりだ。そいつがいかなる立場の人間かによって、今後の動向が左右される。
仮に4階の参加者をA、1階の参加者をBとしよう。
もしもBがAの味方だったならば、そのまま合流して、病院から外に出てしまう可能性がある。
BがAの敵だったならば、その場で戦闘が起こり、しばらくはそこに留まることになるはずだ。
A・B間の関係如何によって、どのタイミングで行動を起こすべきかが大きく変わってくる。
階段傍に立つどころではなく、そのままついて行って動向を探るための見張りが必要だ。
「――ディエチ。このまま気付かれないようにして後をつけ、連中の動向を知らせてくれ」
それがルルーシュの選択だった。
「俺はこのまま1階に残り、必要な物資をかき集める。
爆薬の調合方法が分かる俺の方がこちらは都合がいいだろうし、目や耳の効くお前の方が尾行もやりやすいだろう。
そうだな……3階の階段近くに立って、足音のタイミングを知らせてくれるだけでいい。後は俺が判断する」
「分かった」
涼しい顔で、ディエチは即断した。
確かにルルーシュの言葉は理にかなっている。反論する理由はない。
物資確保側は作戦の最終段階における、柱への爆弾設置も兼任するのだ。爆薬の作り方を知らないディエチでは実行不可能。
それに、ルルーシュにも見張りは無理だろう。標準以下の彼の体力では、1階まで降りて素早く合流することは難しい。
危険は多いが、何も戦闘をしろと言っているわけではない。それくらいなら十分に遂行可能。
割り当てられた役目を実行すべく、ディエチは階段に向けて身を翻した。
「ああ、ちょっと待て」
と、そこで不意に、背後からルルーシュに呼び止められる。
微かに怪訝そうな表情を浮かべて、ディエチが肩越しに顔だけを振り向かせた。
「気休め程度にしかならないだろうが……そのリボンは、暗い中では目立つ。外しておくといい」
ディエチの後頭部へと視線を飛ばしながら、ルルーシュが忠告した。
リボン、というのは、彼女の茶色い長髪を縛って纏めておくためのものだ。
なるほど確かに、言われるまで気付かなかったが、黄色いリボンというものは目に付きやすい。
明るいタイプの色は、こうした暗がりの中では発見されやすくなるだろう。
そんな些細なものが原因で、相手に自分の存在に気付かれては話にならない。
やはりそこは女の子だ。髪型を変えるようなことには抵抗があったが、それでもここで死ぬよりはマシだと自身を説得する。
そして意を決すると己が後頭部へと手を伸ばし、黄色いリボンを一気にほどいた。
ふわり、と。
解放された栗色の長髪が、リボンの勢いに従って軽やかに広がる。
さらさらとした女の髪。
決して派手な色ではなかったものの、男性のそれには決してない繊細さを内包した髪は、それだけで一種の美しさを孕んでいた。
「なかなか綺麗じゃないか」
場を和ませるつもりだったのか、ルルーシュが正直な感想を漏らす。
だが一方のディエチはというと、そのまま一瞬固まってしまった。僅かに頬を赤く染めながら。
「……と、とにかく……あたしは、上行くから」
ややあって、軽く憤慨したようにして不躾に言い放つと、ディエチは真っ直ぐに階段を上がっていった。
最初はほんのりと紅潮していただけだった顔が、みるみるうちに赤くなっていく。
まったく、頭は切れるのにどうにも気障な奴だ。
顔をしかめながら、ディエチは内心でルルーシュをそう評した。実際、間違った評価ではない。
さっきだってそうだ。変な冗談で人をどぎまぎさせて。
男女間の付き合いに免疫のない彼女は、そうした話にはまだまだ慣れていない。
まして、男性に面と向かって「綺麗だ」などと言われたのは、これが初めてだったのだ。
必要以上に意識してしまうのも、無理はなかった。
一方のルルーシュはというと、何をそんなに怒ることがあるのか、といった様子で首を傾げていたのだが。
◆
しばらくの後。
1階に取り残されたルルーシュは、柱の傍に立って作業をしていた。
先ほど売店から拝借したガムテープを、先ほど医務室から拝借した長鋏で切り取る。
そして何やら液体の詰まった試験管を、ガムテープを用いて柱に貼り付けていた。試験管の口からは紐が伸びている。
取り付けられているのはそれだけではない。他にも数本の試験管が、同様に接着されていた。
そう、これはいわゆる火炎瓶。
導火線に火をつけることで、一定時間の後に爆発する代物だ。
既に物資の調達と火炎瓶の作成を終えたルルーシュは、こうして最後の仕掛けの設置に取り掛かっていた。
肩に提げているデイパックがなかなか便利なもので、明らかに外見以上の収納力を有している。
救急箱、医薬品一式、メス、医療用の鋏、ガムテープ、紐、ライター、非常食としてのおにぎり、ペットボトルの水、火炎瓶。
まだ木刀に加えて、小タル爆弾が2つも入っているというのに、これだけの膨大な物資を容易に入れることができた。
これで今確保しておくべき物は、十分に揃ったと言えるだろう。後はディエチと合流し、この病院を吹き飛ばすだけだ。
自分達以外の人間の医療品供給を断つために。そしてこの場にいる人間を一掃するために。
『――ルルーシュ、目標が動き始めた』
緊迫したディエチの声が耳元から聞こえてきたのは、ちょうどこの瞬間だった。
「何?」
予想以上に早い。こちらはまだ仕掛けを全て設置し終えてはいないのに。
微かに苦々しげな響きと共に、ルルーシュはインカムからの通信に応じる。
『足音は1つ。さっきのとはリズムが違う。1人しか出てきてない辺り……』
「先ほどの靴音の主は殺されたか」
そこまで言い終えたところで、白い通信機がついていない方の耳へと、靴音が入ってきた。
かつかつかつかつ。階段を下りるその音は、参加者Bのものと同じく早足だ。
程なくして、2階から降りてくるディエチの姿が見えた。
先ほどの階段とは違う。ルルーシュの現在地に近い、奥の階段だ。
中央の大きな階段よりは、この階段の方が光った病室に近い。恐らくこれを選んだのはそれが理由だろう。
そしてだからこそディエチは、この病院に存在したもう1人の参加者――キースレッドと遭遇せずに済んだ。
殺せたかもしれない相手を見逃したのはナンセンスだが、見つけたら見つけたで更に状況が混乱することになっただろう。
ルルーシュが不要になったインカムのスイッチを切る。機械は内蔵電池が切れたら使えなくなるのだ。節約が必要だった。
「どうする?」
ルルーシュの目前まで歩み寄ってきたディエチが問いかける。
行動を起こした人間は1人。病院全部を吹き飛ばしてまで殺すのはもったいない。
この場においては、どう対処するのが最善の策か。
しばしルルーシュは顎に手を当て、沈黙と共に対策を講じる。
そしてそれから、次の行動を起こすまでには、さして時間はかからなかった。
「……もう一仕事してもらうぞ」
言いながら、先ほど売店で手に入れた百円ライターを、ディエチへと投げて手渡した。
◆
かつり、かつり、かつり。
ゆっくりと靴音を鳴らしながら、中央の階段を下りる影がある。
短い金髪を持った長身の男。ライダースーツのような服装を身に纏い、右腕は壊死してボロボロになっている。
ミリオンズ・ナイブスだ。
参加者B――高町なのはを葬った参加者Aは、悠然とした足取りで、1階へと姿を現していた。
デイパックから伸びた、異様に長い布包みをしまうと、その口を閉じる。
(大した物は見つからなかったか)
少々がっかりしたように、内心でこぼした。
今の今までナイブズは、デイパックの中身をあさりながら歩を進めていた。
これまで一切手をつけていなかった支給品を、ここにきてようやく確認するに至ったのだ。
このデスゲームにおいて、一切の油断は許されない。
最強の妖怪・殺生丸相手に喫した敗北が、その現実を彼に痛いほど叩き込んでいた。
だからこそ、それまで不要と思っていた支給品へと目をつけた。
武器が目当てではない。制限下とはいえ、エンジェル・アームの切れ味は絶大だ。
それを上回る破壊力のものが存在するとは思えなかったし、同等のものがあっても、使い慣れた自身の力の方が信頼できる。
そこで、武器以外に有益なものを探してみたつもりだったが、結局は不発に終わっていた。
1つは今の布包み。1つは奇妙なカブト虫型の機械。そして1つは自分にはろくに使えぬ武器。
エンジェル・アームの威力を考慮すれば無難なところかもしれなかったが、それでも胸中の不満は取り除かれない。
(……、うん?)
と、その時、何やら鼓膜を打つ音に気付いた。
流水の音。水道を出しっぱなしにでもしているのだろうか。ちょうど左手の方から聞こえてくる。
要するに、そこに人がいる可能性があるということだ。まさか自分以外にまだ誰かがいたとは。
迷うことなくそちらへと歩を進める。
慢心はない。だが、相手がいかなる人間だろうと、エンジェル・アームがあればそう簡単にやられることはない。客観的事実。
故に、水道の音の響く女子トイレの扉を開き、
「む――」
爆音を耳にした。
◆
「ックククククク……」
さながら悪魔の哄笑か。
病院の外に出たルルーシュが、抑えた笑いを上げていた。
その矛先は女子トイレのある場所。猛烈な爆発音と共に、空調用の小窓からもうもうと煙が立ち昇るのが見て取れる。
「こうも簡単に引っかかるとはな」
あの時、ルルーシュがディエチに指示した内容はこうだ。
まず自分が正面玄関の傍で隠れて待機し、ディエチは待合室のすぐ近くにあったトイレまで移動する。
そしてそこに、ここに入った時に渡した小タル爆弾を設置。水道をひねり、対象をおびき出すための水音を鳴らす。
後は点火し、ディエチが適当なところに隠れれば、仕込みは完了。
上手くいけば、まんまと誘い込まれた対象は、狭いトイレの中で爆発をもろに食らって死亡。
爆発のタイミングが早かったり、水音を警戒して避けた場合は、対象はそのまま病院から退出するだろう。
そして、そこには絶対遵守の力を持ったルルーシュがいる。
どの道どちらの行動を取られようと、相手を確実に仕留めることができるわけだ。
「何にせよ、無駄にギアスを使う必要がなかったのは幸いだったな……」
微かに安堵したような響きと共に、ルルーシュが呟いた。
この作戦のみならず、現在進行中のデスゲーム全体に言えることだが、実は彼は、まだあまりギアスを使いたくはなかった。
オン・オフの自由が利かなくなったところまで成長していたギアスが、1つ前の段階まで力を抑えられていたのだ。
あのプレシアという主催者による、何らかの細工が施されていたと考えても不自然ではない。
実行できる命令の種類を限定されたか。命令の持続時間を設けられたか。発動回数が限られるようになったか。
想定しうる制限内容はいくらでもある。
そして厄介なことに、ルルーシュにはそれを確かめる術がなかった。
最初に合流した人間は、ギアスの効かない戦闘機人・ディエチだったのだから。
だからこそ、まだまだこの力は下手に使うことはできない。
これまで最も頼りにしていた無敵の力も、この場においてはトランプのジョーカーの範疇を出ない。
使うタイミングを誤っては、後々に損をすることにもなりかねないのだ。
ともあれ、この場においては無駄に使うことにならずに済んだようだ。
対象が未だに行動を起こしていない以上、あの爆発で吹き飛んだに――
――斬。
「!?」
その時、ルルーシュは瞠目した。
何かが視界の中で瞬くのを感じた。
刹那の間に、病院の壁を駆け抜けたものは。
ず、と。純白の壁の一部が微かに歪む。
歪みは広く、広く波及していく。ぱらぱらとコンクリート片の零れる音。
やがて城壁は決壊する。
何かによって切り裂かれた壁はばらばらに崩れ落ち、そこから灰色の爆煙が一挙に立ち込めた。
もうもうと広がる煙は、霧のように壁を包む。何も見えない。一体あそこで何があった。
「――何だこれは」
灰色の闇の中より、囁きかける声があった。低く、太い。威厳に満ちた男の声だ。
爆煙が裂けていく。さながら十戒の神話の海のごとく、煙がその者の進む道を形作っていく。
顔を出したのは、短い金髪と潰された右手。刃と化した左手に杖を携えし、孤高の王者。
ミリオンズ・ナイブズ。
絶対者のごとき風格を纏った男には、驚愕も動揺も何もない。ただ何もない、虚無の表情。何物をもってしても揺るがせぬ尊厳。
否。不意に、ナイブズの眉がつり上がった。
眉間に皺が寄る。歯が食いしばられる。眼光が鋭くなる。
「何だと言うんだ! あ!?」
そして、遂に王者は激昂した。
眼前で驚愕も露わに、無様に瞳を見開いたまま立ち尽くす魔王へと。
「この期に及んでこれか……お前は、この程度のものしか見せられないのか!」
こんなもの、食らったところでどうということはない。
否、こんなものは攻撃とすら呼ばない。こんな子供だましはただのままごとだ。闘争と見なす気すら起こらない。
こんな爆発よりも、あの殺生丸の刃の方が遥かに強かった。
こんな不意討ちよりも、あのキース・レッドの奇襲の方が遥かに驚かされた。
それが今度はどうだ。目の前の策略家気取りの餓鬼の抵抗とは、こんなちっぽけなものでしかないのか。とんだ興ざめだ。
「馬鹿な……どうやって、あの爆発から……」
驚愕にうち震える身体を必死に抑えながら、ルルーシュはどうにかそれだけを問う。
タイミングからして、あの爆撃は成功したはずだ。人間がもろに食らって生きているはずがない。
ただの人間ならば。
ルルーシュは知らなかった。この男もまた、あのスバル・ナカジマと同じ、奇跡の体現者であることを。
いかにしてナイブズは、あの爆発を凌ぎきったのか。その疑問の答えは、彼の握った杖にあった。
氷結の杖・デュランダル。時空管理局の技術の粋を結集して生み出された、最新最強のストレージデバイス。
ナイブズがその手に携えた白銀のロッドは、あの支給品の中にあったデバイスだったのだ。
未だはやて達と関わって日の浅い彼は、魔法に関する技術をほとんど有していない。何とか飛行魔法だけを身につけた程度だ。
そんなナイブズが持つとあっては、せっかくのデュランダルも宝の持ち腐れ。
使う者が使えば強力な力を発揮するのだろうが、素人が使っても持て余してしまう。
故に当初は、彼もこれを使う気は毛頭なかった。
しかし、あの爆弾を垣間見た瞬間、即座にナイブズは思考する。
思い返すのは、守護騎士達や敵の魔導師が使った防御魔法だ。
このデバイスとやらを使えば、素人の自分でも、せめてあれくらいはできるのではないか、と。
瞬間、デュランダルを起動。どうにか防壁を形成。左腕の刃と共に盾とし、難を逃れたというわけだ。
この場においては、これで役目も終わりだろう。待機形態へと戻すと、ナイブズはそれを適当なポケットに突っ込んだ。
「……まぁいい……」
ようやく平静を取り戻したルルーシュが呟く。
「今ので息の根を止められないとあれば仕方がない……お前には、我が奴隷となってもらう」
顕現。
紫の水晶に浮かび上がる、不死鳥のエンブレム。
血濡れのごとき真紅に染まりし烙印。絶対遵守の力を具現化せし呪いの紋。
ルルーシュの左の瞳に、赤きギアスの紋章が現れた。
ひとたび視線を合わせたならば、いかなる人間にも命令を下すことが可能となる王の力。
あらゆる者の意志を犯し、蹂躙し、屈服させる魔王の囁き。
この状況でナイブズを倒す方法はただ一つ。ギアスによって支配下に置くことのみだ。
ディエチに指示を出す余裕はない。自分の武器は木刀のみ。ややリスクはあるが、ここはギアスを使うしかない。
「お前は、“我が軍門に下――」
――どん。
鈍い音が響いた。
魔王の言葉は中断される。つ、と、頬を伝う嫌な汗。
「今、俺に命令しようとしたな」
ナイブズの左腕から伸びた刃が、ルルーシュのすぐ足元の道路を貫いていた。
「俺を従えようとしたな」
何が起こった。ルルーシュは必死に思考する。
今の攻撃は一体何だ。一切の予備動作もなく、一瞬にして襲い掛かってきた切っ先は。
否、そもそも何故腕から刃が生えていた時点で疑問に思わなかった。
エンジェル・アームの剣呑な刃は、強固なアスファルトをも粉々に砕いている。生身の人間には過ぎた破壊力。
何より、そのスピード。こんな攻撃速度は有り得ない。
あの宿敵枢木スザクの操る白銀の騎士・ランスロットといえど、予備動作もなしに攻撃するなどということは出来はしない。
早撃ち(クイック・ドロウ)。
少なくともその一点において、目の前の男は、ルルーシュの生涯最強の敵を凌駕していた。
「……くっ!」
身じろぎしたのは何が原因か。
エンジェル・アームの絶大な破壊力故か。それともナイブズの放つ圧倒的な威圧感故か。
それでも、まだここから逃げ出すわけにはいかない。病院にはまだディエチがいるはずなのだ。
故にルルーシュは、その目のギアスを再び輝かせる。
「“俺に従――」
「俺に催眠術か何かでもかけようという魂胆か」
ざくり。
少年の顔が苦悶に歪む。
神速の刃は左腕をかすめ、黒装束の袖ごと、その肉と皮膚を切り裂いた。
ほとんど最後まで言いかけた命令は、再び実行されることなく終わる。
そして、その様子を無表情で見つめるナイブズの脳裏に浮かぶのは、かつて集めたナイフ達の存在だ。
今は亡きGUNG-HO-GUNSの3、ドミニク・ザ・サイクロプス。
人類掃討を任務とする異能集団の紅一点。殺しの手口は催眠術(ヒュプノシス)。
眼帯によって隠された右目の信号により、対象の知覚を操作。一瞬強制的に意識を断絶させ、その隙に対象を始末する。
相手を操るという概念においては、ルルーシュの手口もそれと同じはずだ。部下の存在が、ナイブズに敵の手札を見抜かせていた。
一方、ルルーシュの様相を彩るのは恐慌だ。
冗談じゃない。このままでは死ぬ。確実に殺される。
この男は、今までに相対したどの男とも違う。スザクをも凌ぐ戦闘能力に、憎きブリタニア皇帝にも並ぶ威圧感。
及ばない。策謀と姦計で塗り固めた仮面で魔王を演じる自分とは、明らかに格が違う。
あらゆる策を弄しても、それら全てをことごとく薙ぎ払う絶対的な力。それもまた、王の資質。
追い詰められたルルーシュが選んだ命令は、最も愚かな言葉だった。
「“死――」
「俺がそんなものを、許すとでも思ったか」
何だ。
何かがおかしい。
この身体に伝わる違和感は何だ。
何かが違う。いつもの自分の身体じゃない。あるべき何かが抜け落ちたような感覚。
そういえば、今何かが後方へと飛んでいったはずだ。
あれは一体何だったのだ。
あれはどこから現れたというのだ。
否。
自分はそれを知っている。
あれは自分の今の居場所から、とても近いところから飛んでいったのだ。
ああ、そうか。
ようやく理解した。
飛んでいったものとは。
身体の違和感の正体は。
俺の――右腕だ。
「……っがああああああぁぁぁぁぁぁぁぁァァァァァ―――ッ!!!」
悲痛な叫びが上がった。焼けるような痛みが襲った。
意識は激痛に幾度となく吹き飛ばされかけ、その度に同じ激痛によって揺り起こされる。
失神と覚醒の絶え間なき連続。
今や完全に両膝をついたルルーシュは、失われた右腕の跡を押さえ、みっともなく喚き続けていた。
「惨めだな」
王者は魔王を見下ろす。
無慈悲に。無感動に。無表情で。
ただの虫けらにも等しき人間がどれだけ足掻こうと、何の同情も覚えない。
ただの虫けらにも等しき人間に苦しみを与えようと、何の快楽も覚えない。
あまりにも超然とし、あまりにも平静として。
故に、ルルーシュは吠える。
それがただの人間にできる、唯一の抵抗の意志だから。
「……“お前は一体何なんだ”っ!」
左目にギアスを顕現させたまま、その問いかけを放っていたことに気付いたのは、既に発動させた後になってからだった。
絶対遵守の真紅の光が、ナイブズの視界を染めていく。
発動するは王の力。常識の軛を超えた、あらゆる人間を従える言霊。
「ッ!?」
途端、ルルーシュを襲ったのは更なる激痛。
左目が痛む。内側からじりじりと炙られたかのような痛み。行政特区日本式典の時の暴走を思わせる苦痛。
痛みは人間の体力を奪い、思考力を奪い、戦闘力を奪う要素だ。
たった一発の銃弾を食らっただけで、人間はどうしようもなく弱体化する。
成る程、ギアスにかけられた制限とはこういうことか。限界ギリギリの身体を苛む苦痛と脱力感に、ようやくルルーシュは得心する。
それでも瞳を閉じることはしない。無様に沈黙することはしない。それが魔王の最後の矜持。
しかし、その眼前に突きつけられた現実は。
ギアスの支配下へ落ちたはずのナイブズは。
「………」
沈黙。
全くの沈黙。
絶対遵守の呪縛とともにかけられたはずの誰何にも、ナイブズは一切の反応を見せなかったのだ。
ギアスが通用しない。あらゆる人間を従えることができるギアスが。
すなわち目の前の男は、戦闘機人のスバルや、不死身の身体を持ったC.C.と同じく。
「……人間じゃ、ない……!?」
「当たり前だ! あんな不完全な連中と一緒にするな!!」
王者は一喝した。
無感動な眼差しに再び憤怒の色を宿し、獅子の雄たけびのごとき叫びを上げる。
真実の力を携えた孤高の王者。
偽りで塗り固めた仮面の魔王。
悲しいほどに、両者の間に絶対の格差が生まれた瞬間だった。
何が魔王だ。何が悪魔だ。それらは所詮、演出によって生み出された虚構に過ぎない。
ひとたび本物の人外と相対せば、たちまち地金を晒すような脆弱なペルソナ。
今この瞬間、魔王を演じたルルーシュは、ちっぽけなただの人間へとその立場を貶められた。
「その光る左目が、お前のからくりのようだな」
かつ、かつ、かつ。
ゆっくりと、しかし着実に。
悠然とした風格を纏いながら。伝説の宝具のごとく左腕を輝かせながら。
ナイブズはルルーシュへとどめを刺すべく、その距離を詰めていく。
「せめて一思いに」
剣呑なる凶刃が、その左目へと伸びる。
その瞬間だった。
――轟。
撃発。
王者と魔王の戦場へと飛び込む、一発の銃弾。
白銀色に輝く魔弾が、後方から猛烈な速度で発射される。発砲音は通常よりも遥かに重く、大きい。
全長39cm、重量4kg。.454カスール カスタムオートマチック。
その銃口が放つ魔弾は、しかしナイブズ本人に向けられたものではない。
「!」
引きちぎれたのは――肩のベルト。
化け物殺しの弾丸が狙ったのは、ナイブズが抱えたデイパックの肩紐だったのだ。
病院から駆け出すは一陣の風。
あの殺生丸ほど速くはなく。しかし並の人間よりは遥かに速く。
女子トイレの大穴から飛び出した影が、地面に落ちたデイパックをその手に掴んでいた。
影は王者の眼前へと立ちふさがる。
迷うことなくデイパックへと手を突っ込み、巨大な布包みを抜き出しながら。
身の丈さえも凌駕するそれの戒めを、慣れた手つきで解き放つ。
顕現するは鋼の銃身。巨大な砲塔が、陽光をその身にうけて黒く光っていた。
ふわり、と。
ルルーシュの眼前に広がったのは、砲身を包んでいた布と――絹糸のごとき、栗色の長髪。
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