それは小さな願いでした。
何事も無い穏やかな日々……
ただ静かに過ぎてゆく日々……
何よりも愛おしかったその日々に、静かに落ちた影。
運命という名の鎖を断ち切る力……
この手に得る事ができるなら……
全てを棄てても構わないと。
誓いは夜天の星の元……
この手の剣で、未来を開く……!
宇宙の騎士リリカルなのはBLADE……
始まります。
海鳴市、月村邸。解りやすく言うと、すずかの家。
とんでもなく巨大な豪邸。そしてとんでもなく巨大な庭。並の給料の一般市民では手も届かないような豪邸に、はやてはいた。
昨日、シンヤを含めたヴォルケンリッター一同が帰って来なかった為に、はやては一晩ここにお邪魔したのだ。
「ほんならありがとうな、すずかちゃん」
「うん、またね」
そろそろ八神家に帰宅するらしく、門からすずかと、ファリン。それから、はやての車椅子を押したノエルが現れる。
ちなみにファリンは月村家で雇われているメイド。ノエルはそのメイド長だ。すずかを含めて全員紫系の髪の色をしている。
「是非是非、また起こし下さいね!はやてちゃん」
「ありがとうございます」
はやてはファリンにお辞儀し、優しく微笑んだ。
一方、そのころの八神家。
家にいるのはシグナムとシャマル、ザフィーラだけだ。
特にすることも無い。シグナムとザフィーラは、リビングのソファに座り、目を閉じていた。
そこへ入ってきたシャマルが、エプロンをつけながら言った。
「シグナム。はやてちゃん、もうじき帰ってくるそうよ」
「そうか……」
「シンヤくんと、ヴィータちゃんは……まだ?」
冷蔵庫を開けるシャマル。
「ヴィータは、少し遠出するらしい。夕方には戻るそうだ。」
「そう……シンヤくんは?」
「あいつは……」
表情を変えるシグナム。シャマルはその表情から、だいたいの事情を察した。
「やっぱりシンヤくん……ブレードに負けた事、まだ気にしてるの……?」
「そうらしいな……あいつはしばらく、自分を鍛え直すつもりなんだろう……」
「鍛え直すって……もしそれまでにはやてちゃんの状態が悪化でもしたら……!」
「……解っている」
シグナムは、言いながらシャマルが開けっ放している冷蔵庫へと歩み寄った。
「だが、シンヤにはシンヤの事情がある。これまで随分と助けて貰ったんだ。後は我らでやればいい」
「……そっか……。そういえばシンヤ君、協力者だったよね……」
シグナムは「ああ」と返しながら、冷蔵庫から水が入ったペットボトルを取り出した。
「それにしても……変わったよね」
「……何がだ?」
「シンヤくんよ。貴女もそうだけど……はやてちゃんと出会ってからシンヤくん、凄く丸くなった」
「……そうだな。最初は何を考えてるかわからない。危険な男だったのにな……」
「フ……」と軽く微笑むシグナム。過去の出来事を振り返っているのだ。
「はぁあああああああッ!!!」
ここは、一面砂漠しか無い辺境の世界。赤い閃光が、数匹の巨大な竜に激しい攻撃を繰り返していた。
赤い閃光……『テッカマンエビル』は、手にしたテックランサーで竜を斬り刻む。斬って斬って斬りまくる。
そして一匹倒せばまた次の生物へとターゲットを切り替える。
「(クソ……こんな奴らいくら倒したって……!)」
テックランサーを振り下ろし、四つ脚の巨大生物の背中に立ったエビルは、そのままテックランサーを突き立てる。巨大生物は悲痛な叫びを轟かせる。
「でも……もう一度……もう一度ブレードを越える為には、こうするしか無いんだよッ!!」
そのままスラスターを噴射。巨大生物を背中から真っ二つに切り裂いた。
一方で、ノエルの車に乗ったはやても、シンヤの事を考えていた。
「そっか……シンヤが来てからもう3ヶ月になるんやな……」
「シンヤさん……?」
月村家のメイド長であるノエルに家まで送って貰う最中。はやてはシンヤやヴォルケンリッターの話をしていた。
「はい……うちの居候です」
「そうですか……そんな風に皆さんが一緒にいてくれると、賑やかでいいですね」
「はい。もう、何やこう……毎日むやみに楽しいです」
クスッと微笑むはやて。運転しているノエルも、楽しそうに話を聞いている。
「(……そういえばシンヤも、だいぶ変わったなぁ……)」
そんな事を考えながら窓の外を眺めていると、自然と笑いが零れていた。
「うおぉおおおお!!!」
3匹、4匹と巨大生物を狩りながら、エビルは自問自答を繰り返していた。
確かにブレードは倒したい。だが、今はこんなことをしている場合なのか……
「(……何を迷う事がある!ブレードを倒す為ならば、俺はなんでもすると誓ったはずだ!)」
迷いを振り払うように。光の如き速度で、テックランサーを振り続ける。
本当にこれでいいのか……?
そんな疑問がシンヤの脳裏をよぎる。自分には他に、やるべき事があるのでは無いか?
誰かを救いたい……そんな事を考えた事は無かっただろうか?
「(いいや……!俺は何よりも兄さんを……ブレードを倒す事を望んでいたはずだ!!)」
ラダムの意思を埋め込まれた時点で、自分からは人としての感情など消し去ったはずだ。
それなのに、今では無くなった筈の感情が込み上げて来る事がある。
「(これも全て、あの時の戦いからだ……!)」
事の発端は、3ヶ月前の、『あの戦い』だった。
それはシンヤが元いた世界。60億を越えた人類もラダムにより滅ぼされ、地球は新たなテッカマンの温床となっていた。
だが奴は……テッカマンブレードは、守るべき物を失っても尚、ラダムへの抵抗を続けていた。
「うおぉおおおおおおおッ!ラダム……ラダムゥッ……!!」
一人でラダム母艦へと突き進んでゆくブレード。それを阻もうと湧き出るラダム獣を、次々と斬り倒してゆく。
もはやラダムに対する怒りと憎しみと、沸き上がる憎悪の本能だけで戦い続けているのだ。
そんな哀れなブレードの息の根を止める。その為に、シンヤは宇宙へと飛び立った。
「ブレードぉぉぉぉぉッッ!!!」
「エビルゥゥゥーーーーッ!!!」
二人の兄弟……ブレードとエビルは、何度も何度も、お互いの刃をぶつけ合い。その度に激しさを増していった。
「最高だ!最高だよ兄さん!こうして兄弟で殺し合いができる……俺はこれを望んでたんだよぉ!!」
「うぉぉおおおおおおおお!!エビルぅぅぅ!!!」
「ハハハハハ!もう言葉も解らないのかい、ブレードォッ!」
「うぉぉぉあああああああ!!!」
もはや二人の間に言葉は存在しない。死ぬか生きるか。力のぶつけ合いだった。
やがて二人は、全ての決着を付ける為に、お互いのボルテッカをぶつけ合った。
ぶつかり合う事で、ブレードのボルテッカは、エビルのPSYボルテッカに吸収され、拡散してゆく。
そして二人が見た最後の輝きは、この孤独な世界の全てを包み込んだ……。
それから、どれくらいの時間が過ぎたのか。俺はどこかの町で、意識を失い、倒れていた。
「何をしてるんだ、ヴィータ……」
「あ、どうしようシグナム……人が倒れてんだよ……!」
「(何だ……人間か……?)」
シンヤはうっすらと目を開けた。そこにいるのは、何人かの女と。車椅子の少女。
「うわっ……酷い怪我……」
金髪の女に車椅子を押されながら現れた車椅子の少女。少女は、傷付いたシンヤを見て、自分の口を塞いだ。
「どうしますか……主?」
「どうするってそんなん……放っとく訳にいかへんやん!」
薄い視界に映るのは。ピンクの髪の、どう見ても強そうな女が、車椅子に乗ったどう見ても非力そうな女に指示を仰ぐという奇妙な光景だった。
「とりあえず、家に連れて帰って、シャマルに治癒してもらお!」
「……わかりました。」
そう言い、ピンクの髪の女が、俺を持ち上げようとする。シンヤにとってそれは、堪らなく嫌だった。
こんな虫けらの、しかも女に情けを掛けられるようでは、ラダムのテッカマンの名がすたる。
「……めろ……触る……な……」
「ん……?何か言ったか……?」
「触るな……離せ……人間!」
次の瞬間、シンヤは持てる力を振り絞り、女を突き飛ばした。
「クッ……貴様、何をする……!」
「俺は……ラダムの……テッカマンエビルだ!」
「何……?」
「人間風情が……この俺の体に……」
触れるな!……そう言おうとした、その時だった。
「うるさい」
「ぬぅっ……!?」
シンヤの体を、鈍い痛みが襲った。ヴィータが、持っていたゲートボールのクラブをシンヤの脳天に振り下ろしたのだ。
……こうしてシンヤは、ヴィータが軽い気持ちで放った一撃により、トドメを刺された。
「ちょ、ちょっとヴィータちゃん何やってるの!?」
「いや……だってなんかめんどくさそうな奴だったから……」
「はぁ……まったくお前は……。早くこの男を連れて帰るぞ」
薄れゆく意識の中で、シンヤは3人の女の声を聞いた。
それからまた時間が過ぎて、気付けば俺はどこかのベッドの中にいた。
ゆっくりと起き上がるシンヤ。目の前にいるのは、さっきのピンク髪の女だ。
「目が覚めたようだな……ラダムのテッカマンエビルとか言ったか」
「お前……何者だ?俺が怖く無いのか……?」
「怖いだと?バカバカしい。何故私がお前相手に恐れなければならん」
「フン」と鼻で笑うシグナム。ここでシンヤは、様子がおかしい事に気付いた。普通なら、テッカマンと名乗った時点で、恐れ、警戒するはずだ。
だがこの女は違う。もしや、テッカマンを知らないとでも言うのか……?
聞けば、この世界にラダムは侵攻していないらしい。それどころか、ラダムという言葉自体、初めて聞く様子だ。
「……じゃあお前は、ラダムってとこのテッカマンで、地球侵略の為の兵士だってのか?」
ヴィータに問われたシンヤは、「……そうだ。」と返した。
こんな家、破壊して逃げ出そうとも思ったが、シンヤはそこまで乱暴では無い。一先ず自己紹介だ。
どうせ人間なんて、すぐに恐れを成して逃げ出す筈だ。そう思っていたのだ。
だが、シンヤの予想は大きく外れた。
「……嘘臭いな……」
「うん……侵略ってそんな、漫画や無いねんから……」
「な……ッ!?」
シグナムとはやては、そんなシンヤの言葉を冗談と捕らえたらしい。はやてに至っては楽しげに笑っている。
「それに地球侵略なんてしたら、大勢の人が困ってまう。そんな物騒なことしたらアカンで?」
「……だから俺は……!」
言い返そうとした、その時であった。キッチンから料理を持ったシャマルが、シンヤの言葉を遮った。
「はいはいはいはい、話は後にして。まずは晩御飯!」
「晩御飯……だと……?」
「うん、私が作ってん。エビル君も食べ?」
微笑むはやて。シンヤとしては、「ふざけるな!」と言いたかった。
何が悲しくて今まで虫けらと踏みにじってきた奴らの作った物を食べねばならないのだ。
そう思ったシンヤは、料理を前にして、腕を組んだままそっぽを向いた。
「食べないの?エビルくん……」
「何で俺が人間の作った料理なんて……!」
「まぁ、食ってみろよエビル。ぜってー美味いからよ!」
料理を奨める一同。ヴィータも、シャマルも、はやても。シンヤを見て微笑んでいた。
こんな光景を見ていると、忘れていた何かを思い出しそうになる。シンヤは「仕方ない……」と、渋々焼き魚を一口、口に入れた。
「思えばこの時点でどうかしてたのかもしれないね……」
時間を再び現代へと戻す。エビルは、テックランサーで斬り倒した巨大生物から次の生物へと跳び移りながら、そう呟いた。
再び回想シーンへと戻る。
「どうだ、美味いだろ?」
「エビル君の口に合うかわからへんけど……どうやろ?」
ヴィータもはやても、ニコニコと微笑みながらシンヤの顔を見詰めている。美味い。たしかに美味い。悔しいが、それは認めてもいい。
だが、それ以前に……こいつらは一つ勘違いをしている。
「おい、なんとか言えよエビル」
「……シンヤだ……」
「え……?」
「俺の名前はエビルじゃない。シンヤだ……」
この部屋にいる、ザフィーラ以外の一同は、皆顔を見合わせる。キョトンとした表情だ。
最初にテッカマンエビルと名乗ったばかりに、こいつらは皆俺の名前をエビルだと思っていたらしい。
それを聞いたはやては、さらに明るい笑顔をシンヤへと向け、言った。
「美味しかったやろ?シンヤ!」
それから、帰る家の無い俺は、しばらく八神家で過ごす事になった。
……というより、半ば強制的にそうなった。
この世界には、ラダム母艦も、テッカマンオメガも、ラダムマザーも存在しない。
それはつまり、ラダムとは何の関係も無い世界という事だ。
毎日を八神家で過ごしているうちに、俺はラダムとしての意思を忘れそうになることもあった。
こんな世界で、テッカマンエビルが一人で戦ったところで、ラダムにも俺にも何のメリットも無い。
それどころか、長らくラダムからの指示を受けない状態が続いた為に、段々と人間らしさを取り戻していったのかもしれない。
このままこの世界に他のテッカマンが現れない限り、俺が暴走する事は無いだろう。
俺は「せめてこの世界にいる間だけでも、人間としての生活を続けよう」そう思った。
やがて、シグナム達もシンヤの話-ラダムやテッカマンの話-を信じてくれた。
別の世界の住人だと言う事は最初から理解してくれていたようだが、流石に侵略とまで行くと中々信じられないのも解らない事は無い。
「シンヤ……少し話がある」
「なんだい、シグナム?」
八神家で珍しく二人きりになったシンヤとシグナム。シンヤは、突然話しかけて来たシグナムに向き直った。
「お前は侵略者なんだったな……」
「ああ。それがどうかしたのかい?」
「どうだ?今の生活は……?」
何を聞きたいのか、割と真剣な表情で話を切り出すシグナム。シンヤは、「フフ」と笑いながら答えた。
「じゃあシグナムにはどう見えるんだよ?今の俺がさ」
「……最初と比べると……いい顔になったな」
「そうか。ならそう言う事なんじゃないか?」
シグナムも、既にシンヤに対する警戒心はかなり薄れていた。だからこその質問だろう。
「ならばもし、この世界にもラダムが攻めて来たらどうする……?」
「もしラダムが現れたら……その時は……」
シンヤはゆっくりとシグナムに背中を向けた。シンヤの背中を見詰めるシグナム。
「どんなに人間らしさを取り戻しても……俺はラダムだよ」
少し俯くシグナム。
「……我らは主はやてに仕える騎士だ。もし、主に危害が及ぶようなら……我らは全力でラダムと戦うだろう……」
「……そうか……」
シグナムはその答えを聞くと、黙り込んでしまった。と、いってもシグナムにとっては黙っているのが普通の状態なのだろうが。
それからも穏やかな日常は、続いていた。はやて達と一緒に服を買いに行ったり。はやてに付き合って一緒に散歩したり。
こんな日常がいつまでも続けばいい。そんなことを考える時もあった。
時はゆっくりと過ぎてゆき、俺はただ、はやて達と一緒に。何事も無い日々を過ごしていった。
ある日の晩、俺とはやては八神家の庭から、星空を見上げていた。
「綺麗……」
「……そうだね……」
目を輝かせるはやて。だが、シンヤはどこか暗い表情を浮かべていた。
「どうしたん?元気無いよ、シンヤ?」
「……何でもないさ。ただ、星空を見てると……嫌な事を思い出すんだ。」
それは、シンヤがまだ幼かった頃。父さんと、タカヤ兄さんと。三人で星空を見上げていた時の記憶。鮮明に覚えているのは、父さんの目……。
「シンヤ……思い出したく無いんやったら、思い出さんでええねんよ?」
「……はやて……」
「ん……何や?」
人間だった頃の……しかも、こんな忌ま忌ましい記憶はどうでもいい。それよりも、シンヤには気になる事があったのだ。
「はやてはいいのかい?闇の書を、完成させなくて……」
シンヤに問われたはやては、小さくため息をついた。
「シグナムも言ってたけど、闇の書が完成すれば、はやては大いなる力を手にすることができる。そうすれば、この脚だって……」
「……あかんって。闇の書のページを集めるには、色んな人にご迷惑おかけせなあかん。」
「………………」
「そんなんはあかん。自分の身勝手の為に、人に迷惑かけるんはよく無い。」
穏やかな表情で喋るはやて。シンヤも、黙って聞き入る。何か、思うことがあったのだろう。
「それに、私は今のままで十分幸せやから」
「そうか……わかった。」
はやてがそう思っているのなら、それでいい。シンヤは穏やかに微笑み返した。
もしこの世界に来なかったら、自分はこんな考えを持つ事は未来永劫無かっただろう。
まだ完全に理解した訳では無いが、はやてが言おうとしていたのは、間違いなくラダムには有り得なかった考えだ。
「(だけど……それでもタカヤ兄さんが相手なら……)」
再び星空を見上げた、その時だった。
「はやてー!」
「あぁ、どないしたん?ヴィータ」
リビングから走って来るのは、目を輝かせたヴィータだ。
「冷凍庫のアイス、食っていい!?」
「お前……よく食べるな……」
「うるせぇな!育ち盛りなんだよ!」
呆れたシンヤ。闇の書の騎士に育ち盛りとかがあるのかは疑問だが。
「しゃーないなぁ……ちょっとだけやで?」
はやてにそう言われたヴィータは、嬉しそうに「おぉ!」と答えた。
シンヤは、そのまま立ち去ろうとするヴィータを、シンヤが引き止める。
「ヴィータ!」
「……何だよ?」
怪訝そうな顔でシンヤを見詰めるヴィータ。
「冷凍庫の……俺のアイスをやるよ」
「え……いいのか!?」
「ああ。多分、俺はアレ食べないからさ。」
その言葉に、一気にヴィータの笑顔が眩しさを増す。
「サンキューな、シンヤ!!」
言いながらヴィータは、嬉しそうにリビングへと走って行った。
「シンヤ……」
「……ん?」
「私は闇の書には何も望めへん。私がマスターでいる間は、闇の書の事は忘れて欲しいねん。
だから、シンヤも……ここに居る間はラダムとか、侵略とか、そんなん忘れて……?」
「……ああ、わかったよ……」
はやてにとっては、皆で穏やかに暮らせればそれで良かったのだ。強いて望むとすれば、このまま皆で、平和に暮らしたい。ただそれだけだ。
それがシンヤにとっても共通の願いかどうかは、シンヤ自身にも解らない。
だが、今の生活に不満は無かった。
それから数日後の事だった。
それはあまりにも突然過ぎた。俺達に知らされたのは、はやての命に関わる話。
闇の書に魔力を喰われ続けたはやて。このままでは脚のみならず命まで落としかねないというのだ。
もちろん突然そんな話を聞かされれば、流石のシンヤだって驚くのも無理は無い。
「じゃあ……はやての脚は、闇の書の呪いだって言うのか!?」
シンヤの質問に、シグナムとシャマルは、順番に説明を始めた。
「そうだ……抑圧された強大な魔力は、リンカーコアが未成熟な主の体を蝕み……生命活動さえも疎外していた……」
「……そして、はやてちゃんが第一の覚醒を迎えた事で、それは加速した……」
「第一の覚醒……?」
「ああ。私達4人の存在を維持する為に、僅かとは言え、主の魔力を消費していることも、無関係とは言えないのだろう……」
驚愕するシンヤ。これよりもさらに過酷な運命を背負った男を、シンヤは知っている。
だが、はやてはまだ9歳の少女なのだ。
『助けたい』。そう思った。
ラダムのテッカマンエビルは。この時初めて、誰かの命を救いたいと感じた。
いや、シンヤ自身は気付かないかもしれないが、シンヤの人としての心は、間違いなくそう感じた。
海鳴市の、とあるビルの屋上。
ヴォルケンリッターと、シンヤが向き合って立っている。
はやての体を蝕んでいるのは、闇の書の呪い。
はやてが闇の書の主として、真の覚醒を得れば……はやての病は消える。消えずとも、進みは止まる。
はやての未来を血で汚したくは無い。だから、人殺しだけはしない……!
すでに、5人は決意を固めていた。
「申し訳ありません……我が主。ただ一度だけ、貴女との誓いを破ります……!」
シグナムの声に呼応し、ペンダント型のデバイス……レヴァンティンが起動した。
同時に、シグナムの体は桃色の騎士甲冑に包まれてゆく。
それに合わせるように、シャマル・ヴィータも騎士甲冑を身に纏った。そしてザフィーラは、犬形態から人間形態へと変身。
4人が姿を変えていく中、残ったシンヤは、握り締めた赤いシステムボックス……テッククリスタルを見詰めた。
「まさか……また使う事になるとはね……」
そう呟くと、シンヤはテッククリスタルを掲げ、叫んだ。
「テェックセッタァーーーッ!!!」
同時に、テッククリスタルの左右の突起が翼の用に飛び出した。
そこにいるのは、相羽シンヤでは無い。赤い悪魔、『テッカマンエビル』だ。
「これで終わらせてやる……!」
ここは、何の文明も無い砂漠世界。大量に現れる巨大生物を、次から次へと切り倒してゆくエビル。
「(確かに俺は、はやてを救いたいのかもしれない……だが!)」
空に舞い上がり、胸のボタン状のボルテッカ発射口から、フェルミオンを吸収する。
「(兄さんは……ブレードだけは!倒さなくちゃいけないんだよぉッ!!)」
「PSYボルテッカァァァーーーーーーーッ!!!」
エビルの胸から伸びた合計6本の閃光は、残り3匹の巨大竜全てに命中。
凄まじい光と爆音。PSYボルテッカの着弾地点から数百メートルは、赤いフェルミオンの光に包まれた。
一方の海鳴市。フェイトは、ハラオウン家に帰宅していた。
リビングに入って、真っ先に目に入ったのは、眠るようにソファに腰掛けていたDボゥイだ。
「ちょっと、Dボゥイ?」
「……フェイトか。どうした?」
ゆっくりと目を開くDボゥイ。そこにいるのは、制服のまま少しだけ不機嫌そうな顔をしたフェイトだ。
「さっきはどうして私達のこと無視したの?」
「無視だと……?」
Dボゥイには、フェイトが何の話をしているのかがわからない。気付かないうちに無視していたのだろうか?
「ほら、さっき私達に話し掛けられたのに、無視したでしょ?」
「……そうか。すまない、気付かなかったんだろう……」
「気付かなかったって……」
その時だった。
『ピンポーン』と、家のチャイムが鳴る。どうやら一緒に買い物に行く約束をしていたなのはが、フェイトを迎に来たらしい。
フェイトは話を中断し、一度なのはを家へと招き入れた。
「こんにちは、Dボゥイさん」
Dボゥイに軽く挨拶するなのは。そしてなのはが次に口にしたのは、Dボゥイへの質問だった。
「そういえばDボゥイ、さっきはあんなところで何をしてたの?」
「あんなところ……だと?」
「ほら、さっきスーパーの近くで、私達と会ったじゃない」
「……なんだと?」
流石に話がおかしい事に気付く。さっきからこの二人は何を言ってるんだ。Dボゥイは、真剣な表情でなのは達を見詰めた。
「だってさっき、スーパーの近くにいた……よね?」
「いや、俺は今日はずっとここにいた。外には出ていない」
「嘘でしょ?だって、確かにDボゥイだったよ……?」
フェイトもなのはも、怪訝そうにDボゥイを見詰める。
「嘘じゃないよ。Dボゥイは今日、一度も外に出てない。アタシが保証するよ」
「アルフ……」
人間形態のアルフが、コップに入ったジュースを飲みながらなのは達に近寄った。
「まさか……」
この世界には、一人だけDボゥイと同じ顔を持った人物がいる。
それは同じ日に、少しの時間差でこの世界に生まれ落ちた兄弟。
「シンヤ……」
Dボゥイは誰にも聞こえないような小さな声で、そう呟いた。
そのほぼ同刻、無限書庫。
そこには膨大な量の書物が360度、どこを見てもビッチリと詰まっている。
書庫内は無重力らしく、そこにいるユーノ、リーゼアリアとロッテの三人はフワフワと浮かんでいる。
「……これは……」
そんな中ユーノは、数冊の書物の検索に完了した。検索された本は、ユーノの周囲を浮かぶ。
「……テッカマン……?」
本に記された文字を、ユーノは口にした。
最終更新:2007年11月21日 18:47