ホテル『リオ』での騒動を終え、ヴァイスの駆るヘリで脱出した一同。その顔には疲労の色が浮かんでいる。
 まあ、明日から調査開始だと思っていて、それであんな騒動に巻き込まれるとは思っていなかったのだろうから、無理も無い。
 ……いや、約3名疲れた顔をしていない人物がいた。アーカードとスバル、そしてヴィータだ。

「クク……敵を殺し、味方を殺し、守るべき民も治めるべき国も、自分までも殺しつくしてもまだ足りぬ。
俺もお前らも全くもって度し難い戦争狂(ウォーモンガー)だな少佐」

 先ほどまでボーボー燃えていたにもかかわらず、疲れた顔ひとつせずに楽しげな発言。余程トバルカインとの戦闘が楽しかったのだろうか。
 一方、疲れた顔をしているティアナはというと、今の独り言にふと気になる事が混じっていた事に気付き、アーカードへと聞こうとする。

(少佐……一体誰のこと?)

 ティアナの気になる事。それはたった今アーカードが口に出した『少佐』という人物のこと。
 だが今聞いてもおそらく答えないだろう。ティアナはそう思い、問いかける言葉を飲み込んだ。

「……しっかし、よくこんな状況で寝てられるなこの嬢ちゃん達は」

 ……そろそろスバルとヴィータが疲れた顔をしていない理由を話そう。出発してからすぐに寝入ってしまったからである。
 すぐに眠ってしまうとは、よほど疲れていたのだろうか。スバルはともかくヴィータは特殊警察が踏み込んでからもしばらく寝ていたというのに。
 その様子を見たベルナドットが、呆れ顔で呟いた。


 さて、今回はヴィータの今見ている夢の話をしようと思う。
 それは彼女の過去を示す夢。今は亡きとあるイスカリオテの神父の元に転移し、イスカリオテの一員として動いていた頃の。


幕間『CROSS FIRE』


 物語の少し前、ヴァチカンにて。

「パレスチナ難民キャンプの我々の慰問団が襲撃された」

 法皇庁所有の建物の一室。マクスウェルとその上司らしき男が言葉を交わす。
 何事も無いかのようにサラリと男が述べるが、その内容はあまりにも物騒。

「神父・シスターが捕らわれた。一時間ほど前だ。連絡はいっているだろう?」
「反ユダヤ主義イスラム過激派『アヴラ・アクヴァラ』が犯行声明を……」

 犯人が何者かも既に分かっている。たった今マクスウェルが言ったイスラムの過激派テロリスト『アヴラ・アクヴァラ』だ。
 男―実は彼が今回の闇の書の主なのだが、話には無関係だろうから割愛しよう―もそれが分かっていてマクスウェルを呼んだ。それが何を意味するかは……おそらく予想通りだと思われる。
 男は前髪をかき上げ、マクスウェルへの説明を続けた。

「人質と引き換えに一千万ドルを要求している」
「我々への挑戦ですな。なめられたもんです。
護衛は私の部下の中でも一番の腕っこきがついていたのですが……何せ問題の多い腕っこきですので……申し訳ありません」
「速やかに解決したまえ、マクスウェル君。そのための第十三課、イスカリオテだ。教皇も期待しておられる」

 やはり。マクスウェルを呼び、あらましを説明するということは……イスカリオテを動かすということだ。
 そしてマクスウェルは、自信満々にこう答えた。

「ご安心を。我々イスカリオテが必ずや……必ずや邪教徒どもに神罰を」


 パレスチナ、ベカー高原難民キャンプ。

 ドサリ。
 カトリックの神父が一人、頭を吹き飛ばされて天に召された。
 付近には後ろ手に縛られている神父とシスター達。そしてたった今神父を射殺したテロリスト集団。

「やッやめろッ!やめてくれェッ!」

 神父の一人が大声で命乞いをする。だが、テロリスト達はそれを聞き入れず、もう一人撃ち殺した。
 テロリストの一人が携帯電話を受け取り、その相手と会話。電話を切った直後に慰問団を更なる混乱へと引きずり込んだ。

「金は用意するそうだ。良かったなァ。次、そのメガネの女だ」

 この男は何を言っている。ヴァチカンは金を用意すると言った。ならば殺す理由も無いはず。
 なのにこのテロリスト達はまだ殺そうとする。一体どういうつもりだろうか。

「なぜだッ!金は用意すると言ったのだろう!?この人殺しめッ!」
「もちろん金は有難く頂くよ。その上だ」

 神父が怒りを込めてテロリストを罵倒したが、相手は意にも介さない。
 それどころか持っていた拳銃を構え、悪意と凶気に満ちた笑みで絶望へと叩き込んだ。

「金も手に入って、おまけに異教徒共も皆殺しにできるとなれば、我らの神(アッラー)もさぞやお喜びになるに違いない!」

 ……つまり、このテロリスト達は初めから慰問団を生かして返すつもりは無いということだ。
 その事実に気付いた神父が驚愕の表情を浮かべて固まる。だが、事態は驚く時間すら与えない。
 先ほどテロリストが指定したメガネのシスターが引っ立てられ、リーダー格の男『アフラム』の前に投げ出される。
 投げ出された衝撃でシスターが悲鳴を上げるが、テロリスト達は意にも介さない。

「やめろォッ!私が身代わりになるッ!由美子から……そのシスターから手を離せッ!」
「あいにく私は紳士でね。レディーファーストだ」

 アフラムはそう言って神父の発言を一蹴した後、拳銃を由美子の頭に突きつけた。


「なあ、まだか?ハインケル」
「はぁ……それ何回目?さっき聞いてからまだ5分も経ってないわよ」

 時間は数分ほど遡る。場所はハインケルの運転する乗用車の中。
 退屈しているのかヴィータが「まだ着かないのか」と何度も聞いてくるので、ハインケルは多少煩わしく感じているようだ。
 とりあえずそれをいい加減終わらせるため、ハインケルが今回の仕事の内容について聞いた。

「それで、ヴィータ。今回の仕事どんなのだったか覚えてる?」
「テロリストをぶっ飛ばして、慰問団の連中を助ける。だろ?」
「……分かってるならいいわ」

 会話終了。だがハインケルはその後も雑談を持ちかける。いい加減「まだか?」は聞き飽きたらしい。
 この時点のヴィータは、最後の主『八神はやて』と出会っていないので未だにプログラム同然なのだが、それでも退屈は好かないようだ。

 ここで閑話休題、なぜヴィータだけがハインケルと行動をともにしているのだろうか。
 彼女らヴォルケンリッターは、前述の通りとある神父の元へと転移した。ある程度の法術なら扱える程度の魔力を持つ神父の元へ。
 そしてここで重要になってくるのが、魔法と法術の違いだ。
 神父達の使う法術はあくまで回復や化物用の結界であって、攻撃に使えるものはほとんど存在しない。
 その点、ヴォルケンリッターの扱う魔法は戦闘用の代物。化物やカトリックの敵に対して非常に有効な戦力となるのは必然。
 ならば一箇所にまとめておくよりも、別行動を取らせてそれぞれに対応させたほうがいい。そう考えて別々に動かしているのだ。

 話を元に戻そう。
 ハインケルがマクスウェルから聞かされた場所はベカー高原の難民キャンプの一角。受け取った地図の通りならばそろそろのはずだ。
 ならば今のうちに準備したほうがいいだろうと考え、ハインケルがヴィータへと準備を促す。

「そろそろ着く頃だから、今のうちにアイゼン用意したら?」
「ああ、じゃあそうしとくよ。グラーフアイゼン!」『Jawohl.』

 グラーフアイゼンから聞こえる電子音。それとともにヴィータの服が少しずつ変化し、到着と同じ頃にそれが終わる。
 変化が終わったときのヴィータの服装は、一本の鉄槌と化したグラーフアイゼンに、カトリックのシスター服を模した騎士甲冑。これがこの当時使っていたものである。
 ハインケルも愛用の銃と、おそらく『由美子』の状態であろう相棒の刀を持って車を降りた。


 そして数十秒後にテロリストという名の『キリスト教の敵』と、イスカリオテという『狂信者』の闘争が始まるのだが……それはイスカリオテの二人以外には知る由も無い。


「サヨナラだ(アッラーアクバル)」

 アフラムが銃を構え、由美子の頭に突きつけてから半秒後。脳天に銃弾をぶち込むべく引き金に指をかける。

「待て!アフラム、ちょっと待ってくれ」
「あぁ?」

 だが、銃弾が放たれることは無かった。
 アフラムが仲間の声でいったん止まり、振り向く。その方向にはサングラスをかけた神父服の女が。
 テロリスト達は彼女をヴァチカンの使いと解釈。由美子の射殺を一度中断した。

「ちッ、来たか。ヴァチカンの密使だ……フン、運のいい奴だ。続きは金を頂いてからだ」

 アフラムはそう言うと、由美子の首に腕を回してガッチリと確保。動けなくして銃を突きつけ直した。

「OK!金を持ってこっちに来なネゴシエイター!
おかしなマネはするなよ。このシスターの頭天国まで吹き飛ばすぞ」

 その様子を見た神父服の女は、少しばかり今の状況を考えることになった。
 見慣れた眼鏡のシスターが捕らえられている。護衛のはずなのに。何故?
 ……その回答はすぐに出た。そのままブツブツ呟きながら前進する。

「……やっぱり……やっぱり『由美子』だったか……」
「ハインケル!」
「!?」

 由美子の声に驚くアフラム。知り合いだろうか?
 だが、そんな様子など一切無視し、神父服の女……ハインケルがつかつかと歩み寄ってくる。

「護衛でしょう。何やってたの『由美子』!『由美江』は!?」
「由美江は……やっと、やっと寝たのに……もういやよう、寝かしておいてあげてよう!」

 無視。

「もういやあっ、『仕事』はもういやよう」

 無視。接近。

「てッ、手前ら一体何を……おいッ!」
「やめてェッ、ハインケル。いやあッ」
「手前ェそれ以上近づくな!」

 無視。接近。そして右拳を握り、構える。

「おやすみなさい、『由美子』。おはよう『由美江』」
「何!?」

 全力の右ストレートが由美子のアゴにクリーンヒット。それは由美子の意識を刈り取るのには十分な威力だった。
 今の一撃で眼鏡が吹き飛び、アフラムの手を離れて後方へとダウン。目をグルグル回して気絶している。
 この状況にはさすがにその場の全員が驚き、時間が止まる。止まっていないのはハインケルと、近くに潜んでいる仲間くらいのものだ。

「なッ……な……貴、貴様いったい!?」
「残念だが、私は金なんか持ってきていない。ヴァチカンは異教徒に払う金など一銭も持っていない」
「何だとォ!?」

 奇しくもアフラムの感想は、先程の自分の台詞を聞いた神父と同じだった。「こいつは何を言っている」という感想である。
 だが、ハインケルはそんな事など意にも介さず、耳栓をつけてから近くに潜む仲間に合図を送った。

「……ヴィータ!」
「任せろ!アイゼンゲホイルッ!」

 合図とともに、テロリスト達にとっては全く聞きなれない声がした。上から。
 その声の方向……付近の建物の屋根の上を見ると、シスター服を着た赤毛の少女……ヴィータが丁度光の玉をグラーフアイゼンで叩いたところだ。
 刹那、強烈な閃光と音。これがヴィータの持つ魔法『アイゼンゲホイル』だ。早い話が魔法のスタングレネードである。先程の耳栓も、この音を防ぐためのものだ。
 そして光と音が止んだ頃には、テロリストが二人倒れていた。人体急所に弾丸が叩き込まれていることから、おそらく命は無いだろう。
 いつの間にかいなくなっていたヴィータの事も含め、テロリスト達の間に動揺が走る。

「何ィ!?」
「さっさと起きろ、由美江ェェッ!」

 ヴィータの咆哮。それと同時にテロリストの脳天へとグラーフアイゼンの一撃が決まる。
 それを皮切りに戦闘開始。弾雨をかいくぐりながら走り、テロリストを仕留めつつ障害物の陰へ。もちろん由美子……いや、由美江へと呼びかけるのも忘れない。

「殺せェ!」

 既に殺しにかかっているのに「殺せ」とはまたおかしなことを。
 ……ともかく、この声で銃撃戦は激化の一途をたどった。おそらく生き残りの神父達は生きた心地がしなかったことだろう。

「クソッ、手前ェ達ッ!よくも騙しやがったな!」

 そんな中、テロリストの一人が激昂し、人質の残りに小銃を向ける。間違いなく皆殺しにするつもりだ。
 ……背後にゆらりと立ち上がる、シスター服の影に気付かないまま。

「死……」

 射殺しようとするが、その小銃の引き金は引かれることはなく終わった。
 背後からの影がそのテロリストの頭を掴み、思い切り近くの壁に叩きつけたのだ。よくて頭蓋骨骨折、最悪即死だろう。
 狂笑のせいで分かりにくいかもしれないが、彼女は先程ハインケルに殴り倒されたシスター、由美子である。
 正確に言えば彼女の中のもう一つの人格、由美江なのだが。

「クソ異教徒共めが!偉大なる法皇庁(ヴァチカン)に逆らうドぐされ外道共ッ!地獄に落ちろ!」

 ……余談だが、この口上は後にティアナ達に向けて放たれることとなる。決め台詞か何かだろうか?

「起きたか!」
「ハインケル、ヴィータ、エモノはどこだ!手伝ってやる!」

 起きてすぐに殺し合いへの参加とは、さすがにマクスウェルから「狂戦士(ヴァーサーカー)」と評されることはある、と言うべきか。
 それはともかく、その声を聞いたハインケルが背に隠していた由美江の刀を取り出し、投げて渡す。

「受け取れェ!」

 投げられた刀は鞘に収まったまま見事に由美江の手元に。いいコントロールをしている。
 そして刀を受け取った由美江は、それを鞘に収まったまま縦に構える。

「な、何だ!さっきのメガネ女か!?ええックソッ、皆殺しだ!」

 テロリストの残りが手元の銃を構え、由美江へと狙いをつける。

 通常、銃を撃つのには3つの動作が必要になる。
 すなわち、構え、狙い、撃つの3つ。
 そして由美江にとっては……この距離でのそれは十分なほどの隙へと姿を変える。

「島原抜刀流……秋水!」

 声とともに由美江が刀を構え、咆哮とともに振り回す。
 そしてその軌道上にいた者には例外なく赤い線が走り……そこから斬り裂かれた……いや、分解されたと言った方が正しいだろうか。
 そうこうしている間に、残った敵はアフラムのみとなっていた。このままでは彼も同じように殺られるだろう。

「FREEEEEEZE!FREEZE!!」

 そう考えたアフラムは苦肉の策として、人質の残りを利用するという手に出た。
 神父を掴んで先ほど由美子を盾にしたときのようにガッチリとロック。そしてこめかみに拳銃を突きつける。
 ……だが、それが全くの無意味であることをすぐに知ることになる。

「動くんじゃねえ!動けばこの神父の頭吹っと「やれば?」!!」
「我々ヴァチカンの神父は敵に屈したりはしないはずだ。『自分はどうなってもいいから敵を倒せ』って思っておられるに違いない。そうでしょう?」
「この尊い自己犠牲の心は、私達は一生忘れません。ああなんて素晴らしいんでしょう」

 ハインケル、由美江、ともに神父を救出する気無し。案の定、目を丸くするアフラム。
 こうなると頼みの綱はヴィータとなってくるが……ああ、やっぱり。グラーフアイゼンを肩に担いで近づいてくる。

「カトリックをなめんじゃねえぞ。キリスト教の歴史は戦いの歴史だ。異端審問と異教弾圧でたくさんの人を殺してきた、世界最強の宗教だ……
だからヴァチカンは、カトリックはお前らなんかには絶対負けねぇ!」

 これが、主から聞いたキリスト教というものを自身の内で考え、そして彼女の出した結論なのだろうか。
 いずれにせよ、この神父を助ける気がある者は誰一人いないようだ。
 ならば殺られる前に殺るしかない。そう考えてヴィータへと拳銃を向ける。

「ヴァ……ヴァチカンの狗どもがァァーーーーッ!!」

 銃を構え、狙い、撃とうとするアフラム。だが、先程も言った通り由美江には十分な隙。
 その間に刀を一閃。アフラムの銃を腕ごと斬り落とす。いつの間に接近したのだろうか。

「……Jeses.」

 そしてアフラムが人生の最後に見たのは、大きく鉄槌を振りかぶるヴィータの姿だった。


「フゥ……もう大丈夫ですよ、神父様」
「ひぃぃッ!来るな!来るなァッ!」

 全てが終わり、カトリック以外の生存者がいなくなったベカー高原。
 片がついたのでもう安心だと神父を落ち着かせにいくハインケル達だったが……どうやら逆効果だったらしい。
 まあ、先程の大殺戮劇を目の前で見せられ、しかもその下手人が目の前にいるのだから無理も無いが。
 生き残った慰問団員には白い目で見られ、人質にされていた神父からは怯えられ、もう散々である。

「いやホラッ、さっきのはハッタリですってば。ああでも言わないとホラ、アレな「行くわよ」」

 さすがにいたたまれなくなったのか、ハインケルが由美江を引きずって退散。ヴィータもそれに続く形でその場を去った。


 その帰り道、ヴィータがポツリと呟いた。

「今更だけど……少しやりすぎじゃなかったか?」

 ハインケル達には聞こえなかったのか、二人とも何も返さない。
 確かにマクスウェルからは「皆殺しにしろ」とは言われなかったが……本当に今更である。
 ……この二日後、マクスウェルによる過去最大級の怒号を受けることになるのだが、それはまた別の話である。

TO BE CONTINUED

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最終更新:2007年11月27日 23:31