OSGS
第一話「いつか、来るべき日のために(後編)」
※今回のザブトン十枚のキーワードは「nice boat」です。みなさんはりきっていきましょう。




――シグナム


 レヴァンティンを握る両手に、僅かな痛みが残っていた。
 シグナムは剣の柄にわずかに目をおとすが、異常はどこにもない。
 炎の魔剣レヴァンティンの刀身は、曇りも、もちろん皹もなかった。

(む……手首の痛みはリミッターのせいか。力がのりきらん)

 シグナムに魔力の限界出力に限定がかけられたのは、昨日の晩おそくのことだった。
 その後、六課の陸専用シミュレータで一人、訓練を続けていたが、リミッターの違和感は払拭できていない。
 刀身と肉体の強化がしきれず、結果わずかな痛みが手首に残っている。

(実戦の中で調整していくしかあるまい。いまは――)

 ランドリオンの胸部が動いた。マシンキャノン斉撃の予備動作をみきり、シグナムは左手を前に突き出した。

 ベルカの剣印。大型のシールドをはり、背後――イスルギ重工の新型機に通信を送る。

「こちらは機動六課所属――」

 シールドに銃弾が殺到した。秒間数百発の銃弾がシールドにあたり、はじかれる。
 銃弾が飛び散るのをみながら、しばらく持つ、と判断し通信を続ける。パネルは開かず音声だけの通信だ。

「シグナム二等空尉だ。通信はとどいているはずだな、イスルギ重工のテストパイロット」
「はい。救援、感謝しちゃいますですでござる」
「……どこかの方言か?」
「はぁ。じんどべし世界の出身ですってぇ」
「まあいい。主はやてと同じようなものか。このまま撤退を援護する。シャーリー。ヴァイスたちはいまどこだ?」

 通信を聞いているシャリオに向かって話す。すぐに応答があった。

「あと一分でそちらと合流できるそうです! その後、所属不明機を捕獲、または無力化させます。敵機の撤退が確認されたらまた別の手段がとれるのですが。後ろにもう一部隊ひかえています。音からして――ランドリオン二機とリオンが二機です」

「了解した。どちらにしろここまで懐に飛び込んできた連中だ。撤退は考えていまい。戦線はここでとどめる。できるか――おまえ、名前は」
「ラミア・ラヴレス。機体はアサルトドラグーン「アシュセイヴァーM」」

 シールドに亀裂が走る。シグナムが言う。

「ではラヴレス。わたしがランドリオンの足を止めるから、火器で締めを頼む」
「了解した」
「もうすこしで応援が来る。無茶はするな」
「そちらも了解しちょってん……。では――!」


 背後のアシュセイヴァーが噴射剤で飛び上がるのを確認し、シグナムはシールドを解除する。
 シールド消失から着弾するまでのわずかな間に、シグナムは射線から逃れる。
 飛び交う銃弾のそばを翔ぶ。
 銃弾が生む熱を騎士甲冑ごしに感じるほど、射線の近くに寄る。
 ランドリオンは、シグナムの飛翔にあわせてマシンキャノンの砲塔をむける。
 シグナムはもろともせず、地面を這うように飛行しながら、ランドリオンのスティックムーバーに肉薄した。

 横なぎ一閃。
 続いて二閃。

 スケーティングのようになめらかな動きで、ランドリオンの股の下を潜り抜ける。
 再びシグナムが地面に足をつく。ランドリオンは崩れ落ちる。
 スティックムーバーを軸ごと切り裂かれたランドリオンは、バランスを崩し、地面に倒れた。
 髪を裂く手ごたえ。

「今度はうまく行ったか。ラヴレス!」
「了解。ガンレイピア、発射!」

 ランドリオンは体勢をくずしながらもレールガンの銃砲をシグナムに向ける。
 だが、レールガンの発射よりも前にガンレイピアが機体に突き刺さっていた。
 ビームが装甲を抜け、ランドリオンの機関が爆発をおこす。

「エジェクターは作動しているな。あとで回収する……レヴァンティン。位置をシャーリーに送ってくれ」

 レヴァンティンが応える。
 インテリジェントデバイスよりは素っ気ないものの、確実に仕事をこなしてくれる相棒を心底頼もしくおもいつつ、ジャンプによる滞空しかできないらしいアシュセイヴァーを見る。
 着地の際にすこしバランスを崩したのは、脚部に損傷を追っているせいのようだ。

「はじめてにしてはいい連携か。やるな、ラヴレス」
「ライトニング2。上空のリオンをお願いしちゃいますのでした。わたしは西からの部隊を引き寄せますたい」
「脚部の損傷は?」
「ダメージコントロールはできていますのです。温存していたエネルギーを開放しちゃばってんので、固定砲台くらいにはなござんす」

 右腕に持ったレーザーライフルで上空のリオンをけん制しながら、アシュセイヴァーは背部に負っていたもう一つの火器を取り出し構えた。

「ハルバートランチャー。矛と槍。射程には自身がありばってん」
「……そのしゃべり方。どうにかならんのか。かろうじて意味が聞き取れるくらいになってきたのだが」
「……クセなもんですってんてん」
「緊張感に欠けるが、まあいい――。けん制をまかせるぞ」

 シグナムは上空に飛び上がった。
 アシュセイヴァーの射程から離れていたリオンが再びシグナムに狙いをさだめ、降下を開始する。

 上昇、加速、肉薄。

 そのわずかなやり取りの中でリオンのパイロットは、シグナムの姿を失ったらしかった。
 シグナムからすれば、身をひねったに過ぎなくとも、AMやPTは魔導師ほどには動けない。
 そして、たとえシグナムが現在存在している場所を、パイロットが知覚しても、反撃は不可能だ。

「空戦ができる騎士との戦闘経験はなかったようだな」

 近代の空戦はミッド式の遠距離、高火力を放り込み制圧する戦術が主流だった。
 そしてアーマードモジュール、リオンはあくまで戦闘機の延長線の機体であり、肉薄し
た騎士と戦えるような装備は設計の段階から存在していなかった。

 まわりこんだシグナムはセンサーが集中するリオンの頭部ユニット――そのうえに立っていた。 
 ドッグファイトというにはあまりにも一方的な空戦魔導師とリオンの戦力差。自在に飛べる空戦魔導師は、テスラドライブ搭載機体にも圧倒的なアドバンテージをもっていた。

 さらに相手が――質量兵器が封印される以前から存在した『夜天の書』の騎士、烈火の将シグナムならば――結果はおのずと具現する。

 鞘がらみに腰間から抜かれたレヴァンティンが、日の光を照り返したのは瞬きよりも短い間。その間に翻った切ッ先が、リオンの頭部につきささった。
 鋼の手ごたえはない。
 いうなれば厚紙を突き通す軽い手ごたえを感じながら――シグナムはレヴァンティンの柄に力を加えた。

 アームドデバイスが主の意思に応えた。
 つきたった刃が装甲を貫通し、積まれているセンサーのあらかたを破壊した。

 事態に気がついたパイロットがリオンをロールさせたころには、シグナムはレヴァンティンを引き抜き、身を宙へと投げだした。
 センサーを失ったうえに、無理な機動でシグナムをふるい落とそうとしたリオンには、体勢を立て直すだけの余裕は無かった。

 リオンは、機体の一部にテスラドライブを積み込み、従来の戦闘機にはない機動性能を獲得しているが、まだ空力作用に頼っている部分も多い。機体はきりもみしながら、失速、地面に向かっていった。

「任務なのでな」

 リオンが地面に激突する瞬間、脱出装置が作動し、パイロットが外へはじき出されたのを視界の端に確認しながら、シグナムは落下の速度を速めた。
 眼下で光がはしる。極太のビームが増援のランドリオンにむかって伸びていた。

 ランドリオンが着弾地点から逃れ、ハルバートランチャーの熱が荒野をやいた。


「あの方言さえなければいいパイロットだ。テストパイロット――元軍人なのかもしれん」

 援護に回ろうとしたシグナムの横手から、応援のリオンが現れる。

「む。さすがに数が多いか――?」

 地上の援護とリオンの相手、どちらに回るか逡巡している合間に、
 空気が震えた。
 リオンの一機が大きくバランスを崩す。大型の砲弾がリオンに直撃した。

「やっときたか。アサルト小隊」

 さらにもう一度。
 僚機の異常を感じとり回避行動にはいったもう一機のリオンに、直射の弾丸が突き刺さった。
 魔力弾ではない、質量兵器の弾体がリオンを駆逐する。

「くらえぃ! ブーステッド・ライホォッ! とと。とりあえず二機撃墜?」
「体勢を崩しただけのようだ。だが、あと詰めは任せてもらうぞ、アサルト2」

 シグナムは通信に返事を返す。誰かはわかっていた。
 テスラドライブに損傷を負ったリオン相手に苦戦はしない。
 レヴァンティンを一閃するだけで詰めは終った。頭部のセンサーを切り裂き、推進部に刃を埋め、飛び去る。機体の後部で小爆発を起こし、戦闘不能になった二機のリオンは、ふらふらと森へ向かって落ちていく。

「最近の脱出装置の性能はたしかなものだ。死にはせんだろう」
「無駄な血はながさないっ、とか?」
「そのようなものだ」

(それよりも以前に……主が無駄な殺生をのぞまない)

 冷徹にして正確だった射撃の主を見る。ベルカの言葉で「白騎士」を冠すに恥じない白の装甲をまとったパーソナルトルーパーが、宙に浮いていた。手には大型のライフル。銃口からわずかに硝煙がたゆたっていた。
 二十メートルの巨人は、シグナムの遠近感覚をわずかに狂わせる。AMの印象がヒトガタをした戦闘機とするならば、PTは人を模した巨人――だろうか。

「ん? アサルト1はどうしてい――」

 シグナムが口に出す。地面で爆発が起こった。

 ヴァイスリッターより無骨なイメージの量産型ゲシュペンストmkⅡが、地面を走るランドリオンに肩からつっこんだ。
 動く質量兵器――汎用人型機動兵器のタックルをもらったリオンは大きく傾いだ。ゲシュペンストは浮き上がったスティックムーバーの一本を右腕でつかみあげる。
 左腕から突き出た三本の棒――杭の先端に蒼いプラズマが灯った。
 動きをとめられたランドリオンが背の噴射機構で、ゲシュペンストの拘束から逃れようとする。
 それよりも速くゲシュペンストは胴体部に向かって左腕の杭をたたきつけた。
 対象に高圧のプラズマを叩きつける武装、ジェットマグナム。

 放出された電流は、ランドリオンの胴体ではぜ光を撒き散らした。 拳とジェットマグナムが生んだ衝撃でランドリオンが吹き飛んだ。
 地面を転がりながらも、やはり優秀な脱出装置が、パイロットを機体の外へとはじき出した。
 ランドリオンは内部から爆発を起こし、機能を停止させた。

(さすがだ。ヴィータが推薦してくるはずだ)

 腕のよいパイロット。しかもうわさに聞くL5戦役を生き残ったATXチーム。同僚として不足は無い。いまの挙動を見てシグナムはそう思った。

「……遅れました。ATXチーム、アサルト1キョウスケ・ナンブ。そちらの指揮にはいります」

 何事もなかったかのような、アサルト1の通信。

「ああ――だがすでに終ったな」
「ふっ。そうですね」

 運がわるい。シグナムはこの面子に囲まれた最後の一機のランドリオンに少々同情した。
 そうこうしているうちに、ランドリオンはアシュセイヴァーとヴァイスリッターの砲撃に、撃たれ、撃墜されていた。

「……まったく。リミッターの意味がなくなりそうだ」

 一拍あけて、シグナムは通信を開いた。

「こちらライトニング2。いささかあっけなかったが、戦闘の終了を確認した――」




――八神はやて


 戦闘終了の報告をうけ、現場に指示を与えていたはやてに、地上本部の高官から通信が入った。
 はやては、事後処理であわただしいなか、別室で通信を受けた。

「……あのイスルギ重工の試作機を、うちで預かれゆうんですか?」
「そうだ。もともと重力下の性能評価中だった機体だ。機動六課の任務にあの機体を追従させ、戦闘データを取る」
「……」
「不服そうだな、はやて課長。そちらはたしかPT戦力の補充を打診していたはずだろう? イスルギの試作機はADという機種だが、PTの武装とも相互性があり、戦力としては申し分ないはずだが」
「……」
「返事はどうした」
「……了解しました。AD「アシュセイヴァーM」とテストパイロット、ラミア・ラヴレス。機動六課がお預かりします。ただ――」
「損害、破損、ある程度の機密流出はイスルギも承知している。社会奉仕精神に感謝するんだな」
「――感謝してるのはあんたやろ」

 と、口に出しそうになったがさすがにやめた。
 その後も高官はのらりくらり、本題とはまったく関係のない話を続けた。しかも相槌を要求するものばかり。はやてはしかたなく肯き続け、通信が終わりを告げたのは一時間もあとだった。
 机に突っ伏す。胃がしくしくと痛むのを感じ、そのあたりをさすった。

「これはシャマルの胃薬の世話になりそうやな……」

 本格稼動するまえから問題が山積しはじめていた。

(偶然にしてはタイミングが良すぎるやろ……他の部隊が合同演習で遠くに言ってる間に、試作機が襲撃受ける――そしてその試作機が部隊にねじ込まれる……)

 芝居にすれば大掛かりに過ぎるが、偶然にしては怪しすぎる。

「イスルギ重工と地上本部の癒着も……問題やからなぁ……」

 あの高官は『いくら』でなびいたのだろうか、と暗くなっていく思考を追い払おうと、はやては頭をふるって背もたれに寄りかかった。
 ブラインドから僅かにもれる昼間の陽が目にまぶしく、思わず目を伏せる。外は晴天だった。

(ああ……そういえば、お昼……まだやったな……でもその前にみんなの報告うけんと……)

 覚悟はしていたが、想像以上に忙しくなりそうだった。
 こうやって椅子にもたれかかり、ぼんやりとしている合間に、仕事はつぎつぎとたまっていく。
 ラミア・ラヴレスをいれたシフトの再編やら、ADの資料やら整備班やら。
 頼りになる親友たちは明日の早朝に到着。ヴィータ副隊長はまだ部隊の引継ぎ。シャマルやザフィーラは物資の搬入や雑事をやってもらっている。手の空いてる人間はいない。

 こんこん。

 扉が控えめにノックされた。

「は~い」
「あ、はやて部隊長! お昼まだですよね。お持ちしました~」
「なんや、リィンか。はいり~」

 起こそうとした身体を元にもどし、視線を天井に向けなおす。染み一つ無い……とはいえない。施設自体は古いのだ。天井の染みにまで気がまわらなかった。

「失礼します! ってはやてちゃん! そんな格好でなにしてるんですかぁ!」
「ちょっとお仕事おさぼり中や」
「嘘です。きっと頭の隅であたらしいシフト表や報告書を考えているです」
「はは、リィンにはお見通しやなぁ――って?」

 はやては改めてリィンを見直し、すこし驚いた。

「へへ~。コーヒーとサンドイッチ、ここおきますね」

 リィンは小さなトレーをよっこらしょ、とはやてのデスクに置いた。
 ただしいつもの着せ替え人形のサイズではなく、アウトフレームフルサイズ。
 身長は立ち上がったはやての腰よりも、すこし大きいくらいだった。
 小学生ほどの大きさになったリィンだが、くりくりとよく動く印象はそのままだった。

「さすがにトレーをいつものサイズで運ぶと危険でしたから。ロングアーチスタッフも、仕事が終った順にお昼してます」
「そかそか。ありがとなぁ~リィン」
「はいです!」

 満面の笑みを浮かべるリィン。
 はやては微笑しながら、トレーにこぼれたコーヒーをみて、再びもう一度笑った。
 結局微妙にこぼしている。
 視線に気がついたのか、リィンは慌てて手を振るった。

「ち、ちがうです。不可抗力でこぼしたんです。丁度ルキノがこっちみて声をあげて……それで……」

 その説明だけで状況が想像できる。要するに等身大(?)になったリィンをみて思わず声を上げたルキノにおどろき、コーヒーをこぼしてしまったのだろう。

「そら、いきなりそのサイズのリィン見たらおどろくやろ……」

(……けど……せっかくやけどコーヒーはいまきっついなぁ……)

 思わず胃のあたりに触れる。コーヒーはおいしいときにはおいしいが、同時に胃にはわるい液体だった。
 かつて同僚になった人間が研修中のストレスでコーヒーの飲みすぎ、胃に穴をあけたことがあったのを思い出し、はやては思わず苦笑い。
 砂糖とミルクでごまかせるかな、と片隅で考えているとリィンがいつものサイズに戻っていた。
 たしかにこの見慣れたサイズでは、トレーなど運べそうにない。リィンは魔力効率と燃費の落ちるフルサイズの姿になってまで、コーヒーとサンドイッチを持ってきてくれた。

 どうにかして応えたい。

 指がうごかなかった。

 食べなくては後々困る。

 だが腹の虫は鳴いてくれない。

「?」

 はやての手は中途半端にコーヒーカップと自分の間を行き来する。リィンが小首を傾げた。

「あ~わるいんやけど、リィン、いま……さっきの報告を聞かなあかんし……」
「もしかして、お腹痛いんですか?」

(しもたっ)

 リィンの視線は、無意識に胃の辺りをさすっていた手をあわてて離した。
 時すでに遅し。リィンは眉をひそめてはやてを覗き込んだ。
 リィンの蒼く穢れの無い瞳に写る自分の姿を見て、はやては大きくため息を吐いた。
 身内とはいえ部下の立場にあるリィンに、決課式前日に心配されるのは課長として少し情けなかった。

(せやけど……)

 が、どうせなので慰めてもらうことにした。リィンだけではなく、ヴォルケンリッター全員や友人たちにいえることだが、下手に体調不良やら、悩み事などを隠すとさらに心配してくる。

(自業自得――ゆうのも変か)

 シグナムたちは、十年前のことをいまだに引きずっているようだった。はやての病状を見抜けなかった後悔が、勘ぐりになり、心配になり、連鎖していく。
 心配性は十年前のソコにはいなかったリィンにも伝わっているらしい。
 いちど「はやての大丈夫はあてにするんじゃねえぞ」と真顔でリィンに教え込んでいるヴィータを見たことがあるので間違いなかった。
 おかげでいまや、リィンでさえシグナムたちと同じような心配の仕方をしてくるのだった。
 だからそういうときは遠慮なく、家族に慰めてもらうことにしていた。
 リィンを軽く手招く。

「リィン。ちょっとこっちおいで」
「はい? ユニゾンですか?」
「ちゃうちゃう。ほら、とりあえずココ、ココ」

 スカートのうえを軽く叩いてリィンを促す。リィンはデスクの脇に、靴を脱ぎ、ふわりとはやてのももに乗っかった。人形ではありえないはだしの足の感覚がももにつたわる。

「胃病は意病ゆうてな。精神からくることがおおいん。ちょっと癒してや」
「あ。シャマルから聞いたことがあるです。管理職にお勤めする人の常習的な病って……」
「言いえて妙やな。さすがシャマルや。さっきの通信誰からだったともう?」

 はやてを見上げる形になったリィンの髪を小指でなでる。小指につたわる感覚は、思わず刺繍糸を思い出すほどなめらかだった。

「えっと、シャーリーは本部の人だって言ってました」
「そうや。それで――考えるだけまた胃が重くなるんやけど、シグナムたちが助けた試作機。こっちで預かれって」
「え? いいんですか? 最新鋭の機動兵器ですよ」
「通信してきたときには全部きまってた。返答はいかに、ゆう内容やったけど断ったらことわったで波が立つ。
 それにしてもなぁ――出自がめっちゃ怪しい。
 戦線が偶然こっちに流れてきたことも、他の部隊が合同演習中で出られんかったゆうのも」

 あやしい尽くめ。送られてきたアシュセイヴァーのスペックノートやテストパイロットの経歴がどこまで信用できるのかもあやしくなってきた。
 また無意識に言葉を切ってしまっていた。
 髪をなでるのをやめていた小指がリィンの頭から外れた。
 小さい。でも確かな五指が小指を包む感覚。リィンははやての小指を両腕で抱きしめ、そのまま頬ずりする。
 指先に暖かな頬が触れる。マシュマロを突っついているかのような手ごたえ。ほんのりと暖かい。人肌の温かさ。融合機でもかわらない体温。

 それは十年前、初代リィンフォースに感じたぬくもりと一緒だった。

「マイスターはやて……大丈夫です。
 なにが起こっても大丈夫なように、みんなでちゃんと準備をしてきたんですから。
 なによりも! はやてちゃんにはわたしたちヴォルケンリッター。
 シグナムもシャマルもザフィーラも、ヴィータちゃんだってついてますです。
 それになのはさんやフェイトさんも」
「そうやね……」

 目を閉じる。はやての魔法との出会いは淡く、苦く、わずかに甘い。
 あの日、初代リィンフォースが去った雪の日から、ずっと続く、日々。
 人生の大きな分岐点を贖罪からはじめたはやてだが、選んだ道に後悔はしていなかった。

「そうやね……いままでのことを考えれば、こんなこと、どうでもいいことかもせえへんな。いざとなったら、なのはちゃんにアシュセイヴァーを吹き飛ばしてもらえばいいんやし」
「へ?」

 いきなり始まったはやての過激なトークに、うっとりと小指を抱いていたリィンが目を見開く。
 だからはやては悪戯っぽい笑みを浮かべてみた。気がつけば胃の痛みはなくなっていた。

 サンドイッチとコーヒーに手が伸びた。

「あれ、リィンは知らん? パーソナルトルーパーの評価試験のときに、なのはちゃんがゲシュペンストの三号機にスターライトブレイカーを――」

 こんこん。

 再びのノック音。リィンがあわてて指を離し、デスクに放ってあった靴を履いた。
 まだ心配そうな瞳でこちらを見つめるリィンに、大丈夫や、と声をかけて頭を一なでする。

「ヴァイス陸曹でありますっ。ただいま現場の引継ぎを終わり、アサルト小隊の隊長、副隊長をお連れしました」
「はい。どうぞはいってぇ」

 さて、お仕事再開や、とリィンに向けて念話を送る。はいです、と元気な返事が頭のなかに響き渡った。

 そしてヴァイスが持ってきたダンボール――リィン専用のデスク――を見たリィンは、目を輝かせて飛んでいった。

(ほんま、しっかりせんとな……)

 リィンに驚いてるキョウスケとエクセレンの顔を見ながら、はやては気を引き締めた。




――シグナム



 レイディバードを見送ったシグナムは、やってきた捜査部の人間と検分を始めていた。
 シグナムは地面に突き刺さった脱出装置――コクピット自体を射出するつくりの頑丈なエジェクター――の前でレヴァンティンを引き抜いた。
 捜査部の人間はハッチの強制開放を成功させ、シグナムの後ろにさがった。外に出た形跡はない。
 内側から魔導師が飛び出してくる可能性もある。そのための用心だった。
 そうでなくとも、自決覚悟で銃など乱射されてはかなわない。騎士甲冑のあるシグナムならまだしも、バリアジャケットのない一般隊員はひとたまりもなかった。

(三十秒……経ったな)

 用心しつつ、シグナムは装置に近づき、ロックのはずされた脱出装置の扉を開いた。
 暗い空間にレヴァンティンを差し込む。なかにいるはずのパイロットへ対する脅しだったが。
 意外な形で無意味になった。

「シグナム二尉……?」

 捜査員は剣を向けたまま留まるシグナムに声をかける。
 シグナムは唇をかみ締めた。厄介ごとがまた一つ増えるような気がしてならなかった。
 ふりむき、局員にうなづく。
 捜査員は安心したように息を吐き、シグナムとともに中を覗き込む。
 捜査員の顔が再び引き締まった。生命の危機に関するものではなく、もっと純粋な、理の通らない恐怖が緊張を呼んだらしい。
 呆然と捜査員がつぶやいた。

「中に……だれもいませんよ?」
「そうみたいだな」

 いるはずのものがいなかった。
 シグナムはレヴァンティンを鞘に収めながら、捜査員から手袋を借り受け、誰もいないはずのシートに触れる。
 シートは、暖かかった。一瞬前まで誰かが座っていたぬくもりが、誰もいないシートに残っていた。
 脱出装置五基すべてに、人が乗っていなかった。
 調査の結果――煤けたシートから、金属とたんぱく質がわずかに発見されただけだった。


 次回『集結! 夜天の空に//古い鉄の伯爵』に続く。


今回の巻末番外編
「パイロットだ!」
「――!」
「パイロットが必要だ!」

 一般宅の地下に作られた巨大格納庫のなかで、カオル・トオミネはドクター・ウエスト、否、ドクター・ワイリーのように自作ロボに怒りをぶつけていた。腕を振り上げるたびに、白衣がはためき、まるで悪の結社の科学者だった。
 彼が拳を叩きつけているムサシ一号は多足型戦車であり、同時にちゃぶ台としての利用を考えられ、さらには冬場にコタツへと変貌する機能を持っている。だが、そんなムサシ一号も、博士にとっては八つ当たりの道具でしかなかったのだ。
 狂人の迫力を前にして、ミナキ・トオミネは涙目だった。
 これが、父。この男の遺伝子が身体の内側に刻み込まれているかと思うと、ミナキはいたたまれない気持ちになる。

「われわれがこの管理外世界に来てはや二年……こつこつと中古品を修理販売して貯まった資金。
 それをすべてつぎ込んだこの雷鳳……。このまま朽ち果てさせるには惜しいと思わんか、ミナキ!」
「は、はい……」
「では、パイロットを連れて来い。なんのために大学に通わせてるとおもっとる」
「え……もしかしてそんな理由のためにわたしをこの世界の大学へ……?」
「む……いや、それは違うが……ともかくだ。若く、美しく、そして体力のある女性パイロット死亡をつれてきなさい。
 一人ぐらいいるだろう! そんな超人類が! むしろ人間でなくともよい!」
「いません……ふつういませんけど……ひとりだけ心当たりがあります」
「ほう!? では明日ここへつれてきなさい! 雷鳳のセッティングは済ませておこう」

 やっと開放されたミナキは一人ため息をついた。地下格納庫から自宅へと帰る。
 父親の変態ぷりにはもうついていけなかった。

 ため息をついていると、ぴんぽーん。

「すみませ~ん。ピザ屋ですけどトオミネさんのお宅ですか? これがな」
「あ、頼んでいたピザかしら? は~い」

 ミナキは財布をひっつかんで玄関に向かった。赤毛の男が立っていた。

「毎度ありがとうございます」
「あれ? いつもの人と違うんですね」
「そうなんすよ、これが。どうも風引いちゃったみたいでして」
「へぇ……」

 そんなことに興味はなかった。ミナキが見つめたのは男の身体だった。
 ピザ屋の制服に隠れてはいるものの、強靭で形のよい体格が服の下からでもあわらだった。

「え、っと……お名前は?」
「は? アクセル・アルマーですけど……」


――続く!

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最終更新:2007年12月14日 21:04