建物と建物の間に身体をうずめるようにアルトアイゼン。対峙するヴィータは地上から十メートルの位置、
アルトアイゼンのコクピットの位置で飛行魔法を停止させた。
「開始の合図……たのむぜ、シャーリー」
『Hammerform 』
 言いながら、ヴィータはグラーフアイゼンを展開する。片手に頼りになる重みが生まれた。
「了解です……」
 はなれた場所にいるシャリオの唾を飲む音が、通信越しに聞こえた。ヴィータとキョウスケの間にある氷
のような微妙な緊張に当てられたのか、答える声も僅かに震えていた。
 なのはやシャリオ、シグナムや他の新人たちはシャリオと同じ場所――一キロほど離れた機動六課のヘリ
ポートから模擬戦を見ていた。
「あら~……気合はいりすぎじゃない? ふたりとも」
 エクセレンが二人の様子を見て言った。
 話を振られたなのはは苦笑しながらヴィータに通信を送る。
「は、はは……ヴィータちゃん。アルトアイゼンはシミュレーターの作った擬似的なものだけど、ヴィータち
ゃんは生身だからね」
「ああ」
 ヴィータはそっけなくなのはに答える。
「キョウスケも。模擬戦なんだからあんまり突っ込んじゃだめよ? 一応訓練弾設定にはしてあるけど、ス
テークやヒートホーンは威力変わらないんだから……」
「ああ」と、キョウスケは答えた。
 なのはとエクセレンは同時にため息をついた。
「だめね。キョウスケ、完全に火がはいっちゃってる……悪いクセ全力全開ってカンジ?」
「ヴィータちゃんも……初日からあんなに飛ばして大丈夫かな……」
 不安げに一人と一機をみる二人。
 外野の通信をキョウスケとヴィータの両者はすでに聞いていなかった。
 キョウスケはアルトアイゼンの画面に映った鉄槌の騎士をにらみつけ、ヴィータはアルトアイゼンの巨体
を凝視する。
 シャリオが作ったカウントダウンが十秒を切り――

――伍、
 スバルが息を呑んだ。
 ――四、
  キョウスケはグローブを握りなおした。
  ――参、
   ヴィータはグラーフアイゼンを握り締めた。
 ――弐、
  鼓動が増した。
――壱
 身動きが止んだ。

零――
「ぶっ潰す!」
「撃ち抜く――」





 目指した夢は、すこし違った形をとって、いまやっと手のひらのなか

 思いや願いはちがっても、ひとつの場所にあつまって、ひとつのことを今はじめる

 出会いと再開も、はじまりはここから

 それぞれ進んでいく道の、ここは小さな通過点

 集まり結ぶ、新しい絆 

 魔法少女リリカルなのはOSGS、始まります





 OSGS第二話「集結! 夜天の空に!//古い鉄の伯爵」





――高町なのは

 早朝。
 昨日の六課緊急出動以来、引っ張りだこになっているヴァイス・グランセニックに見送られ、高町なのは
は新たな家となる機動六課の隊舎に足を踏み入れた。
 荷物の大半はすでに送ってあったので、荷物は手荷物で済んでいた。身軽に隊舎の入り口をくぐった。
 ふっ、と空気が変わった。
 空調が効いている。ミッドチルダの科学技術は、なのはのいた管理外世界「地球」のものとは似ているよ
うで、まったく違う。
 使われていた電化製品とよく『似た』物品は存在しているが、中身は魔法技術の延長で作られているもの
が多い。そのうえ性能も段違いだった。
 完璧な空調も代表的なものだ。
(けど……ちょっと、なつかしかったりもするんだけど)
 便利だが、すこし慣れると不満ができる。なのは廊下を進みながら僅かに苦笑した。
 ――春のうららかな空気――舞う桜――澄んだ空気――地球の思い出が連鎖していく。
 快適さとはまったく別の部分で感じる不満、否、懐かしさ。
 仕事のおかげで長らく里帰りもしていない。そして今日からまた、忙しくなるのは間違いなかった。
「それでも……選んだ道だしね……」
 大体にして、
 高町なのはは、忙しさすら愛おしく思えるほど、仕事が好きだった。
 まだどこかあわただしさの残っている隊舎内を進む。途中、何人かが敬礼をしてきた。
 なのはは、笑顔で敬礼をかえす。
 新しい仲間への礼儀と挨拶は、大切な儀式のようなものだった。
 廊下を歩いているうちに、部屋に着いた。
 ポケットから先々あずかっていた鍵をとりだし、鍵穴に差し込もうとして――。
 ちゃり、と扉が開いた。
「おかえり……なのは」
 開いた扉の向こうから同室になる女性が顔をのぞかせた。
 扉の真正面に窓がある。そこからすける朝日は、彼女の金髪をやわらかく照らし出していた。
 本局所属の執務官。フェイト・T・ハラオウン。十年来の親友はやわらかく微笑んでいる。繊細な筆で描
いた絵画のような容姿に、同姓であるなのはですら――惚けそうになった。
「ただいま……はおかしいかな? フェイトちゃん」
 なのはがそう言うと、フェイトは悪戯っぽく笑いながらなのはを部屋へ招きいれた。
「なのは。それは家に帰ってきたときの台詞だよ」
「うん。でも……なんとなく? だいたいフェイトちゃんだっておかえりって……」
「それもまあ、なんとなくだよ」
 そう、本当になんとなく。
 なんとなく、懐かしい場所に帰ってきた気がしただけ。
 それはフェイトが笑顔で迎えてくれたことで感じたのかもしれないし、はやてのつくった部隊の雰囲気が
アースラと似ていたのかもしれない。
 なのははふぅ、と一息しながら、ソファーに腰をかけた。
「長旅、ご苦労さま」
「あ。ありがと~」
 なのはが来るのを分かっていたのか、フェイトは急須と湯飲みをテーブルに置いていた。
「緑茶かぁ。ひさしぶり」
「母さんがこのまえダンボールいっぱいに送ってきてね」
 フェイトはなのはの隣にすわり、こぽこぽこぽ。
「いいお茶だから早く飲んじゃいなさいって」
 急須の首からすこし濃い緑の茶が湯のみに注がれていく。
「砂糖は……いらないよね?」
「にゃはは。さすがにね」
 茶請けから茶碗を手に取り、口につける。ちょうど口当たりがよい熱さの茶が喉にすべって落ちていく。
やっとひと心地つけた気がした。
 ふと、視線を感じた。フェイトがこちらを見て微笑んでいる。
 フェイトはどこか楽しげだ。それに別段不快でもなかった。
 それからしばらく、なのはとフェイトは久しくのんびりとした時間をすごした。
 これからは忙しさに追われて、こんなふうにお茶を口にする機会も少なくなるだろう、という予感もある。
(……第187世界に出現したホワイトスター。それを落とした部隊の戦隊長、キョウスケさんと所属部隊
ATXチーム、か……)
 どんな出会いになるかはわからない。しかし――最初に考えていたよりも忙しくなるのは、簡単に予想が
できた。当初よりもかなり、予定が食い違ってきている。
「フェイトちゃんはもう会った? ATXチーム……アサルト小隊のみなさんに」
「ううん。まだだよ。なのはよりもちょっと早く来ただけだし、急な出向だったから、まだ格納庫もあわた
だしいみたい」
「そっか……。ヴィータちゃんの話の印象だと」
「ゼンガー少佐みたいな人だよね。すごい思い切りの良い人みたいだし……」
 思い浮かべた人間はフェイトも一緒だったようだ。
 懐かしいとするには少々物騒な記憶が多かったが、それでも彼ら――「連邦軍特殊戦技教導隊」との出会いは心に深く刻まれていた。
 輸送中だったロストロギア「レリック」はエアロゲイターの襲撃の際に爆発し、はやての六課設立の動機
になった。
(それだけだとは思えない。だけど……)
 なのはもフェイトも六課の設立の裏に何かがあることを気がついている。だが、それを表立って口にださ
ないのは十年来の友人への信頼だ。黙っているには、なにか理由がある。パーソナルトルーパーの投入も、
なにか理由があってのことだろうと見当をつけていた。

 そして時がくるまで待とう、とフェイトと一緒に決めている。

「それにしてもゲシュペンストとの因縁、かな。臨海空港の襲撃事件でわたしはエルザム大尉とスバルを、
フェイトちゃんはゼンガー大尉といっしょにギンガを助けたんだよね」
 フェイトがうなずく。
「ゼンガー大尉が乗っていた機体はゲシュペンストの三号機で、エルザム大尉が乗っていたのはmkⅡの三
号機だから……また集合したことになる」
 ゲシュペンストの三号機とゲシュペンストの三号機はアルトアイゼンとヴァイスリッターに改修され、課
の格納庫にある。

 その二機が『改修』をうけた理由にもなのはとフェイトの二人は関与していたりするのだが。

『高町なのは! 御託はいい! 全力全開で掛かって来い!』
『ふっ……我らを阻むものなし……!』

『む……無念……』
『ここまでか……』

「……」
「……」
 若気の至りというべき出来事。二人は同じ光景を思い出し、押し黙った。
「と、とにかく」
 ばたばたと思い出を追い払う。
「そ、そうだね……そろそろ時間かな」
 フェイトが部屋にかけられた時計を見て言った。
「あ、そうだね。はやてちゃんに挨拶しにいかないと。わたしの荷物の整理は夜かな~」
「うん。ちょっと待ってて」
 フェイトは急須と茶碗をお盆に載せて一度ひっこみ、ベッドの脇にかけられていた管理局制服を持ってき
た。なのははそれをうけとる。
「あれ……?」
 官給品にちかい制服は、どこかにまとめてほうって置かれるのが現状で、使うときにはしわだらけ、とい
うのが珍しくない。
 が――。受け取った制服にはしわひとつなかった。ブラウスには糊が利いている。
 相棒の心づかいをありがたく思いながら、制服を身に着けた。
「なつかしいな……これ」
 フェイトがうん、とうなずいた。
「でも、これからの時間も……あとでなつかしいなって思い出せる時間にしていこう?」
「うん……あ、そうだ。これから一年間、同僚をやらせていただきます高町なのは一等空尉です。ふつつか
ものですがよろしくお願いいたします」
「こちらこそ。フェイト・T・ハラオウン執務官。ライトニング隊隊長として、六課の同僚となります。な
のは――よろしくお願いします」
「はい……なんでだろ。台詞が嫁入りみたいになっちゃった……」
 なのはとフェイトは笑いあった。


――ティアナ・ランスター

 決課式の直前、顔をあわせた新人フォワード陣は、互いに自己紹介をはじめていた。
 スバルは自己紹介をされるまでもなく知っているし、資料を何度も見返しているせいか、エリオとキャロ
は初めて出会った気がしなかった。それに年齢以上にしっかりしている。エリオなど、下手をすればスバル
よりもしっかりとした印象があったくらいだ。
 が。
「ラミア・ラヴレス。コールサインはアサルト4だ。よろしく頼む」
 年齢はなのはたちと同じくらいだろうか。端正な顔立ちにアッシュグレイの髪。うらやましくなるほど均
整のとれたプロポーション。
(この人……?)
「あ、よろしくお願いします!」
 エリオとキャロが頭を下げて、その後にスバルが続いた。
「よろしく……」
 ティアナは一拍置いてから挨拶を返した。だがラミアに気分を害した様子はない。クールビューティーと
いう言葉がしっくり来る人間だった。
 しばらく間が空く。初対面の人間同士ならではの間合いが、空気に緊張感を生んでいた。
「えっと、ラミアさんは昨日から配属になったんですよね?」
 最初に口を開いたのはスバルだった。
「ああ。昨日ライトニング2に助けられた。その縁で機動六課に世話になる」
「ライトニング2……シグナム副隊長ですね。わたしたちも昨日おせわになりました」
 キャロが続く。聞く話によると、エリオとキャロの二人はシグナムに迎えてもらったらしい。
 戦闘の後始末がおわったあと、エリオとキャロを迎えにいったのだろう。なかなか忙しい人だ。
「あれ? そういえば、ラミアさんの声ってシグナム副隊長に似ていませんか?」
「いいえ、ぜんぜん似てないでござるでしょう」
「へ?」
 エリオが目を丸くする。
「こほん。冗談だ。少々方言がきついらしくてな」
 まったく冗談を言っているようには聞こえない。
「そ、そうですか……ホワイトタイガーとハヤブサを思い出したんですが、方言ならしかたないですね」
「……こちらとしても何とかしたいのだが」
 ラミアは最後を小声で締めた。
「そろそろ隊長たちをお呼びします。各自、整列してください!」
 時計を見ていたグリフィスが言った。ティアナもつられて時計を見る。開始予定まであと十分といったと
ころだろうか。
 いそいそと移動し始める人ごみの中でも、やはりラミアは目立っていた。ティアナも年齢にしては背の高
い方だが、ラミアの長身は女性ばかりの六課にあっても、かなり目立っていた。
 違和感の正体を知りたかった。
「ティア、整列するよ……?」
 スバルがいつまでたっても動かないティアナの袖を引っ張る。
「……」
「ティア?」
 他の誰かがラミアに話しかけていた。
 ラミアはまっすぐに話主を見る。そう、まっすぐに。
「ねえ、ティアったら」
 スバルがぐいっと、視界に飛び込んできた。
 ティアナは僅かに上半身をひきながら、顔をつっこんでくるスバルの目をみた。
 瞳。
「ああ――わかった」
「ん? なにが?」
「なんでもない……っていうかあんた。もうすこしまわりを見て行動しなさい」
「へ?」
 やっとこスバルが周りを意識した。
 少女の顔が少女の顔に、接吻領域まで接近しているのを、周囲の人間はどうおもうか?
 周りの白い、というより興味に満ちた視線にスバルが気がついた。
「あわっ」
 あわててスバルが顔を離したのを確認して、ティアナは指定の列へと進む。相棒が背中から念話で話しか
けてくるが、無視した。
 視界の端にアッシュグレイの髪がなびいていた。
(アサルト4。テストパイロットにしては挙動が抜きん出てる……あれじゃまるで特殊部隊か、武装隊の動き……それに)
 目。人の目をまっすぐ見てくるのだ。ナカジマ姉妹もおなじようなクセをもっていた。僅かに引っかかっ
た違和感の正体はどうやらそれらしい。
 隊長たちが部屋に入ってきた。空気が一気に緊張し、皆居住まいを正した。
 ティアナはそこまで考えて、思考をとめた。
 だからどうということはない。ただのクセだ。
 ただなんとなく、ティアナはラミア・ラヴレスに不透明な印象を覚えた。
 ティアナがこのことを思い出すのは、まだだいぶ先のことだった。
 決課式はちゃくちゃくと進んだ。部隊長の挨拶から、隊長格、副隊長の挨拶と順調に――アサルト隊副隊
長の自己紹介にひと悶着あったものの――進んでいった。
 式が終るとバックヤードスタッフ、ロングアーチスタッフは部屋を出ていった。
 取り残される形になった新人たちは、なのはの帰りを待っていた。時計の長針が十分を過ぎる頃、なのは
が再び姿をあらわした。
「おまたせ。みんないるよね?」
「はい! フォワード一同、集合しています!」
 スバルが言った。なのはが満足そうにうなずいた。
「ん、了解。じゃあ場所を変えようか。あ、アサルト4は機動兵器用のシミュレーターへ。そこでキョウス
ケ隊長の指示を仰いでください」
「了解」
 ラミアがうなずく。
「じゃ、きびきびいこうか!」
 なのはの後を続いて外へ出る―― ティアナの、思考をしている暇が無いほどの忙しい日々は、このとき
から始まっていた。


――キョウスケ・ナンブ

 スターズ、ライトニングの新人が陸戦用空間シミュレーターで教導を受けている間、キョウスケたちAT
Xチームは、六課の中に作られた機動兵器用のシミュレーターで模擬戦をはじめていた。倉庫を急造して作
った設備らしいが、機能自体にはなんの不備もない。
 キョウスケは大型モニター口を引き締めていた。手元のパネルには機体のデータが浮かび、リアルタイム
に更新されている。武器の磨耗から、噴射剤の量、部品のわずかな熱劣化ですら、細かくデータにされてい
る。
(……)
 第187管理外世界のものよりも高度な技術は、機体の細かいクセまで再現できていた。部品一つにいた
るまで再現されたPTとADは、現実世界と同じ挙動を行うことができる。
 そして実際には存在しないはずの戦場でエクセレンの乗るヴァイスリッターと、ラミアの乗るアシュセイ
ヴァーがめまぐるしい機動で銃口を向けあっていた。なんの障害物もないコンクリートのさら地と雲も無い
灰色の空をふたつの機体が駆けている。
 表現された太陽の光をうけ白の装甲を映えさせるヴァイスリッターは、上空から獲物を狙う。手にしてい
るのはオクスタンランチャー――実弾の砲身と熱量弾の砲身をあわせた試作武装。
 オクスタンランチャーや各武装は、大破する前にデータを取っていたので、シミュレーション上では使う
ことができていた。データ取りならば、と認めたが正解だったようだ。
 槍の意を持つ武装から、実体弾がはじき出される。槍の矛先はたしかに標的へとむかっていたが、アシュ
セイヴァー急制動をくりかえし射線から逃れてみせる。
 アシュセイヴァーの移動は、細かく、しなやか。豹か虎のように有機的に動きながら上空のヴァイスリッ
ターの銃弾を避け反撃に転じる。白を基本に深緑のふちどりがされた装甲が踊る。
 アシュセイヴァーも、ヴァイスリッターと同じく機動力と遠距離戦に重きを置いた機体のようだ。装甲も
うすく全体的な印象も華奢。
(勝敗は関係ない。しかし先に直撃された機体がおわる……か)
 二機ともぎりぎりの攻防を繰り広げている。直撃を受ければたちまち追い込まれる。
「エクセ姐さま……タイムリミットまでに決着をつけさせてもらいますです」
「あら――じゃあこっちも本気でいくわよ、ラミアちゃん!」
 両者とも時間制限でおわるつもりは無いらしい。キョウスケは黙って戦況をみつめ続けていた。
 ポジションを争うような動きから、相手を追い詰める動きへ。
 ある程度のデメリットを把握しつつ、だが着実に相手を追い詰められる機動を二機ははじめていた。

 と――。

『キョウスケ隊長』
 キョウスケは大型モニターから目をそらし、新たにパネルに目を向けた。
 赤い髪の少女がいる。さきほどの隊長格ミーティングの際に着ていた制服ではなく、ゴシックロリータを
髣髴させる赤い騎士甲冑を着た少女。帽子につけられた目つきの悪い人形が、少女の異装を際立てている。
 通信の主はスターズ副隊長のヴィータ三等空尉だった。
(この格好は最近のはやりなのか……?)
 ふと紫の髪の少女を思い出しすぐに忘れた。
「こっちはもうすぐおわりそうだ。あとワンセットだから十分程度だ」
「了解。こちらもすぐに終了する予定だ」
 モニターに視線を向ける。
 オクスタンランチャーを連射しながら、動力降下にはいるヴァイスリッターが見えた。
「そちらの新人はどうだ?」
「まあまあだな。なんとかの原石ってやつだろ」
「そうか」
「ああ……。ところでキョウスケ隊長。このあとの模擬戦のことで頼みがあんだけど。アルトアイゼン……
つかってくれねえか? データは破損前にとってあるんだろ?」
「なに? データ取りならゲシュペンストのほうが向いてるだろう」
「そうなんだけどさ! なんていうか、その……新人たちにもベストな状態での戦闘を見せてやりたいんだ
よ。魔導師とPTの模擬戦は珍しいだろうからさ。こっちは、なのはの了解ももらってる」
「……それならば」
 ヴィータのパネルにうなずき、再び大型モニターに目を向けた。乱射されるオクスタンランチャーの熱量
弾が、アシュセイヴァーの肩口を貫いたところだった。大きく体勢を崩したアシュセイヴァーは続いて殺到
する実体弾をさけきれない。
「……結構楽しみだったんだよ、あたしはな」
「は?」
 モニターに目をやっていたキョウスケは、思いもよらぬ声にパネルを見る。
 ヴィータは顔をそっぽに向けたまま、なんでもねー、と答えた。
「それよりこっちがあとに終りそうだから、それまでに用意しといてくれよ」
「……了解。だが――スターズ2。アルトアイゼンを使う以上こちらは全力だ。模擬戦とはいえ覚悟しても
らうぞ……」
 ひく、とヴィータの頬が吊りあがり、すぐにもどった。キョウスケはそれを見逃さない。
「……おう。リミッターがついてるのが惜しくなるほど、あたしを追い詰めてくれよ?」
「……」
 そのまま通信は切れた。モニターを見ると――勝負が決着していた。
「――エクセレン。おまえ、あの状態からどうやって負けた」



――ヴィータ

「上等じゃねえか……アサルト隊長」
 擬似的に作られたビルの屋上で鉄槌の騎士は頬を吊り上げて笑った。プログラムであり、人間とは別の仕
組みで動いているヴィータでも、感情の動きは人間のそれと変わらない。まだ待機状態にある鉄の伯爵をに
ぎりしめる。手の中にある相棒の、金属の冷たさが徐々に興奮の熱をさましはじめた。
 騎士甲冑を揺らしながらウォーミングアップ。身体のキレの確認をする。昨晩は夜まで仕事で、朝早く六
課に出向いてきたが、それくらいでばてるほどヤワな身体はしていない。疲れはぬけているし、すこし前に
検査をやったばかりだ。ベストコンディションといってよい状態。四肢は軽く、心も軽い。
 続いて屈伸。騎士甲冑をはやめに展開したのはやる気のあらわれだ。
「ヴィータ。ここにいたか。久しくやる気だな」
 背中からからかうような声がした。
「シグナム」
 ヴィータがふりむくとシグナムが人の悪い笑みを浮かべて立っていた。
「そんなんじゃねーよ。だいたい見世物じゃねえ」
「お前からすればそうかもしれんが、他人にとっては大道芸だぞ。騎士とPTの模擬戦は」
「だったら変わってやろうか?」
「心にもないことを言うな。まあ、そのうち機会もあるだろう」
(そっちもやる気マンマンじゃねえか……)
 シグナムから目を離し、ストレッチを再開する。
「新人たちはさっそくやっているようだな」
「ああ」
「お前は参加しないのか?」
「四人ともまだよちよち歩きのヒヨッコだ。あたしが教導を手伝うのはもうちょっと先だな」
「そうか」
「それに自分の訓練もしたいしさ……。同じ分隊だからな。あたしは空でなのはを守ってやらなきゃいけね
え」
「たのむぞ」
 シグナムがヴィータの肩を叩いた。
「ああ……でもさ」
「なんだ?」
「PTの配属自体にはあんまり気が進まねえ。必要なのはわかってんだけど」
「質量兵器には質量兵器を、新暦以前の再来だ。エアロゲイターの侵略に対抗はできたが、技術は『おか』
や管理外世界に広がった。こちらがPTを所持している以上、ガジェットとともに機動兵器郡が出てきても
不思議ではあるまい」
「やっぱり出てくるのか? AMやらPTやらが……」
 ぼんやりとしか覚えていない古代ベルカ――そこに存在した質量兵器郡。高度に発達した技術でつくられ
た質量兵器が群をなして風景を荒野へと変えていく。八神はやてと出会うまで、ヴォルケンリッターはそん
な戦場を駆け抜けていたのだ。新暦の宣言が出るより前に、『闇の書』は存在していたのだから。
「矛盾……にしちゃあ、あんまりにも皮肉だよ」
「この場合は矛と矛か、盾と盾になるが。つぶしあいにはなるのは違いあるまい」
 シグナムが言った。
 守るために作った技術が流出し、その技術が今度は人を傷つける。堂々めぐりだ。やっと封印したはずの
質量兵器がこうしてまた普及する。誰にでも扱える兵器は誰にでも牙をむく兵器となる。
 過去を知るヴォルケンリッターの皆々が共通して持つ懸念。このまま質量兵器が氾濫し、あたりまえのよ
うになったら最後――再びあの――群青の空を焼いた――気持ちの悪い――グネグネとした――醜悪な人の
モチーフが頤を大きくあけはなち――夜天の書を――。
「ヴィータ?」
「っ――?」
 記憶にない記憶が再生される。反射的に肌があわ立った。
 肌がさっ、と泡だった。全身の血液が凍ったような感覚だった。
「どうした?」
 おもわず脱力していた。倒れ掛かった身体をシグナムが支えてくれた。
「調子がわるいのか? だったら」
「なんでもねえ。ちょっといやなことを思い出しただけだ」
 心配げにこちらを見るシグナムにうなずき、再び身体に力を入れる。足もふらつかないし脱力感もなくな
っていた。
(最近、質量兵器の情報を思い出そうとするとこうだ……くそっ、なんなんだ、あれは)
 おぼえていないはずの記憶が、なにかの折に蘇る。しかし浮かぶ映像はほんとうに心当たりがないものば
かりだった。
「本当に大丈夫か……? そろそろ新人たちの教導はおわるようだが」
「ああ。もう問題ねえよ」
 シグナムの言葉にヴィータは我にかえった。記憶の底からひきだされた気味の悪いイメージは、もう頭
のどこにもない。
(なんだ――あれ?)
 質量兵器、というのがキーワードであのイメージが浮かんできたのは間違いがない。ならば旧暦時代。ヴ
ォルケンリッターがまだ『闇の書』とよばれていた時代。
 一瞬、シグナムにも聞いてみようかと思ったが、やめておいた。気味の悪いイメージが浮かんだことは覚
えているが、具体的なところはまったく思い出せなくなっていたからだ。
 通信が入る。どこか憮然としたキョウスケの顔が画面に映し出された。向こうの訓練はおわったらしい。
(なんにしろかわんねえ……あたしはなのはの背中を守るだけだ)
 眼下では、新人が最後のガジェットを破壊していた。



――ヴァイス・グランセニック

「さ、てと。今日はこっちのパイロットやれそうだな」
 ヴァイスは愛機となった新型ヘリを見上げながら今日の予定を思い出していた。
「とりあえずフェイト隊長とはやて部隊長を送って待機っと。昨日の忙しさ考えれば今日は暇か~」
 大きく伸びをしながら、ヴァイスは心地よい空気を吸う。離れ小島の陸専用シミュレーターで新人たちがな
のはの教導を受けている。すでに何戦かやっているらしい。はじめてAMFに触れる動きではなかった。
 ヴァイスは同じ射撃型のティアナに注目がいく。
「ちょっと自分から走りすぎか。だけどまあ、これからが楽しみなやつ――か」
 シグナムが上司だった折に、同じようなことを言われた気がした。密度の濃い日々は、それだけ人に年を
とらせるのか。つい数年前のことがまるで大昔のように記憶の底に眠っていた。ほじくりださなければ出て
こない。だがある日ひょっこりと顔をだす記憶。

 ヴァイス・グランセニックにとって苦々しい記憶もそこには混ざっていたが。

「あ、いたいた。ヴァイス陸曹」
 名前を呼ばれて振り向いた先に、アルトともう一人――見たことのない女性がいた。髪は肩くらいまで、
若草色のツナギと同色のキャップを頭に被っている。つばのせいで表情はよく見えない。
(身長はなのはさんと同じくらい……か?)
 年もそれくらいかもしれない。そこでまだ到着していないPTのメカニック主任のことを思い出す。ああ
――なるほどな、と思いながら、
「アルト、こちらの美人さんは?」
 と聞いた。
 アルトが口を尖らせた。やきもちだったらうれしい。
「ヴァイス陸曹……。また初対面で失敗するつもりですか?」
「俺がいつ失敗した。初対面の空気を和らげるのはこれくらいのインパクトがいいんだよ。初対面で猫被る
より楽だろうが」
「はぁ……気がついてないって幸せですね」
 ヴァイスはやれやれと肩を落とすアルトを睨む。
 ぶっ、と女性が噴出した。どうやら耐えられなくなったらしい。
「ほらみろ、笑われちまった」
「陸曹のせいですよ……もう」
「――ッ。ごめんなさい。つい我慢できなくって」
 女性は笑いをおさめキャップを脱ぐ。キャップにまとめていた髪がばさりと流れた。その後ピシッ、と音
がしそうな敬礼をする。
「改めまして。パーソナルトルーパーの整備班長ホクト・カミヤです。決課式には間に合わなかったので挨
拶まわりしているところです。よろしくお願いします!」
「こちらこそよろしく。で、どうしてアルトが案内してるんだ?」
「シャーリーさんにご挨拶しにいらっしゃったところで、はやて部隊長に案内を頼まれたんですよ」
「なるほどな。ここ思ったより広いだろ。最初のころアルトもルキノも迷子になったくらいだ」
「なっていません。ホクトさん。陸曹はスキルの面では信用できますけど、性格面はあんまり信用しちゃだめですからね」
「だまってろションベン垂れ」
「ショ、ションベン――!」
 あまりといえばあまりの発言にアルトが顔を赤くする。
「ぶっはははははははははは!」
 しばらく真面目な顔をしていたホクトが思い切りふきだした。
「いやっ、もう、陸曹最高っ!」
「ちょっと笑いすぎですホクトさん!」
「いやだってションベン垂れ――!!!」
 よほどツボにはいったらしい。ホクトは腹をかかえてカラカラと笑った。
 ヘリの整備をしていた局員がなんだなんだとこちらを振り向く。アルトはさらにあわてて、ホクトに組み
かかったが、本人はまったく動じない。ふとももまでたたき出した。
 もともと笑い上戸なのか。
 ツナギの袖で涙を拭きながら、ホクトは笑いをおさめた。それでもまだおさまらないらしく、ひくひくと
頬を痙攣させていた。
(面白い人だなぁ……)
 このさき更に面白いことがおこりそう。ヴァイスの予感は五分で実現することになる。



――スバル

「お~い! スバル~!」
「へ?」
 ヘリポートに出てきたスバルをまっていたのは、歓喜をはらんだ奇声だった。ツナギを着た女性がこちら
に手を振っている。
「え……?」
 まったく見覚えがない――のは嘘だ。ヘリポートの端にいた女性はスバルにかけよった。そのままスバル
の手を握りしめた。
「う~ん……すべすべ。ひさしぶりね、スバル」
「あ、あの? えっと?」
 スバルは助けを求めてまわりを見上げる。
 相棒やライトニングの二人は目を丸くしているし――憧れの女性もまた、いきなりの行動に驚いていた。
 女性が突っ込んできた方向から、苦笑しながらヴァイスとアルトが歩いてきた。
「思ったより直情的な傾向がある……と」
「ヴァイス陸曹……この方は?」
 やっとなのはが口を開いた。ヴァイスが苦笑しながら言う。
「ホクト・カミヤさんです。整備主任で……スバルの叔母さんだそうです」
「へ?」
 いの一番に驚いたのは、当事者のスバルだった。あわてて女性の顔をまじまじと見る。
 たしかに母親そっくりだった。思い出にもある。スバルとギンガの母親が存命していたときには、よく家
を訪ねてくれていた。だが名前までははっきりしない。
(えっと、ギン姉よりも大きなお姉さんが遊んでくれたのは覚えているけど――)
 はたして目の前の女性だっただろうか。
(あんたそっくりね……)
 ティアナのからかい混じりな念話が届く。
(ほんとにね……)
(って、あんたが驚いててどうするの。叔母さんなんでしょ?)
(……そう、なんだけど。あんまり自信ないよ)
(は?)
(ものすごく小さいときに面倒みてもらったんだと思う。顔や名前まではおもいだせなくって……)
 スバルが疑問符を浮かべている間に、なのはがホクトに言う。
「あの――すみません、ホクトさん。いま訓練中なので……」
「え――あ、すみません! なのはさん」
 そこでようやくホクトは正気に戻ったようだった。ようやく手を離して、なのはに向き直った。
「挨拶がおくれました。ついうれしくって……」
「スバルの叔母さん――なんですか? それにしては――」
「といっても、わたしの生まれが遅いので、あんまり年ははなれてないんですけど。ね、スバル?」
(は、話をふられても――)
 スバルはあいまいにうなずくしかない。なにせ覚えていないのだ。
 だが本当にうれしそうになのはと話しているホクトを見て、スバルはなんとなく、覚えてない、とは言い
出せなかった。
「ホクトさん? いまは一応、訓練中なのでそういうのは控えていただきます」
「はい……すみません。つい興奮してしまいました」
 なのはよりもいくつか上のはずのホクトが、しゅん、とうなだれる。なのはは困ったような表情を浮かべ
た。
(スバル、聞こえる?)
 なのはからの念話。頭の中に直接ひびく声に、スバルは答える。
(はい……あの、叔母がご迷惑を……)
(それはもういいよ。それより――叔母さん、武装隊にいたことある?)
(え……? いえ、よくわかりません。言い出しにくかったんですけど、実はあまり叔母さんのことは覚え
てなくて。まだ実感が……)
(そうなんだ。スバルの反応が悪いから、たぶんそうじゃないかなとは思ってたけど。ホクトさんにはちょ
っと残念だね)
(本当に小さいころ面倒をみてもらったんだと思うんですけど……)
(ん。了解。でも覚えてないこと、あとでちゃんと話しておこうね?)
(はい……ご迷惑おかけします)
 なのはからの念話が途切れた。なのはがホクトに言った。
「お昼休みにはいちど休憩になりますから、積もる話はそのときにおねがいします」
「はい。了解です。今後ともご指導よろしくお願いします」

 ホクトが深く頭を下げながら両手を差し出した。
 なのはは微笑しながら、ホクトの手を握り返した。
 ホクトはしばらくじっと――なのはと手をつないでいた。


――???


(コードネームは?)
(一応、レモンさんにもらったのはエキドナ・イーサッキ……)
(以前W16が使っていたものか)
(……そう、なんだ)
(だがなぜお前がここにいる。部隊への侵入は私の役目だ)
(うん。でも――希望したんだ。わたしはなのはさんたちの傍に居たかったから)
(……それで任務がつとまるのか? わたしが受けている任務とおまえの任務は同じものだろう?)
(うん……)
(レモンさまはなにを考えている)
 暗号通信装置がなおっていればすぐにでも聞きだせるのだが、あいにくと故障中だった。
(エキドナ。そちらに暗号通信装置はあるか?)
(イスルギ重工の搬入パーツに紛れこませてる。定時連絡がなかったし、あの規模の暗号装置はADとか、
PTとかじゃないとつかえないし……。あ、ASRSももってきた)
(ASRSか。ならいい。整備中に組み込むとしよう。レモン様たちと『向こう』の詳しい状況は)
(レモンさんたちは計画どおりに。ただアクセル隊長がまだ行方不明で――)
(なに? 隊長が?)
(転移位置の大幅にズレたみたい。ただ転移を失敗したわけじゃないから、世界のどこかにいるのは間違い
ないよ。同じ時間軸みたいだし)
(足止めにしてはずいぶんと高くついたな。ベーオウルフズ、そこまで強力だったか)
(――向こうのなのはさん、本当に化け物だった。わたしの全力全壊の振動拳五発もはいってたのにノーダ
メージ……。W16――エキドナさんが助けに来てくれなかったら、わたしはあそこで終ってた。すぐにリ
ュケイオスで転移したから結末はわからないけど、多分あれじゃ助からないと思う)
(任務だった。それだけだ)
(受け取り方はちがうよ。わたしがもっと強ければ、エキドナさんもこっちにこられたはずだから)
(わからん……。戦闘機人とWシリーズの感性の違いか?)
(それはたぶん関係ないと思う。わたしたちって腹違いの兄弟か姉妹みたいなものだし)
(……同じく向こうに残ったW15は?)
(ウォーダンさんも……エリオをかばって……)
(そうか)
 状況はおもったよりも芳しくない、がやることには変わらない。
 念話を終えた女は、思い出したように陸戦用シミュレーターに目を向けた。

「赤い……な」

 赤い騎士甲冑の少女と赤い装甲の巨人が対峙していた。





次回第二話「集結! 夜天の空に!(後編)//古い鉄の伯爵」





番外編

 かつて、巨大な戦争があった。
 あるいは、かつて巨大な侵略があった。
 それは神代の時代のことで、人の記憶には残っていない。わずかに人の無意識にのこり、神話の元型とし
て語り継がれる。
 だが、人は覚えていない記憶も、彼らは覚えていた。
 百邪と呼ばれる怨敵に、分離をはじめた世界をこえて、終結し、対決した。
 龍騎が眷属を率いて立ち上がり、蟲王が眷属を率いて立ち上がり、人は超機人をつくりあげ、その地に集
う。
 決戦は666日に及ぶ。獣が集う地に、いつの間にか訪れた静寂。戦いの手を止めた彼らは、はじめて勝
利を知った。それと同時に、百邪はただ去っただけなのだと気がついた。

 再び、世界は百邪に侵される。

 戦場に残った彼らは誓った。

 ふたたび世界に百邪が迫るとき――
 それがどれだけ果てしのないときの果てでも――
 一騎たりともかけることなく集い――
 ともに戦うことを誓いあった――
 人界の救済を望むものたちとともに――
 大戦はこうして終結し、彼らはそれぞれの世界に帰っていった。


 誓いを果たすものは時の移ろいとともにいなくなりつつあった。それは本来の用途で使われたすえに壊れ
たものもあれば、自らの使命を果たしたあと、眠りについたものもいた。

 その機体は朽ち果てていた。
 ある世界を蹂躙した魔神を倒し、機体は役目を終えていた。
 だが砂礫のように小さくなった機体の動力は、機体にのこった意思の炎を消させない。
 機体にはわかっていた。また再び――自分の力が必要になることを。
「いまは待て、古き友よ」
 そう語ったのは鳥。全世界の風を束ねる精霊サイフィス。機体と同じ役目と運命を背負いながらも、違う
道をたどった友。
「我に体と、操者があらわれたように。お前にも。この停止した時間を振るわせる、強い思いを持ったもの
が現れる」
 己の半身ともいえる存在からの助言に、機体は従うことにした。
 自分を従え、存分に振るい、機体のもうひとつの役割を果してくれる操縦者が現れることを。
 だから待っていた。どの時間からも隔離された空間で、ただ朽ちるままに待っていた。
 悠久だったかもしれない。あるいは雫一滴落ちる短い時間だったかもしれない。計るもののいない時間を
過ごした機体は、あるとき、次元のゆがみを感じた。
 因子のそろわない場所に突如現れたなにか。機体は興味を引かれた。深海のように静かだった空間に、小
さなさざなみが立っていた。
 見る。
 ある時間軸のある世界で。
 機体は見つけた。おのれの主となるべきものを。太陽と月と。強い意志を持った彼女たち。
 だが、機体は動けない。朽ちは進み、四肢は腐り果て、剣は錆ついていた。
 慟哭する。古き戦友たちはすでに目覚め、戦いに備えているというのに。
 機体は腕を伸ばした。空間に突き刺さった剣に指先を這わせて引き抜いた。それだけの作業が機体にとっ
てとんでもなく負担だった。剣の重さで腕のひじが壊れた。部品が飛ぶ。
 だが、彼は待ち続けていたのだ。この日のために、待っていたのだ。剣が空間を引き裂いた。ゆっくりと
穴を広げていく。
 動力が死んでいく。己が朽ちていく。存在が消されていく。空間が体を蝕んでいく。
 だがそれでも機体はあきらめなかった。
 指先を、指先に力を。己の意思を。神剣が機体の意思に応えて、空間を引き裂き始めた。
 魔装機神サイバスターのラプラス・デモン・コンピュータに、ほんのわずかな魔力の流れが走った。
 サイバスターに宿る風の精霊は、己とおなじく邪神と対峙する運命にある兄弟に祝福を送る。
 神剣ダイフォゾンがブラーナの輝きをまとい――空間を切り裂いた。
 黄昏を待つしかなかった騎士は、その日――あらたな主の元へ向かった。

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最終更新:2007年12月14日 20:58