「さて、突然だが―――力が欲しいかい?」
「……何だ、また地獄か」
「おやおや、随分な言い草だね?」
「目を醒まして開口一番、力が欲しいか、などと聞かれる世界だ。碌なものではあるまいよ」
「尤もだ。ではもう一度聞こう―――力が、欲しいかい?
 何者にも負けぬ力が。最強を証明出来る力が。自身を唯一足らしめる力が―――欲しいかい?」
「―――当然だ」

それが契約の言葉。
手に入れたのは、剣と槍。『輝く貌』と称された、盟友に裏切られ死した英雄のそれと同じ名を持つ異端の武器。
そして、彼の支払うべき代償は――――――


「お、のれ……シル、バ、ァァ……」

莫大な熱を伴う光条が、鳩尾の左辺りを中心に―――
着弾の余波として生まれる衝撃で、仰向けのまま数メートルを吹き飛ばされた。列車から落ちなかったのは幸運以外の何者でもない。
首から下の感覚はない。首元までもが蒸発し、神経が物理的に存在していないのだから当然だが。
強烈な共振が、頬に刻まれた傷痕を疼かせていた。
眼球と目蓋を動かし、自身の状況を確認する。
皮一枚で首、右肩から腹が繋がり下半身はほぼ無事。最も不安なのは、赤い短剣『ベガルタ』を握った左腕だが―――肩から千切れてはいるものの、手を伸ばせば届く距離に落ちている。

『無事か? レッド』
「当然だ……貴様らは、手を出すなよ。奴は、オレが倒す」
『……無理は、するなよ』
「トーレ、誰に物を言っている?
 ルーテシアとゼストにも言っておけ。危険だから近付くな、とな」

左脚で地を叩き、一挙動で立ち上がった。
見渡す―――グリーンはいない。逃走したか。
肺も心臓も骨格も神経も、既に再生されされている。右手で左腕を拾い上げ、肩の傷口に押し付けた。

「レリックの回収は?」
『……ドクターは、気にせず戦えと』
「ふん、分かってるじゃないか」

接合された左腕を軽く動かし、調子を確かめる。反応速度、筋力、瞬発力、『ベガルタ』の動作。
―――万全だ。

「俺の方に来るのは何人だ?」
『恐らく、おまえの望む一人のみだ』
「何? 『不屈のエース』とやらはどうした?」

腰に提げていた長鞘。その半ばを空いた右手に掴んで引き抜く。
殆どの相手に対しては、さして役に立たない武器。しかし奴が―――ARMSが相手となるのなら、これは極めて有効な武器だ。
―――鞘が展開される。
刃が抜き放たれるのではなく、赤い鞘に無数のパーティングラインが走った。そしてそれぞれが分割され内部機構を剥き出しに。
倍以上に伸長した蛇腹状の構造体が、余剰した外装を組み替えることによってクリアランスを埋め補強。

『……たった今、私が叩き堕とした』

最後に、柄だった部分が蛭巻の布を破り散らし擬装を解除。ある種の集積回路にも似た、独特の紋様を走らせる穂先が現れる。
その間半秒。鞘が、真の姿を顕した。

角ばった形状と、鮮血じみた配色と、異形の刃を併せ持つ、魔獣の角とでも形容すべきメカニカルな短槍。
―――槍の名を称して『ガ・ボウ』。ケルトに語り継がれし能力は―――
その半ばを右手に掴み、ヘリから身を乗り出し砲撃を放つ男を見据えた。


時間は、僅かに遡る。

「……来たか、機動六課!」

立ち上がったトーレの視線の先にあったのは、ヘリから飛び出すや立て続けにガジェットを撃ち落とす、桜色の輝き。
―――『WR・E』起動。伝達、演算処理系リミッター解除。
『ライドインパルス』の超加速を生み出すのは、全身十七箇所に埋め込まれた加速機構。
その周囲に展開される力場の統合とバランス制御能力が、トーレという筐体の持つ特質だ。
―――大腿、両膝、足首を除く加速機構十一箇所を閉鎖。残存六箇所の力場展開方向を限定化。
後者の特性を最大限に活用することによって、瞬間の大加速と急激な方向転換への機動性特化を可能とする。
それこそが『ホワイトラビット・エミュレータ』。ナンバーズが三女トーレの切り札のひとつ。
―――動作パターン解凍、インストール成功。出力系リミッター解除。バランサー開放。
桜色の光を見据える。両の脚に力を込め―――戦闘機動開始。

両脚が三つの光輪を纏い大推力を吐き出した瞬間、彼女の意識から音が消失。
ただの一刹那で音速に肉薄した自身の速度。脳の生体部分が脳内麻薬の過剰分泌によってそれを認識している。思考の圧搾において、ときに人体は機械を凌駕する。
故に、亜音速戦闘において無用な情報が無意識にカットされ、無音の世界を彼女は翔けた。


聴覚や魔力感知による察知をほぼ不可能とする音速の奇襲。

高町なのはがそれに反応できたのは、ひとえに視覚による警戒を怠らなかったからだ。
下方より接近する―――否、眼前に突如出現した敵影。両脚に光を纏う長身の女。
咄嗟に右手を突き出し魔力弾生成、数は八。押し包む軌道を描いて女を狙う。
同時に空薬莢が宙を舞い、杖を中心に半球状の障壁が張られる。インテリジェントデバイスとの連携による、複数術式の並列展開。

魔導師の空戦においても、背後を取られることは致命的な失策となり得る。白兵型同士ならば、或いはある程度の距離があればともかく、砲戦魔導師が至近で背後を取られて勝てる道理は無い。
だが、この距離から背後に回るのは不可能と言って良い。それが可能なのは壁さえ足場として跳び回る一部の陸戦魔導師、あるいは足場の併用による大加速を得れる超一流の近接魔導師のみ。どちらにしろ、空中ではありえない。
故に選んだ術は障壁『プロテクション・パワード』。一人と一機の判断は、極めて順当だった。

目の前にいる相手が、その不可能さえ覆す、規格外のひとつでなければ。


桜色の魔力弾が、四方八方に現れた。同時に魔力障壁が展開され、直進が封じられる。
機動力の代償として防御的機能を一切持たない自分では、強引に突破するような戦術は取れない。通常ならば退くべき状況。
『通常』ならば。
つまり、この状態ならば―――違う。

炉心加圧、右脚の加速機構を出力最大、三つの光輪が高速相転。さながら足裏で宙を蹴り飛ばすように、静止状態から亜音速にまで一挙に加速。
向かって左上の隙間に身を捻って滑り込み背後に移動。左の足裏を進行方向に向け、推力を発し静止―――最大加速。残像のみを残して離脱。
―――殺さぬ程度には、手加減できるか?
そう考えつつも迷うことはなく、人体の反応速度を凌駕する迫撃を、白い首筋へと解き放った。


「え……?」

それは、唐突に。
ヘリから飛び出し、次々に飛行型ガジェットを撃墜していた高町なのはが―――

糸が切れたように、地上へと落下した。
後方からモニターしていたロングアーチスタッフには、それこそ人形が全ての繰り糸を一瞬で切られたかのような、正体不明の現象としか捉えられなかった。
確認できるのは、そこに立つ紫色の人影のみ。故に、五人と一体の意識が驚愕に満たされ―――しかし刹那で復帰する。

「スターズ01、撃墜されました……!?」
「そんな!」
「バイタルはどうなっとるんや! 敵のデータは!」
「血圧、体温の低下や、魔力暴走の兆候はありません……ですが、意識が! レイジングハートは稼動中!」
「あかん、ライトニング04、全速離脱―――!」

遅かった。否、いかに速かろうと、それを阻むのは不可能だったろう。
女の姿が掻き消えるや、フリードリヒの頭が跳ね上がる。女の蹴りを喉元に叩き込まれ、滑空しつつ落下した。

「……撃墜、されました……!」
『てめええええええぇッッ!』

宙へと飛んだ紅の鉄騎が、戦鎚のヘッドから爆炎を噴き加速。高速旋回からの打撃を叩き込んだ――――――紫色の残像に。
刹那を刻み音を渡った女の回し蹴り。勘で辛うじて防いだものの、ガードの上から地上へと吹き飛ばされる。

「ヴィータ副隊長まで!?」
「敵影、魔力は感知されていません。ですが……これは、この動きは……」

「―――戦闘機人、か!」

副官であるグリフィス・ロウランが手元の立体鍵盤を叩き、大型モニターの一角にウィンドウを展開。
分隊から受け取ったデータから、エネミーに関するものを表示。幾人かの姿が映し出される。

今や見慣れたガジェットの群れ。
宙に留まっているそれと同じ、長身の女。
眼帯の上に銀髪を流す小柄な少女。
そして、異形の剣腕と紅い短剣を振るう軍服の男。

「出会い頭に撃破された一体が、戦線復帰したのか!? 見逃すなんて、108分隊は何をやっていたんだ!」
「いえ……サーチャーの記録、解析出ました。出力が感知可能な域にまで上昇した、その直後に攻撃を行った模様! これでは止められません!」
「……ッ! 北東より魔力反応、二つ! 大きい……推定ランク、AAです!」
「シグナムを回しい! もう片方は、108分隊に」
「入電! 『隊長二名の戦線離脱により、戦術を形成できず。支援を要請する』」
「スターズ04に通信コードを送信しろ!」
「魔力反応、転送反応、多数出現……召喚魔導師!?」
「この上数まで増やされたら……手に負えんようなる!
 レリックもガジェットも、ひとまず無視してええ。最優先で召喚者を落とす!」

『―――了解!』



「頼むで……皆」


――――――その言葉は、司令室の喧騒に溶けて、消えた。


「……なのはさん、キャロ、ヴィータ副隊長っ!?」

降下の為に高度を下げたヘリの中、スバル・ナカジマが眼を剥いた。上官二人と同僚が攻撃を受け、地面へと落下していったが故だ。
当然のように救助に向かおうとするが―――止められた。

「やめなさい馬鹿っ! ……はい、了解しました。では、予定通りエリオには私から指示を出します」
「でもティア! なのはさんとキャロが!」「そうですよティアナさん!」

「じゃあ聞くけどね……私たちの任務は、何?」
「それは、レリックの回収と」「ガジェットの撃破ですけど……」
「ですけど、何? 大体、あのレベルの相手に私たちが向かっていっても、一瞬で落とされるだけよ。
 犬死にするのはやめなさい。ギンガさんとグリーンさんまで離脱して、予定より六人も戦力が減ってるんだから」

二人の声を、ティアナは封殺する。彼女は、何処か醒めた眼で現在の状況を観察していた。
―――“火”の制御。意識の白熱している部分を、表層と深層の中間に隔離し、俯瞰する感覚。

「ロングアーチからの情報だと、命に別状は無い。バリアジャケットは残ってたから、落下の衝撃も緩和できる。
 他の二人も同じ。なら、私たちのするべきことは何?」
「だけど、誰かが牽制しておかないと……」

「俺がやろう……三射で落としてやる。
 ……先程、グリーンと言ったな? それは108分隊の魔導師の名前か?」

アレックス―――異形と化した腕から放たれる砲撃で、地上の敵機を片端から破壊していた男は、表情を揺るがせてさえいないかった。
女が宙を走った際、微かに右目を見開いただけだ。
それも一瞬。今はわずかに眼を細め、狙撃の機会を窺っている。

「ええ、そうですけど……? それはそうと、お願いします。降りるわよ、スバル、エリオ」
「了解した……八神はやて、例のオーダーはキャンセルだ」

これで問題はないと言わんばかりに、返事を待たず飛び降りた。
表情に僅かな不満を浮かべながらも、二人は後に続く。


「……トーレの『エミュレータ』は、充分に実戦に堪えるようですね」
「当然だともウーノ。空戦―――こと砲戦魔導師が相手なら、あれに抗し得る者は存在しない。他でもないこの私が、そのように作ったのだから。
 しかし、いかにリミッターが掛かっているとはいえ、あのクラスの空戦魔導師と、竜種をも一蹴できるとは。
 手加減するまでもなく、多少は苦戦するかと思っていたのだがね」
『……申し訳ありません、ドクター』
「ああ、別に構わないよトーレ。あれだけの成果を出せたのだから、差し引いて余りある。
 正面からでも倒せる見込みが大きければ、あんなしち面倒な策を採る必要は無いからね」
『いえ、そうではなく……』

空中に留まるトーレは、ち、と小さく舌打ちし、

『あの砲戦魔導師、思っていたよりはやるようです。蹴りを打ち込んだ瞬間、障壁の指向性を切り替えて炸裂させ、反撃してきました。
 右脚の加速機構に影響が出ています。出力系にノイズが……』

「……エミュレータの使用に影響は?」
『これ以上は危険だと判断しますが』
「なら、直ちに通常起動に回帰させて撤退したまえ」
『了解……ッ!』

エミュレータを終了。動作状態を高速巡航用に変更、伝達、演算処理系が書き換わる感触に身を震わせ――――――その、一瞬未満の隙に狙いを定め、攻撃を放った者がいた。
その一撃の速度に比べれば、音速など牛歩に等しい。

トーレの左半メートル。超高熱の光条が、周囲の大気を歪めつつ通過した。


両腕を突き出し狙いを定める/磁気マップを読み解く/極限の集中―――引き伸ばされた空で、僅かに敵がみじろぎする。
左腕射撃/吹き伸びる光条―――外した。向かって右/上腕部から千切れかかった左腕を抱えるように宙を横滑りし、余波から逃れる。
それなりに速い―――が、ホワイトラビット/巴武士に匹敵しようかという動きは見る影もない。
照準修正/出力加圧/やや下方を狙い右腕射撃。身を捻って宙を掻き、回避―――

「―――無駄だ」

一瞬にして加熱された大気/発生する乱気流/姿勢制御を妨害。
姿勢を崩した敵に向かい、本命の両腕射撃を叩き込む―――


スバルの展開したウイングロードを伝い、高架の下へ駆け下りた。
柱の陰に三人で並び、索敵を打つ。本来のフルバックであるキャロがいない以上、センターである自分がやるしかない。
……近場に敵はいない、と。なら、

「エリオとスバルは、召喚魔導師を捕えに行きなさい。位置は北東に百六十メートルよ。
 もう一人の方は、シグナム副隊長が倒しに行ってるわ。
 私は108分隊を援護して、残ってるガジェットと召喚体を倒す。質問は?」
「なのはさんと、ヴィータ副隊長、キャロの救助は……」
「まだ言うの? ……そうね。三人とも進路上に落下してる筈だから、安全を確認するだけならいいわよ。
 ただし、必ず二人一組で行動すること。分かったわね」
「……うん!」
「はい!」

二人とも、顔を輝かせる。この単純さは変わらないな、と思いながらロングアーチへと通信し、108分隊への通達を頼んでおく。
ついでにもうひとつ、スバルの懸念を振り払っておこうと考えた。走り出したスバルの背中に念話を飛ばす。

『スバル。二人とも無事に帰還したそうよ。アクシデントがあったらしいけど』
『良かった……て、アクシデント?』
『グリーンさんが、身体強化の使い過ぎで、腿が内出血まで起こしてたのに簡易治癒だけで再出撃しようとして』
『ギン姉に無理矢理止められた?』
『テンプルにいいのを入れたらしいわよ』
『最近会ってなかったけど、二人とも相変わらずだね……』
『あの……その名前って……?』
『108分隊のツートップよ。スバルの姉さんと……何て言うのかしらね。ああいう関係は』
『居候……かなあ。でも、今は隊舎使ってるし……相棒?』
『それが無難ね。まあ、そういう人よ』


「ッせァああああああッッ!」
「ゥオオオオオオォォッ!」

袈裟懸けに振り下ろされた長槍を、長剣の斬り上げが受け止め、数十回目の火花を散らした。
反発し合う磁石のように互いが飛び退き、展開した三角形の魔法陣の上で構えを取り直す。
シグナムは、左腰の鞘に剣を収めた居合いの構え。
対するゼストは、穂先を倒し右後方に刃を向けた、最速で槍を薙ぎ払う為の構え。

―――お互いに、出会った瞬間、倒すべき相手だと確信した。
言葉が意味をなさない相手だと、さながら鏡に映った自分を見るように、理解した。
双方とも、顔には疲労の色がある。
だが、瞳から窺える闘志は、欠片の陰りも見せてはいない。

(……この男、なんと堅固な槍術だ。付け入る隙が無い)
(……この女、なんと苛烈な剣術だ。返しの槍を放てぬ)

            *1


(だが、次の一撃で確実に落とす!)
(ならば、後の後ではなく、先の後を狙う!)

ただ二人
だけが、世界から切り離されたかのように、純粋な闘争を続けていた。
―――その間に、何が起こっているのかも知らず。


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最終更新:2007年12月13日 19:44

*1 ―――強い!