「喰らえッ!」
「ロードカートリッジ……ナックルバンカー!」

拳と刃、打撃と投擲が交差。ギンガの左手で炸裂音。発生した防御力場が擲たれたナイフの鋭利を無力化し弾き飛ばす。
擦れ違ったその足が踏む戦場は、最早異形と化していた。
紺色の帯―――先天魔法『ウイングロード』による魔力の道が、今や目の粗い繭のような構造としてチンクにも足場を与えている。
相対する距離は二十メートル。存在する道は、直線で結ぶひとつ、並列する三本、下を潜る四本の合計八本。
機動力と近接打撃力、防御力では圧倒的にギンガが有利。だが、チンクにも三つの利がある。
ひとつは、中距離での圧倒的な手数。両手のみで同時八撃、隠し持ったスローイングダガーの数は十や二十ではない。
足を止めなければならないが、数十の刃を遠隔操作することも出来る。
そして、チンクの幻像を無数に生み出し、またその姿を隠蔽するクアットロという味方の存在。虚像は今なお増え続け、実像は既に隠されている。
『現状の』反応速度では追いつけぬ攻撃であっても、見当違いの位置を打つのなら危険性は無い。
尤も、ギンガもそこは承知の上だ。隙を突かせることはないが―――不利は否めない。
最後に、

「……どうした。倒すと言ってから、もう二分近く経ってるぞ?」

チンクの側には存在しない、時間制限。

「―――そうね」

だが、ギンガの顔に焦りは無い。
怪訝に思ったチンクは、その疑念を言葉として口に出す。

「奴を侮っているのか? だとすれば、その認識は甘いと言わせてもらおう。
 魔導師ランクに換算して陸戦S-相当、それも単独での直接戦闘に特化したタイプだ。陸戦Aランクひとりで勝てるなどと……」
「侮る? 違うわ……信頼してるだけよ。
 二分しか持たない、っていうのはね、二分は絶対に持たせるって意味よ。私たちの間ではね。
 知らない仲じゃないみたいだし、相手の強さが分かってて油断するような奴じゃないわよ」

それに、とギンガは口を開き、

「ようやく、あなたを倒す目途が立ったしね。
 ―――結構キツいから使う気なかったんだけどなあ、これ」

その双眸を、強く閉ざし―――

「……何?」
「行くわよ。十六秒で終わらせる……!」

―――見開いた。虹彩が金の輝きを放つ。
瞬間、残像を残して加速。チンクは脚に回避の力を込め―――はたと、気付いた。

ギンガの先程までの戦術は、射撃や打撃で幻術を片端から打ち消しつつカウンターを狙うというもの。
敵であるチンク自身の姿は隠蔽され、二十数体もの虚像に囲まれている状況だ。極めて真っ当な判断と言える。
それが、何故。今になって、

何故―――こちらへ『真っ直ぐ』向かって来れる!?

偶然ではない。不可視化したチンクの回避運動―――左への跳躍を金色に変じたその両眼はしっかりと捉えている。
無数の虚像がそれぞれ全く別の動作を行っているにも関わらず、だ。

『クア姉、一体どういうことだ?!』
『……シルバーカーテン、解析されちゃったみたいねぇ』

幻術の解析、それ自体はさして珍しい技術ではない。否、故に幻術は廃れたのだ。
データを持ち帰られれば、次の闘いでは確実に見破られる。それは欠点としてあまりに重い。

『この数分で解析だと……あり得ん。別のパターンに切り替えは?』
『もうやってるわよぉ。頑張ってねぇ?』
『言われずとも……!』

だから、ジェイル・スカリエッティは一計を案じた。
幻術の固有値を自在に切り替え、同一の解析プログラムでは対応できないように変化させる。
それを可能としたのが、戦闘機人としての能力のほぼ全てを幻術管制に傾けたクアットロという筐体だ。
かくして前時代の遺物は、恐るべき援護型能力として現代に蘇った。
幾度見破ろうと、本来の意味では決して見破れない。翻る度に姿を変える、オーロラじみた絶対の虚像―――

―――それが、あっけなく破られた。

金瞳の焦点が揺るがない。隠蔽は継続しているというのに、ギンガの眼はチンクの動きを確実に『視て』いる。
ウイングロードを分岐させ、上へと逃れたチンクに左拳を打ち込んだ。

「な……!」

両腕を交差し、喉元狙いの一撃を受け止める。左手首を捻って腕を絡ませ、関節技に移行―――
―――衝撃が迸る。

……馬鹿な、これは―――

その驚愕を残し、チンクの意識は消え去った。
ゆっくりと、地上に落下していく。

―――その全身から、血じみた赤い液体を垂れ流し。


高町なのはとキャロ・ル・ルシエ―――対空迎撃の二人が出撃するのを横目に、後方支援部隊と連絡を取る。
紅く焼け、熱波を吹く右腕―――冷却/放熱。

「……命中、か。やってみるものだな。
 だがまだ照準が甘い。ロングアーチ、下方にニクリック修整を」
『は、はい!』
「新人! 十五秒後に高度二百で降下可能域だ……アレックス、あんたはどうする!?」
「可能なら降下する……対地迎撃は俺がやる。高度を五十まで落とせるか?」
「舐めんな、その程度なら余裕だぜ!」

ヘリパイロット/ヴァイス・グランセニックに頷きを返し、次弾を準備する。
荷電粒子砲による長距離狙撃―――不可能だと一蹴したのと同時、突き出されたそれ。
眼前に投影された立体映像/風景に重なる凹凸―――磁気マップ/荷電粒子の加速度その他の情報から、最適な射出方向を演算する。
共振を頼りに座標を入力/射撃し、直撃/胴体を消し飛ばした―――が、共振が消えていない。奴のコアは何処だ?

「チ―――仕留め損なったか」
『……何やて!?』
「倒したとしても、相手は奴一人ではあるまい……奴の能力は無傷での制圧には向かんからな。
 そして奴が持っていた見慣れん武器……答えろ八神はやて。機動六課は、一体何を敵に回している?」
『それは……』
何故か躊躇う彼女―――問い詰めはしない。それよりも気になることがある。
四つの仮想照準/下部に触れる/そのひとつが歪み、拡大された風景が変化。
映し出されたのは、地に膝をつく人影/肩を掠める金髪/白い肌/翠の瞳―――自分のそれと同じ色合い。
まさか―――とは思う。だが、自分やレッドがここにいた以上、あり得ない可能性ではない。
他のキースシリーズもまた存在し、既に魔導師として働いているという可能性は。

「……まあいい。護衛部隊のリストから検索を頼む。金髪翠眼の男の名前を教えてくれ」
『……片手間やし、一分ぐらい掛かるで。直接聞いた方が早いんちゃうか?』
「相手が相手だ。そんな余裕があるかも分からん」

絶句する気配―――思考する。
アレが失敗作と称されたのは、特筆すべき能力を持たず、戦闘ユニットとして最大限に能力を発揮できる状況が極めて限られるという理由から。
逆説的に言えば―――単騎/近接戦闘に限れば、それに特化している分だけ奴が上を行く可能性もある。
自分の主軸は中距離戦闘、制御に難のある完全展開も出来れば使いたくはない。加えて奴には隠し手が二つ/抜いた短剣/腰の長鞘―――確率は極めて不利だと言わざるを得ない。

さて、どうするか―――


―――"Nephilim" Ready for Combat.

閉じた目蓋の裏で、眼球が裏返るような感覚。
人間部分を主体としていた筐体が、機械部分へウェイトを移行する。
アナログからデジタルへ。思考の半分を数値と方程式に。データへと変換された戦闘記憶を解析。
要した時間は0.3秒。出力系、伝達系、共に戦闘稼動開始。

「―――行くわよ。十六秒で終わらせる……!」

眼を、開いた。

―――Combat Open. Faculty Preparation.
―――Decompress "Queen of Heart" Complete.

そして、両の瞳に『それ』が宿る。
二年前に目醒めた力。心臓の奥底に刻み込まれていた機械としての力は、それを完全に制御できる今でも多大な負担を強いる。
だが構わない。たとえ力尽き倒れても、肩を支えあう仲間がいるから。

どれが虚像か、何処に相手が身を隠しているのか―――手に取るように分かる。この眼を前にして、逃れ得る手段は自分の知る限り存在しない。
フェイントも無しに直線で突っ込んだ。上に跳んだ相手にただ一撃、左拳を打ち放つ。
―――防御された。衝撃強化の術を乗せる余裕も無い。ガードの上からでは崩せない。
その余波で隠蔽が解かれる。緑色のブロックノイズを撒き散らし、銀髪隻眼の少女が姿を現した。
武器ではなく、腕を交差して拳を受け止めている。
―――やれる! 直に触れているなら……!

―――Decompress "Lance of Mistilteinn" Complete.

両眼から力が消え、代わって左拳にそれが宿る。
一拍置いて、その一撃を解き放つ。
超震動が、敵の骨格を打ち砕く感触があった。
落下していく銀髪を眼の端に、列車の上へと飛び戻り片膝を突いた。

―――"Nephilim" Combat Close.

脳裏にちらつくメッセージが消失した瞬間、全身に虚脱感が襲い掛かる。
両目と左腕は特に酷い。視界が僅かに霞んでいる。指先には感覚すらなかった。
それでも、ゆっくりと立ち上がり、自分にだけ聞こえるように、呟く。

「さて……まだ死んでないでしょうね、グリーン」


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最終更新:2007年12月13日 19:42