魔法少女リリカルなのは Strikers May Cry 番外編 Bad End(前編)

これは魔剣士が選んだ筈のもう一つの選択肢。ありえた最悪の未来。
闇の剣士がミッドチルダを去る時間がほんの少し早ければ訪れたであろう世界の姿。


「は~まったく退屈だぜ…」
赤いコートを着た銀髪の男は手にした最後のピザの一切れを食べながら呟いた。
男の名はダンテ、伝説の魔剣士スパーダの息子にして最強の悪魔狩人である。

先日のダンテの兄バージルが起こしたテメンニグルの事件により彼の店は半壊し、まだ名前も決まっていない彼の店は開店前からひどいありさまとなった。

「まだ店の名前も決まってねえのに、何で借金だけこんなに増えんだろうな…まったく」
ダンテはそう愚痴を漏らしながら今日も仕事の依頼を待って昼寝としゃれこもうとした。

だが徐々に店に近づく懐かしい気配と魔力、そして大気を満たす殺気を感じたダンテは即座に愛銃“エボニー&アイボリー”に手を伸ばした。
その瞬間、壁の向こう側で魔力が急速に膨れ上がり抜刀の鍔鳴りが響き突如として空間ごと斬り裂く魔力の斬撃“広域次元斬”がダンテに襲い掛かる。
「がはあっ!!」
ダンテは転がって回避するも脇腹に肩と足を計8箇所深く斬り裂かれる。
だがそれで終わるダンテではない、彼は転がりながら壁越しに敵の気配に向かって銃弾を叩き込んだ。

壁越しに銃弾を叩き込まれたその敵は飛来する弾丸の全てを手にした妖刀で弾き落とした。
ダンテの知る中でこんな芸当が出来るのは一人しかいない。

「俺が恋しくてあの世からカムバックか? 死人にしちゃ随分と元気そうだな」
「生憎と一度も死んだ覚えは無い」
「そいつぁ失礼。じゃあ俺の勘違いか」
ダンテの店のドアを悠々と開きながら入って来たのは、手に閻魔刀を持った半魔の剣士にして彼の兄バージルである。

ミッドチルダを離れたバージルは今、長年の宿願である父スパーダの力を得るためダンテからフォースエッジとアミュレットを奪いにこの場所に来たのだ。

ダンテは先のバージルの攻撃で受けた傷から溢れた血を拭いながら窮地にもかかわらず軽口を叩いた。
「それで何の用だいバージル? 俺ん所にゃ今トマトジュースも無くってな~、大したオモテナシはできねえぜ」
「決まりきった事を聞くなダンテ。おとなしくフォースエッジとアミュレットを渡せば命は奪わんぞ」
ミッドチルダの魔法知識や魔力操作を習得したバージルの力は以前と比べられない程に強大になっていた、それを漠然と感じるダンテだがそんな事で引く彼ではない。
「欲しけりゃ力ずくで奪いな…」
「そうか…では奪うとしよう」

バージルはそう言いながらデバイスと閻魔刀の二つの刃を翻す、そしてこの言葉は兄弟の最後の会話となる。


そして数時間後、後にデビル・メイ・クライと名の付く“筈”だった店には赤いコートを着た半魔の悪魔狩人の屍だけが残っていた。



魔界にはひどく若い王がいた。彼はある日突如として現われ、伝説の魔剣士スパーダの力を持って魔界の絶対支配者であった魔帝ムンドゥスを滅ぼしたのだ。
彼は自分に楯突く上位悪魔の多くも殺し尽し、瞬く間に魔界最強の地位を手に入れ新たなる王と成った。
彼は自分の名をこう言った“魔王ギルバ”と。

そして王の前で決して言ってはならない言葉がある、彼の前でその言葉を口にすれば瞬きする間も無く殺されるだろう。
その言葉は“半魔”新たなる魔界の王は人間の血を引いているというのだ。

新たなる魔界の王、それはダンテを殺しスパーダの力の全てを得たバージルの現在の姿だった。


魔界の一角に佇むかつての支配者魔帝ムンドゥスの作った純白の居城、その魔界には似つかわしくない白亜の宮殿の奥深くに玉座に若き魔王は腰掛けていた。
それは若き魔界の新たなる支配者、ギルバの名を名乗るバージルである。

全身を黒装束に包み、その深い闇色の服に良く映える輝く銀髪をオールバックに整えた姿はまるで彼の父スパーダの在りし日を彷彿とさせる姿だった。

魔王となったバージルは手にしたグラスを傾け魔界産の果実酒をその杯の中で揺らしながら静かに呟く。
「…退屈だな」

魔界の王者となり絶対最強の頂に立ったバージルだが今の彼にあるのは延々と続く退屈な時間だけだった。
名立たる上位の悪魔はムンドゥスを倒した際に殺した為、バージルの闘争欲求を満たすような猛者はもう魔界には一人もいないのだ。

戯れに戦闘力を強化された悪魔を作り出しては戦いを行っているがどんなに強化された悪魔でもバージルの圧倒的な力の前には成す術もなく彼を満足させるには至らない。
だからといってムンドゥスのように人界を支配する気など毛頭無く、彼は無限の力と時間を持て余していた。

こんな時、何故か彼の脳裏を過ぎるのはかつてミッドチルダで機動六課の人間達と共に過ごした日々だった。
自分を師と仲間と慕った者たち、特に烈火の将の二つ名を持つベルカの騎士と自分を兄と呼んだ幼い少女の姿が思い起こされる。

ミッドを離れて何年経つのか、バージルは彼女の事ばかり考えていた。
かつて死合いにおいて自分を熱く燃え上がらせた誇り高き女の騎士を。
(あの女は……烈火は今頃どうしているのだろうな…)


虚ろ気な眼差しで手のグラスを弄ぶバージルは近づいて来た気配に声を掛ける。
「何か用か…」
「はいギルバ様」
それは輝く金髪を持つ美女にして人間体の悪魔、かつて魔帝ムンドゥスがダンテを惑わす為に作った悪魔であり今では新たなる魔界の王に仕える側近。
その名を“トリッシュ”と言った。

「この魔界に隣接する世界へ人間の戦船が近づいています…」
トリッシュはそう言うと魔力で作り出した巨大な鏡に映像を映し出す、それは宙に浮かぶ巨大な人造の戦船だった。

「ほほう~これは“聖王のゆりかご”じゃなあ」
その映像をつまらなそうに眺めるバージルの前にまた別の悪魔が現われた、それは三つの老人の頭が繋がったような巨大な人面の悪魔“トリスマギア”数多の知識を持つ魔界の賢者である。

「トリスマギア、知っているのか?」
バージルのさして興味も無さそうな質問にもこの魔界の賢者はひどく嬉しそうに笑いながら答えた。
「ええ勿論知っていますギルバ様。これはとある人間の世界の文明、古代ベルカの王族の用いた戦船ですぞ」
ベルカ、その懐かしい名前にバージルは手にしたグラスを僅かに震えさせた。

「ベルカ…か」
「そういえばギルバ様は人界の魔道に詳しいのでしたなあ、確かに我ら悪魔の使う魔力の技よりは効率が良い術理ですからな。
しかしワシの記憶が正しければ、この船は数百年前に地の底に埋まった筈なんじゃがなあ…」

バージルは手のグラスを唐突に放り投げ、床に果実酒の鮮やかな赤を撒いた。
「まあ退屈しのぎにはなるか……」
若き魔王は玉座から立ち上がると、久しぶりに現われた退屈しのぎに向かって歩き出した、
それがどんな再開をもたらすかも知らずに。


とある世界の空に浮かぶ古代の戦船聖王のゆりかご、その船の姿を巨大な大鷲の悪魔の背に乗った魔王が眺めていた。

「あれが、ゆりかごか…」
「如何致しますかギルバ様?」
静かに呟くバージルに彼を乗せた大鷲の悪魔“グリフォン”が口を開いた。
この悪魔はかつてムンドゥスに仕えていた上位悪魔だったが魔界に来たばかりのバージルに倒され今では彼の従順な僕の一人である。

「では向かうとしよう……行け」
「畏まりました」
バージルの命を受けたグリフォンは雷撃を身体の周囲に纏い最高速度で聖王のゆりかごの上空へと羽ばたく。

ゆりかご上部へと舞い降りたグリフォンの背中からバージルはその金属製の外殻に足を下ろした。
「グリフォン、貴様はもう下がれ」
「はっ」
バージルはそう言ってグリフォンを下がらせた、これからこの場が自分の猟場になる以上は他の悪魔は邪魔だったのだ。


「さて、どんな歓迎をしてくれる人間?」
バージルはゆりかご上部で腕を組んで相手の反応を待つ。出来れば暴力的な対応をされる事を望んだ、それなら少しはこの空虚な心を潤すことが出来るだろうと考える。

そのバージルの目の前に魔法陣が展開し黒衣の司祭服を着た男が現われる、左右で色の違うオッドアイの不気味な眼光を放つ背徳の司祭アーカムである。
久方ぶりの再開を果たしたかつての協力者の間には禍々しいまでの魔力と殺気が渦巻く。
最初に口を開き沈黙を破ったのはアーカムだった。
「まさか、そちらから来て頂けるとは思ってもいなかったよ…魔界の新たなる魔王殿」

バージルは愉快そうに僅かに笑みを浮かべた、アーカムならば少しは手応えのある敵を連れて来ているだろうという憶測が刺激に飢えた魔王の心を潤す。
「随分と面白い玩具を手に入れたようだなアーカム、魔界に旅行にでも来る気か?」
「その通りだ、魔王ギルバの力を奪いにね……さあ君の得たスパーダの力を頂こうか」

そのアーカムの言葉と共にアーカムは身体を異形の悪魔へと変え、その周囲に使役悪魔と大量のガジェットドローンそして戦闘機人の軍勢が現われる。

悪魔の身体をへその身を変えたアーカムがその醜い顔を歪めて笑う。
自分の得た悪魔の力と従える軍勢なら例え魔剣スパーダを持つバージルが相手でも勝てると考えるが故の余裕だった。
「しかし残念だねえ、何年か早ければ聖王の器も参戦させれたのに…」
「聖王の器?」
「ああ…君にはヴィヴィオと言った方が分かるかな?」
「ヴィヴィオ……だと?」

その言葉に一瞬バージルの鼓動が跳ねた、かつて自分が見捨てた少女の面影が脳裏を過ぎる。
そのバージルにアーカムは言葉を続けた。
「君はあの時もう気付いていたかもしれないがあの娘は我々にとって重要な個体でねえ、このゆりかごを起動させる為の古代ベルカ王族のクローンだったのさ…」
「………」
その言葉に思わずバージルは目を見開いた、アーカムの言う事が正しければヴィヴィオはまだ生きているのだ。
敵の手に落ちたあの日、もう生きてはいないと諦めた少女の儚い命はまだ紡がれていた事に胸が僅かに熱くなる。

「だがゆりかごのシステムは改造されてあの娘も用済みになってしまってねえ…」
アーカムはひどく愉快そうに醜貌を歪め、牙の並ぶ口を大きく開けて笑いながら言った。

「…だから悪魔の餌にしてしまったよ」



そのアーカムの言葉が放たれた次の瞬間、バージルの手には別異層の次元より引き抜いた最強の魔剣スパーダが握られていた。
それは二つのアミュレットが魔剣フォースエッジと融合した究極の魔剣士の剣である。

そしてスパーダを構えたバージルは全身から大気や空間が歪むような魔力と殺気を立ち上らせながら静かに口を開いた。
「……死ね」

バージルが凄絶なる眼光と共に小さくそう呟くと同時にその場のいた全ての者は魔剣のもとに刻み尽くされ、聖王のゆりかごもまた幾重にも斬り裂かれ数多の瓦礫となって空に散った。

続く。

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最終更新:2008年01月29日 22:31