魔法少女リリカルなのは Strikers May Cry 番外編Bad End 回避シナリオ
Side Signum
夢を見た。
ほんの少し歯車が狂ったが為に最悪の軌跡を辿った未来で仲間や家族が死に果てる。
そして最後に自分は最愛の恋人である男の刃にかかり死に至るというものだった。
シグナムはシーツを跳ね除けるようにして眠りから目を覚ますと荒い息を整える。
先ほどの悪夢の光景が、血と涙に濡れた視線の先で自分を殺した最愛の魔剣士が悲しみに泣く様が目に焼きついて離れない。
「はぁっ はぁっ なんて夢だ…」
悪夢の残留が心に突き刺さり後から後から涙が溢れて止まらない。
それ程にあれは最悪の悪夢だった。
自分が彼に殺されるなら耐えられる、だが彼が己の心を闇に落として苦しみ悲しむ様を見せられるのはどんな苦痛よりもシグナムの心を深く抉るのだ。
シグナムはやっと涙を拭い去り、隣で眠る最愛の魔剣士へと視線を移した。
静かに眠るバージルの寝顔を見てシグナムは思わず彼に抱きつき、伝わってくるガッシリとした身体の感触と温もりで悪夢の残留を払う。
「ふぅ…しかし、いつまでもこうしてはいられんな…」
しばらくバージルの胸板に頬をすり寄せて溶け合うようなまどろみに浸かっていたシグナムだがさすがにいつまでもこうしていては妻になる身としてだらしないと思い、顔を上げる。
シグナムがバージルとこうして夜を共にして彼より早く起きる割合は半々だった。
せっかく彼より早く起きたのだからちゃんと朝食を用意しなければならない、と自分に言い聞かせてシーツから出る。
「起きろアギト。朝だぞ」
「あ~~さ~? あぁ起きる~起きますよ~」
シグナムは別室で寝ていた(理由は聞くな!)アギトを起こして朝の準備を始める。
「アギト、私は少しシャワーを浴びてくるから先に朝食の準備をしていてくれ」
「あいよ~、合点だ」
シグナムはアギトにそう言い残して浴室へと向かった。
昨日も寝る前に入浴は済ませたのだがシーツに染み付いた情交の残り香が身体に移っていないかと気になるのだ。
きっとただの杞憂だろうがそれでも彼の前では自分の姿をより良く見て欲しいという女としての矜持である。
シグナムはシャワーを浴びながらふと自分の下腹部を撫でる。
「それに私では妻には成れても……母には成れないからな…」
彼女は普通の人間ではない、夜天の書のプログラムとして作られた魔道生命体である。
守護騎士の身体が限りなく人間に近づいてもきっと子供は産めないだろう、その事を考えるとバージルに対してすまないという思いでいっぱいになる。
彼はその事をまるで気になどしていなかったが、せめてそれ以外では彼を満足させられる女に成ろうと思い念入りに身体を洗う。
「…だからせめて…身体くらいは綺麗にしておかねばな…」
シャワーを終えたシグナムはキッチンへと向かい朝食の準備をする。
その日の朝食は昨日の残りのホウレン草の御浸しに鮭の切り身を焼いて味噌汁を作るという純和風のものである。
シグナムは鮭の身に包丁を入れながら“結婚したら毎日こうやって朝食の準備をするのか”と考える。
(毎日これなら、今からバージルより早く起きるのに慣れなければな…)
そしてつい昨日の夜の事も思い浮かべてしまった。
「だ、だが毎晩アレでは私の体がもたんぞ! そ、そうだな週4…いや週5くらいなら……いや、でもバージルがどうしてもと言うのなら毎晩でも……ブツブツ」
何か訳の分からない事をさっきからブツブツと言っているシグナムに若干引き気味の視線を送っていたアギトが意を決して話しかけた。
「あ~…シグナム~? 大丈夫か? どっかで頭ぶつけたか?」
「はっ! アギト…すまんな大丈夫だ…ところで味噌汁に豆腐を入れてくれ」
「あいよ~。でもさぁシグナム~毎回思ってんだけど、この味噌汁味薄くないか?」
「いや、それで良いんだ。これくらいがバージルが一番喜ぶ」
「あ~…そうなんだ…ははっ」
そのシグナムの言葉にアギトは最高に乾いた笑いを浮かべて苦笑した。
朝食の準備を大方終えたシグナムはバージルを起こしに寝室へと向かう。
「もう朝食だぞバージル」
シグナムはそう言うと同時にドアを開けた、そこには既にベッドから身体を起こしているいるバージルの姿があった。
バージルは唖然とした顔でシグナムの顔を見つめている、そして心なしか彼の顔は少し濡れているような気がした。
「どうした? 今日は休みだからといって、まだ寝ボケているのか?」
まだ頭の冴えていない恋人にそんな冗談めいた言葉をかけるが、彼は相変わらず反応を見せずにシグナムの顔を食い入るように見つめてくる。
そしてシグナムは先ほど自分が朝食の準備をしていた事を思い出す。
もしかしたら何か自分の顔に付いているのではないかと思い頬に手を当てて慌てて口を開く。
「何だ? もしかして何か顔に付いているのか?」
そのシグナムの言葉にもバージルは何も返さず静かに立ち上がるとシグナムに近づいて来た。
「どうしたバー…ひゃっ!」
バージルはシグナムに近づくや否や彼女の身体を抱き寄せたのだ。
「どうした? いきなり…」
「………」
バージルは無言でシグナムの腰に回した腕に力を込めてさらに強く抱きしめる。
「ちょっ…苦しい…本当にどうしたんだ?」
シグナムはそこで昨晩見た悪夢を思い出す。
「何か悪い夢でも見たのか?」
「……ああ」
「そうか…」
その言葉を受けてシグナムは堪らなくなる。
きっと彼がこうして己の弱い所や脆い部分を曝け出すのはこの世で自分だけだ、その事実が心を満たして涙が出そうになる。
そうしてシグナムはバージルの身体に優しく腕を絡めて抱きしめながら囁いた。
「大丈夫だ……私はここにいるから」
(そして絶対に離れない…この身と心のある限りその傍らでお前を支え続けよう…)
シグナムは胸中にて改めて彼への深い愛を思った。
「……すまんな…みっともない所を見せて」
「もうすぐ夫婦になるのだ、気にするな」
「シグナム~味噌汁の鍋に火かかったままだったぞ~。バージルの旦那起こすのにどんだけ…」
そんな所にアギトがやって来た、そして最高に間の悪い状態の二人を目撃する。
抱き合った二人を見たアギトは顔を真っ赤にする。
「アギト、これはだな…」
「お、お邪魔しました~!! 2時間ぐらい外行ってるから、ごゆっくりどうぞ!!!」
アギトの去った部屋で二人は呆然としながらもやっといつもの調子に戻る。
「何だか…勘違いさせてしまったな…」
「だな」
「それでは朝食にするか」
「ああ。二人きりというのも悪くは無い」
バージルとシグナムはそう言うと自然に身体を寄せ合っていた。
「あ~それにしても朝っぱらから熱すぎだよあの二人は……さすがは烈火ってか…」
部屋をでたアギトはフワフワと飛んで、とりあえず外で時間を潰す算段をする。
「はやてん所でも行くかな~…でもそうしたらシャマルあたりが根掘り葉掘り聞いてくんだろうな……ん? なんだこりゃ?」
独り言を言っていたアギトがふと自分の頭に乗っていた小さなモノに気づく、それはアギトの手で掴めるくらいのプルプルしたクラゲみたいな生物(?)だった。
「キモッ!」
アギトはそう言ってそれを地べたに放り投げて潰した。
「どっかで拾った魔法生物かな? まあどうでも良いか…」
アギトは知らない、それは夢魔の中でも最低クラスの悪魔でありバージルとシグナムの二人に悪夢を見せた元凶だった事を。
あまりに魔力が少なかったので誰も気が付かなかった夢魔だが、アギトの手によりあっけなく裁きの鉄槌は下される。
烈火の剣精アギトはロードの小さな危機を偶然でも守ったのであった。
This Is True End
最終更新:2008年01月29日 22:36