「これは…ダメだよ」
高町なのはに提出した新兵訓練案、この一言にて却下されたり。
上官なれば否やも無しだが、己があやまち正すも当方の任務。
ために聞くは、問題点と、その程度。
「短期的に効果は上がるかも知れないよ?
だけど、それだけ。これじゃ強くなるより、みんなをすり潰す方が先になっちゃう」
しかし、われらは『対超鋼』。機動六課が発足した今、いつ出撃命令が下るかわからぬ。
短期間で練り上げねば、皆を死にに行かせることになるではないか…
「覚悟くん」
「…はっ」
「身長130cmの男の子に、今すぐ180cmになりたいって相談されたらどうする?
覚悟くんなら、なんて言ってあげるのかな?」
「…………」
返す言葉、なし。
不退転の心構えをもってしても、どうにもならぬことがある!
可能な助言といえば、月並み千万な言葉しか並ばぬ。
だが、その180cm。今すぐ必要ならばどうするか。
「そのときのために、わたし達がいるんだよ。
あの子達の後ろで支えてあげるの」
「だがそれでは、他を頼った戦いが身に付いて…」
「戦えないうちはそれでいいと思うな。
まさかいきなり改造人間と戦わせるつもりは覚悟くんだってないよね?」
「うむ…だが、想定はすべきだ」
「そこが対超鋼戦術顧問、葉隠覚悟の腕の見せ所だよ。
他の部分は、教導官、高町なのはを信じてほしいな」
なるほど。勘違いをしていたか。
改造人間との遭遇時、新人四名が増援到着までこれをいかにしのぎ生存するかの手段を確立し、
これのための訓練、演習計画を提案し実行するのが当面おれに求められた役割というわけだ。
今の今まで、おれは新人四名にて生物兵器をいかに倒すかをばかり考えていた。
そのためには現行の訓練時間ではあまりにも足りぬから、時間外の特別訓練案をこの高町なのはの元に持ち込んだ次第であったが。
「それにね…この訓練案。時間外じゃなくても、みんな、すぐにまいっちゃうよ」
「かの生物兵器を倒すには最低限、これだけ出来ねばならぬ」
「これが最低限だとしても、みんなにはまだまだ遠い一歩だよ。
必要なのは強くなりたい気持ちと、地に足がついた自信。
わたし達があせったら、みんなもきっと無理をして…自分の立ってる場所を見失っちゃうから」
…だが、死狂いでなければ届かぬ場所もある。
現人鬼、散(はらら)。
きさまがこの世界にいるというのならば、おれは…
魔法少女リリカルなのはStrikerS 因果
第十二話『焦り』
「どうした、打ってこい」
「はぁ、はぁ…」
息が荒いのは酸素が足りないからじゃない。
どちらかというとこれは、緊張。
四度目の突入角が、決まらない。
「臆したか、スバル!」
「ってぇぇぇりゃああああああ」
実戦じゃ、敵は待ってくれない。これ以上ぐずぐずできないんだ。
ウイングロードを展開。仰角およそ十五度の頭上から、あたしは突っ込む。
そして。
「積極」
葉隠陸曹の鉄拳が、あたしのお腹のやや上あたりをとらえたんだと思う。
まず衝撃。吹っ飛ばされて地面に墜落。
それから、耐えがたい吐き気と痛みが襲いかかってきた。
「うげぇぇっ…げほっ、ぐぅぅ」
「焦りのままに仕掛けるな、馬鹿者!
シューティングアーツは一撃必殺にして一撃離脱。
道が通らぬままに打つは自殺だぞ」
口まで戻ってきたのを呑み下しながら、立つ。
…さすが、覚悟さんだと思う。
今は、攻撃せずに追いかけてくる覚悟さんを迎え撃つ形で、
後ろへ後ろへと引きながら、『道が通る』瞬間を見計らって打ち込む訓練の最中。
目標は、二十分以内に十発。
もう十五分経ってるのに、まだ一発も決められていないから、どうしても気が急いてくる。
この人相手だと、普段、通っているように見える道でも、雰囲気的に打ち込みにいけない場面がすごく多い。
というか多分、99%はそれなんじゃないかなと思う。
そんなだから、ごくごくたまに見える道もなかなか信じ切れなくて、
気がついたらあの人の回りをぐるぐる回ってるだけになってしまっている。
「受け身はしっかり取れたようだが防御魔法が甘い。
これが実戦であれば悶えているうちに止(とど)められよう」
「は、はいっ…」
「では来い!
十発打ち込めぬのであれば、十殺に匹敵する一撃を以てせよ」
「はいっ!」
ローラーブーツ、再加速。
旋回しながら間合いを開き、向かいの広い道路へと出る。
ここだったら、今までよりはいくらか道は通りやすくなる。
反撃する側の幅も増えるから、プラスマイナスで言えば微妙なところだけど…
覚悟さんは、乗ってきてくれた。
こっちに向かって駆け足で、あたしは頭上…見えた、道!
ウイングロード、展開…いや、早い。早すぎた。
でも今更取り消せない。このまま突っ込むしかない。
だったら迷って打ち込んだりしない。決めたら、打ち込め…
「積極」
今度は左胸、少し下あたりに拳がめり込んだ。
ああ、実戦なら間違いなく即死だな。
痛みを感じるよりも前に、あたしはそう思った。
「ここまで」
「…………」
寝転んで青空を見上げていたところで、二十分、経ってしまったらしい。
まずはすぐに立ち上がる。こんな情けない格好、ずっと見せていたくもないし。
…にしても。
「一発も、入らなかった…」
これじゃあ、訓練以前の問題。
一発も入らなかったという結果だけの話じゃない。
打ち込みに行こうにも身体が動いてくれない所が多すぎた。
戦わずして負けたみたいなもので、これじゃあ、あんまりにも不甲斐なかったけど。
「おまえの『攻め』の気は伝わってきていた。
そう悪いものでもないと思う」
覚悟さんにそう言ってもらえると、散々だった今の訓練も、少しは誇らしく思えて。
だから、次はもっとうまくやる。
「良き師に学んだようだな」
「…はいっ、おかあさんと、ギン姉に」
あなたの背中を見たあの日から。
強くなりたいって願ったあの日から。
あたしはずっと、求めてきたから。
「でも、あたしの強さは、ぜんぜん足りない」
求める強さには届いていない。
もう二度と、あの子みたいな死を見たくなくって、
だからあたしはここにいる。
「鍛えてください。誰にも負けなくなるように」
「うむ…では征くぞ、今度はこちらの打つ番だ」
「はいっ」
「…で、今日も吐いたのね」
「うん、お腹だけ守ってるわけにもいかないし」
見てるだけで胸焼けがしそうな量を胃袋にかき込んでいくのは、
いつもそんな風に、いちいち中身を絞り出してくるからなんだろうか。
特盛り二人分のスパゲティをみるみるうちに減らしていくスバルを見ながら、
しょうもないことを私は考えていた。
「わかってはいるけど、よくやるわよ。葉隠陸曹」
「痛くなくば覚えぬ、って。あたし、間違ってないと思うから」
私やエリオ、キャロも身をもって経験しているからわかるけれど、
陸曹の訓練は『痛み』という一点で過酷さをきわめる。
シューティングアーツ…拳闘を主体とするこの子は、それをほぼ毎日やっているんだ。
今は制服を着込んでいるからわからないけど、
この子の服の下は、絆創膏と湿布だらけ。
一緒にシャワーを浴びに行くたびに、新しい青アザをこさえているのを見つけてしまう。
毎日毎日、生傷の絶えない子だ。
陸士訓練校で知り合ってから全然変わってない。
ドジで不器用なくせに、危険なことは一番最初に引き受けようとする。
一番前の、一番危険な位置に、進んで身体を張りに行く。
それをフォローする私の身にも、ちょっとはなってほしいけど、
だけど、私も負けていられなくて。
この子があの人の背中を目指してきたように、私にだって、ゆずれないものがある。
「ティアもよく食べるね」
「やかましいのよ、そういうこと言わないの」
「会った頃は、もっと食が細かったから」
「しっかり食べなきゃ務まらないでしょ、それだけよっ」
肉体と魔法をフルに行使するこの仕事だ。
身体をしっかり作っておかないと、続けられっこない。
それだけ…本当に、それだけ。
たくさん食べるようになったのだって、当然の流れで。
だって、そうでしょ?
なんでこの子につられてたくさん食べなきゃいけないのよ。
むしろ私は指導する側。
何かにつけて限度を知らないこの子に、いつだってストップをかけてきた。
なんで私がこんなことをしてるんだろうって思ったことも一度や二度じゃない。
そんな私の気も知らないで、憧れの人を前に舞い上がって…いい気なものよ、ホント。
ふと、まわりを見回し、隣のテーブルの様子を目に留める。
あの二人…エリオとキャロが、仲良くご飯を食べていた。
詳しい事情は知らないけれど、キャロはやたらとエリオになついている。
エリオの方も気後れはしてるけど、まんざらじゃないみたいな様子で。
今だって、落ち込んでるキャロに頑張って話をふったり、元気づけようとしているみたい。
持ちつ持たれつはいいんだけど、私なんかの目から見たら、そうやって甘やかすのがいけないと感じてしまう。
そんな風に他人に頼った心を根付かせるから、戦闘訓練でも気後れするんじゃないのか。
…そこまで考えて、少し、むなしくなる。
だって、それを言ったら、私とスバルだって多分、似たようなものなんだから。
そろそろ考えなくちゃいけないと思う。
今は機動六課にいたって、みんないつまでも同じ道を歩くわけじゃない。
夢というのは結局、自分自身でしか面倒を見られないものだから…
「? どうしたの、ティア」
「どうもしないわよ」
「あの二人、仲、いいよね」
「…そうね。訓練もあの調子で順調ならいいんだけど」
「へ?」
目をまんまるにするスバル。
幸いにしてこの子にはまったく気づかれていないようだが、
我ながら大人げないにもほどがある発言だった。
…自己嫌悪、もとい、反省。
「明日はシグナム副隊長との模擬戦でしょ?
食べ終わったら作戦、詰めるから」
「ああ、それで」
別に、それで、でも何でもないのよ、スバル。
あんたはお人好しすぎて、たまにムカつくのよ。
ともかく、今の私に必要なのは、上司の誰かに「出来る奴だ」と認められること。
でなければ、実戦の一角にすら出してもらえないかもしれないのだ。
そして今の私達は四人で一人のようなもの。
全員で認められなければ意味がない。
私は、立ち止まりたくない。
今のポジションにあぐらをかいて、油を売ってるヒマなんか、ない。
多分、それはみんなも同じはずだ。
私達は、戦うためにここにいるんだから。
早く強くなって、早く誰かを助けに行って…
「作戦会議だったら、オブザーバーも役に立つと思うな」
そこにいきなり声をかけてきたのは、私の直属の上司にあたる人。
私を見込んで、機動六課に引き入れた人。
「た、高町一尉?」
「なのはさん、でいいってば」
スバルにとってはこの人も、自分の変化のきっかけで。
空港火災から救い出してくれた大威力が心の底に焼きついているから、
正面突破の砲撃魔法に同じ名前を借り受けて。
じゃあ、私にとっての、この人は?
「わたしも混ぜてもらっていいかな、ティア」
「…はい」
「元気ないなぁ。気合い、入れていこ?」
「はいっ」
機動六課、屋内訓練場。
第九十七管理外世界、日本国にある剣術道場を模して作られたこの場所は、
葉隠覚悟が好んで座禅を行う場所だと知っていた。
というより、おそらくはこの男の存在が無ければ、このような施設は作られなかっただろうと思う。
私、シグナムのみならず、大小様々の影響をこの男から及ぼされていることは確かだ。
そのようなこと、改めて感じるまでもないことだが。
「シグナム二尉」
案の定、私が道場に足を踏み入れると同時に敬礼を受けた。
常に感覚が研ぎ澄まされているのもあるだろうが、互いの足音を覚えているのだから当然か。
戦士が半年、一緒に暮らせば、そうなる。
「いい、楽にしていろ」
この言葉は合図だった。
楽にしろと言わない限り、部下で居続ける。
彼の最小限のけじめであり、ある意味で最大限の譲歩だ。
ほとんど誰もが九割九分、出会い頭にこう言うのだから、
もしかすれば彼も辟易しているかもしれないが、構うことはない。
「なのはから、聞いた。おまえが焦っているとな」
「新兵訓練案か。無理を心得ぬ浅慮であった」
「いや。私が聞きたいのはおまえ自身の問題だ」
「おれの…?」
大体、わかるのだ。
八神家の誰もが理解しているだろう。
私もそのことを、この身体を以て知っている。
「やはり、おまえは散(はらら)を見ている」
「む…」
「フォワード四人に、おまえ自身の姿を重ね見ているのだろう?」
いつ現れるかわからぬ改造人間。
立ち向かうべき新人達は、戦力と呼ぶには未だ頼りなく。
これは、未だ存在の確認できぬ散(はらら)と、
その姿を求める覚悟の関係に等しいものだと言えよう。
「…かもしれぬ」
「おまえの拳を何度受けたと思っている。
そのくらいは、わかるよ」
言葉にせねば伝わらぬ思いもあるが、
拳に乗せる重みは時として千の言葉に勝るのだ。
剣を合わせた者同士だからこそわかる。
「やはり、おれは未熟だ。
おれ自身の焦りが、訓練案にもにじみ出るとは」
平静そのものの表情ながらも若干うつむく覚悟に、
私は少し苦笑して。
「言っておくぞ、覚悟。
そんなおまえの姿が、私には嬉しい」
何を言っているのだかわからない。
覚悟の顔にそう書いてあるのに構わず。
「おまえ自身がいつも言っているはずだぞ。
痛くなくば覚えぬ、と。
おまえは今、自分の未熟さに痛みを感じているのだろう?」
「だが、おれ自身でそれに気づくことができなかった」
「そうでなければ、この世の誰もおまえの役には立たないだろうよ。
それとも、なのはや私、主はやては、おまえにとって無用の存在か?」
「そのようなことはない!」
鋭い目つきと声が帰ってくる。
固く揺るがぬ確固としたものを込めて。
何もそんな力んだ返事を返さなくともいいのに。
また思わず笑ってしまいながらも、私は目を合わせ、しっかり頷いた。
「…なら、それでいいということだ」
そうやって言い切ってくれる限り、私もそれに報いるとしよう。
今の返事、主はやてにも聞かせたかった。
「第一、おまえには可愛げが無さすぎる。
たまには隙を見せてくれなければ、共に戦う甲斐がない」
「隙を見せよと?」
「冗談だよ。困った顔をするな」
ともあれ、大丈夫そうだな。
慣れぬことをさせている自覚があるからか、
はやても覚悟のことを常に気にかけていて、
だから私もこうして仕事の合間を縫って話を聞いて回ることになる。
シャマルとヴィータも同じことだった。
いや、むしろ八神家ゆかりの人間全員が同じことだと言っていい。
だから、なのはの方から朝一番で私にコンタクトを取ってきたのだ。
不必要なまでの焦りが教練を行う上官から発せられては、肝心の部下が精神的に追い込まれかねない。
そういう実務的な面からも情報の共有を急いだというが、今回はそれが功を奏したと思いたい。
もっとも、覚悟に散(はらら)という宿敵ある限り、心の奥に潜んだ焦りはまたいつ顔を出すかわからないのだが、
それを本人に自覚させることができただけでも、今回は良しとするべきか…
「フォワードの四人だがな、明日は私との模擬戦だ」
「あなたの見立てはいかに」
「ここ十日を見る限り、キャロをどうにかしなければな」
「おれの、せいかもしれぬ」
魔法自体は遜色なく使えるのに、実戦形式の訓練になると、途端に失敗が込み始めるあの少女。
魔法を出すタイミングが早すぎて連携の足並みをバラバラに崩してしまうのだ。
特に、接近戦を挑まれるとその脆さはひどい。
最初のうちはそこまでまずいものでもなかったのだが、一度の失敗からどんどん軸がぶれるように悪化していき、
ここのところのフェイトの話題のほとんどがキャロの心配で占められてしまうような有様である。
「まあ、明日の立ち会いで確かめさせてもらおう。
おまえのせいかどうかもな」
「頼む」
覚悟に確かに頼まれてから、私は道場を後にした。
最終更新:2008年01月07日 22:02