月の光すら闇に紛れてしまう不気味な夜に、事件は起こった。
なのは達の目の前に顕在する戦士は、仮面ライダーと呼ばれる都市伝説の主人公。
銀と赤の装甲を身につけて、灰色の怪人に相対する戦士は言った。
「ほう。貴様の様な塵にも見る目だけはある様だな」
解りやすい挑発だ。
だけど、どうやら直情型らしい灰色の怪人にはそれで十分。
ゆっくりと歩き出した仮面ライダーに応える様に。
オルフェノクと名乗った怪人は、拳を掲げて走り出した。
「フンッ!」
オルフェノクが、吐息を漏らした。
力強く振るわれた拳だが、しかし仮面ライダーには通用しない。
仮面ライダーはその身を屈め、拳の一撃を回避。
何処かから取り出した銀色の斧で、オルフェノクの身体を一閃。
「うぉ……ッ!?」
オルフェノクが怯んだ。
今度は銀色の斧を叩き付ける様に、上段から振り下ろす。
灰色の身体の表面が爆ぜ、小さな火花を撒き散らす。
後はその連撃だった。上から、右から、左から。
あらゆる方向から繰り出される斧の攻撃に、オルフェノクはまるで対応出来ていない。
というよりも、仮面ライダーが対応をさせなかった。
どんなに拳を振るおうと、それが仮面ライダーに命中する事は無い。
それどころか、その殆どでカウンターの要領で一撃を叩き込まれている。
「あの仮面ライダー、凄く強い!」
それが、仮面ライダーの戦いを見たなのはの率直な感想だった。
自分達でも対処不可能と言う程の敵では無いが、アレは自分達の戦闘よりも手際が良い。
魔法を省いた単純な格闘戦に於いて、仮面ライダーは確実に敵にダメージを与えているのだ。
最早なのはに、仮面ライダーの都市伝説を信用しない理由は無い。
「キャストオフ」
仮面ライダーが一言呟いた。
その上半身を守る銀色の装甲が、一つ一つ浮かび上がって行く。
ガシャンと大きな音を立てながら、腕から頭部にかけて全ての装甲が剥離。
――CAST OFF――
また別の電子音声が鳴り響いた。
今度は、浮かび上がった全ての装甲が弾けた。
凄まじい勢いで仮面ライダーの身体から弾け飛んだ装甲は、オルフェノクの身体に激突。
それ自体にもダメージを与える効果がある事から、なのはは最初、そういう攻撃なのかと思った。
だけど、それは違うのだとすぐに判断する。
――CHANGE BEETLE――
真っ赤な装甲に、青の複眼。
最も目を引くのは、マスクの中心にあしらわれた大きなカブトムシの角。
それは、赤いカブトムシ、というイメージを連想するに相応しかった。
「赤い装甲……? まさか、お前がファイズって奴か!」
「太陽の輝きを知らないとは、哀れな男だ」
一歩引くオルフェノクに迫りながら、仮面ライダーは告げた。
勿論オルフェノク同様、ファイズという単語にも聞き覚えは無い。
赤い仮面ライダーは、逆手持ちの短刀を取り出した。
「チッ……こうなったらお前のベルト、貰って行くッ!」
「やれるものならやってみろ」
オルフェノクが駆け出した。
乱暴に振るわれた拳が、横一線に仮面ライダーの頭を薙ぎ払う。
が、それはやはり空振り。仮面ライダーにそんな攻撃は通用しない。
――ONE――
無茶苦茶に振り回される拳を回避しながら、仮面ライダーがベルトを叩いた。
鉄球をグローブ代わりに、一直線に振り抜かれたストレートパンチをほんの少し首を捻って回避。
頭部の横を突き抜けた拳を掴み、逆手持ちの刃でその腕を切り付けた。
――TWO――
今度は怯む隙すら与えはしない。
慌てて腕を引いたオルフェノクの左脇腹から、刃を振り抜いた。
再びオルフェノクの装甲の表面が爆ぜて、火花が散る。
――THREE――
オルフェノクが、その左腕を我武者羅に振るった。
仮面ライダーはそれが命中する前に相手の懐へと飛び込み、下方向から刃を振り上げた。
そのまま、刃を振るった腕の動きを活かして、仮面ライダーは方向転換。
オルフェノクに背中を向けた。
「うぉぉぉぉぉぉぉぉぉッ!!」
「ライダーキック」
――RIDER KICK――
激情したオルフェノクが、アスファルトを蹴った。
鉄球を振り上げ、仮面ライダーに向かって突撃する。
しかし、仮面ライダーは何のアクションも見せずに、ただ背中を見せていた。
やられる、と。誰もがそう思っただろう。
その瞬間だった。
「ハァッ!!」
「――ッ!?」
オルフェノクが仮面ライダーに一撃を叩き込める距離まで入った瞬間。
仮面ライダーが、その身を翻したのだ。
稲妻を纏った右脚は、振り向き様の回し蹴りで以て解き放たれた。
ライダーキックと呼ばれたそれが、オルフェノクの身体を打ち砕いた刹那。
ぼぅ、と。オルフェノクの身体に青の炎が灯った。
だが、それでも。
オルフェノクはまだ意識を失ってはいないようだった。
フラフラと覚束ない足取りで、明後日の方向に向かって歩き始めたのだ。
「何処へ行――」
その続きを口にする前に、なのはは異変に気が付いた。
オルフェノクの身体が、肩や腕、各部装甲から、次第に崩れて行くのだ。
最早このオルフェノクに、自分達の質問に答える事は出来ない。
そう判断した次の瞬間には、オルフェノクの身体は青の炎と共に完全に崩れ去った。
「……勝った……の?」
「そうみたい、だね」
なのは達が顔を見合わせる。
オルフェノクの身体が崩れ去る時には、既に赤い仮面ライダーは姿を消していた。
話を聞きたくとも、その相手が居ないのでは話にならない。
複雑な感情を抱いたまま、なのはとフェイトは目の前に積もる灰を見詰めて居た。
ACT.2「その力、仮面ライダー」
相川始は、アンデッドだ。
全てのアンデッドを封印し、全ての生命を滅ぼす事を目的とする、最凶のアンデッド。
だが、今の彼はその限りでは無い。
今の彼が戦う理由は、全てを滅ぼす為では無く、一つの家庭を守る為。
目の前のこのアンデッドは、あろう事か始の守護対象である栗原天音に手を出した。
それは相川始という人格にとって、最も憎むべき愚行。
無謀にもそれを犯したこの蜻蛉のアンデッドを、始が許す筈は無かった。
「貴様……生きて返れると思うな」
両刃の剣を構え、カリスが唸った。
だが、視線の先のアンデッドはまるで意に介さない様子。
それどころか、余裕ぶってその手に短剣を構えて居た。
そして、それをゆっくりと掲げ。
(あれを見ろ、カリス)
アンデッド同士でのみ伝わる声にならない声で、目の前のアンデッドが告げた。
眼前に掲げられた短剣が指す方向に視線を向ける。
そこに居たのは、守護対象である栗原天音と、その友達らしき茶髪の少女。
二人を襲うのは、目の前のアンデッドによって大量に呼び出された蜻蛉達。
幸か不幸か、天音ちゃんの方は既に意識を手放しているらしい。
平凡な女の子である天音ちゃんが突然襲われたとあれば、そうなるのも無理はない。
これで天音ちゃんが、この恐ろしい光景を見る事は無くなった。
「人質のつもりか」
(やはり貴様はあの少女を人質に取られると戦えなくなるようだな)
汚いやり方だ。
正々堂々と戦うならまだしも、このアンデッドの取った戦法は、卑怯な人質戦法。
カリスの仮面の下で、始の表情が怒りに歪んだ。
意識してか無意識かは、定かでは無い。
「貴様……」
(どうした、人間の臭いがするぞ、カリス)
奥歯を噛み締める思いだった。
まともに戦えば、こんな相手に後れを取る事は絶対にあり得ないのに。
たった一人人質を取られただけで、自分の戦力はこうも落ちてしまう。
自分が人間だ等とふざけた事を認めるつもりはないが。
しかし、そんなカリスに助け船を出すのは。
「仮面ライダー! 私達には気にせず戦って下さい!」
「何……?」
独特の訛りが特徴的な少女の声が、カリスの耳朶を叩いた。
声の主の方向へと振り返れば、そこに居るのは6枚の黒い翼を生やした少女。
先端に金の十字を取り付けた杖を掲げて、天音ちゃんの周囲に半透明の障壁を作り出した。
これならば、天音ちゃんが蜻蛉共に直接攻撃される事は無い。
今なら、行ける。
「俺は――人間じゃない!」
咆哮と共に、カリスが取りだすは二枚のカード。
片手に持つ両刃の剣に、ベルトの覚醒機を接続。
そのまま二枚のカードを立て続けにラウズする事で、それらの紋章が宙に描き出された。
――DRILL――
――TORNADO――
宙に浮かび上がるは、それぞれの紋章。
青白い輝きを放ちながら、それらはカリスの身体へと吸い込まれて。
ドリルのカードと、トルネードのカードによる付加効果が、カリスに与えられる。
――SPINNING ATTACK――
その名は、スピニングアタック。
カリスの周囲を、漆黒の突風が渦巻く。
ふわりとカリスの身体が浮かび上がれば、後はその技名の通り。
激しいきりもみ回転を加えながら、カリスの身体はドラゴンフライアンデッドへと飛翔する。
咄嗟の出来事に、ドラゴンフライアンデッドはその翼を羽ばたかせ逃げようとするも、それは叶わない。
ドラゴンフライアンデッドが、カリスに背中を見せ、飛び上がった瞬間。
カリスの回転キックは凄まじい勢いでドラゴンフライアンデッドに命中。
ドラゴンフライアンデッドの羽は、カリスの蹴りに巻き込まれその飛行能力を失う。
後は背中から強烈な衝撃を叩き付けてやるだけだった。
「ガァ……ァ……ァ」
羽をもがれた蜻蛉の末路は、墜落。
されど、どんなダメージを与えようとアンデッドは絶対に死なない。
また、アンデッドは消滅させる事も不可能という、完全な不死生物。
故にこのアンデッドにトドメを刺したいのなら、カードに封印しなければならないのだ。
今回の場合で言うなら、単にブランクのカードをこのアンデッドに投げつければいい。
それだけで、封印は完了する。
「貴様ァ……!」
しかし、カリスの攻撃はそれで終わりはしなかった。
天音を人質に取られた事によって、始が感じた義憤はこの程度では済まない。
無理矢理アンデッドを立ち上がらせ、その胸にカリスアローによる斬撃を浴びせる。
それも、一度や二度では無い。何度も、何度も、その怒りをぶつける様に。
「も、もうやめて下さい! 勝負はついてます!」
やがて、先程の茶髪の少女からのストップが入った。
だけど、それでも。聞く耳持たぬと言った様子でカリスは攻撃を続ける。
もう一度カリスアローを振るおうとした、その時だった。
「ん……うぅ……?」
聞きなれた声が、聞こえた。
それは、始が最も守りたいと願った少女の声。
天音ちゃんが、茶髪の少女の声に反応し、その目を覚ましつつあるのだ。
このままではいけない。カリスとしての姿を見られる事に問題は無いが、
出来ればこんな醜い姿を天音ちゃんに晒したくは無い。
「チッ……」
軽い舌打ちの後、カリスは懐からハート4に相当するカードを取り出した。
このカードは、プロパーブランクと呼ばれる“空っぽ”のカードだ。
戦闘不能状態に陥ったアンデッドにこれを投げ付ける事で、封印は完了する。
カリスは手首を翻し、カードを投げ付けた。
倒れ伏したアンデッドの身体に、投げられたカードが突き刺さり。
アンデッドの身体は緑の光に包まれ、カードへと吸い込まれた。
封印を完了したカードは、ブーメランの様に使用者の元へと返って行く。
カリスの元へと吸い寄せられるように帰還したカードを掴み、確認。
果たしてそれは、蜻蛉の絵柄が描かれたフロートのカードであった。
封印を完了した以上、こんな場所に長居は無用。
カリスは漆黒のバイクに跨り、すぐにこの場を離脱した。
◆
「大丈夫? 天音ちゃん」
「あれ……はやて? 怪物は……?」
全てが終わった後で、天音は目を覚ました。
既にはやてもバリアジャケットを解除しており、見られて拙い物は何も無い。
先程現れた怪人は、突然現れた仮面ライダーに倒された、と天音には説明した。
といっても、あの仮面ライダーが天音を守るように戦っていたとまでは話しては居ない。
(あの仮面ライダー、天音ちゃんが襲われて怒ってたのは明らかや……)
それは一体、どういう事だろうか。
八神はやては現在、管理局本局に於いて特別査察官の役職に就いている。
それ故にこう言った謎について推理する事自体が、はやての本領と言える。
まず、考えられる可能性は、天音ちゃんの家族――例えば、居候の「相川始」とか。
そこまで考えて、流石にそれは話が出来過ぎているか、と苦笑する。
だが、もしかしたらという可能性も拭い切れはしない。
(これに関しては、機会があればもうちょっと調べた方がええかも知れへんな)
眉を顰めた。
何も知らない天音に、先程の様な被害が及んでからでは遅いのだ。
最悪の場合、先程の戦いだってこういう考え方が出来る。
天音ちゃんが狙われた理由は、先程の仮面ライダーが関係している、と。
実際はやての考えは当たっている。
先程の怪人は、仮面ライダーの仲間だから、という理由で天音を襲ったのだ。
翌日、聖祥大学付属小学校に、はやては居た。
昼休みに少し抜け出して、同じ魔道師である二人と共に情報を纏めていた。
闇の書事件以来の仲間であり、親友である高町なのはと、フェイト・T・ハラオウンの二人だ。
話を聞けば、二人も昨日仮面ライダーと思しき超人と出会ったらしい。
はやてが出会った黒の仮面ライダーとは違い、なのは達が出会ったのは赤の仮面ライダー。
「――つまり、敵の名前がオルフェノクで……それを倒してくれたのが、赤のライダーってことやね」
「うん……後は、オルフェノクが仮面ライダーの事をファイズって呼んでたかな」
フェイトが、昨日の記憶を絞り出す。
以上の情報を纏めると、敵の名前はオルフェノクで、仮面ライダーの名前はファイズ(?)と言う事になる。
実際赤の仮面ライダーはそれを否定していたのだが、なのは達はそこまで知る所では無い。
何はともあれ、仮面ライダーの都市伝説は実話であったと証明された事だけは、揺るぎの無い事実。
「でも、どうするの、はやて? この世界での問題に時空管理局が介入する事も出来ないし……」
「だからって、放っておく訳にはいかへんよ。このままじゃ被害者が続出する」
平和なこの街を脅かす存在が居るなら、それを放っておく事は出来ない。
いつかははやて達もこの世界を離れて生活する日が来るだろう。
だが、それまで自分達は間違いなく、正真正銘のこの街の住人なのだ。
この街を泣かせる脅威が居る以上、それを見過ごすつもりは無い。
「出来たら、仮面ライダーって人達と協力したいところやけど……」
「そうだね、次に出会う時があれば今度はきちんとお話したいな」
なのはが言った。
それに関してははやても全面的に同意だ。
戦力は少しでも多い方が良いに決まっている。
出来れば仮面ライダーと連携を取りたい所だが。
果たして、その日がやってくるのはそう遠くない未来。
都市伝説となった戦いに巻き込まれた今、彼女達がこれからも仮面ライダーと出会って行くのは必然と言っていい。
仮面ライダー都市伝説とは、無数の仮面が登場する、文字通り伝説のお話。
それはさながら、仮面を付けた住人達による、仮面舞踏会―マスカレード―の様に。
となれば、彼女達が次に出会うライダーは。
「俺を誰だと思っている。俺は天の道を往き、総てを司る――」
「あぁもうわかった! わかったから!」
不意に、声が聞こえた。
それははやて達三人の背後を歩いて行く、二人の男の声だ。
片方の、ジャージを着こんだ男の方は、顔だけなら知っている。
臨時でやってきた、中等部のラグビー部コーチ兼、体育教師だ。
もう一人の男は、見慣れない男だった。
「あれ、誰だっけ……?」
「さぁ……? 私は見覚えない人やけど……新しい先生なんちゃう?」
三人の興味はすぐに二人の男達から離れ、元の会話へと戻って行った。
今彼女らの背後を歩いて行った男達こそが仮面ライダーだと言う事にも気付かずに。
彼らの正体を知る事になるのは、もう少し先のお話。
最終更新:2010年02月11日 04:21