※踊るゆりかごの後編に当たりますが、長くなったので分割しながら投下します。
※BGMは終止『RUSHING DANDY』をおすすめします。

『黒い超闘士』


――カイ・キタムラ



 カイ・キタムラは推進剤の残量ゲージを気にしながら、ゲシュペンストの操作を続ける。"餓鬼"を首都か
ら引き離すためでありその試みは成功しつつある。
 人の営みがまったく行われていない廃棄区画にゲシュペンストと特機――"餓鬼"の姿が浮かび上がった。
 "餓鬼"は現行の特機を大きく上回る機動性を持つ。性能を誇示するような、重力をなくしたかのような緩
やかな機動にカイは舌を巻くしかない。

(反応も早い。脳直のインターフェイスの効力か。さして戦闘経験があるとは思えんが――いかんせんサイ
ズが問題だ)

 赤ん坊でも三十メートルの大きさを持てば駄々をこねるだけで破壊力を生む。カイはうなりをあげて振る
われた"餓鬼"の腕を回避しさらに後方に下がる。背の低いビルを踏み越したゲシュペンストを猿のような挙
動で"餓鬼"が追撃した。
 "餓鬼"の並外れた機動力がなければできない挙動。だが、そのおかげで"餓鬼"をいとも簡単に引き寄せる
ことができたのだ。
 街という景観をすでに保持できなくなって久しい廃棄区画は、半壊したビルとひび割れたアスファルトで
できていた。朽ちるままに任せた廃墟の様相を呈した区画で、鋼鉄の亡霊『ゲシュペンスト』と"餓鬼"が対
峙した。

「ここなら存分に腕をふるうことができる。だが――」

 ゲシュペンストのパワーを上昇させる。特機と渡りあうのに、力を温存している余裕はない。コントロー
ルスティックを強く握りゲシュペンストの腰を落とす。油断のない動きでゲシュペンストは"餓鬼"に向かっ
て半身に構えた。
 "餓鬼"は一回り大きいビルに両足をそろえて乗り、重心を低く落とす。手首を基点に展開する、チェーンソ
ーに似たブレードが甲高い唸りをあげた。

 "餓鬼"の各部ノズルから蒸気に似た白い煙が吐き出され、闇夜を白く染めていった。
 スポットライトが追いつかず"餓鬼"の体は白くそまる霧に隠れ、いびつな形の頭部センサーだけが、わず
かに"餓鬼"の存在を明らかにする。

 だが、そのかがり火のようだったセンサーも、ふっ、と霧の向こうに消えた。

「ぬっ……!」

 ゲシュペンストのレーダーには機影もない。"餓鬼"が振りまいた煙がジャマーの役割をしているのか、視
界とセンサーは真っ白で、目隠しをされているも同然の状況だった。

 通常は。

 この土地、ミッドチルダ首都クラナガンでは間違いなく最強のPT乗りカイ・キタムラは違う。
 カイはコクピットの中で目を閉じ、コクピットの衝撃緩和機構を最小に設定した。
 ひゅううぅぅぅ……。
 カイは息吹に似た鋭い呼気を吐き出し精神を集中させると、コクピットからゲシュペンストの全身へ神経
を張り巡らせる。機体の骨に当たるフレームの連動。それを囲む硬い皮膚、装甲。低くうなりをあげる腹部
のジェネレーター。一個の生命体に匹敵するほどのパーツひとつひとつを明確にイメージし、ゲシュペンス
トの『人体』を意識する。
 だれにでもできることではない。皮膚の形――装甲の形状を完璧に理解し、血の巡り――動力伝達を意識
できる人間でなければ、この境地には至れない。
 車の進行方向を曲げるにはハンドルをきらなければならない。自分の身体のように、右に曲がれと命じて、
右にまわるわけではない。何らかの形のインターフェイスが機械と人間の間には存在し、手足のように動か
すとはとてもいかない。人体を模すパーソナルトルーパーも同じだった。入力されたコマンドに対し、機体
OSが最適なモーションパターンを実行する「タクティカル・サイバネティクス・オペレーティング・シス
テム(TC-OS)」が装備されているとはいえ、これを動作させるにも、最初に人間が動作をしなければ
ならない。タイムラグこそが、機械と人間の間を阻むものでもある。

 だが――タイムラグは訓練によって縮小できる。カイの反応はほぼダイレクトにゲシュペンストへと伝播
する。

 と、ん――。

 直立したゲシュペンストの足元がわずかに震える。培われた戦闘経験と勘が恐ろしいまでの静粛性を誇る
"餓鬼"の足音を捉えた。
 そのわずかな振動を――カイは見逃さなかった。衝撃緩和機構に吸収されない振動がコクピットに伝わる。
すばやくコントロールスティックを傾けた。

 柔道で云うところの前回り回転受身。上半身をなげだす格好で、ゲシュペンストは前方に逃れた。一瞬遅
く、ゲシュペンストの頭部から生えるアンテナを"餓鬼"の二の腕ブレードが切り裂く。カイはひっくり返る
コクピットのなかでも冷静に、ゲシュペンストの体勢を立て直して反撃に転じる。
 火器のない状態でもゲシュペンストは戦える。四肢を駆使し"餓鬼"に蹴りを見舞う――が、"餓鬼"の回避
はカイの予想を超えて速い。ゲシュペンストの右足は完全に空を切った。

「流石に速いな。こちらのモーションセレクトの出掛かりを覚えているのか」

 再びカイはゲシュペンストを"餓鬼"に向かわせる。
 "餓鬼"の反応は早いが率直だった。ブレードを振りかざして振り下ろすだけの、フェイントもなにもない
一撃をゲシュペンストは軽くいなしは、腹部に拳をたたきつける。
 一瞬だが"餓鬼"がひるんだ。

「脳直のインターフェイスなら反応も裏目に出るか――君が悪いわけではないのだろうが俺も軍人だからな」

 右ひじを"餓鬼"にたたきつけ、カイは一度間合いをあける。"餓鬼"は余裕をなくした動きでゲシュペンス
トに追いすがる――。

「モーションセレクトマニュアルへ。トリガー用設定……ディレイ有り……。パーソナルトルーパーは伊達
に人の形をしているわけではない!」

 ゲシュペンストは地に足をつけ"餓鬼"に拳を向けた。

「その有用性と可能性を教えてやる!!」

 迫る“餓鬼”の胴体をにらみつけゲシュペンストは――。


――チンク


「終わったな」

 ヒトガタ実験体『ウェンディゴ』の動作を見てチンクがつぶやく。
 パワーも質量も、ウェンディゴはゲシュペンストを凌駕している。にもかかわらず、ウェンディゴはたっ
た一機のゲシュペンストを戦闘不能に追い込むばかりか逆に劣勢に立たされていた。

(PTや特機のメッカ……第187管理外世界で作られた機体だ。性能自体は悪くないはずだが……やはり
パイロットが問題か)

 ウェンディゴは第187管理外世界で進められているプロジェクトの、準特機型機体の試作機であり、ウ
ェンディゴを開発したのはパイロットの母親なのだと、チンクは聞いている。

(脳と機体を直接つなぎ、パイロットの反応を機体の反応とする特殊な技術……。だが、あれでは宝の持ち
腐れだ)

 ウェンディゴのパイロットはどうやら新兵どうぜんだったらしい。同じ新兵や『普通』のPTのりならと
もかく、歴戦に歴戦をかさねたベテランにはかなわない。
 緑色のゲシュペンストとウェンディゴの間には、準特機の持つアドバンテージ以上の実力差が二機の間に
発生している。
 恐怖か興奮か、ろくに訓練も受けていない子供に冷静な判断などできようはずがなく、ウェンディゴはゲ
シュペンストを本能のままに追っているだけだった。

(それにしても見事な機動だ。フェイントとブラフを駆使しすばやく回避行動を行い、防御が有効とおもわ
れる攻撃はなるべく内臓機関に影響が起こりにくい部位で防御している……ひさしぶりだな。ここまで胸が
高ぶるとは……)

 チンクは無意識に口角を吊り上げて――笑う。そして彼女らしくないことに興奮が口を出てしまっていた。
いずれ戦うことになるかもしれない男との戦闘に、チンクは心を奮わせる。いつのまにか乾いた唇を、隻眼
の少女はぺろりと舐めた。

「チンクおねえさま……うれしそうですの……」

 ペルゼイン・リヒカイトに抱かれる、アルフィミィのささやくような精神通話がチンクの頭に響いた。
 チンクとアルフィミィがいる場所もいつ戦場になるかわからないのだが、アルフィミィの口調には緊張も
なにもない。

「ああ。強者をみると胸が切なくなる。なぜだろうな――」
「……わたしと……おなじですの」
「む。アルフィミィもか」
「はい……あの人のことを考えると……胸が切なくなる……」
「……」

 余人には計り知れないアルフィミィの精神構造だったが、アルフィミィの切なさと自分の感じる切なさは
どこか違うと理解した。
 どこがどう違うのかは理解できなかったが――。

(人恋しさ――という意味での合致だろうか? どちらにしろ戦場で考えることではない、か)

 その戦場では決着がつこうとしていた。
 一度背後に退いたゲシュペンストに、ウェンディゴはすぐさま追いすがる。
 無謀な突進をしてしまったウェンディゴの腕をつかみ上げ、発生したベクトルを微妙にそらし、実験体の
体勢を崩す。死に体になったウェンディゴの足を、ゲシュペンストの足で払いのける。
 PT式の一本背負い。
 ウェンディゴの巨体が冗談のように宙を舞い地面にたたきつけられた。そしてその衝撃は搭乗者にも伝わ
り、パイロットは己の苦痛を機体へ反映させる。

 痛みに手足を痙攣させるウェンディゴに、ゲシュペンストは左腕のジェットマグナムを叩きつけた。
 ゲシュペンストはウェンディゴが突進で生み出した加速のベクトルを利用し、質量も、出力も上を行くウ
ェンディゴを地面にたたきつけた。退くように見せたのはゲシュペンストのオペレータが仕掛けたトラップ
だった。
 ジェットマグナムによって生み出された電流が"餓鬼"の腹で爆発し、ウェンディゴの動体反応は沈黙した。

「――ここまでですのね」

 チンクの背後でアルフィミィの『肉声』。チンクが振り向くとペルゼイン・リヒカイトが手品のような手
つきで手のひらを翻していた。
 ペルゼインの手のひらにある物をみてチンクは隻眼を見開いた。
 右の手のひらには赤い宝石。左の手のひらには金の宝石。そして宙に浮かぶ一冊の本。
 宝石には見覚えがある。宝石はデバイスの待機状態。

 いつか戦を構えなければならない相手のもの。浮かぶ本に見覚えはないもの、ある程度の想像はついた。

 この時この場所にあってはならないデバイス。あるはずのないデバイス。頭に思い描く魔導師たちと、目
の前にあるデバイスは一心同体であるはずなのに。

「アルフィミィ……おまえは」

 アルフィミィはチンクのつぶやきには応えずに、ペルゼインの指先で、ぐい、とデバイスを握った。

 すると、
 赤い宝石からは淡い桜色の魔力光がもれだし、
 金の宝石からは濃い金色の魔力光がもれだし、
 魔導書からは目の覚めるような白い魔力光がもれだし、

「おまえは……なにをしようとしている……?」
「実験ですの」
「実験……」
「博士と、似て非なる可能性を探る……。その実験ですの」

 いつのまにか、チンクがいるビルの周りに四体の異形が現れていた。音もさせず、影からにじみ出るよう
に。
 骨格と皮膚で構成されているアインストクノッヘン。
 甲冑と植物に似た筋肉で体を構成するアインストグリート。
 ATX計画で作られた『古い鉄』を模したアインストアイゼン。
 実体のない体に騎士甲冑をまとわりつかせたアインストゲミュート。

(ボーンに、グラス、アイゼンに、アーマー……。管理局が確認しているアインスト……だが)

 チンクはもはや見慣れた四種のアインストを見上げる。どのあたりがアルフィミィの言う実験なのか見出
すためだが、いまのところアインストたちに特に変わった様子はなかった。

「リリカル……マジカル…………」

<<Yes my master>>
<<Yes sir>>
<<Anfang>>

 アルフィミィはチンクが見上げるすぐそばで呪文をつむぎだした。
 歌うような、さえずるような。呪うような、祝福するような。そんな歌にペルゼインのまわりに浮かぶデ
バイス達は反応をはじめる。
 魔導書から二つのデバイスが飛び出し、二体のアインストアイゼンとアインストゲミュートがそれを受け
取る。

 赤い宝石が宙をながれて跳び、アインストグリートがそれを受け取る。

 金の宝石が大気を切って翔び、アインストクノッヘンがそれを受け取る。

「さあ……選手交代ですの」

 デバイスを受け取ったアインストそれぞれの形態が姿形をゆるゆると変えていった。

「これは――高町なのは?」

 チンクは変形を完了させたアインストを見てつぶやいた。

「正解……ですの。チンク姉さま」
「……」

 老人のようなしわがれた声を残しながら、変異体アインストは体を宙に浮かべ廃棄区画へと飛んでいった。

「すたぁぁぁぁずぅわん……れぇいぃんぐはぁと・えくせりヲんと、たぁかまちぃなのはぁぁ……!

「らぁぁぁいとにんぐぅわんぅ……ばるでいぃっしゅあさぁるとと・あさぁヴとぅと、ふぇいとてぅたろっ
さはらおぅん……!」

「……」

 チンクは無言で四体のアインストを見送り……微妙な表情でペルゼインを振り返った。
 そのペルゼインが小首をかしげた。

「やっちゃった……ですの?」
「いや、わたしに聞かれても……」


――オーリス・ゲイズ


 故人曰く、水のやりすぎは花に毒。
 詩人曰く、取り乱す親は子の目に毒。

 されど旅人曰く、親の愛はクラナガンの地平よりも遠く、クラナガンの空よりも高く、クラナガンの海よ
りも深い。

 黒いPSP――パワード・シンクロ・プロテクタをまとったオーリス・ゲイズは、背に負った対人用『シ
シオウブレード』を引き抜くことなく、ドナ・ギャラガーを制圧することに成功した。

 科学者であって戦闘員ではないドナの制圧はあっけなく終わった。そもそもドナには抵抗する様子さえ見
られなかった。息子が乗っている特機がゲシュペンストのジェットマグナムを受けて沈黙、爆発したからだ。

 ドナ・ギャラガーはその場で泣き崩れ、背後に立ったオーリスに気がつく様子もない。
 がたがたと震え、涙と嗚咽をまきちらし、ごめんなさい、ごめんなさいとつぶやき続けるドナにオーリス
はかける言葉を失っている。
 ドナの右手には自動拳銃。いまオーリスにできることは、ドナがドナ自身の手で、自らの頭を撃ちぬかな
いよう見張っているだけだった。

 爆発した特機が、炎を撒き散らしている。
 カイ・キタムラが搭乗するゲシュペンストがゆっくりと炎の中をこちらに進んできた。
 右腕にはなにかのカプセルが乗せられていた。

「あれは……」

 ゲシュペンストはマニュピレータを開き、握っていたカプセルをオーリスとドナの前に置いた。

「軍人だからな……無駄な人死には出せんよ……」

 ドナはカプセルに入ったままになっている自分の息子の姿を見て、小さく、カイ・キタムラに感謝を述べ
た。
 カイ・キタムラも軍人である前に人間だった。同じ年頃の子供をもつ、父親として感じ入ることがあった
のだろう。一瞬だけ、注意がそれてしまった。

「!」

 無防備なゲシュペンストの背後に桜色の光が見えた。夜空の陰影に、はっきりとミッド式魔法陣が浮かび
上がっている。

「カイ少佐! 砲撃が!」

 オーリスは足を踏み出しながら叫んだ。手は無意識のうちに背負った『シシオウブレード』に向かってい
た。

「必滅斬断! シシオウブレェェェドッ!」

 八双のかまえからの唐竹割りが、鮮烈な銀光をえがきドナの息子が入ったカプセルを斬断する。カプセル
の呪縛から解き放たれたドナの息子を抱き上げ、呆然としているドナを一瞬で背負う。テスラライヒ研究所
で製作されたもうひとつの『ゲシュペンスト』は、彼女の筋力をアシストし軽々と二人を抱き上げた――。


 クラナガンの長い夜はいまだに終わりを迎えない。

 ふと、オーリスは幼いころレジアスからしつこく言われた言葉を思い出した。


『親は親でも、子は子たれ』



――カイ・キタムラ




 センサーが砲撃の反応――巨大な魔力反応を捕らえたのと、屋上の保安員の忠告はほぼ同時だった。ゲシ
ュペンストを反応にむかって振り向かせる。回避は考えない。ゲシュペンストが避ければ背後のドナと息子
に直撃する。
 両腕を胸の前で構えた。

(この魔力光の色は――!)

 恐ろしく見覚えのある色。魔法陣で収縮された砲撃が、夜空を切り裂きながらゲシュペンストに迫った。
 光の奔流がゲシュペンストの両腕に突き刺さる。コクピットが激しく揺れ、桜色の光が装甲を貫きフレー
ムを軋ませる。光の先端は両腕を串刺しにした後、胸部の装甲で止まった。
 魔力に押され、ゲシュペンストが一歩下がった。
 損傷をあらわすモニターが各部の状況を伝える。虎の子のジェットマグナムは使用付加。二の腕から先に
はまったく反応がなかった。ダメージコントロールが働いているにもかかわらず、両腕のレッドランプは光
っぱなしだった。
 カイはコクピットで唸った。腕から火花が散っているのが見える。OSが腕への動力供給を止める。

「く……拳が砕けたか……」

 損傷は軽くない。だが――背後にいるはずの保安員とドナ、ドナの息子の入っているカプセルは見当たら
なかった。

「うまく退避させられたか……だが、なんだ、あれは」

 ゲシュペンストが捕らえている砲撃の主に、カイは目を細める。

「アインスト……か? だが、形が違うぞ」

 クラナガン周辺に出現し始めた『アインスト』という正体不明の勢力のものと、砲撃の主は酷似していた。
遠距離支援に特化するとおもわれるアインスト"グラス"とモニターに映る"グラス"に良く似た個体。
 "グラス"と違うのは、そのアインストが『杖』を持っていることと、配色が違うこと、あとはスケールが
"グラス"の半分ほど――十メートルほどになっていることだった。
 そして全体的に白い。腕と体をつなぐ緑色のツタと各部の甲冑の色が白い。桜色のテンプレートが怪しく
輝いていた。

「白いバリアジャケットに……あの杖は……なのは空尉……か?」

 物真似にしては冗談が過ぎている。あえて言うならば仮装の領域か。
 だが、見れば見るほど――本人からすれば失礼極まりない話かもしれないが――アインストの持つ杖は彼
女の愛杖『レイジングハート・エクセリオン』に酷似している上に、魔力の色といい、バリアジャケットの
配色といい、高町なのはを連想する要素にはことかかない。

「それにしても悪趣味な。むっ――!」

 ゲシュペンストの上空から金の糸のような雷がたたき落ちてきた。高圧電流が頭部に直撃し計器類の表示
を破壊する。モニターが過剰な電流によっては解され画面の一部を真っ白に染める。

(ぬかった――!)

 カイは唇をかみしめながらゲシュペンストを行動させる。暗闇にまざるように何かがいる。金と黒の装飾
を持つアインスト"ボーン"。手には、これもカイが見知ったデバイスがあった。閃光の戦斧『バルディッシ
ュ・アサルト』。推進剤を噴出し、効果範囲から離れ――。

「!」

 着地の瞬間を狙い済ましたように二つの機影がゲシュペンストを挟撃する。両腕を破損し、無防備になっ
たゲシュペンストに巨大な鎚と鋭い銀の剣がおそい掛かる。
 ゲシュペンストの胴体をのけぞらせる、などという芸当ができたのは奇跡に近かった。胸部のすぐ手前で
鎚と剣が振り切られる。ゲシュペンストの装甲などフレームごともっていかれそうな勢いだった。
 地面へ伏したゲシュペンストをアインストが睥睨する。

「『グラーフアイゼン』、『レヴァンティン』――か」

 デバイスを握るアインストはまるで服のように柔らかな装甲を纏っていた。それぞれ紫と赤の装甲。スケ
ールはそれぞれ違うが、データにある特機級のアインスト"アーマー"とアルトアイゼンに類似したアインス
ト"アイゼン"が元のようだ。

「悪趣味に過ぎるぞ――アインスト」

 コクピットで苦笑する。呼称はどうするか。カイは絶命の境地にありながらそんなことを思う。アインス
トなのは、という呼称はさすがに本人が苦い顔をするだろう。甲高いアラーム音。

「ぬ……。ジェットノズルに破損とは!?」

 二体のアインストが鎚と剣を再び振り上げる。両腕の操作も利かないゲシュペンストでは防ぎようがない。
 身を起こす前に、巨大化したグラーフアイゼンが叩きつけられる。

「ぐは――!?」

 ショックアブソーバが消せない衝撃がコクピットに突き抜ける。パイロットスーツを着ていないのが仇に
なり、衝撃で意識が遠のいた。
 カイ・キタムラは朦朧とした意識でもコントロールスティックを手放さなかった。
 レヴァンティンを握った"アーマー"は、剣をかざした。二つの月の光を受けて刀身が鋭く輝く。月光を研
いで澄ましたような刃がゲシュペンストの脳天に振りおろされた――。


 そのときだった。大音量の通信がカイの意識を揺さぶったのは。



「ターゲット"アーマー"! クラナガンの闇を切り裂けぃ! 改式ッ! オメガッ・レイザァァァ!」



 野太く、芯の通った通信がコクピット内に響き渡り、熊の方向にも似た声はカイの脳を直接ぶん殴る。ゲ
シュペンストのすぐ傍を白い光が駆け抜け、"レヴァンティン"と"グラーフアイゼン"に直撃。光線の熱量に
おされるように二体が後退し、カイはその隙にゲシュペンストを立ち上がらせ、光線が走った方向にカメラ
を向けた。

「グルンガスト弐式……?」

 いつそこに現れたのか、五十メートルを越す特機がゲシュペンストの五百メートルさきに姿をさらしてい
た。“餓鬼”とはまったく違ったシルエット。人間の姿を模しているが、人間のものではありえない突起が
多く、全体的な印象はとげとげしい。黒をメインとした装甲色に赤のラインが走っている。カイがL5戦役
中にみたどのグルンガストにも似て非なるものだった。レーザーを放った両目がぎらりと輝く。

「ふっ――特機を一機しとめたあとに四機のアインストか。さすがに荷が重いようだな、カイ少佐」
「は――?」

 カイは自分の置かれた状況を一瞬だけ見失った。
 部下の人間が見れば別人だと思うほど――カイ・キタムラは呆けた。

「その声は――まさかレジアス中将!?」
「うむ。大事ないか、カイ少佐」
「なぜあなたがグルンガストに!」
「あとにしておこう。この機体――グルンガスト改式は本来ここにあらざるべきものであり、俺はここにい
てはならんものだ」

 レジアスはカイの疑問に答えず、グルンガストの右腕を掲げた。

「先ずはアインスト……これはクラナガンの鉄拳と知れぃ……」

 上空にいた"グラーフアイゼン"がグルンガストに向かって翔んだ。
 グルンガストは右腕を一度腰のあたりに引き戻し腰を回す。両眼は"グラーフアイゼン"をしっかりと捕ら
えていた。

「mkⅢもどきが! 砕け散るがいい……! ブーストナッコゥッ!」

 パイロットの叫び声とともに右腕がひじの辺りから外れ、鋼鉄製の巨大な拳が夜を押しのけて飛翔する。
「!?!?」

 張り手の形で固定されたグルンガストの腕が"バルディッシュ"にたたきつけられる。質量に押されるまま、
"バルディッシュ"ははじかれる。背のブースターで巨体を浮かべて跳び、戻ってきたブーストナックルを再
び腕に戻した。
 着地したグルンガストは、ゲシュペンストに背を預けるようにしてアインストと対峙した。

「ゲシュペンストの様子は」
「――補助制御に切り替えました。これでしばらくは使えるはずですが……」

 ゲシュペンストの制御系統を切り替え、レッドランプがともりっぱなしだった両腕がある程度動作をでき
るようになる。

「しかし、なんなのだあれは。機動六課の面々によく似とるが……」

 "餓鬼"が発生させていたジャマーが晴れ、レジアスの画像つきの通信が働いた。映し出された姿に、カイ
がため息をつく。

「レジアス中将……さすがにパイロットスーツを着たほうがよろしいのでは?」
「そのスーツ姿では人のことは言えぬだろうに……時間がなかったのだ。仕方ないだろう」
「こちらも同じ理由ではありますが……」

 カイはスーツそのままでゲシュペンストを駆り、レジアスもまた管理局制服のままでグルンガストに搭乗
している。その管理局制服でさえもところどころ乱れており、よほど急いできたのだろうと知れる。

「なに。そんなことなぞささいなこと。ともかくあやつらを退けんことにはゆるりと話もできん」
「ですな……では、"アーマー"と"ボーン"――"レヴァンティン"と"バルディッシュ"をお願いできますでし
ょうか。こちらは"レイジングハート"と"グラーフアイゼン"をいただきます」
「む。その機体損傷で二機受け持つのか? こちらがすべて片付けてもいいが」

 どこか揶揄するようにレジアスが言う。言葉のふしぶしに芯の通った自信がみなぎっていた。
 アインストはグルンガストとゲシュペンストを中心に四方へ散り、それぞれの獲物を手に飛び掛かる。
 "バルディッシュ"がバルディッシュ・アサルトの形を戦鎌へと変化させ、振りかぶった。
 "レイジングハート"がレイジングハート・エクセリオンの先端を鋭く尖らせ、変化させた。
 カイとレジアスは横目でアインストの動きをにらみつけた。

「中将お一人にまかすわけにはいきますまい……それは遠慮いたします。このゲシュペンスト、頑丈さがと
りえですので」
「ふむ……では任せるとしようか」

 "レヴァンティン"がレヴァンティンの刀身に指を這わせ下段に構える。
 "グラーフアイゼン"がグラーフアイゼンの鎚を巨大化させ、振りかぶる。

 ど、ん。とクラナガンの地面を蹴りつけ六機のヒトガタが疾駆を開始した。

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最終更新:2008年01月10日 20:33