※推奨BGMは「Shoting Black」。改式の通称が『ブラック』なので。熊とかいうな。

――レジアス・ゲイズ



 常ひごろから汗にまみれることがおおいレジアス・ゲイズの管理局制服には、新たな汗の染みが生まれて
いる。ミッドチルダ地上本部の事実上のトップとして、自らで向かなければならにことが多すぎるのだ。
 しかし、彼のPT訓練時間はすでに数千を越えている。フレームがむき出しの状態でクラナガンに搬送さ
れてきたグルンガスト改式は、すでにレジアスの半身となっていた。

「オーダー1、レジアス・ゲイズとグルンガスト改式――参るぞ!」

 彼の心音はトロニウム・エンジンの鼓動に、彼の筋肉は金属製の四肢に、そして彼の意思の元、超闘士は
拳と剣を行使する。

「本局の切り札とこんなところでまみえるとはな! アインストにしては面白い趣向だ!」

 主に応えて答えるべく、グルンガスト改式はレジアスの意思に追従し"バルディッシュ"に拳の向く先を決
める。
 戦鎌を振りかぶった"バルディッシュ"に正面から接近しながら、腰部から生み出されたモーメントを拳に
集中させ大岩すら砕く一撃に変える。
 しかし"バルディッシュ"は器用に飛行し、グルンガスト改式の拳を回避した。

「ヴァァルデェィシュゥゥ!」
<<Sonic move>>


 グルンガスト改式が拳を引き戻すよりもはやく"バルディッシュ"は、改式に接近する。オリジナルに勝る
とも劣らない速度で迫る"バルディッシュ"を前にしても、レジアスは動じなかった。
 眼部に備え付けられたオメガ・レーザーで"バルディッシュ"を追い払った。

「それにしても的が」

 "レヴァンティン"が背後から連結刃となったレヴァンティンを伸ばし、改式の脚部を拘束する。

「小さすぎるわっ!」

 コクピットでレジアスが咆哮する。改式の右腕で連結刃を握り締めて引っ張った。体勢を崩した"レヴァ
ンティン"にもう一方の拳をたたきつけた。

「当たり難くってしかたない……」

 十メートルほどしかないアインストに、五十メートルを越す特機の攻撃はどうしても当たりにくくなる。
巨大な機体全体をカバーできるわけでもない。結果、特機グルンガストは大きな隙を、二体のアインストに
さらすことになるが――。

「まあ、当たりさえすればいいのだがな」

 "レヴァンティン"を追おうとした改式の眼前に再び"バルディッシュ"が肉薄。バルディッシュの柄から、
湾曲した魔力刃がはずれて飛翔する。改式は回避できない。魔力人は胸部装甲の装甲と武装を切り裂いた。
胸部超絶熱線砲・ファイナルビームが使用不可となった。
 狙い澄ましたような一撃にレジアスは思わず呻いた。

「くっ! グルンガストのデータを持っているのか? 攻撃がピンポイントすぎる――」

 再びグルンガストの巨体を振り向かせ、"バルディッシュ"にオメガ・レーザーを向ける。
 しかし、さらにその背後を――"レヴァンティン"が狙っていた。カードリッジがロードされると同時に、
連結刃へ炎が巻きつき、空間をのたうちながらグルンガストのスタビライザーウィングを切り裂いた。根元
から断たれたウィングは地面に落ちると、小さなクレーターを作り上げた。
 レジアスはコンビネーションの良さに舌を巻く。

 "レヴァンティン"と"バルディッシュ"はグルンガストの旋回性能や、武装の欠点を的確についてくる。
 グルンガストの拳を手刀に変え、"レヴァンティン"にたたきつける。が、"レヴァンティン"はレヴァンテ
ィンをすばやく引き戻し再び剣に変え、手刀をうけとめてしまった。指先がレヴァンティンの先端に食い込
み、改式の腕の動きを寸時だけ留めた。

 ご、ごう。

 回避しようもないタイミングで、グルンガストの天頂に生まれた暗雲から雷が落ちた。
 グルンガストの頭部に備えつけられたコクピットに"バルディッシュ"の魔法が直撃する。全身を蛇のよう
に這った雷が、グルンガストに膝をつかせた。激しく揺れる――落下するコクピットで、レジアスは唇をか
み締めながら衝撃に耐える。膝を突いただけ、とはいえ頭部に備え付けられたコクピットはかなりの落差で
落ちる。
 内臓がうきあがるような浮遊感を感じつつ、手動でバランサーを制御。膝部の間接機構が体を持ち上げ、
体勢を立て直した。

「ダメージコントロールは正常に作動しているな。オメガ・レーザーがやられたが……。グルンガスト武装
セレクト――モーションアレンジ――グリップ追加――!」

 レジアスは装甲を撃ち続ける雷を無視し、トドメのタイミングを見計らう"レヴァンティン"に向かってブ
ーストナックルを飛ばした。肘と連結している部分から推進剤が爆発する。が、軌道はほぼ直射。滞空して
いた"レヴァンティン"はすぐさま回避行動に移りブーストナックルを軽々といなした。

「それくらい――読めんと思ったか! ダブル・ブゥゥストナッコゥ!」

 時間差をつけてもう片腕のブーストナックルを射出する。一撃目と同じ軌道を描くブーストナックルの多
段攻撃を"レヴァンティン"は、かわせなかった。壁のごとく迫るブーストナックル。"レヴァンティン"は、
その巨大な手のひらに飲み込まれた。

「お前らは必ずどちらかが背後にいるッ!」

 広げられたブーストナックルの指先が"レヴァンティン"に向かって折れ曲がる。グルンガストのモーショ
ンセレクタにアレンジを加え、着弾後に『開いていた指』を『握ら』せる。

 ブーストナックルは"レヴァンティン"を握り締めながらグルンガストに回帰し右肘口にジョイントした。
"レヴァンティン"はもぞもぞとうごめき指の拘束から逃れようとしているが、グルンガストの握力は"レヴ
ァンティン"を決して離さない。

 グルンガストは視線の先をいまだに雷の雨を落とし続ける"バルディッシュ"へ向けた。
 その間に装甲のいくつかが剥がれ落ちむき出しの間接や内臓の一部が損傷する。堅牢な装甲のグルンガス
トだが、魔法は内臓機関にも干渉をはじめている。

 レジアスはすぐさまモーションの設定を変え、グルンガストの右腕を頭の上に掲げ、そのまま振り下ろし
た。腕の加速が最長に達した瞬間に"レヴァンティン"を抑えていた指を開く。

"レヴァンティン"がオーバースローの動作でぶん投げられ、ミッド式のテンプレートに乗った"バルディッ
シュ"は、豪速でふっとんでくる"レヴァンティン"を回避できず、激突。空中で体勢を崩す――。

 その隙を見逃すレジアスではなかった。

「トロニウム・エンジン、フルドライブ――!」

 レジアスとグルンガストが――必殺を告げた。
 米粒のように小さな物質『トロニウム』から生み出されるエネルギーがグルンガストを奮わせる。マウン
トされた凶星剣の柄を腰間から引き抜き、刀身を展開した。
 柄から流れる液体金属が重力制御で形状を固定され、片刃の剣を作り出す。




 第187管理外世界で忌み嫌われる凶星の名を宿し、

 必殺を冠するにふさわしき、

 分子一つにまで研ぎ澄まされた、

 極薄最小尖鋭鋭利の切断面を残す、

 最凶必殺の超闘士の剣――。





「超闘士をなめるなよ――改式、ファイナルモード!」

 出現した刃をレジアス――グルンガストは大上段に構え、背部のブースターを点火する。二百八十五トン
の巨体をテスラドライブとロケットブースターの推進によって上空へ撃ち上げた。

――おりしも満月。月の光を背に浴び、改式の黒い影が夜陰に浮かび上がった――!

「活目して見よ! 計都羅喉剣の剣戟バリエーションを!」

 二体のアインストはレジアスの胴間声にすくみあがり――あわてたようにシールドを展開した。
 テスラドライブとロケットブースターを解除されたグルンガストは自由落下を始める。
 アインストは刹那の間だけ、大気を押しのけて落ちる超闘士の姿をそれぞれの瞳に映し――。

「計都羅喉剣ッ! 真っ向! 唐竹割りぃぃぃぃ!」

 二百八十五トンが落下する衝撃を分子一つの厚さしかない刃にこめた必殺剣は、いとも簡単にミッド式と
ベルカ式のシールドを打ち砕き、アインストの体に刃をうずめ、寸時に通り抜けた。

 グルンガストは地面をゆるがして着地する。機体は自由落下で地面に突き刺さりどん、とすさまじい衝撃
をまきちらし、そばの朽ちたビルをいとも簡単に倒壊させた。
 落下の衝撃はコクピットにまで伝わり、レジアスを背中のシートにたたきつけた。常人なら背骨を折りか
ねない衝撃を、レジアスは呼気一つで打ち消けす。力強く、粘り強い筋力が、彼自身のアブソーバとしては
たらく――。

 アインストは上空で静止したままだった。計都羅喉剣が鋭すぎ、切断面が切りはなされたあと、再び癒着
したらしい。

「機動六課、か。いまはまだ路を違えるがいつか『彼女達』と交わる日が来るだろう……。複製の対象はよ
かった。だが、彼女達の一番の強みは理解できなかったな、アインスト。その力の根幹は――人の意思と心
だと知れ」

 グルンガスト改式は計都羅喉剣の刀身を収め、空いた左腕に頭のあたりに掲げた。

「せめて苦しまぬように逝け――グルンガストッ! 斬ッ!」

 グルンガストが左手を握り締めるのと、二体のアインストが縦一文字に裂けるのはほぼ同時だった。



――カイ・キタムラ



 カイ・キタムラは破損した背部バーニア・スラスターの動力供給をやめ、局部の負担を気にしつつも、ゲ
シュペンストの足でアインストに接近をはじめる。ある程度頑丈なビルの上を飛び回り、上下左右の三次元
機動で"レイジングハート"の操作魔力弾を避ける。スケールを考えれば異様とも取れる回避率。

(さすがに、アインスト"ヴィータ"やアインスト"なのは"では語呂が悪い――。というか本人達が苦い顔を
するか)

 ビルを蹴りあげ細かくゲシュペンストを機動、投網のように広がる誘導弾を見切る。その魔力弾は背部の
ウィングと肩のアーマーを撃ち抜いたが、カイはかまわず距離を詰めた。

"レイジングハート"の魔力弾の嵐を、腰をかがめてくぐりぬけ、"グラーフアイゼン"のギガントシュラーク
をのけぞって避ける。そのたびに間接が嫌な音をならして磨耗するが、どうせ長時間の稼動はできないとあ
きらめる。それよりも心配なのは、機体がカイの考えている戦術に耐えられるかどうか、だった。

「こいつ向きの技ではない――だが、こちらにも意地がある! やらせてもらうぞ!」

 カイは一瞬だけゲシュペンストの動きを止め間接のロッキングをはずし、予備行動をはじめる。

 左正拳、右下段正拳、左下段正拳、息吹、八双。

 リミッターをはずされた各関節に熱が発生し、ゲシュペンストのまわりに湯気を生み出した。同時に過剰
供給されたエネルギーも機体の外側に飛び出していく――。
 ゆらゆらと揺れる、プラズマ化した大気をまといながらゲシュペンストは再び機動をはじめた。

「ゲシュペンストのリミッター解除……こちらもただではすまんが、だがそのかわりにお前達の最大の弱点
を教えてやる。どんなに魔力量に恵まれていようが、どれだけ性能の良い魔法を持っていようが、己の意思
が反映されない力になんの意味もないということが、お前達の最大の弱みだ!」

 "グラーフアイゼン"が肩の装甲を開き、自身の周囲に鉄球を浮かべグラーフアイゼンでたたきつけた。赤
い魔力光が帯をひきながら、ゲシュペンストに迫った。

「呼吸やコンビネーションのパターンが一定ならば――!」

 予備動作がない回避行動。ゲシュペンストの足を左に伸ばし、重心を移す。ただそれだけの行動でも、ゲ
シュペンスト一機分が横にズレたことになる。"グラーフアイゼン"の魔力弾は地面に突き刺さり、小さなク
レーターを刻みつける。

 カイは左右にそびえるビルにゲシュペンストを走らせる。壁に脚部をたたきつけ、その反動で再び飛び上
がる。対面のビル郡の壁面を順に蹴りつけ、さらに加速、加速、加速。ビルの窓枠にはまったガラスひとつ
ひとつを叩き割りながら、アインストが展開する区画に向かう。

 連続三角蹴り機動の前に、"レイジングハート"の魔力弾はゲシュペンストをかすりもしなかった。戦闘機
のように機体をロールさせるゲシュペンストの乱数回避に、"レイジングハート"の魔力操作技術が追いつい
ていないのだ。

 発熱とプラズマをまとい、幽霊のようにビルの間を飛び回るゲシュペンスト。
 三百六十度の回転を二度。カイは嘔吐をこらえ、遠くなる意識をつなぎとめ、まだ足を止めている"レイ
ジングハート"をにらみつけた。

「やはり複製! 高町空尉ならば、この時点で次の手を――ACSくらいかましてくるぞ!!」

 どれだけ、彼女達が使っていた戦術や武装を手に入れようと、それを有機的に運用できなければ、宝の持
ち腐れでしかない。一番有効だと思われる戦術とはすでに手垢のついた定石の手でしかない。"レイジング
ハート"は高町なのはがつかった対PT戦術の、定石となっているものしか使っていないし、"グラーフアイ
ゼン"も、本来の持ち主であるヴィータのような思い切りの良さがない。
 量産型ヴァルシオンやガーリオン"無明"を問答無用で葬ったヴィータとグラーフアイゼンの面影も、
 三年前の模擬戦でゲシュペンストmkⅠの四肢を吹き飛ばした高町なのはとレイジングハートの力強さも、
カイは感じなかった。

 カイは"グラーフアイゼン"と"レイジングハート"を同時に補足したゲシュペンストで二機に突っ込んだ。

「!?!?」

 "レイジングハート"がやっとシールドを展開し、"グラーフアイゼン"はギガントシュラークを、まっすぐ
に突っ込んでくるゲシュペンストに振るった。
 だが何もかもが遅すぎた。ゲシュペンストはリミッターをはずした直後から、すでに攻撃の動作を始めて
いたのだ。

「この技は、叫ぶのがお約束でな――!」

 構造上、パーソナルトルーパーの脚部は、腕部よりもかなり頑丈にできている。人間の足とおなじく、自
重を支えるための構造が出来上がっているのだ。その足先を鋭くまとめ、ゲシュペンストの胴体の芯と足を
延長線に置き、足先から胴体が一本の矢になるように四肢を固める。

「ぬおおおおおおおお!」

 カイの咆哮と同時に、ゲシュペンストの足先がギガントシュラークの面に突き刺さった。
 十分に加速の乗ったゲシュペンストの勢いを、"グラーフアイゼン"はとめられない。ギガントシュラーク
を押しかえし、ゲシュペンストはグラーフアイゼンを蹴り飛ばす。"グラーフアイゼン"はグラーフアイゼン
を手放さず、吹き飛ばされるグラーフアイゼンに引っ張られるように、上半身を千切られた。

 "グラーフアイゼン"を蹴り抜き、一度地面降り立ったゲシュペンストは、勢いを殺さずに"レイジングハ
ート"に跳ぶ。

「究極! ゲシュペンストキック!」

 鋼鉄の体を持った亡霊は、容赦なく、シールドを張った"レイジングハート"に全力全開の跳び蹴りを見舞
った。シールドは薄紙のごとく、簡単にやぶれさり、その身をゲシュペンストにさらした。

 自身を守るすべはもうどこにもなく。"レイジングハート"は怒涛のようなに突き刺さるゲシュペンストに
体を散り散りにされた――。

 ゲシュペンストは勢いそのままに地面に着地し、がらがらと粉塵を巻き上げながら、立ち止まる。

 アインストが爆発する。その爆風を背で受けながら、ゲシュペンストは手刀を切り、残心をとった。

「整備員泣かせ――とはよく言ったものだ。やはり無理があったか」

 カイはコクピットでため息を吐いた。ゲシュペンストのフレームはゆがみ、装甲と干渉して嫌な音を立て
ている上、各部からは火花が散っていた。
 復活した通信機構が、クラナガンの被害状況を伝えはじめる。

「こちらチャーリー1。こちらに使えるPTをまわしてくれ。すこし無茶をやりすぎた」

 テロの首謀者は逮捕され、鎮圧されているらしいが、アインストが出ている以上油断はできなかった。
 カイはゲシュペンストの頭部センサーで文字通り周囲に目を配りながら、ふと――グルンガストの機影が
どこにもないことに気がついた。



――チンク


「あんなものがあったとはな……」

 チンクはこの作戦一番の功績を確認しながら、ペルゼイン・リヒカイトの手のひらでクラナガンから遠ざ
かっていた。グルンガスト級の機体があるとないのでは、作戦の立て方が違ってくる。これだけの被害がで
れば、公開意見陳述会も少々先延ばしになるはずだ。

「しかし、いいのかアルフィミィ。デバイスを回収しなくても――」
「惜しいですけれども、チンク姉さま一人では、全部のデバイスの回収は無理ですし、ペルゼでは大きすぎ
て目だってしまいます――伯爵と魔剣はバックアップが利きますし――それに」
「それに?」
「……ちょっと、興味がわきましたの。戦闘データや行動を完全に複製したのに、なぜ彼女たちが高町なの
はや、フェイト・T・ハラオウンになれなかったのか」
「……」

 少々、支離滅裂なアルフィミィの言葉に、チンクはすこし戸惑う。顔の表情がわからない音声通信ではア
ルフィミィの感情を読み取ることはできなかった。

 アルフィミィはその後、何も言わずにペルゼインに飛翔を続けさせ、チンクはただただ、もの言わぬペル
ゼインの横顔を眺め続けただけだった。


――???



「やはり……レジアスはその路を選ぶか。われわれが命を掛けて封印した質量兵器を、再び管理世界に持ち
込むばかりか――伝播させるとは」

「だが奴は力を得た。われわれの力を退けるほどに。いまやミッド地上はレジアスが抑えたといっても過言
ではあるまい」

「外科的排除の決定は覆らんな。このままヤツに任せるとしよう。そしてまた、あらたな人材を引き出し、
再び我らの力で世界に秩序をもたらそう。質量兵器なぞなくとも、異星人を退けられる戦闘機人の作成を―
―」


「「「世界に安寧をもたらすために」」」」



――カイ・キタムラ



 ドナ・ギャラガーの行方は半日たってもわからなかった。
 現場をクラナガンの防衛隊に任せたカイは、目の下に隈を浮かべながらトレーニングルームに足を運んで
いた。コクピットで踏ん張った影響で、四肢が筋肉痛だった。

「む……う……若いころならこれしきでは……」

 いやおうなく加算されていく『年齢』に顔をしかめ、若いころのようにはいかない体を引きずりながらも、
カイはレジアスと話をするために、トレーニングルームに向かっている。本来なら幾枚もの報告書に忙殺さ
れる時間だが、どうしても聞きたいことがあったのだ。

 トレーニングルームをあけると、そこにはやはり、レジアスとオーリスがいた。
 前と同じくランニング一枚という軽装だが、その腕には幾枚もの冷感湿布が貼り付けられ、オーリスが甲
斐甲斐しく、新しい湿布をレジアスの背に貼り付けていた。

「やはり来たか、カイ少佐。互いに歳はとりたくないものだな」

 カイの様子を見たレジアスが自嘲的に笑う。

「そうですな……ですが。我々が歳をとらなければ、それでは子供が育ちますまい」
「ぬ……そういえばそうか。だが、お互いに一人娘だろう? いっそ歳なぞとってほしくないとは思わんか
? 本音として」
「同意はできますが……。どこの世界でも父親の立場というものは、さびしいものなのかもしれませんな」
「とりあえず、立ち話もアレだ。少々案内したいところがある。ついて来てくれ」
「クラナガンのような都市にはつきものの――地下秘密格納庫だ」



「まさか、トレーニングルームのリングがエレベーターになっているとは……」
「出入り口はもちろんここだけではありませんが、エレベーターの格好をした秘密エレベーターなど、見つ
けてくれと言っているものだからな」

 意地の悪い顔をして語るレジアスに、たしかに意表をつかれたカイは何も言い返せない。リングに乗れ、
と言われたときには、この状況で決着をつけるつもりなのかと肝を冷やした。三人の乗ったリングはそのま
ま地面に埋まり、もうすでに一分ほど下降をしている。乗り心地はエレベーターというよりも、リフトのも
のに近かった。

「ああ……そうだ。ドナ・ギャラガーはこちらが保護している。少佐に例を言っていたぞ?」
「彼女が・そうですか。これから彼女達は?」
「おそらく本局に移送して、そちらの世界の裁判を受けることになるだろう。だが、あくまで保護しておる
のは我々だ」
「我々?」

レジアスの言葉に微妙な不思議なニュアンスを感じ、カイは眉をひそめた。

「そう、我々……"トワイライト・オーダー"がな」

 ちん。
 色気のない動作音とともに、目の前のトビラが開いた。

 が、こぉおん。

 広い格納庫特有の、作業音が聞こえた。

 かなり巨大な格納庫だった。エレベーターの位置が、格納庫全体を見渡せる位置にあったので、全景が良
く見え中心に戦艦――黒い次元航行艦が一隻あるのが分かる。グルンガスト改式は、次元航行間のすぐ傍に
正座の形で専用ハンガーに収まっていた。
 いくつかの左右にPTハンガーがならぶ通路を歩き、生身ではグルンガストなど山のようにしか見えない。
 次元航行艦の傍に備え付けられたベンチとテーブルに座った。オーリスがどこからか急須と茶碗と―――
―――砂糖とミルクを持ってきた。

(こ、こちらの食習慣には慣れたつもりだが――ここでもこれがでるのか!?)

 第187管理外世界では『抹茶レイプ』とかなんとか言われる、トルコが発祥ではないトルコライスや、
本場と銘打たれたインドのビーフカレーを彷彿させる食習慣に、カイはおもわず頬を引きつらせた。

「さて……本題に入るとしよう。少佐にも仕事があるからな。わしは影武者がいるが」
「か、影武者ですか?」
「うむ。わしの昔の協力者の命を狙っておったんじゃが、説得に応じてくれたので能力を生かして影武者を
やってもらっておる」
「豪気というかなんというか……それはそうと……ここはいったい?」
「ここか。ここは――クラナガンの影の部分を受け持つ場所だ。もともとは細々と面々と、クラナガンに続
いていた組織だったのだがな。俺が中将になったおりに補正費としての予算を立てた。ただし、このほとん
どがEOTI機関からの貸与だったりするのだが」
「……」
「そちらの世界のクロガネ隊……みたいなものだと思ってもらいたい。火消しの集団だ」
「なるほど。遊撃部隊というわけですか」
「うむ。非公式だがな。設立理念自体は『機動六課』と同じだ。ふたたび迫るだろう、あらゆる脅威に対抗
するための機関でもある。そしてあれが――ここの切り札だ」

 レジアスは立ち上がると、次元航行間を指差した。

「V級次元航行艦最終生産機をベースとし、動力機関を新装した艦だ。大気圏内ならば無双の機動力を誇る。
名称はアステンテ。もっとも、本局の連中は阿修羅と掛けて"ラセツ"と呼んでいる」
「"ラセツ"……」
「動力機関がいわくつき、かつ、特殊でな。かつて暴走事故を起こした動力炉を流用しとる」
「……ブラックホール・エンジンですか?」
「いや、大型の相転移魔力炉とでもいうべき代物だ。ワンオフの試作型だがスペック上の出力は現行の次元
航行艦よりも上だ。PTの搭載能力も向上させている。すでに実戦も経験済みだ。艦長ともそのうちあって
もらおう――カイ少佐。あの機体――グルンガスト改式と"ラセツ"は、ここにあるだけで管理局の威信を危
うくするもの。どう考える」
「それが中将の手にあるうちは、安全でしょう」
「……」
「中将ならば、その力を正しくつかうことができる気がいたします。たとえそれが、この世界で許されぬこ
とであっても。責任はおとりになるつもりなのでしょう?」
「……ああ。この後の騒乱を収めた後、決着をつけるつもりだ。わしの進退もふくめ、すべての――な」
「騒乱?」
「……カイ少佐。少々聞いてもらいたい話がある。ミッドを含めた主要地上世界の危機について。それと俺
の過ち――戦闘機人事件についてだ」

 再びレジアスが席に戻り、緑茶の入った茶碗に口をつけた。レジアスの顔がゆがんだ。苦い表情は緑茶の
苦味だけではなかったはずだ。
 深い悔恨と後悔がレジアスの顔に皺となって浮かんでいた。

「そしておそらくは、クラナガンが舞台になる――オペレーションエターナル・ブレイズのために……。わしに力を貸してくれ。異世界の友よ」

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最終更新:2008年01月17日 19:37