無限に広がるこの宇宙の中、ぽつりと輝く蒼い惑星。
 数え切れない程の命を宿した、存在自体が奇跡の塊。
 だけれど、これだけの命を内方するには、この惑星は少し小さ過ぎる。
 溢れ返って“億”を超えた命は、ちっぽけな事ですぐに争う種族だった。
 些細な事でいがみ合い。他者を信じず疑い合い。
 それでも続く生命の連鎖。

 さぁ、この運命に巻き込まれた不幸な生命よ。
 ――小さな惑星(ほし)の、話をしよう――



 ACT.7「開幕・転校生」



 大都会……と言えば見栄を張った様に聞こえるだろうか。
 夜の海鳴市、それも駅周辺の市街地ともなれば、人が多いのは必然。
 仕事から帰路へと着いたばかりの大人。夜の街を楽しむ若者。
 一人一人の胸の中には、一人一人の思いがある。人の数だけ、人生がある。
 そんな何処までも続いてゆく人の流れに身を任せて、男は歩いていた。

「お馬さん……お馬さん……」

 小声で歌を口ずさみながら、ただただ歩き続ける。
 デニム生地の服を好んでコーディネイトしたのであろう、20代半ばの青年であった。
 彼の名前は海堂直也。定住所無し、定職無しの極々一般的なフリーターだ。
 別に何処へ行きたいとか、何をしたいとか、そういう目的は存在しない。
 今生きている事自体が、奇跡。それだけで十分。それだけで幸せなのだ。
 だから海堂は、残されたこの命を有意義に使うと決めた……のだが。
 彼に何か夢があるのかと問われれば、そんなものは無いと答えるしかない。
 ――否。夢が無いと言えば嘘になる。性格には、夢が“あった”のだ。

「カーッ! やっぱアレだな。迂闊に夢なんて持つもんじゃねぇわな」

 海堂は、やるせなさを含んだ声色で呟いた。
 星一つ満足に見えやしない夜空を見上げて、伸びをする。
 若い頃から夢を追いかけ続けた彼は、とある事故で夢を挫折した。
 挫折してしまった夢は呪いの様に、一生彼自身を縛り続ける。
 そしてその呪いは、夢を叶える事でしか解く事は出来ないのだ。
 夢を追いかけ続けて、それ以外を見て居なかった彼に学歴等がある訳も無い。
 残った物は、挫折した夢と、それに費やし、浪費してしまった時間のみ。
 と言っても、今更定職に就くつもりも無いし、それだけのやる気も無い。
 どうせこの命は老い先短いのだから、その日暮らしで十分だった。

『ピロリン♪』
「あん?」

 不意に聞こえたのは、携帯のカメラ音。
 同意の元で取られる写真であれば海堂自身も望む所だ。
 だけれど、同意も無しに取られた写メは、不愉快でしか無い。
 突然自分の顔に向けてシャッターを切った少年を、きっと睨みつけた。
 派手な赤のジャケット。茶髪の短髪。体中に身に纏ったアクセサリ。
 典型的な今時の若者。そんなイメージを抱かせる少年だった。

「何じゃお前はいきなり。俺様ぁ確かに男前だが、知らない少年にまで写メられる覚えはねえぞ!」
「ハハッ、それだよそれ! その間抜け顔! もっと馬鹿そうな顔してよ、ほらほら!」
「なっ、おまっ、お前今間抜けっつったな! 俺様に向かって間抜けっつったな今!」

 これには海堂、カチンと来た。
 穏便な事で有名な海堂直也様も、黙っている訳には行かなくなった。
 これはアレだ。社会の厳しさを知らない今時の少年君に、教えてやらねばならない。
 海堂直也という青年を怒らせたら、とんでもなく恐ろしい事になるのだという事を。
 ――といっても、今の海堂に出来る事などたかが知れているが。

「どうやらイマドキの少年君は知らないようだから言っとくがぁ、俺様ぁアレだ。
 怒らせたらそりゃあもうとんっでもなくヤバい事になっちまう事で有名な――」
「アハハッ、それくらい知ってるよ。あんた、オルフェノクになれるんだろ?」
「……あ?」

 つい先刻までふざけた態度を取っていた海堂が、一瞬にして固まった。
 この少年、ただの不愉快極まりないガキかと思っていたが、そうではないらしい。
 自分に絡んで来たのも、その正体を知っているから。その過去を知っているからだ。
 だからこそ、彼は自分に声を掛けて来たのだろう。

「……何だっつうんだよ、お前。言っとくが、俺ぁ今更人を襲ったりする気はねぇぞ」
「そうなの? つまんないなぁ……それでもオルフェノクなの?」
「うるへー。俺ぁ残った時間を人として生きられりゃあそれだけで満足なんだっつうの」

 オルフェノクの王はもう死んだ。
 人として生きると決めた、誰よりも心根の強い男によって倒されたのだ。
 それが意味するのは、“オルフェノクの未来が閉ざされてしまった”という事。
 性質の悪い病原菌の様に蔓延するオルフェノクが救われる事は、永久になくなったのだ。
 だけれど、海堂はそれで良かったと思っている。それが正しい未来なのだと、確信している。
 オルフェノクになってしまった者は可哀相だが、大人しく死の運命を受け入れるしかないのだ。
 だから海堂も、残り少ないこの命、善良な“人間”として全うすると誓った。
 アイツらが……海堂の仲間達が、命を賭けて守った“人間の未来”を。
 オルフェノクなんかに閉ざされてしまうのが、何よりもたまらなく嫌だったから。
 それが海堂が人として生きる道を選ぶに至った要因の一つでもある。

「まぁいいけどさ。僕はあんたに忠告しに来てあげたんだよ」
「忠告だぁ? 俺ぁ訳の分からんイマドキの少年君に忠告される覚えなんざこれっぽっちもねえぞ」
「そうかな? 忠告される覚えは無くても、誰かに狙われる覚えなら結構あるんじゃない?」
「……んな事知るかっちゅうの! 俺ぁもう何も知らん。知らんったら知らんのだ!」

 それだけ言って、海堂は再び歩き出した。
 もうあんな与太話に付き合うのはうんざりだ。
 確かに海堂には、裏切り者のオルフェノクとしてスマートブレインに狙われた覚えがある。
 だけれども、オルフェノクを支配していた者はもう皆死んだ。村上も木場も、もう死んだのだ。
 結果として、スマートブレイン上層部は総崩れ。上級幹部集団・ラッキークローバーも崩壊。
 オルフェノクを支配する制度は完全に崩れ去り、今ではオルフェノク側の組織力は皆無と言っていい。
 そんな現状で未だに海堂が付け狙われる覚えなど無いし、そんな事は考えたくも無かった。

「オルフェノクの王!」

 不意に。
 歩き出した海堂を引き止める様に、背後の少年が叫んだ。
 何故あの少年がその言葉を知っている。何故よりにもよって自分にその言葉を言った。
 自分があの時、オルフェノクの王が撃破される時、あの場所に居た事を知っているから……?
 この言葉には海堂も反応せざるを得ない。ぴくりと表情を動かして、ゆっくりと振り向いた。
 刹那、携帯のカメラをこちらに向けて、シャッターを切る少年。

「あ、やっぱり反応した! あんたの行動、想像通りで面白いね!」
「ケッ、振り向いて損したわ! 胸糞わりぃなチクショウ!
 とにかくだ、俺ぁもう関係ないの! 下らん話で俺の貴重な時間を裂くなバカモン!」

 不快だ。不快極まりない。
 この少年が何者なのかは知らないが、海堂は今遊ばれている。
 どうせ正体はオルフェノクだとかスマートブレインの関係者だとか、そんな所だろう。
 それならそれでこちらからも関わる気はないから、向こうからも関わって欲しく無かった。
 だけれど、物事はそう海堂の思い通りには行かない様で。

「復活するかもね。オルフェノクの王」
「……何だと? おい、お前今何つっ――」

 振り向くが、そこに既に少年の姿は無かった。
 あるのはただ、流れに沿って歩く人の群れのみ。
 海堂だけが人の流れの中にぽつんと取り残されていた。

「――何だっつうんだよ……」




 ある日の朝の出来事であった。
 朝の日差しが差し込む教室の一角。
 話題は一つの噂で持ちきりとなっていた。

「転校生かぁ……どんな子なんだろうね」
「噂ではその転校生、すっごいお金持ちらしいよ」
「ほら、学校にリムジンが停まってるでしょ」

 アリサとすずかが、立て続けに言った。
 今日から転校生が来る、という話は知っていた。
 それは先生からも聞かされていたし、今更驚く話でも無い。
 だけど、どうやらその転校生は只者ではないようで。
 大富豪だとか。執事付きだとか。凄く大人らしいとか。
 そんな何処から得たのか分からない情報が跋扈していた。
 さて、果たしてその転校生とやらの実態は――

「もう知ってる人もいると思うけど、今日から新しいお友達がこのクラスにやってきます!」

 そう時を待たずして、その瞬間はやって来る。
 すぐに始まった朝のホームルームで、担任の先生がそう言った。
 ざわめく教室。期待に胸躍るクラスメイト達。なのはもまた、その例外では無い。
 どんな人なのかな、とか。友達になれるかな、とか。
 思う事は沢山あった。

「それじゃあ、紹介しますね。入っていいわよー?」

 担任の女教師が、廊下に居るのであろう転校生に声を掛けた。
 向こう側が見えない白濁とした窓ガラスの奥で、影が揺らめいた。
 後になってなのはは思う。もうその時点で気付くべきだったのだと。
 影が、可笑しい事に。何て言うか、サイズが可笑しい事に。
 ガラガラ! と音を立てて、教室のドアが開け放たれた。

「「「―――――ッ!!!」」」

 転校生が、現れた。
 教室の空気が、固まった。
 一同、唖然。圧倒的、唖然。
 次いで、騒然。教室の空気がどよめいた。

「え……あれ本当に小学生!?」
「いやいや、中学生でもあり得ないでしょ!」
「高校生くらいならまだあり得そうな外見だね」
「皆落ち着いて! これは罠よ! きっとあれは新しい先生なのよ!」
「じゃあ誰だよあの後ろのじいさんは! 副担任か何かか!」
「あ! さてはアレじゃね? 転校生は二人いた的な」
「馬鹿なの!? どう考えてもあり得ないよ!?」

 クラスの生徒たちが、一斉に声を荒げた。
 話題の焦点は皆同じ。転校生の外見について、だ。
 まずはその身長。目測だけでも、180を越えている事は分かる。
 次に、その服装。校則を一切無視した、真っ白の学ラン。
 極めつけは、転校生本人ではなく、その付き人だ。
 黒のスーツをきっちりと着込んだ白髪の老人なのだが……。

「……な、何やアレ、ツッコミ待ちか! ツッコミ待ちなんか……!?」
「落ち着いてはやてちゃん! きっと後ろの人は執事さんか何かなんだよ!」
「百歩譲って執事は認めたる。やけど……アレは小学生では明らかに無いやろ!」
「失礼だよ、はやて……!? もしかしたら、凄く身長の高い10歳なのかも……」

 はやての言葉に、フェイトが慌ててツッコミを入れた。
 フェイトとしてもはやてと同意見なのだろうが、やはり直接言いはしない。
 突っ込み所が多すぎて、何処から突っ込めばいいのか分からないのは皆同じだ。
 外見的に明らかに設定に無理がありますよとか。後ろのご老人はどちら様ですかとか。
 その制服は何処で売っていますかとか。ちょっと着て来る制服間違ってないですかとか。
 言いたい事は山ほどある。なのはもはやてもフェイトも、その気持ちは共通しているのだ。
 というか出来る事なら生徒からではなく、先生の口からハッキリその旨を伝えて欲しかった。

「俺の名前は神代剣。神に代わって剣を振るう男……そして、全ての頂点に立つ男だ!」

 反応に困る一同を他所に、転校生が自己紹介を始めた。
 神代剣。神に代わって剣を振るうとは、何と大仰な自己紹介であろうか。
 当然、未だ頭を整理し切れていない生徒一同にまともな対応が取れる訳が無く。
 言われた言葉がそのまま通り抜けて行ったみたいに、一同揃ってポカンとしていた。

「何だ、嬉しくて言葉も無いか! 可愛い奴らだ!」

 黙り込む生徒一同を見て何を思ったのか、剣は得意げにのたまった。
 彼の頭の中には、自分がこの困惑の渦の原因であるという自覚は皆無らしい。
 そんな神代剣に対して、先生は冷静に言った。

「はい、それじゃあ高町さんの隣の席が空いてるから、そこに座ってね」
「えっ……ちょ、私の横ですか!?」
「問題無いですよね、高町さん?」
「え……あの……は、はい」

 にっこり笑顔で微笑む先生に、なのははそれ以上言い返せなかった。
 道理で今朝からなのはの隣の席が空いていると思っていたが、まさかこの複線だったとは。
 隣の席に座ると言う事は、必然的に隣に座る自分が慣れない転校生に色々と教えたりしなければならない。
 別に神代剣を避けている訳ではないのだが、自分で大丈夫なのだろうか、という不安は拭い去れなかった。
 だけれども、ここで此方から歩み寄るという努力を怠ってはならない。
 なのはは笑顔を浮かべ、隣の席に座った剣に話し掛けた。

「えっと、剣君……でいいのかな? 私は高町なのは。よろしくね!」
「ああ、俺は神代剣だ! これから宜しく頼むぞナノハーヌ!」
「なっ……、なのはーぬ!?」


 そんな波乱に満ちたホームルームも終わり、時は流れて昼休み。
 なのは達は授業中から休憩時間まで、色々と剣の世話をしていた。
 こんな事を言っては失礼だが、外見的に剣はどう見ても小学生には見えない。
 それ故に、他の生徒も剣に近寄ろうとはしなかった。というか近寄り難かった。
 当然だ。僅か9歳、10歳の少年少女が、得体の知れない大人に自分から話し掛けに行く訳がない。
 今日と言う一日、剣は結局終始なのは達と時間を過ごす事となったのであった。

「――それでね、剣君。ここの焼きそばパンがすっごく美味しいの!」
「何だナノハーヌ! 君もここのヤキ・ソーバを食べていたのか!」
「うん、最近は割と毎日ね。剣君、もしかしてもう知ってたの……?」
「ああ、その焼きそばパンを売っているのは、俺の親友だからな!」

 屋上へと続く階段を上りながら、他愛ない雑談を続ける。
 話題は自然な流れで最近話題の「焼きそばパン」へとシフト。
 焼きそばパンの話題を始めると同時、剣の足取りが目に見えて軽くなる。
 元気良く階段を上って行く剣の姿は、ともすれば小学生の様にも見えた。
 そして勢い良く、屋上のドアを開け放つ。

「天道、カ・ガーミン! 新たな友達を連れて来たぞ!」

 同時、元気良く叫ばれたその言葉。
 焼きそばパンを食べていた生徒達と、二人の男の視線が釘付けになる。
 剣の後ろを歩いていたなのは達は、少しばかり恥ずかしく思った。
 周囲の視線を否応なしに集めてしまう、剣の行動が。

「お、おう。よく来たな、剣……って、新たな友達?」
「あ、こんにちはー。剣君のクラスメイトです」
「ああ何だ、剣のクラスメイト達か」

 剣の後ろからなのはがひょっこりと顔を出した。
 最早顔馴染みとなった加賀美が、納得した様子で頷く。
 ……だけれど、やはり納得出来ない事があった様で。
 剣となのは達の顔を交互に矯めつ眇めつした後で――

「剣のクラスメイトだってええええええええええええええええッ!?」

 木霊する加賀美の絶叫。
 それと同時、嘆息するなのは達。
 やはり加賀美としても、疑問点はなのは達と同じらしい。
 どう考えたって子供な訳がないのに、それについて言及した所で、

「あぁ! 俺は超一流の家庭教師から最高の帝王学を学んできたが、ショ・ミーンの
 小学校でも頂点に立つことにした! この謙虚な心こそ、ノブレス・オブリージュ……!」

 剣の誇らしげな言葉の前には、どんな疑問を無意味。
 そもそも剣という人間は、なのはや加賀美が求める“まともな受け答え”をしてくれる人間ではない。
 頭のネジが一本どころか数本緩んでいるようなぶっ飛んだ回答しか寄越してはくれないのだ。
 だけども、今日一日抱き続けた疑問は、意外な人物によって解消される事となる。

「おい、天道! 剣が小学生って、一体どういう事だ!?」
「一々うるさい奴だ。剣は俺が呼んだ。人手は多い方がいいからな」
「いや、だからってなんで小学生なんだよ!? いくらなんでも無理があるだろ!」
「そんな事俺が知るか。俺は小学生になって潜入しろとまで言った覚えはない」

 流石の天道総司でも、剣の不可解過ぎる行動については責任は持ち切れないらしい。
 天道の言い分を考えるに、恐らく教師とか部活動のコーチとか、そういう分野で呼んだつもりだったのだろう。
 事実として、剣は学業においても運動に関しても、天道に並ぶ程の逸材だ。
 ……それを人に上手く教える事が出来るかどうかは別として。

「何を言っているんだ天道。小学生からやり直せと言ったのはお前じゃないか。
 俺は自分自身の謙虚な心に従い、自分を見詰め直す為にこうして生徒の座に甘んじてるんだ。
 崇められこそすれ、お前に俺のノブレス・オブリージュをどうこう言われる筋合いはない!」
「……ああ、そうだな。俺が馬鹿だったよ」

 嘆息一つ、天道が呟いた。
 そういえば天道も以前、剣にそんな事を言った気がする。
 だけど、それについて掘り返す気はもう無かったのだろう。
 まともに剣の相手をするのは無駄だとでも言いたげに、天道はそっぽを向いた。

「って、ちょっと待って! 天道さんが剣君を呼んだってどういう事!?」

 しかしそこで話を終わらせてくれないのは、高町なのはだ。
 天道の言葉を聞き逃さなかったなのはは、詰め寄る様に天道に問う。
 されど天道は何も言わない。まるで聞こえなかったかの様に作業を続ける。
 流石に拙いと思ったのだろう。加賀美が慌てて二人の間に入った。

「えっ……あ、あぁ、これは、その……て、天道が剣を推薦してくれたんだよ!」
「天道さん、さっき自分で“剣君を生徒にするつもりは無かった”って言ってなかった?」

 と、はやて。
 早くも発生する矛盾。

「いや、それはー……その……」
「……というか、そもそも何に推薦したら生徒になれるの!?」

 今度はなのは。
 最もな疑問だ。大人を推薦した所で、生徒になど出来る訳がない。
 それこそ、社会的なルールを捻じ曲げでもしない限りは、絶対に不可能だ。
 煮え切らない加賀美に痺れを切らしたのか、天道が振り向いた。

「そういうお前たちこそ、何故BOARDのライダーと共に戦っている」
「――ッ!?」

 天道からの、突然の質問。
 なのは達三人の表情が目に見えて固まった。
 何故天道総司が、自分達の事を知っているのか。
 次に沸き起こったのは、そんな疑問であった。

「お、おい天道……それは――」
「……まぁいい。どういう事情かは知らないが、あまり首を突っ込みすぎない事だな」

 慌てた様子の加賀美を遮って、天道が言った。
 それは事実上、剣の事に関してもこれ以上詮索するな、という意思表示。
 だけれども、それは同時に剣や天道がライダーに関わっているという事にもなる。
 すかさずなのはが、天道に駆け寄った。

「あの、もしかして天道さん達も仮面ラ――」

 ――キーンコーンカーンコーン。

 紡がれようとした言葉は、鳴り響くチャイムに掻き消された。
 それ以上なのはが何かを言う前に、天道がもう一度なのはを見遣り、言った。

「ほら、予鈴のチャイムだ。じきに授業が始まるぞ」

 これ以上詮索するな、という無言の圧力。
 天道の言葉は、なのはを黙らせるには十分過ぎる力を持って居た。
 当然、一緒に居たはやてとフェイトにも、その圧力は伝わっている。
 故になのはは今、引き下がらざるを得ない状況にある事も、把握した。

(なのはちゃん、今は何を言っても無駄や……悪い人では無さそうやし、今は諦めよう?)
(そうだね……はやてちゃん)

 はやての言う事は分かる。
 天道がライダーに関与しているのなら、いつか尻尾を掴める時は来る。
 今は何を聞いても無駄だろうし、それにかまけて授業に遅れる訳にも行かない。
 何にせよ、なのはもはやても直感的に“天道が悪人ではない”事には察しがつく。
 だからこそ、今は引き下がろう。そうするしか、出来ないのだから。

「それじゃあ天道さん……また」

 軽くお辞儀をして、なのは達は立ち去った。
 それを見届けるや否や、加賀美が不安げに呟いた。

「おい、天道……いいのかよ?」

 加賀美の質問に対する回答は、ついぞ返っては来なかった。




 その日の晩。
 日が落ちた海鳴の街。
 その中でも、比較的人ごみの少ない公園。
 夜中ともなれば、人気を避けたカップルが数組現れる、憩いの場であった。
 そんな場所に海堂直也が通り掛かったのは、本当に偶然の事。
 一緒に過ごす人間も居なければ、そこに訪れる用事もない。
 ただ単に、意味も無く街をフラついていただけであった。

「お、おい……」

 そんな海堂の目の前で起こる、異変。
 海堂にとっては既に見慣れた……だけど決して慣れたくはない光景。
 何度も何度も、嫌という程目にして来たその光景は、海堂を絶叫させるには十分であった。

「何してんだテメエらぁぁぁあああああ!!!」

 一人、二人、三人と。
 連鎖的に灰になって崩れ落ちてゆく人々。
 海堂の目の前で、海堂の視界に入る限りの人間が、消されて行く。
 何の罪も無い人間の命が、海堂の目の前で焼き尽くされていくのだ。
 オルフェノクによる、人間には絶対に不可能な犯罪。悪質極まりない人殺し。
 下手人である三人組の高校生が、不敵な笑みを浮かべながら海堂の眼前へと歩み寄る。

「あのぉー……失礼ですが海堂直也さん、で間違いありませんよね?」
「だったら何だっちゅうんじゃ! 俺ぁお前らみたいな知り合いを持った覚えはねえぞ!」
「あぁ、これはこれは失礼しました。私たち、海堂直也さんに少しばかり用事がありまして」

 怪訝そうな表情を浮かべる海堂。
 高校生三人組のうち、一人の女が礼儀正しく海堂の眼前に歩み寄った。
 特に変わった特徴も無い、言わばそこら辺にいそうな女子高生。
 だけれど、その不気味さは海堂を怯ませるには十分

「私達の王が倒されたあの戦いにおいて、貴方は数少ない目撃者の一人だと聞きました」
「はぁ!? 誰に聞いたんだそんな話! 俺ぁもう何の関係もない一般市民だっつうの!」
「いやいや、一般市民だなんて御謙遜を。僕らもあれから色々調べましてね……?
 スマートブレインの標的であった貴方達には、真っ先に白羽の矢が立ったんですよ」
「迷惑な奴らだなお前らも! あっちが勝手に狙って来たんだろが! 何が白羽の矢だ、ふざけんじゃねえぞ!」

 高校生の回答は、非常に分かり易かった。
 要するに、彼らはオルフェノクの王を復活させるつもりなのだろう。
 その為にも、まずはオルフェノクの王の行方を突き止めなければならない。
 そうしなければ……何としてでも王を復活させなければ、彼らに未来はないのだ。
 と言っても、あの海老女が連れ去った王の行方など、海堂が知る訳も無いのだが。

「まぁ、知らないと言うのなら、身体に訊くまでですけど、ね?」

 言うが早いか、三人の高校生の姿が、みるみる変わっていく。
 一人は魚に似た形に。一人は鳥に似た形に。一人は虫に似た形に。
 それぞれ何の動物なのかまでは判断が付け難いが、間違いない事実が一つ。
 彼らは全員が、海堂を狙って計画的に組まれたオルフェノクのチームである事。

「……っざけんなよ、お前ら」

 海堂は決めたのだ。人間として生きて行くと。
 オルフェノクだのベルトだの、物騒な話には関わらないと。
 だけれど、海堂の望みに関わらず、彼らは襲い掛かって来る。
 何とも迷惑な話であった。




 夜の街を歩く高町なのは。
 その手に持つのは、近所のスーパーの買い物袋。
 突然頼まれたお使いを、なのはは快く引き受けたのだ。
 現在は帰路に着いて、一通りの少ない公園を歩いていた最中だった。
 今日は何時にも増して人が居ない。見渡す限り、人っ子一人存在しない。
 だからこそ、なのはは安心して首に掛けた宝玉に話し掛けた。

「それにしても、今日は色々あったね、レイジングハート」
『It is so.』
「放課後になって行ってみたら、もう天道さん達は居なくなっちゃってたけど……
 あの雰囲気、やっぱり天道さん達も仮面ライダーとして戦ってるのかな?」
『It cannot know be so. Moreover, let's go to be going to meet tomorrow.』
「うん……そうだね、レイジングハート!」

 また明日会いに行きましょう。
 レイジングハートのその言葉に、なのはは頷いた。
 そう。まだチャンスが完全に無くなってしまった訳ではないのだ。
 天道達は明日も居るだろうし、また明日話をしに行けばいいのだから。
 と、そんな話をしていた矢先の出来事であった。

「……えっ!?」
「おうわっ!?」

 ドンッ! と、大げさな音を立てて、なのはが誰かとぶつかった。
 ぶつかった相手は、目の前の曲がり角から突然飛び出て来た一人の若者。
 はぁはぁと肩を揺らすその仕種から、息せき切って走っていた事が窺える。

「わりぃ嬢ちゃん! 俺ぁ急いでんだ! そんじゃ!」

 それだけ言って、デニムのジャケットを着込んだ男は走り去ろうとする。
 だけどそれをさせないのは、背後から現れた三人の追手だ。
 曲がり角を曲がって駆け付けた三人の異形が、なのはと海堂に向かって光弾を放つ。
 一体全体どんな状況になっているのか。それを理解する隙すら与えられずに。
 そんななのはの身体を抱き上げて、海堂が大仰な動きで横方向へと転がった。
 間一髪で、光弾は二人の居た場所を直撃。アスファルトを軽く焦がす。

「ほら、とっとと逃げろ! 死んじまうぞ!」
「そんな、貴方こそ逃げて! あんなの相手に戦える訳が――」
「いーいーかーら、逃げろっつってんだよ! 俺様よりもお前だ馬鹿!」
「ば……馬鹿!? お言葉ですけど、私なら大丈夫ですから、ここは早く!」
「ハッ、寝言は寝てからいいなさいっちゅうのっ!
 こんな俺様でも、お前が逃げるだけの時間くれえは稼げるわ!」

 子供を馬鹿にした様な態度。
 それが正直、なのはは気に入らなかった。
 なのはの背中を軽く推し出す男に、なのはは抵抗する。
 口ではこう言うが、この男一人であの異形三人に勝てるとは思えない。
 ならば今は自分がバリアジャケットを身に纏い、魔法で対抗するしかない。
 ……のだが、この男が居ては下手に変身する事は出来ない。

「見てろよ、この魚野郎が!」
「あっ、ちょっと待って――!」

 だけど、なのはが行動を起こす前に、走り出したのは男性の方であった。
 レスリングのタックルの要領で、真っ直ぐに魚に似た灰色へと突っ込んで行く。
 だけれど、只の人間に奴らに敵うだけの力がある訳もなく。

「フンッ」
「いっっってぇっ!!!」

 タックルを受けてもビクともしない灰色が、軽く拳を振るった。
 下方から抉り込む様に。その拳は男性の腹部を正確に捉える。
 だけど存外断末魔という程の叫びでも無く、男性は数メートル吹っ飛ばされるだけに留まった。
 なのはの足元に転がった男性が、一拍程もんどりうって、再びなのはを睨む。

「何をしとるんじゃバカモン! 逃げろっつったろうが! アホかお前は!」
「アホって……貴方こそ、勝てないって分かってるのに、どうしてこんな無謀な事!」
「無謀でも何でも、それが人間っつうもんだろが! こんなでも俺様ぁ人間だ! だからよぉ!
 誰が何と言おうと、もう何も守れないのは御免なんだよ! あいつらみたいな犠牲はもう!」

 その瞬間、なのはは思った。
 ああ、この人には何を言っても無駄なのだろうな、と。
 この男、一件ふざけた若者にも見えるが、根性は相当に座っている。
 なのはが逃げない限り、絶対にこの場から引き下がりはしない。
 それだけの覚悟が、なのはにも負けぬ不屈の心が、男の瞳に浮かんでいた。
 そして同時に、こんな立派な“人間”を、絶対に死なせたくはないと思う。
 ここで魔道師としての正体を明かす事でこの人を守れるなら、それも構いはしない。
 首から掛けた赤の宝玉を手にとって、魔法の呪文を唱えようとした、その刹那。

「その高貴な振る舞い……気に入ったぞ!
 ショ・ミーンとは言え、貴様のそれは確かにノブレス・オブリージュ!」

 聞き覚えのある声だった。
 今日一日、色んな意味でなのはを悩ませた男の声。
 だけれど何処か、心強い。自信に満ちたその声の主は。

「神代……剣君!?」
「次から次へと、何だっちゅうんだ一体!」
「ナノハーヌ、君とその男はこの俺が守る。さぁ、早く逃げるがいい!」

 言うが早いか、剣が取り出したのは、紫の刀。
 紫の柄に、橙の血管が刻まれた、黒の刀身。
 それは明らかに人が普段手にする様な武器ではなくて。
 何処からか取り出した紫色の蠍を刀に叩き込んだ剣は、高らかに宣言した。

「変身!」

 ――HENSHIN――

 同時に、刀を起点に無数の六角形が形成されていく。
 六角形は紫の装甲となり、剣の白いスーツを覆い隠す。
 数秒と掛からず、剣の身体は毒々しい外見の仮面ライダーへと変わっていた。

「紫の、仮面ライダー……!?」
「お、おいおい何だありゃあ、お前の知り合いか? 友達か? 仲間なんか!?」
「ま、まぁそんなところだと思う……」

 デニムの男の質問に、ぎこちなく頷いた。
 剣は今日出会った友達だが、紫の仮面ライダーの存在は知らない。
 何の為に戦うのか。それによっては、仲間とは言い難いかも知れないのだ。
 だけれど、剣は確かに自分達を守ると言った。

(……仲間、って事でいいんだよね? 剣君……)

 祈りとも取れるなのはの疑問。
 それを知ってか知らずか、紫のライダーが駆け出した。
 突然の事態に対処し切れぬ灰色が、慌てふためいて何事かを叫ぶ。

「こいつっ……! 紫のっ……、まさか、こいつがカイザっ!?」
「落ち着け。“ギア”は全てベルトの筈……こいつのはベルトじゃない!」
「……何かと思えばライダーズギアの紛い物か。それなら用は無いな!」

 うろたえる真ん中の魚と、左右の虫と鳥。
 言うが早いか、左右を陣取っていた鳥と虫が駆け出した。
 左右からの同時攻撃。右から短剣、左からストレートパンチ。
 だけど、対する紫も考えなしの突貫では無かったらしく。
 二人の攻撃が命中する前に、その装甲が弾け飛んだ。
 灰色二人の身体を正面から強かに打ちつけて、吹っ飛ばす。

 ――CHANGE SCORPION――

 刀の電子音声が、高らかに鳴り響く。
 エメラルド色の瞳がギラリと輝いて、紫がその姿を変えた。
 まるでそのまんま蠍を象ったようなそのフォルム。
 紫の蠍のライダーが、手に持った刀を構え、一瞬で魚の間合いへ踏み込んだ。
 この動き、なのはの兄にも負けずとも劣らない、剣の達人と言った所か。
 そんなイメージを抱かずには居られなかった。

「ハァッ!」
「えっ、待っ――」

 現状を掴み切れていない魚が、何事かを叫ぼうとした。
 だけど、紫の蠍は今更敵の言葉に耳を傾けようとはしない。
 戦士としての覚悟。悪を許さぬその心。それらが、紫の太刀筋を確かなものとする。
 一瞬の閃きの後に、灰色の魚は胸元に大きな切り傷を作り――
 すぐに全身に青の炎が燃え広がったかと思えば、そのまま灰となって崩れ去った。

「凄い!」

 なのはの口から零れる感嘆。
 全ては一瞬。攻撃は一撃。たったの一合。
 最初に間合いに踏み込んだ瞬間に、勝負は決していた。
 それが神代剣が化身する、あの紫の蠍の持つ実力。

「紛い物かと思えば……こいつ、強いぞ! おい、どうする!?」
「紫のライダーに構うな! 海堂直也さえ連行出来れば俺達の勝ちだ!」

 海堂直也というのは、なのはの横にいるデニムの男の事であろう。
 どういう訳か、この男は狙われている。となれば、尚更この男を失う訳には行かない。
 出来る事ならこのまま海堂を保護し、敵の情報と狙われた理由を問いたい。
 しかし、狙いを海堂一点に絞れば、戦況も変わるというもの。

「ここは通さん!」

 紫の蠍が立ち塞がるも、二人両方を取り押さえるのは不可能。
 先程の魚と違って、戦う意思を固めた灰色二人を一挙に食い止めるのは難しいらしい。
 倒すだけならば問題はないのだろうが、今回ばかりは守りながら戦わねばならないのだから。
 きぃん、と響く金属音。灰色の虫が振るった短剣を、紫の刀が受け止めた。
 そうすれば、もう一方の鳥が空へ舞い上がり、なのはらへと飛翔する。
 今度こそ赤の宝玉に手を掛けようとするが――

「――グァッ!?」

 空を裂いて現れた青の閃光が、空を舞う鳥の身体を引き裂いた。
 何事かと顔を上げるなのはと海堂がその視界に捉えたのは、一匹の虫。
 機械仕掛けの、青のクワガタムシであった。

「おぉっ! 来てくれたか、我が友、カ・ガーミン!」

 紫の蠍が、刀を一閃。
 虫の短剣を弾き飛ばして、嬉々として叫んだ。
 その視線の先に居るのは、なのはも見慣れた一人の男。
 青のオフロードバイクに跨った、ラグビー部コーチ――加賀美新だ。
 何処か頼り無いけど、真っ直ぐな瞳をしたその男もまた、高らかに叫んだ。

「変身!」

 ――HENSHIN――
 ――CAST OFF――
 ――CHANGE STAGBEETLE――

 三連の電子音。
 一つ一つを正確に知覚するまでも無く、最後の電子音は鳴りやんで居た。
 最早「加賀美新」という人間はそこには居なかった。
 機械的な青の装甲は、何処かクワガタムシの用で。

「やっぱり! 剣君だけじゃなかったんだ!」

 しかし、それはなのはの予想通りの出来事であった。
 昼休みの天道の対応から、彼らが仮面ライダーと何らかの関係がある事は想像出来る。
 そして、神代剣が仮面ライダーであるのなら、その仲間もまた然り。
 天道や加賀美も、ライダーである可能性が高いと考えていたのだ。

「おぉおおおおおおおおおおおおりゃっ!!」

 両肩に装着された双剣をその手に握り締めると、青のクワガタはバイクから飛び降りた。
 その勢いたるや、まさに怒涛。掛け声と共に掛け込めば、灰色の鳥に向かってその剣を振り下ろす。
 青の輝きを伴った一閃は、鳥が対処するよりも早くその身を引き裂いた。
 だけど、青のクワガタの攻撃はそれで終わりはしない。
 双剣とは、二本揃って初めて意味を成すもの。

「はぁっ! おりゃっ! ふんっ! どぉぉりゃっ!」

 一撃、二撃と、灰色の鳥が一対の双剣に切り刻まれていく。
 上半身のあちこちを滅多切りにされた鳥の身体から青の炎が噴き出す。
 だけれど、怒涛の猛攻は未だ終わらず。青の炎よりも輝きを放つは青の双剣。
 燃え始めた鳥に、トドメとばかりに双剣を振り下ろした。

「――ァァアアアアアア……」

 消え入る様な断末魔。
 同時に、灰色の鳥の身体が、人型を保って居られなくなった。
 只の白い灰と成り果てた鳥は、跡形も残さず、風に飛ばされて行く。
 その光景は、否応無しにあの日出会ったオルフェノクに殺された人間を思い出してしまう。
 なのはは少しだけ、胸が痛くなるのを感じた。

 ――RIDER SLASH――

 不意に、もう一方から聞こえる電子音。
 青のクワガタライダーの戦いに目を奪われていたなのはが、思い出した様に視線を動かす。
 見れば、剣が変身した紫の仮面ライダーが、その刀を滅茶苦茶に……されど的確に振り回していた。
 紫の輝きを伴った刃は、気味の悪い毒液を撒き散らしながら、灰色の身体を滅多切りにする。
 後は先程倒された鳥と同じ要領だ。その形が保てなくなるまで切り刻まれた虫は、灰となって消え去った。

「ふぅ……オルフェノクが出るなんて、珍しいな。最近は大人しくしてると思ってたのに」

 身体を伸ばす様に伸びをして、青のクワガタライダーが言った。
 同時に、その装甲を形成する青の六角形が消失。その姿が、あっと言う間に人間へと変わった。
 なのはの見慣れた姿へと変わった加賀美新を、なのはは矯めつ眇めつする。
 やはり何処からどう見ても、加賀美新で間違いない。

「加賀美さん……やっぱり、仮面ライダーだったんだね」
「――って……なのはちゃん!?」

 どうやらこの男、今の今まで気付いて居なかったらしい。
 敵との戦闘に集中していた事と、なのはが全く口を出さなかった事。
 恐らくはこの二つが原因だろうが、これでなのはは確実な証拠を掴む事が出来た。
 加賀美新と神代剣の二人が、仮面ライダーへと変身する瞬間をこの目で目撃したのだから。
 なのはと加賀美。ぶつかり合う二人の視線。そして流れる気まずい沈黙。
 どうしたものか、と思考する二人を遮ったのは、もう一人の男であった。

「……が危ねえ」
「え……?」
「乾や啓太郎達が危ねえ! 乾はいいが、啓太郎はマズイ! マズイんだよアイツらは!」

 立ち上がった海堂が、血相を変えてそう言った。
 それは誰に向けて放たれた言葉でもない。本人は独り言のつもりなのだろう。
 だけれど、それを聞いただけで、誰かの身に危険が振りかかろうとしている事だけは十分に分かった。




 夜の車道を走り抜ける、一台のバイクがあった。
 黒の車体に、金のカラーリング。左側にはサイドカー。
 車体に輝く銀色は、かつての大企業「SMART BRAIN」のロゴマーク。
 乾巧は、サイドバッシャーと呼ばれるバイクを真っ直ぐに走らせる。
 自分の愛車であるオートバジンは、もうこの世に存在しない。
 かろうじて回収した左ハンドルだけは残しているものの、車体自体はバラバラだ。
 スマートブレインが社会的な力を失った今、最早オートバジンを修理する人間も存在しない。
 ジェットスライガーもオートバジンも破壊された今、残ったバイクはこいつだけだった。

「ちょ――っ!」

 そんな巧の前に現れたのは、二人組の男。
 何処かの高校の服を着た二人組が、ゆらりと車道に歩み出たのだ。
 巧は慌てて急ブレーキをかけて、サイドバッシャーの速度を殺す。
 急停車して、ヘルメットを外した巧は憤慨して言い放った。

「危ねえな! 轢いちまったらどうすんだよ!」
「すみません、こうでもしないと止まってくれないと思ったので」

 高校生の言葉に、巧は苛立ちを覚えた。
 用件があるならこんなバイク走行中でなくとも良い筈だ。
 それこそ巧が暇を持て余している時にでも来てくれれば、巧だって邪険に扱いはしない。
 ……機嫌が良ければ、の話だが。

「で、何なんだよお前ら一体。俺に何の用だ」
「ええ、オルフェノクの王の行方を知りたい、と言えば分かるでしょうか」
「王を倒したファイズ……いえ、乾巧。貴方なら何か知っているのでは、と思いまして」

 軽々しく言ってのける高校生。
 そして、即座に勘付く。こいつらがまともな人間では無いと言う事に。
 そう判断してからの行動は早かった。サイドバッシャーから飛び降りた巧は、一本のベルトを掴んだ。
 銀色と赤で構成された、無機質なベルトだ。こんな事もあろうかと、サイドカーに積み込んで居たのだ。
 それを腰に巻き付けて、ポケットから取り出した折り畳み式の携帯電話を開く。

「で、俺に用ってのはオルフェノクの王の話だけかよ」
「まぁ、そうなりますけど……やはりそう素直には話してくれませんか」

 言うが早いか、二人組の高校生の身体が変化を始めた。
 白にも近い輝きを放ちながら、その身体が灰色に変色してゆく。
 やがて彼らは、人間としてのそれよりもより屈強な身体へと変身を遂げた。
 こうなってしまっては、巧が取れる行動はたった一つ。
 最早戦う他に、道は無い。


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最終更新:2010年12月04日 12:13