戦え。戦え。戦え。
 頭の中で、何度も何度もそんな声が響いていた。
 相川始はただ闘争本能に導かれるままに、バイクを走らせる。
 この先に、戦いが待ち受けている。

(アンデッドとワーム……それにブレイドか)

 そこで戦っている者の気配が、その正体を教えてくれる。
 一つはワーム。一つはアンデッド。そして、一つは仮面ライダー。
 何度となく刃を交えた紫紺の戦士、仮面ライダーブレイド。奴が、そこには居る。
 ブレイドを見ていると、相川始は不思議な感覚に陥る。
 人間の理性で抑え込んで来た本能が、抑えられなくなるのだ。
 戦いたくて堪らない。ブチ倒したくて堪らない。闘争本能が、止まらなくなる。
 闘争本能に呼び寄せられるように、始はバイクを走らせた。
 そして、そこで待って居たのは――

「ウェェェェェェェェェェェェェェイッ!!!」

 右脚に迸る稲妻を纏わせて、ブレイドがアンデッドの身体を砕いた。
 巻き起こった大爆発の後に、そこに立ち尽くすのは赤と紫紺のライダー二人。
 両者の間に流れる只ならぬ空気が、否応なしに始の――カリスの闘争本能を刺激する。
 物陰から赤いハートの瞳を覗かせて、カリスは二人の様子を窺った。
 どうやらカリスの目の前に居る二人のライダーには何らかの因縁があるらしい。

「おい、アンタ一体何なんだ! 何で研究所の人を襲った!」
「……何だ、誰かと思えばまたお前か」

 二言三言の会話を終えれば、それ以上語る事など無いとでも言わんばかりに、二人の戦闘が始まった。
 二人の戦力は、恐らくは拮抗している。――否、僅かに赤のライダーの方が上か。
 ブレイドの我武者羅な攻撃を回避し、赤のライダーが次の攻撃へと繋げる。
 こうして二人の戦闘が始まった。これ以上、黙って見ている事など出来はしない。
 カリスアローを片手に、二人の戦いのド真中へと躍り出た。

「お前……カリス! また邪魔をしに来たのか!」
「……俺の目に映る者、全てが敵だ」

 絶叫するブレイドなど意に介さず、カリスはブレイドに背を向けた。
 刹那の内にカブトとの距離を詰め、カリスアローによる一撃を叩き込む。
 しかしそれはあっさりとカブトクナイガンに阻まれ――間髪入れずに追撃。
 振り抜いた勢いそのまま、醒弓を振り上げた。カリスの刃はカブトの胸部を切り裂き、美しい火花が散る。
 一瞬動きが止まったカブトにすかさず浴びせるのは、カブトの胸部目掛けての飛び蹴り。
 カブトを踏み台に、反対方向へと跳躍。そのままブレイドとの距離を詰め――一撃を叩き込む。
 ブレイドは咄嗟の判断で、カリスの一撃をブレイラウザーで阻んだ。
 ……が、それだけだ。両刃の剣による連撃で、すかさず上段からの一撃をお見舞いする。
 カリスアローの刃はブレイドの肩口を切り裂き、派手な火花が舞い散った。

「……っ!」
「トゥァッ!」

 掛け声と共に、繰り出される次の攻撃手段は、前蹴り。
 ブレイドの胸部装甲をカリスの足裏が捉え、その身体を吹っ飛ばす。
 前方には、地べたを転がるブレイド。後方に、苦しそうに立ち上がったカブト。
 一拍の間を置いて、ブレイドが立ち上がるよりも先に、カリスが目を付けたのはカブトであった。

 カリスアローを持ち変え振りかざし、カブトへと迫る。
 今度はカブトも黙ってはやられない。クナイガンを振りかざし、攻撃に出る。
 きぃん! と、甲高い音を打ち鳴らして、二つの刃が激突。火花が舞い散る。

「トァッ!」
「く……ッ!」

 お互いがその手に握り締めた得物を再び振りかざすよりも先に、動いたのはカリスの脚だ。
 上体を後方へと倒し、その長い脚を真っ直ぐに伸ばしきって、カブトの胴を真っ直ぐに蹴る。
 一瞬後方へと仰け反るも、カブトもすぐに反撃に出た。クナイガンを振りかざして、カリスに肉薄。
 が、対するカリスは上体を屈ませる事でその一撃を回避。
 そのまま流れるような動きでカブトの背後へと回り込み。

「フッ!」
「ぐぁ……ッ!?」

 カリスアローの一撃を、カブトの背中に叩き込んだ。
 されど、カリスの閃きはたった一撃では終わらない。二度三度と、両刃の剣を叩き込む。
 剣を振るう度に、カブトの装甲が爆ぜ、美しく煌めく火花が咲いて行く。
 そんな中、カリスの連撃のパターンを見破ったのか、カブトが攻撃に出た。
 振り抜いた弓の一撃を回避し、構えたクナイガンを振り上げた。
 だが悲しいかな、その程度のリーチではカリスには届かない。
 左足を軸に身体を一回転させ、放つ攻撃は後ろ回し蹴り。
 同時に、後ろ回し蹴りの動作の中で、上体を後方へと倒した事で、クナイガンの一撃をも回避した。
 結果、カブトの攻撃はカリスには届かず、カリスの蹴りだけがカブトの胸板を強打した。

 呻き声と共に、後方へと吹っ飛んだカブトを見て、思う。
 弱い……弱すぎる、と。これが仮面ライダーの力だとするなら、飛んだ茶番だ。
 この程度の力しか出せないのなら、上級アンデッドになど勝てはしない。
 ならばひと思いに、ここで俺の手で倒してやるのが情け。
 再び醒弓を構えて駆け出した、その時であった。

「もうやめろッ!」

 駆け出したカリスの背後から聞こえる、ブレイドの声。
 両腕を自分の脇腹へと伸ばし、カリスを拘束……羽交い締めしていた。
 即座に状況を理解したカリスは、両腕に力を込めて拘束を強制的に解除。
 身を翻し、無防備な姿のブレイドに浴びせるは、醒弓による連撃。
 一撃、二撃、三撃、四撃。何度となく振るわれるその刃が、ブレイドの装甲を切り裂く。

「そこまでや!」

 少女の怒号と共に、カリスの前方にそそり立つ、青白い光の柱。
 それらはカリスの攻撃を阻むように……ブレイドを守るように、地面からそびえ立っていた。
 何事かと声の主を探すも、それはすぐに見つかった。カリスの前方の空に、一人の少女が浮かんでいたのだ。
 ショートカットの茶髪に、この地域ではあまり聞く事のない関西弁。歳の頃は10歳くらいか。
 黄金の十字を備えた杖に、茶色の魔道書。漆黒の翼で宙に浮く少女の姿には、見覚えがある。

「黒い仮面ライダー……あの時は私達を助けてくれたのに、何でこんな事をするんや!」

 怒りを含んだ声色で、カリスへと投げ掛けられる質問。
 あの時と言うと、ドラゴンフライアンデッドから天音達を守った時の話をしているのであろう。
 別にカリスは目の前の少女を助けたつもりはない。ただ、天音を守りたかっただけなのだ。

「……勘違いするな。俺は……ん?」

 背後からの気配に振り向けば、眼前の少女と同じように、二人の少女が自分へと杖を向けていた。
 黒の戦斧を構える金髪の少女と、白の魔法杖を構える茶髪の少女……二人とも、天音ちゃんの友達だ。
 さて、どうする。今まで通り戦って倒して、何事も無かったように天音の元へと帰るか?
 ……否、それは出来ない。

(……友達が傷つけば、天音ちゃんが悲しむ)

 そう判断した以上、これ以上カリスに戦闘を続行するのは不可能であった。
 右手にもった醒弓を再び構え直して、周囲のアスファルトへと青白い光弾を放つ。
 きゅぃぃん……と、甲高い音声を共に発せられた光弾はアスファルトで爆ぜ、爆煙を上げる。
 周囲の目を眩ませた一瞬の隙に、カリスの意思に応じて現れたのは、愛機・シャドーチェイサー。
 カリスが願えば、シャドーチェイサーは何処まででも自動でやってくるのだ。
 視界がクリアになるよりも先に、カリスはシャドーチェイサーに跨り、間髪入れずに加速。
 そのまま戦線から離脱した。


 ACT.6「愛惜の旋律」


 それから数分後。先程までは戦闘の真っただ中であったこの場所も、今では静けさを取り戻していた。
 突如現れた怪人によって散り散りに逃げた人々はすぐには戻っては来ない。
 カリスが立ち去って、カブトも姿を消してしまったいま、これ以上戦う理由も無い。
 戦闘が終わってから間もない現状、この場所に居るのは彼女らだけであった。

「剣崎さん、一つ聞きたいんやけど……あの黒いライダーは何者なん?」
「ああ、アイツはカリスって言って、何考えてんのか俺にも全然分からないんだよ」
「カリスには前に一度、助けて貰った事があるけど……」
「どうだか。あいつが人助けなんかするとは思えないけどな」

 はやての思考を切り捨てるように、剣崎が言った。
 確かに、先程までのカリスの言動を考えれば、とても人助けをするような相手だとは考え難い。

「とりあえず、目的が分かれへん以上は敵とも味方とも言われへんし……」
「味方ならそれでいいんだけど、敵だった場合は対策も練らないといけないしね」

 フェイトがはやてに追随する。
 確かに、もしもカブトとカリスの二人が人類の敵であったなら、放っておくわけにはいかない。
 例え戦って倒す事になってでも、その戦力を奪わねば真の平和が訪れる事はないからだ。
 出来る事ならば同じ人間同士、手を取り合って戦いたいのだが……。




 日が沈み、夜の闇が支配する小学校の校庭に、一人の少女は居た。
 栗原天音はこの日、学校に宿題を忘れてきてしまったのだ。
 宿題というものは基本的に出された日の翌日には提出せねばならない。
 故に、このまま忘れて行くのを善しとしない天音は、学校まで宿題を取りに帰って来たのだ。

「もうこんな時間! 早く帰らないと……」

 時計を見れば、既に時刻は午後8時を回っていた。
 早く帰らねば、きっと母や居候の始は心配する事だろう。おまけに宿題する時間だって無くなるかもしれない。
 急ぎ足で校庭から出ようと駆け出すが……そんな天音の眼前に現れた少女は、天音の脚を止めるに十分な衝撃を持って居た。
 目の前の少女は、自分と全く同じ服を着ていた。全く同じ身長で、全く同じ髪型で、全く同じ顔。
 栗原天音本人が、天音の目の前に佇んでいたのだ。

「な、何……」
「私は貴女。貴女は私。貴女は私の中で生きて行くの」
「へ……?」

 訳の分からない事を言ったかと思えば、目の前の天音がその姿を変えた。
 不敵に浮かべた笑みは醜く歪み、その姿を醜悪なものへと変えて行く。
 見る間にその姿を変えた天音だったものは、青いテントウムシの様な姿をした化け物へと変わって居た。
 へなへなとその場に崩れ落ちる。恐怖心から、目の前の化け物へと視線が釘付けになる。

「いや……助けて……」

 歩み寄る化け物を前に、少女の本能が警鐘を鳴らす。
 こいつは危険だ。このままでは、自分は殺されてしまう、と。
 だが、目の前の脅威に太刀打ちする力を天音は持ち合わせてはいない。
 自分はここで死んでしまうのだろうか。こんな化け物に殺されて、終わりなのだろうか。
 嫌だ。死にたくない。自然と瞳から涙が溢れて来る。

「助けて……」

 うわ言の様に、助けを求める。
 そんな少女の涙など意に介さず、化け物はその醜い腕を伸ばす。
 死にたくない。自分にはまだ、やりたい事が沢山あるのだ。
 死にたくない。これからも一緒に過ごしたい人間が居るのだ。
 そうだ。幼い彼女が抱いた恋心。誰よりも頼もしい、あの人と……。

(――助けて!!)

 刹那、天音の耳朶を叩いたのは、自分の身体が壊される音では無かった。
 響いたのは、甲高い金属音。その目が見たのは、天音を守る様に現れた黒の戦士。
 凄まじい速度で駆け付けた戦士が、天音の頭上を飛び越え、化け物に一撃を浴びせたのだ。
 黒の鎧に赤いハートの複眼。胸やベルト、あちこちにハートの意向が見られる戦士。
 天音は直感的に、この戦士の正体に気付いた。そう、この戦士は――

「仮面ライダー!!」

 つい先刻まで、恐怖に脅えていた天音の表情が、ぱぁっと明るくなる。
 現れた戦士はまさしく噂に聞く都市伝説、見まごう事なき仮面ライダーだ。
 瞳はまるで蟷螂の様に鋭いながらも、何処か不思議な優しさを纏わせている。
 この仮面ライダーからは、恐怖を感じない。そう……何処か温かい、不思議な感覚。

「……逃げろ」

 聞き取れるかどうか、そんな小さな声量でぼそりと呟いた。
 天音はすぐに立ち上がり、目の前の仮面ライダー軽く頭を下げて、すぐに駆け出した。
 走り去る途中、ちらと背後へと振り返れば、黒の仮面ライダーがその手に握る武器で、化け物を追い詰めていた。
 弓の様な刃をトリッキーに操り、一撃二撃と化け物に浴びせて行く。この分なら、負ける事はないだろう。
 また剣崎か虎太郎あたりに、あの黒い仮面ライダーの事を聞こう。そう思いつつも、天音は夜の校舎から立ち去った。




 さて、翌日の聖祥大学付属小学校での出来事である。
 既に太陽は真上まで登り切り、あとは夜に向かって沈んで行くだけという時刻。
 調度正午を過ぎたお昼時なのだが、校内の様子は穏やかでは無かった。
 それもその筈。校内は今、とある噂で持ちきりだからだ。

「ねぇ、聞いた? この学校にも化け物が出たんだってさ」
「その上仮面ライダーも現れたらしいぜ」
「化け物と仮面ライダーが戦ってるの、警備員が見たんだって」
「6年生の女の子が襲われたとか……」

 周囲で、絶えず繰り広げられるのは、そんな噂の押収。
 そのライダーは実はこの学校の人間だとか、実は襲われた女の子の身内だとか、ある事無い事言いたい放題であった。
 流石は仮面ライダー、都市伝説。巷で最も流行っているネタだけあって、尾ひれが付いたり改竄されたりは日常茶飯事。
 放っておけばこの噂ももっと広まって行く事だろうが、今はそんな事はどうでもいい。

「――へぇ、黒いライダーが助けてくれたんだ……って、え……? 黒いライダー?」
「そうなの! すっごくかっこいい黒の仮面ライダーが、私を助けてくれたのよ!」

 嬉しそうに話すのは、噂の生き証人である栗原天音その人だ。
 昼休みに屋上で焼きそばパンをかじりながら、天音の話しに耳を貸すのは高町なのはを筆頭とするいつも通りの面子だ。
 なのはやフェイトが相槌を打って、笑顔で話を進める。穏やかなのか穏やかでないのかよく分からない光景であった。
 そんな中、八神はやてが慌てた様に天音の会話に食いついた。

「ちょい待ち! その黒いライダー、どんな特徴してたか詳しく教えてくれへん?」
「だから、黒のボディに赤いハートの瞳で……そう、弓を持って戦ってた!
 怖いのに、何処か優しい不思議なライダーで……でもあれ、誰なんだろう。
 何だか知らない人のような気がしないっていうか……本当に安心したっていうか」

 特徴を聞いたはやての表情が、不可解に歪んだ。
 黒のボディに赤いハートの瞳。おまけに弓を持って戦う仮面ライダー。
 そんな特徴を全て兼ね備えたライダーがそう何人も居るとは思えない。
 となれば、最早間違いない。天音を助けた黒いライダーの正体は、間違いなく奴だ。
 疑念はすぐに確信へと変わって行き、はやては無意識にぽつりと呟いた。

「……カリス」


 一方でその傍ら、ここでもやはり同じ話題が展開されていた。
 焼きそばパンを販売は一時的に蓮華に任せて、加賀美新が天道総司を裏手へと呼びだした。
 神妙な面持ちで、周囲に盗み聞きをされないように気を配りながら、口を開いた。

「ちょっといいか、天道」
「何だ。俺はお前と違って暇じゃないんだ。用があるなら早めに頼む」
「いや、それが……あの栗原天音って子が、昨日ワームに襲われたらしいんだよ」

 もうとっくにかなりの噂になっているが、と付け加える。
 だが、襲われた少女の名前が栗原天音だという事までは、他の生徒は知り得ぬ事。
 そう言った情報を得られるのも、ZECTの情報収集能力の成せる業であった。

「なんだ、何かと思えばそんな事か」
「そんな事って……!」
「やれやれ……その話ならお前に言われるまでもなくとっくに知ってる。俺を誰だと思ってるんだ」
「なら話は早いな。そのワーム、まだ倒されてないらしいんだよ。
 だから、この一件が解決するまでは俺が天音ちゃんを護衛する事になった」

 それが、加賀美が上層部から与えられた命令であった。
 嬉しそうにはしゃぐ天音の姿をちらりと見ながら、加賀美が告げる。
 ワームは、一度狙った獲物はそう簡単には諦めてくれない。
 故に断言できる。ワームはもう一度天音を襲う、と。
 対する天道は、「そうか」と一言呟いたきり、何か考え込む様に腕を組み始めた。

「なんだ天道、どうかしたのか?」
「……あの子を助けたライダー、ワームに逃げられたという事は、ZECT以外のライダーか」
「ああ、クロックアップに対抗出来なかったって事だもんな。
 黒の装甲にハートの瞳のライダーらしいけど……お前知ってるか?」

 それから一拍の間を置いて、天道が不機嫌そうに話し始めた。
 と言っても、いつでも元気な加賀美からして、天道が不機嫌そうなのはいつもの事なのだが。

「黒とハートのライダー……俺は昨日そいつと戦った」
「――何だってぇ!? 戦ったって、何でお前がそいつと!?」
「そんな事俺が知るか。それに、まだもう一つ気になる事がある」

 神妙な面持ちで、天道が呟いた。
 天道がこんな顔をするのは珍しい。本当に何かで悩んでいる時か、考え込んで居る時くらいだろう。
 最近では、天道の実の妹である日下部ひよりが関わる事件でこんな表情を見たが……それはまた、別のお話。

「何なんだよ、気になる事って」
「昨日、高町なのはや八神はやてがBOARDのライダーと一緒に戦っていた」
「……はぁ? “戦ってた”だって……?」
「“戦ってた”んだ。なのはやはやてが、自分の手でな」
「そんな馬鹿な! あの子達はまだ子供だぞ? 見間違いじゃないのか?」
「……昨日だけじゃない。俺は何度もあいつらを戦場で見掛けてる」
「って事は……なのはちゃん達は、実はマスクドライダーっ……!?」
「そんな訳あるか」

 大仰な素振りで驚いた風のリアクションをする加賀美の額を、天道が軽く叩いた。
 天道の言う事が正しければ、なのはやはやて達は別の組織のライダーの仲間という事になる。
 幼い子供が生きるか死ぬかの戦場に居ると言う事は、正直言ってあまり喜ばしい事ではない。
 出来る事ならば、あまりライダーや怪人などと言った荒事に首を突っ込んで欲しくはないのだが……。
 と、そんな事を考えていると、焼きそばパンの屋台の前に、一人の男が現れた。

「おお、これがヤキ・ソーバという奴か! 確かに美味しそうな匂いだ!」

 白のスーツ。茶髪の短髪。整った顔立ち。
 背後に年老いた従者を従わせた男の名前は、神代剣。
 加賀美にとっての親友(剣曰く、しかもかなり一方的だが)であり、大切な仲間でもある。
 何をしに来たのかと剣の眼前まで歩み寄るが、それよりも先に声を発したのは天道であった。

「来たか、剣。早速だがお前も手伝え。人手が足りないんだ」
「何だと……? この俺に庶民の雑用の手伝いをさせるとは許し難い……
 と、言いたいところだが、我が友カ・ガーミンも手伝っているのなら、俺が黙っている訳には行かないな!」
「そう言うと思ってたよ」

 天道が薄い笑みを浮かべて、剣を屋台の中へと招き入れた。
 なるほど、加賀美を親友とする剣ならば、加賀美と同じ条件で手伝う事に躊躇いは無い。
 そして同時に、現在この学校へと潜入している加賀美達の手伝いをするという事は即ち、剣にも潜入をしろと言うことなのだろう。
 加賀美がコーチ、天道が焼きそばパン売りの店員、とするならば、剣は何だろう。
 ……と、考え始めた所で問題が発生した。
 剣は一人で買い物に行った事すら滅多に無いのだ。
 そんな剣が、こんな屋台でのアナログな販売に慣れている筈も無く……。

「――ところで、このヤキ・ソーバとやらはどうやって売ればいいんだ?」
「あぁ、やっぱりそこからかっ!!」
「やれやれ……小学生からやりなおした方がいいかも知れないな」

 案の定であった。
 頭痛でも患ったかのように頭を抱える加賀美。
 一方で、呆れたような溜息と共に、天道も一言告げた。
 だけど、そんな辛辣な言葉を言われたにも関わらず――

「貴様、この俺に対して小学せ……待てよ、小学生……?
 ――ハッ……なるほどっ! その手があったかっ……!!」

 何をはしゃいでいるのかは知らないが、剣がやけに嬉しそうに頷いた。
 そんな剣の笑顔を見ていると、何だか良い予感だけは絶対にしなかった。




 日が傾き始め、美しい夕焼けに照らされた喫茶店。
 店内に居るのは、店主の栗原遥香と、居候の相川始の二人だけ。
 客の入りもようやく収まり、二人は思い思いの時を過ごしていた。
 始は趣味で始めたギターを演奏し、遥香はそれを聞きながら洗い物を続ける。

「始さん、本当にギター上手になったわよね。天音も始さんのギター聴くの、楽しみにしてるみたい」
「……まだまだ、練習中です」

 はにかむ様に笑いながら、始が言った。
 始が奏でるギターの音色は、聴く者の心を穏やかにさせる……まるでそんな効果があるような。
 誰よりも特別秀でて上手い、という訳でも勿論無いのだが、そう錯覚してしまう。
 それは一重に、始の持つ優しさが成せる業だろう、と遥香は思う。
 色々と謎が多い男であるのは確かだけれど、始が自分達を思ってくれているのは本当だ。
 だから安心して天音の事も任せられるし、この家での居候だって許せる。
 穏やかな気持ちで、始の奏でる愛惜の戦慄に耳を傾けていた、その時だった。

 ぎゅぃぃぃぃぃ――ん……。

 突然、ギターを奏でる手が止まった。
 次いで、ガタン!と聞こえる椅子の音。
 何事かと思って視線を向ければ、そこに始が直立していた。
 無表情に……ただ目を見開いて、何かを見ているような、不気味な動作。
 始は、稀にこういった訳の分からない動きをする。

「始さん……?」
「すみません、遥香さん……行ってきます」

 それだけ告げると、始は脱兎の如く駆け出した。
 鬼気迫る表情で、店のドアをこじ開けて、停車しているバイクの元まで走り去る。
 ああ、今日も何か人には言えない様な事をして来るのだろう。
 それが一体何なのか、遥香には見当も付かないが……
 遥香に出来る事はただ、始達の帰りを待つ事だけだった。




 軽い足取りで、ステップを踏みながら歩く少女。
 名前は天音。学校からの帰り道、たった一人で歩いていた。
 先程までははやても一緒にいたのだが、今はそうではない。
 皆それぞれの家へと下校するのだ。はやてにだって帰る家がある。
 だからそれぞれの別れ道で別れた後、天音は一人で家路を歩く。
 と、そんな時だった。

「……っ?!」

 目の前の曲がり角から、一匹の化け物がゆらりと現れた。
 青いテントウムシの様なフォルムをした……身の丈2メートル程の怪人。
 昨日の夜見た、ドッペルゲンガー。人々を襲う、化け物。
 あの黒いライダーに倒されたと思っていたのに……。
 だが、相手が怪人と解れば、天音の取る行動は一つだ。
 すぐに踵を返し、一目散に駆け出した。
 生き残る為には、逃げなきゃならない。
 あんな怪人に見初められて、まともな生活を送れる訳がない。
 だから逃げる。全力で逃げる。何としてでも逃げてやる。

「はっ……はぁ……っ」

 だけど、所詮は小学生の少女。
 全速力で走った所で、人間を超越する化け物から逃れられる訳がない。
 あと一歩で、怪人の腕が天音を掴む――まさに、その瞬間であった。

「おおおおおおおおおおおおおおおおっ!!」
「……っ!?」

 天音の耳朶を叩いたのは、強烈な絶叫。
 暑苦しいまでの絶叫は、何処かで聞いた覚えのある声だった。
 あまり知性を感じさせないこの声は、そう……確か臨時の体育教師の――

「加賀美、先生……!?」
「俺の事はいいから、逃げて! 早くっ!!」

 加賀美が、化け物にタックルの要領で組み付いたまま、逃げる様に促した。
 対する天音はというと、もう喋る気力すら無かった。半ばパニック状態に近い。
 このままでは、加賀美は自分の為に死んでしまう。だけど、逃げなければ自分が死ぬ。
 逃げないと、と……頭では分かっているのに、身体が硬直して動かない。
 そんな時、天音の腕を掴んだ者がいた。

「天音ちゃん、こっちや、逃げるで!」
「……は、はやてっ……!?」

 化け物を目の前にしても決して物怖じせず、はやてが天音の腕を掴んで居た。
 そのまま振り返りもせずに、はやてが走り出す。その手に引かれて、天音も走り出した。
 それから暫く走って、どうしてはやてがここにいるのか、という疑問を抱いた。

「は、はやて……どうしてここに?」
「やっぱり天音ちゃんが心配になって、引き返してきてんよ。
 あの化け物、そう簡単に諦めてくれるとは思われへんかったから」
「はやてって、何て言うか……凄いよね、行動力とか」
「あはは、褒め言葉と捉えとくよ」

 柔らかい笑みを浮かべながら、はやては走る。
 それから、ここまで来れば大丈夫だろう、という所まで走って、はやては天音の手を離した。
 周囲を見渡すも、そこに怪物の影は無い。どうやら、一先ずは逃げ切れたらしい。
 安心にほっと胸を撫で下ろし、はやてに向き直る。
 しかし、天音とは裏腹に、はやては既に今走って来た方向へと向き直って居た。

「ほな、私はそろそろ行かなあかんから……また明日学校で会おな、天音ちゃん!」
「へ……!? 行くって何処に……って、ちょっと、はやて!?」

 駆け出した少女の足取りは速かった。
 状況を全く聞く事もないままに、天音ははやての背中を見送る。
 夕日に向かって走るはやての背中は、何故かとても頼り甲斐があるように見えた。




「よし、ガタックゼクター!」

 天音とはやての姿が完全に見えなくなったのを確認してから、加賀美はその名を叫んだ。
 刹那、時空を裂いて現れたのは、青く輝く機械仕掛けのクワガタムシ。
 鋼をも切り裂く大顎を開閉しながら、ガタックゼクターと呼ばれた機械が、化け物の身体に激突。
 暴力的なまでの力に押し切られるままに、化け物――エピラクナワームの身体が吹っ飛んだ。
 そのままガタックゼクターは勝ち誇った様に宙を一回転し、加賀美の手中へと跳び込む。

「変身っ!!」

 ――HENSHIN――

 ガタックゼクターが、加賀美の腰に装着された銀のベルトへと叩き込まれた。
 同時に鳴り響く、甲高い電子音。それに伴う様に、形成されていく青と銀の無数の六角形。
 六角形が加賀美の身体を覆い尽くす時には、加賀美は「ガタック」への変身を遂げていた。
 赤の複眼に敵を捉え、上体を僅かに逸らす。両足を踏ん張って、ふんっ!と一息。

 ――ドドドドドドドドドドッ!

 鳴り響く轟音。炸裂する爆発音。
 ガタックの両肩に装備された、イオンビームのバルカンが火を吹いたのだ。
 イオンのエネルギーを光弾に変えて、これでもかと言う程に撃ち尽くす。
 ワームの肩が炸裂する。ワームの胴が爆ぜる。ワームの頭部が激しく燃える。
 動きを完全に封じるまで射撃を続けて、やがてガタックは爆煙の中へと跳び込んだ。

 ――CAST OFF――
 ――CHANGE STAG BEETLE――

 甲高い電子音だけが鳴り響く。
 視界を遮る爆煙の中で、赤の複眼がゆらりと煌めいた。
 されどワームがそれを感知した時には、時既に遅し。
 赤の瞳の輝きよりも先に、青の二刀の煌めきが視界に飛び込んだ。
 やがて爆煙が晴れる。夕日を受けて煌めく、ブルーメタリックの装甲。
 そこに居たのは、ガタックの本当の姿――仮面ライダーガタック・ライダーフォーム。
 双剣ガタックダブルカリバーが華麗に舞い、ワームの身体を滑る様に切り裂いていく。
 斬、斬、斬。なめらかな動きで、何度も何度もワームの身体を斬りつける。

「これでトドメだっ……!」

 ガタックが双剣のグリップを、一つに合わせた。
 マイナスの刃と、プラスの刃。二つの刃がエネルギーを迸らせる。
 それはまさしくクワガタムシの大顎と形容するに相応しい形状。
 ドッキングさせたダブルカリバーを、ワームに向かって――

「どけっ……!」
「――っ!?」

 突き出そうとするも、失敗。
 突如としてガタックを襲ったのは、背後からの一撃だった。
 怯んだガタックを押しのけて、ワームの眼前へと躍り出たのは漆黒のマスクドライダー。
 赤いハートの複眼に、弓に似た両刃の剣……間違いない、こいつだ。
 噂に聞く黒のライダーの情報と、目の前のライダー――カリスの特徴が一致した。

「おい、お前一体何なんだ!?」
「邪魔をするな!」
「うわっ……!」

 駆け寄ろうとしたガタックの仮面を、カリスの肘打ちが強打。
 崩れ落ちるガタックなどまるで意に介さず、勢いそのまま、怒りをぶつける様に醒弓を振るい続ける。
 一撃、二撃と華麗に舞う両刃の剣の前に、ワームは最早ただの標的。
 ただカリスの成すがままの、斬撃の“的”となっていた。
 対するワームも、このままでは拙いと思ったのだろう。
 瞬時にその姿を掻き消し、超加速の空間へと離脱。

「クロックアップか!」
「二度も同じ手は通じない」

 ――REFLECT――

 カリスはその手に握り締める覚醒機に一枚のカードを通した。
 同時に鳴り響く電子音、その名はリフレクト。どんな攻撃をも無効化する鉄壁の壁だ。
 超高速で突っ込んできたワームの身体は、カリスの目前に現れた透明の壁に激突。
 勢いそのまま自分の身体へと返され、ワームの身体が現実空間へと強制的に引きずり下ろされた。
 慌てたワームは二人の仮面ライダーに踵を返し、千鳥足で疾走を始めた。
 このワーム、この期に及んで逃げ遂せるつもりだ。

「あっ、待てっ!」
「チッ……」

 言いながら、すぐにガタックが駆け出した。
 ほんの一瞬ではあるが、遅れを取ったカリスも軽い舌打ちを打ちながらガタックを追随。
 ここまで追い詰めておいて、逃がしてなるものかと、二人の仮面ライダーは一斉に駆け出した。




 暫く走った所で、二人のライダーは道で蹲って泣きじゃくる少女に出会った。
 果たして、それは先程はやてと共に逃げた筈の栗原天音であった。
 走って逃げた筈の天音が、何故こんな所に? はやてはどうしたんだろう?
 そんな疑問を抱いたのであろうガタックが、天音に駆け寄り、尋ねた。

「天音ちゃん!? 一体どうしたんだ、こんな所で!」
「か……怪物が、また私を襲って……それで、逃げてたんだけど……」
「そっか……でも、俺達が来たからにはもう大丈夫だ! で、その怪物はどっちにいったんだ?」
「あっち……」

 震える指を突き出して、ガタック達が元々の進行方向としていた場所を差した。
 ワームはここで天音を襲い、その後仮面ライダー二人が来る事を恐れ、逃げ出したのだろう。
 天音からの情報を得たガタックは、「よぉぉぉぉし!」等と叫びながら、走り去って行った。
 こうして、この場に残されたのは、天音とカリスの二人きり。流れる沈黙。過ぎて行く時間。
 何十秒、或いは何分間こうしていただろうか。不意に、天音が静寂を破った。

「……黒い仮面ライダー……貴方は行かないの……?」
「………………」

 佇んだまま動かぬカリスに、天音が問うた。
 カリスは何も答えない。ただ、じっと天音の顔を見詰めるだけだ。
 この身体を張ってでも、守ろうと誓った少女――その少女が、目の前で泣いている。
 敵を倒す事よりも、今はそばに居てやりたい、と……心の何処かで、そう思う。
 そんな事を考える事自体が可笑しいのだと気付いていても、どうしようもない。

「……?」

 不意に、カリスの仮面が微かに動いた。
 何かに気付いた様に、何かの違和感に抗う様に。
 違うのだ。これは……カリスが守ろうとしたものとは、何かが違うのだ。
 そう思った刹那、カリスが握る醒弓に、再び力が込められていた。

「フンッ!」
「……ひっ!?」

 脅えた声を上げる天音にも、容赦はしない。
 カリスアローを振りかぶり、上段から一気に振り下ろす。
 刃が天音に触れようとした瞬間、天音の姿が変質した。
 水色の外骨格に覆われた頑丈な腕で、その刃を受け止めたのだ。
 最早説明は不要だろう。先程のワームが、天音の姿に擬態していたのだ。

「何故解った……?」
「無駄だ……天音ちゃんの姿を借りても、お前の気配を消す事は出来ない!」

 勢いそのまま、繰り出されたのは、右脚による強力な前蹴り。
 ワームの胴体にカリスの脚は見事なまでに直撃し、堪らず数歩後退するワーム。
 もう一度体勢を立て直す時には、既にカリスの刃が振りかぶられた後だった。

「トゥッ!」
「――っ!!」

 力任せに振り下ろされた一撃が、エピラクナワームを頭から胴体まで一気に切り裂いた。
 派手に舞い散る火花と共に、衝撃で吹っ飛ばされたワームがアスファルトをごろごろと転がる。
 しかし、カリスの追撃はそれで終わりはしない。天音に手を出した罪は重いのだ。
 ワームの肩を掴んだカリスは、無理矢理その上体を持ち上げ、拳を振るう。
 右フック、左フック、右アッパー、後ろ回し蹴り。一撃一撃に力を込めて、一方的に叩き込む。
 満身創痍となったワームは力なくその場に崩れ落ちた。

 ――FLOAT――
 ――DRILL――
 ――TORNADO――

 カリスラウザーを装着したカリスアローに、立て続けに三枚のカードを読み込ませた。
 ラウズされた三枚のカードは、それぞれの紋章を宙に描いて、カリスの身体に吸い寄せられる。
 ライダーに飛行能力を与えるフロート。ライダーのキックに竜巻の如き力を与えるドリル。
 そして、ライダーの身体に風の属性を付加させる特殊効果を持つ、トルネード。
 それら三枚をラウズする事で、コンボは完成する。

 ――SPINNING DANCE――

 吹き荒ぶ突風。巻き起こる竜巻。
 ドリルの如ききりもみ回転で、周囲の風を巻き込んで、カリスが宙に浮かぶ。
 突き出されたカリスの脚は、何者をも砕くドリルとなりて、ワームへと迫る。
 そして――何が起きたのか、未だ理解出来ていない様子のワームに、激突。
 凄まじい速度でのきりもみ回転キックが、ワームの外骨格を砕いたのだ。
 勢いそのまま、カリスの身体はワームの身体を完全に貫通。
 カリスが回転を止めて、アスファルトにその脚を下ろした時には――
 昆虫の羽根が掻き鳴らす音を、更に煩くしたような断末魔の叫びと共に、爆発四散。
 こうして天音を襲ったワームは、この世から消えて無くなった。




 カリスがワームを撃破してから、数十分が経過していた。
 喫茶店ハカランダの庭には、木製のベンチとテーブルが設置されている。
 この場所で休憩をしていく人が、周囲の景色を眺めながらくつろげるようにと、そんな目的のもとに作られた簡単な設備であった。
 そのベンチに座りながら、八神はやてを思考を巡らせる。
 次第に紺色に染まって行く夜空をぼんやりと眺めながら、されど思考は至って鋭く。
 考えるのは、漆黒の仮面ライダー・カリスの正体についてだ。
 カリスは、何度も天音を助けている。初めて出会った時も、昨日も……さっきだってそうだ。
 特に天音に化けたワームを見破った時のカリスは、只ならぬ雰囲気だった。
 そこではやては考える。カリスの正体が、天音の身内であったとしたら……?

(天音ちゃんの家族は、お母さんと始さんの二人……だとしたら、考えられるのは……)

 ザッザッ……と、不意に、足音が聞こえた。
 この庭の土を踏みしめて、歩いて来る男の足音だ。
 ようやく現れたなと、はやては思う。ずっとここで待っていた甲斐があった。
 ハカランダに来てみれば、相川始という男は既に何処かへと走り去って行った後だと言われた。
 聞くところによると、相川始は稀に突然家を飛び出して行く事があるらしい。
 そして、今回始が家を出た時間は、調度ワームが現れた時間と符合する。
 買い物袋を提げて歩いてきた始に、はやては歩み寄った。

「始さん、こんばんは」
「……やぁ、こんばんは。どうかしたのかい、はやてちゃん」

 笑顔を作って、はやてに対応する。
 しかし、はやては見逃さなかった。始が一瞬見せた、訝るような表情を。
 この相川始と言う男、はやてを見るや否や瞬間的に表情を歪ませたのだ。
 追い打ちをかけるように、はやてが言葉を紡ぐ。

「すぐ後ろには天音ちゃんも居てますけど……ここからなら天音ちゃんの居るハカランダにまで声は届きません。
 と言っても、こんな至近距離で何かしようものなら、すぐに天音ちゃんの目に入ることやとは思いますけど」
「天音ちゃんが一緒に居ると、拙い話なのかな?」

 はやての背後、ハカランダの窓の向こうに、天音の姿を確認した。
 これは、はやてにとっての保険。天音を利用する様で申し訳ないが、これ程確実な物は無い。
 まず断言できる。この男、天音に嫌われるような真似は絶対にしないと。

「私は別に構いませんけど……拙いのはそっちなんちゃいますか……?」
「何を言っているのか、良く解らないな」
「仮面ライダーカリス……という言葉に、聞き覚えはありますか?」

 始の眉間に、これでもかと言う程の皺が寄せられた。
 この表情、忘れはしない。始が初めてはやてを見た時と表情だ。
 怒っている様にも、単なる敵意とも取れる、何とも言い難い表情。
 はやてにとって、それは最早自分がカリスであると認めている様な物だった。

「ほな、単刀直入に言わせて貰いますけど……仮面ライダーカリスは、始さんなんちゃいます?」
「ああ、仮面ライダー都市伝説だっけ……最近有名な話だね」
「あくまでとぼけるつもりですか……?」
「ごめん、俺には君が何を言ってるのかわからないよ」
「ちょ、ちょっと……!」

 それだけ言うと、始は再び歩き出した。
 はやての制止を振り切って、足早にハカランダへと向かっていく。
 すぐに追いかけて始の服の裾を掴むも、すぐに振り払われた。
 もうこれ以上、はやてと話すつもりはないらしい。
 はやてには、ハカランダに戻って行く始をただ黙って見ているだけしか出来なかった。


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最終更新:2010年09月10日 01:31