賞金首を狩りつくして、終には憧れの彼女を葬った。
毎日毎日モンスターを殺す代わり映えのしない日々が終わりを告げる。
壊れてしまったパートナーを連れて彷徨った果てに、辿り着いたのはバトー戦車研究所。突然の地震に襲われて、目が覚めるとそこはまるで別世界のよう。
とりあえず目の前の3人をどうしようか。
魔法少女リリカルなのはStrikers―砂塵の鎖―始めようか。
第1話 遭遇
「ゴール地点で会いましょう。てへっ。」
リインフォースⅡ空曹長にそう言われて始まった陸戦魔導師Bランクへの昇格試験。
試験中、紆余曲折あったけれどなんとか私とスバルは時間内にゴールできた。
「ちょっとびっくりしたけど無事でよかった。とりあえず試験は終了ね。おつかれさま。」
高町なのは一等空位がそう言って微笑む。
私の怪我を心配してもらって、スバルがなのはさんに撫でられながら泣いている。
ついさっきまでそんな感動的な場面だったはずだった。
これがストーリー仕立てだったならカメラが引いていって微笑ましく上官たちが上から
眺めているぐらいの場面だったはずなのに・・・。
突如として試験場は激しい地震に襲われた。
時間にすればほんの数秒。
感覚的にはぐらっときたと思ったら終わっていた状態。
地割れに飲み込まれたとか瓦礫が落ちてくるとか被害は無かった。
けれど、視界に移るこの人は誰?
さっきまでいなかったこの光の無い死人のような目をした緑の人は・・・。
全身の毛が物凄い勢いで逆立っている。
震えが止まらない。
これも試験なんですか?
この人も試験官なんですか?
本当は笑いながらそう尋ねたいのに、口は言うことを聞かずカチカチと歯を鳴らすばかり。デバイスを握る手はろくに照準も合わずに震えっぱなし。
さっきまで微笑んでいたはずのなのはさん、失礼かもしれないが本人がそう呼んでと
言ったから呼ばせてもらおう、がデバイスを変形させて警戒している。
なにかがなのはさんのこめかみから滴り落ちたのは見間違いであってほしい。
和やかだったはずの試験会場が、唐突に殺伐とした雰囲気に飲み込まれるみたいだった。
手元に抱きしめていたアルファは無事。
バトー博士とサースデーの姿が見当たらない。
場所がバトー戦車研究所とは違うのは明らかだった。
どこかの街の転送システムが暴走でも起こしたくらいしか貧しい想像力では思いつかない。
それ以上に今問題なのは、目の前にいる3人の女。
青い髪のほうは状況理解できていないみたいに呆けた顔をしている。
妙な靴とロケットパンチもどきを装備しているがこの様子なら問題ないだろう。
隣のツーテールのほうは馬鹿みたいに震えている。
そんなに震えてトリガーに指をかけていたら思いがけず撃ってしまうだろうに。
問題は、エミリが喜んで着そうな白い服の女。
後ろの2人に比べて戦いなれた目をしている。
経験値として模擬戦をやろうとキングタイガーを持ち出しては
街中で戦車戦をやったローズと同じか少し上といったところか。
異変に警戒を緩めない辺り、ハンターとしては上出来。
いいハンターだ。
こぶし大くらいのなにかが視界の端を飛んでいた気がしたが気のせいだろうか。
ファイバーグラスに周辺状況が羅列される。
該当の無い飛行ユニットおよび乗員を確認。
アパッチトンボを腹から横に切って繋ぎ合わせて塗装しなおしたらあんな感じだろう。
ずいぶんとレアなものを所持しているものだ。
さて、この状況はどういったものか。
おそらく状況把握が双方できていないあたりの認識で問題ないだろう。
良くも悪くも有名になった俺の名前か殺した彼女の名前か、
案外ジャックおじさんあたりの名前をだせば事態は動くだろう。
それで任意か強制かは彼女達の自由意志に任せるとして、
近場のハンターオフィスに案内させてメールで連絡すれば問題はない。
特に殺しあう必要も無いだろう。
相手が仕掛けてこなけれ・・・。
ほとんど脊髄反射でアルファの身体を横抱きにしたまま身体を横に吹き飛ばす。
ついさっきまで頭があった場所にレーザー、そのわりにずいぶんと収束が甘い、が突き抜けていった。
誤射だ。
間違いなく誤射だ。
たぶん誤射だ。
ツーテールの震えていた子が誤射したんだ。
必死に自制をかける。
だが、身体に染み付いた経験が、繰返し行われた日々が、
遺伝子にまで刻み込まれた戦闘行動を思考するよりも先に行わせる。
地形を把握、敵対勢力の認識の完了、現在所持している装備の認識を完了。
相手までの射程は約30m。
相手の装備?知るか!!
ムラサメの持っていた和泉守兼定があれば視界全部を一撃で屠れるだろうが
無いものねだりしたところでどうしようもない。
単なる鋭い刀のキーンエッジを引き抜いて、現状一番の脅威だろう白い女に斬りかかった。
正対している相手は見たことも無い子。
横抱きにしているのは怪我人?
でも、それならなんでこんなに殺気立ってるの?
初めてフェイトちゃんやヴィータちゃんに会ったときよりもまずいかもしれない。
この距離で2人を庇いながら戦うなんて考えちゃダメな相手。
冗談みたいに強いお兄ちゃんよりも強いかもしれない。
冷や汗が滴り落ちるのを感じる。
なにかが動けばそれがきっかけになってしまう。
通信を行うことさえきっかけになるだろう。
見間違いかと思うくらい一瞬、フェイトちゃん達のいるほうへ視線が向いた。
こちらの状況を把握されている?
武装らしきものは腰の刀?
ミッド式?ベルカ式?
アームドデバイス?それともストレージデバイス?
横抱きにしている子がユニゾンデバイスで壊れている?
魔力を感じないからデバイスが壊れてバリアジャケットを展開できていない?
必死に状況把握に努める。
少なくともこの距離なら砲撃魔法で無い限り届かないはず。
シグナムさんのレヴァンテインみたいに伸びても守る暇は生まれるだろう。
フェイトちゃんなら一瞬で詰めてくる距離だけどデバイスを展開していない以上、
可能性は低いと見ていいはず。
ふっと、彼の圧力が緩んだ。
いつでも私達を倒せるという余裕か、それともなにか意図があるのか。
少なくとも会話ができる雰囲気に変わった。
1発の魔力弾が彼の頭に飛んでいくまでは。
4つの幸運と3つの不運が重なった。
幸運だったことは彼が横抱きの子を手放さなかったこと、
レイジングハートがインテリジェントデバイスだったこと、
私自身が魔力をたくさん持っていたこと、道が一本道であったこと。
おかげで防御が間に合った。
私が認識できた次の瞬間にはレイジングハートが展開してくれたシールドの上で刀が火花を散らしていた。
押し戻される刀の切っ先がシールドを突き抜けていたことに冷や汗が止まらない。
不運だったことは怯えたティアナに注意を払えなかったこと、
戦いのきっかけが産まれてしまったこと、
背中に疲れきって飛行できない2人を庇っていること。
距離を一定以上離そうとしない彼が次にとった行動は、お酒の瓶を上に投げること。
不意にそれを目で追いそうになるがぐっと我慢する。
それが地面に落ちるよりも早く再び切りかかってくる彼の姿があった。
攻撃を受け止める。
ものすごく重い一撃が、嵐のように継ぎ目無く襲い掛かってくる。
「Master,That’s flare bottle.」
フレアボトル・・・火炎瓶!?
レイジングハートの言葉に彼が投げたものがなんであるか分かると同時に凍りつく。
彼の攻撃を止め続けないと3人ともやられる。
火炎瓶を止めないと火傷で弱って3人ともやられる。
火炎瓶を受け止めると彼の攻撃が止まらない。
彼の攻撃を止め続けると火炎瓶が止まらない。
「てやー。」
今までどこにいたのか、リインフォースが火炎瓶に飛びつく。
幸運はまだ終わっていなかった。
リインが飛びついても落下する火炎瓶は止まらない。
けれどほんのわずかだが落下速度が落ちたおかげでスバルがリインフォースごと
火炎瓶を受け止めることができたのだから。
「ナイスキャッチ。リイン。スバル。」
そう声をかけるけれど、ほんの少し寿命が延びただけ。
「こらー。お前ー。もうすぐはやて達がくるですよ。武器を捨てろですー。」
リインがそう声をかけるけれど彼は停まる様子がない。
お願いフェイトちゃん、はやてちゃん、早く来て。
そのとき、願いが通じたのか根負けしたかのように彼の刀が砕け散った。
チャンス。
そう思ったとき、足元になにかが転がった。
相手の武器が砕けたことも手伝って、無意識に視線がそれを追う。
「It’s like a hand grenade.」
手榴弾!?
映画の中でしか見たことの無いそれの名前と形に全力でシールドを展開する。
彼が完全に殺すつもりだといまさら気がついた。
「なのは!!」
「なのはちゃん。」
フェイトちゃん達の声が聞こえた。
ああ、助かった。
なんとかなったと安堵しながら、視界の中に耳を塞いで伏せる彼の姿が映った。
・・・・・・あれ?
なんで頑丈そうな耳当てがついているのに耳を塞いで伏せてるの?
凄まじい音としか分からなかった。
気がつくと私は地面に崩れ落ちていたのだから。
身体が止まらない。
蓄積された経験が抱えている鉄クズを捨てろと訴え、アルファを抱く腕が離れそうになる。
刀を休まず叩きつけろと訴え、バリア?に幾度と阻まれながら振り下ろす手は止まらない。
相手の弱みをつけとあからさまに動けない2人を狙って火炎瓶を上空に放り投げる。
相手の装備を理解しろ、奥の手を使わせる前に無力化しろと訴え、砕けたキーンエッジを捨てながら音響手榴弾を転がしていた。
大気を引き裂く高音をもろに受けた白い女が地面に崩れ落ちる。
いい目をしていたのにまるで素人じみた対応じゃないか。
すかさず近寄り、耳から血を流す女の細首を踏みつけながら、
オートバグラーを頭に突きつけた。
「なのは!!」
「なのはちゃん!!」
上空に現れた金髪と茶髪の女が悲鳴のような声をあげる。
なのは?
ああ、この女のことか。
しかし、上空から見下ろすのはいいがそんな高度じゃ遮蔽物が・・・人が空を飛んでいる?
アルファと同系か派生の戦闘用アンドロイドか?
だとすればずいぶんと感情豊かなものだ。
まるで人間のような悲鳴じゃないか。
ものすごくまずい。
殺すことに躊躇いっちゅうもんがない相手だと気がついた。
古い映画に出てきたのと物凄くそっくりな銃がなのはちゃんに突きつけられている。
相手は順番に片付けていくだろう。
なのはちゃんを人質にスバル達を殺してから私たちか。
あるいは逆か。
「あの抱きかかえている人を狙えば・・・」
「あかん。それだけは絶対にあかんって勘が叫んどる。」
「でも、このままじゃなのはが!!」
「それならスバル達を遮蔽物の陰に動かせば・・・。」
「それもあかん。なのはちゃんが確実に死ぬことになるわ。」
フェイトちゃんの言葉に思わず頷きそうになる。
けれどそれだけはダメだと勘が告げる。
あれだけ激しく戦いながら片時も手放さないものを攻撃したら、
それこそ戦いが止められなくなる。
足枷となっている2人を移動させることすらままならない。
リミッターがかけられた状態がこれほど歯がゆく思ったことはない。
六課の部隊長として決断を迫られているのか。
なのはちゃんを切るか、六課という組織を切るか。
彼は六課を快く思わない人間の回し者なのか?
こうしている間にもなのはちゃんに突きつけられた銃の引き金が引かれそうで、
こらえきれなくなったフェイトちゃんが後先考えずに突っ込んでいきそうで、
焦りばかりが加速していく。
「んー、とりあえず落ち着こうじゃないか。お嬢さん方?」
緊迫していた雰囲気に場違いとさえ言いたくなるのんきな声が響く。
いつの間にか、なのはちゃんを足蹴にしている男の傍らに老人が立っていた。
「状況説明を願いたいところだが、この子を足蹴にしたままじゃ落ち着けないだろう。
だが、私達もこんな状況でないと武器を突きつけられて会話ができる人間じゃない。
どうかご理解していただけないかな?お嬢さん。」
パイナップルみたいな髪型に冗談みたいな形のサングラス。
アロハシャツにハーフパンツという格好の老人が理詰めで話してくる。
正直なところ助かったと心の底から思った。
少なくとも緑の彼と違って話が通じる。
「あー、わたしとしても殺し合いするのは本意やない。でもあんたらが怪しいちゅうのも
疑いようの無い事実や。そこんところ分かっといてや。」
「それなら早急に『はんた』という名前をハンターオフィスに問い合わせてくれればいい。
それで彼の身の証は立てられる。彼以上の有名人はいない。それとも、お嬢さん方も彼の
名声を狙う人間なのかな?」
「あー、質問に質問を返すようで悪いんやけどハンターオフィスってなんや?」
「冗談・・・というわけではなさそうだね。お嬢さん。さっきから片隅でこっそり観察させて
もらったけれどお嬢さん方が使っている装備、異常なまでに澄んだ空の青さ、空気の純粋
さから考えられる可能性としてここが人工的に作られた環境だからかな、それともここが
異世界とかいう私の馬鹿げた推測が正しいということかな。」
断片的な要素だけで一方的に情報が引き出されていると気がついた。
おそらくあの老人は私たちとなのはの関係、バリアジャケット、ひょっとすればこっちに
駆けつける私たちの飛行速度もデータに取られていたのかもしれない。
少なくともなのはちゃんに関してはリミッター付とはいえ砲撃魔法を除けば
丸裸に近いかもしれない。
魔法とランクだけは悟られたらあかん。
2人を庇って動けなくてもなのはちゃんを正面から倒せる人間を抱え取る人間には絶対に。
ばれていないと考えられる情報は魔法、管理局、ランク、地位。
個人で管理局に戦争ふっかける人間はいないだろう・・・たぶん。
緑の彼とかなのはちゃんを見てるとできそうな気がするのは気のせいだ。
あれ?リインとユニゾンすればわたしもいける?ってなに考えとるんや自分。
私達やなのはちゃんを人質に管理局へ何か吹っかけてもたいしたものは引きだせん。
考えたくないけど、攫ってモルモットの可能性は捨てきれない。
けれど、管理局のエース・オブ・エースを撃破という絶好のチャンスでこんな形を
作り出す違和感が捨てられない。
まるでなのはちゃんがエース・オブ・エースだと知らないみたいや。
ならばさっさと手札をさらすべきか。
優先すべきはなのはちゃんとスバル達の命。
六課を作るに苦労したけど、それ以上に人のほうが得がたい。
なによりなのはちゃんは親友やからな。
「ええ、ご老人。あなたの推測どおりあなた方からすればここは異世界です。」
「じゃあ、それを証明してみせてくれないかな?」
老人はさらりと悪魔の証明を求めてきた。
証明する手段なんてあるはずがない。
あまりにもさらりと言われたのも手伝って、フェイトちゃんは露骨なまでに動揺して、
私も動揺を隠せたか自信が無い。
一方の老人のほうはまるで変化がない。
完全に手の上で転がされとる。
「その反応で十分だよ。隣の金髪のお嬢さん。お嬢さん方が等しく洗脳されてるか、
飛びぬけて優秀なアンドロイドか、管制コンピュータに動かされる端末という可能性が
捨てきれないが、彼1人ならどんな状況でも逃げおおせるだろうからね。キミ達の
言い分を信じようか。」
老人の言葉に心の底から安堵した。
六課を立ち上げて早々にこんな事態が起こるなんて呪われとるんやろうか。
もしもヴォルケンリッターがおったら・・・。
あかん、死人が仰山出るイメージしか浮かばん。
「それじゃあ信じてもらえたところで武装解除してなのはを離して・・・」
フェイトちゃんが彼らに武装の解除となのはちゃんの解放を訴える。
いや、焦るのはわかるけど無理やろそれ。
「それはできない相談だね、金髪のお嬢さん。お嬢さん方が服を着て丸裸でいないように、
ボクらにしても武器を身につけないというのは丸裸でナニを見せながら歩くようなものだ
からね。」
「・・・っ。じゃぁ、せめてなのはだけでも・・・」
「それもできない相談だ。この子を渡せばキミは躊躇いもせず切りかかってくるだろう?」
「それはっ!!」
フェイトちゃん、分かりやすすぎや。
男の人にナニ言われて顔を真っ赤にしたら年齢がばれるって。
ついでに近接戦闘ができるって情報まであげとるって気がついてないんか。
なのはが絡むと冷静でなくなるんか。
「あー、もうええわ。じゃぁ、なのはちゃん拾って私らの後、ついてきてください。」
「分かったよ、お嬢さん。サースデー。話が纏まったからこの白いお嬢さんを抱いて持ってきてくれ。くれぐれも丁寧に慎重に。」
「ワカリマシタ。ばとー博士。」
機械の駆動音と共に現れたそれに正直びびった。
全身機械で人型で受け答えして歩いとるんやから。
ロボットってそんなのありなんか?
それとも私の常識が壊れとるんか?
なのはちゃんをサースデーと呼ばれたロボットが軽々と抱き上げる。
「しっかし、そこの緑の、はんたって言うたか、みたいなのが当たり前におる世界って
いったいどんな世界なんや。」
間が持たなくて、ぽろっと口にした言葉だった。
それが全てを打開する一言になるなんて、人生なにが起こるか本当にわからんもんや。
「少し古ぼけた言い方をすると太陽系第3惑星地球っていう星だよ。」
酷く聞きなれた単語をさらりと言われた気がする。
聞き間違いでないか、思わずフェイトちゃんと顔を見合わせていた。
「どうしたリインフォース。横に転がっているのは今日試験を受けたやつらか?
あの程度で呆けているんじゃ実戦で使いものにならんのではないか?」
「ち、ち、違うですよ。シグナム。なんでもいいからこの子達を拾いに来いです。
なのはが倒されて人質で大変なんです。」
「ほう、高町を倒すとはずいぶんと優秀な魔導師が試験を受けたものだな。」
「だから違うですよー。なんでもいいからシグナム早く迎えにー。」
音響手榴弾の余波で気絶したスバル・ナカジマと恐怖で気絶したティアナ・ランスターの
傍らでそんな通信がされていた。
最終更新:2008年01月17日 21:34