それからややあって、状況は大きく変わって居た。
 海堂と立川が現在隠れている場所は、街の外れの廃工場。
 高町なのはは、二人の無事を確認しながら、魔力弾を飛ばす。
 この廃工場が如何に広いと言えど、ここは室内。
 自由に飛び回る事を制限されたなのはは、大きく不利――

「そこぉっ!」

 ――かと思えば、そんな事も無いらしい。
 宣言と共に発射した魔力弾は、工場内を縦横無尽に飛び回り、ワームに命中。
 ある魔力弾は牽制。ワームの動きを制限し、思い通りの行動を封じ。
 ある魔力弾は本命。十分な魔力が注がれた弾丸は、ワームを爆ぜさせて。
 牽制かと思えば本命の弾丸が迫り、本命かと思って回避すれば、それはなのはの思うツボ。
 この狭い空間の中で完全に自由を奪われたワーム達は、ろくな対処も出来ずに――

「せやぁっ!!!」

 サソードの刃に斬り裂かれ。

「おおおおおおおおおおおおりゃっ!!!」

 ガタックの双剣に叩き伏せられる。
 自由を奪われたワームなど、青と紫のライダーの前には無力同然。
 二人が振るう刃は、どれも一撃で、確実にワームを緑の炎へと変えていく。
 天才的な魔法戦の才能を持ったなのはと、戦闘のプロであるライダーが揃って初めて成せる業。
 最高のコンビネーションは、こうして図らずも磨き抜かれて行くのであった。

 際限なく沸き続けていたワームも、流石に不利だと悟ったのだろう。
 彼女らの前には人海戦術も虚しく、ワームの数が目に見えて減って行く。
 やがて、急激な速度で数を減らして行く中、三匹のワームが赤く変色。
 ワームによる脱皮。それはサリスを成虫に変え、クロックアップを可能にする。
 何とかして対処しようとした、その瞬間――駆け抜けたのは、赤の風であった。

 ――CLOCK OVER――

 鳴り響く電子音。
 一斉に爆発してゆくワーム達。
 赤い装甲を煌めかせて、顕在するカブト。
 その場の全員の視線が、突如として現れたカブトへと向けられる。
 そんな中、何の前触れもなくぽつりと呟いたのは、立川大悟であった。

「太陽の神、カブト――日下部総司」
「立川さん……? 何を言って――」

 しかし、その言葉は最後まで紡がれない。
 疑問を浮かべるなのはを遮ったのは、レイジングハートの警告音。
 なのはが持つ杖の先端に輝く宝玉が赤く光輝いて、現状を報告した。

『Master, One reaction of the worm still remains.』
「えっ……!?」

 まだワームが一匹残っています、と告げる。
 なのははすぐにレイジングハートを構え直し、警戒態勢を取る。
 ガタックはすぐに周囲を警戒し、カブトは何も言わずに歩を進める。
 気付けば先程まで戦っていたサソードが居なくなっているのだが、それは後回しだ。
 あの神代剣がそう簡単にやられた等とは思えないし、今は残ったワームを警戒する方を優先。
 それから数秒と待たずに、カブトの視線の先に、一匹の蛹ワームが居る事を確認した。
 しかし警戒心を強めるなのはとは裏腹、ワームは突如として変身を解いた。
 何の変哲もない、何処にでもいる中年男性の姿になったのだ。

「た、助けて下さい! お願いします!」
「え――?」

 あまりにも予想外過ぎる行動であった。
 完全に戦う意思を無くしたのか、男はその場に跪いた。
 その瞳に涙すら浮かべて、迫るカブトにただただ土下座する。

「もう悪さはしないって約束しますから! どうか、どうか命だけは……!」

 ――ONE――

 されど、男の願い虚しく。
 無情にも、返された返事は電子音であった。
 流石に可哀相に思えたなのは、レイジングハートを下ろし。
 ガタックは何をするでもなく、ただ動揺した様子でワームを見詰め。
 狼狽する一同の中で、唯一カブトだけが、淡々と歩を進めていた。

 ――TWO――

 流石に見て居られなくなったなのはが、地べたを蹴った。
 ふわりとその身を浮かせ、歩を進めるカブトへ向かい飛翔する。
 あのワームは既に、戦う意思を失い、完全に武装を解除した。
 投降の意思を表明した相手を無慈悲に殺すなど、あってはならないのだ。

「やめて、天道さん……! もうそのワームに戦う気は……!」
「お、おおお願いします! 許してっ……、許して下さいぃぃ!」

 ――THREE――

 カブトが、ベルトの三つ目のボタンを叩いた。
 ただ脅える事しか出来ず、後じさりながらも命乞いを続けるワームの眼前まで迫り。
 目の前で散りゆく命を救わんと飛翔するなのはの努力も虚しく。
 事実上の死刑宣告は、電子音声で告げられた。

 ――RIDER KICK――

 稲妻をその身に纏い、カブトが脚を振り抜いた。
 左足を軸足にした、強烈なまでの回し蹴り。
 カブトの必殺技、ライダーキックだった。

 その軌道は真っ直ぐに男へと走り――。

「うわぁぁああああああああああ!?」

 それは、断末魔の絶叫だった。
 カブトの蹴りが減り込んだ瞬間、男の姿はワームへと変化した。
 ごしゃ、と。何かが壊される時に聞こえる、心地の悪い音が鳴り響いて。
 次の瞬間には、タキオンの稲妻に全身を破壊されて、ワームは爆発四散した。

 それから暫くの間は、誰も、何も言えなかった。
 各々が何を考えているのか。命を奪ったカブトへの憤りか、それとも別の何かか――
 それはなのはに解る事ではなかったが、少なくともなのはが抱くは、前者の感情。
 あのワームは恐らく、本気で改心しようとしていたのではなかろうか。
 なのにカブトは、にべもなくその願いを一蹴し、男の命を奪った。
 憤りを感じない筈がないし、なのはにはそれが理解出来なかった。
 そんななのはの感情を代弁するかの様に一歩を踏み出したのは、

「なあ天道……今のは少し、ひど過ぎるんじゃないか」

 仮面ライダーガタックこと、加賀美新であった。
 加賀美としても、先程の天道の行動には納得しかねるらしい。
 周囲を見渡せば、海堂も若干退いた様な視線でカブトを見ていた。
 相変わらず無表情の立川の感情は読めなかったが、それでも自分が少数派では無い事には確信を持てる。
 故になのはもまた、ガタックの横へと降りたって、カブトに抗議の視線を向けた。

「どうして……どうして殺したの!? あのワームはもう、戦うつもりなんて無かったのに……!」
「躊躇いは、こっちがやられる」
「何の躊躇いなの!? あのワームにはもう戦う力なんて残って無かったって、分かるじゃない!
 何も今すぐに殺さなくたって、いくらでもやり様はあった筈だよ! それなのに――」
「――くだらんっ!!!」

 なのはの言葉を遮って、カブトが怒鳴った。
 その威圧感は半端では無く、なのはのみならず、その場の全員が言葉を失った。
 カブトの怒鳴り声は、静まり返った工場内で反響し、何重にも響き渡る。
 彼が仮面の下でどんな表情をしているのか、なのはには解らない。
 それも相俟って、なのはは完全に竦み、言葉を失った。

「相手がワームなら、俺は非常に徹する。そして――」

 無意識に、カブトが僅かに拳を握り締めた。
 ライダースーツが、ぐぐっ、と音を立てて軋む。

「――倒すっ!」

 その言葉には、隠そうともしない棘が多分に含まれて居た。
 まるでワームを完全に敵視し、憎しみすら抱いているかのような……。
 天道という男の境遇をなのはは知らないが、少なくとも、それだけは解った。
 だけど、ここで相手の威圧感に押し負けて、引き下がるなのはではない。
 伝えたい事があるならば、無理矢理にでも押し通す。
 それが高町なのはという一人の人間の生き方だ。

「でも、あのワームだって生きてたんだよ!?」
「甘いな。そもそもお前の様な子供が戦う事自体話にならん。
 子供は子供らしく、大人しく家に帰って勉強でもしてるんだな」
「子供だからとか、そんなの関係ないじゃない! 私は誰かを守りたいから戦ってるだけ!
 人に言われて戦ってる訳じゃないし、ましてや天道さんにそんな指図をされる覚えもない!」

 カブトの態度には、流石のなのはもカチンと来た。
 聞けば天道は何かにつけて子供子供となのは達を見下している様子。
 少なくとも天道の言い方では、ただ相手を馬鹿にしている様にしか聞こえなかった。
 感情の赴くままにレイジングハートを突き付けて、カブトに怒りの視線を突き付ける。
 やれやれとばかりに、仮面の下で嘆息する天道の声が聞こえた。

「お前はいつか、痛い目を見るだろう。そうなった時、悲しむ人間の事を少しでも考えた事はあるか」
「そんな事、今は関係ないよ! 第一、そうならない様に、私は何時だって全力全開で頑張ってるから!」
「それが問題だと言っているんだ」
「……!?」

 意味が分からずに、なのはの言葉が詰まる。
 カブトはなのはに踵を返し、首だけ僅かにこちらに向けて、のたまった。

「そんな事も解らないうちは、お前もまだまだ半人前以前の子供だという事だ」

 それきり、カブトはなのはと話す気を無くしたらしい。
 なのはに赤い背を向けて、悠々と工場の出口へ向かって歩いてゆく。
 すぐに追いかけようとしたが、どういう訳か、身体は動いてくれなかった。
 心中で、今し方カブトに言われた言葉が何度も駆け巡る。

(今の、どういう……)

 頑張り過ぎるのが、問題だとでも言うのだろうか。
 確かに自分は、何時だって頑張って、無理矢理にでも道をこじ開けて来た。
 自分が間違った道を歩いているとは思っていないし、だからこそその行動も正しいと思っていた。
 だけど、天道総司は恐らく、なのはのその行動方針を見抜いた上で、先程の苦言を呈したのではなかろうか。
 無理矢理道をこじ開けるのはいいが、もしもそれでも越えられない壁があった時、なのははどうなるだろう。
 なのはの仕事は、いつだって死と隣り合わせ。きっと取り返しのつかない事態になる。

 考えたくはないが、もしも先程の自分の考えが間違っていたら。
「あのワームはもう、戦う意思を失っていたように見えた。だから許そう」
 この、自他共に認める“優しすぎる考え方”が、もしも間違っていたとしたなら。
 きっと、「取り返しつかない事態」というイフは、今頃訪れていたのではなかろうか。
 少しだけ冷静になって、天道の行動の意味を良く考えてみる。

「ううん、それでも……私は私の道を進む事しか出来ない」

 だけど、それが自分なのだ。
 一度言われたくらいで、その考えは曲がらなかった。


 ……人間と言うのは、馬鹿な生き物だ。
 一度痛い目にあわなければ、中々それを理解する事は難しい。
 その時は、今から二年後に訪れるのだが……それはまた、別のお話。


 こうして、この日の戦いも無事に終わった。……かに、見えた。

「うぉおおおおおおおおおおおおああああああああああああああああああッ!!!」

 突如として、工場内に響き渡った絶叫。
 なのはも、ガタックも、海堂も、立川も。
 この場にいる誰もが、絶叫の主も、その理由も理解出来なかった。
 だけど、何事かと狼狽する四人を除けば、この場所にいるのは只一人。
 次の瞬間には、なのはの視線の先、カブトが両膝をアスファルトについて、頭を抱えていた。
 当然、その場の全員がどう対処していいのか分からなかったし、分かる筈もなかった。

 カブトが突然頭を抱え、絶叫と共に苦しみ出した。

 それだけが、皆が理解した唯一の事象。
 それからすぐに、カブトは事切れたかのように動かなくなった。
 状況が何一つ掴めないまま、何が起こったのかとカブトを凝視する。
 やがてゆらりと立ち上がったカブトは、ゆっくりとこちらへと振り向き。
 次の瞬間には、凄まじい速度で駆け出し、立川の眼前へと迫って居た。

「うおおおおおおおおおおお!!」
「カブっ……、ぐっ――!?」

 カブトが叩き込んだのは、重たいパンチ。
 咄嗟の事に両腕で受け止めようと手を出すが、そんな事は無意味。
 生身の人間に、仮面ライダーの拳を受け止めきれる訳がなかった。
 呻き声と共に軽く吹っ飛んだ立川は、アスファルトを転がって、何とか立ち上がる。

「天道さん、一体何を……!?」
「お前っ! 何してんだ天道!?」

 なのはの声と、ガタックの声が重なる。
 二人とも同じ様に、驚愕していた。
 仲間である筈の男の凶行に。

「うおおぁああああああっ!!!」

 しかし、カブトにその声は届かない。
 狂った様に走り出して、狂った様に立川を殴る。
 苦しそうに呻く立川など意に介さず、殴る蹴るの暴行を続ける。

「おい、やめろ天道! 一体どうしたんだよ!?」

 カブトを止めようと、ガタックは後ろ側からカブトを押さえつける。
 その隙に海堂が立川の元へ駆け付け、その身を抱え、立ち上がらせた。
 立川の腕を自分の肩に回して、ガタックに一瞥。

「おい加賀美ぃ! 俺ぁこいつを連れて逃げる! それでいいか!?」
「ああ、頼む! なのはちゃんも、ここは俺に任せて立川達を助けてやってくれ!」
「えっ……!?」

 自分もガタックと共に、カブトを止めたい。
 天道との話し合いだって、まだ終わっては居ないのだ。
 きちんと話して決着をつけるまで、引き下がる訳には行かない。
 そう思ったのだが……どうやら、現状はそんな事を言っている場合ではないらしく。

「うがあああああああっ!!」
「うぐっ……!?」

 カブトの拳が、ガタックを張り倒した。
 呻きと共に、ガタックの身体がアスファルトを転がる。
 拘束から解き放たれたカブトは、真っ直ぐに立川目掛けて走り出し――

 ――ONE,TWO,THREE――
 ――RIDER KICK――

 絶叫しながら、ベルトのボタンを叩く。
 ベルトで生成された高圧力のタキオンが、稲妻となってカブトの身体を駆け巡った。
 稲妻がカブトの右脚へと集束され、踏み出す一歩毎に、アスファルトに焼き跡を残す。
 奴は、カブトは必殺のライダーキックを、生身の立川に向かって叩き込むつもりだ。
 カブトが立川の眼前まで迫る。海堂を突き飛ばし、目の前の生涯を排除。
 身を翻し、稲妻に輝く右脚を振り上げ――

「やめろぉぉっ!! 天道ぉぉおぉぉぉっ!!!」

 突如として現れたのは、ガタックであった。
 クロックアップで時間を飛び越えたガタックが、両腕を広げ、立ち塞がる。
 当然、立川目掛けて振り上げられた稲妻の如きキックは、その軌道上に立つガタックへ向かい。
 稲妻が弾ける様な音と共に、ガタックの上半身へと、その右脚が叩き込まれた。

「う……ぐ、うぅ……天、道ぉぉぉ……!」

 だが、ガタックは倒れない。
 その脚で踏ん張って、今にも倒れてしまいそうな身体を支える。
 ワームを一撃で死に追いやる必殺キックの直撃を、ガタックは受けたのだ。
 如何にライダーの装甲があると言えど、無事で居られる訳がなかった。
 だけど、それでもガタックは引き下がらない。

「なのはちゃんっ……! お願いだ、今のうちに、二人を連れて、出来るだけ遠くへ……!」
「……わかった! ありがとう、加賀美君!」

 なのはに、否定は許されなかった。
 加賀美新は、身体を張ってカブトの攻撃を受け止めたのだ。
 きっと痛かった筈だ。苦しかった筈だ。……否、今だって、立って居るのがやっとの筈だ。
 それなのに、加賀美は自分よりも仲間である立川と海堂の事を優先し、その先導をなのはに託した。
 となれば、今の自分がやるべき仕事は、「二人を安全な場所まで送り届ける事」の他にはない筈だ。
 そう判断してからの行動は早く、滑る様に空中を滑走。
 すぐに二人を先導し、工場から離脱した。

「安心して、二人は私が、安全な場所まで一直線に送り届けるから……!」

 言いながら眼下の二人を見れば、海堂が携帯電話を取り出していた。
 右手で立川の身体を支え、左手で携帯電話のボタンを操作する。
 こんな時に何処へ連絡するつもりなのかと、疑問に思った。

「海堂さん、こんな時に電話?」
「ああ、認めたくはねえが、今の俺にはあいつを助ける力がねえ……
 けどなぁ、もう何も出来ないのは御免なんだよ。このまま誰かに死なれるのは御免なんだよ!
 だから俺ぁ、今の俺に出来る事をやる! 今の俺にしか出来ない事をやる!」

 海堂の口ぶりを聞いていると、何処か苦しく思えて来る。
 聞けば海堂は、かつて共に闘った仲間を、目の前で失ったらしい。
 彼はきっと今でも、悔やんでいるのだ。何も出来なかった自分を。見ているだけしか出来なかった自分を。
 だから、もうこれ以上誰も犠牲を出さない為に、海堂は電話を耳に当てる。
 そして、その電話の相手は。

「おう、乾か! 俺だ、海堂直也様だ!」

 乾巧……またの名を、仮面ライダーファイズ。




 ガタックの青い装甲に、カブトの拳が叩き込まれる。
 当然、既に満身創痍のガタックに、カブトの攻撃を耐えられる訳がなく。
 その身を大仰に仰け反らせて、そこに追撃の回し蹴りを叩き込まれる。
 蹴りに弾き飛ばされたガタックは、アスファルトを転がって、それでも立ち上がる。

「ぐっ……天道ぉぉ……正気を、取り戻せ……!」
「うああああああああっ!!!」

 しかし、その声は届かない。
 絶叫を続けるカブトは、まるで本当に狂ってしまった様だった。
 他者の言葉は一切耳に届かず、ただ破壊するだけに戦い、蹂躙する。
 そこだけで考えるなら、侵略の意思を持って行動するワームよりも性質が悪い。
 だけど、それでもカブトは仲間だ。今までずっと一緒に戦って来た、仲間なのだ。
 何としてでもカブトを止めなければならない。
 その意思を胸に、もう一度構えを取る。

「ウガァアアアアアアアアアアアアアアアアアア!」
「なっ――!?」

 しかし、そんなガタックの前に現れたのは、カブトではない第三者。
 銀色の装甲に、銀色の小手。頭から足の先まで、全てが銀の異形。
 蠍に似たような姿をしたそいつが、ガタックの仮面を殴り飛ばした。
 何とか立ち上がって、銀のワームを視界に捉える。

「お前、剣……! こんなときに……!」
「ウォオオオオオオオオオオオオ!!」

 ふらつく足取りで佇むガタックに、銀のワームは肉薄。
 一瞬のうちに間合いを詰められたガタックの身体に減り込んだのは、銀の拳だ。
 カブトと同等か、それ以上の重みを持ったパンチを受け切れる筈もなく。
 軽々と吹っ飛ばされたガタックの身体を、今度はカブトが蹴り飛ばした。

「ぐっ!?」

 状況は最悪だ。
 カブトもスコルピオワームも、ここで倒す訳には行かない。
 二人とも自我を失ってはいるが、加賀美にとっては掛け替えの無い仲間なのだ。
 天道と剣を何とか正気に戻したいのだが、自分の現在の体力はそれに伴って居ない。
 ライダーキックの直撃を受けた瞬間から、ガタックは既に満身創痍なのだ。
 だけど、それでもガタックは一歩も引かないし、弱音も吐かない。
 何度カブトとスコルピオワームに殴られようと、絶対に挫けない。

 異変は、数度目の激突の後だった。
 カブトとスコルピオワームに殴り飛ばされ、地べたを転がるガタック。
 それでも立ち上がろうとしたガタックの元へと、スコルピオワームが迫る。
 だけど、スコルピオワームは思惑通りにガタックの元へは辿りつけず。
 その銀の身体は何者かに弾き飛ばされ、宙を舞った。

「……っ!!」

 キキッ、と。ブレーキの音を響かせて、一台のバイクが現れる。
 先刻ワームの身体を弾き飛ばした、サイドカー付きの大型バイクだ。
 何事かと凝視するガタックの視線の先で、バイクに乗った男がヘルメットを外す。
 茶髪で、どちらかと言えば長髪の部類に入る、目鼻立ちのくっきりとした若者だった。

「話は聞いたぜ。あんた達、いい奴らしいな」

 カブトとガタックを交互に見遣り、告げた。
 グローブを付けたまま、ポケットから携帯を取り出す。
 ぴこん、と。携帯電話が起動音を鳴らして、その液晶を光らせた。
 型としては少し古い、だけど、独特の空気を持った、銀色の携帯電話。
 そのボタンを、グローブ越しに三度押し込み、かしゃんと音を立てて携帯を閉じる。

 ――Standing By――

 鳴り響く電子音。
 赤く光輝く携帯電話。
 そして、男の腰に輝く銀のベルト。
 それが意味するのは、彼もまた仮面ライダーだという事実。

「俺の知ってる女の子が、あんた達をどうしても救いたいんだってよ」

 手にした携帯を天高く振り上げ、

「だから、こんな所であんた達を死なせやしない……変身っ!!」

 高らかに宣言。
 携帯電話をベルトに叩き込んだ。

 ――Complete――

 電子音を鳴らして、ベルトが赤の光を放つ。
 真っ赤な光子は帯となって全身を覆い、男の姿を変えて。
 薄暗い工場内を、赤の輝きが覆い尽くした、次の瞬間には――

「赤い、ライダー……?」

 黒のスーツに、銀色の鎧。
 赤く輝く帯は、まるで血管の様に身体を駆け廻り。
 仮面の半分以上を占めるは、黄色の光を放つ巨大な複眼。
 大企業スマートブレインが開発した三つ目のギア、ファイズ。
 この無意味な戦いを終わらせる為、ここに赤き救世主が降臨した。


 乾巧はここに訪れる途中、とある人物と擦れ違った。
 自分をここまで呼びつけた張本人である海堂と、魔法使いの高町なのは。
 それから、海堂に肩を担がれた、巧もまだ出会った事のない成人男性が一人。
 擦れ違い様にサイドバッシャーを停車させた巧は、ヘルメットを外し、尋ねた。

「おい、お前ら大丈夫だったのかよ」
「私達は大丈夫……それより、早く加賀美さんを助けに行ってあげて!」

 問いに、真っ先に答えたのはアスファルトへと降り立った高町なのは。
 純白のドレスをふわりと揺らして、空から舞い降りる姿を見れば、確かに魔法使いにも見える。
 だけど、それに騙されてはいけない。こいつらの魔法はビームだのレーザーだの物騒なのばかりだ。
 と、そんな事はどうだっていい。今はとにかく、現状を聞き出す事が先決だ。
 海堂からの電話では、ワームに襲われて、カブトが暴走して、加賀美がピンチという事らしい。
 正直言って訳がわからなかったが、誰かがピンチで、今自分の力が必要なのだという事だけは解った。
 だから、人間として、ファイズとして戦うと決意した巧は、迷わずにこの場所へ訪れたのだ。

 それから、現状に至るまでの話を簡単に聞いた。
 立川と海堂が突然ワームに襲われた事。カブト達が助けに来てくれた事。
 カブトとなのはの間で口論になるが、話が終わる前に突然カブトが暴走を始めた事。
 それらの説明を聞いて、とりあえず加賀美を助け、カブトを止めればいいのだと判断する。

「ああ、わかったぜ。とりあえず、そのカブトって奴をブッ倒しゃいいんだな」
「程程にね……? カブトとは……ううん、天道さんとは、まだ話が終わってないから」

 そう言うなのはの表情は、何処か悲しげだった。
 巧はまだ、なのはという少女の事をそれ程良くは知らない。
 だけど、この少女が本当に優しい少女なのだという事は何となくわかる。
 なのはと天道の間に何があったのかなど知った事ではないが……それでも、気になった。
 天道がどんな男で、一体彼の何が彼女を思い悩ませているのかを。

「おい、その天道ってのはどんな奴なんだ」
「うーん……どんな人かって聞かれてもわからないけど……」

 一拍の間をおいて、

「でもね、天道さんは、前に私達にパンをくれた事があるの」

 楽しかった日の思い出を噛み締める様に、なのはは語る。
 あの日、焼きそばパンを買えずに落ち込んで居た自分達に、天道がパンをくれた事。
 天道はその日、誰一人として悲しませる事無く、その場の全員を笑顔にしたのだ。
 アリサも、なのはも、一緒にいた他のメンバーも、全員が幸せになった瞬間だった。
 巧の問いに対する答えとしては不十分かもしれないが、それでもなのはは嬉しそうに語った。

「にゃはは……まあ、だから何って言われたらそれまでなんだけど」
「いや、今ので大体分かったぜ」

 そう。大体分かった。
 結局詳しい事は何一つ解らないけれど。
 なのはが天道総司を信じてみたいという気持ち。
 そして、加賀美だけでなく天道総司をも救って欲しいという気持ち。
 それらは十分過ぎる程、ひしひしと巧に伝わっていた。
 そしてこの瞬間、巧が行って戦う理由も出来た。
 だから――

「お前は安心して待ってろ。後は俺が上手くやってやる」

 巧はなのはを安心させるように言った。
 絶対に出来るという確信は無い。だから約束もしない。
 だけど、言葉には出さない約束を、巧は心中で交わした。
 この少女を悲しませない為にも、自分が絶対に天道を救うのだと。
 揺るがぬ誓いを胸に立て、天道にとっての救世主となるべく。

「うぉぉぉあああああああああああ!!!」
「おい、お前天道って奴だよな!」

 我武者羅に振り抜かれたカブトの拳を回避し、肉薄。
 カブトの仮面をファイズの仮面が、数センチという距離まで接近。
 青の複眼に反射する黄色の複眼を見詰める様に、ファイズが叫んだ。
 だけど、その声はカブトの耳には届いていないらしく、何の反応も見せようとはしない。
 仮面の下で舌打ちするファイズなど意に介さず、カブトの膝がファイズの胴に減り込んだ。

「……ぐっ!」
「うおおおおおおっ!!!」

 体勢を崩したファイズに叩き込まれるのは、カブトによる連続攻撃。
 まるで獣の様な動きで繰り出されるパンチが、ファイズの仮面を殴り飛ばす。
 一発、二発と仮面を殴られた後で、滅茶苦茶な動きの前蹴りがファイズを蹴り飛ばした。
 対処し切れなかったファイズは、もんどりうってアスファルトを転ってゆく。
 だけど、その程度の攻撃でファイズの行く手を阻む事など出来はしない。
 今の巧には、カブトを止めて天道を救うという目的があるから。
 すぐに立ち上がって、もう一度カブト目掛けて走る。
 目一杯拳を振り上げて、

「正気を、取り戻せっ!」

 カブトの仮面を殴りつける。
 ゴツ、と音を立てて、ファイズのグローブがカブトの仮面を揺らす。
 だけどそれだけでは中の天道には届かない。巧の攻撃は、まだ届かないのだ。
 お返しとばかりに振り抜かれた拳を、ファイズの仮面で受け止めて、それでも足を踏み出す。

「……っ、お前には、待ってる奴が、いるんだろ!」
「ぐっ、うぉぉああああああ!!」

 カブトのパンチなど意に介さず、もう一度振り抜いたストレートパンチ。
 振り抜いたファイズの拳は、風を切って、カブトの顔面を殴り飛ばした。
 お互いの拳がお互いの仮面に入って、それでも二人は一歩も引かない。
 しかし、お互いのコンディションは決して互角などでは無く。
 ファイズと違って、暴走したカブトに体力の限界は無い。

「うおおあああああおっ!!」

 だから、どれ程の攻撃を受けても、カブトは疲れを見せないのだ。
 カブトの拳と蹴りが、予備動作すら無くファイズへと叩き込まれた。
 仮面と胸部装甲を強かに打ち付けられて、やはりファイズの身体は吹っ飛ばされる。
 何とか立ち上がって、もう一度カブトと向き合おうにも、気付いた時には時既に遅し。

「なっ――」
「うぉおおおおおお!」

 立ち上がり様に飛び込んで来たのは、乱暴なタックル。
 カブトの赤い装甲が、まるで弾丸の様にファイズへと激突した。
 当然対処し切る事叶わず、ファイズの身体は勢いそのままに吹っ飛ばされる。
 アスファルトをごろごろと転がって、サイドバッシャーに激突した所でファイズの身体は止まった。

「……っ、畜生、あったま来たぜ!」

 言いながら、ファイズはサイドバッシャーを支えに立ち上がる。
 そのままサイドカーに手を突っ込んで、銀色のトランクボックスを取り出した。
 真ん中に「φ」を連想させるグリップが備え付けられたそれは、ファイズの最終兵器。
 現在まで殆どの確率でアクセルに出番を奪われ続けて来た、一対一における最強兵装。
 そう。これは相手との一騎打ちならば、アクセルにも決して引けを取る事は無い。
 使うなら、今だ。今この時を置いて、他にいつ使うというのだ。
 ファイズは、それのボタンを押し込み。

 ――Standing By――

 もう一度、ファイズへの変身プロセスを入力する。
 ファイズブラスターと呼ばれるツールが、もう一度変身の為の電子音を掻き鳴らす。
 トランクボックスを握り締めて、こちらへ向かい突進するカブトへと向き直った。
 ベルトに装着された携帯電話を、今度はトランクボックスに装填。

 ――Awakening――

 それは“覚醒”を意味する。
 選ばれた者だけが変身し得る、最強の姿。
 ファイズの黒のスーツを赤く染め上げて、その全身が赤の輝きを放つ。
 その輝きには、暴走し、自我を持たぬ筈のカブトですらも本能的に足を止める程。
 工場内を再び真っ赤な光に染め上げて、ファイズは最強の姿へと覚醒した。
 仮面ライダーファイズ・ブラスターフォーム。
 それが今の彼の、真の名前である。

「うおぉおおおおおおおおおおおっ!!!」

 カブトの咆哮と共に、鋭い拳が振り抜かれる。
 だけどファイズは一歩も引かない。回避をしようとすらしない。 
 その拳を仮面で受け止めて、だけどファイズの身体はびくともしない。

「はぁっ!!」
「……っ!?」

 今度はファイズの番だった。
 力一杯降り抜いた拳が、カブトの赤の装甲にぐぐ、と減り込む。
 ヒヒイロノカネで出来た装甲に亀裂が入って、カブトの身体を吹っ飛ばした。
 当のカブト本人には、今の一瞬で何が起こったのかすら理解出来なかっただろう。
 アスファルトを転がって立ち上がったカブトは、混乱した様子で、それでもファイズに向き直る。
 その瞳に、ファイズを焼き付け、現状における排除すべき障害と判断。

「おおおおおおおおおおおおおおおおっ!!!」

 咆哮と共にアスファルトを蹴って駆け出した。
 ファイズは思う。次の一合で、全てが決まる……否、決めてみせる、と。
 これ以上誰にも悲しい思いはさせたくないし、天道を苦しませるつもりもない。
 その想いを胸に、ファイズは左手に握り締めたトランクボックスにコードを打ち込む。

 ――Blaster Mode――

 がちゃんと音を立てて、トランクボックスが変型。
 グリップを握り締めて、長銃の形になったそれをカブトへと向ける。
 右手でグリップを、左手でフォアグリップを一度だけ前後に動かし、弾丸を装填。
 装填された光子の弾丸は、一発。この一発で仕留めて見せる。

 ――ONE,TWO,THREE――
 ――RIDER KICK――

 対するカブトも、考えなしに突っ込むつもりは無いようだった。
 ベルトのボタンを三度押し込んで、カブトムシのツノを倒し、稲妻を身に纏う。
 例え暴走して自我を失おうと、腐ってもカブト。必殺技の使い方を忘れはしない。
 生成されたタキオンの稲妻は、頭上にまで昇って、右脚に集束されてゆく。

 そして――

「うぉおおおおおおおああああああああああああッ!!!」

 ファイズの目前まで肉薄したカブトが、その脚を振り上げた。
 稲妻を纏った右の足は、必殺のキックとなって、ファイズを襲う。
 しかし、同時にファイズが握り締める銃口も、カブトの胴へと押し当てられて。

「――ッ!!」

 ファイズが引き金に指をかけた瞬間に、その肩に必殺の蹴りが減り込んだ。
 カブトの強力な蹴りによって叩き込まれたタキオンの稲妻が、ファイズの上半身で炸裂する。
 ブラスターの装甲を持ってしても、ただでは済まぬその威力に、脚がふらついた。
 だけども、倒れはしない。二本の脚でアスファルトを踏み締めて、全身に力を込める。
 大きなダメージという名の代償を払ったが、これならばカブトとて逃げられはしない。
 なればこそ、賭けに出るならば今を置いて他にあり得ない。

 そして、次の瞬間には――

「ハァッ!!!」

 ファイズが、その引き金を引いていた。

「――……ッ!?」

 刹那。
 真っ赤な光子で出来た弾丸が、炸裂した。
 カブトの胴、零距離で炸裂したそれは、一瞬でカブトの身体を吹き飛ばす。
 超高圧にまで圧縮された光子は、カブトの装甲を爆ぜさせて――

「ぐっ……!!」

 数メートル後方の壁に激突するや否や、カブトの装甲は消え去った。
 真っ赤な装甲は光の粒子となって消え去って、中から現れたのは、一人の青年。
 天然パーマに、整った顔立ちの若者――天道総司が、その場にばたりと倒れ込んだ。




 それから数分の間をおいて、ようやく辺りに静けさが戻った。
 加賀美新は、ふらつく足取りで、それでも大地を踏みしめて、歩を進める。
 カブトから受けたライダーキック。スコルピオワームから受けた数々の攻撃。
 それらはガタックの装甲の上から、加賀美の身体を確かに蝕んで居た。
 それこそこれ以上続けていたら、本当にタダでは済まなかっただろう。

 だけど、スコルピオワームからのトドメの追撃が訪れる事は無かった。
 明らかに勝利が確定した状況下で、スコルピオワームが突如として苦しみ出したのだ。
 地に倒れ伏すガタックを尻目に、頭を抱えて悶えたスコルピオワームは、そのまま離脱。
 ついぞガタックにトドメを刺す事無く、不安定な自分を守る為に逃げ出してしまった。
 剣と言う人格と、ワームとしての人格の間で揺れ動く心が生み出した不安定さ。
 もしかしたら、剣の人格が、無意識に加賀美を傷つける事を躊躇ったのかもしれない。
 実質的に、加賀美の命は神代剣によって危機に晒され、神代剣によって救われたのだ。

 重たい身体を引きずって、倒れ伏す天道の元へと歩み寄る。
 先程赤いライダーに変身していた若者も、天道のすぐ傍に立って居た。

「あんたのお陰で、助かったよ……名前は?」
「乾巧」
「そうか、ありがとう、巧」
「ああ」

 巧は無愛想だった。
 だけど、加賀美は巧を悪い奴だとは思わない。
 先程の天道との戦いは見ていたし、悪人が天道を助けるとも思えないからだ。
 素直に巧への感謝の気持ちを浮かべて、すぐに天道を揺さぶった。
 何度か名前を呼べば、ややあって、天道が薄目を開ける。

「加賀美、か……」
「天道……! お前、どうしたんだよ、一体!」
「そうか……俺は、暴走を……」
「暴走!?」

 先程までの天道の様子を考えれば、成程暴走という言葉が相応しい。
 しかし、カブトが暴走するなどという話は初耳である加賀美にとっては、意味が解らない。
 それについて問おうと天道の顔を覗き込むも、それよりも先に起き上がったのは、天道だった。
 がばっ! と音を立てて、まだ痛むであろう身体を無理矢理起こす。

「こうしては居られない……!」

 それからすぐに眼前の巧に気付いて、

「……俺を止めたのは、お前か」
「まあな……ったく、骨が折れたぜ」
「何故見ず知らずのお前が、俺を助ける気になった」
「さあな」

 と、ぶっきら棒に言い放って。
 一拍の間を置いてから、面倒臭そうに続けた。

「……あの子が、俺に言ったんだよ」
「何だと……?」
「あんたに、美味しいパンを貰ったってな」
「……そうか」

 興味なさ気に呟く天道の表情は、しかし嬉しそうであった。
 例え加賀美が、「今の天道嬉しそうだ!」と言った所で誰も理解しないレベルの違いだろうが。
 それでも天道は、押し殺した表情の下に、確かに嬉しそうな表情を隠している。
 少なくとも加賀美は、そう思った。

「お前、名は何と言う」
「乾巧だ」
「そうか……良く俺を止めてくれた。礼を言うぞ、巧」

 不敵な薄笑いを浮かべて天道は告げた。
 天道が誰かに礼を言うとは……これ程珍しい事は無い。
 驚愕した様子で二人を見遣る加賀美を尻目に、天道は続ける。

「暴走している間、俺は誰を狙って行動していた?」
「覚えてないのか!? お前、俺やなのはちゃんの制止を振り切って、立川にライダーキックまで使おうとしたんだぞ!?」
「俺がそいつに、ライダーキックを……そうか、なるほど、そういう事か」
「おい、どういう事なんだよ!?」

 自己解決で話を進めるのは、天道の悪い癖の一つだと思う。
 毎度ながら周囲にいる者には、その状況が全く伝わって来ないからだ。
 苛立ちを含んだ声色で天道の襟を掴むが、すぐにその手は振り払われて。

「この謎を解くには、その立川とか言う奴に会いに行かなければならん」
「なら、俺も行く」
「お前は駄目だ」
「何でだよ!?」
「そんな身体で何が出来る」

 言われて、気付く。
 確かに今の加賀美は、心身共にボロボロだ。
 カブトのライダーキックの直撃を受けて、スコルピオワームに蹂躙された。
 現に今だって、天道の元まで歩み寄るだけでも足元がふら付いていた。
 それを考えれば、確かに今の加賀美に戦えと言うのは酷な話だ。

「でも、俺だって真実を知りたいんだ!」
「……なら、勝手にしろ」

 嘆息一つ落として、諦めた様に告げた。
 こうなった今の加賀美は、天道の話など聞きはしない。
 それを天道自身も理解しているのだろう。それ故の判断だった。
 天道は不意に巧へと視線を移して、問いかける。

「お前はどうする」
「俺にはあんた達の事情なんて関係ない」
「ああ、そうだな。ならこのまま帰るか」
「嫌だね。確かに俺は無関係だが、俺の仲間が一緒に襲われてんだ。
 第一、ここまで関わって後は知らんぷりなんて出来るかってんだ」
「そうか。なら決まりだな」

 それだけ告げると、天道は立ち上がった。
 薄笑いを浮かべるその表情は、巧の返答に対してなのかもしれない。
 加賀美は思う。天道は恐らく、巧の事を仲間として気に入ったのではないかと。
 思えば天道は、大介に対してもこんな優しい笑みを浮かべる事が何度かあったから。
 そして、天道がこういう顔をする相手は、殆どの確率で悪い奴ではない。
 だから巧の肩に寄りかかって、加賀美もまた、不敵に笑う。

「おいお前、やっぱり帰った方がいいんじゃねえのか。フラフラじゃねえか」
「大丈夫だ、問題ない!」

 意地を張って、加賀美は叫んだ。
 その絶叫が身体に軋みを与えるが、気にしない。
 それくらいは多分、根性で何とかカバー出来る事だろう。


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最終更新:2011年01月18日 09:45