「くっ……、これじゃ、キリがない!」

 フェイトが怒鳴る。
 なのはを助けに駆け付ければ、待って居たのは大量の異形。
 街を埋め尽くすほどのサリスワームが、徒党を組んで襲い掛かって来る。
 だけども、フェイトは最早たかが蛹相手に遅れを取りはしない。

 なのはが魔力弾で蛹を牽制し、フェイトが速攻でケリをつける。
 黄金の魔力刃を形成して、一太刀の元にワームを両断してゆく。
 ソニックフォームにならずとも、クロックアップ出来ない蛹など敵では無かった。
 だけど、それは相手が数えられる程度の数しか居ない時の話だ。

「ハァッ……!」

 その速度たるや、まさに韋駄天の如く。
 目にも止まらぬ速度でワームの元へと舞い降りて、その頭上に刃を突き刺す。
 魔力の刃は稲妻を迸らせながら、ワームの身体を引き裂いて、緑の炎と爆発させる。
 こうして一匹、また一匹と倒して行くも、その数には限りが無い。
 一匹倒せば、次の瞬間には、次のワームが眼前に現れる。
 倒しても倒しても沸き続けるワームの悪質さ。
 それを身を持って体感していた。

「なのは、そっちは大丈夫?」
「うん、背後は私に任せて!」

 その答えに、安堵する。
 なのはが背後を守ってくれるから、憂いなく戦える。
 そもそも自分に強力な防御の術などは存在しない。
 速度と攻撃だけを追い求めたフェイトだからこそ。
 これだけ攻撃に専念し、ワームを狩る事が出来る。

 彼女らとてエースだ。
 ライダーの助けが無くとも、戦う事は出来る。
 フェイトに向かって走り出したのは数体のワーム。
 そんなワームの眼前へ、突如として現れたのは、桜色の光弾。
 読めない軌道で縦横無尽に駆け巡る光弾は、ワームを困惑させ――
 次の瞬間には、一斉にワームに激突。
 派手な火花と共に後方へと吹っ飛んだワームに迫る、桜色の閃光。
 ショートバスターが、唸りを上げてワームを焼き払い、爆発させた。

「なんちゅう奴らだ、俺様の出番がまるでねえ」
「流石は未来のエース、ライダーにも遅れを取らない」

 立川を守る様にして陣取る海堂が、感嘆と共に告げた。
 なのはの弾幕を掻い潜って迫り来るワームには、海堂が直接蹴りを叩き込む。
 海堂の前蹴りによって後方へ吹っ飛んだワームへ迫るは、なのはの砲撃。
 仰向けに倒れた所、真上から降り注ぐ閃光に身体を貫かれたワームは、爆発。
 立川が言う様に、確かに彼女らは将来有望なエースの卵であった。

 やがてワームの増殖も打ち止めとなった。
 彼らとて一応は生物だ。無限に沸き続けるという事はあり得ない。
 残ったワーム、一気に蹴散らそうと二人がデバイスを握り締めた、その刹那。

 赤の風が。
 青の風が。
 銀色の風が。

 戦場を駆け抜けた三色の風が。
 一瞬にして、残ったワームを緑の炎へと変えた。
 轟音と共に、彼女らの周囲が緑の炎で包まれる。

 ――CLOCK OVER――
 ――CLOCK OVER――
 ――Time Out――
 ――Reformation――

 一斉に鳴り響く電子音。
 緑の炎の海となった戦場に立つ、三人の戦士。
 悠然と立つカブトに、気合いを入れる様に構えるガタック。
 ファイズは胸部の装甲が音を立てて変形して、元の赤のファイズへと戻った。

「天道さん、加賀美さん……それから巧さん! 皆、無事だったんだね!」

 嬉々としたなのはの声が響いた。
 先程までの獣の様な危うさは何処へやら、そこに居るのはいつも通りのカブトだった。
 安心し、目の前に並ぶ三人の仮面ライダーを順に見遣る。
 仮面ライダーカブト。仮面ライダーガタック。
 そして、二人を助けてくれた仮面ライダーファイズ。
 三人もの仮面ライダーが互いに助け合い、敵に立ち向かう。
 こんなに心強い事は他に無いし、なのはも自然と笑顔になる。
 ただ一つ、天道との話し合いが終わって居ない事だけは不安要素だが。
 そんな一同の前に、一人の異形が現れた。

「ここまで戦った事は褒めてやる」

 真っ黒の喪服を着た若い女が、淡々と告げた。
 瞬間、海堂と立川がざっ、とアスファルトを踏み締め、警戒の体勢を取る。
 なのは達が何らかの行動を取る前に、女の背後に現れたのは、無数のワームだった。
 ワームは黒服の女からの指示を待つように、背後で気味悪く蠢く。
 それはつまり、この女も奴らの仲間である事を意味し――

「だが、お遊びはもう終わりだ」

 言うが早いか、女の姿が変質した。
 全身が気味の悪い音を立てて灰色に変わってゆく。
 海老ともザリガニともつかない外見をしたそいつは、どう見てもオルフェノク。
 一秒と待たずに全身灰の一色になったオルフェノクは、悠々と歩き出した。

「あいつっ……オルフェノクか! ったく、あの海老女を思い出しそうでやんなっちまうぜ」
「おう、お前もそう思ってたか乾! 俺もだ!」

 だるそうに告げるファイズに、海堂が身を乗り出して言った。
 どうやら彼らには、かつて敵として戦った海老のオルフェノクが居るらしい。
 といっても、現在目の前に佇むこのオルフェノクとは全く違う種類らしいが。
 ファイズは海堂の声を無視し、海老のオルフェノクへと立ち向かっていく。
 一方で、一斉に動き出した女の配下のワームへは、カブトとガタックが斬り掛かる。
 今がチャンスだ。ライダー達が敵の足止めをしてくれている今しか、立川を逃がすチャンスはない。

「今のうちに、海堂さんと立川さんはアースラに逃げて!」
「ありがとうございます、なのはさん」

 言うが早いか、立川の目の前に魔法陣が現れた。
 クロノ達もワームが居なくなり次第、立川を転送するつもりだったようだ。
 その判断の元で、アースラ側で準備を完了した彼らが、転移魔法陣を用意してくれた。
 あとは立川と海堂を魔法陣に乗せて、ここから離脱させれば、後は何の憂いも無く戦える。
 当然、ワームとしてもそれは不本意らしく――

「させるかっ!」

 海老のオルフェノクが、魔法陣に向かって駆ける。
 だけれど、それをさせてくれないのはやはり仮面ライダーで。

「ハァッ!」
「うぐっ……!?」

 走り出したオルフェノクに、思いっきりラリアットをかましたのは、ファイズ。
 ファイズの赤と黒の腕に顔面を力一杯叩かれたオルフェノクは、大仰な動きでその場に倒れた。
 オルフェノク側も全力で走ろうとした矢先のラリアットだ。カウンターも相俟って、威力は増大。
 痛む顔面を軽く押えながら立ち上がったオルフェノクの首元を、ファイズが掴み。

「らぁっ!」

 力一杯、パンチを浴びせる。
 その戦い方、悪く言えばチンピラ。
 我武者羅に腕を振るう姿には、何の格闘技の動きも感じられない。
 だけれど、それでも一撃一撃は力強く、喧嘩で磨き抜いた技のキレは生半可ではない。
 そんな我武者羅なパンチを一撃、二撃と顔面で受けて、よろめいたところへ、

「たぁっ!!」

 これまた力一杯叩き付ける、前蹴り。
 ファイズの足裏を叩き付けられたオルフェノクは、数メートル後方へと吹っ飛び。
 よろめくオルフェノクへと向かって、ファイズは腰を深く落とす。
 右脚に全体重を預けて、ゆらりとオルフェノクを視界に捉え。

 ――Exceed Charge――

 ベルトの携帯電話のボタンを押し込んだ。
 いつの間にか右脚へと装着されて居たツールへと、エネルギーが送られてゆく。
 赤い光となった光子のエネルギーは、瞬く間に右脚へと充填されて。
 次の瞬間には、ファイズは遥か上空へと飛び上がって居た。

「はぁっ!!」
「……っ!?」

 右脚のツールから飛び出たのは、赤の光。
 光はオルフェノクの胸部に当たれば、そのまま拡大。
 何倍にも膨れ上がって、巨大な赤の円錐として、宙に形を作った。
 円錐の先端はオルフェノクの身体に向かって突き付けられ、オルフェノクは身動きすら出来ず。

「やぁああああああああああああああああああああああっ!!!」

 絶叫と共に、ファイズが円錐へと飛び込んだ。
 それは、先程までのチンピラ風の戦い方とは一線を画する華麗な動き。
 意識してか知らずか、真っ直ぐに突き出された右脚は、洗練されたキックのフォーム。
 仮面ライダーが必殺技とするライダーキックを彷彿とさせる飛び蹴りを、円錐へとかました。
 ファイズと円錐は一つとなって、オルフェノクの身体を削り――

「うぁ……っ!?」

 その場の全員が聞いた、オルフェノクの呻き声。
 気付いた時には、ファイズの身体はオルフェノクの身体を突き抜けていた。
 自分の身体を超高圧のフォトンにまで還元し、相手の体内を一瞬で駆け抜ける。
 仮面ライダーファイズが必殺技とする、クリムゾン・スマッシュだった。
 オルフェノクの身体に青の炎が灯り、上空には「φ」の文字が浮かび上がる。
 だけれど、オルフェノクはそのまま崩れ落ちる、という事は無く。

「きゅるるるるるるるっ……!」

 身体から剥がれ落ちる様に、大量の砂が落下した。
 しかし、それはオルフェノクが崩れ落ちて出来た灰では無く。
 オルフェノクの装甲だけが灰として崩れ落ち、中から現れたのは青の異形。
 ファイズと異形の視線が一瞬交差して、次の瞬間には異形の姿が掻き消え――

「うぉっ……!?」

 ファイズの身体が、宙を舞っていた。
 青の異形は一陣の風となって、宙を舞うファイズを蹂躙する。
 一撃、二撃と打撃を叩き込まれて、まともな対処をする事も出来なかった。
 それが意味する所は一つ。先程まで戦っていた相手は、オルフェノクなどでは無かったのだ。
 刺々しい甲殻類の装甲を身に纏うそのワームの名は、キャマラスワーム。
 ワームの中でもそれなりに強い部類に入る戦士の一人であった。

「私が行く……!」
「フェイトちゃん!」

 言いながら、フェイトがマントを脱ぎ棄てる。
 カブトもガタックも、今現在蛹ワームの群れと戦っている真っ最中だ。
 ならば、今この場で唯一音速を超えられる自分がファイズを助けるのが道理。
 ライダーに頼ってばかりでなくとも、自分達は戦えるのだという事を証明せねばならない。
 バルディッシュがソニックムーブの発動を宣言するや否や、フェイトの姿は掻き消えた。

「ハァアアアアアアアアアアッ!!」
「――!?」

 一瞬でキャマラスワームの間合いまで踏み込んだフェイトが、大鎌を振り下ろした。
 突然クロックアップの空間に突入された事による驚愕で、ワームの動きが鈍る。
 だけど、それで十分だ。それだけの隙があれば、強烈な一撃を叩き込む事が出来る。
 がしゃんと音を立てて、バルディッシュがカートリッジロード、排莢を行った。
 瞬間、黄金の魔力刃が出力を跳ね上げ、ゴウッ! と音を立ててワームに迫る。
 ワームは反射的に右腕の巨大な鍵爪を振り上げ、魔力刃と衝突させ。

「――チィッ!」

 きぃん! と鋭い音を立てて、バルディッシュを弾き返した。
 舌打ちして、矢継ぎ早に中段、横薙ぎにバルディッシュを振るう。
 次の攻撃への切り替えに掛かるまでの時間は、まさに一瞬。
 瞬きの間に二撃目を繰り出したフェイトの攻撃を、後方へと飛び跳ねて回避。
 そこでワームのクロックアップが時間切れを起こし、フェイトの加速も終了する。
 お互いに獲物を構え、距離を計り合い――

「殺した人間の記憶を利用して、その人に成り変わるワーム……私はお前達を、絶対に認めない!」
「……どうやらお前は解って居ないようだな。ワームと言う生物の本質を」
「何っ!?」

 キャマラスワームが右腕を突き出し、続ける。

「我々ワームに殺された人間はただ死ぬのではない。
 例えオリジナルの人間が死んでも、我々の中で永遠に生き続ける。
 脆弱で愚かな人類でも、こうして生き続ける事が出来るのだ。素晴らしい事だとは思わないか?」

 その言葉に、確かな怒りを感じた。
 奥歯を噛み締め、鋭い眼光でワームを睨み付ける。
 確かに人類は時に愚かで、ワームと比べれば脆弱かも知れない。
 だけど、それでも。誰にだって自分の人生があって、今を必死で生きているのだ。
 それを踏み躙り、殺した人間の記憶や絆を利用して、更に多くの人間を殺してゆく。
 悪質な奴は、殺した人間の記憶を利用して、心の無い命乞いまでした。
 それがフェイトは納得出来ないし、許す事も出来そうになかった。

「そんなのは、間違ってる。何を言ったって、死んだら、終わりだ……!
 その人はもう、絶対に帰って来ないし、過ぎた時間も返っては来ない……!」

 そう。死んだ人間はもう、帰っては来ない。
 どんなに悔やんでも、どんなに願っても、もう帰っては来ないのだ。
 否応なしに連想するは、誰よりも優しく、それ故に狂ってしまった母親。
 死んでしまった娘を生き返らせるべく、多くの人間を巻き込んで、結局は失敗に終わった。
 残されたのは、その過程で生み出された、“死んだ娘のクローン”である一人の少女。
 それを胸に思い描いて、ワームへの憤りが大きく膨らんで行く。

「だから、人は皆、今を必死で頑張ってるんだ……!
 それを……人の命を踏み躙るお前達を、私は許さない!」
「愚かな……所詮人類には我らの崇高な精神を語った所で無駄だっ――」

 それ以上、ワームの口から言葉が続けられる事は無かった。
 フェイトも目を見開く。気付けば、ワームの背後に巨大な赤の円錐が浮かんでいたのだ。

「確かにお前らの精神は崇高かも知れないが、俺達人類にとっちゃ迷惑この上ないんだよ!」

 飛び上がったファイズが、円錐へと蹴りを叩き込んだ。
 だけど、ワームもただやられはしない。右腕の鍵爪にタキオンの稲妻を纏わせて――
 その身体を、ぶるぶると震えさせる。少しずつ、少しずつ、ファイズの拘束を打ち破ってゆき。

「はぁああああああああああああああああああああああああああああっ!!!」
「きゅるるるるるるるるるるるっ!!」

 次の瞬間には、ぱりん、と音を立てて、拘束を解き放った。
 ドリルの様に回転し、自分へと迫る円錐に、力の限り右腕を振り抜き。
 円錐を粉々に打ち砕き、推進力を失ったファイズの身体が、真っ逆さまに落下した。
 だけど、無駄ではない。ファイズが稼いでくれた時間は、これ以上ない程の勝機に繋がるのだ。

『Zamber form.』

 次にワームが此方に気付いた時には、既にバルディッシュの変形は完了していた。
 黄金に輝く巨大な魔力の刃は、先程までの鎌ではない。真っ直ぐに伸びた、巨大な剣。
 バルディッシュのフルドライブ。出力の全てを攻撃に振った、フェイトの能力を引き出す為の形態。

 この力は、守るべきものを守る為の力。
 この姿は、進むべき道を切り拓く為の姿。
 師であるリニスが望んだ、閃光の刃の完成系。
 高圧力の魔力の塊を背負って、フェイトがその姿を掻き消した。

 次に二人が剣を交えたのは、クロックアップの空間の中であった。
 フェイトはクロックアップが出来る訳ではない。ただ単に、それに追随する加速を得ただけだ。
 防御能力全てを犠牲にし、速度と攻撃力だけを追い求めた姿が、今のフェイトなのだ。
 何の能力も犠牲にせずに、特殊能力で加速するワームとは根本的に違う。
 それ故に、一撃でも敵の攻撃を受ければ、それはそのまま「死」に繋がる。

 そして、それが意味する所は。
 超加速形態のフェイトと、クロックアップ中のワーム。
 フェイトの突出した速度は、通常のワームの速度と同じ。
 その時点で、フェイトは大きなハンデを背負っているのだ。

「ハァァアアアァァアアッ!!!」
「きゅるっ……!」

 雷の大剣を、力一杯振り下ろした。
 対抗しようと振り上げられた右腕の鍵爪と激突し――
 激突。雷と火花が激しく舞い散って、徐々に大剣が押し込まれて行く。
 ワームの水色の装甲に亀裂が入って、そこから雷が侵食してゆき。
 全身に魔力の雷を感電させて、ワームの身体が痙攣を始めた。

「ハァッ!」

 これ以上押し込んでも、刃は通らない。
 そう判断したフェイトは、ザンバーを振り上げて、もう一度振り下ろした。
 斜め上段からの一撃に、今度は右腕にタキオンの稲妻を纏わせて対抗するワーム。
 刹那、激突。魔力の稲妻とタキオンの稲妻が激しく舞い散って、二人の力が拮抗する。
 これで駄目なら、もう一度だ。ザンバーを振り上げ構え直し、今度は真っ直ぐに突き出した。
 雷の刃の切先が、真正面からワームに迫り……ついにその一撃は、ワームの身体を捉えた。
 稲妻の剣先がワームの胸部装甲に食い込んで、徐々に深く、深く突き刺されてゆく。

「これでっ……!」

 放出する魔力を最大限にまで高める。
 フェイトの魔力変換資質によって、雷へと変えられた力が。
 空気中の静電気を巻き込んで、ワームの身体に強烈な電撃を浴びせる。
 しかし、それも所詮は攻撃による副作用。真の目的はザンバーによる斬撃だ。
 全力で推進して、魔力の刃を一気に押し込み――それはワームの身体を貫通した。

「勝っ――」
「いや、まだだ」
「――えっ」

 気付かなかった。
 ワームの身体を走る電撃が、フェイトの魔力一色でなかった事に。
 相手の懐に飛び込み、全能力を賭けてワームの装甲を断とうとしたフェイトに、そんな余裕は無かったから。
 気付いた時には、ワームの持つ右腕の鍵爪が、ばちばちと音を立てて、フェイトの目下にまで迫って居たのだ。

「しまっ――」

 それ以上告げる前に、ワームの腕がフェイトの身体を貫いた。
 甲殻類の鍵爪が、フェイトの幼い胸元を貫き、その骨を粉々に砕いて、肉を引き裂く。
 最早それが痛みなのだと感じる間もなく、フェイトの背中から鍵爪は突き出て――

「私の、勝ちの、様だな……!」

 クロックアップは終了した。
 元の空間に戻った所で、ワームは物言わぬフェイトの身体を投げ捨てた。
 どさり、と音を立てて、虚ろな瞳のフェイトの遺体がアスファルトを転がる。
 それは当然の様になのはを始めとしたその場の全員の視界へと入って。

「おい、嘘だろ」

 ファイズが、愕然と呟いて。

「フェイトちゃあああああああああああああああああああああん!!!」

 なのはが、絶叫した。
 今が戦闘中である事さえも忘れて、フェイトに縋る。
 だけどもフェイトは何も言わないし、何の反応も示さない。
 その瞳に大粒の涙を浮かべて、大切な親友の死に絶叫する。
 ここまで一緒に戦って来たのに。ずっと一緒だと思ったのに。
 こんな所で、こんな形でお別れだなんて、あまりにも酷過ぎる。

「フェイトちゃん! フェイトちゃん! うぁあああああああああああああ!!!」

 その躯を胸に抱えて、なのはは絶叫を続けた。
 声が枯れる程泣いて、涙が枯れる程泣いて、だけどどちらも決して枯れはしない。
 そんななのはの気持ちを踏み躙る様に、その脚元に投げ捨てられたのは、漆黒のデバイス。
 はたと気付いたなのはが、それを投げ捨てた張本人である水色のワームへと視線を向ける。
 胸元に魔力刃の傷跡を痛々しく残したキャマラスワームが佇んでいるのが、ぼんやりと見えた。
 だけど、良く見れば水色のワームの仮面には、死んだ筈のフェイトの顔が浮かんでいて。

「フェイト……ちゃん……?」
「安心して、なのは。私は死んだ訳じゃないよ」

 なのはを安心させようと微笑む、その表情。
 それはまさしくフェイトそのもの。寸分違わぬ、フェイトの笑顔であった。
 気が動転している現状、例え相手がワームだと解って居ても、そこにフェイトが居るのなら。
 そこに親友が生きた証が存在するのなら、と。
 ふらふらとワームに歩み寄って――

「私はこれからもずっと一緒――」
「――ふざけないで!」

 レイジングハートの切先を、ワームに突き付けた。
 涙で歪んだ表情を、怒りに歪ませてワームを睨む。
 なのはの中で、どす黒い感情が渦を巻く。
 こんな奴に、自分の親友は殺されたのか。
 こんな下らない相手に、自分の親友の姿は利用されてしまうのか。
 嗚呼、出来る事なら、自分のこの手で、このワームをブチ殺してやりたい。
 これまで感じた事の無い様な感情に、なのはの手が震える。

「そう、残念だよ、なのは……なら、なのはも私と同じにしてあげる」

 言うが早いか、キャマラスワームの姿が掻き消えて――

「――ッ!?」

 次にキャマラスワームが現れたのは、一瞬後。
 なのはのすぐ目の前、甲殻類の装甲を爆ぜさせて、ワームが数歩後退。
 二人の間に立ち塞がる様に現れたのは、身を翻して短剣を振るうカブトであった。
 何が起こったのかと目を丸めるなのはと同様、ワームもまた、驚愕している様子であった。


 物言わぬ躯となったフェイトを、カブトはただじっと見詰める。
 何の言葉も浮かんでは来ないし、掛けるべき言葉も見当たらなかった。
 カブトの仮面の下、まるで表情が無くなった様な視線で、フェイトを見遣る。
 天道の脳裏に浮かぶのは、楽しそうに微笑んで居たフェイトの表情。
 子供らしい笑顔で、子供らしく過ごしていたあの日のフェイト。

 ――だから、子供に戦わせるのは嫌だったんだ。

 フェイトが死ねば、なのはが悲しむ。
 はやてや、アリサ、すずか達もきっと悲しむ。
 それだけじゃない。親や、兄弟だってきっと涙を流す筈だ。
 天道だって、目の前で子供が殺された事には悲しまずにはいられない。
 未来の希望に満ち溢れた子供の命が失われてしまうのは、それだけ悲しい事なのだ。
 今自分がクロックアップでワームに一撃を浴びせなければ、なのはまでもが犠牲になっていた事だろう。
 感じるのは、自分の目の前で子供が殺されてしまった事への怒り。ワームへ、そして守り抜けなかった自分へと。
 拳をぐぐっ、と握り締め、奥歯をぎりぎりと噛み締め……仮面の下で、誰にも見えない怒りを浮かべる。
 何も言わないカブトを見て何を思ったのか、目の前のワームが右腕を突き出し、のたまった。

「どうしたカブト? 仲間が殺され、怖気づいて言葉もないか?」

 今更そんな安い挑発に乗ってやるつもりも無かった。
 ただ、無表情な視線でワームを捉えて、今の自分に何が出来るかを考える。
 ――否。考えるまでもない。自分の行動一つで、尊い命を救う事が出来るなら。
 例えそれが運命に背き、物の理に逆らう行為であったとしても、構いはしない。
 目の前で勝利を確信している様子のワームを一目見て、天道は仮面の下で嘆息した。

「……この道を阻む者を愚かと責めるまい」
「何?」
「無知とは蔑むものではなく、憐れむものだからだ」

 言うが早いか、カブトの眼前に時空の扉が開かれる。
 緑の光を放出しながら現れたそれは、機械仕掛けのカブトムシ。
 ZECT勝利の鍵と呼ばれる、最強のツール……ハイパーゼクター。
 それをがっしと掴み取って、そこでようやくワームが気付いた。

「……しまった! ハイパークロックアップか……!!」
「今更気付いた所でもう遅い。お前に本当の太陽の輝きを見せてやる」

 ワームが走り出した時には既に、ハイパーゼクターはカブトの腰に装着されて居た。
 今更ワームがどんなに急いだ所で、カブトの速さには絶対に追い付けはしない。
 何故ならば、カブトの真の力は、クロックアップなどの比では無いから。

 ――HYPER CAST OFF――

 電子音が鳴り響いた。
 カブトの装甲が内側から競り上がって、巨大化。
 それはヒヒイロノオオガネで出来た、よりマッシブな装甲。
 カブトの一本角はより雄々しく、より巨大に、天に向かって聳え立ち。

 ――CHANGE HYPER BEETLE――

 電子音が高らかに鳴り響いて、その存在を宣言した。
 これが最強たるカブトの勇姿――仮面ライダーカブト・ハイパーフォーム。
 全身のカブテクターから金色に輝く粒子を吐き出して、装甲が変型を開始した。

 フェイトは先程言った。
 過ぎた時間は絶対に返っては来ない、と。
 確かにそうだ。時は金なり。失った時間が返って来る事などあり得ない。
 その日、その時間に死んでしまった人間はもう、絶対に返って来ないのだ。

 だけど、彼ならば、その理に逆らう事が出来る。
 偉大なる天道総司のおばあちゃんは、かつてこう言った。
 ちゃぶ台をひっくり返していいのは、よほど飯が不味かった時だけだ、と。
 ならば、今がその時だ。例え運命や時間に逆らう事になったとしても――
 失ってはならないものが、無限に広がる未来の可能性が、天道の目の前に居るのだ。
 だから――!

「――俺が、変えてやる!」

 ――HYPER CLOCK UP――

 瞬間、カブトの背から、巨大な翼が出現した。
 透き通る様に透明で、だけどどんな宝石よりも美しく輝いていて。
 虹色にも見える光の翼を、周囲の人間が確認した時には、既にカブトはこの時空にはおらず。
 体中に装着されたプレートから金色の粒子と、大量のタキオンを吐き出して、カブトは時空を超えた。
 失った時間を取り戻す為に。守られて然るべき未来を、この手で守り抜く為に。
 運命に背き、時さえも越えて――

「今更気付いた所でもう遅い。本当の太陽の輝きを見せてやる」
「……しまった! ハイパークロックアップか……!!」
「――ふざけないで!」
「私はこれからもずっと一緒――」
「安心して、なのは。私は死んだ訳じゃないよ」
「フェイト……ちゃん……?」
「フェイトちゃあああああああああああああああああああああん!!!」
「私の、勝ちの、様だな……!」
「しまっ――」

 ………………。
 …………。
 ……。

 放出する魔力を最大限にまで高める。
 フェイトの魔力変換資質によって、雷へと変えられた力が。
 空気中の静電気を巻き込んで、ワームの身体に強烈な電撃を浴びせる。
 しかし、それも所詮は攻撃による副作用。真の目的はザンバーによる斬撃だ。
 全力で推進して、魔力の刃を一気に押し込み――それはワームの身体を貫通した。

「勝っ――」
「いや、まだだ」
「――えっ」

 気付かなかった。
 ワームの身体を走る電撃が、フェイトの魔力一色でなかった事に。
 相手の懐に飛び込み、全能力を賭けてワームの装甲を断とうとしたフェイトに、そんな余裕は無かったから。
 気付いた時には、ワームの持つ右腕の鍵爪が、ばちばちと音を立てて、フェイトの目下にまで迫って居たのだ。

「しまっ――」

 それ以上告げる前に、フェイトの言葉は驚愕に遮られた。
 しかし、突然の出来事に驚愕しているのはフェイトだけではなかった。
 フェイトへと迫る筈だったワームの鍵爪が、赤い掌に食い止められていたのだ。
 次いで二人の視界に飛び込んで来たのは、銀色の巨大な装甲を身に付けた一人の戦士。
 全身から緑の光を放出する銀のカブトが、展開されて居た光の翼を瞬時に収束。

 ――HYPER CLOCK OVER――

 甲高い電子音が、高らかに宣言。
 同時に、周囲の全てのクロックアップが解除されてゆき。

「ハァッ!」

 キャマラスワームの上体を、カブトの拳が打ち付けた。
 何が起こったのかと理解すら出来ていないワームがよろめいて、吹っ飛ぶ。
 パンチの威力自体がよほど強力だったのか、アスファルトをごろごろと転がり。
 それでもすぐに立ち上がって、体勢を立て直すや否やカブトへ向き直った。

「カブト……!? まさか、時間を巻き戻っ――!?」

 言葉を終える前に、水色の仮面に赤の拳が減り込んでいた。
 その威力、その鋭さ、半端なライダーのそれとは到底比べ物にならない。
 一撃で意識を刈り取られそうな程の威力の拳を顔面で受けて、それでも反撃を止めず。
 右腕の巨大な鍵爪を力一杯振り下ろすが、カブトの左腕の甲によって叩き落され。

「きゅるっ……!?」

 目にも止まらぬ速度の拳。
 一撃、二撃、三撃、四撃、と。
 刹那の内に、凄まじい速度の拳が水色の装甲に叩き込まれた。
 ワームの装甲が軋みを挙げて、拳を受けた場所に僅かな亀裂が走る。

 それからは、一方的なワンサイドゲームだった。
 恐慌状態に陥ったワームの攻撃など、今のカブトにとって恐るるに足らず。
 我武者羅に振るわれた鍵爪による攻撃は全て余裕綽々で回避。
 カウンターの要領で叩き込んだ拳の威力は、どれも絶大。
 一撃受ける度に大幅に後じさって、それでも前進。
 最後の一撃は強烈な右ストレートだった。

「はっ!」

 めきっ、と不吉な音を立てて、ワームが吹っ飛んだ。
 数メートル後方へと弾き飛ばされて、ビルディングの壁に衝突。
 コンクリートに僅かな亀裂を作って、ワームがずるずると崩れ落ちる。
 そんなワームを尻目に、遥か天空より飛来したのは、黄金に光輝く大剣。
 カブトムシを模した完全なる剣をその手に握り締め、ぶんっ、と振り払う。

「パーフェクトゼクター」

 その名を呼ぶや否や、現れたのは三つの光。
 黄色の光は、空を裂いて、真っ直ぐに飛翔し。
 水色の光は、自由に大空を飛翔して、舞い降り。
 紫色の光は、大地を叩き割って、跳び上がった。
 三人の仮面ライダーのパートナーたる、三つのゼクター。
 ザビーゼクター。ドレイクゼクター。サソードゼクター。
 それぞれが光輝いて、まるで虹の様な眩さを乱反射させる。
 刹那の内にカブトが握り締める黄金の大剣へと合体したそれを構えて――。

 ――KABUTO POWER――

 赤のボタン。
 太陽を司る、カブトの力。

 ――THEBEE POWER――

 黄のボタン。
 調和を司る、ザビーの力。

 ――DREAK POWER――

 青のボタン。
 自由を司る、ドレイクの力。

 ――SASWORD POWER――

 紫のボタン。
 誇りを司る、サソードの力。

 ――ALL ZECTER COMBINE――

 四つのボタンを全て押して、引き金を引いた。
 瞬間、大剣自体が真っ赤な稲妻を放って、轟音を響かせる。
 稲妻はすぐに巨大な光子の刃を形作って、それそのものを最強の兵器へと変えた。
 触れる物全てを消滅させる程のエネルギーを内包した、唯一無二、最強にして最大の大剣。
 渦巻くタキオンを嵐の様に渦巻かせて、天まで伸びる巨大な剣を真っ直ぐに振り上げ――

 ――MAXIMUM HYPER TYPHOON――

 マキシマムハイパータイフーン。
 カブトの持てる、最強最大の威力を誇る必殺技。
 どんな敵をも粉砕し、どんな不可能をも可能にする。
 溢れ出る無限の力を体現したかの様な一撃を、その腕で振るい。

「タァッ!!!」

 巨大なエネルギーの奔流を、敵のワームへと叩き付けた。
 瞬間、鳴り響く凄まじいまでの轟音。赤い稲妻は唸りを上げてワームを襲う。
 甲殻類の装甲を粉々に砕き、飛散した欠片を塵一つ残さず完全消滅させ。
 刹那の内に、巨大な大剣は、ワームの身体を真っ二つに両断した。

 こうして、戦いはカブトの完全勝利に終わった。
 だけど、それは新たな戦いの物語の始まりに過ぎず――。
 こことは違う時空から自分を見詰める者の存在になど、気付ける訳がなかった。


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最終更新:2011年01月18日 08:51