『マルディアス』。神々の戦いで一度死に、そして千年の時をかけて蘇った世界。
今この世界では、千年前の戦いに敗れ、封印されていた邪神『サルーイン』が復活しようとしていた。
魔物やサルーインの信徒が起こしていた幾多の事件。それらはやがてサルーイン復活へと繋がる。
世界は再び、千年前のような混沌の時代へと移り変わろうとしていた。
しかし、サルーインと戦う者達は確かに存在していた。
神々が創り上げ、英雄『ミルザ』へと与えられた十の宝石。それらはとある五人の運命を絡め取り、サルーインとの戦いへと駆り立てた。
灰色の長髪をした剣士『グレイ』。
迷いの森を守る弓使いの少女『クローディア』。
エスタミルを根城とする盗賊の少年『ジャミル』。
三角帽を被った術士の女性『ミリアム』。
トカゲの姿をした亜人『ゲッコ族』の戦士『ゲラ=ハ』。
彼らは現在、かつてミルザが神々に認められるために行った試練……通称『最終試練』に参加している。
その内容は、試練の地で十二体の強大なモンスターを打ち倒し、祭壇まで辿り着く事。
そして今、彼らは十二体目のモンスターである金色の龍『ゴールドドラゴン』との死闘を繰り広げていた……
魔法少女リリカルなのは ―Minstrel Song―
Event No.00『最終試練』
【十字斬り】
グレイが刀を振るい、金の巨躯へと十字の傷を付ける。
刃渡りは長く、切れ味も十分。それなのに大したダメージを与えられていないらしく、龍が傷をものともせずに接近。
そのままグレイへと牙を剥き、喰らいつく。
【かみ砕く】
その牙の鋭さは、かつて戦った同種の ―但しこちらの方が遥かに強いが― モンスターで身をもって味わっている。
それ故にこれは喰らってはいけないとすぐに理解し、チッと舌打ち。そのまま刀で受け止めた。
龍と人間の力には元々大きな差があり、それはこれまでの戦いで鍛えられたグレイでも例外ではない。せいぜい三秒もてば良い方だろう。
「クローディア、援護頼むぜ!」
だが、このメンバーにはそれで十分だ。
ジャミルが愛剣『エスパーダ・ロペラ』を手に、高く跳び上がる。その後方には『藤娘』に矢をつがえるクローディアの姿が。
そのままジャミルは近くの岩を蹴り、ゴールドドラゴンへと飛びかかる。それと同時に矢が放たれた。
【ホークブレード】
【プラズマショット】
【連携:ホークショット】
ジャミルの剣がゴールドドラゴンの背を掻き斬り、そこにクローディアの矢が直撃。
いかにゴールドドラゴンといえど、傷口にプラズマショットという電流付きの矢を撃ち込まれればたまったものではない。
そのダメージから思わず牙を離し、その間にグレイが離脱する。そしてその隙にゲラ=ハが自身の持つ槍『マリストリク』をドリルのように回転させながら接近した。
【螺旋突き】
突っ込んでいったゲラ=ハが傷口へと槍をねじ込んだ。それも先にグレイが付けた十字傷へのピンポイント攻撃。
さすがに傷口への攻撃は効くらしく、結構なダメージはあるらしい。
だがその代償として、ゴールドドラゴンを本気で怒らせてしまった。これはかなりまずい状態だ。
大きく咆哮し、首を空へと向けるゴールドドラゴン。その口からは炎が漏れ出している。おそらくブレス攻撃が来るだろう。
それを阻止すべく駆けるゲラ=ハ。だが、一足遅い。
【火炎のブレス】
辺り一面を焼き払うほどの炎が吐き出された。
その炎はグレイ達へと直撃し、死にはしないまでも多大なダメージを与える。無事だったのはあらかじめ炎の盾の術『セルフバーニング』を使っていたミリアムくらいだろう。
中でもゲラ=ハは前に出ていた分、より大きなダメージを受けていた。先に復活の術『リヴァイヴァ』を使っていなければそのまま倒れていただろう。
「……さすがに最終試練の最後の一体。強いですね」
そう言いながらマリストリクを構えるゲラ=ハ。それに対し、グレイが言葉を返した。
「ああ……だが、時間は稼げた。ミリアム、やれるな?」
【スペルエンハンス】
グレイが振り向いた方向では、先程からミリアムがスペルエンハンスで魔力を高めている。
今使った分のスペルエンハンスがかかると同時にミリアムが気付き、そして答えた。
「大丈夫、これならやれるよ!」
そう言うと同時に、ミリアムに大量の魔力が集まり、それが龍の真下で形を成す。
それは巨大な炎の玉。それがゴールドドラゴンの真下からせり上がり、そして飲み込む。
【クリムゾンフレア】
その炎……いや、クリムゾンフレアが龍を飲み込み、少し地上から離れたところで停止。その上には巨大な陣が形成され、少し遅れて炎が爆発する。
だが、クリムゾンフレアはそれだけでは終わらない。爆発の後に上空の陣が巨大な火柱を落とすという大仕掛けが残っているのだから。
爆発と同時に五本もの火柱が巻き起こり、ゴールドドラゴンを灰燼へと変える……それで本来は終わりのはずだった。
だが、まだ終わらない。ゴールドドラゴンとはここまでやられてもまだ戦えるほどのタフネスを持っている。
「嘘、あれで倒れないの!?」
さすがのミリアムも驚きを隠せない。まあ、無理もないだろう。
何せ自分が持つ限りで最高クラスの威力の術を喰らって立っていられる相手だとは思わなかったのだろうから。
だが、それでも相当弱っているのが見て取れる。倒すなら今だ。
それを理解したのか、クローディアがすぐさま藤娘を構え、グレイとジャミルに指示を飛ばした。
「グレイ、ジャミル、私に合わせて」
そう言うと、すぐさま矢の速射を撃ち込む。それに合わせてグレイとジャミルが追撃。
上空から見れば、この三人がまっすぐ一列に並んでいるのが分かるだろう。
……そう、ちょうど竜騎士から教わったあの陣形のように。
【龍陣】
その並びに反応したかのように、ゴールドドラゴンを中心とした光の円が地面に形成される。
これこそが『龍陣』。それぞれの連携の末に龍が追撃するという陣形だ。
そこからすぐにグレイが動き出し、次々と連携を決めていく。
【龍尾返し】
【三星衝】
【サイドワインダー】
【連携:龍尾三星ワインダー・龍牙】
まずグレイが懐に飛び込み、ナナメに一閃。そこから横にまた一閃。
そこからジャミルがゴールドドラゴンの急所といえる位置……すなわち、グレイとジャミルによって付けられた二つの傷口と、龍尾返しで新たにできた傷口にほとんど同時に突きを見舞う。
さらにその箇所を性格に狙い、クローディアが蛇のように曲がりくねった軌道の矢を放つ。それは見事に命中した。
そしてここからが龍陣の真骨頂。一頭の巨龍が下から現れ、ゴールドドラゴンを巻き込んで徹底的に大暴れしていった。
さすがにここまでやられて戦えるほど、ゴールドドラゴンはタフではない。
その場でグラリと崩れ落ち、そして倒れた。
決着から数分、彼らは最奥である試練の祭壇へと辿り着いていた。
階段を上り、祭壇を視認。それと同時に、彼らにここのことを物語として教えた吟遊詩人も視認。
ただし、吟遊詩人はいつもとは違い、どこか人間離れした雰囲気を漂わせている。
……ここまで来れば、この吟遊詩人がただの人ではないことが容易に想像できるだろう。
「お前はいったい何者だ?」
ならばこの男は一体何者なのだろうか。それを疑問に思ったグレイが問う。
それに対し、詩人は答えずにただ笑顔で自分の思っていたことを口にした。
「グレイ、そしてその仲間たち。君達がここまで来ると信じていたよ」
その口調もいつもの敬語ではなく、まるで父親が子供に語りかけるような言葉。
それがグレイの頭にとある可能性を叩き出させる。普通なら誰も信じないような、そんなとんでもない可能性を。
「……まさか」
「そう、私は光の神。神々の父『エロール』だ」
……どうやらたった今叩き出された可能性は大正解だったらしい。
何故吟遊詩人……いや、エロールが人間として生きているのかはこの際置いておくとしよう。考えても仕方が無いのだから。
それより他に気になることがあるらしく、クローディアが階段を下りるエロールへと聞いた。
「貴方はサルーインより強いのでしょう? ならば何故、自分で戦わないの?」
かつての神々の戦いの時、サルーインとその兄弟……伝説上は『三柱神』と呼ばれているのだが、それらがエロールと戦い、そして敗れた。
三柱神のうち、長兄『デス』と末妹『シェラハ』はその時に降服。しかしサルーインだけは最後まで戦い続けた。
エロールがミルザに宝石を与えたのはその後、すなわちサルーインただ一人を残した時であった。
そこからでも分かるように、三柱神のうち二人を降服させるほどの力を持つのがエロールだ。
ならばエロールが戦えば勝てる。なのにそれをしない。それを疑問に思った結果が今のクローディアの問いである。
エロールはその歩みを止めず、階段を下りながらクローディアへと答えを返した。
「……かつて神同士の戦いがあった。そのとき世界は一度死んだ。それほどに神の戦いは激しいのだ。
私は二度と世界を死なせたくない」
千年前の神々の戦い。それは世界を一度殺すのには十分過ぎる程の規模だという。
エロールはそれを分かっている。だからこそ、自身がサルーインとの戦いに赴かないというのだ。
「なるほどな。でも、俺達じゃサルーインには勝てないかもしれないぜ?」
ジャミルが軽口を叩きながら階段を下りる。それに合わせて他の四人も一緒に下りていく。
「人には自分の運命を自分で決める権利がある。
サルーインの復活を傍観するか、サルーインを打ち倒すか、それともサルーインに敗れ去るか。全て自分達で選ぶことができる」
既に階段の一番下の段に辿り着いていたエロールが言葉を返す。
少なくともこの五人は、サルーインと戦う道を選んでいる。だからこそこの言葉を贈ったのだろうか。
やがてグレイ達五人も階段の一番下へと到達。そしてミリアムはその場で立ち止まった。
「本当は、もう結果が分かってるんじゃないの? やれるかどうかも分からないのに、あたい達に任せるとは思えないもん」
ミリアムが笑ってそう聞く。確かに、勝てるかどうかも分からない……というより、負ける公算の高い戦いをさせるとは思えない。何しろ、負ければ世界が危ないのだから。
だが、その問いはエロールが横に首を振ったことで否定された。
「神々とて、それほど先のことがわかっているわけではないよ」
そう、たとえ神々でも未来というものは分からないのだ。
封印したことによってサルーインの憎しみが増すとは予想していなかった。
サルーインが『ミニオン』という使い魔達を生み出すとは思っていなかった。
かつての戦いで生み出し、ミルザへと与えた宝石『ディステニィストーン』が世界を混乱させるとは思わなかった。
「……全て、私の失敗だよ」
心底悔やんだような顔(帽子と髪型でよく見えないが)でエロールが言う。
未来が分かっていれば、このような失敗もしなかった。そしてその失敗の結果がサルーインの復活だ。
「勝敗はやってみなければ分からない、そういう事ですか……荷が重いですね」
「だが、やるしかない。エロール、俺達が負けても文句は言わせんぞ」
ゲラ=ハの言葉にグレイが言った。それを聞いたエロールが笑顔で答えを返す。
「私はこの世界そのものと、世界に存在する全てのものをいとおしく思っている。
どのような結果も、受け入れるだけだ」
「さて、サルーインの居場所ですが……実を言うと、今はこの世界にはいません」
吟遊詩人の口調に戻ったエロールが、サルーインの居場所を言う。が、それはあまりにも理解しがたいことだった。
もっとも、いきなり『実はこの世界にはいません』というのは驚かないほうが不思議だろうが。
「何だと? それは一体どういう意味だ」
いきなり突拍子の無いことを言い出すエロールにグレイが問い返す。
見れば他の面々も全く理解できていないような表情。中にはジャミルのように「それはひょっとしてギャグで言ってるのか」とでも言い出しかねない表情の者までいる。
だが、エロールは全く動じずにその続きを言う。
「グレイ達が動いているのを感づいたのでしょう。どうやら数日前に異世界へと飛び去ったようです。
おそらくは妨害されないよう、異世界で復活を遂げてからこちらへと戻ってくる……そういうつもりでしょう。
もっとも、転移に使ったエネルギーを取り戻すだけの時間だけ復活は遅れるでしょうが」
サルーインにそのような芸当ができたとは初耳である。千年前の戦いの記録にも、そのような事は載っていない。
だが、事実サルーインは異世界へと飛んでいる。ならば追って復活を阻止、最悪の場合復活したサルーインを打ち倒す必要があるのだ。
「消耗したエネルギーの分だけ復活が遅れると言いましたね……具体的にはどれ程遅れるのですか?」
「……長く見積もっても、あちらの時間で数ヶ月といったところでしょう」
サルーイン復活まであと数ヶ月の遅れが出る。異世界に向かい、探して打ち倒すには十分な時間だろう。
その頃には彼らの中に異世界行きを迷う者など誰一人としていなかった。
……まあ、どうやって行くのかを一切考えていなかったが。
「私が一度あなた方を地上へと送ります。準備が済んだら北エスタミルのパブまで来て下さい。
そこから私の力でその世界へとお送りしますし、決着がついた頃にそちらへと迎えに行きます」
数日後、北エスタミルで謎の光が確認された。
その光の正体は無論、エロールがグレイ達を異世界『ミッドチルダ』へと送るための力である。
「頼みましたよ、皆さん……」
彼らがいなくなった北エスタミルで、エロールは一人呟いた。
そしてグレイ一行とサルーイン、そして『機動六課』と『ジェイル・スカリエッティ』を巻き込んだ物語は……ここから始まる。
最終更新:2008年01月20日 11:33