相棒を撒き込んだ重大なミスを悔やみ、泣き崩れていた時にいきなり現れた謎の女性。
その女性が何かをしたとわかったと同時に青い光が辺りを包み……
目を瞑りまた開くまでの一瞬で変化した相手が自分を襲う。

(いったい、何が…?)

変身の瞬間を目の当たりにした今のティアナ・ランスターにかろうじて理解できる事
それは目の前で起こったことが『有り得ないこと』だということ。
しかしそれは現実に起こったこと、目の前の人間が突如姿を別の何かに変えた。
女性が口にした「変身」という言葉が少し引っ掛かったが
そこから先を考える余裕など今のティアナにあるはずがなかった。

「うーん、まずは…よし、とりあえず基本のこれからにしてみようかな」

目前で泣く少女に涙を拭う暇すら与えずにサイガフォンを引き抜いてフォンブラスターに変形
“Single Mode”の音声が発されノズルから放たれた銃弾は簡単に避けられ背後の壁を貫通する
地面を転がりながらクロスミラージュを構え直したティアナはその痕跡を見て愕然とするがそれ以上に
適当なポーズを取りながら銃弾を放っているその姿と態度に怒りが起こる
銃使いとして日々誰よりも努力するティアナだからこそいかにも投げやりなその態度が癇に障った。

「ちょっと、的が動くなんて有り得ないよ…にしてもけっこう強いねこの銃って」
「的って…あたしが、的……」
「あなたが持っているそれとどっちが優秀なのかな」
“マスター、ここは一時後退を……この距離ではこちらが不利です”

言われなくてもわかってると口にする余裕も既になく今の自分の全速力でその場を離れるティアナ
狙いをつけようともせず不機嫌そうにフォンブラスターを放ち続けるサイガから逃げ続けた。
自分が普段放つ魔力弾で普通の岩壁を破壊するということは簡単にやれるが
今の弾はただ破壊するのではなく貫通している、岩に綺麗な形の穴を開けているのだ。

(あんなに強い弾、いちいち相殺してたらすぐに魔力が空になる)

ただでさえ魔力を消費しているティアナはクロスミラージュの言葉を聞いて逃げに回った。
放たれる攻撃の弾速がかなり速く撃ち落とすための銃撃も今は使用できない
……それだけならまだしもすべての攻撃がこちらを遥かに上回る速さで放たれている。

背を向けて逃げるティアナは限界以上の速さでサイガとの距離を開けていくが……

「ちょっと、逃げるなんてダメじゃない」
「…ッ!?」
「ふぅ……調子悪いみたいだね?」

ただの一跳びで距離にして20m以上の差が出ていたにも関わらずものともせず飛び越えるサイガ
振り返って攻撃するかと思えば握っていたサイガフォンをドライバーに納め溜め息をつく。
いちいちその言動と挙動に付き合ってられるはずもなく再び逃げようとするティアナだが

「逃げちゃダメだ、って……さっきも言ったのに」
「――!!」
「お仕置きっ!」

再びその前に立ち塞がったサイガが走ってくるティアナに力を込めた蹴りをカウンター気味に合わせた。
避けるどころか反応すら間に合わずまともに受けたティアナは突き刺さった右肩を抑える
今は魔力を消費してるとはいえバリアジャケットの上からダメージを与えるその力は脅威という他無い。

「ああ……やっぱり避けるの下手なんだ? かわいそうな魔導師さん」
(くっ・・・! あたしは、遊ばれてる・・・)

自分を吹き飛ばしたサイガになぜか薄く笑われたような気がしたがそれも仕方が無いだろう
先程放たれたあの銃弾の威力に対抗できるほどの力が今の自分にあるとはとても思えない
自分の魔力と予備のカートリッジは先程のクロスファイヤーシュートでほとんど使ってしまっている。
まともに当たれば間違いなく致命傷になる……そうなると自然に回避せざるを得なくなる。

(かわいそう、か……どうしようもないくらい惨めね、今のあたしは……)
「ところでさ、後ろのこれ気になるでしょ? 私もなんだ……だからちょっとだけ使ってあげる」

しかしお構い無しに続くサイガの猛攻とお喋りはティアナから只でさえ失せている戦気をさらに削る。
両腰の辺りにだらしなくぶら下がっていたレバーらしきものを握った瞬間
背中のバックパック――“フライングアタッカー”がブースターライフルモードへと変形。
操縦桿のようなものが背中の変形したバックパックと接合した瞬間

(え? まさか、あれって……!?)

そのキャノン砲らしき部分からから青い光弾が連射……というにはあまりにも多過ぎる。
光の弾の乱れ撃ちはすでに弾幕を形成できるほどのレベルの域へと達していた。
一発一発の威力は先程のフォンブラスターに劣るようだがその数は無数

「これすごいなぁ……ねえ、隠れても無意味なんじゃないかな? 聞こえてないのかな・・・?」
「な、何て数の弾…くぅっ」
(私とティアナのポジションはいちいち動いてたら仕事ができない……足は止めて視野を広く持つ!)
(ほらティアナ! いちいちそうやって避けてたら後が続かなくなるよ!)
「なのはさん……エースオブエースだったらこんな状況でもあっさり跳ね返すんだろうな」

今までやってきたこと、続けてきた練習を思い出すがこのような状況に対応するための訓練はしていない
過去の訓練で飛んでくる弾をただひたすらに撃ち落とすことは毎日のようにやってきたが
それでもあの数をすべて撃ち落とすなんて発想が出ないことを考えると
自分の精神がまだ正常を保っていることをなんとか認識できる。


(こういった緊急事態に陥った時の対処法はあたし、何も教えてもらってない……)

そもそもティアナのポジション――センターガードはあくまでも中~遠距離を支配するためのもの
現時点ではまだ先程のようなスピードが求められる接近戦そして何よりも
このような不測の事態…規格外の事態に対応できるほどにはまだ実力がついていない。
それでもいつもは相棒であり前衛型のフロントアタッカーであるスバルのフォローがあるのだが……
そのスバルは今はここにはいない、自分が追い払ったからだ。
スタンドアロンでも戦える射撃型を目指しているティアナだがこの状況は厳し過ぎる。

「ねえどうしたの? ひょっとして流れ弾に当たっちゃった? ……返事がないね」

無数の弾丸が木々を次々と薙ぎ倒す中サイガはティアナを見つけようとしないまま撃ち続ける
どうやら狙いをつけずにただ乱射しているだけ・・・威力と性能を試しているらしい。
こんな乱暴なやり方があるのかと一瞬考えたがそれは無駄なことだ、現に今やっているのだから。

“……マスター、何か言っているようですが”
「生真面目ね…どうせあの銃弾の音で聞こえないんだから無視しなさいよ」

息切れを起こしながらもどうにかして呼吸を整えたティアナは茂みの中に潜んで息を殺す。
右肩がかなり痛むがクロスミラージュの扱いにはあまり支障はなさそうだ。
サイガの攻撃がひっきりなしに続く中ティアナは自分のデバイスに問い掛ける。

「にしてもいったい何なのよ、あの連射速度……クロスミラージュ、わかる?」
“連射速度計算……どうやらあれは1秒間につき120の弾丸を発射しているようです”
「……一応聞いておくけど、それマジなの?」
“信用していただけませんか?”
「元から疑う気はないけど……ごめんね、今ちょっと余裕がなくて」

たった1秒で、120。あのバックパックにそれほどの能力があることにまず驚く。
……しかも魔力反応はない、おそらくあれになるだけで自由自在にその力の使用が可能となるのだろう。
その能力の全容はわかっていないが先ほどの動きからするに身体能力も相当なものだと予想できる。

(何の努力も無しで、ただ装備するだけであんな反則な能力……くっ!)
“マスター、少し痛いのですが”
「……ごめん、強く握り過ぎた」

歯噛みしてクロスミラージュを握る手に力を入れてしまっていたことを反射的に詫びるティアナだが
すぐさま弾丸を無作為な方角へと乱射し続けているサイガに目を向ける。
もう数えるどころか見るのも嫌になるがそんな理由で目を背ける訳にはいかない。

(威力はさっきの銃弾と比べれば低いほうだけど……でもあれじゃ無傷で潜り抜けるなんて)

魔力が落ちている今では少なくとも5秒もたずに身体が文字通り蜂の巣となる。
バリアジャケットのフィールド作用で魔力が削られるのを考えると耐えることはできない
1秒間に120も発射できる移動砲台など相手にするだけ無駄だ。

(どうする? どうすればいいの……どうしよう。どうにもできない……?)

どうにかしてこの場から去れればいいが既にフェイクシルエットを長時間維持する魔力はなくなっている。
逃げ道はすでに乱射された光弾によって防がれているし自分の足で逃げたところですぐに追いつかれる。
まともに戦うのは自殺行為、逃げる事もできず隠れることすら叶わない。

「手詰まりの上に万事休すって……最悪なこと、この上ないわ」
「聞こえてるかな? 無駄な抵抗はしないでおとなしくしてよ、お願いだから」
「はぁ・・はぁ・・ちくしょう…!」
(……的、か。やっぱりあたしってこういうのがお似合いなのかな・・・)

絶望的な状況から逃れられない自分にさらに絶望する中でも弾幕はさらに増え続けていく
逃れられないのに逃れようとしていたつい笑みが浮かぶ、それは諦めからくる笑いだった。
英雄だらけの機動六課のメンバーとして相応しくない自分がこうなるのは当たり前かもしれない
これはガジェットの侵入を防ぐため、自分の攻撃が相棒を犠牲にしかけたことへの報い。

「もう……わかった、今からこの辺り一面吹き飛ばしちゃうよ?」
(吹き飛ばされる…これで終わっちゃうんだ、私…)

ライフルモードからシングルモードへとチェンジしたサイガがその砲身を向ける。
こちらが狙われているのがわかっていてももう足を動かす力も抵抗する気力も消えている。
もはや悔しいという気持ちすらも湧き上がらない。

(ごめんねお兄ちゃん・・・あたしやっぱり最後まで)
「――――やめろぉぉぉぉぉッ!!!」
(……え?)
「なに?」

自分とは違う場所へと逝ってしまった兄に謝罪しようとしたティアナを
今の彼女をほんの一瞬とはいえ活力を生み出させるような力を持った声が遠くから聞こえる。

「それ以上わたしの友達を……傷つけるなぁぁぁぁあっっ!!!」

諦めの思考は許さないとばかりに割り込んできたのはついさっき自分が遠ざけた相棒
全速力で走るその少女の右拳がありったけの魔力に満たされるのを見るティアナ。
遠くにいるティアナが気付くのだからサイガもその大声に気付かないはずもなく。

「いきなり何なの……真っ直ぐ近づいてくるなんておかしいよ」
「バカやめなさい! 無闇に近づくとそれが……!」
「うわああぁぁぁ!!」

いきなりの乱入者にサイガは呆れながらフライングアタッカーの砲身を飛び出してきた魔導師に向ける
そのことがわかっていたティアナはそれを知らせようとするが間に合わない……が様子がおかしい
砲身から光弾が出てこない、敵が近づいているのに撃とうとしない。接近戦を挑むつもりだろうか?
……いや違う、サイガ自身も少し動揺している。先ほどまでのだらけた態度はもう無い。

(まさか撃たないんじゃなくて……撃てないの? どうして……)
「あれっ? おかしいな、故障かな? この!」
「リボルバーキャノン・・・吹き飛べぇぇぇーーーーッ!!!」

魔力と怒りのすべてを込めた右拳のリボルバーナックルが呆然としたサイガの顔面を全力で殴り飛ばす。
背部の木々を薙ぎ倒しながら遠くへ消えていくそれを見送りながら
ようやくティアナはサイガが撃てなくなったのか、何が起こったのかを悟る。

「そうか……エネルギー切れを起こしたのね。」
“何も考えずに撃ち続けた結果でしょう”
「ティア、大丈夫?」

サイガを弾き飛ばしたスバルはマッハキャリバーを再び駆動させ肩を押さえていたティアナに近づく
膝を付いている仲間に手を差し伸べるがティアナが返してきたのは手ではなく目だった。
なぜ助けにきたのか。遠ざけたのに、怒りをぶつけてしまったのに

「とっとと行けって言ったじゃない。どうして……」
「できないよ…Bランク試験のときにだって言ったじゃん」
「何を?」
「一人で行くことなんてできないって、ぜったい嫌だって」

そう言ったスバルのいつもどおりの表情が今のティアナにはとても痛い。
あのような致命的なミスで危険な目に合わせたというのに目の前の少女は変わらない笑顔を向けている。
危険な目に合ったのは自分だというのに、彼女はいつもと変わらない行動を取っている。

それが今はとても痛くて重い、圧し掛かるのは日頃から背負っている重圧よりも遥かに重いもの。

「大馬鹿」
「…ごめんね」
「なんであんたが謝ってるのよ? 逆でしょうが…」
「そうかもしれないけど…でもやっぱりわたしが悪いかもしれないから。だからごめん、ティア。」
「……謝らないでよ、お願いだから」
「どうして?」

そこから口にしようとした言葉を必死に呑み込みつつも適当に取り繕うとするティアナを
スバルは尚も興味ありげにじーっとを見ていたがしばらくすると引き下がった。
言えない、これだけはとても言えるものじゃない。無理だった。

これ以上あたしを惨めにさせないでと、自分の口から残酷な言葉を

この子はこうやっていつまでもあたしを助け続ける……それが重荷と感じている自分がいる。
――本当にあたしは何をやっているんだろう、何を考えているんだろう
弱いのに、どうしようもないのに……いてもいなくてもいい存在のはずなのに足を引っ張ってばかりで

(今更言うのもなんだけど…あたし惨めすぎるじゃないのよ……)
「あー痛かったぁ……ちょっと不意打ちなんて卑怯だよ」

胸部のΨコアを押さえ苦しそうにうめきながらも茂みの中から出てくるサイガの声色は明るい。
どうやら胸を押さえているのは痛みからくるものだけではないようだ
それともまた別の感情かそれはティアナにもスバルにもわからない

「…あなた強いね、さっきの凄く痛かったし」
「………」
「よかったよ今の、ヒロインの危機を救うヒーローみたいで」
「……どうも」
「昔を思い出しちゃった」

(まさかあれが話に出てきた鎧の戦士……なわけ、ないわよね)
「でもあの子は守られるヒロインで本当にいいのかな?」
「…どういう意味なのかな、それ」

スバルとサイガが会話をしている一方でティアナは魔力と体力の回復に専念しつつも思考を巡らせる。
あの女はあたしで“試す”と口にした、つまりあの力を使うのは初めてということになる
……さらに言うならやはりあれに変われば誰でもあのような力を使うことが可能らしい。

「守られてばかりってね、結構恥ずかしいことなんだから」
「友達を守らない人間がどこにいるの!」
「にしてはなんだか微妙な雰囲気だと思ったんだけど…気付いてないの?」

煙に巻こうとするサイガに向かってスバルはさらに感情を剥き出しにする
全身から漏れ出ていると錯覚するようなスバルの怒りも目の前のサイガは受け流すのみ。
そして感情を押さえようとしないまま勝手気ままにに話し続ける

「本当の友達なら相手の気持ちくらい察してあげようよ?」
「……うるさい、それ以上喋るな」
「あの子は頑張って生きてるみたいなのに……」
「黙れって言ってる!!」

木々すらも震えさせそうな雄叫びを上げてスバルはマッハキャリバーを再び起動させサイガに急接近。
多大な魔力を加えてリボルバーナックルの歯車を高速回転させ殴りかかる。
鋭さを増した攻撃に少々驚くが回避するサイガの速さはティアナの想像通りだった。

(想像以上じゃなかっただけ……マシと思ったほうがいいのかしらね、こういう場合は)

「……ふふっ、怒った? やっぱり怒るよね。」
「うるさい……」
「でも友達関係を長く続けたいなら……私の言ったことの意味を考えたほうが」
「大きなお世話だ!」

小さくて余計な親切を当然聞くことなくさらに逆上して攻撃を続けるスバル。
早急に援護に回ろうとするティアナだが今ではまだ戦えない
また他人任せなのが少し心苦しかったがこの状況ではスバルに頼るしかない、それがとても悔しい。

「……しつこいなあ、そんなに戦いたいの?」
「先に仕掛けたくせに何をっ!!」
「うん、まあそうなんだけどね……でもあなたには関係ないじゃない?」
「…………」

相棒の雰囲気が変わったのをティアナは感じる。やばい、頭に血が昇っている。
スバルはとても活発そうな外見をしているが実際は良い意味でも悪い意味でも女の子らしい性格をしている
……しかし普段がおとなしい人間は一度感情を制御できなくなったらどうなるか

「あなたってさ…がんばって生きてるの?」
「ふざけた態度を……とるなぁぁぁぁぁぁっ!!!」

平然かつ抜け抜けと口にするサイガの言動に激情し突撃して拳を再び振り上げるスバル。
突き刺すように放った一撃は逆に突き出されたサイガの拳とぶつかり合う。
助走の勢いがプラスされているためか徐々に競り勝っていくスバルはサイガを弾き飛ばした。
先ほど胸部に叩き込んだ一撃はやはり効いているようで踏ん張れずに体制を大きく崩す。

「くうぅ……しつこいなあもう!」
「逃がすもんか! リボルバーキャノン…もう一発、当たれぇぇ!!」
「またそれなの!? ……本当に勘弁してよ!」

猪突猛進を身体全体で表すかのように再び突進してくるスバルに呆れ半分の驚きを見せるサイガ。
あの一撃は厄介だと学んだのでフライングアタッカーの操縦桿を再び握る。
エネルギーはある程度回復してはいるがもうまともに相手はしてられない。

「んーもう…もう取れるのもとったし、今日はこれで帰ろっと」
「うおおおおおおおお・・・・・えぇ!?」
「今日はここまで! お終い!」

ただひたすら真っ直ぐ走るスバルの視界から突然サイガが消える。
サイガは背部のフライングアタッカーを全力で可動しスバルの攻撃を間髪で避ける。
全力で拳を振り抜いたスバルは当然バランスを崩し地面を大きく転がっていった。

「わっ、やっ、ひゃあああああああああーーーーーーーー!!!!??」
(言わないことじゃない…あんの大馬鹿!!)

ようやく体力と魔力がある程度回復したティアナはその甲高い悲鳴に反応して
すぐさまスバルに念話を繋ごうとするがいくら問いかけても応答がない
まさかやられたのかと一瞬疑うがあの悲鳴は攻撃を受けた人間が出す悲鳴ではない。
おそらく勢いづきすぎてまたヘマをやらかしたのだろう。

(また頭に血が昇って……ったく、すぐこうなるんだから!)

またいつものスバルに戻った事を複雑に思いながらティアナはスバルを探しに走り出す。
地面に目を向けると土にマッハキャリバーの跡がついているので簡単に後を追える。
付近を見回しガジェットドローンを警戒しながら次第に足を速めていくティアナ

「っ? わっ、とっ、と……あれ? 何かしらこれ」

ふとこつんと軽い感触が足に当たりよろめく。
普段なら普通にバランスを立て直せただろうが今のティアナは近くにあった
木に掴まらないと止まれないほどに疲弊していた。
ティアナは少し土をかぶりながらも地面に落ちていたそれを拾い上げる

(……時計? それにこれ、あいつのデバイスの形に少し似てるような)

見た目はどう見ても腕時計だが何か変な形状をしている
時間を数字として映すために必要な液晶は2つしかないし
その横部にはなにやら後付けとしか思えないものが付属している。

(何この数字……えっと、555W…?)


「……どうして? あの時ちゃんと倉庫から持ってきたはずなのに……」

ティアナが見つけた時計らしきものを調べていた一方で
空へと逃げた沙耶はその時計がなくなっていたことに動揺していた
あの時サイガのベルトと一緒に手にいれたはずだが…すぐにその理由に思い当たる。

「そっか、あの女の子に吹き飛ばされた時に…………ふぅ、しょうがないな」

殴られた場所を重点的に探せばすぐに見つかるとは思うが生憎その場所はもう忘れている。
この広いところをくまなく探すのはさすがに骨が折れるし
何より間違いなくここに来ている三原修二やあの機械に見つかる可能性がある。

「諦めるしかないかな…あの子たちがあれを拾っても使い方はわからな……っ!!」

再びフライングアタッカーを機動させこの場から引き上げようとするサイガ
しかしその行動よりもわずかに早く足に激痛が走った。
左足に深々と突き刺さったのは金色の閃光。それがサイガの動きを止めた。

「ぐっ…! 空から!?」
「ええ、あなたと同じ…空から撃ちました」

その一瞬の間でサイガの眼前に立ち塞がったのは金色の閃光――逃げだそうとする直前に
プラズマスマッシャーを放ち動きを止め取り得の瞬発力で周り込んだのは
鎌の形状に変形させたバルディッシュ・アサルトを持つフェイト・T・ハラオウン。

「今度は金色の魔導師さん? くっ……ほんっとうに邪魔が多いなぁ」

プラズマスマッシャーの直撃で焼け焦げた足が熱く苦悶混じりの声を出す。
全身を被う特殊金属のルナメタルのおかげでダメージはそれほどないが
しかしその装甲を焦げさせるほどの威力は脅威だった。

(……もう少し威力が大きかったら、まずいことになってたかな)
「危険魔法の使用、及び殺人未遂の現行犯であなたを逮捕します」
「そんな、殺す気だなんて……それに私のこれはあなたの言う魔法じゃないし」
「話はしかるべき場所で行ないます」
「……あなたに私を逮捕する権利があるの?」

先程スバルにしたように淡々とサイガが口にした言葉にフェイトは少しの苛立ちを隠しつつ平静に答える。

「本局遺失物管理部機動六課所属、フェイト・T・ハラオウン執務官です」
「執務官……って、え? フェイト・テスタロッサ?」
「何か?」
「ってことはあなたもしかして、『F』?」

フェイトの名前を聞いたサイガが驚きながらも興味本位で口にした言葉
その言葉は眼前にいたフェイトに届かないはずがなく、サイガ以上の驚愕で顔が強張る。
F…自分を産み出したプロジェクトFのことをなぜ?
しかしサイガが口にした次の一言でその顔がさらに険しいものになる

「そっか、フェイトか……まああっちの“F”が来なかっただけでもいいかな」
「…え? もう一つ、って」
「あ、そういえばファイズはもう壊れたんだっけ」
「ファイズ!? ファイズって……」
「じゃあね、あの魔導師さんたちにもよろしく」
「!? 待て、ファイズというのは……」

思考が逸れた隙をついてサイガはフライングアタッカーを全力で駆動させフェイトから距離を離していく
最高時速820kmに達し瞬時に距離を離していく相手をフェイトは追おうとしたがすぐに思い直す。
自分たちの任務を忘れるわけにはいかない、ましてや近くにはスバルとティアナもいる。
歯噛みしながらもフェイトはスバルとティアナがいる場所へと降り立つ


「……フェイト隊長、なぜこんな場所に?」
「シグナムとの通信が突然途絶えたから……それより2人こそなんでこんな場所に?」
「わたし達はその…引っ込んでろって」
「あたしがミスをしたせいで、スバルも巻き添えにしちゃって……」
「……エリオとキャロは?」
「あ、あの2人はヴィータ副隊長がついています!」

スバルとティアナの話を聞きながらフェイトは周囲を見渡し続ける。
上空からも見下ろしたがやはりひどい有り様となっていた。
ここに来る途中ヘリの上から眺めたこの木々は綺麗ではなかったがとても素晴らしいものだったのに。

「2人とも、ホテル・アグスタに戻って守りを固めて。もうこの周辺にガジェットはいないから」
「え……ですが私達はヴィータ副隊長に」
「いいから!」

一喝するフェイトに気圧されてスバルとティアナは元いた場所へと走り出した。
ガジェットとの連戦で魔力と体力を消耗している今の2人をこれ以上無理させるわけにはいかない
そしてフェイト自身も拠点防衛に参加するべく2人と共に向かい出す。

(プロジェクト、F……それにファイズって、彼のこと……?)
(あの姿はあの時のカイザっていうのに少し似てる…でも女の人の声…)
(……こんなんじゃダメだ。このままじゃ…ダメだ)

それぞれが違うことを考えていても、今の3人の心と足取りは平等に重かった。

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最終更新:2008年01月28日 19:07