「ガジェットドローンが魔導師たちの目を引きつけている間に、俺達は目的のロボットを……!」
「おうよ! ……でもあのロボット、アタシらのもんになんねーかな?」
「ははは、アギトちゃんは気に入ったみたいだね?」
バリアジャケットを纏ったシュウジは心底嬉しそうなアギトと共に森の中を駆け抜けている。
ここを突っ切ればホテル・アグスタは目と鼻の先だ。
辺りを見回すとガジェットドローンの群れが迫っているが自分たちは関係が無い。
とにかくデータにあった銀色のロボットを手に入れることを優先させる。
「ガジェットの爆発音が増えてきた……かなり腕のいいやつがいるみたいだ!」
「確かにそうだね、例のロボットはオークション会場に運ばれてる……急いだほうがいい」
地面を蹴ってさらにスピードを上げて走り続けるシュウジだがそこに妨害が入った。
急に伸びてきて腕に巻きついた何かのせいで動きを急に止められ派手に転倒してしまう。
(鞭……いや違う、鎖分銅!?)
「シュウジ! そいつは連結刃だ!」
「何!? うわっ!」
腕に食い込んだ刃がシュウジを身体ごと引っ張り上げていくのを見たアギトはそれを追おうとするが
〔来ないで! こっちは俺一人でなんとかできる!〕
〔シュウジ……けどよ!〕
〔アギトちゃんはあのロボットをお願い! こっちもすぐに追いつくから!〕
〔……くっ、わかった! ちょっとだけ我慢してろよな!〕
念話を切ってアギトを逃がしたシュウジは真正面にいる自分を釣り上げた張本人の前に立っていた。
手に握った柄から伸びている連結刃は何時の間にか普通の剣にしか見えなくなっている。
どうやら形態を自在に変えられるアームドデバイスらしい……相当な貴重品だろう。
〈シュベルトフォルム〉
「そのような目で睨まれることをした覚えはないのだがな」
「……やはり邪魔をしにきたか」
自然と目が険しくなっていたことに驚く暇も与えず目の前の桃色の髪の騎士が尋ねてくる
……明らかに怪しい魔導師から話を聞くことがおかしいと思うのはなぜだろうか?
今はルーテシアがガジェットの群れを転移して混乱させているはず……彼女はそれを知らないのか
(迎撃に向かう必要性がないと思ってるのか……それほど会場の守りは固いのか?)
「管理局の魔導師ではないようだな……ホテル・アグスタに何用だ?」
「ここに泥棒に来ました」
「……そうか、ならば私はおまえの邪魔をしなければならない」
説明する時間も嘘をつく時間も惜しかったので細かいところを省いて一言で済ませたが
どうやら数ある選択肢の中でも最悪のカードを引いてしまったようだ。
握っていた剣を構えなおした桃色の髪の女騎士は再び口を開く。
戦意が高まっているのが目に見えてわかる……どうやらやる気のようだ。
「いつもなら戦う前に名乗るべきなのだろうが……こそ泥に名乗る名前は無い、時間も惜しい」
「俺はあなたに用が無い、そこをどいてくれ」
「……あいにくだがこれが私に与えられた任務なのでな」
(ああいうデバイスを持つことが許されるほどの使い手……古代のベルカの使い手か)
正直相性の悪い相手だ。もしミッドチルダ式を応用して疑似的に再現した近代ベルカ式にしろ
純粋な古代ベルカ式にしろ対人戦闘……接近戦に特化し過ぎている、対して自分はミッドチルダ式だ……
基本的にオールラウンダーだがシュウジは中~遠距離戦に特化しているため接近戦は苦手である。
そして今2人にはあまり距離がない、すぐに接近戦に持ち込まれることは確実・・・
(ゼストさんやガリュー君に鍛えてもらってるとはいえ……古代ベルカの騎士相手に、接近戦か)
無謀なことだとわかっているが今はどうにかして早く先行していったアギトに追いつかなければいけない
そのためにはこの桃色の髪のポニーテールの騎士を追い払わなければいけない……
右手の中にあるデルタムーバーを再び握り締めて目の前の騎士を見据えると同時に行動を起こす。
「ゆくぞ、レヴァンティン」
〈ロードカートリッジ、エクスプロジオン〉
「デルタムーバー、カートリッジロードを行なう!」
"OK,Charge Mode"
レヴァンティンと呼ばれた剣がロードすると同時にデルタムーバーのカートリッジをロードするシュウジ
デルタムーバーのアンテナ部分を上部にスライドして持っていた2つのカートリッジを手動で篭める。
それと同時に銃身の上部についているミッションメモリーをスライドさせ薬莢を排除させる。
"Charge Mode"と音声が鳴り響き完了、ちなみに1つのカートリッジで最大36発もの弾丸を発射できる。
「銃型のデバイスにカートリッジシステム……まるでティアナを見ているようだな」
「誰のことを言っているのか知らないけど! ・・・ティアナ?」
呟きながら騎士は剣を構えて攻撃の構えに入る、合同訓練には一度も参加したことはないが
モニターで訓練の様子を見ていたこともあり銃使いへの対策も考えている
対策といえどもいつも通りに『近づいて斬る』だけなのだが遠距離が得意な
銃使いには単純ながらもこういう戦法が一番効果的なのを長年の経験から知っている。
「残念だが1対1なら我らベルカの騎士に負けはない、痛い目を見るのが嫌なら武装を解除しろ」
「俺が負けるって決まったようなことを……そういう考え方は嫌いだ」
「……この距離は、騎士の力量が充分に発揮される距離だ!」
デルタムーバーから牽制のために放たれた通常出力の魔力弾“シュートバレット”を
剣を強く握った騎士は高く飛び上がり回避、直後地面のシュウジに向かって両腕を振り下ろす
握られたそのアームドデバイスが炎を纏っていることにやや驚きつつもどうやって勝つかを考える
騎士の得意間合いであり自分が少々苦手とする接近戦で……しかも1対1という
ベルカの騎士にとって有利な材料が揃ってはいる、しかしここで負けたらアギトに追いつけなくなる
(1対1の接近戦じゃベルカの騎士に勝てない、か……まともに戦って勝てないと言うのなら!)
右腕に握ったデルタムーバーを少しだけ見つめ上空の騎士の攻撃から目を逸らさないように見る
「いい度胸だ、逃げないことだけは褒めてやる……!」
「誰が逃げるものか!」
「だがここまでだ!」
「デルタムーバー! 頼む!」"Bright Protecion"
シュウジが前方に突き出した左腕から青白い魔法陣の光が発生し剣を振り下ろす炎の騎士の攻撃を遮る。
防御バリアがレヴァンティンを受け止め押し合いになるがシュウジが次第に押し返し始める。
しかし騎士が叫び声を上げ両腕にさらに力を込めると魔力が変換された炎が剣から噴出して防御に罅を入れる。
「くっ…流石に重い攻撃を…!」
「その程度の防御魔法で・・・紫電一閃が防げるかぁぁ!!」
「ぐぅっ!!」
再び押し返されそうとしているのを見てシュウジはベルカの騎士の力強さに驚く
本来のカートリッジシステムの使い方にも驚いているが……何より炎と共に噴き出た気迫が凄まじい
いつも一緒にいる烈火の剣精のことを思い出すが直接的な攻撃力は当然ながらこちらが上だった
(カートリッジを使って破壊力を爆発的に上げる……俺のあれと少し似てるけど)
「やっぱり、本家本元は違うってわけか・・・!!」
「まだだレヴァンティン、おまえの力なら奴を防御ごと切り裂けるはずだ!」
(やっぱりバリア破壊効果が……これを使ったのは正しかったな)
さらに力を入れてバリアを破壊しようとする騎士に対して左腕にかかる重みに顔を歪ませながらも
まるで焦らず動こうともせず右腕でその顔をガードするシュウジに構わず騎士はさらに魔力を込めた。
魔力の壁の罅が広がるにつれてなぜか光の輝きは消えていくどころかさらに増していく。
そして防御魔法が剣に切り裂かれた瞬間そこから溢れ出した青白く眩い光が2人を包む。
「かかった」
「何!? ・・・うわっ!!」
顔というか目を腕で覆い隠していたシュウジには害はなかったものの両腕で剣を握っていた騎士は
その眩くて強い光から逃げられるはずもなくまともに受けたせいで両目を潰されてしまっていた。
剣にかかった力が緩んだ瞬間を見逃さず右腕に握ったデルタムーバーを騎士の腹部に密着させ
「――デルタムーバー、ファイア」 "Burst Mode"
銃口から連射される青白い魔力弾が連射され騎士甲冑の上からダメージを与えていく
大きく後方に吹き飛ぶ騎士は視界を奪われたせいでまともな回避行動もとれなくなっている。
「ショット」 "Blaster Mode"
さらにシュウジはデルタムーバーの引き鉄を引き、レーザービームのような高速直射弾を騎士に当てていく
目が見えないため剣に纏った炎の力で弾き返すことができずに直撃が続いた。
「くそっ、眩し…い! 目が見えん……ぐぅっ!!」
「簡単に引っ掛かってくれた・・・古代ベルカの騎士もこうなったら終わりかな」
確かにベルカの騎士に接近戦の1対1では勝ち目は無い……でもそれはまともに戦えばの話である。
特に古代ベルカは攻撃力や防御力などの基礎能力は高いが直接的な攻撃が大半である。
あの騎士も近づいて斬るタイプだった……そして視界を封じた今あの連結刃もうまく使えない
(なにより今は間合いを離せている……この距離では古代ベルカにできることはほとんどない!)
「こんな安っぽい魔法にひっかかるとは……なんてザマだ・・・!」
「あなたの剣と技が古過ぎて錆びついてるだけじゃないかな……デルタムーバー」
"OK,Cross Fire Shoot"
カートリッジに残っている魔力を使って9個の魔力スフィアを自分の周囲に形成する
直撃を受けて膝を振わせている騎士に向かって発射するために。
そして攻撃魔法が放たれることを予測した騎士も自分のデバイスに指示を与える
「行け! クロスファイヤーシュート!」
「レヴァンティン……私の甲冑を!」
〈パンツァーガイスト〉
シュウジの指示で放たれた魔力スフィアが桃色の光に包まれた騎士に直撃したと思われたが
なぜかまるで見えない何かに阻まれたかのように逸らされていることに驚くシュウジ。
(バラバラに放ったクロスファイヤーシュートを止めたってことは……フィールド系の防御魔法!)
「……舐められたものだな、古くて錆び付いているなどとは」
「古代ベルカの騎士なだけはあるな……しぶとい!」
「そう、私は騎士だ。だから簡単に負けるわけにはいかん……!」
(腐っても鯛ってことか……あの防御を抜ける切り札はないわけじゃない、けどここじゃ周囲への被害が)
辺りにある木々だけではない、奥にあるホテル・アグスタには今ごろアギトが辿り着いているはず……
ここで迂闊にあの魔法を撃ってしまったらいったいどれだけの被害が出るのか。
そう考えると迂闊なことはできない……しかし時間をかけると騎士の目が再び見えるようになってしまう
早く決着をつけなければ・・・少し考えたシュウジは自分の決め技とも呼べる魔法を使うことにする
(非殺傷設定は解除してない……たぶん死ぬようなことはないと思うけど)
「やるか・・・デルタムーバー、シューティング」 "OK,Pointer Mode"
デルタムーバーの銃身の左部分が展開し液晶のような画面が表示されそこに騎士が写し出される。
ポインターモードが展開し魔力を使い果たしたカートリッジが廃棄され
装填していたもうひとつのカートリッジもすべての魔力をデルタムーバーに送り飛び出す。
「ターゲットロック・・・チェック!」"DELTA MOVER Exceed Charge"
液晶画面に表示されている照準調整のための大きい逆三角形と小さい正三角形が動き出し
やがて騎士を中心にして先に大きい三角形が止まりの中に小さい三角形が静止する
モニターの2つの⊿が重なった瞬間デルタムーバーに膨大な魔力がチャージされ・・・
再び剣を構えようとする騎士に向かった魔力を圧縮した弾丸を発射し強化された甲冑に撃ち込んだ。
放たれた弾丸はまたもや桃色の光によって遮られ……そして魔力弾が本来の形へと変化する
あたかも種からいきなり花が咲いたかのように、一瞬で強く大きな光の三角錐となる。
(必殺の一撃……耐えれるか? いや、耐えなければならない!)
視力を失っている今ではシュウジがどこにいるかもわからず、防御に力を入れるしかない
そしてシュウジが跳び上がったことにも構わず自分の力をさらに高める
耐え切る自信はある、相手をしてきた魔導師の中で破ったのは片手で数える程度
「どんな技かは知らんが……それで私を倒せると思うなぁ!!」
「はああああ・・・いけえええええっ!!!」
雄叫びと共に青白い三角錐の魔力ポイント弾の中心に向かって高角度から突き刺すように蹴り込む。
騎士甲冑を強化する桃色の光すらも軽々と突き破りシュウジと一体化したポイント弾が
突き刺さり桃髪の騎士の呻きと同時にその身体に入り込んでいく……
その身体を貫通し終え、騎士の背後に着地したシュウジは後方を振り返ると
「ぐっ・・・ああっ!!」
「どうだ!? …!」
「こ、の・・・貴様ぁっ!!」
振り向きざまにシュウジに向かって再び炎を纏った剣を振り下ろそうとしていた。
後方で着地する音が聞こえた騎士は即座にカートリッジをロードして必殺の一撃を繰り出す。
残っていた力をすべて出し切ってこの魔導師にせめて一撃を与えなければいけない
1対1でベルカの騎士が負けるなどということは許されないことなのだから
「紫電、一・・・が、あぁ・・な」
「悪いけど俺の勝ちだ」
だが刹那・・・剣に纏ったはずの炎が虚しく消え、腕に力が入らなくなり腕に握ったレヴァンティンが落ちる。
非殺傷設定にしてるとはいえ必殺の一撃をまともに受けたのだ、魔力ダメージは相当なものだろう。
きっとしばらくは動けないだろう、それに……動けたとしてもおそらく数日は・・・
「……いけない、アギトちゃんを追わないと」
ベルカの騎士との戦いに勝利したシュウジは先行したアギトのことが心配になって後を追い始める
やや反則気味な手段を使ったものの1対1で古代ベルカの騎士に勝てたことは自信に繋がる。
ルーテシアとアギトにちょっと自慢してやろうと思いながらアギトのもとに向かうシュウジ。
(けどあの騎士が言っていたティアナって……まさか、な)
そして“Δ”を模った紋章を刻まれた騎士は赤と桃ともつかない光に包まれ、地面に崩れ落ちていた。
「シュウジから見せてもらったデータだとこっちでいいはずだけど……うーん」
一方数分前、無事に潜入することに成功したアギトだがシュウジのことがやはり気になっていた。
ゼストやガリューならまだしも本来は遠距離でのフォローが役目のシュウジが一人で戦う事は滅多にない。
この間戦ったあの龍の怪物にも2人がかりで挑んだのに押されていた。
(旦那のフルドライブほどじゃないけど、あいつのISも負担がかかっちまうし……)
ちなみにアギトはゼストだけではなくシュウジとすらユニゾンしたことがある
相性はシュウジのほうが断然上だったものの戦闘スタイルのせいでいまいち合わないのだ。
彼自身は「自分が弱いから」と口にしていたがそんなことはない。
(アタシのわがままのせいであいつには迷惑かけてるのはわかってる……けどこればっかりは……)
元々派手で熱い戦いを好むアギトは遠距離で地味な戦い方しかやらないシュウジと相性が悪い。
融合の相性は良いほうなのだが性格の相性が合っていない……これだけが理由ではないのだけれど。
(あーでも大丈夫かなシュウジのやつ……あいつ接近戦苦手だからアタシがフォローできれば……)
シュウジのデバイス、デルタムーバーはカートリッジロードを自動で行う事ができないほかに
通常の弾を発射する他に切り札はもちろん魔力スフィアを生成することにも
勿論カートリッジの魔力を使うため扱いが難しくしかもペース配分を間違えたら最後になる
(それにあいつ言ってた、精密射撃を行う者にとって一瞬でも気を逸らす事は死に繋がるって)
(相手はあのアームドデバイスからするに相手は古代ベルカの騎士だ、接近戦になったら……くっ)
「ああーもう! こんな心配するくらいだったらやっぱ最初からシュウジについてけばよかったぜ!」
頼むと言われたのに、お願いされたのにどうも気になってしまうのは自分がお人好しすぎるのだろうか。
それともどこか頼りないと思わせ心の何処かで人に心配をかけてしまうあいつが悪いのか?
考え始めると止まらなくなり何か変な感覚が込み上げてくる……
止まらなくなった思考を頭から無理矢理振り払うために大声を上げたがそれがいけなかった。
「なんだ誰かいるのか……む、誰だおまえは!?」
(やべえ! 見つかっちまった……どうする?)
どこからか現れた警備員が懐から通信機を取り出して不審者がいることを報告しようとしていた。
逃げ出そうとも思ったがまだ頼み事を終わらせていないし姿を見られた以上どうにかしなければならない
炎でも投げ飛ばして気絶させようかとも思ったが……迂闊にやったら死んでしまうかもしれない
隠れてもきっと他の警備員が来てすぐに追いつかれて捕まる、そうなったらまた……逆戻り……
“お前達……! その子になにをしてきたんだ! いったい何をしたんだぁっ!!”
「あ・・・ちっ、やなこと思い出しちまった……!」
フラッシュバックする記憶、ただ過ぎ去って行くだけの日々。連れ出してくれた人達
そして青年の悲しい叫びと崩れ去った檻……未だ根深く刻み込まれている。
その記憶アギトの行動を一瞬遅らせてしまったことは言うまでも無かった。
「聞こえますか? こちら……あ?」
(・・・えっ?)
そしてアギトは捕まるよりももっと不可解で辛いものをその目で直視してしまう。
応援を呼ぼうとする警備員の手から突如通信機が落ちた。
汗で滑ったわけでもなければ慌てていたわけでもない
なぜ落としたのか警備員も理解していない、いや理解できるはずもなかった。
落ちたのは通信機だけではない……一緒に落ちていたものがあった、それは警備員のごつごつとした手
「こちらは・・・あれ? どこだっけ? 見えないです」
警備員がアギトに向けたその顔から眼球が剥がれ地面に落ちた瞬間音を立てて崩れ去った。
心から叫び出したくなるほどに震えたが声を力の限り殺すことで悲鳴を上げずに済む。
そしてアギトは警備員の最後の瞬間をその目に焼き付けてしまう
「あ、あれれ? 落ちちゃった・・・私の目が落ちちゃいました」
「な……おいあんた!!」
「聞こえますか? 私は何も見えなく・・・ぅ」
警備員の肌から砂と化したかのように黒ずんだ色に変色してしまったと
アギトが理解できたときにはすでにその身体は形を失い別の何かとなって消えていった。
その警備員が立っていた場所に残っていたのは警備員が来ていた制服と
手に持っていた通信機そして、警備員の血であり肉であった灰だけだった。
「おい…なんだよ、これ……?」
(は・・・灰に、なった・・・人間が? なんでだよ? 死んじまったのか……?)
一部始終を目を逸らせずに焼きつけてしまったアギトは目に写ったことが信じられていなかった。
先ほどまで動いていた人間の肉体が崩れ落ち物言わぬ灰となったことがショックだった。
手首の先から崩れ落ちた手、目から落ちた眼球そして消滅……
心がまだ立ち直れていないところに追い討ちとしてさらなる衝撃がアギトを襲う
(!! この音は……まさか!?)
コンクリートが壊れた……というか粉砕されたような音が連続で響いてきたことに驚く。
灰となった人間をしばらく見ていたが、気力を振り絞って音の発生源に向かって飛び始める。
怖くて震える体と心を必死に押さえ付けて到着した場所で見たものは
「ガリューに……あいつは!?」
荷台部分が破壊された貨物車とほぼ一方的に攻撃を受けている……彼女の仲間の召喚獣。
首に巻いているマフラーらしきものは無残に引き千切られ鎧には無数の罅
尚も腕から刃のような爪を伸ばして立ち向かうガリューに立ち塞がっているのは…・・・
「よせガリュー! おまえはもうルールーのところに帰れ!」
『あれ? その声……ああ、三原君と一緒にいたお人形さんじゃない。』
「てめえ……なんでてめえがこんなところにに!!」
『それはこっちが聞きたいわ』
アギトが見たその先にいたのは、ガリューを傷つけていたのは紛れもなく以前に苦戦を強いられた相手
シュウジのかつての仲間であり両親の仇である……ドラゴンオルフェノク。
首を掴んだ両腕の龍頭装甲に傷はついているがガリューの傷と比べるとどうしても見劣りする
『やっぱり可愛いね。抱き締めて潰したいくらい・・・今日は三原君、一緒じゃないの?』
「ふざけんな、てめえなんかに喋ってたまるか!!」
「近くにはいると思うけどね……でも安心して、今日は戦わないから」
ドラゴンオルフェノクの言葉を信じようとしないアギトだがそれに構わず話は続けられる。
巨大なシルエットが萎んでいき……人間の姿へと戻った木村沙耶は掴んでいたガリューを放り投げた。
アギトのすぐ横で地面に投げつけられたガリューを心配しながら目は決して離さない。
「本当だよ、今日ここにきたのは欲しいものがあったからなんだ」
「ほしいもの……まさかてめえもか!?」
「違うよ。もう私はあの人と縁を切ってるしそれに……?」
置き上がろうとするガリューと未だに敵意を露わにしているアギトのことが頭から離れ
耳の中に入ってきた言葉に意識を傾ける……誰かの声が聞こえてくる、声からして子供だろうか?
誰かを庇うもう一人と、おそらく庇われてる人間も近くにいるのだろう
『・・・のバカ! 無茶した上に味方まで撃ってどーすんだ!』
『待ってください! 今のもコンビネーションのうちで・・・防ごうとしなかったわたしも!』
『ふざけろ、直撃コースだぞ!? ……もういい、おまえら纏めて引っ込んでろ!!』
「ああ、魔導師なんだ……この力の練習相手にはちょうどいいかな?」
「なんだと!? いったい何を言ってやが……」
「今度あの人に会ったら伝えといて・・・雅人を直してくれてありがとうって」
そう言い残して再びドラゴンオルフェノクと化した木村沙耶は龍人態となりその場から姿を消した。
アギトはガリューを心配するが『無事だ』といわんばかりに立ち上がり姿を消した。
……木村沙耶はここに何しに来た? あの言い分だと欲しいものはもう手に入れた……
それに『あの人』とはいったい誰なのか……やはりあの変態医師なのだろうか?
(さっきのはやっぱり……あいつがやったのか、あれを・・・あんなことを・・・)
先ほど見た警備員が消滅する瞬間……その光景が目に焼き付き恐怖のあまり泣き崩れている。
目を瞑って耳を塞ぎ頭を振ってなんとか記憶を消そうとするアギトは
辺りに響くエンジンの音と過ぎ去っていく何かに気付けないまま、涙を止めようと必死だった
力が無いと思われるのが悔しかったのもある、才能のある人間に負けたくなかったのもある
証明したかっただけと言われても仕方ない、でも……それが相棒を傷つけかけた。
……どうしてこうなったのだろう、会場に侵攻しようとする敵を食い止めたかっただけなのに
召喚師の転送魔法で送られてきた大量のガジェットドローンの数を減らすために
大量に放ったクロスファイヤーシュートの一発が敵の目を引きつけていたスバルに向かっていた。
こちらに合流しようとしていたヴィータ副隊長のおかげで当たらずに済んだが怒りを買ってしまい……
『ティアは……全然悪くないよ、私がもっとちゃんとやれてれば……』
『いいから行けっていってんでしょうが!!』
「あたし、あたしは……うっ、う・・・うぅ・・・・」
本番に強いはずの自分がやってしまったミスで相棒を傷つけかけただけではなく
その相棒にも気を遣わせて……それが嫌だったから当り散らして……
醜い自分に悲しくなった、穴があったならそこに入って2度と出ていきたくないくらいに
「こんなところでなにしてるの? 泣いてるんだ、魔導師さん?」
「―――!?」
不意をつくように聞こえてきた声にティアナは反応する、声の方向には人がいた。
このような状況でこう思うのは変かもしれない、でもその人を見た瞬間は
『綺麗な人』以外の印象を持つことを許さなかった。
でもこんなに近づかれても反応できないなんて……そもそもどうやってここに来た?
「可哀想に……子供に怒られるのって、とっても辛いよね。悲しいよね?」
「……?」
「でもその悲しみはすぐに終わる、私が終わらせてあげる。」
女性から特に嫌な気配を感じたわけではない。ただ本能的に感じた、この人は危ないと。
その勘が当たっていたことを知ったのは女性が次の行動に移った後だった。
女性の腰に巻いてある機械のベルトが目に止まった。不自然なほどに目立っている、なんだろう。
右手に握られたものについてあるボタンを押した時は“Standing By”と音声が鳴っていた。
「試し撃ちさせてね、痛くはしないつもりだから。変身」“Complete”
女性が右手に持ったそれを閉じそのままベルトに入れた瞬間、青い光が涙で滲んだティアナを怯ませる
放たれた光が納まりそこに立っていたのは女性とは違う白い何かだった。
巧のバリアジャケットに少し近い青いラインと顔と胸に描かれた“Ψ”のマークと赤紫の水晶。
ティアナが目にしたそれは『サイガ』と呼ばれるべきベルトの戦士だということは、まだ誰も知らない。
最終更新:2007年09月08日 19:39