第五話「邂逅、そして激突」

「何故生きているんだ―ガウルン!!!」
困惑と憎悪の入り交じった声で、宗介は眼前の死んだ筈の男に怒鳴る。
「ん~?いやな、一度地獄には落ちたんだが、閻魔に追い返されちまってな。」
軽い口調で喋るガウルン。
「ふざけるな!貴様はあの時、香港で…!」
宗介の脳裏に、ミッドチルダに来る直前の記憶が蘇る。
搭乗していたASの自爆で吹き飛び、体の大半を失っても生きていたガウルン。
宗介を呼び寄せる為にテロまで起こした男。
(俺はあの時に、確実に射殺した筈だ……)

しかし実際に、この男は今目の前で生きている。体も義手や義足を使用しているようには見えない。
「どういう事なんだ…」「分かんない?分かんないのか?しょうがねえなぁカシム君は。特別に教えてやるよ。」
ガウルンは語り始めた。

「俺はな、今までお前と会ってた俺じゃねえんだよ。」
「…何?」
「クローンなのさ、今のこの俺はな。スカリエッティ、あのイカレ科学者の手で作られた、新しい俺って事よ。」
「バカな、クローンだと?あんな物で人間が…」
驚愕を覚える宗介だったが、ガウルンはそれを遮って続けた。
「あっちの世界のチャチな技術一緒にすんなっての。元々の体とのズレは殆ど無いし、寿命も別に短くない。むこうよっか遥かに進んでんだよ。
そうそう、お前に付けられた銃創も残したんだぜ。俺が間抜けにも撃たれたっつー証と戒めを兼ねてな。クックックックッ。」
額の傷を指でトントンと叩き、さもおかしそうに笑うガウルン。

「何故スカリエッティに協力している?恩を感じる貴様ではあるまい。」
「魔法の技術に興味が湧いたってのが一つだな。ASと人間でタイマンはる事も可能になる代物だ。見逃す手はねえだろう?
それに、むこうの世界以上に平和ボケしたここの奴等が、恐怖や絶望に包まれんのを見るのも楽しそうだったしな。」
邪悪な笑み浮かべて言うガウルン。
宗介はそんな表情を見て、あからさまに顔をしかめた。

「他に質問はあるか?再会記念だ、サービスでもう一つ位答えてやるぞ?」
「…元の世界の、あの貴様は何だ?」
「今の俺の元、つまりはオリジナルの俺さ。実際の所、あの体は色んな意味でボロボロでな。修復より新しい体作った方が早かったんだよ。
元の肉体が死んだらこっちの体が目覚めるようにして、抜け殻同然の向こうはお前を苦しませた後に爆弾で道連れにするようにしといたんだが…どうやら失敗したか。
まぁいい、ここで殺れば同じだ。」

「ガウルン!」
二人がそこまで話していた時、突然声がかかった。
「あん?トーレか。」
高速移動が可能なIS“ライドインパルス”を持つ戦闘機人、トーレがそこに立っていた。
「何をベラベラと話している!相手は管理局の…」
「うるせーな。こっちは折角懐かしい顔に会えたんだ、引っ込んでろ。」
「お前は…!」
「いいからテメーはそこのノロマ二人を抱えてアジトに戻れ。俺はコイツと遊んでから行く。」
クアットロとディエチを顎で指し、鬱陶しそうに言うガウルン。
「ちっ、捕まるような真似をするなよ。」
二人を抱えた後、ISを起動して飛び立つトーレ。

「クルツ、狙撃して止めろ!」
クルツに念話を送る宗介だったが、
『ソースケか!?こっちはマズイ、ガジェットが複数…うわぁっ!!』
「クルツ?応答しろ、クルツ!!」
銃声と爆音と悲鳴が聞こえた後、クルツとの念話が途切れる。

「ああ、言い忘れてた。オトモダチが寂しくねぇように、ガジェットの増援を送っといたぜ。俺って親切だろう?」
「ガウルンッ!!」
憤怒の表情でガウルンを睨む宗介。
「さあ、サービスタイムは終わりだ、カシム。後は存分に……」
血の色をしたバリアジャケットを身に纏って、右腕のガトリングガンを構えるガウルン。
「殺し合おうぜ!!!」

ズガガガガガガガガガ!
「ハッハァーー!!」
猛烈な勢いでガトリングガンから魔力弾が吐き出される。
宗介はラムダ・ドライバの防壁でそれを防いだ。
ビルの屋上に遮蔽物など無いし、通常のバリアで防げる威力ではないからだ。
「お?ラムダ・ドライバを少しは使えるようになったのか。目覚ましい進歩だな、カシム!」
それに答えず、宗介は攻撃を防ぎつつ〈ボクサー〉で反撃する。

「だが……」
自分に向かって来た魔力弾を、ガウルンはやはりラムダ・ドライバで弾き返す。
「甘いんだよ!」
ガウルンは一気に距離を詰め、左手で獣の牙のような単分子カッター〈シャドウ・エッジ〉を抜いて切りかかり、ボクサーを両断した。
「くっ!」
宗介は銃を投げ捨て、GRAW-2を引き抜き応戦する。
二つの魔力刃がぶつかり、激しく火花を散らした。
そして同時に飛び退き、ナイフコンバットの体勢を取る。

「…おいカシム、いつからこんなつまらない冗談をするようになった?」
不意にガウルンが話を切り出した。
「何だと?」
「さっきの銃弾、今のナイフ、両方共非殺傷だろうが。てめえは俺をなめてんのか?」
「……」
「やれやれ、元の世界じゃ〈ミスリル〉で正義の味方やって、ここじゃ管理局で法の番人てか?“殺人聖者”も墜ちたもんだ。」
「黙れ…」
ガウルンは遠慮無く言い続ける。
「いや、人を殺してた分〈ミスリル〉にいた時のがマシだな。今のお前はフヌケもいいトコだぜ。」
「黙れ…!」
宗介の声に怒気が篭って来ても話すのを辞めないガウルン。
「いいか?どこまで行ってもてめえは人殺しなんだよ、カシム。大概本気で来いよ。
それとも何か、お前はまた自分のミスで仲間とやらを死なせる気か?」
「黙れえっ!!」

宗介は手の平にATDを顕現させ、ガウルンに投げ付ける。
だがガウルンは首を僅かに傾けただけでそれを回避した。

「…お?」
ガウルンの頬から血が一筋流れた。ほんの少しATDがかすったのだが、問題はそこではない。
流血――つまりは殺傷設定でさっきのATDを投げた、という事だ。
ガウルンは血を舌で舐めとると、その顔に狂気を湛えた笑みを浮かべた。
「そうだ……これだよ……これなんだよカシムッ!!」
シャドウ・エッジを逆手に持ち、間合いを詰めてくるガウルン。
「人を殺してこそのお前だ!本当のお前とやり合えてうれしいぜ俺はよ!!」
「貴様は口を閉じていろ!」

ラムダ・ドライバの効果を付加したナイフで、幾度も刃を交える二人。
しかし、ガウルンの不規則で生物的―さながら蛇のようなナイフの軌道に、徐々に押される宗介。
「忘れたか?俺の十八番は――ナイフだって事をよ!」
激しい剣戟の末、とうとう宗介の手からGRAW-2が弾き飛ばされた。
「ゲームオーバーだ、カシム。」
そしてガウルンは、無防備になった宗介の体を逆袈裟斬りにした。

ザシュッ!
ラムダ・ドライバにより切れ味の増した鋭利な刃はバリアジャケットすら断ち切り、宗介の肉体を容易く切り裂いた。
「ガハッ…!」
宗介は二、三歩よろめいた後、片膝を付いて倒れるのを防いだ。
傷口から流れ出た血が、白いバリアジャケットを赤く染めていく。
「ふむ、バックステップで咄嗟に回避行動を取ったか。いいぜカシム、極限状況下のお前はやはり最高だよ。」
そんなガウルンの台詞を聞く余裕は、今の宗介にはなかった。

(まずい…体力も魔力も限界だ……こんなざまではラムダ・ドライバも…)
ラムダ・ドライバは極めて強力な力だが、発動の際には強い意思と集中力を以て臨まなければならない。
しかし現在、宗介の体は傷の為に思考が定まらず、出血でふらつきが止まらないという最悪の事態を迎えていた。

「そんなカシム君にプレゼントだ。頭をトマトみてえに吹き飛ばして、苦しまずに逝かせてやるよ。」
ラムダ・ドライバの力を凝縮させた光球を手の上に作り出し、近付いてくるガウルン。
(クソッ…!)
心中で悪態を付き、何とか立ち上がろうとする宗介だったが、身体が全く言うことを聞かない。
「さあ、フィナーレだ。」
そう言い、光球を叩き付けようとするガウルン。

その時、
「紫電一閃!」
「烈風一陣!」
女性の声が響き、同時に空から降りて来る二つの影があった。
影はそのままガウルンへと手に持った武器を構え、一気に振り下ろす。
ガウルンはほぼ直感的に飛び退き、それを回避する。
「……なんだよ、てめえらは?」
殺しを邪魔された事に苛立ち、不機嫌そうにガウルンは言った。

「管理局機動六課、ライトニング分隊副隊長、シグナム。」
「聖王教会の騎士、シャッハ・ヌエラ。」
高らかに名乗る二人の女剣士。
「遅れてすまん相良。
さて、事件の重要参考人として、同行願おうか。」
「イヤだと言ったら?」
肩を竦めながら言うガウルン。
「多少痛い目に会わせてから、連行させてもらいます。」
「お断りするぜ。邪魔が入って気が萎えたしな、今日はもうお暇させてもらう。」
「させると思っているのか?」
レヴァンテインを中段に構え、低い声でシグナムは言う。
「思ってねえさ。だから勝手に逃げるんだよ。」

言い終えた時、ガウルンはいつの間にか腰から取り外した手榴弾を投擲した。
障壁で防ごうとするシグナム達。
だが、ガウルンが投げたのは閃光手榴弾。爆風の代わりに辺り一面を光が覆い、二人の視界を奪う。
「くっ目が!」

「じゃあなカシム、次は必ず殺してやるよ。ハッハッハッハッ・・・」
光が収まった時、既にガウルンの姿は無かった。
「不覚でした…あんな手に引っ掛かるなんて…」
悔しそうに言うシャッハ。
「相良、おい相良!!」
シグナムの叫ぶ声に振り向くと、血塗れで倒れている宗介にシグナムが呼び掛けていた。
「しっかりしろ、おい!シスターシャッハ、至急医療班を!」
「は、はい!」
慌てて通信画面を開き、医療班を呼ぶシャッハ。
シグナムはそのまま宗介に呼び掛け続ける。
「私の声が聞こえるか、相良?返事をしろ!」
宗介は微かに目を開け、蚊の鳴くような声で洩らした。
「ガウ・・・ル・・」
その呟きを最後に、宗介の意識は闇に落ちていった。

続く

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最終更新:2008年09月21日 12:51