「──それでね、ディバインバスターを波状光線にして発射しようと思ったんだけど、エクステンションみたいに
巧く行かなくて……シューター系じゃ威力が届かなくて駄目っていう状況になると、どうしても砲撃系ってなっちゃうし」
「ディバインバスターは砲撃魔法の中でも唱え易さに比べて効果が高いからね、逆に術式のプログラムが綿密なんだ。
今度その時組み立てた術式のソースを見せてくれないかな。実際に術式を見ると、もっと深く突っ込んでアドバイス
出来ると思うから」
「うん。明日の教習でも緊急避難時の障害物撃ち抜きをやるから、ユーノくんに渡す分のプログラム、空組みして
レイジングハートに保存しておくね。明日、メールに添え付けして送っておくから」
「どうしても術式組成の時点で躓いてしまうなら、その段階からレイジングハートに頼ってみたらどうだろう。
なのはは術式の組成もそうだけど、詠唱の方の適性が低い訳じゃないんだから」
「う~ん、それも考えたりするんだけど、何でもかんでもレイジングハート任せだと、レイジングハートの処理機能も
不安だし、レイジングハートが直ぐにヘトヘトになっちゃうよ」
「そう、だから役割を逆転させるんだよ。レイジングハートに十割術式の組成を、なのはも弾道、照準、消費魔力、
そういった詠唱シークエンスを十割」
「あっ……」
「レイジングハートは頭のいい子だから、入力術式さえ間違っていなければ殆どの魔法の術式はちゃんと構成して
くれるから。後はなのはの腕次第だね」
ユーノの間近にある通信画面越しのなのはの顔が、漸く難題の解答を編み出した学生の如くパッと明るく輝く。
「あーっ、それは全然頭に浮かんで来なかったよ~。そっか、そうだよね! ……あはは、やっぱりユーノくんは凄いね」
照れて頬を赤らるなのはに矢庭に明け透けな事を言われ、ユーノはどう応えていいかわからずに苦笑いを返した。
十四歳として相応に発育したなのはの女性的な身体は、時空管理局の制服が几帳面に着衣されている。対するユーノは
厳密には局員待遇の民間人として、局内施設である無限書庫の中でも好きな服装で上下左右に無重力空間を移動していた。
ユーノがフワリフワリと際限の無い本棚の前へと赴くと、なのはの通信画面も彼に追行する。
「ユーノくん、沢山魔法の事知ってるからって……教導隊の学科でも、教官として即戦力になれるって事務本部長が
仰ってたよ」
嘘か真かはさて置き、ユーノはそれに対して何も言及しないでおいた。確かに学力的な面では、そこそこの成績を
残して学院を卒業した。なのはには黙っているが、なのはやはやてが意外だと驚嘆する事でも、ユーノを始め
魔法社会で暮らす魔導師にとっては取るに足らない一般常識であったりも多々ある。
なのはは魔法に関して、熟練の局員さえ舌を巻く類稀なる才能がある。それははやてにも同じ事が言える。
先天的に魔法の資質を得ていた二人の少女。だが先天性というものは、如何とも改変をし得ない固着された
ステータスと置き変える事も出来る。
物理法則が現象を支配する管理外世界ならば、地球の古典思想であるゼノンのパラドクスも論弁次第で正当性を
継ぎ接ぎにして形に出来るが、魔法という極めて事象に緊密な不確定要素が混入されると強ち頷けない。
畢竟して、魔法において先天性はあくまで、己の手で獲得した訳でもない単なる偶然程度に認識されている。
更に彼女達には生まれながらに魔法と接して来た訳ではない──習慣的に魔法と触れ合って来た経験が無い──
そうした観念上の欠点が明確に内在している。
時空管理局という組織に所属して初めて、なのはもはやても才能だけでは社会の荒波に生き残れないと
身に沁みて思い知っていた。現在も海鳴市での一般学生と局員の二束の草鞋を履いている以上、そうした諸々の
事情もあるし殊更に魔法学院へ編入したいと言える立場ではない。
教育分野としての魔法への理解を補う為に、なのはは事ある毎に師匠でもあるユーノへ学術的な魔法理論の
講師を頼んでいた。飲み込みの早いなのはに、ユーノは人に教えるのが特別得意ではないが、彼女が教え甲斐の
ある生徒であるのは実感している。
はやても守護騎士四名の他に、この文弱明敏な青年とも教師と生徒の関係を築いているらしい。先日とある筋から
それを小耳に挟み、内心なのはは面白くない気持ちを抱いているが、それは微々とも顔に出さない。
彼女自身に自分の陰ながらの努力を口止めされているのか内情は皆目わからないが、若しユーノの口から「実は
はやてにも色々質問されているんだよ」と冗談半分に話題にされたら、なのはもこの漠然とした胸の靄を
晴らせるのだろうが……義理堅いユーノが他人を第三者との会話で持ち出す真似はしないのをなのは自身も
よく知っている。
だから、なのはは何と無く面白くない。ユーノが自分の手の届かない場所に、自分が介在していない秘密を
持っている事に幾許の煩悶がある。それは決して恋愛感情とまでは行かない、どちらかと言えば双子の片割れが
相手との精神的な距離に拗ねる、極めて本能的な嫉妬だった。
自然な、素直な感情の行き着くところにある、なのはの思春期真っ只中な女の子らしいユーノへの自己顕示欲
というものだ。自分だけを認めて欲しいと熱願する、師匠と弟子の関係らしいユーノに対する独占欲だった。
「ねぇユーノくん、フェイトちゃんと連絡取ってる?」
ユーノは今度の学会で発表する論文作成の為の資料を選別しながら、眼鏡の奥の瞳をなのはの顔へ横目にした。
「週に何度かメールを送っているんだけど、フェイトからは何も返って来ないんだ。若しかしてなのはも?」
悪い予感が現実のものとなり、なのはは愈々表情を強張らせて小さく首肯した。毎日宿舎に戻って寝る前に
フェイト宛てにメールを送信しているが、今回の教習で無人世界に滞在してから一度もフェイトと何らかの伝達手段
でも接触していない。
「家とか他の人の番号はちゃんと通じるの。フェイトちゃんだけ……わたしだけじゃなくて、ユーノくんもなんだ」
だがその点にもなのはとユーノは奇々怪々な印象を、互いに打ち明けず隠し持っている。高町家の人々や
その他の
地球の知友各位にフェイトの話題を出してみても、何故か文面や通話を介して微妙にはぐらかされてしまう。
まるで何者かがなのはとユーノの携帯電話の送信情報を接収し、相手に成り済まして返答を作成しているかの様な
不気味さだった。
「携帯電話の故障や、管理局の方の電波調整で異変があった訳ではないみたいだね。フェイト側の携帯が壊れてるのかな……」
空間に浮かび上がっている画面の中のなのはが、妙な寒気を感じて瞳を翳らせる。
「フェイトちゃん、皆と元気にしてるかな。フェイトちゃんに逢いたいよ……」
不意に寂しげに微笑んだなのはを、ユーノも痛ましげな顔で穏やかに見守った。
/
今朝、アルフと喧嘩した……。
フェイトは寝不足の所為もあり、授業の内容に少しも追いついていなかった。今の彼女の頭にあるのは、
ひたすらに今朝のアルフとの口論の想起だけだった。
リンディが数日の間だけ家を空ける事になった。フェイトは携帯電話が寿命を迎えた事故を口実に、思い切って
最新のNAVIと携帯電話をせがんだ。リンディは数少ないフェイトからの子供らしい要望を向けられ、どこか
嬉しそうにしていた。
……だが、リンディは持ち主の手で故意に破壊された携帯電話の存在に気付く事も無く、時空管理局の方へと
出張していった。
その日から、フェイトは新たなる電脳世界へと旅立っていった。内密に買い寄せたミッドチルダ式の電算機器規格の
NAVIを組み立てた日から、フェイトはワイヤードへ接続しない日は無くなった。加え、その依存度は日毎に深刻に
なっていくばかりだった。
昨晩はつい夜更かしをしてしまっただけ。アルフにNAVIの導線を引き抜かれ、気が付けば朝陽が部屋に射し込んでいた。
アルフも最近のフェイトのワイヤードに入り浸る不摂生に鬱憤が溜まり、今日でそのたがが外れてしまったのだろう。
何よりフェイトが肝を潰しているのは、そんなアルフの断行に返した自分自身の言動だった。