番外編その二「回避不能なホームメイドディッシュ」
ある日のこと。
カタカタカタ…
六課のオフィスで、宗介が一人デスクワークを行っていた。
時間は夜の十時前、所謂残業というやつだ。
「ふう、これで終わりか。」
作業を全て終了させ、操作画面を閉じて立ち上がる宗介。
「随分時間がかかってしまったな……」
普通に仕事をしていてこんなに遅れる程、宗介は仕事の出来ない男ではない。
実は今までやっていたのは、本来クルツの担当の仕事だったのだが、
『経理課の女の子とデートの約束取り付けちまってよ。今度メシ奢るから、今日だけ俺の分の仕事をやっといてくれ。』
と、半ば強引に頼み込み、自分はさっさと街へと繰り出して行ったという訳だ。
しかし、クルツの机のデータファイルを開けたところ、半端でない量の未処理の仕事が残っていた。
中には明日までに上に提出しなければならない物もあり、それの整理に追われていたらこんな時間になっていたのである。
「クルツめ、仕事を貯め過ぎだ……」
愚痴をこぼしつつオフィスを後にする宗介。
「あれ、相良君やないの?」
宿舎へ向かって廊下を歩いていた時、後ろから声をかけられた。
「八神部隊長。」
バッグを肩から下げ、帰り支度をしたはやてがそこに立っていた。
「はやてでええよ。今は勤務時間外やし、友達として話そや。
それよりこんな時間までおるなんて、ひょっとして残業してたん?」
「肯定だ。とある事情でクルツに仕事を押しつけられてな。それが原因で遅れてしまった。」
「あらら、そりゃ大変だったわな。」
苦笑混じりで言うはやて。
「相良君、晩ご飯はどうするん?」
「これから部屋に戻って、それから取るつもりだ。」
「あら、自炊するん?」
「いや、干し肉とトマトが残っているから、それで済ます。」
それを聞いたはやては怪訝そうな顔つきをした。
「残ってる?まさか相良君、いつもそれ食べてるなんて言わへんよね?」
「肯定だ。食事というのは詰まる所栄養補給だから、いかに素早く……」
宗介のそんなセリフを最後まで聞く事なく、はやては怒鳴った。
「何を考えてるんや相良君!!そんな食生活で良いと思ってるんか!!身体をおかしくするで!?」
「ぶ、部隊長?」
はやての迫力に気圧される宗介。
「少しは栄養とか健康の事を考えや!あー、気付かんかったわー。こんな身近にこんな食生活してる人がいたなんて……」
こめかみに指を当てるはやて。
「こんな時間じゃ食堂も閉まっとるし…よし、私が相良君に、ちゃんとしたご飯を食べさせたる!これは部隊長としての責務や!」
どうやらはやての料理人魂(母性本能?)に火が付いたらしい。端から見ても燃えているのが分かる。
「そうと決まれば善は急げやな!相良君、私の家まで来や!」
そして未だ戸惑っている宗介の首根っこを掴み、はやてはそのまま宗介を引き摺って行った。
クラナガン郊外 八神家
「皆~、今帰ったで~。」
玄関を開け、大きな声で言うはやて。
「おかえりなさい、はやてちゃん。ってあら、相良君?」
予想外の珍客に不思議そうな顔をするシャマル。
「珍しいわね、どうしたの?」
「実はなシャマル、かくかくしかじかなんや。」古典的な方法で説明するはやて。
「あらそうだったの。わかったわ、上がってちょうだい。」
「失礼する。」
靴を脱ぎリビングまで通される宗介。
家を褒めたりしない所が、彼らしいと言えば彼らしい。
「おかえりはやて~。あれ、何で相良がいるんだ?」
「おかえりなさいませ、主。おや、珍しい客がいるな。」
「ただいま、二人共。実はまるまるうしうしでな…」
斬新な手段で説明するはやて。
その後リインとザフィーラにも説明し、全員で晩ご飯の時間となった。
「「「「「「「「いただきます。」」」」」」」
和洋中、様々な料理がテーブルに所狭しと置かれている。
「さー相良君、じゃんじゃん食べてや。」
「はやてちゃんの料理は絶品ですよ~。」
「うむ、それでは…」
宗介は手近にあった料理に箸をのばし、口に運ぶ。
「…確かに、これは美味いな。」
むっつり顔のままで言う宗介。
その感想を聞き、嬉しそうにはやては笑う。
「良かったわ~。口に合ったみたいやな。」
「不味いなんて言ったら、あたしがアイゼンで家から叩き出してるよ。」
ヴィータの言葉に皆が笑う中、宗介は一人考え込んでいた。
(この料理、初めて食べた気がしないのは何故だ?)
食べた事がないのに懐かしい感じがする。はやての料理からはそんな感じがしていた。
(確かにどこかで……そうか、千鳥が作った料理と同じ感じがするんだ。)
宗介は思い出した。かつてかなめが自分に作った弁当や料理から、同じ味をしていた事を。
それは、誰かの為を思って作る時に出せる味。
家族、恋人、とにかくそういう大切だと言える人の為に作った料理には、他にはない“旨さ”が宿る。
その旨さを宗介は感じ取ったのだ。
(千鳥………)
「どうした相良、箸が止まっているぞ?」
「何か嫌いなおかずでもあったん?」
突如黙りこくった宗介を不審に思い、気遣うはやて達。
「ん、いや、なんでもない。別に俺は嫌いな物はない。」
(感傷に浸るのは後にするか。)
再度食事を続ける宗介。
「あ、いっけない。すっかり忘れてたわ。」
思い出したかのように言い、立ち上がるシャマル。
「どうしたん、シャマル?」
「実はね、皆に食べて貰おうと思って、昨日から作っておいた料理があるのよ。」
シャマルの発言に「ウゲッ!」という顔をする一同。
宗介だけがその様子を見て、頭に疑問符を浮かべている。
「よかったら相良君も食べていって。今回のは自信作なの。」
「そうだな、頂こ」
「「「「「辞めておいた方がいい!!!」」」」」
残りの全員から止められ、宗介は目を丸くする。
「どうしたというのだ?」
「なんで皆止めるの?」
「いや、それは~その~……」
流石に面と向かって言う事も出来ず、言い淀むはやて。
「ほ、ほら。もうこんなに料理があるし、相良ももう食えないんじゃないか?」
なんとか理由をこじつけ、止めようとするヴィータ。
「俺なら問題ない。まだ充分に食える。」
周りの空気を全く読み取らず、淡々と言う宗介。
「ほら、相良君も大丈夫って言ってるじゃない。温め直すわね。」
冷蔵庫から取り出したそれを鍋に入れて火に掛けるシャマル。もはや止める事は不可能だった。
(あたしらは止めたからな、相良……)
一人心中で呟くヴィータ。
「お待たせ~。シャマル特製のボルシチよ。」
皿によそわれた、見た目“だけ”は普通の赤茶色っぽいスープが出てきた。
「さ、早く食べてみて。」
シャマルに急かされ、スプーンを取って一杯目を掬う宗介。
だがそれを口に運んだ瞬間、宗介の全身を衝撃が駆け巡った。
(な……これは……カリーニン少佐のと同じ…いやそれ以上か!?)
かつて宗介は部隊の上官にして育ての親でもあるアンドレイ・カリーニンに、ココアパウダーと味噌ペースト入りのボルシチを食わされた経験があるが、これはそのレベルを遥かに超越している。もはや不味いの一言で済まされる代物ではない。
よく見ると、入っている具もおかしい。セロリに椎茸、何故か銀杏やワカメまで入っている。どう見てもボルシチの具ではない。
手の震えが止まらず、脂汗は滝のように流れ続けている。
「相良君、お味の方はどうかしら?」
「……」
衝撃の余波で返答が出来ない宗介。
助けを求めてはやて達の方を見るものの、ひとりのこらず目を逸らしている。
救援は出せない、という事だ。
「相良君?」
シャマルの視線が痛い。
退路は断たれた。となれば、もう前に進むしかない。
覚悟を決めた宗介は皿を持ち上げ、中身を一気に掻き込んだ。
そして最後の一滴を飲み干した後……
ガタンッ
宗介は椅子から転げ落ちた。
「相良君!?」
「相良さん!」
「大変だ!顔色が蒼白いのを通り越して真っ青だ!」
「シャマル、お前料理に何を入れた!?」
「何って、普通の味じゃつまらないから、シナモンとナツメグと、後は隠し味にバフット・ジョロキアを少し……」
バフット・ジョロキア:ハバネロの二倍以上の辛さの唐辛子。ギネスで世界一と認定された。
「それが原因だ、たわけーーーーっ!!!」
「ええっ!?」
その後、はやて達の必死の手当てや回復魔法の甲斐もあって、なんとか宗介は息を吹き返した。
しかしこの一件以来、宗介はシャマルの姿を見ると、怯えて隠れるようになったという。
終わり
最終更新:2008年02月01日 18:34