「私の負けか」

 遠い昔、ある吸血鬼と四人の人間との戦いがあった。
 戦いは長きに渡って続き、そして人間達はついに吸血鬼を討ち破った。
 今ここに倒れ、心臓に杭を叩き込まれているのは、その敗れ去った吸血鬼である。

「そうだよ、お前の負けだ。醒めない悪夢なんか無いさ」

 その人間達のリーダーらしき男が、吸血鬼に向かって淡々と告げる。
 男はくるりと周りを一瞥し、再び淡々とした口調で言葉を続けた。

「城も領地も消え果てて、配下の下僕も死に果てた。
 彼女の聖餅跡も消えて失せた。彼女はお前のものになんかならない」

 そう言うと男は右手を上げ、拳を握り、そして杭をより深く叩き込んだ。
 響き渡る吸血鬼の声。だが、男は意にも介さずに胸倉を掴んで引き寄せ、怒号のような声で一言告げた。

「お前にはもう何も無い。伯爵……哀れなノーライフキングよ、お前にはもう何も無い」

 その言葉を最後に、吸血鬼……アーカードの意識が途切れた。


第八話『CALL TO POWER』


 次にアーカードの目に映ったものは、飛行機の座席だった。
 顔にあてがっていた手を見ると、血が付いている。どうやら眠り、血の涙を流しながら夢を見ていたらしい。
 ふと耳を澄ますと、自分の座席のすぐ横から声。そちらに目をやると、声の主であるスバルが誰かと通信をしていた。
 ちなみにティアナは棺桶内で、ヴィータは座席で睡眠中。ベルナドットとヴァイスはコクピットで飛行機を操縦している。

「え? 六課メンバーもこっちに来るんですか?」
『うん。スカリエッティはゆりかごで地球に向かったからね、だから私達もアースラで追うことになったの』

 通信の相手は茶髪のサイドテールの女……なのはである。アーカードは名前を知らないが。
 少し聞こえた内容によると、どうやら機動六課の面々が地球へと来るらしい。ゆりかごという耳慣れないもので移動するスカリエッティを追って。
 それを聞いたスバルが頭に疑問符を浮かべる。ゆりかごの正体が分からないらしい。

「……ゆりかご?それって一体……」
『あ、ゆりかごっていうのは――――』

 なのはの説明によると、どうやらゆりかごとは飛行戦艦型の巨大ロストロギアらしい。
 だが、今のアーカードにはそれはどうでもいいようだ。ただ血の涙をぬぐっている。
 と、そこでベルナドットからの機内放送が入った。

『旦那、嬢ちゃん方、もうすぐ英国ですよォ。あと10分で着陸態勢を取るから準備してくれェ』

 どうやら今は英国まであと少しの所にいるらしい。
 それを聞いたスバルは慌ててヴィータのシートベルトを締め、続いて席に戻って自分のシートベルトを締める。
 そしてアーカードは、流れる血の涙をぬぐって呟いた。

「夢。この私が夢だと? バカバカしい」


 ロンドン郊外、王室別邸『クラウニーハウス』。
 そこには今、円卓会議の全メンバーとマクスウェル、それとその護衛としてウォルターとハインケルが来ていた。
 その最上段の席にいるのは、英国女王とそのSP達。正直言って先日のHELLSING本部の一件のような襲撃があったら壊滅してもおかしくなさそうな戦力だ。
 ……いや、その一件そのままならばインテグラとウォルター、それとハインケルで逆に壊滅させそうだが。
 それはともかくとして、しびれを切らした女王がインテグラに聞く。いくら待てども来るはずの者達が来ないから。

「ヘルシング卿、まだ彼は到着しないのですか」
「はッ、もう間もなく到着すると思われます」

 女王の問いにインテグラは確信を持って答える。だが、他の面々……特にハインケルは不安そうな表情を浮かべていた。
 何故なら、迎えにいったのはあのアレクサンド・アンデルセン。それだけでどんな恐ろしいことになっているか想像がつくというものだ。
 そうして、それを想像したハインケルはマクスウェルへと問いかけた。

「アンデルセンを使いに出したのはまずかったのでしょうか?」
「否」

 ハインケルの問いをバッサリと切り捨てる。
 その目にはある種の確信のようなものがあり、それを裏付けるかのように矢継ぎ早に言葉を続けた。

「残念な、そして不愉快なことに我々は後手後手に回っている。
 我々の行動は完全に奴らに筒抜けだ。彼ほどの手練でなければ接触すら出来なかっただろう
 奴らの協力者はあらゆる所にはびこっている。政府、軍部、経済界、宗教、etc, etc, etc, etc.
 永遠の命という誘惑に耐え、勝てるほどの人間など数少ない。
 そうだとも、世界中にいる。英国にも、ヴァチカンにも、そして多分この中にも。糞虫共め」

 ざわ……ざわ……
 今のマクスウェルの言葉に、そこにいた全員が色めき立つ。
 ごく少数を除いた全ての人間がお前か、お前かと互いを疑いあい、罵り合いを始めた。
 SP達が止めようとするが、止まらない。ざわめきがどんどんと伝播し、広がっていく。

 バタン。

 ドアの開け放たれる音が響く。それに呼応したかのように静まり返る室内。
 その場の全員がドアの方を見ると、南米に行っていたメンバーが帰ってきていた。
 そのうちの一人であるアーカードが辺りを見回すと、どうやら必要な人員は全員揃っているようだ。

「全員お揃いとは真に重畳。ただ今帰還した、わが主」
「任務ご苦労、わが僕。女王の御前だ。サングラスを取れ」

 主従が軽く挨拶をし、指示に従ってアーカードがサングラスを外した。血の涙の跡は無い。
 そしてサングラスをポケットにしまうと、女王へと歩み寄った。
 SPの静止は一切無視。そのまま女王のすぐ前へと移動し、立ち止まった。

「……お久しぶりね、ヴァンパイア」
「50年程ぶりかな。そうか、もう女王になったのだったな」
「顔をよくお見せなさい」

 そう言って女王はアーカードへと手を伸ばし、その顔に触れる。
 対するアーカードは笑顔。50年ぶりの再会がうれしいのだろうか。

「あなたは何も変わらないのね、アーカード。私はもうこんなに、こんなにも年老いてしまいました。もう皺くちゃのお婆ちゃん」
「あなたも50年前のようなおてんばのままだ、お嬢さん。いや、あなたは今こそが確実に美しいのだ、女王」
「ふふ、報告をなさい吸血鬼」

 短い再開劇を終え、アーカードへと報告を促す。対するアーカードも、自身が知ったことを告げるために口を開こうとした。
 だが、それはスバルの声によって止められる。

「あの……アーカードさんの報告、機動六課の人達にも聞かせていいですか?」

 数人が振り返ると、スバルが挙手をしていた。何故挙手なのかは気にしない方がいい。
 その意図を掴めず、問い返すインテグラ。何故ここで六課の名が出てくるのだろうか?

「……どういう事だ?」
「実は、管理局が追っている次元犯罪者……スカリエッティっていうんですけど、その一味が戦艦型のロストロギアを動かして地球に向かったって、さっき通信が来ました。
 マクスウェルさんが以前話してた情報に『スカリエッティがあの吸血鬼達に協力しているかもしれない』っていうのがありましたし、だとしたら管理局の方も無関係じゃない……
 だから、今回の事も聞かせたほうがいいって思うんです」

 スバルからの提案を黙って聞く一同。その顔には納得がいったような表情があった。
 なるほど。もしマクスウェルの情報が正しいのならば、事は管理局の管轄にも入る。ならば伝えておいて損は無いだろう。
 女王はそれらをしばらく考え、そしておもむろに口を開いた。その数秒後に驚くことになるとは思わずに。

「……管理局との通信は通じますか?」
『ええ、繋がってますよ』

 急にティアナの正面に通信ウインドウが開かれ、そこには茶の短髪の女性……はやての姿が映っていた。
 何故繋がっているのかはこの際気にしない方がいい。気にしたら「断られてもこっそり聞かせる気だった」と取られかねない。
 空間上にいきなり現れたウインドウに驚くも、はやてが挨拶をしてきたので女王もそれを返した。

『お初にお目にかかります、女王陛下。時空管理局古代遺物管理部機動六課部隊長、八神はやて二等陸佐いいます』
「はじめまして、八神二佐。確認するけれど、どれくらいの人がこの通信を聞いているのかしら」
『ええ、六課の人員全員と、それから可能な限りの関係者に通信を回してます』
「それならいちいち他に説明し直す手間も省けそうね。改めて、報告をなさい吸血鬼」

 その言葉とともに、全員……モニターの向こうにいる者達も含め、全員が固唾を呑む。
 そこから数秒の沈黙。そしてアーカードが、敵についての事を報告し始めた。

「昔々、ある所に狂ったナチス親衛隊(SS)の少佐がいた。
 『不死者達の軍隊を作ろう。不死身の軍勢を作ろう』膨大な血と狂気の果てに、その無謀を成就しつつあった」
「それがミレニアム機関、ミレニアム計画か」
「そうだ。だが55年前にその計画を台無しにしてやった。この私とウォルターとでだ……だが、連中は心底諦めなかった。
 誰も彼もが彼らを忘れ去り、忘れ去ろうとした。だが連中は暗闇の底で執念深く確実に存在してきた。
 ゆっくりとゆっくりと、その枝葉を伸ばしながら」

 アーカードが淡々とそれらの驚くべき事を口にしている間にも、その場の全員が黙って聞いていた。
 もちろん内心では天変地異が起こっているかのように驚いている者も少なからずいるだろう。表には出さないだけで。
 だが、その平静を保った表情が崩れ去るのにはそう時間はかからなかった。

「今や彼らの研究は、恐るべき吸血鬼を完成させる地平にと到達している。
 吸血鬼の戦闘団、不死身の人でなしの軍隊、これこそまさにジークフリートの再来、神話の軍勢……
 第3帝国最後の敗残兵『最後の大隊(LAZTE BATTALION)』」

 ざわり。
 驚きを隠しきれなくなったのか、その場の全員が色めき立った。
 それが本当なら、相手は吸血鬼……それも、名前で判断するならば一個大隊クラスの数……千人はいるという事。
 いくらなんでも、普通ならそんなとんでもない連中を相手に出来る気がしないだろう。
 そのざわめきの中、はやてが喉の奥から声を絞り出す。

『……それがほんまや言うんなら、スカリエッティもよくそんなとんでもない連中と組む気になったもんやな……』
「あらぁ? だったら私達に降伏してくれるのかしら?」

 突如、今の今まで存在しなかったはずの声がした。
 少なくともこんな甘ったるい声の主はこの部屋にはいなかったはず。それなのに、一体どういうことか。
 すぐさま声の方向を向く一同。そこに立っていたのは、髪を後ろで二つに結った眼鏡の女の姿があった。
 その女のことを知っているヴィータが声を上げるのは、それからすぐ後の事だった。

「こいつ……戦闘機人!」
「ウッフフのフ~♪ ナンバーズNo.4のクアットロです♪」

 『クアットロ』と名乗った女が、人を食ったような笑顔で自己紹介する。
 ナンバーズと名乗っているところを見ると、ヴィータの言う戦闘機人はナンバーズと名乗っているのだろう。
 だが、それは今はどうでもいい。それよりもいつの間に、どうやってこの場に現れたのだろうか?

「クアットロ、ちょっと出てくの早くない?」
「そうでもないわよぉ? ちょうどアーカードさんの説明も終わったところみたいだったしね♪」
「へぇ、そうなんだ。トバルカインの血が教えてくれたんだね。本当に……まったく駄目なんだなぁ……!」

 そんな疑問を浮かべている間にもう一人。今度は犬耳のようなものを着けた少年……シュレディンガーの姿が。
 突然現れた二人分の人影に、ただただ驚くしかできない面々。
 クアットロの方は幻術らしきものを使うとヴィータから聞かされていたので、そちらはどこからかそれを使っていると考えれば不思議ではない。
 だが、シュレディンガーの方は一切の謎。それが一同の不安を煽り立てる。
 と、ここでいち早く正気に戻ったハインケルとベルナドットが銃を抜く。が、シュレディンガーがそれを両手で制止した。

「待った。僕達は特使だ。やりあうつもりはないよ」
「特使だと? いつの間に? 一体どこから? ウォルター!?」
「警備は万全でした。破られた様子もありません」

 インテグラがウォルターに周りの様子を確認させるが、警備には一切の隙も破られた形跡も無い。
 ならば一体どうやってここに入ってきたのだろうか。当人以外のその場にいる全員が同じ疑問を抱えた。
 もしかすると、クアットロの幻術(実際には彼女のIS『シルバーカーテン』によるものだが)で作り出された幻ではないか。そう考える者が出始めたが……

「無駄だよ。僕はどこにでもいるし、どこにもいない」

 そう言うと小型モニターを取り出し、テーブルの上に置いた。コトリと軽い音がする。
 音がしたという事実は、そのまま「少なくともシュレディンガーは幻ではない」という結論に直結し、そのまま全員が「これはそういうもの」と割り切って考えることをやめた。

「それではお集まりの皆さぁん♪ 今日は最後の大隊指揮官の少佐から、大事なお話があるのでしっかり聞いて下さいねぇ♪」

 クアットロがそう言うと、シュレディンガーがもう一方のポケットからリモコンらしきものを取り出し、操作。
 電源ボタンを押すが……画面には何も映らない。故障か、それとも電波の状態が悪いのだろうか。
 主電源のランプは点いている。どうなっているのかと思いながら、シュレディンガーは電源ボタンを連打した。

「……あれ?」

 いつになったら映るのだろう。何人かはいいかげん待ちくたびれつつあるらしく、中にはあくびを噛み殺す者も。
 一応画面は映っているようだが、音声も映像もない砂嵐だ。
 ……と、ここでようやく音声が届いた。

『あれ、どうした? 何も映らないぞ』
『何してる、早く准将殿を壁に立たせてさしあげろ』
『少佐! やめろッ、やめてくれ! 後生だ……ッ!』
『シュレディンガー准尉、全然映らないぞ、これ……ん、ああ映った映った』
『少佐ッ、頼む、助けてくれッ! 助け「PAM! PAM! PAM!」』

 届いた音声は、銃声だった。
 銃声とともに、画面にやっと映像が映る。正直言って、映らない方がよさそうなショッキングなものだが。
 映像が映ったのを確認し、位置的に見えていない六課の面々とアーカード以外の全員が驚愕の表情になっているのを尻目に、クアットロに言った。

「それじゃクアットロ、後よろしくね。僕はこれからアースラの方にもモニター持ってかないといけないし」
「はぁい、それじゃあ頑張ってねぇ~♪」

 その言葉を最後に、シュレディンガーは姿を消した。


「……というわけで、こっちにもモニター持ってきたよ」

 シュレディンガーが姿を消したその瞬間、アースラ内に異変が発生。
 たった今姿を消した張本人が、アースラのブリッジに来ていたのだ。無論、何の前触れもなく。
 突然の事に驚いたのか、エリオがシュレディンガーに質問した。

「!? ……さっきまで地球にいたんですよね? なのに、いつの間にここに……」
「通信でも聞こえたでしょ? 僕はどこにでもいるし、どこにもいない」

 ……どうやらまともに答えるつもりはないらしい。
 シュレディンガーははぐらかしたような答え方をすると、再びポケットからモニターを取り出した。
 今度のは多少新しく見えるが、やはり電源を入れてもモニターはなかなか映らない。

「……あれ? また? こっちにはミッド製の通信機の機能入れてあるのに……古いポンコツだからかな?」

 ミッドチルダの通信機は別の次元世界間でも通信できる優れものだが、それを使ってもなお映らない。
 どうもポンコツを改造したものだったらしく、それならば映りが悪いのも納得がいく……かもしれない。
 シュレディンガーが操作を続け、ようやく映像が映った。

『ああ、こっちも映ったか。やっぱりモニターは新型に買い換えたほうがいいかもな』
『少佐ッ! やめてくれ少「PAM! PAM! PAM!」』

 再びの銃声。
 映った映像はあまりにもショッキングなもので、子供が見たらトラウマになりかねない。
 ……その映像は、銃殺刑の現場と、それに伴う屍の山。死屍累々とか屍山血河といった表現がふさわしいだろう。

「エリオ! キャロ! 見ちゃ駄目!」

 すぐにフェイトがエリオとキャロの前に立ち、その視界から映像を隠す。
 だが、キャロはカタカタと震えている。どうやら一瞬だけ見てしまったらしい。
 だが、そんな様子など一切無視して少佐がシュレディンガーと言葉を交わした。

「少佐、そっちは大変そうですねぇ」
『腰の抜けた上官を持つと苦労するよ。でもこれでようやくせいせいする。いい気分だ、とてもいい気分だ』
「ははッ」


「やあ少佐」
『久しぶりだねぇアーカード君。再び出会えて歓喜の極みだ』

 アーカードが凄くいい笑顔で少佐へと挨拶する。
 対する少佐も素晴らしい笑顔で返事を返した。
 こいつらには敵も味方もない。ただ闘争が楽しめればいいのだ。だからこそこんなフレンドリーに会話ができる。

「お前が敵の総帥か」

 そんなフレンドリーな会話を遮る声。
 少佐が声の主を探すと、そこにはインテグラが睨みをきかせていた。
 だが、その視線も無視し、少佐がインテグラへと挨拶した。

『おお、貴方がHELLSING機関長インテグラ・ヘルシング嬢ですね。お初にお目にかかる』
「何が目的だ……何が目的でこんな馬鹿なマネをする!? 答えろ!」

 一瞬、少佐の眼光が鋭くなった気がした。
 次の瞬間にはその目は狂笑へと姿を変え、そして問いへと答えた。

『目的? お嬢さん(フロイライン)、美しいお嬢さん、それは愚問というものだ。
 極論してしまうならばお嬢さん、我々には目的など存在しないのだよ』


TO BE CONTINUED

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最終更新:2008年03月30日 10:49