大破壊前、アイを大切にする日とかいうものがあったらしい。
それはあの荒野である日突然告げられた話。
変わった風習の日だと思いながら、今さっきまで忘れていたこと。
エリオの口からもたらされた聞き覚えのある言葉に俺は奔走する。
結果、なにが起こったのか。
とりあえず、間違ったこと教えたなら訂正してくれ。
魔法少女リリカルなのはStrikerS―砂塵の鎖―始めようか。
第15.5話 アイを大切にする日
今日は珍しくみんなが午前中いっぱいまでお休み。
半日だけ出勤とか物凄く不思議な形だと思うけど、
そうなってしまったんだからそうとしか言いようが無い。
けれど、ヴィヴィオと一緒にいられる時間が増えたことは素直に嬉しい。
そして今日はバレンタインデー。
ミッドチルダにあっという間に広がった第97管理外世界の風習。
いったい誰が持ち込んだのか。
経済効果云々なんて味気ない話で終わりそうだけど・・・・・・。
とりあえず男性の比率の少ない六課だけど、
エリオとはんた君とグリフィス君にユーノ君は確定として・・・・・・。
あとはクロノ君・・・はどうしよう。
エイミィさんいるけど、義理で贈ったほうがいいのだろうか?
悩んでいるわたしの傍らでヴィヴィオが一生懸命生クリームをあわ立てている。
楽しんでくれているみたいだ。
昨日の夜、たくさん下ごしらえしておいてよかった。
お菓子作りを楽しんでいるヴィヴィオを見るだけで心が和む。
つまみ食いしている量のほうが多い気がするけど。
フェイトちゃんも楽しそう。
そんな空間に水を差したのはドアチャイムの音だった。
「ちわーす。インテリアショップです。お届けものに参りました。」
「あ、はーい。」
ドアを開けるとインテリアショップの宅配担当の方。
でもわたしはなにも注文していないけど、フェイトちゃんかな?
でもフェイトちゃんも通販とかしないほうだし、最近お買い物にも行ってないし・・・・・・。
「はんた様から高町なのは様とフェイト=テスタロッサ様と高町ヴィヴィオ様宛です。
ここに受け取りのサインを・・・・・・。」
はんた君からわたし達へ?いったいなんだろう。
さらさらとサインしながら首をかしげる。
そういえば昨日はやてちゃんが、
『はんたが突然休暇取ったけどなにに使うと思う?』とか尋ねていたっけ。
ひょっとしてこれのことかな。
第97管理外世界、つまりわたし達の地球のことだが、
ヨーロッパとかだと贈り物をしあう日って聞いたことがある。
正直、意外な人からの贈り物だなって思う。
でも、殺伐とした世界でもバレンタインの風習ってあるのかな。
「はい。結構です。ありがとうございましたー。」
贈答用の包装がされた3つの箱を持ちながらキッチンに戻る。
「なのは。なんだった?」
「はんた君から贈り物だって・・・・・・ヴィヴィオにもあるよ。」
「本当!?」
ヴィヴィオはきらきらした目で大きな箱を眺めている。
そういえばこういう大きな箱でなにか贈ったりしたことなかったもんね。
はんた君、最近どこかおかしいけど、やっぱり面倒見いいんだ。
最初のころ酷くて鋭い言葉ばかり言ってたけど、
あれだって心配だったりするからって思うと面倒見が本当にいいんだよね。
シグナムさんも過保護って言ってたみたいだし。
「なのはママ。開けていい?」
「んー。それじゃ、お菓子を作ってからにしようか。ヴィヴィオもお返ししたいでしょ?」
「うん。」
満面の笑みを浮かべてヴィヴィオが頷いてくれる。
フェイトちゃんもわたしもそんなヴィヴィオが微笑ましく思う。
そんなこんなで1時間後、キッチンの片付けも終わって
冷蔵庫に様々なチョコを使ったお菓子をしまい終わった。
午後に出て行く頃にはちょうどいいだろう。
「なのはママ、空けてもいい?」
「うん。いいよ。」
ビリビリと自分の宛名が書かれた包装を破いていく。
ああ、片付けるのが大変になる。
だけど、仕方ないよね。
それよりも早く中を見たくてしかたがないっていうヴィヴィオのほうが微笑ましい。
やがて箱を包装していた紙が取り除かれると、中からでてきたのは・・・・・・。
「服・・・・・・の箱だよね?でもこんな箱に入れて送られる服ってなにがあったかな。」
「ひょっとしてなのは、私達にお揃いの服でも贈ってくれたんじゃないかな。」
「ああ、ありそうだよね。はんた君実用品贈りそうだし。それだったら気が利くよね。」
なにがでてくるのかと楽しみにしながらヴィヴィオが箱を開ける。
わたし達も興味心身。
けれど、箱の中身にわたしは絶句した。
フェイトちゃんも同じ顔をしている。
というか、なんでこんなものをヴィヴィオ宛に?
まさかとは思うけど・・・・・・。
「ヴィ、ヴィヴィオ。マ、ママ達の箱もあけて・・・・・・くれないかな。」
「いいの?」
「うん。お願い。」
ビリビリと包装が破かれて、中から出てきたお揃いの服に再び絶句した。
どうしてこんなものを?
なんでこんなものが?
それ以上にインテリアショップってこんなものまで売ってるの?
同日同時刻・・・・・・。
「はんた様から八神はやて様とシグナム様とヴィータ様とシャマル様と
リインフォースⅡ様へ贈り物・・・・・・。」
「はんた様からスバル=ナカジマ様とティアナ=ランスター様へ贈り物・・・・・・。」
「はんた様からキャロ=ル=ルシエ様へ贈り物・・・・・・。」
「はんた様からシャリオ=フィニーノ様へ贈り物・・・・・・。」
「はんた様からギンガ=ナカジマ様へ贈り物・・・・・・。」
「はんた様からリンディ=ハラオウン様へ贈り物・・・・・・。」
反応の差こそあれ、贈り物の中身に全員が揃って絶句した。
思考は皆同じ。
なんでこんなものが贈られるの?
「「「「「「「「「「「「はんた(君)、いる(か)!!えっ!?」」」」」」」」」」」」
12人の声が見事に食堂に響き渡った。
同時に全員がアイコンタクト。
ああ、みんな贈られたんだ。
あれと同じものが・・・・・・。
悪戯とかにしては規模が大きい。
それで、件のはんた君は・・・・・・いた。
一緒に山盛りのパスタを食べているのはエリオとヴァイス君とグリフィス君とポチ。
「はんた君、なんであんなもの贈ってくれたのかな?なのはさん説明して欲しいな。」
近づきながらそう声をかけた。
わたしの声に食堂から一般課員が一斉に逃げ出す。
平然としているはんた君とは対照的に震え上がるエリオ達。
どうしてそんなに怯えてるのかな?
ああ、バリアジャケットを着ているのは気にしないでね。
「同感やな。はんた。なんのつもりで贈ったんや。」
そう言うはやてちゃんも騎士甲冑姿。
しかもリインとユニゾンまでしてるね。
でも些細なことだよね。
「あのあのあのあのあのあの・・・・・・。」
「・・・・・・。」
「その、あの、えっと、あの、それで、ええと・・・・・・。」
「ええと、その、ああいう服は、えっと・・・・・・。」
キャロが顔を真っ赤にして『あの』を連呼している。
ティアナはなにか突き抜けてしまったみたいに口をパクパクさせるだけ。
スバルもなにか言い出しにくそうに戸惑い続けている。
ギンガも戸惑いが隠せないようでスバルと同じように言いあぐねているみたい。
そのわりに忙しなくクロスミラージュのリロードを繰り返しているし、
リボルバーナックルがキュインキュインいってるし、
みんな揃ってバリアジャケット姿だけど。
「はんたー!!てめぇ!!なんのつもりだ!!」
「機能的な服だが装甲が薄いし布地の面積が少ないぞ。とはいえ、感謝はしておこう。」
「シグナム、それおかしいから・・・・・・。でも、はんた君、あれはちょっとおかしいって思うの。」
ヴィータちゃんは怒り狂ってギガントフォルムのアイゼンが待機されてる。
平然としているシグナムさんがお礼を言っているけど。
でもシグナムさん。
あれを贈られてその返事は絶対になにか間違ってます。
なんでそんなに冷静なんですか。
シャマルさんも戸惑いは隠せないみたい。
みんなと違ってなにを構えるわけでもないけど・・・・・・。
「はんた君。今日がバレンタインって知っていてやってくれたのかな?
その場合、悪意が無いにしてもちょっと私は笑えないんだけど・・・・・・。」
シャーリーさんが怒るのって初めてみたかもしれない。
口元は笑っているのに反射した光で目元が見えない。
それに頬が震えっぱなしだ。
バトー博士と一番接触していそうなシャーリーさんだから、
案外たまっていたものが全部噴出しちゃったのかな。
「はんたくーん。愉快なもの贈ってくれたわねー。
若いみんなにも同じもの送っているなんて私へのあてつけかしらー?」
リンディさんのバリアジャケット姿、ひさびさに見ました。
4枚羽のディストーションシールドが物凄い勢いで展開されている。
私達の怒り具合が爪先ほどに思えるほどに怒っている。
額に物凄い勢いで青筋浮かんでますよ、リンディさん。
それ以上に本局でのお仕事どうしたんですか!?
「はんたお兄ちゃん、お洋服、ありがとうございました。」
「ヴィヴィオ、ちょっとだけキャロと向こうで遊んでいてくれないかな?
フェイトママからのお願い。」
「うん。わかった。」
そう言ったフェイトちゃんもバリアジャケット。
ハーケンフォームのバルディッシュが傍らに・・・・・・。
あれ?どうしてフェイトちゃんまで怒ってるの?
今の格好と大差ないんじゃ・・・・・・。
やがて、ヴィヴィオとキャロが食堂からいなくなった。
さて、これで遠慮なく話しができる。
「いったいはんたさん、なにを贈ったんですか?」
「服だが?」
「服ごときでこうなるはず無いじゃないですか!?」
「インテリアショップで売っていた服だぞ。グリフィス。」
「じゃじゃじゃじゃじゃ、じゃぁ、なんでなのはさん達、こんなに戦闘態勢・・・・・・。」
「・・・・・・色が気にいらなかったとか?揃いの色にしたんだが・・・・・・。」
エリオ達が必死に原因を探ろうとしているみたいだけど、全部的外れ。
たしかに服だし、インテリアショップで売ってるかもしれない。
それに揃いの色だったけど、黒が嫌いってわけでもない。
それでも・・・・・・。
「とりあえずな。はんた。バニースーツ贈る日とは違うと思うんよ。」
「「「バニースーツ!!!!!!??????」」」
エリオ達が絶句した。
どんなこと考えているのだろう。
この面子によくぞそんなものが贈れたとか思っているのか。
それともなにを考えてそんなものを贈ったとか思っているのか。
案外わたし達のバニー姿でも想像しているのか。
とりあえず物凄く驚いていることだけは分かったけど、まぁ、なんでもいいや。
ディバインバスターでも撃ち込んで始末書書こう。
グリフィス君たちも巻き添えになるけど、運が悪かったって諦めてね。
「・・・・・・バレンタインだよな?」
「バレンタインやな。」
「アイを大切にする日のバレンタインなんだよな?」
「ああ、バレンタイン神父さんが皇帝さんに逆らって結婚式あげまくって
処刑されたことでアイを大切にする日ってなったバレンタインやな。」
「それならバニースーツ送る日で合ってるじゃないか。」
「なんでや!?むしろ殺伐としたあんたの世界にバレンタインあったことが驚いたわ。」
物凄い論理の飛躍があったよね。
なんでアイを大切にする日だからバニースーツ?
もしかしてウサギってその・・・・・・。
さすがにはんた君の性格からしてそれは無いと思うけど、もしもそうだったらちょっときつめに頭冷やしてもらおうかな。
ちょうど魔力カートリッジのマガジンがなぜか手元にあるし。
「風習が違うのか?向こうではそう教えられたんだが・・・・・・。」
「違うにも限度っちゅうもんが・・・・・・。」
「とりあえずはやてさん、はんた君の弁解を聞いてからでもいいと思うの。
それなら躊躇い無くいくらでもやれるから。情報操作の手筈も整えてあるから安心して。」
「そ、そうやな。リンディさんの言うとおりやな。はんた。なんでそんなことになったか話してみてや。」
「それならバレンタインの風習を知った日くらいからでいいか。」
そう言ってはんた君が語りだしたのは、はんた君のいた世界での話。
ベルディアの街でアランさんと会話した後、ローズに呼び止められてたわいない会話をしてたとき。
「はんた。その、えーと、バレンタインっていうものをご存知かしら?」
「バレンタイン?銃の名前か?」
「違います!!大破壊前の古い風習です!!
異性のお世話になった人に贈り物をする日のことをそう言うのです。」
「変わった風習があったんだな。」
「そ、それだけです。たまたま明後日がそのバレンタインで
私の予定が空いてるとか会いに来てなんて言いませんから、お構いなく。」
「分かった。」
「ちょっと、はんた。本当にいいわね。たまたま明後日がそのバレンタインで
私の予定が『空いてる』とか『会いに来て』なんて言いませんから。」
「分かった。」
戦車のハッチを閉めるとそのまま俺は走り出した。
ローズがまだなにか騒いでいた気がしたけど。
そういえば顔が赤かったから風邪でもひいたのか。
今度も赤い顔してたら回復カプセルでも贈っておこう。
さてと、せっかくベルディアまで来たんだ。
ついでにトリカミでカエデの顔でも見ていくとしよう。
そんなわけで場所はトリカミ。
神社とかいう神様を祭る場所を中心に作られた街。
亡霊戦車大隊を倒そうとしたとき、
ここで話を聞かなかったらどうすればいいのかわからなかったな。
それにヤマタノオロチとかいうモンスターに賞金かかってたから倒しただけなんだが、
なんだか妙に感謝されるようになってしまったのが不思議だ。
こっちは金も戦車も手に入ったんだから、
それこそもちつもたれつで気にすること無いだろうに、今でも理解に苦しむ。
神社の前を箒で掃除していた巫女服姿のカエデとたわいない雑談をする。
話し始めてどのくらい時間がたったころか、カエデが話題を振った。
「はんた様。その、バレンタインという古い風習をご存知ですか?」
「ああ。数時間前に聞いた。」
「そ、そうですか。あの・・・・・・その・・・・・・いえ、なんでもありません。
明後日がそのバレンタインってことはご存知ですね?」
「ああ。」
「そ、それなら、はんた様、もしもお時間がおありでしたら・・・・・・その日・・・・・・私と・・・・・・。」
「・・・・・・!!すまない。カエデ。急ぎのメールが入った。また今度・・・・・・。」
なにか言いたげなカエデに詫びをいれて、BSコントローラーに入った急ぎのメールに慌てて飛び出した。
それで、場所は移って西部の始まりの街アリス・ワン。
東部と西部を繋ぐ列車が走っている街。
ここでソルジャーのシャーリィとラシードに会ったんだっけ。
銃と剣、どっちが強いかとか不毛な言い合いをしていたが、結局どっちに落ち着いたんだ?
そういえば、ジャック・ザ・デリンジャーのことを知ったのもここか。
シャーリィの家に急ぐ。
「シャーリィ。急ぎの仕事ってなんだ。」
「ああ、悪ぃ。さっき片付いちまったよ。わざわざ来てもらって悪かったな。ところでさ。はんた。バレンタイン・・・・・・。」
「明後日がバレンタインなんだろ?」
「・・・・・・!?ああ、知っているならいいんだ。知っているなら・・・・・・。
ちょうど依頼もなくてその日空いて・・・・・・いや、なんでもない。気が向いたらまた来てくれよな。手間かけさせてその・・・・・・悪い。」
「いや、問題ないならそれでいい。」
シャーリィの家を出た。
なにか言いたそうだったけど、彼女の性格ならぱっと言い出すだろう。
なかなか話さない以上、たいしたことないってことか。
さて、せっかく西部まで来たんだ。
転送装置でホーライまで行ってエバ=グレイ博士に会ってくるか。
連れまわしっぱなしのアルファの修理もしてやりたいし。
そんなわけで場所は港町のホーライへ。
サイバーウェアの権威でもあるエバ=グレイ博士が住む街。
レッドフォックスのことは・・・・・・。
グレイ博士にアルファの修理を頼むと、なにも言わずに淡々と作業をしてくれる。
無言のまま時間が過ぎ、作業が進んでいくと、やがてその手が止まってグレイ博士が口を開いた。
「これでいいだろう。簡単な修理しかできないが、いつでも来てくれ。」
「・・・・・・グレイ博士、バレンタインとかいう風習知ってますか?」
「・・・・・・!?古風な風習を知っているものだな!?正直なところ驚いた!!」
「今日、妙にあちらこちらでその言葉を聞いたのでふと口に出してしまったんですが。」
「そういえば明後日だな。まぁ、見ての通りここはいつも暇でね。
気が向いたときにでも顔を見せてくれれば私はそれでいいさ。」
「分かりました。アルファの修理ありがとうございました。」
バレンタインを口にした途端に雰囲気が少し変わった気がしたのは気のせいか。
でも、たいしたことじゃないだろう。
さて、日も暮れ始めたし転送装置で家に帰るか。
そして場所は我が家のあるジャンクヤードへ。
いつもどこか旅をしていてろくに家にいない父さんが珍しく家にいて、本当に久々に家族の団欒っていうやつになった。
そんな中、ふと気になり話を切り出してみる。
「父さんと母さん、バレンタインとかいう風習知っているか?」
「お、珍しいことを聞くもんだな。明日はミサイルの雨でも降るんじゃないか。」
「そんなこと言わないの。でもたしかに珍しいわね。まぁ、あんたもハンターとして
独り立ちしたんだからどうこういうつもりはないわ。お世話になった人によろしくね。」
「お兄ちゃん、バレンタインって?」
「異性でお世話になった人に贈り物する大破壊前の風習だそうだ。エミリ。」
「へぇー。そんな日があったんだ。」
「おっと、はんた。酒がなくなっちまったからちょっと買いにいってきてくれよ。
すぐそこだし、たまには父親孝行してくれよ。」
「分かった。」
俺が世界最強のハンターになっても特に変わらない両親はすごいと思う。
妹がとばっちりを受けないか、それだけが心配だ。
それで家の経営する修理工場の隣の酒場。
「ん?はんたか。キョウジのやつが酒でも買って来いとでも言ったのか。」
「ええ、ジャック・ザ・デリンジャー。適当に酒をください。」
「やれやれ。キョウジもニーナも、自分の息子がどんな存在になったのか分かってるのか。
世界最強を使いっぱしりにするなんて・・・・・・これでいいか。」
「十分です。それじゃ。」
「・・・・・・ってちょっと待ちなさいよ。はんた。私には一言もなし?」
酒を買ってさっさと帰ろうとした俺が呼び止められる。
幼馴染のレイチェルだが、いったいなにを・・・・・・。挨拶ぐらいしろってことか?
「・・・・・・?元気かレイチェル。」
「見た通りよ・・・・・・ってそういうんじゃなくて、ほら、もっと・・・・・・。」
「ああ、もしかしてバレンタインのことか?」
「・・・・・・!?意外ね。あんたが知っているなんて思わなかったわ。」
「ニーナは話しそうにないから・・・・・・キョウジのやつが吹き込んだのか?」
「パパは黙ってて!!」
「やれやれ・・・・・・。」
「べ、別に会いにきてくれなんて言わないんだからね。わかったわね。
別になにか贈ってとか会いに来てなんて絶対に言わないんだからね。」
「分かった。でもレイチェルもローズみたいなこというんだな。」
あのヒステリー!!とかいう叫び声とガラスが割れるような音が聞こえた気がしたけど、たぶん気のせいだろう。
父さんに買ってきた酒を渡してその日は眠った。
次の日、ガレージにある戦車メルカバの塗装が剥げ始めていることに気がついた。
だから、メルカバに乗ってニューフォークのタミオさんのところへ。
「分かったのねー。いつもどおり夕日みたいに真赤に染めてあげるのねー。
このぐらいちゃちゃっと済ませるからはんたちゃんはそこで待ってるといいのねー。」
母さんの師匠で伝説の修理工であるタミオさんがする塗装は見ていて芸術的だ。
傍らでミカが手伝いをしているけど、塗装自体には触れさせないで絶対に1人でやるあたりこだわりを感じる。
しかし、塗装する際の洗練された動きはどこか戦闘に通じるところがある。
ああ、だからブレークダウンは・・・・・・。
「よっ、はんた。来てたんだな。相変わらず元気みたいだな。」
「・・・・・・キリヤもタミオさん手伝うようになったんだな。」
「まぁな・・・・・・。お前との旅でいろいろ俺も成長しちゃったわけよ。時間あるから雑談くらいは付き合うぜ。」
「・・・・・・それならキリヤ。バレンタインとかいう風習知ってるか?」
そう切り出した途端に、キリヤが俺の口を塞ごうとしてくる。
身体に染み付いた動作が勝手に繰り出されて、反射的に首を切り落とそうとしてしまい少しだけヒヤッとした。
「おま、ここじゃ、ちょ・・・・・・それはまずいって。」
「兄さん、なにを話しているのかな?」
「ミ、ミカ。親父の手伝いはいいのか?」
「スパナで分解したりじゃないもの。他のお客さんが入っているわけでもないし、手伝うことがないよ。
それよりはんた、バレンタインって言った気がしたけど気のせいかな?」
「言ったが・・・・・・。」
「やっぱり!!はんたのことだからずっと知らないで一生を終えるんじゃないかって心配してたんだよ。
やっとはんたもそういうこと気にするようになってくれたんだね。」
「・・・・・・なんか物凄く馬鹿にされているような気がするのは気のせいか?」
「あはは。気のせいだよ。はんた。それより、明日がバレンタインってことは知ってるよね?」
「ああ、昨日聞いた。」
「うん。それならいいんだ。明日お休みもらっちゃおうかな~。」
それだけ言い残すと、ミカはスキップしてどこかへ行ってしまった。
揃いもそろってなんでバレンタインバレンタイン言うんだ?
呆然とした様子でキリヤが俺を見ているけど・・・・・・。
「まさかとは思うけどお前・・・・・・所構わずその話したんじゃ・・・・・・。」
「所構わずってわけじゃ・・・・・・。」
「いいから、どの女に、誰と誰に話したんだ?」
「ローズとカエデとシャーリィとグレイ博士と母さんとエミリとレイチェル。
あとたった今、ミカと・・・・・・あっちこっち行ったときからずっと傍らにいるアルファ。」
「・・・・・・お前も冗談が言えるようになったんだな。ずいぶんな進歩じゃないか。」
「冗談言ってないが・・・・・・。」
「・・・・・・嘘だろ、冗談きついぜ。まじで?本気で言ってるんだな?」
「いったいなにをそんなに・・・・・・。」
「はんたちゃんー。終わったのねー。ん?どうしたの?」
「親父、聞いてくれよ。はんたのやつ・・・・・・。」
キリヤがタミオさんにバレンタインの経緯を話している。
でも、なにがまずいんだ?
特に誰かと約束したわけでもないのに・・・・・・。
笑ってたタミオさんの顔が険しい顔に変化していく。
「あちゃーなのねー。はんたちゃん、もてるのはいいけど限度あるのねー。」
「そ、そうだ。約束なんか取り付けてないよな?その日一緒に飯食おうとか・・・・・・。」
「ああ、それはない。」
「あー、助かった。まじで今、神様ってやつがいるかもとか思っちまった。
だったらどうにかなる。それで、なにを贈るんだ?」
「・・・・・・銃とか刀とか?」
「さすがにそれはないと思うのねー。でも、はんたちゃんの心が篭っていれば喜んでくれるかもしれないのねー。」
「お前なー。せめてインテリアショップにあるものにしろよ。さすがに武器屋なんかじゃ包装してくれないだろ?」
「包装?重要なことなのか?剥き出しで渡されたってなにが変わるわけでもない。」
「物凄く重要なことなのねー。女の子ってそういうこと気にするのねー。」
「それに誰それがもらったものより安いとか高いとかなると面倒だぜ。
お前そう言うの特に嫌いだろ?いいから俺の言うこと聞いて全員に同じもの贈っとけ。」
「珍しくキリヤがまともなこと言ってるのねー。それはそうとはんたちゃん。予算はどのくらいあるのねー?」
「15万Gぐらい。」
「・・・・・・結構溜め込んでるのな、お前。それなら今すぐベルディアのインテリアショップに直行して、
それで9人分のなにか買ってとっとと贈れ。いや、服が一番手堅いから服にしろ!!面倒が起こらないうちに・・・・・・。」
「早くしたほうがいいのねー。日が暮れちゃうとまずいのねー。」
「分かりました。タミオさん、塗装の・・・・・・。」
「代金なんて今度でいいから急ぐのねー!!!!!!!!!!!!」
どこか腑におちない。
けれど、キリヤどころかタミオさんでさえこれだけせかすのだから、きっと重要なことなのだろう。
綺麗に塗装されなおしたメルカバに乗ってベルディアを目指した。
どうして転送装置を使わなかったんだろうって今思うと不思議だ。
「それでベルディアに到着してインテリアショップに直行して、15万Gで9着買える服って言ったら店員が・・・・・・。」
「バニースーツだしてきたのね。」
「有り金全部はたいて買えるのが、それだったし・・・・・・。」
「それで、今回もこれを贈れば問題ないと・・・・・・。」
「ああ。エリオに昨日バレンタインが明日って聞いて大慌てで買いに行ったんだが。
ただのバニースーツだけだと余裕あったからオーダーメイドとかいうオプションとか他にもいろいろありったけ全部つけてもらったんだけど。」
リンディさんがどこか同情的な視線ではんた君を眺めている。
周囲の雰囲気も物凄く微妙な感じに変わっている。
わたしも結構戸惑っている。
もしかしてお給料全額つぎ込んだってことであってる?
いや、それ以上に問題なのは・・・・・・。
「な、なぁ、はんた。結局それでそのバレンタインは誰と過ごしたん?」
「誰とも過ごしてない。いや、正しくはアルファと2人で戦い続けてたが?」
「「「「「「「「「「「「「「はぁ!?」」」」」」」」」」」」」」
「金が全然なくなったからモンスター狩って稼がないと。激戦区のキャノンエッジでアルファと一緒に延々とモンスターを狩ってた。」
全員で顔も知らぬ女の子達に同情した。バニースーツ贈られて、本人はすっぽかされてって・・・・・・。
しかも全員がはんた君の来てくれること、楽しみにしていたのに。
怒らないほうがどうかしていると思うわたしって間違ってる?
他のみんなも似たような顔しているけど。さっきまでの一触即発ムードがどこかへ行ってしまった。
「参考までに聞きたいんだけど、女の子たち怒らなかったの?」
「・・・・・・別に。」
「本当に?」
「ああ・・・・・・。」
すごい。なんて人間的にできた人達なんだろう。
ああ、そんなに高尚な人達と付き合っていたなら、わたし達なんて未熟すぎて人間的に歯がゆいだろう。
リンディさん達もどこか感心したような雰囲気に変わりつつあった。
次の言葉を聞くまでは・・・・・・。
「模擬戦やろうって準備していないうちにキングタイガーで砲撃されたり、
禊ですって桶に入った強酸の水かけられたり、モンスターがいたってこっちに向けて銃撃たれたり、
手が滑ったってレーザーメス飛んできたり、スパナ飛んできたり、酒瓶が飛んできたぐらいで、特に変わったことは・・・・・・。
そういえば母さんとエミリが複雑そうな顔していたけど。」
「怒っていたのよ。それは・・・・・・。」
「・・・・・・!?」
はんた君が物凄く驚いているのが分かった。ひとまず、みんな怒る気さえなくなったみたい。
雰囲気は完全に呆れかえるほうに変わっていた。けれど理解しあうってこんなに難しいことだったんだ。
簡単なことだと思っていたのに、物凄く難しいって今思い知ったよ。
そういえば、ひとつだけ気になったことがある。
「はんた君、バニースーツ以外、インテリアショップにどんな服があったの?」
「安いほうから順に言えばいいのか?」
「安いほうって・・・・・・値段も覚えているならお願い。」
「水着4800G、巫女7800G、ウェイトレス8800G、バニースーツ14000G、メイド服18000G、
チャイナ28000G、ドレス80000G、ウェディングドレス180000G、和服200000G。」
とびぬけて高いわけでもないのか?ただ、なにか奇妙な感覚が拭えない。
いったいなんだろう?この感覚は・・・・・・。
とりあえずラインナップだけはおかしい気がするのは気のせいじゃないと思いたい。
「・・・・・・あれ?はんたさん、普通の服っていくらぐらいなんです?」
怯えていたエリオが不思議そうに尋ねた。そうだ、普通の服。
一般的な服の値段とか基準が無かったから奇妙に感じたんだ。ラインナップもあわせて・・・・・・。
「ヴァイスが着ているデニムのツナギが60Gで一番安かったか。」
耳を疑った。なんですか、その壊れた価格の世界は・・・・・・。
つまり、価格をミッドにあわせると0を3つか4つ増やさないといけない?
管理局でどれだけ働くとお給料が届くんだろう。
物騒で毎日生きるに文字通り必死な世界だから、娯楽なんかの道具が物凄く高いんだっていまさら気がついた。
それに15万Gって言ったってことは・・・・・・。
「・・・・・・お金持ちだったのね。はんた君。」
「ああ、リッチマンなんて呼ばれたこともあったな。」
リンディさんが力なくつぶやき、はんた君がそんな答えを返していた。
でも、それじゃ誤解するのも無理ないよ。相手が喜ぶと思って高価な服を贈ったつもりなんだから。
金額的にも文句が言うに言えない。結婚指輪で有名な給料3か月分なんてレベルを超えてる。
「それがバレンタインの経緯なんだが、それで、どこが問題だったんだ?」
「「「「「「「「「「「「「「「全部だ!!」」」」」」」」」」」」」」」
わたし達どころかエリオ達まで揃ってそう叫んでいた。
紆余曲折あったけど、リンディさんがヴィヴィオに会えたことを物凄く喜んでいたときに
レティさんから職務すっぽかしてどこにいるんだって呼び出しうけたりとか、
チョコを珍しげに食べるはんた君とか、キャロにチョコもらって照れるエリオとか、
ポチがばくばく食べているのを見たザフィーラさんがチョコを食べたら死に掛けて医務室送りになったりとか、
多少バレンタインらしいイベントがあった以外は普通の日が過ぎていった。
それで、その日の夜。
「なのはママ、見てー。うさぎさーん。」
フェイトちゃんとわたしが部屋に帰ってくると、ヴィヴィオがそう言って飛び出してきた。
バニースーツを着ているヴィヴィオ。その片手にはうさぎのぬいぐるみ。
ああ、まだ恥ずかしいとかわからないか。ぬいぐるみもうさぎだったから、なおのこと嬉しいのかな。
でもよくよく見ればフェイトちゃんのバリアジャケット着ているみたいなものだよね。
そんな視線を向けるとフェイトちゃんが否定するみたいに顔をぶんぶん振っている。
「なのはママ達も着ようよ。」
「な、なのはママは・・・・・・」
「だめ・・・・・・なの?」
ああ、ヴィヴィオ。お願いだから泣かないで・・・・・・。
けれどわたしの願いは通じない。ヴィヴィオの目は潤みだしていて今にも決壊しそう。
「だ、大丈夫よ、ヴィヴィオ。ちゃんとなのはママ着るって。」
「ぐすっ・・・・・・本当に?」
「本当よ。ねぇ、なのはママ?」
フェイトちゃん。
昔、スターライトブレイカー撃ち込んだこととか、バトー博士の露出狂呼ばわりの件とか根に持ってたの?
逃げられないように、肩をしっかり掴むなんて酷いな。
それならば・・・・・・。
「うん。ヴィヴィオ。ちゃんと着るよ。フェイトママも一緒に着てくれるって。」
「本当!?」
「うん。ヴィヴィオ。だから心配しないで。フェイトママ、どこへ行こうとしているの?」
逃がさない。
2人でヴィヴィオのママになったのだから、2人でウサギになるのだ。
がっくりと肩を落としたフェイトちゃんとわたしが、いざ、バニースーツを前に着替えを始める。
当然、扉だけは厳重すぎるくらいにロックした。
服の構造自体は簡単なので、ヴィヴィオのためと呪文のように唱えながら、着替える。
やがてバニースーツに着替え終わると全身鏡に映った自分に悲鳴をあげそうになる。
フェイトちゃんも着替え終わったみたいだけどやはり恥ずかしいらしい。
どこか落ち着かなげにそわそわしている。
フェイトちゃんとお互いに真赤な顔を見合わせていた。
さっきまではフェイトちゃんのバリアジャケットみたいって笑っていられたけど、今はさすがに笑えない。
「なのはママとフェイトママもうさぎさんでお揃いー。」
にへらっと笑うヴィヴィオの姿に恥ずかしさとかがどこかへ行ってしまう。
ああ、こんなに喜んでくれるんだ。今度、かわいい服でお揃いのものでも買ってこようかな。
服装の内容は置いておいて、はんた君に感謝しよう。
うさぎになったままヴィヴィオと抱きしめあって、
傍目にはかなりシュールな光景だったかもしれないが、そんな幸せな想像をしていた。
フェイトちゃんが口を開くまでは・・・・・・。
「ねぇ、なのは・・・・・・。」
「どうしたのフェイトちゃん。」
「服、きつくないよね?」
「うん、ちょうどいいよね。」
「・・・・・・どうしてサイズぴったりなの?」
「・・・・・・・・・・・・!?!?!?!?!?」
言葉の意味を理解して、ヴィヴィオをフェイトちゃんに寝室へ連れて行ってもらうと、緊急通信をあのメンバーに送った。
今、どんな格好をしているかさえ忘れて・・・・・・。
「な、なのはちゃん、その格好は・・・・・・。」
「はやてちゃん、ヴィータちゃん達にも急いでバニー着させて!!」
「で、でも恥ずかし・・・・・・。」
「いいから急いで!!」
こっちの切羽詰った様子に気がついたのだろう。
首を傾げつつも通信の向こうでヴィータ達を呼んでいる。
その間に、私は時間なんてお構いなしで本当に片っ端から連絡して、眠りかけていたスバルをティアナに叩き起こさせて、
躊躇ったキャロとギンガには職権乱用な脅しをかけて、リンディさんに怒鳴りつけるなんて命知らずな真似までして、
とにかく全員にバニースーツを着させた。
「いったい、なのはちゃん、どないしたんや?こんな格好させて。」
「そうですよ。なのはさん、いったいなにが目的なんです?」
「ヴィヴィオが着てって言ったのかしら?それなら今度そっちに行ったときに・・・・・・。」
「なのはさん、なんでそんなにバニーにさせたかったんですか?」
早々に着替え終わったはやてちゃん、シャーリー、リンディさん、ティアナの言葉。
平然としていたシグナムさん以外、他にもいろいろな反論があった。
バニースーツを着た人が通信越しにこうも揃うと、ボディラインが結構でる服だけにおかしな気分になってくる。
それは今だけは置いておいて・・・・・・。
やっぱり誰も気がついていないみたい。
わたしは告げる。
「皆・・・・・・サイズ、どう?」
「ふむ。測ったようにぴったりだな。なのは。それがどうした?」
当たり前のように答えられるシグナムさん、すごいです。
言葉の意味を理解した途端、他の全員が一斉に戦慄した。
そういえばはんた君が言っていた。
オーダーメイドとかいうオプションって・・・・・・。
つまり、それって全員のサイズ、ばれてる?
教えた覚えは無いんだけど・・・・・・。
声にならない悲鳴が一斉に上がった。
次の日、問いただしたところ明らかになったはんた君の特殊技能。
本人は全然特殊だと思っていなかったみたいだけど、距離とか寸法とか見ただけでわかるそうだ。
アルファがそこにさらに補正をかけて詳細にしてくれるみたいけど、お願いだから補正かけないでくださいと跪きそうになった。
仕込み武器がないかとか見抜かないといけなかったから自然に身に付いたと言う。
でも、つまりそれってパッドとか入れてても詰め物の存在はばればれだったわけで、
サイズなんか当たり前のように剥き出しでばれちゃってたわけで・・・・・・。
普段から太ったりすると即座にばれていたわけで・・・・・・。
多芸だなと感心しているシグナムさんと、物凄い勢いで凹んでいる通信越しのリンディさんと、
うさぎのぬいぐるみ片手に喜んでバニースーツで駆け回るヴィヴィオが印象的だった。
そんなことがあったけど、気を取り直して皆はいつもの教導をこなしていく。
はんた君の視界から逃げようとしている気がするのは気のせいかな。
その合間にあることに思い当たった。
ホワイトデーのことは知っているのかな、はんた君。
そんなことを考えていた私は認識が甘かったのだろうか。
最終更新:2008年02月12日 22:48