第三話「黒い竜巻」
――エルザム・V・ブランシュタイン
PTX006-03。呼称はゲシュペンストmkⅡ三号機。だが正式名称以外の名を、エルザムが搭乗するゲ
シュペンストは所持している。
漆黒の駿馬――トロンベという名を。
燃えさかる臨海空港の広大な発着路をゲシュペンストは疾走する。
背中から緑色の光を撒き散らした虫=バグスは自在に空を飛び、本体が方向を変化させるたびに緑の光が明滅
する。かつて南極にあらわれたときにも
追われるゲシュペンストは背と脚のバーニアで瞬発的な移動をくりかえす。そして地上を飛び跳ねながら、両
腕にもったメガ・ビームライフルの銃口をバグスへ向けた。夜陰を赤色の粒子が駆け抜け、バグスを直撃した。
夜陰に光の花が咲く。だが爆散したバグスにかまわず二体のバグスがゲシュペンストに接近、殺到した。
「駆けよトロンベ……その名の如く!」
青白い噴射剤がゲシュペンストの背中に広がった。ゲシュペンストは噴射に推される形で前に出た。
右のマニュピレーターが左腕にマウントされているプラズマカッターを抜きざま、バグスをきりつけた。
頭部を割られバグスは沈黙。エルザム・V・ブランシュタインは撃墜を確認もせずに、プラズマカッターを翻
し、迫っていたもう一体に突撃した。
「技を借りるぞ、ゼンガー!」
プラズマが形成する刃が横一文字にバグスをとおりぬけ、白い甲虫型の体を熱断する。
断末魔はない。
ゲシュペンストはバグスの爆発にまきこまれるよりもまえに、後方へ下がっていた。
「もう五体か……だが」
下がりながら、エルザムはプラズマカッターを収めていた。
上空で待機したままだったバグスが降下しながら光線を吐きつける。
バックステップで距離をとりながら、バグスに背を向けてジグザグに疾走をはじめた。一瞬前までゲシュペン
ストが存在していた位置に光線が叩きつけられ、地面をえぐっていく。だがゲシュペンストにはかすりもしない。
二度、三度と回避を続けるうちに、ゲシュペンストの機動をよみはじめたらしい。光線の精度は一射ごとに増
している。このままではいつか、直撃をもらってしまう――。だがエルザムは余裕のスタンスを崩さなかった。
「異星人の作ったものにしては、知能と危機管理に欠けている……か! しかも――魔法技術にはまったく対応
していないと見える。やはり偵察機というのは間違いないようだな」
激しい挙動を繰り返すゲシュペンストの操縦席に揺られながら、エルザムは冷静にバグスの光線を避け続けた。
なぜなら。
教導隊の秘蔵っ子、若手ナンバーワンの名を持つ少女が、その愛杖レイジングハート・エクセリオンと共に、
バグスのさらに上空で待機していたからだった。天才といわれるエルザムでさえ、高町なのはの射撃技術には心
底、感心していた。彼女達の使う魔法とエルザム達が使う人型兵器は確かに違う。しかし彼女のセンスは、そん
な技術や兵器の違いを超越しているものだった。
だからこそ、エルザムは彼女に背中をまかせたのだ。ほとんど初対面であるにもかかわらず。
コクピットのモニターが鮮明に彼女の姿を映し出す。
白色のバリアジャケットが夜陰に映え、両耳の上のあたりでまとめられた髪が宙を泳ぐ。
まだ幼さすら残す少女だが、その砲撃は星光のような力強さと美しさをもっている。
「そろそろ頃合か。高町二等空尉」
「了解……」
ミッド式魔法の環状魔方陣が桃色に輝く。
そこで初めて、バグスは高町なのはの存在に気がついた。
<<Load cartlids>>
エルザムはメガ・ビームライフルを放ち、なのはに向かおうとしたバグスを打ち落とす。
<<accel shoter>>
コクピットにインテリジェント・デバイスの声が響いた。
「まだ未調整のライフルよりも、よっぽど強力だぞ……彼女の砲撃は」
無数の魔法弾が、驟雨の如くバグスに突き刺さったのは、エルザムの独白からコンマ5秒後のことだった。無
数の誘導魔力弾アクセル・シューターは一発もあやまたず――バグスの背部をうちぬいている。推進機関を損傷
したバグスは地面に落ち、自重で地面に叩きつけられた。正体不明の部品が地面に転がる。
魔法で浮いていたなのはは、徐々に高度をさげ、ゲシュペンストの肩に足をつけた。
「フッ。さすが管理局で名うての実力を持つだけあるな、なのは二尉。では……ここは受け持とう。高町教導官
はこのまま離脱。要救助者をお願いする」
「取り残された人がみつかったんですか!?」
「ああ。ここから少し離れたターミナルの中のようだ。ゲシュペンストで進入できる場所ではないし、君の砲撃
なら簡単に天井をぬけるだろう。だがまだバグスがでているかもしれない。十分に警戒して――」
「任務にあたれ、ですね。了解しました。エルザム少佐もお気をつけて」
「ああ。新品同様のゲシュペンストを傷つけるわけにはいかないのでな……まだ何がでてくるかわからん。」
「不屈のエース……いや、エース・オブ・エースか」
白い衣装を夜陰に翻す少女の背を見送りながら、メガ・ビームライフルを放り投げた。まだ試射もおわってい
ないライフルは、すでに機能を停止していた。
ぎぎぎぎぎぎぎぃ……
墜落し、元型を留めないほど損傷したバグスの一体が起きあがり、緑色の瞳をエルザムに向ける。飛行能力は
うしなっているらしく、飛び上がるようすはないが、口についている砲門は、なのはの飛び去った方角へ向けら
れていた。エルザムはゲシュペンストを操りバグスの頭部を蹴りつけた。強制的に顔面の方向をかえられたバグ
スはそのまま円形の光線をあさっての方向へ放った。
「無粋な真似はしないでいただきたい――エアロゲイター」
カイ・キタムラが作った近距離格闘戦のモーションデータをロードしながら、エルザムはバグスに対峙した。
「多脚型の機体――ゲシュペンストの四肢の有用性を試す機会でもある……。捕獲してみるか」
未知の敵機にさえ余裕の言葉をつぶやきながら、エルザムはゲシュペンストを疾駆させた。
機体は風を纏うようにゆるやかに動き、竜巻のように四肢を振るう――。
左、右、左、右のコンビネーションでバグスの体勢を崩し――。
「わたしを甘く見るのは遠慮していただこう――!」
手弾のあらしに、バグスの頭部はごなごなにくだけ、その機能を停止したころ――
同時に、空に一条の、桜色の魔力砲撃が舞った――
――レーツェル・ファインシュメーカー
「皮肉、か」
愛機ヒュッケバイントロンベの足元で、エルザム・V・ブランシュタインはパイロットスーツのヘルメットを
手に取りながら、ふとそんなことをつぶやいた。
「お元気ですか~、エルザム少佐」
「……いまのわたしはレーツェル・ファインシュメーカーだ。エルザムなどではない」
エルザムに問いを投げた少女は、薄暗い格納庫のなかではっきりと笑う。年頃に『見える』少女がうかべるに
は、陰気に過ぎる笑顔にエルザム――否、レーツェル・ファインシュメーカーは眉をひそめた。好きになれる類
の表情ではない。PTの格納庫をわずかに照らす天井の照明が、彼女のメガネのふちをなぞり、その円形をあら
わにする。メガネの向こうで、目が鋭利で冷たい輝きをはなっていた。
彼女の名はクアットロ。四番を意味する名をもつ少女は、人間ではなくドクター・スカリエッティの技術によ
ってうみだされた『戦闘機人』。見た目どおりの少女ではない。
クアットロは白いマントをどこか大仰にひるがえし、目の前にパネルを開いた。
「では、謎の食通様。手短に今回の任務の説明をいたしますね。食通様にはこれから暴走したリニアレールを止
めていただきます」
レーツェル・ファインシュメーカー――ベルカの言葉で『謎の食通』を意味する名に揶揄をこめたのか、クア
ットロはレーツェルのことを謎の食通と呼んだ。
なるほど、語感は悪くない。
「おまえたちにしてはなかなかおとなしい任務だが?」
「……なにか勘違いをしているようですが。わたしたちは別に、騒乱をひきおこすのが目的で行動しているわけ
ではありません。今回も予想外の出来事が発生し、食通様に事態の収拾をお願いしたいだけで~す」
「……」
しらじらしい。いくらそのつもりがなくとも、結果的に混乱が起こるならば、それはおなじことだろう。レー
ツェルの顔に浮かんだわずかな嫌悪になにかを感じたのか、クアットロは肩をすくめた。
「話をもどします。ドクターとわたしたちが長年捜し求めている『レリック』が、ミッドチルダで発見されまし
た。『レリック』の反応をキャッチしたガジェットドローンが行動を開始。ですが、大量生産され、われわれの
手からはなれ、自立行動を開始したガジェットドローンはすでに遠距離制御をうけつけません。ですので早急に
外科的な手術が必要となりま~す」
「――それが『われわれ』ということか」
「はい。『あなたがた』のことですね。ああ、妙な考えをおこさないでくださいね。あなたの背には――」
「フッ……自分の立場くらいは理解しているつもりだ」
自虐をもって答える。いまは彼女達の犬同然だった。
「でしたら問題ありませんね。ではいまから転送の準備に入っちゃいますね~」
「了解した――」
(すまんトロンベ。わたしはお前を、濁天の空へ向かわせているのかもしれない……。だが、しかし)
レーツェルはモニターに映る風景を見た。
第187管理外世界の人間が発案し、ミッドチルダで秘密裏に建造された、人工冬眠施設の天井は、異様に高
く――ゆるやかなカーヴを描いていた――。
「レーツェル……いくのか」
操縦席から下ろされる紐状タラップに脚をかけようとしたレーツェルのまえに、男が歩み寄る。
大柄な長身にアッシュグレイの髪を刈り込んだ男。
銃器大勢、魔法主流のこのミッドチルダにおいて、どうしても場違いに見える『獲物』を腰につるした男。
名は――ゼンガー・ゾンボルト。
「ゼンガーか。参式のようすはどうだ?」
「あと半日ほどで使えるようになるが、まだ細かい調整が終らん。今回の出撃は見送らざるおえまい」
「そうか。では、わたしがさきにでるとしよう」
「……そうか」
レーツェルは、友の顔に深くきざまれた煩悶を読みとった。ゼンガーの巌のような顔には疲労の色が濃くにじ
んでいる。
迷い、という言葉がこれほど似合わぬ男もいない。ゼンガー・ゾンボルトを知るものならば誰もが納得できる
だろう言葉だが、いまのゼンガーの顔には、行動には、精神には、迷いの感情が浮き沈みしている。普段の竹を
割ったような、不器用でも迷いのないゼンガーからは想像もつかないような苦悩の表情。しかし、いまのレーツ
ェルには掛ける言葉が存在しない。
ゼンガーには力がある。護る剣と悪を断つ剣という、無双の力がある。だが、その振るう場所を、ゼンガーは
迷っているのだ。
何層にもわたる天井が異様に息苦しさを助長していた――。
「よかった。間に合いましたのね」
レーツェルとゼンガーは、声の方向へ振り返った。
「レモン・ブロウニング……」
ゼンガーがつぶやく。ATXチームの部下と同じ性をもった女性が、妖艶な笑みをうかべながら立っていた。
一人の赤毛の青年を連れて。
――リィンⅡ
『勤務日誌、あれこれ。五月十三日』
機動六課の決課式から数日たちました。
この数日間、なのはさんやヴィータちゃんの訓練をうけて、新人フォワード人のみんなは、みるみる成長して
きたように思えるです。
当初の予定にはなかったパーソナルトルーパーの運用も、ベテランの隊長さんや副隊長さんのサポートのおか
げで、いまのところ目だった問題は起こっていません。
それにしても――。
初めて間近で目にするパーソナルトルーパーをリィンフォースⅡは、ぽかん、口をあけて見上げていた。
リィンの目の前には白銀の装甲を地に、目が覚めるような青のラインがはしる機体。ベルカの言葉で『白騎士
』の名を持つパーソナルトルーパーは、PTにあまり詳しくないリィンにも、先鋭で軽そうな印象を与えている。
だが、ゲシュペンストよりはずんぐりとしていないヴァイスリッターでも、着せ替え人形サイズのリィンから
すれば巨大だった。まさにスケールが違う。
「はぁ~、やっぱり大きいですねぇ、パーソナルトルーパー」
「そりゃあリィンちゃんからすればおっきいでしょ。プラモデルのサイズスケールよん? コトブキヤあたりの
百四十四分の一?」
背後から掛かったからかう声に、リィンは頬をふくらませながらふりかえる。脇のあたりにジャケットを抱え
てエクセレンが笑っていた。
「むっ! そういう意味じゃないですよぉ! 標準的な魔導師、騎士の身長からしても、スケールが大きいなぁ、
って思ったのですっ!」
「そうそう。ちっちゃいのはリィンちゃんだけじゃないもんねぇ。ね、なのはちゃん」
「にゃはは……でもリィンは魔法で大きくなれますから」
エクセレンの後ろについてきたなのはが苦笑する。こちらも湯上りのようで管理局制服の上着を手にしている。
どうやらシャワー上がりのようで、なのはとエクセレンの髪はどこかしっとりとぬれていた。
「あ、なのはさん。午前中の教導おつかれさまでした。おかげでデバイスの最終調整もおわりましたよ~」
「そっちお疲れさま。リィンはいま休憩中?」
「はいです。それにパーソナルトルーパーって、あんまりみたことが無かったので、見学中です♪」
「と、いってもキョウスケのゲシュペンストとラミアちゃんのアシュセイヴァーは偵察任務中なんだけどね」」
エクセレンは愛機にちかより、空中でパネルを開く。リィンはエクセレンの肩越しから表示をみる。どうやら
武装の火気管制に関するデータらしい。
「ん~っと。セレクタ、モーションセレクタ……ここかしら? 空中砲台との連携、そのモーションプランって。
どうかしらなのはちゃん」
「あ、それです。たぶんそれをアレンジすれば……空中連携へ応用できます。わたしとエクセレンさんのコンビ
ネーション第一号にできるかも……ですね」
「ふふふ。シャワー室で肌をひっつきあわせて考えただけあるわね」
「……エクセレンさん。それを言うなら頭をつきあわせて……です」
リィンは首をかしげる。なんでなのはが顔をあからめたのかがよくわからなかった。とにかくエクセレンとな
のはが話しているのは連携戦闘のことらしい。新人たちはともかく隊長、副隊長格のなのは、フェイト、シグナ
ム、ヴィータは、すでにパーソナルトルーパーとのコンビネーションを模索している。
(コンビネーション――リィンもいくつか、プランを立ててもらったですけど……。正直、あんまり使う機会が
無いような――)
たしかアルトアイゼンとのコンビネーション……だったが、いまいち現実性にとぼしいものだった。
時間を見ていくつかのパターンを試しているものの、あまり成果はあがっていない。さまざまな要因が連携を
難しいものにしているのだ。
いくつかのプランが頓挫で終っているが今回はかなりの自信があるらしい。なのはとエクセレンの声が明るか
った。
「んと、どんなコンビネーションなんですか?」
「ダブルボルテッカって言ってね――」
「エクセレンさんがうそつきです……。なのはさ~ん」
助けをもとめて、リィンはなのはの肩に座った。なのはは苦笑しながらパネルを開き、データをとりだした。
「エクセレンさんの長距離射撃と、わたしのアクセル・シューターを順番にうちこんでいく形かな。弾幕を張り
ながら、機をみて一撃必殺の攻撃をあてていく射撃コンビネーション」
「結構むずかしいのよね~。魔導師の魔力弾は自由自在にまげられるけど――」
エクセレンは格納庫のハンガーに引っかかっているブーステッドライフルを指差した。
「アレとかは射線が曲がらないわけだし。うっかりなのはちゃん撃ったりしたらシャレにならないしね。無駄が
なく、それでいて有機的に組めるコンビネーションは組むのがむずかしくって」
「もうすこし鎌度があがってくれば、また別の方法もかんがえられるんですけど……。いまのところは、この形
で組んでいきましょう。いきなりキョウスケ隊長とエクセレンさんのようなコンビネーションは無理ですし」
「ランページのこと? あれはまあ、わたしたちの愛の力で完成したというか――。でもなのはちゃんでもぜん
ぜんオッケーよ。ああ、でも――」
エクセレンは淋しげに顔を伏せて言う。
「フェイトちゃんやはやてちゃんがいるもんね……残念」
「あの、どこからツッコミをしたらいいのかわからないんですけど……」
なのははこまったようにまゆを細めて言う。
(まだ出会ってからそれほど時間は経ってないはずですけど、会話のリズムがです……。仲良しさんですよね、
なのはさんとエクセレンさん)
ノリの良い姉とおとなしい妹の構図か。
(なのはさんもご実家にはしばらくかえってないようですから……懐かしいのかもしれません)
リィンフォースⅡにはまだ、親しい人と別れるという感覚がよくわからなかった。
――高町なのは
(それにしても――大分かわっちゃったな、ゲシュペンスト……)
なのははヴァイスリッターをみあげて思った。リィンはエクセレンにいろいろとレクチャーをうけているよう
だ。役職柄、なのはもPTには詳しいのだが、さすがに現役のパイロットとはおしえられるものが違う。どうに
も手持ちぶさになったなのはは、かつての戦友の姿をぼうっと眺めていた。三年前の空港火災からのつきあいだ
が、ゲシュペンストだったという面影は、脚や腰、ディティールにあるだけ。なのはが知る機体とは、もはや別
物といっても過言ではない姿になっていた。
厳重な情報統制があったのでスバルはしらないはずだが――。ヴァイスリッターの母体となったゲシュペンス
トmkⅡ量産試作型三号機は、スバルの救出に一役かっている。スバルの救出にいけたのは間違いなく、このゲ
シュペンストと当時のパイロット、エルザム・V・ブランシュタインのおかげだった。もっとも、そのエルザム
はなのはたちがいなければ、あの場は乗り切れなかった――と言っていたが。
(エルザムさん、か。わたしたちは管理世界の防衛で精一杯だったけど……)
コロニー統合軍のエースとして、L5戦役に参加していたはずだが、その後の足取りはさっぱりわからない。
ともに戦ったというキョウスケやエクセレンもわからないという。ただ、L5戦役後に彼らの上官ゼンガー・ゾ
ンボルトもいずこかへ出奔していることから、どこかで特殊任務についているのではないか、というのがキョウ
スケたちの予想だった。
(会ってみたいな……)
おなじ『教導隊』をかんする部隊の隊員として、なのはがおそわったものは多い。技術体系はもちろん違うが、
それ以上のメンタルな部分で、なのはは教導隊の面々とエルザムを尊敬していた。プロとして、自分の感情以上
に大義を優先するその姿勢やそこに見え隠れする強さ――。その強さが、大きな挫折からうまれていることを知
っても、なのははエルザムに対する感情を変えなかった。
『大義』と『大切なもの』を護ることに板ばさみになったとき――とるべき行動を教えられた、から。
「おっと、なのはちゃんもリィンちゃんも。そろそろデバイスルーム、いかなくちゃいけないんじゃない?」
パネルに表示された時計を示しながら、エクセレンが言い、なのははもの思いを中断した。
「あれ、もうそんな時間ですか?」
「そうよぉ。なんかヴァイスちゃんをじ~っと、恋する乙女みたいに眺めている間に時間がたっちゃったみたい
よ?」
「え――そんなに長い間、ぼうっとしていました?」
「……リィンが声をかけても、気がつかなかったです。リィンたちもずっとおしゃべりしていたので気がつかな
かったんですけど」
リィンが言った。なのはは髪に指を当ててみた。なるほど、たしかに髪の毛は乾ききっている。
「じゃ、いこっかリィン。って、リィンもシャーリーとデバイスの調整するんじゃなかったっけ?」
「あ――わ、忘れてたですッ! 先にしつれいするですよッ!」
「あ、リィン――」
とめるまもなく、リィンは飛んでいってしまった。根が生真面目かつ、ほがらかなリィンらしくはあったのだ
が、すこしあわて者というか落ち着かないというか。
「最近――ねむれてないんじゃない?」
だから、いきなり神妙な声をかけられてすぐに反応できなかった。その声色からはついさきほどまで、リィン
やなのはをからかっていた人物と、同じ人物だとはどうしても思えないほど、真剣な声だった。
声の主、エクセレンにふりかえったなのはは、大丈夫ですよ、と答えた。
「そうかしら? いまさっきだってぼうっとしていたし、明らかに最初あったときより体のキレがわるくなって
いるわよ」
エクセレンの指摘に、なのははおもわず舌を巻いた。見るところを見ている。表面だけでいえば、ノリがよく、
面倒見のいい女性に見えるエクセレンだが、時々みせる観察眼やするどい指摘は、彼女の内面が表面どおりでは
ないことを示している。同世代の友人達とはまた違う付き合いやすさをエクセレンに感じるなのはだったが、心
配されるのはだれよりも苦手だった。
「魔導師は体が資本。そうでしょ? 譲れる仕事は全部ほかにゆずりなさい。いくら若いっていってもいつか倒
れちゃうわよ?」
「大丈夫ですよ。それにわたしは教導官ですから。新人たちのプランを立てるのもわたしの役目です」
「――そう。ならいいわ。ごめんね、なのはちゃん」
「いえ」
「さて、わたしはこれから、待機しながらヴァイスの整備かしらね~」
う~ん、と大きく伸びをするエクセレンの背中に、すこしの罪悪感を抱きながらなのはは格納庫を後にした。
上着を纏う。休憩は終わり。午後にはデバイス実機をつかった訓練が予定されていた。
休んでいる暇など、どこにもない。
――ガジェット・ドローン参式
「彼」にとっては意味不明な独白。
騎士はわずかに露出した口元をゆがませていた。「彼」の感情認識装置は、その笑みを「懐古」によるものだ
『どこで間違えた?』と分析する――分析するものの、「彼」の記憶に騎士の姿は刻まれていない。
騎士の言葉がこちらの判断力抑制をねらったものだと判断し、騎士の台詞を思考から排除する。
ジェイル・スカリエッティの手により、「彼」が作成されてからまだそれほど時間は経過していない。 参式は必殺のタイミングを見計らって、待機させていた多目的アームを騎士に向かってたたきつけた。
起動してまだ日が浅く各種データの蓄積はすくない「彼」だが、先に稼働していたガジェット・ドローン壱式 参式はアームの命中コンマ01秒まえまで、騎士の表情をカメラに捉えていた。
の膨大な記憶<<ログ>>が「彼」には焼きつけられている。さらにはガジェットドローンの相互リンクシステムが 騎士の口元には、深い笑みが刻まれていた――。
「彼」の知識とデータをより正確なものにし、「彼」の判断力を高めていった。
その知識が「彼」にゆがんだプライドを植えつけていく。壱式よりも強固な装甲を持ち、弐式のように群れず「貫け――アスラーダ」
とも高い戦闘能力を持つ「彼」は、先にロールアウトした二機を心底から睥睨していた。
聴覚機能が故障したのだと「彼」は判断した。ソコから騎士の声が聞こえるはずがない。十センチも離れてい
己以上に、偉大なる父スカリエッティの力になれるものはいまい――そんな「彼」には強烈な自負があった。ない距離から、騎士の声が聞こえるはずがない――。
「彼」は己の能力限界をためすように、与えられた使命をはたしはじめた。壱式と弐式を文字通り手足のよう
に使い、いくつかのロストロギア『レリック』の確保を行った。 そして参式は、己の中心部に突き立つ『何か』の音を聞きながら、思考と機能を停止した。
――ガジェット・ドローン参式
『どこで間違えた?』
ジェイル・スカリエッティの手により、「彼」が作成されてからまだそれほど時間は経過していない。
起動してまだ日が浅く各種データの蓄積はすくない「彼」だが、先に稼働していたガジェット・ドローン壱式
の膨大な記憶<<ログ>>が「彼」には焼きつけられている。さらにはガジェットドローンの相互リンクシステムが
「彼」の知識とデータをより正確なものにし、「彼」の判断力を高めていった。
その知識が「彼」にゆがんだプライドを植えつけていく。壱式よりも強固な装甲を持ち、弐式のように群れず
とも高い戦闘能力を持つ「彼」は、先にロールアウトした二機を心底から睥睨していた。
己以上に、偉大なる父スカリエッティの力になれるものはいまい――そんな「彼」には強烈な自負があった。
「彼」は己の能力限界をためすように、与えられた使命をはたしはじめた。壱式と弐式を文字通り手足のよう
に使い、いくつかのロストロギア『レリック』の確保を行った。
今回も「彼」の有用性を証明するためだけにあるような簡単な任務のはずだった。
『どこで間違えた?』
思考ログへそんなテキストが踊ったことに「彼」自身驚いていた。
ロストロギア『レリック』を積み込んだリニアレールを強襲。機関のコントロールを奪い目標を達成。さらに
は撤収。計画としては損害はほとんどない――はずだったのだ。
だが実際はどうか? 航空戦力――弐式は二機のアーマードモジュールの攻撃で数を半減させ、リニアレール
に忍び込んだ騎士はリニアレールを操っていた壱式をことごとく粉砕した。
そして今に至る。
『どこで間違えた?』
もともと「彼」が練った布陣を知っていたかのように効率的にうごいた騎士は、すべてのガジェットドローン
を沈黙させつつ、「彼」の前に現れた。
白いコートに身を包む、敵対勢力。フードの下からのぞく両目がするどく参式をにらみつけている。
データベースと、騎士のデータを照合する。該当なし。
次に騎士の外見的特性と推定魔力値から戦力を分析する。
騎士の纏うコートは、偉大なる父スカリエッティが作り出したに「防御外套」シェルコートに酷似している。
しかしシェルコートは高い防御力とAMF発生機能をを両立した装備であるが、量産は難しく戦闘機人「チンク」
に供与されたあとには、生産されていないはずだった。だが騎士が纏うシェルコートに酷似した装備は、チンク
装備のオリジナルとほとんど変わらない能力を持っている。
では、これはなにか? 思考回路に走ったわずかな漣を無視し「彼」は分析を続ける。
「彼」が敵対する人間を騎士だと判断した根拠は、騎士の握るアームド・デバイスにあった。形状は槍。これ
も一般的に普及している種類のものではない。カードリッジシステムを搭載しているらしい。刃と柄の間に余剰
魔力排出機構が見える。最大瞬間出力はどれほどになるのだろうか。
あとは体格の情報を整理する。魔力によって身体を強化するベルカ式魔法の使い手に体格の情報は必要なかっ
たかもしれないが、「彼」はいつに無く慎重だった。できうる限りのデータを採集したかった。この後行われる
戦闘に関係する、どんな小さなファクターさえ見逃したくなかった。
騎士の身長は百八十センチメートル強。騎士の手足には優秀な反応をしめす筋肉。人体としてもかなり優秀な
ようだ。
「計算は終ったか――Ⅲ型」
声紋データ認識。確認、照合。該当なし。騎士がデバイスを構え「彼」にむかって矛先を向けた。
これで敵対する騎士のデータはあらかたそろったことになる。
「彼」はするすると、多目的アームを本体から露出させた。同時に中央部に搭載されている光学兵器をアイド
リング。AMFの出力を上げ、戦闘態勢に移行する。素性がどうであれ、任務の邪魔をするのならばしかたない。
できれば生きたままとらえたかったが、偉大なる父スカリエッティの技術なら、死体からでも十分なデータがと
れるだろう。
「また――おまえと戦うことになるとはな。これも因縁か」
「彼」にとっては意味不明な独白。
騎士はわずかに露出した口元をゆがませていた。「彼」の感情認識装置は、その笑みを「懐古」によるものだ
と分析する――分析するものの、「彼」の記憶に騎士の姿は刻まれていない。
騎士の言葉がこちらの判断力抑制をねらったものだと判断し、騎士の台詞を思考から排除する。
参式は必殺のタイミングを見計らって、待機させていた多目的アームを騎士に向かってたたきつけた。
参式はアームの命中コンマ01秒まえまで、騎士の表情をカメラに捉えていた。
騎士の口元には、深い笑みが刻まれていた――。
「貫け――アスラーダ」
聴覚機能が故障したのだと「彼」は判断した。ソコから騎士の声が聞こえるはずがない。十センチも離れてい
ない距離から、騎士の声が聞こえるはずがない――。
そして参式は、己の中心部に突き立つ『何か』の音を聞きながら、思考と機能を停止した。
「彼」の思考ログテキストには『どこで間違えた?』という、己への疑問だけが三十行にわたりのこっていた。
※投下終了。またミスった。もうイヤだぁ……で、ミザル番外編の次回予告をおっことしておきます。
『ラッド! 裏口は俺とエヴァンとジョーで固めた、このまま行くぞ! 』
「了解だ――ハーヴェイ! そちらもぬかるなよ! 羽々斬・ドライブイグニション!」
<<jaholl! >>
ラッド・カルタスの殺意を顕現するように、アームド・デバイス<<羽々斬>>が舞う。
六課が襲撃されたときに、もしもこの相棒があれば、すこしは被害を減らせたのではないか――ラッドは思う。単なるうぬぼれではない。羽々斬の性能がそれほど凶悪――否、優秀なのだ。
――
「報告は正確に。そうだろ、相棒」
<<……四十機。撤退をオススメします>>
「自分で退路を断っているからな……そんなかっこ悪いことはできんさ」
――
「「「「「ラッド・カルタス……わたしたちのメモリーに残る情報では、オリジナル素体に恋愛感情を抱いていた……」」」」
「そんな一斉にいわないでくれ。照れるじゃないか」
「「「「「われわれに協力すれば、わたしたちの一人が、あなたの想いに応えてもよろしいんですよ?」」」」」
「そいつぁ重畳。閨の友にはもってこい――かもしれんがな」
「「「「「彼女の思考情報も共有。あなたの望む『ギンガ・ナカジマ』になることも可能ですが?」」」」」
「それじゃ意味がない。女は口説いて然るべきものだ」
――
『カルタスどうした!? カルタスッ! カルタァァァスッ!』
――
何一つとしてわすれたくなかった。
空気のつめたさ、風のにおい、大地のやわらかさ。
どれ一つとっても、キャロは忘れたくない。この一年でたくましさを増したフリードリヒがキャロの頬をぺろりとなめた。
きっと――塩味がしたはずだ。あの人の役にたちたくて、ただそれだけではじめた管理局入り――。
しかし、隣に立つ少年やさまざまな出会いを、キャロは『機動六課』から貰っていた。
はじめて得る『家族』のような安心感。それも今日で終ってしまうと思うと――。
だから忘れない。忘れるものか。
この一分一秒を――。
最終更新:2008年02月14日 22:26