第二話「集結! 夜天の空に!(後編)//古い鉄の伯爵」
※スペシャルゲストが最後に登場します。
――キョウスケ
操縦者にかかるGすら完全に再現するPT用訓練シミュレーターのなかで、キョウスケ・ナンブは
模擬戦の開始を待っていた。
そして眼前のモニターに映っているのは都市戦を想定して作られた仮想空間。
陸専用シミュレーターは高度な物理再現機能を持っているため、目の前のビルは本物と同じ耐久力
を再現されていた。
物理再現機能によって本物と寸分たがわぬように作られたアルトアイゼンをシミュレーターのコク
ピットで動かすことで、実機と変わらない重量や耐久度を持つ機体を作ることができる。実機の消耗
を抑えることが目的だった。
さまざまな分野で主要地上世界の技術は第187管理外世界よりも数段進んでいる。
キョウスケたちにとっては夢のような話でも、ミッドチルダでは当たり前な技術となっている場合
が多かった。
シミュレーターの機能もその一つだった。
(魔法の理論も突き詰めれば、最先端の科学である……にわかには信じられん)
キョウスケも技術力の高さに純粋に驚いてはいるのだが――驚くよりも先に扱いにくさを感じてし
まう性格だった。
未知ゆえの扱いにくさ――アルトアイゼンの目の前に浮かんだ少女もそうだった。
赤い髪を三つ編みにまとめ、宙を浮遊する魔導師――。
(いや、アームドデバイスとやらを使う魔導師は――騎士だったか?)
キョウスケはコクピットで首をかしげた。どこがどう違うのか、まだよく理解できていない。ただ
し――鉄槌の騎士ヴィータと鋼鉄の伯爵グラーフアイゼンが放つプレッシャーは、敏感に感じ取って
いた。
頭の芯が冷える感覚。グラーフアイゼンの鈍色の光がやけに冷たい。
パーソナルトルーパーのくるぶしにも満たない身長の少女が生み出す冷たい圧力は、コクピットの
温度を数度低下させていた。
さらにヴィータの異装がキョウスケの不可解を助長する。
(あの服もミッドチルダや管理世界では別の意味があるのかもしれん……油断はできんな)
キョウスケは微妙に勘違いをしたまま装備の確認をはじめた。
右腕のリボルビングステークに炸薬を確認し、左腕の三連マシンキャノンの弾数を確かめる。
背部のハードポイントにはステーク用のリローダー、接近戦用のコールドメタルナイフ。
大腿部には二挺のGリボルヴァーが嵌まる。
追加した武装はすべて、旧世紀から使われつづけた武装をパーソナルトルーパー用に巨大化させた
もので統一されている。
(ヒートホーン、クレイモア作動確認。こい、ヴィータ副隊長……)
――ヴィータ
グラーフアイゼンの待機を解除したヴィータはアルトアイゼンをにらみつける。ベルカの言葉で<<
古い鉄>>の名を持つパーソナルトルーパーが、いまにも襲い掛かって来るような気がしたからだ。
もちろん、シミュレーターでつくられた現実には存在しない機体だったとしても、視覚から与えら
れるプレッシャーは絶大だった。飛行魔法で宙に浮かんでも、二十メートルあるパーソナルトルーパ
ーとの質量差が変わるわけでもない。
視界のすべてがアルトアイゼンの赤い装甲で埋め尽くされる。
一本角の甲殻蟲をおもわせる頭部。特機級の装甲すら貫通する杭撃ち機。
現存するパーソナルトルーパーには見られないほど巨大な肩部。
どれ一つとっても従来機からぬきんでているが、パーソナルトルーパーという分野において最先端
でもある。
(なのはがこの模擬戦を認めたのは、新人達にパーソナルトルーパーとの戦い方を見せるためだ)
陸士学校でもまだ本格的にはおしえられていないパーソナルトルーパーやアーマードモジュールへ
の対応法を、なのはは新人達に教えるつもりなのだ。見通しのよいヘリポートから、なのははヴィー
タの動き方やキョウスケの機体のとりまわしを分析し新人たちにレクチャーするのだ。
(あたしも自身もパーソナルトルーパーとの戦闘経験はあんまりねえ。まあ、できる限りのことをす
るっきゃないんだけど・)
グラーフアイゼンを握り締める。相棒のグリップはいつでも冷たく冴えわたる。てぶくろ越しに伝
わる冷たさは、いつでもヴィータの心をニュートラルに戻してくれた。
(レリック関連で、キョウスケなみの物騒なヤツがいるかはわかんねえけど――いろいろやらせても
らうぞ……キョウスケ)
『キョウスケ隊長、ヴィータ副隊長。シミュレーターの準備がすべて終了しました。お二人のタイミ
ングではじめてください』
どこか緊張した声色のシャーリーの声に了解、と答え、ヴィータはキョウスケに通信を送った。
「さっきも言ったようにこっちは全力でやらせてもらう――。カウント15でいくぞ、キョウスケ。
シャーリーはカウントをたのむ」
『了解――』
キョウスケが無愛想に答えた。
戦いの火蓋が落とされるまで、あと十五秒――。
遠く、ヘリポートで二人の対決を見つめる面々は、さまざまな表情を浮かべていた。
パーソナルトルーパーの大きさに驚いている者や、その巨体を前にしても一歩も退かないヴィータ
の姿に感心する者。戦闘中の動き方を考察する者。
冷や汗を浮かべているのはなのはとエクセレンの二人だった。
キョウスケとヴィータの、加減をまるでするつもりのない言動が不安で仕方ない。
なのはとエクセレンはしばし目線をあわせてから、キョウスケとヴィータに通信を開く。
なにか一言いっておかないと、決課式当日からとんでも無いことが起こる気がしてならなかった。
零――のカウントと同時に両者はめまぐるしい思考の攻防をはじめ、可能性の淘汰を開始する。
――キョウスケ
さきに『攻撃』をしかけたのはキョウスケ・ナンブと古い鉄<<アルトアイゼン>>。
左肘のモーターが甲高く鳴き左腕を持ち上げた。装備された三連マシンキャノンの銃口が、鉄槌の騎
士に向けられる。
「射撃は苦手なんだがな。四の五のいっていられんか!」
アルトアイゼンは機動力で圧倒的に負ける。ましてや接近戦を得意とする騎士が相手だ。張りつか
れればそのまま一方的に攻め立てられる可能性もある。ならば、苦手とする射撃をつかってでも、あ
る程度の間合いをとらなければならない。
――ヴィータ
『回避』を選択した鉄槌の騎士<<ヴィータ>>と鉄の伯爵<<グラーフアイゼン>>。
騎士としてのプライドがほんのわずかだけ回避を躊躇させたものの、五十メートルは離れた間合い
を保つ両者の優劣を一瞬で判断する。。
三連装マシンキャノンが火を噴く前に誘導魔法弾シュワルベフリーゲンを展開できるか?
迎撃したあと懐に飛び込めるか?
ラケーテンシュラークを展開して懐に飛び込みコクピットを打てるか?
(ちっ、無理だな)
ヴィータは回避を選択した。設置、発射にタイムラグがあるシュワルベフリーゲンとマシンキャノン
では、わずかにマシンキャノンの一斉射のほうが早い。銃弾をシールドで防ぎきれる自信はあったが、
その選択は――猛烈に嫌な予感がする。頭の芯が選択に警鐘を鳴らしていた。ラケーテンフォルムも
同じ理由で却下。もう、コンマ何秒か思考が早ければ、展開することも可能だったかもしれないが、
もはやその選択はない。
一手さきを考えれば回避も悪くはない。ヴィータは林のように並び立つビル郡を視界の端にとどめ
ていた。
この時点で僅かに零秒半――。
マシンキャノンが火を噴いた。
シミュレーターにより細部まで再現されている弾が空気を引きさいて飛ぶ。
ヴィータは射線を見切り、直角方向へと身体を泳がせる。目の前を銃弾が通り過ぎ、射線は初弾の
軌道から移動しない。想像よりもしつこくない射撃だった。
(射撃の腕は――あんまりよくねえか)
フェイントもブラフもない、ただ撃っただけの直射。弾幕をかいくぐって反撃に転じることもでき
たが――やはり勘が働いた。ヴィータはそのまま飛び去った。
――キョウスケ
三連マシンキャノンの射線をヴィータに向けた、が。ヴィータは赤い騎士甲冑の残影をのこして、
アルトアイゼンの視界から飛び去っていた。銃弾がむなしく射線上にあったビルに殺到する。壁面に
は弾痕だけがのこっていた。
「やはり射撃はうまくない……だが突っ込んではこなかったか」
キョウスケが次の動作パターンに用意していたのは、『切り札』というモーションプログラム。ア
ルトアイゼンがもつ全弾を対象に打ち込む、避けられたら後が無い、アルトアイゼン最強のジョーカ
ー。ヴィータが足を止めるなり、反撃に転じてくるなら即座に使うつもりだった。アルトアイゼンの
瞬発力を持ってすれば、一瞬でも足を止めたヴィータをしとめるのは簡単だった。
――ヴィータ
飛翔するヴィータは自分の判断の正しさを知った。PTは人体を模している。視界がビルに阻まれ
る一瞬前、僅かに前傾したアルトアイゼンからヴィータは予感の理由を理解した。
「あぶねえ奴」
なのは以上のむちゃくちゃをやろうとしていた男をそう評価しつつ、ヴィータはアルトアイゼンか
ら完全に死角となるビルに侵入した。薄暗いが、精密に描画されたビルはそれだけで魔導師や騎士の
姿を隠す障害物になってくれる。
息を整える。それぐらいの余裕はすでに稼いでいた。
「あんまり得意な戦法じゃねえけど……」
ヴィータは指先にビー玉ほどの大きさの鉄球を生み出した。自らの魔力を削って生み出す、魔力の
物理結晶体。
「はぁぁぁぁ……」
唇からもれる吐息に呼応して、四基の鉄球がヴィータの手から離れる。銀色の表面をなぞるように、
真紅の魔力光が鉄球を覆う。ヴィータの足元に魔力光と同じ色の魔方陣が刻まれた。ベルカの魔法陣
が陽炎のように顕われ吹き上がる魔力が騎士服をひるがえす。
ヴィータは目を閉じ、耳に集中した。
――キョウスケ
キョウスケはセンサーに目を走らせる。ヴィータの姿はビルにかくされてどこにもなかった。レー
ダーにも何も写っていない。魔力を感知するレーダーはまだアルトアイゼンに搭載されていない。
(なんにせよ……これではな)
キョウスケはアルトアイゼンの歩を注意深く進めはじめた。注意深く。獣が獲物を探るがごとく。
ビルのガラスが振動でリビリとゆれていた。
轟音に似た足音はアルトアイゼンが重装甲、超重量の機体であるためやむおえまい。
キョウスケも危険は分かっていたが、抜き足差し足しのび足などという芸当は、アルトアイゼンに
は求めない。
「いつ仕掛けてくる……ヴィータ」
――ヴィータ
ヴィータはわずかに揺れるガラス戸と足音からアルトアイゼンの位置を割り出した。グラーフアイ
ゼンを手首で一回転させる。手に染み付いた相棒の重みを頼もしく思いつつ、語る。
「あんなデカブツ。はずすわけにはいかねーよな」
<<ja>>
グラーフアイゼンは承知と応えた。
「時間差でやるぞ。狙うのはあいつの右腕だ。さきに間合いをぶっ潰す」
ヴィータはグラーフアイゼンを振りかぶった。地面と平行に位置を変えた四つの鉄球は、より強く
魔力光を輝かせながら主の号令を待つ。
(ここだ――!)
ヴィータの目が見開かれた。真正面にある窓の百メートル先にアルトアイゼンの姿が見える。まだ
キョウスケはヴィータに気がついていないらしい。ヴィータは思わず片頬を吊り上げた。でかい的だ
った。
「いくぜ、アイゼンっ!」
<<Schwalbefliegen!>>
「ぶっとべぇ!」
ヴィータはグラーフアイゼンの先端、鎚の部位で宙に浮かんだ鉄球を叩く。
甲! 甲! 甲! 甲!
子気味のいい音がビルに響き渡った。正面のガラスを撃ちわる。飛燕の別名をもつ魔法弾がアルト
アイゼンに向かって発射された。
――キョウスケ
「むっ!?」
キョウスケはモニターに異常を感じた。
アルトアイゼンから向かって右側――赤い光点が迫った。
「魔力弾か! やってみせろ、アルトッ!」
左右をビルに挟まれていなければ、まだ回避の余地はあったかも知れない。
だが、アルトアイゼンの機体特性は分厚い装甲にある。両腕をコクピットの位置で構え飛来する魔
力弾頭に備えた。
飛来した魔力弾が、アルトアイゼンの装甲を打ち砕く。
「く……けっこうゆれるな」
魔力弾は取り回しのしやすい三連装マシンキャノンに直撃し、機能を完全に沈黙させた。
機能停止を確認するより前に、再び魔力弾がビルの隙間から飛び出してきた。
もう使い物にならなくなった左腕をふりまわし、魔力弾をわざと破損部に当てた。左腕で消し飛ば
せたのは二発のみ。もう二発は右肩口とスクエアクレイモアのカバーに直撃する。
「これで左腕はアウト――いや、まだ使えるか? 動力供給を最低にすれば、手持ちの物くらいなら
使える」
砲身はひしゃげ、マシンキャノンは見るも無残な醜態をさらしていたが、左腕の機能はまだなくな
っていない。大腿部のハードポイントに収まっていたジャイアントリボルヴァーのグリップに指を掛
け引き抜いた。
ここでヴィータは一つの失敗を犯している。
アルトアイゼンの固定武装の中で、三連マシンキャノンは比較的は長大な射程を誇る。相手の間合
いをつぶすという意味では、マシンキャノンの破壊は有効であり、ヴィータの考えは正しかった。
しかし、大火力と重装甲で正面突破というコンセプトを与えられたアルトアイゼンの真の武装は―
―。
アルトアイゼンの二時方向から、シュワルベフリーゲンが迫っていた。
第三射目。一射目、二射目とはまた方向が違う。
キョウスケは二時方向へアルトアイゼンをむける。
キョウスケがコクピットのペダルを踏みこむ、アルトアイゼンの背で青白い炎が爆発した。体中の
血が進行方向の逆に叩きつけられ、内臓が身体に重くのしかかる。
(ここまで再現してくれるとはな――!)
いつもどおりといえばいつもどおり過ぎる加速Gにキョウスケは口元をゆがませた。その間にアル
トアイゼンはビルの群れを飛び越える。
「加速がうまく稼げなかったが――短距離ならいけるはずだ。伊達や酔狂でこんな頭をしているわけ
ではないぞ!」
ヒートホーンは両腕が損傷したときのため、または意表をつくための武装だった。一本角が紅く灼
熱する。センサーに使われるべきエネルギーをヒートホーンに供給。パーソナルトルーパーの装甲す
らきりさける熱量を発生させたヒートホーンを掲げ、アルトアイゼンは最頂点から自由落下し眼下の
ビルに向かって落ちる。
――ヴィータ
超重量のアルトアイゼンが上空からつっこんで来た。窓から見上げるヴィータは頬を引きつらせる
よりも前に、逃れなければならなかった。シュワルベフリーゲンで叩き割った窓に身を躍らせ、最大
戦速でビルから飛び出した。
地面が震えた――いや、上下したといったほうがいいかもしれない。続いてバリアジャケットが標
準装備する防護フィールドすら突き抜ける轟音がヴィータの耳朶を叩く。思わず耳をふさぎたくなる
――墜落音。
背後を振り向く余裕はなく、ある程度の距離を置いてからアルトアイゼンを知覚したヴィータは、
アルトアイゼンの重量で地面が陥没している光景に冷や汗をながす。アルトアイゼンはよくも膝関節
が脱落しないと思えるほど地面に足をうずめ、ヴィータがいままで隠れていたビルをその重量と熱量
で一刀両断にたたき斬っていた。
(フリーゲンも一射目、二射目って発射位置を変えてたのに三射目であたしの動きを読みきった――
? 分かっちゃいたがとんでもねー良い勘してやがる……)
ヴィータはフリーゲンの照準をつけるため、アルトアイゼンを目視できる位置にいなければならな
い。その条件を前提にしても、数ある建物のうちからヴィータの位置をわり出すには、経験に裏づけ
された勘と、その勘に賭けられる度胸が必要なはず。それをアルトアイゼンとキョウスケ・ナンブは
やってのけた。
心臓が痛いほどの鼓動を刻む。氷のようにあるべき戦闘時の精神に、力強い炎が灯るのに、ヴィー
タは気がついていた。好敵手は紅い甲殻虫のごとき巨人を駆り、鉛と鋼の銃弾で襲い掛かってくる。
アルトアイゼンのセンサーがギラリ、と強く輝いた。半身で振り向いたアルトアイゼンは間違いな
く頭部カメラでヴィータをねめつけ、左指先に握られた銃を向けた。
(わるいけど、今度はこっちの順番だ――キョウスケ・ナンブ!)
機関部から伸びるストック。弾を内包するためのシリンダー。リィンⅡをそのまま詰めてもまだあ
まりある大口径の銃口。ジャイアントの名に恥じないリボルヴァー。見た目のインパクトもさながら、
決してこけおどしではない威力を誇るのをヴィータは知っている。
アルトアイゼンの指先が震える――コック・オフ。もっとも原始的なつくりの銃器は、引き金が引
かれるとほぼ同時に、内蔵されたハンマーを雷管に叩きつけ、炸薬を爆発させる。
ふたたびの轟音。
だが、ロックオンから発射までのタイムラグが大きすぎた。
「アイゼン!」
<<Raketenform!>>
ヴィータのアームドデバイス<<鉄の伯爵>>のハンマーヘッドが、グリップから跳ね上がり、フォル
ムを変化させる。
相似形のシルエットをくずし、鎚頭の片側を山形のブレードスパイク、もう片方をジェットノズル
へとかえる。
さらにジェットノズルから魔力を噴出。推力で加速したグラーフアイゼンをヴィータはおもいきり振
りぬいた。
魔法で強化していなければ、腕が吹き飛んでいてもおかしくない――そんな手ごたえ。グラーフ
アイゼンは眼前にせまっていたGリボルヴァーの弾丸の正面を穿ち、直撃の軌道から弾体を反らした。
グラーフアイゼンの変形から固定までの時間差を感覚的に知っているウィータは、弾丸の着弾よりも
はやくラケーテンフォルムを展開できると確信し、その確信に乗った。
弾速は懸案材料だったが、ヴィータが軌道を見切るには十分な速度だった。Gリボルヴァーの弾丸
は狙いを大きくそらしてヴィータの背後へ抜ける。
わずかの間をおいて、Gリボルヴァーのシリンダーが回転した。
これくらいで怯む相手ではないのはヴィータも認識していた。
アルトアイゼンがふたたびマニュピレータのモーターを駆動させ、トリガーに掛かった指先を屈折さ
せる。
大きく振りかぶったラケーテンシュラークで、大気を擦過させる弾丸を叩き落しつつ、ヴィータは
単発式火器が再び火を拭くまでのわずかな間に距離を詰めていく。
どん。
撃ち出されるたびに腹に響く重低音と、はきだされる銃弾をグラーフアイゼンで叩き潰す。
しかし――あまりに単発で、デコレーションのない戦い方。
ヴィータの頭の隅にアルトアイゼンの両肩にしこまれている物騒な武装が浮かんだ。が、突進はや
めない。ラケーテンフォルムの加速に乗り、再び飛来する弾丸を叩き落した。
シリンダーの正面から見え隠れする銃弾の数は六。そのうちすでに五発放たれている。
故意に――だろう。ヴィータは思った。あまりに看破しやすいのは、看破させることにキョウスケ
の意図があるのか、それとも本当に不器用なだけなのか、そのどちらかだろう。
Gリボルヴァーが最後の弾をはじき出した。ラケーテンの加速時間もそろそろ終ってしまう。そう
なる前に、ヴィータはアルトアイゼンのリボルビングステークとヒートホーンを砕きたい。
止めとばかりにラケーテンの先端を、アルトアイゼンのGリボルヴァーに叩きつけ機能停止におい
こむ。勢いを殺さずにそのままつっこむ。
不意に、ヴィータの眼前に、突如として真っ黒な空洞が現れた。
いままで半身のむこうに隠れていた、もう一丁のGリボルヴァーがヴィータの眼前に突きつけられ
ていた。
「しまった――!? なんてなっ!」
突きつけられた銃口を蹴る。ヴィータの紅い靴に蹴られた銃身はそのガン・サイトの方向を完全に
あさってに向けた。ただむなしく、轟音だけが響く。
天、瞬。
紅い少女のゴシックドレスが翻ったのは刹那。すでに手を出せる武装をうしなった<<古い鉄>>は身
動き一つさせず――機体に鎚の先端をうがたせた。
鋼に鉄が食い込んだ。ラケーテンハンマーはコクピットハッチを叩き抜き、ラケーテンフォルムの
先端は中のパイロットを絶命の境地に追い込む――。
否――。
アルトアイゼンはわずかに上体を引き、グラーフアイゼンの致命打を避けた。
グラーフアイゼンが砕いたのは、装甲のみでコクピットまで届くものではない。
そのうえ後部ジェットノズルから噴出される魔力も止まり、ラケーテンシュラークの加速は収まっ
た。
勝負が決まると思っていたヴィータは引くか、押し込むか、迷う。
(どうする――!?)
アルトアイゼンの手がヴィータを包み込むように迫った。
攻め手をうしなったヴィータは眼前を埋める装甲と迫るマニュピレータのあいだからすり抜けて間
合いをとる。
間合いを離してから――背骨と腰の辺りに氷を叩きつけられるような悪寒を感じる。
肩のカバーが開き、内側の小型コンテナが見えた。
やばい。
それはやばい。
避けられそうにない。
わずかな、戦闘をしている人間にしかわからないわずかな両者の呼吸の隙間を経て。
ヴィータはグラーフアイゼンに指示を飛ばした。
――キョウスケ
うっすらと額に浮かぶ汗がキョウスケの驚愕をあらわしている。
無愛想と呼ばれる男に生まれた、そのわずかな驚きの色を見分けられる人間ははたしてどれだけい
るだろうか。
(このシミュレーターはリアルすぎる)
現実に匹敵するリアリティのある映像。ヴィータの纏うバリアジャケットの赤が走りコクピットを
貫かんとする鎚の迫力に、キョウスケはアルトアイゼンの上体を後部にそらした。
結果としてはヴィータの技は不発に終わり、コクピットをつぶされることはなくなったが、グラー
フアイゼンの先端が迫る光景はキョウスケの脳裏に刻まれた。
「魔法か――」
キョウスケはつぶやき、アルトアイゼンの両腕を稼働させた。
コクピット付近の装甲版にグラーフアイゼンをうずめているヴィータに手を伸ばしつつ、火器管制
の表示されたパネルに目をはしらせスクエアクレイモアが正常に使えることを確認する。
マニュピレータと自らが打ち抜こうとした装甲の隙間をするりと抜け出したヴィータは、アルトア
イゼンの真正面で止まっていた。完全に体勢を崩している。
「この間合い……もらった!」
スクエアクレイモアの火器管制シークエンスが発動。
両肩のカバーが上下に開き、ベアリング弾を格納したコンテナが露出する。後は安全装置を兼ねそ
なえたコントロールスティックのトリガーを指先でおさえつければ――。
「クレイモア……! 抜けられると思うなよ……!」
トリガーが引かれる。名のとおり、円形に固められた特殊チタンがコンテナ後部の炸薬ではじき飛
ばされる。切りつめたショットガンの散布界に近い、ばら撒かれた弾丸を避ける術はどこにもない。
ましてやこの近距離ならば、いくら騎士の機動力をもってしても回避は難しい、ベアリング弾の嵐が
吹き荒れる。
ベアリング弾の嵐はヴィータの姿がかき消し、コンクリートやビルの壁面にチタンの弾痕を穿つ。
チタンに粉砕された材料と両肩からあがるガン・スモークが粉塵となって周囲を覆い隠していく。
「ぬ……?」
煙ではっきりとしない視界に明るい光が灯る。彼女の衣装とおなじ紅朱の鉄球――しかしさきほど
の魔力弾とは大きさが違いすぎる。鉄球と形容してもうしぶんないほどの大きさを持つ魔力弾が、ア
ルトアイゼンに迫った。
「!」
キョウスケは驚くよりもさきにアルトアイゼンの腕部で頭部カメラと操縦席をかばった。
リボルビングステークのシリンダーに激突し、跳ねた鉄球は頭部天頂部のヒートホーンに当たって
くだけた。待機状態となっていたヒートホーンはいとも簡単に鉄球にはねとばされ、くるくると空に
舞った。火器管制を表示したディスプレイのいくつかにレッドサインが灯る。
ヒートホーンは刃の中腹から断ちわられ、リボルビングステークはシリンダー部を損傷していた。
鉄球の衝撃でステークのシリンダーが回転しない。魔力の残滓が損傷した部分に残り、蛍光塗料を
ぶちまけたかのように赤く発光していた。
「ステーク自体は無事――だがリロードは無理か。動作不良を考えれば使いたくはないが――」
残っている武装は、片方が弾切れを起こしているGリボルヴァーが二挺。リロードできなくなった
リボルビングステーク用のスピードローダー。武装とは言いがたいアルトアイゼン自身をぶつけとい
う特攻と肉弾。
(ここまでやられるとは――)
キョウスケは口元をひき締めた。
使い手にもよるが、魔法という概念が想像よりも危険だとキョウスケは気がつく。副隊長のヴィータ
がこれだけの実力を持っているならば、その隊長となる高町なのはやフェイト・テスタロッサ・ハラ
オウンはどれだけの実力をもっているのか。
元来、キョウスケたちから見れば超技術をもっている魔導師でも、PTとの質量差は無視できない。
そのうえ自身の体が『損傷』の対象となる魔導師と、手足が千切れてもまだ戦いが続けられるPTで
はタフの面でも差ができているはずなのだ。
キョウスケはその戦力差を互角にまで持ってこられる魔導師――騎士をみたことがなかった。
(コンビネーションの件も含めて、隊長たちとも模擬戦をやっておくのも手か――。だが、今は)
海から掛けてくる風が立ち込めていた煙を払っていった。
朱で染め抜いたような紅色のスカートが踊る。
「そうか。あれで耐えしのいだのか……」
ヴィータはキョウスケの眼前で不敵な笑みを浮かべていた。彼女の腕には、まるでPTの武装にあ
るような角柱型の鎚があった。さきほどのヴォーピックとは違い、重さと質量で対象を叩き潰すたぐ
いのもの。おそらく巨大化した鎚頭を盾がわりにクレイモアの嵐をしのぎきったのだろう。
鎚にはクレイモアが当たった跡があった。角のある部分がひしゃげてへこんでいる。
だが、それが精一杯だったのか。ヴィータの笑みが突如苦しげなものに変わった。
(魔力を吸収、生成するリンカーコアのがリンカーコア。リンカーコアに蓄えられた魔力を消費する
ことで魔法は発動する。だがリンカーコアは精神や肉体と綿密にかかわり、消費しすぎた場合は人体
に悪影響をおよぼす……。俺のにわか知識ではこんなものだが……)
ヴィータの様子を見る限りそれほど外れているとはおもえない。さきほどとはうってかわって、肩
で息をし、両腕をだらりと下げてしまった。顔色はうしなわれ、鎚をもっているのもつらそうな表情
を浮かべている。
(分けるべき……だな)
キョウスケは教導をうけもっているなのはに通信をひらこうとし、機器に指をのばした。
『おい……もしかして中止しようとしてんじゃねえか……?』
その前にヴィータから通信が入った。
「そのつもりだ。俺やアルトはともかく、そちらの体力が持つまい」
『余計な……心配してんじゃねえ……」
「……この後すぐに出撃があったらどうする。まだ足手まといの域をでない新人たちをつれて、おま
えは出撃できるか?」
『……』
「プロだろう。模擬戦はここで終了だ。聞いていたか? なのは隊長」
オープンにされていた通信に、なのはが答えた。
『……模擬戦はもともと決着をつけることは重視していません。ここで模擬戦を終了とします。お二
人ともおつかれさまでした』
『なのは……わかったよ』
不承不承といった形でヴィータはうなずきグラーフアイゼンの武装を解いた。
模擬戦はこうして終了した。
キョウスケは真っ黒になったモニターの前で腕をしばらく腕を組む。しばらくしてシャリオに通信
を開いた。
「シャリオ。状況終了直前のリボルビングステークのデータを回してれ。それと技術的な見地からス
テークが正常に動作する確立はどれほどだ? 俺は五分五分だと思っているが……」
「たぶん……九割の確率で正常作動はしないと思います」
キョウスケの予想は大きく外れていた。が、予想がはずれていたことをおくびにも出さず、キョウ
スケは続ける。
「……ジャミングが発生した場合のダメージは」
「右腕部の欠損、最悪の場合肩部が脱落するかもしれません。このあたりは整備士の方が詳しいとお
もいますが……一体型のGフレーム系は、ダメージが伝播していく可能性がありますので」
「……そうか。では戦闘データとともに、そのあたりのデータもまとめて送っておいてくれ。ヴィー
タ副隊長にな」
「え?」
「以上だ。頼んだぞ」
キョウスケは通信を切り、シミュレーターを出た。
――八神はやて
稼働初日にしてはなんの問題も無くすすめられ、その日を終った。一息つく
本局から帰還した八神はやては、自らの守護騎士たちと遅めの食事を採っていた。
だが、守護騎士とはやてが囲む席にヴィータの姿はない。
「それで……いったいどうしてあんなことになってるん?」
「ふふふ……えっと、思い出すだけでわらっちゃうんですけど……」
シャマルとシグナムの微笑に、はやては小首をかしげ、その一種異様な光景を見た。
高町なのはとヴィータ。この組み合わせならば、不自然でも不思議でもない。十年前から付き合い
のある友人で、仲の良い従妹同士のような関係でもある。だから二人が夜の安息を経るまえにテーブ
ルを囲んで『トランプ』に興じる光景も、彼女達をよく知る人間が見れば自然なことだと思えるだろ
う。
問題はなのはとヴィータと共にテーブルについている、キョウスケ・ナンブの姿だったりする。
「みんな今日合流したんやから当然やけど……いままでみたことのない光景や」
ちびだぬきもいささか予想外。狐につままれたような表情ではやては三人を見た。
涙を目の端に貯めもうゲームから降りたそうななのはと。嬉々としてなのはの手からトランプを一
枚ひったくるヴィータと。ヴィータの手札から無言で一枚ひったくるキョウスケ。
えらく迫力のあるババ抜きだった。
「んと、もしかしてババ抜きじゃなくてジジ抜きか?
「そうです、主はやて。最初はポーカーという提案があったそうなのですが、ヴィータが不慣れだと
いうこともあり、ジジ抜きに変更されました。こういう事態になった経緯ですが――」
生真面目なはずのシグナムが、破顔一笑。思い出し笑いをはじめ、つられるようにシャマルが笑っ
た。はやてはすこしムクれる。ひとりだけ情報からおいていかれた気がした。
シャマルが指先でパネルを操作し、はやてのほうへ向けた。
「午前中の模擬戦データ? なんや、ヴィータのTKO負けか」
なのはかヴィータから報告を受けようと思っていた内容だ。魔導師や騎士、パーソナルトルーパー
の運用面でも参考になるはずのデータ。アルトアイゼンのスクエアクレイモアをヴィータがギガン
トフォルムで粉砕。そこでヴィータの体力と魔力が減少し、模擬戦は終了となった。
「でもヴィータもおしいとこまではいったんやな。キョウスケ隊長あいてにここまで迫れれば、なか
なかやない? ヴィータにはリミッターもついてるんやし」
はやての疑問にシグナムが言う。
「……ヴィータの体力や魔力残量をみれば、ヤツのTKOという結果になるのですが、どうやらこと
はそんなに簡単ではないようでして。こうなったきっかけはリボルビングステークの破損状況をまと
めたデータを、キョウスケ隊長がヴィータに送ったのが原因のようで……」
「リボルビングステーク? コメートフリーゲンでシリンダー部を破損って書いてあるけど……」
「ええ、そうです。シャーリーやホクトによれば、その破損状態でリボルビングステークを使用して
も、本来の威力発揮や正常動作をできる確率は九割をきり、場合によってはアルトアイゼン自体に深
刻な被害をもたらすようです。そのことを考えると……一概にヴィータの敗北とは言いがたいところ
がありまして」
「……なるほどなぁ。模擬戦をもういちどやり直すわけにはいかないから、ああやってトランプで勝
負をつけようとしてるわけかぁ。道理はとおっているけど、どうしてなのはちゃんまで?」
「なのはは、お目付け役を――ブロウニングから頼まれたそうです」
「――本人は?」
「新人達とシャワーを」
「エクセレンさんの部屋は――ラミアさんといっしょやろ? たしか自室にシャワーがあったはずや
けど……新人達とシャワーをいっしょにする意味は?」
「新人達の発育状況を確認しコンビネーションの考察に加えたいらしいです」
意味ありげな視線をシグナムははやてにむける。なにか言いたげな表情だった。
視線の正体に心当たりがあったが、はやては無視することにした。
「なのはちゃん、人良すぎや……」
『あの――はやてちゃん、みんな、助けて……』
ひさしく見たことのない顔で、なのはがはやてに精神通話をおくってきた。いまにも泣き出しそう
な、とまどった表情で。
『ま、まあもうすぐエクセレン副隊長もかえってくるんやし、もうちょっと相手してあげて』
『で、でもエクセレンさんを待ってたらキョウスケさんが……大変なことになっちゃう……』
『はい? キョウスケ隊長がどうしたんや?』
『……もう今月のお昼のデザートぜんぶ、スターズ、ライトニング全員におごってくれることになっ
てるんだけど……』
「ぶっ!?」
口にふくんでいた水をはやては噴出しそうになった。
『待ってや! ちょっと前にはじめたんやろ、ジジ抜き』
『三十分くらいまえから……でもキョウスケさんがいちども上がれなくて、そのうえレートがどんど
ん高くなっていっちゃって。最初は一日、次に三日、一週間、一ヶ月……それで最後の三回がそれぞ
れフォワード陣へのおごりで……いまの勝負がロングアーチスタッフ全員におごるっていう……』
なのはのたどたどしい精神通話がなまなましい。いったい金額のうえではいくら負けているのだろ
うか。
そのとき、ヴィータがばん、と椅子をはじきとばして立ち上がった。
「よし! あたしの上がりだ。ロングアーチにも一ヶ月間デザートおごりだかんな」
「――」
ヴィータが手にしていた手札を場に捨て上がりを宣言する。
キョウスケは口元を強く引き締めていた。見かけのうえではあまり賭け事に反応しているようには
みえなかったが――。
『キョウスケ隊長……もしかして次は絶対に勝てると言って、そっせんして負けていくタイプ……?
』
『うん……とにかく引きがわるくて……』
指揮官研修時代、ストレスからギャンブルにのめりこんでいった同僚がそんな負け方をしていた。
最終的には消費者金融に追われることになり、研修半ばで管理局を去っていったが。
「よし、次はバックヤードスタッフ全員だ……オケラにして元の世界にかえしてやるから、覚悟しろ、
キョウスケ!」
「了解。だが、まだ勝負はついていないぞ――ヴィータ」
(いや、だれがどうみてもキョウスケさんの完敗やろ……)
シグナムとシャマルもおなじことを思ったのか、キョウスケのコメントに噴出した。
「あのキョウスケさん、ヴィータちゃん。もうやめておいたほうがいいんじゃ……」
さすがになのはが止めにはいった。キョウスケに気をつかったものだ。いくらなんでも負けが立て
込みすぎている。だがその張本人は――。
「勝ち逃げか。なのは隊長」
「う……」
なんだかんだで、一位になっている――なってしまうなのはに、キョウスケはそんなことを言った。
こういわれるとなのははもう何も言い返せない。
『はやてちゃ~~~ん!』
親友のマジヘルプに、やっと腰をあげたはやてはジジ抜きテーブルに近づいた。
「楽しそうやな~♪ ちょっとわたしも混ぜてもらうわ~♪」
なのはは表情を凍りつかせ、キョウスケは目つきが険しくさせ、ヴィータは歓喜しながら席を進め
た――。
――政宗一成
部隊長の財布が空になっていたのは言うまでもない。
最終更新:2008年02月14日 22:27